案内された現場でハジメ達が見たのは、身体の一部が銃のような機械と化した二人の亜人であった。それぞれ片腕が自動小銃のようになっており、拳銃が突き刺さっているかのような頭部には(種族までは判別できないが)動物の耳のような物が付いている。
「痛イ……痛イ……ドウシテ……殺ス」
「痛イ……殺サレタ……痛イカラ……殺ス」
二人の亜人、『ドンナー』と『シュラーク』は絞り出すような声を出す。二人の身体の一部である銃口からは煙が上がっており、街の一部には破壊の跡がある。今のところ死傷者は出ていないようだが、放置すればその限りではないだろう。
どんな弾丸をぶっ放したのか知らないが、建物には人の身長くらいの直径を有する大穴が開いていた。ただの銃にしては攻撃力が高すぎる。
「コンダクター……あれって……」
「侵蝕体ですね……」
過去の惨劇のせいで一目見ただけで侵蝕体かそうでないかが判別できてしまう事に辟易するハジメ。
ふと横を見ると、アルテナが絶望の表情で打ちひしがれていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! あの時、助けられていたら……!」
彼女の口から零れるのは懺悔の言葉。先程の「殺サレタ」という発言と合わせて考えると、あの銃の亜人達は過去の虐殺の被害者なのだろう。いつだか恵里が「トータスで一番安全なのは墓の中」的な発言をしていたが、どうやらこの世界は死者にすら鞭を打つようである。
と、亜人達の片割れがハジメ達に銃を向ける。発砲後のクールタイムが終わったらしい。
「逃げて!!」
香織が演奏者の喉で叫ぶ。警告の声は野次馬たちにも響いたらしく、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「アルテナさん、貴女も早く逃げて下さい」
「ハジメ様は……?」
「彼らに引導を渡します」
ハジメはドンナーの右腕から放たれた銃弾を『超速演算』で見切り、朱樺で切断する。しかし弾丸の威力は凄まじく、余波だけで軽い衝撃波が発生していた。
「逃げなさい。早く……!」
「わ、分かりました!」
懺悔するのは結構な事だが、状況が状況なので中断させる。ハジメの言葉を聞いたアルテナは立ち上がり、シアと共に逃げていった。本来ならシアに力の制御を教えたいのだが、次から次へと問題が起こるため実現していない。
「大丈夫ですか? 香織」
ハジメは傍らの恋人に問いかける。目の前にいるのは生前の意識を残していると思われる侵蝕体だ。つまり、香織は初めて殺人を経験する事になるかもしれないという事である。ハジメの問いは、香織がその事実を許容できるのかという事だった。
「……正直に言うと、怖い」
返答の内容は、ごくありふれた少女の気持ち。この世界に来るまでは争いとは無縁で、原作と違い、光輝が戦争の参加を表明しても名乗りを上げる事が出来なかった。理由は、ハジメの話す『病棟の惨劇』の内容があまりにも鮮烈であったためだ。争うとは、殺し、殺されるとはどういう物かを恋人を通して理解してしまったからだ。
しかし、香織は亜人達を前にしても、武器を手放そうとはしなかった。
「でも、逃げない。ここで逃げてしまったら、私はもうコンサート・ミストレスを名乗れない」
ハジメはその様子を見て、喜びと哀しみの入り混じった表情を浮かべる。
「では、生きましょうか。地獄へと」
殺し合いが幕を開けた。
「忌み子が……!」
逃げ惑う亜人達の中で、悪態をつく者がいた。ハジメに長老をのされた熊人族である。この状況下で他人の悪口を言っていられるあたり、亜人族最強種だけあって神経は図太いようだ。
この熊人族は『虐殺』に手を貸した一人である。彼ら自身は過去の行いを虐殺だとは思っていない。むしろ、罪の自覚の無い罪人に挑んだ聖戦とすら思っている。行動原理がまるっきり自分達を差別する人間達と同じだが、彼らは気付いていない。もしくは気付いた上で敢えて目を逸らしているのか。
いずれにせよ、彼らはこの襲撃の原因が自分達自身にあるとは思っていない。差別者が聞くドンナーとシュラークの銃声に、相手の逆恨み以上の意味は見出せなかった。
(そうだ。アレは必要な暴力だ。それを見苦しく足掻くだけでなく襲撃まで仕掛けてくるとは、どこまでも卑劣な……!)
このままこの思考に固執出来たら、この男は幸せであったろう。しかし、その責任転嫁をぶち壊すような光景が目の前に広がっていた。
「嘘…だ」
逃げる亜人達の前に立ちはだかるのは、機械と化した別の亜人の軍団だった。そして、
「皆……どうして……」
機械化されていたのは人間達に殺された自分達の戦友。つまり、忌み子でも何でもない亜人達だった。予想外の事態に誰もが硬直する中、機械達に声をかける者がいた。
「おい、お前達……俺だ、ジンだ」
他の長老に促され、一緒に逃げてきた熊人族の長老、ジンである。ジンは機械と化した同胞に一縷の望みを掛けて話す。
「お前達が帰ってきたことは嬉しく思う。今少し厄介な事が起きているが、それが片付けば宴を開こう。お前達に会いたい者達もたくさんいる。だから、故郷に帰――」
ジンが言い終わる前に、機械は彼に攻撃する。嘗てはジンの部下だった熊人族の戦士。しかし、機械と化した相手に、ジンへの親愛は皆無であった。
いくら熊人族が最強種とはいえ、機械と化した同種族の攻撃をまともに喰らえばただでは済まない。
「!?」
だが、ジンに機械の攻撃が届く事は無かった。何故ならユエがオズマの攻撃によって機械を倒したから。
「な、何を……!」
「……アレらは敵。機械が亜人の皮を被ってるだけ」
「だ、だが……!」
今度はミュオソティスがガラティアの砲撃によって機械達を殲滅していく。それを見た亜人達は、ユエ達を糾弾し始め、幾人かは石や木の棒を投げつけてきた。
「やめて……やめて!」
「家族を殺さないでくれ!」
「この……人殺しが!」
それを見たユエは、表情を歪ませて、しかし淡々と説明する。戦死し、業病にとり憑かれた家族を助けたい気持ちを理解できないわけではない。しかし、ユエにそれを実行することはできない。
「……昇格者だって、私達だって全能じゃない。過去に死んだ者達は蘇生できない」
封印され、時代から弾き出され、置いていかれてしまったユエ。出来る事なら、過去の友人知人を蘇らせて一緒に暮らしたい。しかし、稀代の魔法使いであるユエでさえ、それは不可能なのだ。
「……もう一度言う。アレらは貴方達の家族や仲間じゃない。過去に死んだ者達は蘇らない。アレらは私達や貴方達を脅かす脅威。だから、殲滅する」
亜人達は尚もユエ達に言い募るが、「やめんか!」とアルフレリックが一喝した。
「彼女の言う事は正論だ。現実を見ろ、諸君」
最年長の長老の声と、ユエ達の強さに何も言えなくなった亜人達。ユエ達を弾劾していた彼らは、皆避難所に向かった。
「家族……」
「……?」
機械達を殲滅した後、ミュオソティスが呟いた。自分達を糾弾する亜人達の中に「家族」という言葉を発した者がいたのだ。そして、ミュオソティスはそれに首を傾げていた。
「私の思考プログラムの中に『家族』という単語は存在します。しかし、道具として生まれた私には、その意味を理解する事ができません」
「……」
「私を創った方は、何故、『家族』などという概念を私に伝えたのでしょう」
ミュオソティスの製作者と思しきオスカー・オルクスが、どのような意図で彼女の思考プログラムを設定したのかは分からない。死人に口なし、何らかのアクシデントで製造計画が凍結されたのだろう事は分かったが、その他の記録も無い。
しかし、服装については個人的な趣味が含まれていたとしても、人の形を取らせた以上、そこには『道具』以上の価値を見出そうとしたことは確かだ。そして、隠れ家で四六時中一緒にいるとなると、それはやはり『家族』という概念が最適だったのかもしれない。
「……」
ユエは基本的に、過去の事には興味がない。過ぎ去った日々は序幕と同じ。再演される事もなく、ただ風化していく。手の届く範囲で消さない努力はするが、消えてしまった物をわざわざ取り返そうとは思わない。
過去について悩むミュオソティスに、ユエは声をかける。
「今は……分からなくてもいい」
「……?」
「……これから知っていけばいい」
それが過去の名を捨てたユエの、過去について思考する機械へと掛ける事の出来る、精一杯の言葉だった。
「……分かりました。マスター・ユエ」
「……ん。今は、ハジメ達の援護に向かう」
一人と一体は、仲間の元へと向かった。
飛来する弾丸。そしてそれを長刀で切断する青年。ドンナーとハジメの二人である。『超速演算』で弾丸の軌道を予測し、正確に切る。どうやら弾丸は電磁加速されているらしく、通常の弾丸とは比にならない速度と威力を有している。
一発でも当たれば大ダメージだが、当たらなければどうという事は無いと言わんばかりに攻撃を凌ぐ。
「グゥ……!?」
そして、発射後のクールタイムを狙って香織がワルドマイスターで攻撃を仕掛ける。細剣による素早い連撃と、チェロのエンドピンによる刺突攻撃などを織り交ぜ、ドンナーを翻弄する。相手が弾丸を放とうとして隙を晒した時、香織は『狂嵐ジュンフォニー』で相手に連続した衝撃波と電撃を与える。弾丸を電磁加速する相手の性質上、電撃が吸収されないかが多少心配だったが、杞憂に終わった。
香織はさらに続けて『狂嵐ジュンフォニー』を放つ。ドンナーにそれなりに攻撃が加わったと同時に、ドンナーの攻撃力が下がった。やけくそで放った電磁加速の弾丸はいとも容易くチェロに防がれ、香織は仰け反りもしない。
ドンナーがその事態に困惑していると、香織は次に『雷跳のフーゲ』と『磁場のロンド』を続けざまに行使する。今度は香織の攻撃力が上がり、先程までとは打って変わって一撃一撃が重い。
(良かった、成功して。ようやく作れた私の譜面)
今、香織が使った技は『ヴィブラート』という演奏者の技能だ。戦闘を一つの音楽に見立て、自分の譜面を演奏する。或る旋律では敵の力が弱まり、或る旋律では自分の力を強める。アンサンブルの中のコンサート・ミストレスのように、あるいは音楽を彩るカデンツァのように戦場を支配する。
「コイツ……強イ……!」
ドンナーは相方のシュラークの助けを待っている。自分や相手が窮地に陥った時はお互いに助け合う。それがこの二人の戦闘スタイルだった。しかし、いつまで待っても相方の助けは来ない。
怪訝に思ったドンナーは一瞬の隙をついてシュラークの様子を盗み見る。そしてドンナーはその光景に驚愕した。なんと、シュラークはピラミッド型の結界に閉じ込められ、動きを封じられていた。
「……!」
さらに、ドンナーは違う角度から何者かによって狙撃された。無論、狙撃手はハジメである。
「遅くなりましたね、コンサート・ミストレス」
シュラークを閉じ込めているのはハジメが作ったアーティファクト『ザミエル』。ジンに使った物は煙幕を張る物だったが、今回は相手を拘束する結界を作り出す物だ。魔法のエキスパートであるユエの協力で、鈴の『伽藍ノ堂』を参考に製作した。
アーティファクトを使った戦術により、二対一の状況に持ち込んだハジメ達。ここからドンナーに対して猛攻を仕掛けようとしたその時―――
「ぐぅっがぁ!?」
何かに香織が弾き飛ばされた。ハジメは困惑しながらも、香織の飛ばされ方から敵の位置を算出し、アストレイアで銃撃を加える。
「へえ、やるね。一発喰らっちまった」
そこにはハンマーのような物を担いだ亜人の女がいた。ドンナーやシュラークと同じように身体は機械と化しているが、会話をすることは出来るらしい。
ハジメは香織の様子も気になったが、時間稼ぎのために会話をすることにした。
「何者です?」
「復讐者だよ」
女からはハジメ達と同じ『昇格者』の気配がしている。シュラークも結界を脱出し、形勢は逆転してしまった。ユエ達が駆け付けるまで時間を稼がねばならない。
「つまり貴女は虐殺の被害者ですか」
「そうさ! アタシ達はただ生まれてきただけなのに、人の事捕まえて処刑だなんて、ひでぇ話だと思わねえかぁ!?」
それについては反論しようがないので素直に同意しておく。
「ええ、本当に、酷い話だ。部外者の僕ですらそう思いますよ」
「あっはは! アンタ本当にそう思ってるんだねえ。アタシと同じ目だ。勝手に嫌われて、この世を憎んでる。さっきの女は恋人かい? 危なそうだから殴っちまったけど、エラくツラのいい美人じゃんかよ。受け入れてくれたってわけだ」
会話は成立している。交渉の余地はありそうだ。
「貴女の復讐相手はフェアベルゲンですか? もしそうなのであれば、僕達の事は見逃してくれませんかね」
「確かにそうだねぇ。アタシの復讐相手はフェアベルゲンだ。試しにアイツ等の家族の死体使って機械兵を作ってみたんだけどよぉ。アイツ等、アタシ達の事は平気で殺しておいて、自分の家族の顔した機械は『殺さないでくれ』だってさ! もう家族は死んでるってのに」
「……」
「でもねぇ、アタシ達がフェアベルゲンと同じくらい憎んでるモノ……アンタ達人間族さ。ご期待に沿えなくて悪かったなぁ。つうわけで、見逃してなんかやらねえよ!」
そう言って女はハンマーを振り上げる。
「アンタも直ぐにあの女の所に送ってやるよ!」
しかし、ハジメはそれに狼狽えるでもなく、冷淡に答えた。
「話し過ぎです」
ハジメがそう言うと、女の足元から赤黒い流動エネルギーが飛び出し、女を突き刺す。
「ぐはっ!?」
更に大砲による集中砲火が女を襲う。ハジメが待ち望んでいた援軍、ユエとミュオソティスが到着した証だ。女は悔しそうな、だが何処か楽しそうな口調で話す。
「……やられたね。流石に分が悪いから退かせてもらうよ。運が良けりゃ、いや、運が悪けりゃぁ、また何処かで会うかもね」
女はそう言ってドンナーとシュラークを抱えて去っていった。
ハジメは周囲に敵がいない事を確認すると、香織の元へ駆け寄る。ハンマーで殴られた香織は、酷い有様だった。頭から血を流し、身体は歪に曲がっていた。
「待たせてすみません、香織。すぐに治療を―――」
「待っ……て、コンダク……ター」
「喋っちゃだめです! 今すぐデボルさん達の所に連れて行きますから!」
「身体が……変……なの」
香織が絞り出すような声で自身の異変を伝える。その直後、香織の右目の花が突如として膨らんでいく。やがて花が香織の顔よりも大きくなり、膨張が止まった時、何の前触れもなく香織の眼の花から真紅の血が噴き出し、それと共に血塗れの手が飛び出した。あまりの事態に流石のハジメも動けずにいる。
駆け付けたユエ達も言葉を出せずに硬直し、ただただその光景を眺めている中、香織の絶叫と共に花から
「あ……」
眼の花から這い出した香織は、旧い自分の身体を抱きかかえるハジメと、ユエ、ミュオソティスを見る。そして、次に血塗れの自分自身を見た。
「あ……あ……」
そして、あまりにも惨い再生をした自分に恐れ慄く。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
誰もいないフェアベルゲンの街に、演奏者の少女の絶叫が響き渡った。
ひっでえ話だな色んな意味で。なんか文章力も下がった気がするし。
備忘録
ドンナー&シュラーク:再度明記しておくが、このネーミングに深い意味はない。ただ単にありふれ要素の一つとして名前を出しただけである。
ヴィブラート:一応クロス先の技。音を揺らす技法で、弦楽器だけでなく歌の技能でもある。カラオケで緑の波のような加点記号を見たことがある人もいるのではないだろうか。演奏者の技能の範疇を逸脱している気がしなくもないが、どうしても納得できない方は『花』の力ってことにでもしといて下さい。
香織:DOD3知ってる人なら大体わかるかも?
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する