ハイリヒの王城の廊下にて二つの人影が歩いていた。一人は教会の修道女、もう一人は聖職者のような黒装束、そして双剣を装備していた。
「しかし驚きましたよ。こんな時期に〝来訪者〟とは」
修道女が黒装束に話しかける。彼女の名はドライツェント、もしくはジュダ。嘗てはエヒト神の手先として動いていた女だが、今は裏切ってターミナルに協力している。
「すまないな。まさか私も、いきなり『異世界』に来る事になるとは思っていなかったよ」
ドライツェントに返事をする黒装束。白髪でアシンメトリーな髪形をした女で、可憐な見た目に反してその雰囲気は歴戦の戦士を思わせる。黒装束も、見る人が見れば戦闘用に改造されている事が分かるだろう。
「この世界の人間は排他的ですからねぇ。特に魔人族との戦争を控えたこのデリケートな時期に来る余所者なんて、下手すれば裁判も無しに殺されますよ」
「ハッハッハッ、クソ悪魔とドンパチやった次は、私一人で国と戦争か。それはそれで面白そうだが、年寄りには荷が重いな」
「勘弁してくださいよ。貴方の場合、本当に出来るでしょうが。『授格者』の力を以てすれば、時間は掛かるにせよ最終的には貴方が勝ちます」
「『授格者』か……死んだはずの私がそんなものになっていたとはな。生前から揶揄されていたが、いよいよ名実ともに不死身に近づいたわけだ。パトリックの奴、どんな顔をするか」
ドライツェントと黒装束の女はある人物に会うために廊下を進んでいた。二人ともすれ違った男の半分以上が思わず振り返る程度には美人なのだが、誰も二人の事を気にする様子は無い。何故ならドライツェントが認識阻害の魔法をかけているからだ。余程高度な感知能力でも持っていない限り、二人の存在に気付くことは出来ない。
「だが、まさか地獄まで捜しに行って終ぞ見つからなかったアイツが、此処にいると分かっただけでも儲けものだ」
「今は魔人族との戦争に駆り出される一歩手前ですね」
「……やはり滅ぼしてしまおうか。このクソ王国」
「やめて。やるにしてももう少し後にして」
二人が物騒な会話をしながら廊下を進んでいると、突如として爆発音が響いた。
「今のは?」
「敵襲……ですかね。王城が攻め込まれる事は滅多にないのですが……」
訝しむ二人の側を逃げ惑う人々。そしてそれを追いかけるように巨大なシロフクロウのような機械が現れる。そして襲撃者はドライツェント達に気が付いたらしく、羽のような散弾を飛ばしてくる。
「おい、私達の姿は認識されないんじゃなかったのか!」
「あくまで人間と魔物相手です。機械には効果が無いんですよ!」
攻撃を回避しながら文句を言う黒装束の女に、ドライツェントは認識阻害魔法の欠点を伝える。女は舌打ちしながらも、愛用の双剣を装備した。
「ちょっと暴れていいか?」
「駄目といっても暴れるでしょうに……とはいえ非常事態です。目を瞑りましょう」
戦闘許可を求めながら既に武器を装備している女にドライツェントは呆れながら答える。それに対して、女は少しだけ笑い、シロフクロウの突撃を回避、そして双剣を敵に叩きつける。更に、双剣を交差させる斬撃を二回与え、敵に攻撃をさせる隙を与えることなく斬り上げ、浮き上がったシロフクロウを斬撃で叩き落す。続いて素早い連撃を加え、双剣の柄頭同士を接続し、そのまま強力な回転攻撃を行った。
一連の攻撃でシロフクロウは地に落ち、機能を停止している。
「思ったより脆かったな。私が生き残れそうで何よりだ」
「……途中までは同行します。好き勝手暴れられても困るので」
二人の女は目的地へと急いだ。
時間は少し遡り、機械達が襲撃してくる前の事。愛ちゃん護衛隊の面々は王城内のサロンに来ていた。特に理由は無い。ただ、辺境の生活の貧しさに慄き、そして闘いへの怖さから外敵の対処を殆ど優花や清水に任せてしまった自分達の無力さを慰め合いたかったのかもしれない。
「優花っち、怖かったね……」
最初に口を開いたのは優花の親友の一人である宮崎奈々だ。彼女は自身の親友に怯えていた。以前は少々変わり者ではあるものの、そこを除けば至って普通の女子高生であった。だが、ハジメの死をきっかけに彼女は変わってしまった。
何度も身体が壊れるような訓練をし、敵と見れば魔物だろうが盗賊だろうが戦輪『イエスタデイ』で切り刻み、投擲用のナイフで確実にトドメを刺す。一切無駄のない洗練された動きで敵を殺害していく様は奈々や妙子にとって恐怖となった。親友を変えてしまった『闘い』を彼女達は恐れた。
「それを言ったら清水だって……」
次に声を発したのは愛ちゃん護衛隊の男子、相川昇だ。
清水はクラスの中では目立たない生徒だ。だいたいラノベかチェスの指南書を読んでいる、彼らに言わせれば陰キャ。クラスカーストは低く、クラスメイトと関わりもしないし関わってくる事も無い。
しかし清水もまた、優花と同様に人が変わったように敵を薙ぎ倒していく。ハジメが作った『黒ノ書』による変幻自在の魔法。まるで戦場をチェスの盤面であるかのように操る戦術性。しかも『闇術師』という魔法系の後衛職であるにも関わらず、なぜか剣の扱いが上手い。これはとある人物から「鍛え直してやる!」と半強制的に剣術の指南を受けていたためなのだが、他の生徒はそんな事を知る由も無い。
敵も怖いし味方も怖い。そんな状況に置かれた彼らは現状から前進も後退も出来ずに、ただ傷を舐め合っていた。
そこへ、光輝のショーが終わり、前線組がサロンへと入って来る。彼らは特に護衛隊に話しかける事はしなかったが、あからさまな侮蔑を向けていた。護衛隊の生徒達はそれを受けて、雪でも掛けられたように縮こまる。
「アイツ等ってさ、なんで訓練サボってても許されてるんだろうね」
前線組から発せられた一片の悪意。誰が発したかもわからない小さな声。しかし、悪意はウイルスのような潜伏期間も無く、恐るべき速さで感染していく。それこそ、インフルエンザなど比にならない速度で。
「それな。アイツ等だけ甘やかされてるよね」
「戦うのが怖いんだっけ? 凄いよね~、それが免罪符になるんだ」
「意気地なし」
前線組の口から次々と悪意が発せられる。教官から褒められ、特別扱いを受ける彼らに歯止めは聞かない。麻薬のように心地よい攻撃は、容易く人を狂気に染める。
「やめなさい!」
そこへよく通る声が響く。
「そんな風に他人を馬鹿にしてはいけません!」
それは愛子の声だった。彼女は教師として、生徒を正しい方向に導こうと声を上げる。しかし―――
「「「………………」」」
生徒達から向けられたのは純粋な疑問の目。そしてその後発せられるのは―――
「だってサボったら怒らなきゃじゃん。掃除サボったら怒るでしょ?」
「学校の校是だって『勤勉』とか書いてあるじゃねえか。何で俺らが怒られんだよ」
「親父だって言ってたぜ。働かざる者食うべからずってな」
それは現代日本の学校生活に則った、彼らの行為を正当化する論理。無論、教師である愛子も同じような事を教えたことはある。生徒達の攻撃性に愛子も信じる『正しさ』が上乗せされたことで、彼女は言葉を発せなくなる。しかしそこに別の声が響いた。
「いい加減にしなさい! そもそも戦争への参加は志願制のはず。強要は許されないわ!」
「雫の言う通りだ! アイツ等が戦わなくて済むならそれでいいじゃねえか!」
それは雫と龍太郎だった。雫は香織を失った経験から戦いへの恐怖を理解できていたし、龍太郎は鈴達の盗賊討伐を目撃した事で、戦いが綺麗なものでは無い事を学んだ。故に、戦いを強要するような考えは殆ど無い。寧ろ自分だって逃げ出したいくらいだ。
と、そこへ新たな声が届く。
「皆やめるんだ! 彼らを責めたって何も解決しない! ここはどうやって彼らの恐怖を無くし、戦いに復帰させるかを考えるべきだ!」
それはクラスを纏め上げる光輝の声だ。一見護衛隊を擁護しているように思えるが、その実は彼らを戦場に引きずり出す言葉だ。
「おい光輝! いくら何でもそりゃねえだろ!」
「そうよ! 歴史で習ったでしょ? 日本でも強制的に自衛隊に入れられることは無いわよ!」
雫と龍太郎が反論するが、光輝には届かない。
「でもこの世界の人々が困ってるんだぞ! それを見捨てるなんて、人の心は無いのか!」
まるで聖書に登場する救世主のような理屈でクラスメイト達を戦いに駆り立てようとする光輝。しかし、誰もが十字架に磔にされ、手足を釘で打たれたくはない。救世主は復活するという話もあるが、ロマン・ロランが言うように、復活の前には死が存在するのだ。そして光輝はその行為を当然とし、そうしない者を悪とした。
そして、クラスメイト達は救世主の神託に魅せられ、悪とされた罪人を詰る。幾多の歴史が証明するように、正義にとり憑かれた彼らの暴走は止まらない。殺人犯が人間を射殺し、さらに四発の弾丸を撃ち込むことは悪行であるかもしれない。しかし殺人犯がそうすることは自然であった。
更に人数が増え、ミゲルまで加わっていよいよ収集が付かなくなった時、彼らの足元に床を抉りながら戦輪が転がって来る。無論、それを投げたのはこの場に到着した優花だ。
「おい、園部……」
「ごめんなさい。あまりにも五月蠅いから黙らせちゃったわ。だってアイツら、ラジオを最大音量で流したって喚き続けるわよ」
優花がそう言って指を動かすと、戦輪『イエスタデイ』はその場で回転し、床を更に抉った後彼女の手に戻っていった。『投術師』の基本的な技能は『投げた物を操る』事だ。つまり、彼女が一度触れ、『投げる』という動作によって離れた物体は彼女の手に戻るまで制御下に置かれる。投げて戻すまでが投術師の技であるため、それぞれの動作で一々呪文等を唱える必要が無いのだ。
「何をするんだ、園部さん!」
当然、光輝は憤慨するが、優花は飄々と言い返す。
「アンタって私の逆鱗に触れるの好きよね。モビィ・ディック」
「モビィ……何を言っているんだ?」
「『白鯨』……」
「は?」
「ハーマン・メルヴィルの小説よ。その中で、エイハブという人物はクジラに片足を食いちぎられた。そしてそのクジラを悪魔の化身とみなして、報復に執念を費やす狂気と化した……そのクジラの名前が、モビィ・ディック」
クラスメイト達も愛子も、ミゲルでさえ誰一人、言葉を発する事が出来ない。優花の発する怒りと狂気に呑まれていく。その中でも光輝は気丈に言葉を発する。
「お、俺がそのクジラだと言うのか! 俺は人を喰ったりなんてしていない! それより君は何なんだ! 地球にいた時から思っていたが、君は協調性が無さすぎる! 自分の趣味に付き合わせて周りを振り回すだけでなく、最近は南雲みたいな奴と一緒になってよからぬ集まりに顔を出してるじゃないか!」
「良からぬ集まりって何の事かしら。もしかしてそこにいる遠藤達を含めた集まりの事? まあいいわ」
どうでも、と付きそうな調子で優花は話す。
「ハリスのグリーンランド航海記曰く、最初にクジラを発見した水夫は報酬が貰えたそうね。でも、私は報酬なんて無くとも目の前のモビィ・ディックどもを狩ってしまいたいわ。私の想い人と友達を殺した奴……それを裁きもせずに許した奴……そしてあまつさえ、私の親友を悪意の的に貼り付ける奴!」
優花は笑顔だった。だが目は笑っていない。
「エイハブはクジラの骨で義足を作ったけど、私はアンタ達の骨で何を作ろうかしら。ナイフ? それとも、関節で繋げてイエスタデイの鎖にしてしまおうかしら」
「いい加減黙れ! 俺はお前みたいな悪趣味で冷酷な奴には負けない! 皆を救うんだ!」
優花はその言葉を聞いて、調子はずれの笑いを零す。あまりにも的外れな光輝の言葉に限界が来たようだ。
「皆を? この状況でよく吠えるわねえ? それに私は冷酷なんじゃないわ……頭に来すぎて笑っちゃってるだけよ。私をブラッディ・マリーにしたのは、貴方よ」
光輝がいよいよ聖剣を構えようとした時、突如サロンの壁が崩れる。鈴が咄嗟に展開した結界のおかげで怪我人はいないが、突然の事態に困惑する者と、いち早く警戒する者に分かれた。
そして破壊された壁の方を見ると、そこには翼開長五メートルにもなる黒い機械の鳥が飛んでいた。
「バカな! オルニスだと!? こんなところにいるはずが……」
ミゲルが口にした『オルニス』、巨大な鳥のような機械生命体で、生息地は北の山脈の深部で、基本的に人里に降りてくる事は無い。ましてや大結界に守られている王都に現れる事など有り得ないはずだった。そして、この鳥はベヒモスと同等以上の脅威度を孕んでいる。北の山脈の探索が進まない理由の一つであり、見たら逃げる事が常識となっている。
「大丈夫だ。俺達ならやれる! 皆でアレを倒すぞ!」
光輝がパニックに陥りかけたクラスメイト達を纏め上げる。限定的ではあるが、こういう時には役に立つ男だ。そして遠藤達五人も戦闘態勢を取る。どうせ逃げても追いかけてくるのだから、闘うしかない。
それぞれが戦うか逃げる準備をした時、オルニスが鳴き声を上げる。すると、部屋に複数の機械が召喚される。
「なにこれ!」
クラスメイトの一人が悲鳴のような声を上げた。実は上位の機械生命体は他の機械を召喚する能力を持っているのだ。なお、その仕組みは解明されていない。
部屋に湧いた機械達を倒していく生徒達。その間に愛子や居残り組が避難する。そして、雑魚の殲滅と愛子達の避難が終了し、いよいよ戦闘が始まった。基本的にはオルニスが繰り出す雷撃と突風を防ぎつつ、近づいて来たところを光輝達が攻撃するという戦法で立ち回る。
「いける! 勝つぞ!」
しかし、オルニスもやられっぱなしではない。一度大きく距離を取ると、エネルギーをチャージし、一際大きな電撃を放つ。
「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!」
鈴の結界もあって被害は軽微だが、衝撃が重く、光輝達が立て直すのに時間がかかってしまう。その間に、オルニスは突風を引き起こす。
「喰らいなさい!」
「グァ!?」
しかし優花はその風を利用し、イエスタデイによる強力な一撃をオルニスにぶつけた。怯んだ相手に更に清水の展開した相手を穿つ魔法『黒ノ槍』による連続攻撃が炸裂する。
「よし、復帰したぞ!」
再び光輝達による攻撃が始まった。雫と龍太郎も光輝と連携してオルニスを攻撃していく。そして、いよいよ倒せそうだと皆が思った時―――
「グァァァァァァァ!」
オルニスが一際大きな声を上げ、身体が変異し始める。それを訝しそうに見つめる光輝達だが、優花達は嫌な予感がし、一斉に攻撃をする。
しかしそれは一歩遅く、そこには一回り巨大化したオルニスがいた。そして、オルニスは一度距離を取り、強力な電撃をチャージする。
「っ!? まずい!」
放たれた電撃は鈴の結界によって防がれた。しかし建物自体が余波に耐えられず、光輝達のいる場所が崩落したのだ。唯一足場を作れる鈴は、今結界を展開中である。咄嗟に対応できず、光輝達は階下に落ちていった。
「天之河君達は!?」
「一応生きてる」
「良かった……もっと器用に結界を操らないとなあ」
「反省は後。まずはアイツをフライドチキンにしないと」
自分の未熟さを反省する鈴だが、恵里に戦闘に集中しろと引き戻される。優花がオルニスの次の攻撃が来る前に戦輪を投げようとするが、その前にオルニスに飛びつく人影があった。
「ハッハッハッハッハッハ!」
「誰だ……?」
「おい、この声……まさか!」
清水がその人物の声に反応する。その表情は驚愕に染まっていた。その人物はオルニスを斬りつけ、清水達のいる場所に飛び移る。
「楽しそうじゃないか、ええ?」
「
聖職者のような黒装束に身を包むその人物は、清水の地球にいた頃の、友人以上の関係を持つ女性だった。
このクラスメイト外道展開。二次創作では割と定番で、他の作者様の作品と似てしまうというのもあり、極力別の作風を心掛けたかったのですが……
結論から言うと無理でした。どうやってもこういう展開に収束するんですよ。ステータス偏重主義者とかも遠藤達の闘いやキャラ描写を描くには必要で、合理的にパーツを当て嵌めていくとこういう話になるんですよね……
一応クロス先にもこういう話はありまして、パニグレの『凍てつく闇』という話に出てくる人間達がこんな感じなんですよ。最終的には和解してますが、彼らの最初の守林人に対する態度はひどい物でした(味方サイドの主要メンバーの一人に「救いようが無い」と言わしめるほど)。今回の話はこの辺を基にして書いている部分もあります。
そして暗い話はこれで終わりにして、とうとうクロス先のNieR: Replicantの主要人物であるカイネさんが登場しました! 彼女の今作での立場は次回以降に説明します(なんで漢字表記なのかとか)。
今話のセリフから、少なくともありふれ世界の『地獄』をほっつき歩けるだけの実力はある事が判明しています。(『地獄』についての詳細が気になる人はありふれアフターの深淵卿第二章を読んでみてください)
備忘録
オルニス:原作のハジメのアーティファクト。鳥型のドローン。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
-
修理して連れていく
-
見なかったことにして放置する