「機械教会……か」
ハジメ達を襲撃したオーダー、ネメシアの機体及び残存データを解析していたターミナルは、その結果を見て呟く。オーダーの製造元はターミナルにとっても未知の相手……という訳ではなく、旧知の存在であった。尤も、直接相見えたわけではなく、ラングランスという昇格者から得た情報だが。
機械教会とは、その名の通り機械によって作られた宗教組織だ。この世界に有る宗教という人間の行いを模倣し、信仰心によって得られる団結と推進力によって築かれた集団。信仰対象は『セージ・マキナ』という概念人格であるとされる。
確定できないのは、情報提供者のラングランス自身がセージ・マキナの姿を明確に見た事がないからだ。しかし、出会った時の状況からして概念人格の類である事は間違いないという。そして、機械教会という集団がその存在を信仰し、独自の文化形態を成していることは事実であるらしい。
機械教会の幹部達は地球にも存在するタロットカードのアルカナの名を冠しており、ロックの口から発せられた『刑死者』、オーダーに命令を下しているとされる『法王』はこの集団の所属と考えて良いだろう。
「上下関係はある一定の知性を持つ集団における〝業〟であるという事か」
「ええ。そして、集団として、組織として確立した後は本来の目的を忘れてしまった」
ターミナルの問いに、ラングランスはそう答えた。信仰心を基に団結と推進力を得た機械の集団は、ある程度の発展を機に目的を見失った。彼らの求めるセージ・マキナは神託を告げず、己が意志もなく団結力だけを強めた集団は、目に見える上下関係や、その場凌ぎの目的に固執していった。
やがて、セージ・マキナからの神託が下されたという機械が現れた。これにおいて真偽は重要ではない。〝正しさ〟の奴隷と化した機械達は、それに一も二も無く従った。『この世界の生命を殲滅せよ』という命令に。
ただ一人、ラングランスを除いて。彼女はセージ・マキナがそのような命令を出す事は有り得ないという事を知っていた。そして、セージ・マキナ自身もそれを否定していた。だが、その嘘はいっそ奇妙なほどに機械教会に広まり、セージ・マキナは『偽物』と断定された。
「貴方達の闘争に、意味はあるんですの? 意志は? 論拠は? この果てしない闘いの果てに、何が待ち受けているのか、分かっていらして?」
そのラングランスの問いに、答えられる者は存在しなかった。ラングランスはそれを見て、機械教会から離反した。当然、教会側がそれを許容するはずも無い。
「……最後に一つ問います。貴方達は私が深人族の長であったことを御存じのはず。その深人族の居住をも滅ぼすつもりですの?」
それでも機械教会は、『異端者』は速やかに排除するべきと、ラングランスや深人族を抹殺しようとした。もはやセージ・マキナの意志も何も有ったものでは無い。
「では結構です。私は退いたとはいえ深人族の長であり、脅威となる存在を排除してきた粛清部隊の隊長でした。貴方達を、深人族の敵とみなしますわ!」
だが、事態はそう簡単には進まなかった。ラングランスに与えられた名は『死神』。彼女は既に個としての戦闘力で集団に迫る程の強さを持っていた。機械教会を全滅させることは叶わずとも、追撃部隊をいなしながら逃げる事は可能であった。
結果、彼女は目的であった逃走を成功させ、機械教会は戦力を大幅に削がれた。セージ・マキナは自分の無念を嘆いていたが、ラングランスは何とか世界機構とも呼べるネットワークの海に逃がす事に成功した。
以上がラングランスから聞いた顛末だ。これが真実だとすれば、その機械教会が再度動き出したという事だろう。
「ハジメには連絡がつかん。だが、他の昇格者達には伝えねばならんな。新たな敵の登場を」
ジャミングされているのか、ハジメ達には連絡がつかない。先手を打たれた可能性もあるが、それでもやらないよりはマシだ。ターミナルはハジメ以外の天人五衰の代行者達を代表とする昇格者に通達を送った。
「……承知いたしましたわ。敵の殲滅に移行します」
ターミナルからの通知を受け取った深人族の女性、ラングランスは作戦の変更を決定した。
機械教会から離反した後、ラングランスは自らの古巣である深人族の住処に戻っていた。深人族とは深海に住まう種族であり、海人族から独自進化した存在だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いていたり、指の間に水かきのような膜がある事は海人族と同じだが、肌は陶器のように白く、人間族とも魔人族とも、また通常の亜人族とも異なる特徴を持つ。
さて、前述の通り海人族は魚類の特徴を持つ亜人だ。しかし、ハイリヒ王国から公に保護されている。理由は、大陸に出回る海産物の八割を提供しているからだ。差別しておきながら使えるから保護するという現金な話だが、国の運営などそんなものなのかもしれない。
だが、深人族は別だった。その外見から人間に恐れられ、さらにエヒトからは神敵と神託が下されてしまったのだ。だが、人間は深人族を滅ぼす事は出来なかった。
理由は単純だ。人間の魔法や技術力では彼らの住む深海に征く術が存在しなかったのである。常時かかる途轍もない水圧、そして地上を遥かに上回る強大な機械体の数々。人間族はそれらに対抗する力を持っていなかった。
そして、よしんば彼らの居住地に辿り着けたとしても、純粋な戦闘力や技術力でも深人族には敵わない。そもそも、深人族の存在が露見した理由は海人族が住むエリセンという町の近海に出没した強力な機械体を討伐した事が原因である。それに敵わない人間がそれを討伐した深人に敵う訳も無かった。
「ごきげんよう。人間族の皆様方」
深海からの遠隔映像という人間族からすれば異次元の技術力を以て、昇格者となる前の、当時の深人族の国家元首であったラングランスは人間達に警告を
なにせ、彼女は国家元首でありながら裏切り者や強大な敵を屠り続ける粛清部隊の隊長でもあったのだから。高貴な振る舞いと戦場に立つ者としての強さを兼ね備えていた。そして、ラングランスは映像越しに人間達を見下ろしながら言葉を紡ぐ。
「私が貴方達に要求するのは停戦、そして友好ですわ。愚かで無意味な問題の発生は防ぎたい。これが人間族、そして私達の一致する意見でしょう? 無論、ただでとは言いません。私達と友好を結べば、深海にて採取した資源を提供いたしますわ」
映像に映った資源は地上や近隣の〝浅瀬〟では入手が困難な物ばかりだった。難病に対する特効薬、地上の魔物から産出されるものに比べて段違いに品質の良い魔石。おまけに相手には地の利があり、人間族はアクセスする事すら不可能に近い。普通に利益勘定で考えれば停戦は決議されるべきである。
だが、一度神託が下された人間達に『撤退』の二文字は有り得なかった。ラングランスは念の為、数日間の猶予を与えるつもりだったが、人間族は深人族殲滅を取り消す事は無かった。
「なるほど。そちらの意志は分かりましたわ。しかし、一つだけ忠告しておきます。戦略論において、一度敵対した相手に対しては徹底抗戦する事が理論最適解とされている事をお忘れなきよう。では、いずれ戦場にて」
そう言って映像は途切れた。結果は人間族の大敗だった。深人族の地の利と技術力を生かした闘い方に、人間も、そして助太刀に来た〝真の神の使徒〟と名乗る存在も海の藻屑と化した。
『かの
後の世にて異邦の少年、南雲ハジメがこの話をターミナルから聞いた時、思い浮かべたのはこのホッブズの『リヴァイアサン』の冒頭であったという。深人族の叡智は遂に海という怪物をも味方につけ、襲い来る地上の
(しかし、海は常に味方となるわけではない……種の存続を賭けた争いは、終わりのない死闘と呼ぶに相応しい物でした)
ラングランスは人間との闘いを制した。しかし、深海における終わりのない戦いの末に彼女は殉職した。しかし、彼女はそれでもいいと思っていた。不滅の国家が存在しないのと同様、不死の人間もまたいない。自分が死に殉ずることにより時代は動き、国家は更なる発展を遂げる。それがラングランスの願いであった。
しかし……
(あの深海での殉職の夜。光の届かぬ洗練された闇の中の一戦が、この
ラングランスは蘇ってしまった。海に生かされ海に還る。その神聖なる輪廻転生は叶わなくなってしまった。だが、座して五衰に甘んじるつもりは無い。死という光を無くした『死神』は、闇の神髄を探求する資格と義務がある。
死に損なった自分に絶望していた彼女にとって、居場所を提供したセージ・マキナは良き友人であり、光だった。しかし、それも暴徒によって壊されてしまった。
(闇無き光が有り得ないように、破壊無くして創造は有り得ません。しかし、機械も人間も、そして神も、破壊の先には何も見ていない)
世界の、天人の世の終焉を告げる組織『天人五衰』。この組織だけが、破壊の先に創造を見据えている。嘘で塗り固められたこの世界で、ただ一つ真実を見ている。セージ・マキナが今何処にいるのかは分からない。しかし、ラングランスは黙って海流に呑まれるつもりはない。
「この世の嘘は、もう終わりにしなくては」
無残に切り裂かれたオーダーの残骸を前に、『代行者』ラングランスはリヴァイアサンの瞳を宿していた。
一方、ハイリヒ王国のホルアドでは光輝達の迷宮訓練の合間を縫ってトータスの歴史についての座学が行われていた。今やっているのはちょうど深人族と人間族との闘いの部分であり、深人族は資源を独占するばかりか人間族に仇為す敵として教えられていた。
「酷い……人の命を何だと思ってるんだ」
その歪曲した話を聞かされた光輝は正義感によって深人族達に憤りを覚えていた。特に、正面から戦う事もせずに海という絶対的に有利な場所で人間族を蹂躙し、徹頭徹尾見下すような態度で人間族と接していた当時の深人族の指導者、ラングランスには憎悪を募らせていた。
「この世界には悪が溢れすぎている……魔人族に深人族に……俺達が呼ばれた理由が改めて分かりました。必ずソイツ等を倒して、世界を救って見せます!」
光輝の頭の中からは、深人族が国家というコミュニティを形成できる知性体であるという事は抜け落ちていた。そして、あまりにも人間族が被害者であるかのように語られる話に違和感を覚えた様子も無い。
雫や恵里達はこの話に違和感を覚え、龍太郎は詳しくはよく分からないながらも親友の様子に危機感を覚える。しかし、この場では何も言えない。教鞭をとる教師の狂信者じみた態度を見れば、この話に異議を唱えれば『異端者』だのなんだの言われてデッドエンドになりかねない。
人間族に都合のいい話と光輝の正義感への賛美がほぼ全てと言っても良い授業が終わり、それぞれの自室へと帰っていく。光輝は他の生徒達をしつこく自主練等に誘ったが、
「だァァァうるっさい! アンタの脳内が絶賛麻薬パーティー開催中なのは重々分かったともさ。しかしながら人間には活動の限界時間がある。なんで人類どころか生物という存在において睡眠という行為が淘汰されてないか分かるか? それが必要だからだよアンドロイド野郎!」
という恵里の雄叫びによりお開きとなった。光輝が目を吊り上げて言い募ろうとした所を雫が張り手をお見舞いし、龍太郎がヘッドロックして引き摺っていった。
そして自室に帰還し、同室の恵里が寝た所で鈴は自分の中に眠る
『Hello, セージ・マキナ』
それは自分の意識と同化している『セージ・マキナ』という存在だ。いつからなのか、正確には分からない。だが、昨日今日ではなくかなり幼少の頃から共にあった存在だった。当初はセージ・マキナに身体を譲り渡した所を家族に見られ、両親のいない寂しさから別人格でも作り出したのかと疑われた。結果として両親と一緒にいる時間が長くなったのは鈴にとっては僥倖だったが。
実の所、鈴もそう思っていた。脳内で会話が成り立つが、『異世界で機械に信仰されていた』という話はあまりにも非現実的であり、自分の頭が作り出した御伽噺であるという方が納得できた。
だが、実際にセージ・マキナの言っていた異世界にやってきてしまった彼女は、否が応でも信じざるを得なくなってしまった。幸い、彼(彼女?)は寛容である。これだけ疑っても聞かれた事にはしっかり答えてくれるのだ。
『ん? どうしたの? 鈴』
『多分、さっきの授業の内容は君にも聞こえてたと思うんだけどさ』
『うん』
『あの話はどこまでが本物なの? どうにも都合よく編集されてるような気がしてさ……』
セージ・マキナは少し逡巡してから答えた。
『少なくとも、ラングランスはあの教師が言っていたような女性ではなかったよ。優しく、非情で、とても美しく聡明な人だった』
死ねずに絶望していたラングランスと海底で出会ったセージ・マキナ。姿を持たない存在であるが故に面と向かって話す事は出来なかったが、それでも彼女は信じた。だが、優しいだけの女性でもなかった。機械教会にてセージ・マキナの右腕となってからは、セージ自身には下せなかった非情な判断を躊躇いなく下した。
ラングランスはサディストではなかったが、国家元首と粛清部隊隊長を務められるほどの合理主義者でもあった。セージ・マキナはその姿を尊敬し、『死神』の称号を与えた。
機械教会が敵に回った時も、自分とセージ・マキナを逃がす最適解を導き出して見せた。その話を、逃げた先で見つけた少女の意識海の中で語った。
『機械教会の話はもうしたよね?』
『うん、半信半疑だったけどね』
『ラングランスは時に物凄く冷酷にもなれる。私の優しさのせいで命が消えてしまいそうになった時は、躊躇いなく剣を振るんだ。昔に言われたよ。優しさや正義は時に凶器になるって』
『あー、うん……天之川君の天敵だね。間違いなく』
正義を妄信する少年にとって、存在自体が許されない類の人間である。仮にラングランスがセージ・マキナの言う通りの人格者だとしても、出会ったら対立は避けられないだろうと思っている。
同じような理由で畑山愛子にとっても好ましくない人物だろうと鈴は思っていた。何故なら、ラングランスは〝寂しい生き方〟を躊躇いなく選択する人種だからだ。日の当たる場所を歩けない宿命を背負う人間の事は、愛子には理解できないからだ。
きっと、ラングランスは日の当たらない深海の中で生きようともがき、自らの手を汚す事を選び、愛によって違う誰かの愛を殺し、そして死に場所を求めた。どれ程の業苦をその身に背負っているのか、鈴には想像もつかない。
『鈴も本当はセージの目的を達成したいんだけどね。自由には動けないからさ』
目下のとっかかりは王都の地下に拡がる白い街だ。セージ・マキナはかつての機械教会の本拠地に似ていると言っていた。だが、ドライツェント同伴の下に何度か探索してみた物の、女性型の人形以外は発見できなかった。街はまだまだ未踏破領域があり、その全てを探索する事はこの時間では不可能だった。
それに、あまり怪しい動きをすると、誰かから目を付けられる可能性もある。セージ・マキナから聞いた機械教会の前例もある以上、鈴は迂闊に動くわけにはいかなかった。
こうして、トータスを渦巻く勢力達はまるで流動体のように変化していくのであった。
二章で様々なキャラが動くので書くのが大変である。そしてようやく登場のオリキャラであるラングランス。ハジメと似ているようで、経験では上を行っています。ハジメ達に影響を与える面もありますが、光輝の師匠役になってもらおうかなと。アンチとタグに書いてあるとはいえ、ラングランスが彼を放置するのは不自然ですし、あまり彼にとって都合の悪い事ばかりが起こるのもね。いや、光輝にとっては正義を否定してくるから都合が悪いかも知れないけど。
備忘録
ラングランス:オリキャラ。国家元首と粛清部隊の隊長という二足の草鞋を履いていた器用な奴。信念等を馬鹿にしているわけではないけど、過信はしていない。少し気だるげなお嬢様口調で話す。名前から誤解された方がいるかもしれないが、女性である。元ネタはパニグレのビアンカというキャラクターに色々混ぜた感じ。
深人族:大枠は本編で語った通りであり、人間族及びエヒトの使徒を退ける軍事力を持つ。
機械教会:パニグレに登場する団体で、セージ・マキナという機械に対する信仰心でなりたった集団。詳しくはパニグレwikiを参照
セージ・マキナ:パニグレにて機械達に啓蒙を与えた存在。今作では鈴と身体を共有している概念人格として登場。詳しくはパニグレwikiを参照
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
-
修理して連れていく
-
見なかったことにして放置する