作者の好きな世界観詰め合わせです。しかしありふれ以外の作品のキャラは登場しません(敵は出てきます)。
茫洋タル病
全ての存在は、滅びるようにデザインされている。生と死を繰り返す螺旋に、僕達は囚われ続けている。これは呪いか。それとも罰か。不可解なパズルを渡した神に、いつか、僕達は引き金を引くのだろうか。
「なんて考えたところで、僕には何もできやしないんですがね」
病室のベッドの上で一人自嘲する少年がいた。彼の名前は南雲ハジメ。年齢は14。学年は中学二年だ。男子にしては長めの髪で、右目には包帯が巻かれている。年齢も相まって中二病と勘違いされそうな絵面だが、彼の状況を考えれば死や生命について思いを馳せるのも仕方がないと言える。
『パニシング症候群』。ここ数年で確認されるようになった新興症候群で、治療法は見つかっていない。身体が生物的な細胞の構成物から禍々しい機械へと変貌していく病気だ。羨ましいという勿れ。身体が病魔に蝕まれ、強制的に改造される苦痛たるや相当なものであるし、肉体が変貌しきってしまえば、今度は精神を破壊され、最終的に手当たり次第に物を破壊する怪物と化してしまう。そのため、完全に肉体が変貌する前に医療者の手によって安楽死がなされる事になっている。ハジメは既に右目が機械化し、病変は左腕にも現れ始めている。他人に伝染するタイプの病気ではないため、定期的に外出が可能なのがせめてもの救いだろうか。
「ハジメ、迎えに来たわよ」
ノックをして病室に入ってきたのはハジメの母、南雲菫である。売れっ子の少女漫画家であり、普段は激務に追われているが、合間を縫ってはお見舞いに来てくれるし、来れないときはハジメに渡してある携帯電話を通して通話をする。尚、これはハジメの父であり、社長業を営む南雲愁も同じである。
「ありがとう、母さん。そうか、今日は退院の日だったね」
ずっと病室にいて、読書と勉強とを繰り返していると日付や曜日の感覚を忘れてしまう。そのため、定期的に設けられた退院日を忘れてしまう事もよくあるのだ。
「ええ、そうよ。今日の晩御飯はハジメの好きな料理にするから、夜までにリクエストを考えておきなさいね?」
母の言葉に笑顔で頷くと、ハジメは退院の為の準備を始めた。
ハジメと菫は病院を出た後、ハジメのリハビリも兼ねて徒歩で自宅へと向かう。南雲家は自家用車を所有しているが、病院と家はそれ程離れているわけでもないし、ハジメ自身の気晴らしの意味もある。パニシング症候群は特に運動機能が麻痺するわけではないのだ。家を目指して歩き続け、公園を通りかかると、菫が「あっ」と声を上げる。
「ごめんなさい。病院にスマホを忘れてきてしまったわ」
「じゃあ僕はここで待ってるから取りに行ってきなよ。今のご時世、スマホの紛失はシャレにならないんだから」
ハジメは最近読んだ「スマホを落としただけで理不尽な運命に囚われてしまう」小説を思い出しながら言う。げに恐ろしきはあのような事態が現実に起こり得るという事である。
菫は「待っててね」と言い残し、駆け足で病院へと向かう。
「やれやれ、困ったものですね。まあ、母さんらしいと言えばそうなのですが」
ハジメは苦笑しながら公園のベンチに腰掛ける。風に煽られて散る木の葉を眺めながら、「確か花弁が落ちる速度は秒速5センチメートルでしたか。木の葉は一体どうなのでしょうね」などと栓無き事を考えていると、それ程遠くない場所で怒号が聞こえる。見ると、不良のような人間が老婆と子供に怒鳴り散らしていた。不良の服が汚れている。おそらく子供が食べ物をぶちまけてしまったのだろう。老婆が必死に謝罪しているが、不良の服はそこそこ値の張る物らしく、怒りが鎮火する様子はない。
「やれやれ…」
ハジメがここで老婆と子供を見捨てられるような性格ならば、そのまま静観していただろう。しかし、ハジメが持つささやかな願いがそれを許さなかった。
「まあまあ、お子さんも悪意があったわけではないでしょうし、もう良いではありませんか」
ハジメはベンチから立ち上がり、怒る不良に話しかける。
「ぁあ?部外者はひっこんでろや!」
「しかし、この状況は見るに堪えません。ここは退いていただけませんか?あ、衣服の代金でしたら可能な限りお支払いします。将来使う充てもないのに量だけは貯まってしまいましたから」
ハジメはそう言いながら右目の包帯に手を掛ける。
「ガキぃ…もう少し立場ってモノを―――――」
「退いて、いただけませんか?」
不良が息を呑む。ハジメの機械化し、瞳が赤く、それ以外が黒く変色した右眼を見て、一つの病名を思い浮かべる。
「パ、パニシング―――!」
「ええ、そうですよ」
「…家から出んなよな」
不良は恐れと忌避が同居した表情をしながら去っていった。老婆の方も同じような感じだ。寧ろ忌々しそうな表情は不良よりも顕著だった。
「…この結果を予想し、意図してやったものですが、やはり物悲しいですね」
別段感謝されると思ってやったわけではない。ハジメはただ自分の願いに従っただけだった。周囲の忌避や侮蔑の視線がその罰だというなら、甘んじて受けよう。そう思いながらベンチに戻ろうとしたとき、
「あ、あの、大丈夫ですか?」
一人の少女が声をかけてきた。
そこには長い艶のある黒髪をした、非常に可愛らしい中学生くらいの少女がいた。美少女というのは彼女のような人の事を言うのだろう。ちょうどハジメと同じくらいの年齢だろうか。ただ、制服が違うので別の学校のようだが。
ハジメは一応とある中学校に籍を置いている。とはいえ入院生活の方が長いため、ハジメの顔を知っている人は殆どいないだろうが。
「怪我とかは、してないみたいですけど…」
「ええ、暴力を振るわれたわけではありませんから」
「そ、その…すごいですね」
「…何がです?」
「私は…止めなきゃって思っても、足が動きませんでした。でも、貴方は、躊躇いなく助けに向かいました。自分の姿を晒してまで…」
ああ、そう言う事か、とハジメは理解する。彼女の目には、ハジメがとても勇気ある行動を取ったように見えるのだろう。人は、自分に不可能な行動をした他人に対して、そう評価を下すことがある。しかし、殊この場合においては、それは訂正されるべきだ。
「その評価は正確ではありません。僕は自分のエゴに従っただけです。決して、善性や正義感で動いたわけではない…一般的にみて、称賛されるべき事ではないでしょう」
そう、ハジメは老婆や子供を救おうとしたわけではない。寧ろ、「救済」という行為によって自らが救われようとした。自らの臆病な自尊心と、尊大な虚栄心を満たそうとしただけである。時代と場所が違えば、自分は虎にでもなっていたかもしれない。ハジメがそう伝えると、
「そんなこと…そんなこと無いです!たとえそう思っていたとしても、実際に行動に移せる人なんか、そんなに沢山いません!」
ハジメが彼女の大声に驚いていると、彼女は畳みかけるように言った。
「だから、そんなに、自分を卑下しないでください…私の思いを、否定しないでください」
彼女は涙を流していた。おそらく、本人も気付かぬうちに。
「…!ごめんなさい。いきなり大声をだしたり、泣き出したり…おまけに、自分の気持ちを押し付けて…」
「いいえ。そう思っていただけるだけで、救われますよ。賛辞を浴びるためにやった事では無いとは言え、誰からも評価されないとあっては、少々堪えます」
そして彼女との会話は途切れる。母はスマホの回収に手間取っているのか、中々来ない。
「その…」
「なんです?」
「もしよろしければ、聞かせてくれませんか?さっきの行動につながる『エゴ』を」
まあいいだろうとハジメは思う。それ程大した話でもないが。
「あ、ごめんなさい。初対面の相手に話したくなんか、ないですよね…」
「いえ、しかし、それ程面白い話ではありませんよ」
「いいんです。私は、貴方の事を知りたいんです」
ハジメは話し始める。自分のささやかな欲望を。
「貴女は、『よだかの星』という物語を、知っていますか?」
「えっと…宮沢賢治の本ですよね」
「はい。夜鷹は実に醜い鳥です。他の鳥は、もう、夜鷹の顔を見ただけでも嫌になってしまうという具合でした」
「……」
「ある時鷹に改名を要求され、それを皆に示すように言われた夜鷹は、生きるのがつらくなりました。他の生き物を殺し、自分は鷹に殺される。その事実が何よりも夜鷹自身をつらくさせるのです。夜鷹は遠い遠い空の向こうで、燃え尽きてしまおうと思いました。そして、飛んで落ちてを繰り返して、夜鷹はついに青い美しい光となって、星となることができた。そういう話です」
「はい…」
「そして僕は、出来る事ならば、夜鷹のようになりたいと思うのです。容姿が醜くとも、人生が短くとも、せめて最後には星となれるように生きようと」
ハジメは自分語りを終えた。思えば誰かにこの事を話したのは初めてだった。特段隠そうとしていたわけではない。ただ単に話す機会が無かっただけだ。しかし自分の思考を他人に話すという行為は頭の整理にもなる。新たな発見だ。
「すごいですね…私は、そこまでしっかりした考えは、持っていません」
「入院生活が長いものでして、考える時間だけは有り余っているのです。全ての存在は滅びるようにデザインされている。ならば、せめて散り際は美しくありたいという考えになったのですよ」
そしてまた沈黙が訪れる。すると、少女のほうから口を開いた。
「あの、私と、友達になってくれませんか?」
「構いませんが…僕でいいのですか?」
「はい。貴方ともっと、お話ししたいです」
「でしたら、よろしくお願いします。あまり長くは生きられませんが…」
「私、白崎香織っていいます。貴方は?」
「南雲、ハジメです」
その後、ハジメと香織は連絡先を交換し、ハジメは一部始終を見ていた母から興奮気味に質問攻めにあったりしながら帰宅した。
「南雲ハジメくんかあ」
香織は先程会話をした不思議な少年の事を思い出していた。儚く、今にも消えてしまいそうな少年。物腰の柔らかい話し方。所々に感じられる知性…
彼の事を考えると、鼓動が速くなり、顔が熱くなる。彼女が自分の気持ちに気が付くのは、もう少し先の話である。
前日譚が一番困るパターンですね。(汗)
でもこれを書いておかないと後々混乱する…
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する