あと別に原作ディスるつもりは無いのだけど、海外の児童文学だったり自分が持ってる本を読むと、ありふれのクラスメイト達の精神年齢が実年齢ー5歳くらいに見えるバグが起きてます。
愛子先生についてもこれが起こる事があるので、「ああ、私ってひねくれてるんだな」と自嘲してます。
「はぁ……」
オルニス戦の後、食堂で一人溜息を吐く人物がいた。彼女の名前は畑山愛子、二十五歳の社会科教師だ。
彼女にとって教師とは、専門的な知識を生徒達に教え、学業成績の向上に努め、生活が模範的になるよう指導するだけの存在ではない。もちろん、それらは大事なことではあるのだが、それよりも〝味方である〟こと、それが一番重要だと考えていた。具体的に言えば、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人で在りたかったのだ。
それ故に、ハジメが戦死し、香織が異形の機械と化して後を追った話を生徒達から聞いた時、愛子は心の底から後悔した。どうして強引にでもついて行かなかったのかと自分を責めに責めた。結局、自身の思う理想の教師たらんと口では言っておきながら自分は流されただけではないか! と。もちろん、愛子が居たからといって何か変わったかと言われれば答えに窮するだろう。だが、この出来事が教師たる畑山愛子の頭を殴りつけ、ある意味目を覚ますきっかけとなった。
〝死〟という圧倒的な恐怖を身近に感じ立ち上がれなくなった生徒達と、そんな彼等に戦闘の続行を望む教会・王国関係者。愛子は、もう二度と流されるもんか! と教会幹部、王国貴族達に真正面から立ち向かった。自分の立場や能力を盾に、私の生徒に近寄るなと、これ以上追い詰めるなと声高に叫んだ。
結果として彼女の目的は達成され、戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなった。だが、そんな愛子の頑張りに心震わせ、唯でさえ高かった人気が更に高まり、戦争なんてものは出来そうにないが、せめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた事は皮肉な結果だ。
いくら説得してもそうすればそうするほど一部の生徒達はいきり立ち「愛ちゃんは私達(俺達)が守る!」と、どんどんやる気を漲らせていく。そして、結局押し切られ、その後の農地巡りに同行させることになり、「また流されました。私はダメな教師です……」と四つん這い状態になってしまったことは記憶に新しい。
とはいえ収穫もあった。クラスメイトからの厄介払いという形ではあったが、優花と清水の二人と関わる機会を得られたのだ。はっきり言って、この二人を含むグループは教師の間ではあまり評判が良くない。どこか生徒を管理しようとする教師達にとって、自律的に動き回るハジメ達のグループは扱いづらいのである。
部活動やボランティアといった世間体の良いものでは無い課外活動に精を出す彼らを、一部の教師は不良扱いするほどである。また、ハジメ達が持つ思考が文学的、哲学的、音楽的、芸術的であるために常人には理解が困難であり、他の生徒から孤立しているのも教師達の心証を悪くする結果となった。
以前からそのような教師に反発し、彼らに対して寄り添いたいと思っていたが、ハジメ達の方から避けられていたためにその機会を掴めずにいた。だが、少々望ましくない形とはいえ、その機会を得られたのだ。しかし結果は、
「そうですか、よろしくお願いします、先生」
「護衛としての役割は果たしますから、ご心配なく」
という事務的かつ淡白な返答だった。その後も話をしてみたが、どうにも話が噛み合わない。そして、また転移前のように避けられるようになってしまった。愛子にとっては芳しくない結果だが、二人だけに構ってもいられず、他の傷心の生徒に寄り添っていた。
そして作農師としての仕事が一段落し、王城に帰還した生徒達を待っていたのは前線組からの糾弾であった。愛子は彼らの前ではあまりにも無力で、オルニスの襲撃時も逃げる事しかできなかった。生徒達の断裂を自分は何も解決できなかった。その事実が愛子の心に重くのしかかる。
「私は教師……! ここで膝を付くわけにはいきません! 大丈夫。今は皆神経過敏になっているだけです。本当は皆いい子達なんですから。ゆっくり関係を修復していけば――」
愛子が一人で決意を固めていると、そこに声がかかる。
「大した想像力ですね、
「うぇ!?」
声がした方を振り返ると、そこにいたのは優花だった。夕食を食べ損ねたらしく、食事を乗せたトレーを持っていた。そして、途中で合流した恵里と鈴もいる。
「こんばんは、園部さん。というか『アン先生』ってなんですか! 愛ちゃん先生と呼ばれる事は半分諦めてますけど! でもそこまで省略するのは駄目です!」
本人曰く威厳のある教師を目指しているらしい愛子がぷりぷりと怒る。一方、優花は「皮肉に気付いていないの……?」という、半分呆れ、半分戦慄の表情を浮かべて座る。
「別に省略したわけじゃありませんよ。その豊かな想像力に敬意を表してアンと呼んだんです」
「え……それって」
「『赤毛のアン』、ルーシー・モード・モンゴメリの小説です」
『赤毛のアン』の主人公、アン・シャーリーは想像力が豊かな明るい少女だ。その性格故にトラブルも起こすが、基本的には肯定的に描かれ、紛れもないアンの長所として語られる。しかし、優花が愛子に言った物は明らかな皮肉だ。
「本当は皆いい子達……か。悪意を以て人を殺して、それに何の罰も与えずに野放しにして、あまつさえ戦えない他人を詰るような奴らが?」
「それは……でも、魔法は誤爆だって……」
「そっか……そう聞かされてるんですね。でも、それは全くの出鱈目ですよ。アレは悪意によって行われた殺人です。根拠もありますよ」
鈴がまとめた、誤爆では有り得ない、という内容のレポートは『D坂の思想犯』全員が共有している。一部を除くクラスメイトは誰も信じない上に、今出しても握りつぶされるだけであるため公表はしていないが。
一方、愛子は衝撃の事実に戦慄する。教え子の一人が悪意による殺人を犯した、という話はすぐに受け入れられるものでは無かった。
「私はアイツらがモビィ・ディック……悪魔の化身にしか思えません。ブラッディ・マリーに侵された私の脳は、アイツ等への復讐心で溢れています。何かのきっかけがあれば、きっと私は堕天する。悪魔が消失した今、私の旋律は狂ってしまった。胸に刻まれた『A』は、たまらなく私をいざなう」
愛子は声が出なかった。愛子の認識では、優花は少し変わっているために周りから孤立し、親しい人の死によって少し塞ぎ込んでいる少女。そう思っていた。だが、優花の狂気は愛子の想像を超えていた。
ハジメを巡る関係で、周りから三角関係を揶揄される事も多かった優花だが、本質はそんな単純なものではない。恋慕、嫉妬、崇拝、憤怒……一人の人間にこれだけの感情を抱けるならば、それはもはや恋愛の枠には収まらないだろう。愛子の視界の中で、優花の背に悲しき黒い翼が生える。戦輪が天使の輪になる。それは誰からも理解されず、天界を追い出され、悪魔に恋をした堕天使そのものだった。
原典では、優花は愛子を慕っていた生徒の筆頭だった。護衛隊の実質的なリーダーとも言えるほどには、愛子を慕っていたのだ。しかし、この世界の優花は或る意味でゆがめられてしまった。
予想しえぬ書物に出会い、無知な少女ではいられなくなった。少女の背で羽ばたく翼は、彼女の知らない世界へと連れて行った。そしてその景色に少女は絶望し、堕天し、拠り所を見つけてしまった。
こうして整理すれば、優花が愛子を苦手とする理由が判然とする。天使や神のような視点に立つ愛子は、堕天使にとってはあまり近寄りたくない相手だろう。優花が必要としているのはエンジェルナンバーではなく、悪魔の数字であるゼロなのだから。
「これ、Kには話したんだけどさぁ? 今時の地球じゃ宗教家だって神様の愛を説きながら銃を乱射してるわけですよ。なら、高校生が他人への悪意を説きながら罵倒を乱射したって何もおかしなことはないわけですよ」
今まで黙っていた恵里が口を開く。恵里も愛子の事は苦手であるため不干渉を貫いていたのだが、つい口を開いてしまった。一方、愛子はその言葉に唇を噛む。社会科教師であるが故に、恵里の言葉の正しさは理解できてしまう。
「そんなことは……いいえ、確かにそうですね」
だがそれでも、愛子はその思想に寄りかかる事を許さなかった。
「でも、私は……皆さんの善性を信じています。見捨てることなく、自分達の行いを見つめなおして欲しい。そして、明るい人生を送って欲しい。私はそう思っています」
「……………」
「出来れば中村さん達にも、他者を切り捨てるような寂しい生き方は、してほしくないです」
恵里は作り笑いを消すと、低いトーンで話し始める。それは年若い教師にとって、何よりも心を抉るものだった。
「寂しい……ね。桃色の亡霊が纏わりつく僕に、〝孤独〟という概念を説くか」
「中村さん……?」
「僕はね、水銀で満ちた浴槽に浸り続けている愚かさも軽忽さも、とうに知っているんだよ」
「え……?」
「でもね、僕が救われるにはこれしかないんだ。怨恨に寄生され、新宿の喧騒が灰に帰す夢で眠りにつく僕は、体内を蝕む新生物に吐血する。そんな病人を救うのは何か、僕にとっては人生という名の浴槽に満ちる毒性の液体金属だった」
愛子は生徒の闇に後ずさる、まるで瘴気に中てられた健常者のように。
「その手の言葉は、水銀の毒に蝕まれる覚悟と共に言え」
瞳孔の収縮した眼で恵里はそう言うと、「用事がある」と言って出ていった。鈴もそれについていこうとして、しかし愛子は鈴に意見を求めた。すなわち、鈴も同じ意見なのか、と。
「鈴は先生みたいな人間も必要だと思ってる。でも、華氏451度とまではいかないかもしれないけど、鈴達にとって、その火加減は熱すぎるんだ」
華氏451度は本が自然発火する温度だ。レイ・ブラッドベリの小説のタイトルでもあり、この作品では本が燃やされ、人間達は思考力と記憶力を失い、わずか数年前のことすら曖昧な形でしか覚える事の出来ない愚民と化していた。
鈴は光輝を筆頭とするクラスメイトや、自分達に五月蠅く小言を言う教師にこの温度を見出していた。愛子はまだマシな方ではあるが、それでも炎に焼かれてしまう。
愛子は鈴の遠回しな拒絶に何も言えなくなってしまった。愛子が無言でいると、夕食を終えた優花が食堂を去る所であった。
「……先生がどのような思想を持とうと、私から何かを言うことはありません。しかし、これは経験談ですが、昨日を、過去を喰らっていても、飢えは満たされませんよ。私のように反時計回りの無間地獄に入り浸りたいなら、止めませんけど」
優花の時間は、消せない〝昨日〟で停まり、輪を描くウロボロスのように回り続ける。優花は自らの意思で〝昨日〟という牢獄に自分を閉じ込めていたが、愛子は違う。〝寂しい生き方〟とやらをしたくないなら、貴女は抜け出すべきではないのか。その優花の主張に、愛子は二の句が継げなかった。
「……はあ」
食堂を出た後、優花は溜息を吐いた。先の話し合いは誰も得をしないものだった。誰かが啓蒙を得たわけでも、愚痴を吐けてすっきりしたわけでもない。
「こうなるのが分かってるから話したくないのよ……」
優花にとってはこの結果は必然であり、愛子を避け続けていた理由だ。別に愛子の事を嫌っているわけではないが、自分と話しても相容れない事は分かり切っているし、愛子が自責の念に駆られてしまうことも容易に想像がつく。
優花はサディストでは無いし、見ていて愉快な光景でもないのだ。例えば、優花がそれこそ『赤毛のアン』のような生徒であれば多少は結果が変わっただろう。しかし、そうはならなかったのだ。
「ままならない物ね……ん?」
廊下で溜息を吐く優花に話しかけてくる者がいた。それは雫の世話係のメイドであるニアだった。内容を要約すると、意気消沈している雫と話してみて欲しいとの事だ。
「情けない話ですが、私ではどうしようもなくて……リリアーナ殿下はお忙しいですし、他に思いつく方もいなくて……」
どうやら想像以上にアレな様子であるらしい。部外者であるニアでは気を使わせてしまい、却って逆効果であるという。
「……私も先生の事言えないわね」
「優花様……?」
「なんでもないわよ。とりあえず聞くだけ聞いてみるわ。私でもどうにもならないかもしれないけど」
「ありがとうございます!」
優花が雫を気に掛けるのは、ハジメを追って奈落に飛び降りてしまった香織の意志を継ぐという側面も大きい。結局過去に縋るばかりで、雫本人のことは二の次になっている自分がほとほと厭になる。
「ごめんね、八重樫……」
堕天使の懺悔を聞いたのは、応えるように音を鳴らした時計の針だけであった。
言い訳:あの後に愛子先生のこと書かないのも不自然かなって……見るも無残な結果になりましたが。とはいえ愛子先生の思想に反論する二次作品があっても良いんじゃないかと思います。賛否両論、何なら否の方が多いでしょうけど。
備忘録
愛子先生:雫に並ぶ本作の被害者。まあ、NieRとクロスしたらこうなるだろうし、私が描く歪んだ世界と捻くれた登場人物の中に放り込んだらこうなるよね、と。ネタバレするともう一回フルボッコにされます。誰かって? 思想犯を束ねるコンダクターですよ。
優花:ほぼ準レギュラーである。本文にも書いた通りの理由で愛子先生とは距離を取っている。とはいえ別に嫌っているとか言うわけではなく、単に思想が合わないだけである。どう考えても厭世的な読書家とは合わないだろ……あの先生は。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する