「あなたなんですか……? ロック……」
強襲してきた機械の狼に、シアが話しかける。その声色は目の前の現実を否定する物のように聞こえた。単なる敵対者ではないようだと悟ったハジメは、シアに尋ねる。
「お知り合いですか? あの狼と」
「……もう随分と前に、私が拾った魔物です。当時はまだ幼かったので、魔物と野生動物の区別はついていませんでしたが……」
「なるほど?」
「怪我をしていた所を拾って、暫くの間一緒にいました。でも、ある日突然消えてしまったのです」
「………」
機械の狼はシアの言葉に顔を伏せた。ハジメは当時の状況を知らないのでなんとも言えないが、狼が去った理由はなんとなく推測が付いた。少なくとも、狼――ロックがシアに対する愛想を尽かしたわけではないのだろう。寧ろ逆、それなりに好意的な感情は持っていたはずだ。
おそらく、ロックは魔物である自身への評価や、一緒にいるシアへの影響を何らかの方法で察してしまったのだろう。シアか自分か、魔物にとっての優先順位は分からない。だが、自分が離れる事が最善であることを悟ったのは確かだ。
ハジメは機械の狼に問う。
「襲撃者……人と時を過ごした狼よ、貴方に一つ問いたい。何故僕達を襲撃したのです? 人間族や亜人族に対する恨みですか?」
ロックは自身を魔物だと名乗った。それならば人間や亜人に数多くの同胞を殺されているだろう。それが原因で恨まれていても不思議ではない。ハジメはそう思ったのだが、ロックの返答は違った。
「否、魔物の死はその者が弱かったというだけに過ぎない。同胞を殺されようとも、復讐などという下らぬ真似はしない。お前達は違うようだが」
やはり、魔物と人間の間には価値観の違いがある。野生動物が復讐戦を挑むという話はゼロではないため、少なからず情が芽生える場合もあるのだろうが、人間と比べれば希薄だ。
「我はお前達を殺すために来た。『刑死者』とやらがそれをお望みらしい」
「刑死者? 何の事です」
オーダーは『法王』という存在を口にし、ロックは『刑死者』という存在を口にした。地球にも存在するタロットカードを基にしているのだろうか。だとしたらオーダーとロックは同じ勢力に属する別の存在から命令が下されている可能性がある。
「さてな、刑死者については我も良く知らん」
だが、どうやらハジメの望む情報は得られないようだ。ならばと思考を切り替え、ロックが取り巻く状況を最低限でも把握することに努める。
「命令に疑問も抱かないのですか? パニシングによって得られた進化も発展途上ということですかね」
この狼からはパニシングの反応があった。本来知恵を持たないとされる魔物と流暢に会話が可能なのは、その影響だろう。そして知恵を持つ狼はハジメの言葉に苛立ちを見せた。
「逆らえば我の身体は破壊される。不本意だが、従う他に道は無い」
どうやら逆らった瞬間に破壊されるらしい。敵対勢力も機械である事は分かるので、遠隔爆破の方法でもあるのだろう。
ハジメのやる事は決まった。会話をしながらデボルとポポルに『通達』を送る。一方で、シアはどうにかロックを破壊せずに済む方法を模索しているようだった。
「ハジメさん、どうか、どうかロックを殺さないで……!」
「どうやって生かすのです?」
「え……」
「だから、どうやって彼を生かすのですか?」
「それは……」
シアはハジメの言葉に言いよどむ。理屈ではロックを破壊せずに事を終わらせる事など不可能であるのは分かっているのだ。シアは助けを求めて香織達を見る。だが、シアの味方はいなかった。
「……シア、今回ばかりはどうしようもない」
「ユエさん……」
「……私が王族だったころ、国を保つために大勢の人を殺してきた。時には戦争で、時には法によって……中には私と親しかった者や、私が殺す事を望まぬ者もいた」
「………」
「……割り切れとは言わない。けれど、私達は躊躇いはしない」
「………………分かりました」
シアはユエの言葉に完全には納得していない。だが、他にどうする事も出来ない以上、せめて破壊して弔ってやるのが最善だと思考を切り替えたらしい。ハジメは再度ロックに話しかける。
「攻撃しないのですね」
「
「そうですか。ではそろそろ始めましょう? 僕も無駄に引き延ばす趣味は無い」
WARNING ブードゥー
(ブードゥー……それが彼の魔物としての名前か)
ロックはその場から跳躍し、落下の勢いを利用して攻撃してくる。狙いはシアだ。せめて最後の矜持として、シアに討たれたいのだろうか。
「ごめんなさい、ロック」
ロックというのは幼き日のシアが彼に付けた名前だろう。シアは彼の攻撃を白ノ約定で防ぎ、カウンターする。ロックはシアから離れると、今度は錐揉み回転しながら突撃してくる。かと思えば今度はマニピュレーターのような尾で身体に装着されたブレードを掴み、ハジメ達に三方向の縦回転斬撃を飛ばしてくる。
「忘れるなよ。お前達も獲物であるという事を」
「忘れていませんよ」
ハジメはゼロスケールの弾丸を以てそれに答えた。シアはハジメの弾丸で一瞬怯んだロックに大剣による連続攻撃を加える。さらに横薙ぎの一撃を加え、斬り上げ、振り下ろし、飛び上がって二連撃を叩き込み、着地と同時に振り下ろす。
ロックは回避とブレードによる受け流しでなんとか耐えたが、無傷というわけではなかった。
「俺は痛みを剥奪されている」
攻撃を終えたシアに対し、ロックは尾を使ったブレードの剣技で攻撃する。不規則な攻撃に更にフェイントを入れてくるため、対処するのは非常に困難だ。だが、シアも伊達に修行してきたわけではない。最も隙の大きい縦回転攻撃の時にBモードを発動し、それに伴う衝撃波でロックを吹き飛ばす。
そしてそのまま爪による連撃を加えた。格闘家のような動きはロックの記憶には無かったため、あまり効果的な対処は出来ていないように思えた。だが、
「やるな、亜人」
ロックは突如浮き上がり、一対の翼の生えた人型に変形した。そして魔法によるものか、無数の雷を落としてくる。
「シア! 大丈夫!?」
香織はワルドマイスターで、ミュオソティスはガラティアで、ユエはオズマを正八面体にして防ぐ中、シアはどうやって防いだのか。香織は心配になって声を掛けたが、ユエは心配いらないとばかりに余裕の表情である。
「大丈夫ですぅ! ユエさんの攻撃に比べたら……!」
シアは耐性の崩れを即解除し、エネルギー障壁を作る『セルフィッシュ』という技によって雷撃を凌いでいた。修行中にユエのオズマによる攻撃をどう防ごうか考えていた最中に生み出した技で、シアにとっては貴重な防御技でもある。
「とんでもない成長速度ですね……」
ハジメもまた、ザミエルにて展開した結界の中でシアの立ち回りに舌を巻いていた。たった数日でこの対応能力である。今後の成長が楽しみだ。とハジメは思った。
「単独戦闘では勝てんようだな」
ロックは昇格者達の戦闘能力を見てそう呟くと、飛行形態のままその姿が分身した。要するに、ハジメ達も同時に相手取るために頭数を揃えたのである。そして、それぞれが昇格者達に襲い掛かってきた。
「ようやく本気ですか?」
「お互いにな」
ロックが翼で斬りつけ、ハジメがそれをアストレイアでカウンターしながら軽口をたたく。アストレイアの弾丸はそれなりのダメージを与えているはずだが、「痛みを剥奪された」という言葉の通り、ロックの動きが鈍る事は無かった。
「―――!」
唐突にハジメに電流が襲い掛かる。先程の雷撃のように予備動作は無かったし、ロック自身も何かをした様子は無い。ハジメは状況判断のためにもう一度攻撃をする。するとまた電撃が襲ってきた。
(『電盾』か……)
『電盾』とは結界魔法と雷魔法を組み合わせたもので、身体に纏わせた結界を攻撃した者に対して電撃を加える魔法である。異なる効果を同時に発動させるこの魔法は人間族でも使える者はそれほどいない。やはり、パニシングの進化は侮れないものがある。
ハジメが周りの昇格者達を見ると、ロックを中心とした光線放射や、彼に強制的に引き寄せられる吸引攻撃などに苦戦している様子が見えた。だが、タブリス戦の時ほど苦しい顔はしていないため、過剰に心配する必要は無いとハジメは判断した。というかユエは正八面体にしたオズマで回転しながら突進する事で攻防一体の技を行使しており、この戦闘においてはあまり心配は要らないだろう。
「貴方は確かに強い。獣特有の変則的な動きに飛行能力、さらに多種の魔法を使う」
ロックが翼によるX字の斬撃を行い、更に獣形態となり雷を纏った突進を行う。それを急接近技である『氷晶』で打ち消しながらハジメは言う。
「しかしね……こちらも侮ってもらっては困ります。敵に大人しく殺されてやるほどお人好しじゃない」
『嵐雪』で連続斬りを行いながらハジメは語る。たとえシアが傷ついたとしても、自分は必要ならば敵を殺し続けると。それが自分の哲学に反する物であっても躊躇いはしない。破壊の意味があれば良し、無ければそれを受け入れる。それがハジメの決断だった。
アストレイアの射撃の反動でロックから距離を取りながらハジメは指摘する。
「デカルトという哲学者は、『決断の出来ない人間は悟性が足りないか、欲望が大きすぎるのだ』と言った。仮に僕がもう少し欲深い人間であれば、貴方一人で事足りたでしょう」
シアを悲しませない方法を模索するであろうから。この闘いを避けようとするだろうから。だが、そうでは無かった。自らの強欲で自分や恋人達を傷つけるくらいなら、必要な事を実行するまで。それがハジメの正義であり理性だ。物語に登場するような英雄でも、信念に基づいて足掻く主人公でもない。たとえ非人間的と言われようと、冷酷と非難されようと、それを変えるつもりは毛頭ない。
「あの
ロックの分身体はそう言って倒れた。一方でシアも、かつての友人に対して引導を渡そうとしていた。
「貴方を壊してしまうのは……とても悲しいです」
「…………」
「でも、私はハジメさん達についていくと決めました。ですから、ここで貴方を倒します」
シアは再度Bモードを発動し、闇の手でロックを引き寄せてから爪で切り裂く。
「せめて、安らかに眠ってください……」
機能を停止した、初めてできた友達に、シアは別れを告げた。
ロック戦でした。初めてできた友達だった彼を殺す事は、シアにとってはつらいこと、でも改めて決意を表明しましたね。ところで、ハジメがデボルとポポルに『通達』していた内容は何なんでしょうね。次回はその辺りを書いていきます。
そして語られたハジメの『理性』。ありふれの二次創作において、ハジメの性格を原作から離す(俗に言う「魔王化回避」)展開はそれなりに多いです。やはりアウトローというか、傍若無人な振る舞いが受け付けない人は一定数いらっしゃるのでしょう。
先に言っておくと、それらを否定するつもりはありません。二次創作を書く上ではしっかり考えなければならない事ですし、それ自体は悪い事でも何でもありません。クロス先の関係でそのような性格にせざるを得ない事もあるでしょう。
しかし、私自身は魔王の「敵なら殺す」というスタンスは間違っているとは思いません。また、信念に反する事を「必要だからやる」という行為も悪とは思っておりません。そのため、ウチのハジメは『物腰柔らかではあるけど、冷酷な手段も取る人間』として書いています。例えばセイレーン戦にて正体が最愛の恋人である香織と分かっても引き金を引いています。
勿論、万人受けするとは思いませんし、ハジメの事を「酷い人間だ」と思う人もいるでしょう。しかし、それがハジメの『理性』なのです。
備忘録
ロック:NieR Replicantに登場するボスエネミー。狼の形をしたマモノで、人間に対して復讐戦を挑む。
ブードゥー:パニグレに登場するボスエネミー。不規則な動きと早めの攻撃派生で指揮官もといプレイヤーを苦しめる。飛行形態と獣形態の二形態を使い分ける。作者的にはかなり苦手な敵。
セルフィッシュ:パニグレのカムの技。通常時は体勢の崩れを解除しシールドを獲得、必殺技でのモードチェンジ時は敵を引き寄せてからの二連撃。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する