人形タチハ世界最強   作:三文小説家

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ルシフェル戦


時ノ傷跡/贖罪

 ハジメ達と深いかかわりを持つ園部優花の顔を持った天使、ルシフェル。この天使が優花本人だったとして、パニシングに感染した原因がハジメ達に有るかどうかは定かではない。言ってしまえば状況証拠に過ぎず、因果関係を結び付けるには少々性急であると言われれば反論は出来ない。

 

 だが、優花が壊れてしまった原因は紛れもなく自分自身であると、ハジメは確信していた。思い上がりと言われればそれまででるが、仮に原因が自分に無いとしてもハジメはこの闘いを放棄する事は無いだろう。悲しき少女の結末を見届ける事が、せめてもの自分にできる贖罪だから。

 

「私も戦うよ。コンダクター」

「香織……?」

 

 一人で決意を固めるハジメに、声がかけられる。その声の主は片目から涙を流す香織であった。

 

「……これは僕の闘いです。彼女を壊してしまったのは僕だ。ならばせめて、僕の手で」

「違うよ。アレが本当に優花ちゃんなら、私だって無関係じゃない」

 

 香織は断言する。優花を傷つけていたのは自分も同じだと。優花が傷ついた直接の原因がハジメの行動であるのは間違いないが、それを知っていながらハジメとの関係を放棄しなかった香織も無関係とはいえない。なにせ、優花の傷心の根本的な原因はハジメへの恋なのだから。

 

「だから、私も戦うよ。私も向き合わなきゃいけない事だから」

 

 ハジメはユエ達の方を見る。ハジメ達の意思は尊重するが、危ないと判断したら介入する。彼女達の表情にはそう書かれてあった。

 

「……分かりました。では、手伝ってください、香織」

 

 ハジメが香織の協力を了承すると、ルシフェルは翼を分離して無数のナイフに変える。ルシフェルの持つ速さなら攻撃できたにも関わらず、話し合いが終わるまで待っていた理由は不明だ。ただ、ハジメ達の事を想う優花が待ってくれていたのかもしれないと、希望的観測を打ち立ててみる。

 

 ルシフェルが無数のナイフを飛ばしてくる。その一つ一つがベヒモスの突進を上回る威力を有しており、王国の騎士団やクラスメイト達が展開する結界や防御では到底防ぐことのできない攻撃。

 

 しかし、香織は音波の壁で攻撃を防ぎ、ハジメは『超速演算』によって最小限の弾丸をゼロスケールで撃ち落としてルシフェルに接近する。そしてゼロスケールによる攻撃を加えるが、それなりの近距離で撃ったにも関わらずルシフェルには軽い傷がついただけであった。

 

(やはり効きませんか……しかし!)

 

 今の攻撃は陽動だ。ルシフェルがハジメに気を取られている間に、香織が『破壊音響』による攻撃がルシフェルに直撃する。強力な振動により装甲が脆くなったところへハジメのアストレイアが火を噴く。

 

(これで多少は削れてくれればいいが……)

 

 見れば、ルシフェルは身体の一部に穴を開けていた。だが、再び周囲からエネルギーを吸い取り瞬く間に修復してしまう。特殊な予備動作も無く、回数制限なども不明、さらには回復手段が無ければ一気に窮地に追い込まれる。

 

「だめ……多少傷ついたくらいじゃすぐに修復される」

「ええ、間違いなく最強の敵です」

 

 ハジメ達が次の打開策を思案していると、ルシフェルは高く飛び上がり、エネルギーを収束し始めた。そして予想される軌道上にはパスカルの村がある。或る程度距離が離れているとはいえ、これまでの攻撃の威力から楽観はできない。

 

「! マズい!」

 

 ハジメと香織は攻撃を回避せずに射線上に立ち、音波と分身に使う植物、そしてザミエルによる結界を何重にもかけて防ごうとする。

 

 その刹那、ルシフェルから極大威力のレーザーが放たれる。昇格者達のエネルギーを吸った攻撃はタブリスの極光をも上回る威力だ。ハジメ達の展開した防御は殆どが破壊され、ハジメに至っては身体の一部が破壊された。

 

 

 

 

 

 優花は気が付いたら実家のレストラン、ウィステリアのピアノの前に立っていた。自分はトータスに召喚されて、その世界で過ごしていたはずだが、いつの間に帰って来たのか。

 

 分からないが、目の前のピアノを弾いてみたいと思った。久しぶりに、地球にいた時のように。

 

 曲目は何にしようか。久しぶりにラフマニノフのジャズアレンジを弾いてみようか。ピアノ協奏曲の難関。自分では手を出さなかっただろう楽曲。ただでさえ難しいのに、ジャズにアレンジまでする。何のためにこんな面倒な事をしたんだっけ。たしか、想い人のリクエストだった。なんでも好きな曲をとは言ったけれど、あまりの図々しさに少し苦笑した。

 

 第一楽章は本来は荘厳な雰囲気で進行する。ゆっくりとした和音連打をクレッシェンドし続けながら打ち鳴らす。でもこれはロシア正教の鐘のモチーフではなく、想い人に楽しんでもらうための物。敢えてラグタイムの雰囲気に寄せてみようか。少しシンコペーションを加えて、アクセントだけじゃない、スフォルツァンドも入れてしまえ。……少しやり過ぎただろうか。

 

 

 

 

 

 レーザーはハジメ達だけでは防ぎきれなかった。しかし、香織が慌てて振り返ると、ユエ達がハジメ達が防げなかった分の攻撃を防いでいた。

 

「村は私達が守る! だからさっさと終わらせて!」

 

 ユエが普段からは考えられない声量で叫ぶ。返事をしている余裕は無かったが、それを了承したハジメは最も高い威力の氷撃『冷華刹那』を放つ。そして、

 

『緋槍・零式』

 

 凝縮した炎の槍を続けて撃った。これはユエから教わった魔法『緋槍』をハジメが計算して再現したものだ。炎を円錐状の槍の形にして敵に放つことで、威力を底上げする事が出来る。

 

 香織もブルーメン・スヴィーテによる斬撃の雨を浴びせるが、幾つかは『遊麟』という斥力を発生させる魔法で弾かれてしまう。だが、そちらに注意が向いた事で緋槍・零式が『蛇喰』に吸収される事は無かった。

 

 ルシフェルは直線状にナイフの雨を降らせたり、不規則に動く戦輪で撹拌したりして、ハジメ達に無数の傷をつける。しかし昇格者達も再生力と即時展開できる防御で対抗した。

 

 

 

 

 

 第一楽章を弾き終わった。改めて思うが、この曲は難しすぎる。第一楽章の第一主題はオーケストラのトゥッティがロシア的な性格の旋律を歌い上げるが、その間ピアノはアルペジオの伴奏音型を直向きに奏でるだけ。だが優花はこれをソロで弾かなければならない。しかも長い。

 

 これが終わったら急速な音型の移行句が続き、変ホ長調の第二主題が現れる。何が鐘だ。ジャズアレンジしてるのもあるが、最早目覚まし時計と言い換えたい忙しさだ。劇的で目まぐるしい展開部は両方の音型を利用して、さらに新たな楽想が形成される。展開部で壮大なクライマックスを迎えると、前までとはかなり違う再現部(マエストーソ)が入って、入念にコーダを準備する。

 

 ふと周囲を見ると、誰かが椅子に座っていた。知らない子達だけれど、聞きに来てくれたのだろうか。だったらもう少し張り切ろう。既に難易度が高すぎて発狂しそうだけど。

 

 

 

 

 

 ルシフェルの凶刃がユエ達に向けられる。ユエがオズマによる障壁を展開しようとしたとき、黒い影がルシフェルの攻撃を遮った。

 

「君が八つ当たりすべきなのは私だよ!」

 

 香織はそう言うと、押し負けそうだった防御に歌で力を付与する。『アッチェレランド』。エネルギーの回転率を上げ、パニシングの力を以て堕天使の攻撃を受け止める。もはや悲鳴のような歌声だが、攻撃は押し返せる。

 

「――――――――」

 

 聞こえてくるのは歌姫の悲鳴か。堕天使の叫びか。

 

 

 

 

 

 優花は第二楽章の演奏に入る前に見知った顔を見つけた。それは香織だ。何故か泣いている。何があったかは分からないが、ひとまず演奏をしよう。

 

 第二楽章は第一楽章と好対照をなす緩徐楽章が弦楽合奏のピアニッシモで神秘的な始まりを告げる。本来はハ短調の主和音から、クレシェンドしながら4小節でホ長調へ転調しピアノ独奏を呼び入れるが、これを一人で演奏しなければならない。速度はアダージョ、アップテンポなジャズとは違い、どちらかと言えばゆったりとしたシャンソンのようになるかもしれない。

 

 でも香織は聞いてくれるだろう。スローテンポが受け付けない体質じゃないし、演奏が終わったらいつも拍手をくれる。だから……いつもみたいに、笑ってよ……

 

 

 

 

 

 香織がルシフェルと闘っていると、ルシフェルは四つに複製した戦輪を香織に飛ばしてきた。四方より迫りくる戦輪は香織の音波の壁すらも叩き割ろうとしてくる。香織が喉を壊す勢いで歌おうとした所、四つの戦輪が弾き飛ばされた。

 

 それを行ったのはハジメだ。アストレイアによる『拡散射撃』で戦輪を叩き落した。本体ならいざ知らず、戦輪を止めるのはそれほど苦労しない。ルシフェルはハジメの方を向いた。口が何やら動いてる。

 

 え ん そ う き い て よ

 

 だがハジメは必要な事をする。優花が自分のために考えたジャズアレンジがある事は聞いていた。それを聞かせたいと、そう言っているのかもしれない。だが、ハジメは未来のために、最愛の恋人と歩むためにルシフェルを討つ。

 

「もう終わりにしましょう……」

 

 アストレイアにパニシングのエネルギーが収束される。パニシングの赤黒いエネルギーが純粋な黒となり、あまりの力に空間が歪み、通常時に比べ指数関数的に威力が増大する。ハジメは自分の中のパニシングの意志に共鳴し、破壊の火花を作り上げる。

 

 

 

 

 

 第二楽章を終えると、また別の人間が現れた。普段は飄々とした態度の、やたらと語彙が豊富な同い年の画家。苦しむ優花を救った想い人。だが、その人は沈んだ顔をしている。香織を泣かせたのはコイツかと思ったが、どうやら二人して凹んでいるらしい。

 

 なんにせよ、此処に来たのは正解だ。今からコイツが聞きたがっていたラフマニノフのピアノ協奏曲、その第三楽章を演奏する。

 

 第三楽章の速度はアレグロだ。アップテンポなジャズ。きっと沈んだ気分でも浮上するだろう。最初に聞こえる第一楽章の循環形式から成るホ長調の旋律。既存の形式にとらわれない自由な旋律。少し悲しくて大人な夜のリズム。それでも楽しくスウィングして、ほら、笑ってよ、いつもみたいに手拍子してよ。もうすぐ終わってしまう。最後のカデンツァに差し掛かった。第一楽章の時は長い戦いの始まりだったけれど、弾いてしまえばあっという間だ。もう終わってしまう。私はあの二人を笑顔に出来ない。なぜ? 私は演奏が終わって気が付いた。

 

 私が本当に聞いて欲しい相手は此処にいない。

 

 

 

 

 

 ルシフェルは黒の一閃に穿たれ、翼を維持する力を失った。ナイフのような羽達を、ハジメは避けもせずに受けた。落ちても足掻く堕天使を、ハジメは凍氷と金属の刃で刺した。最後にハジメの背に戦輪が降り、身体を抉った。

 

「ねえ……南雲……アンタが頼んだ……アレンジが……出来たの……聞いて欲しい……大嫌いな……愛するアンタに」

 

 口から血を流しながら声を発するピアニストに、画家もまた傷だらけで答える。

 

「ええ……聞きましょう……それで少しでも……償いになるのなら」

 

 そして二人は意識を失った。

 




痛いよ。心が。4000字くらいだけど体感では10000字くらい書いた気分。ラフマニノフのアレンジとか適当だけど、私はピアニストじゃないから許してくれ。

備忘録

緋槍・零式:ありふれ原作におけるユエの魔法。それを教わったハジメが自力で計算して再現したもの。

アッチェレランド:香織のバフ技。DOD3のウタウタイモードに近い。歌っている間は香織の力が底上げされる。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
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