人形タチハ世界最強   作:三文小説家

72 / 133
遅くなって申し訳ございません。


天人ノ世ノ終焉ヲ告ゲル者達

 時間は少々(さかのぼ)り、ハジメ達がオルクス大迷宮の隠れ家で過ごしていた頃の事。

 

「おや、また品質が上がりましたね」

 

 一人のドレス姿の少女が、優雅に紅茶を飲んでいる。身なりからして高貴な身分である事は一目瞭然であり、傍には当然のようにメイドが控えていた。

 

「紅茶は九龍から仕入れた物にございます。品質は年々向上しておりますが、それに比例するかのように値段も上昇しております」

「おやおや、しかし、この紅茶は王室だけでなく、今や貴族界において主流となりつつあるブランド。多少値段を高く設定しても買い手はつくのでしょう。現に、需要は低迷するどころか、むしろ上昇しているのですから」

 

 この会話だけを聞けば、何の事は無い、ごくありふれた貴族と使用人の会話だ。

 

 異常なのは少女と使用人を取り巻くこの状況である。

 

 少女が紅茶を飲むテーブルのある、虚空に浮遊する正五角形の床の辺にそれぞれ階段が伸びており、それらを支える柱の類は一切無い。さらにその周りには、天井に床、壁を這う階段、床に取り付けられた扉に窓と、上下左右の概念を無限の彼方にぶっ飛ばした空間が展開されている。

 

 ついでに、大小不揃いな戸棚やら引き出しやらプレゼントボックスやらが不規則に見えて規則的に配置されており、一部の床や壁はチェス盤のような市松模様になっている。

 

 まさにエッシャーの絵画、奥行き反転図形、カフェウォール錯視、エビングハウス錯視、無限階段、フレイザー錯視……と、脳が騙される光景の博覧会である。さらに無駄にファンシー、というか少女趣味な内装のせいで、慣れない人間が入れば後天的に不思議の国のアリス症候群でも発症しそうな空間だ。

 

「しかし、遅いですねえ。呼び出したのは向こうですのに」

「皆様中々お忙しい方々ですから……」

「おっと、噂をすれば、誰かいらっしゃったようですよ」

 

 少女と使用人が話していると、階段の一つを上って来る足跡が聞こえる。トータスの人間族の間では聞かない独特な衣擦れ音に、少女は相手の正体を察する。少女の展開する異空間を集合場所に指定した人物の一人が現れたのだ。尤も、直接的にこの空間に転移させたのは少女の方なのだが。

 

「ようこそお越しくださいましたわ」

「息災のようで何よりじゃ。しかし、この部屋は歩きづらくて叶わぬ。もう少しどうにかならぬのかえ?」

「あらひどい。これでもリリムと相談しながら頑張って作りましたのよ?」

 

 着物姿の女性はおもむろに煙管を取り出すと、すぱぁ……と一服し、言葉を紡ぐ。

 

「まあ、百歩譲って敵に攻められにくいという点だけは評価しようかの。どれ、紅茶を出してくれぬか」

 

 『代行者』(ティオ)九龍(クラルス)。トータスにて最強の財力を持っているともされる九龍衆、その実質的首領。膨大な資金力、軍事力、技術力で策謀を企む正体不明の秘密結社。それがトータスにおける彼女らに対する認識だ。むしろ、その三文小説の悪党のような非現実感から都市伝説に近い扱いであり、殆どの者は実在を信じていない。

 

 いわんや、とうの昔に滅びたはずの竜人族が再起した姿であるなど夢にも思っていない。

 

(今、目の前にその首領がいらっしゃいますけどねー……)

 

 少女も初対面時は半信半疑であったし、竜人族と聞かされた時は驚きもした。それなのに相手は呑気に自分の所で採れた茶葉で作った紅茶を飲んでいる。

 

「そうそう、貴女が望む情報はしっかりと仕入れてきましたよ」

「それは有難い事じゃ。お主の協力が無ければ、この計画は大幅に長引いていたじゃろうし」

「帝国の情報は暫しお待ちを。トレイシー殿下ったら、闘いの熱が冷めないようでして」

「良い。まずはお主の王国からじゃ」

 

 廷は朗らかに笑って返す。竜人族はそれなりに、気が長い。しかし少女は警戒するように廷に問いかける。

 

「しかし意外でしたよ。まさか私達ハイリヒ王国の益になる事を、貴女がするなんて」

「怨みによって滅ぼすと思うたか? まあ、それも考えないでは無かった。人間族が我らにした乱暴狼藉、決して許す気にはなれぬ」

 

 そこまで言うと、廷は竜の瞳となり少女を見据える。少女は少し気圧されながらも笑みを崩さなかった。

 

「特に、神に盲目的に従うだけの猿畜生共に我らが故郷を荒らされた事は、歴史上最大の汚点と言っても良い」

「ほう……つまり、条件次第では裏切るということでしょうか」

 

 廷はそれに否定も肯定もしなかった。ただ瞳を元に戻し、紅茶の杯を呷っただけである。

 

「しかし(わらわ)は妙案を思いついた。我ら竜人族の再起に、人間族を利用してやろう、とな」

「ほう……」

「幸いにも実行できる手立てはあった。ターミナルより与えられた人工知能『華胥(かしょ)』も大いに役に立ってくれた。今では弄月(ろうげつ)の傍らに一献を嗜む余裕すらある」

 

 九龍衆は大陸外の隠れ里に移り住んでから、長い時間をかけて人間族に流通する商品の利権を掌握していった。主に大陸外の珍しい品を売りさばいたり、人間族の商会を買収したりと言った具合に。

 

 隠れ里が『九龍環城』と呼ばれる大都市となり、第二の拠点として九龍夜航船が作られてからは、初期よりも更に簡単になった。遭難した人間族の商船を案内し、甘い汁を吸わせ、品物の流れを九龍衆がコントロールする。

 

 また、その場では靡かずとも問題は無い。竜人族は人間よりも遥かに長命であり、その時果たせなかった目標は百年後にでも果たせれば良い。そうやって竜人族は人間族の生活基盤に侵入していった。仮にも神敵認定されている以上、正体が露見しないように細心にだが。

 

「誰も彼もが、剣や魔法を撃ち合うばかりが戦争と思うておる。なればこそ、人間族の生命線を握るのは存外に容易かったぞえ」

「とはいえ、私達の生活の質が向上したのは確かですけれど。この調子でどんどん掌握なさってください。私達もその恩恵に与っている身ですし」

「ふ、ふ、ふ。お主も中々に悪よのう」

「楽しそうですわね……」

 

 廷と少女が談笑していると、異様に肌の白い海人族のような女性が呆れたように二人を見下ろしていた。全体的な服装は英国貴族か、もしくは海賊のようにも見え、黒い口紅と胸元の真紅の薔薇のコサージュが目立つ。

 

「さながら幽霊船の船長じゃな」

「ご挨拶ですわね、竜人の長よ。確かに、(わたくし)は嘗て『死神』などと呼ばれておりましたが」

 

 気怠(けだる)げなお嬢様口調で話すのは『代行者』ラングランス=イシュマエル。海底国家アトランティスの現国家元首。かつて神や人間の軍勢と闘いながらも滅ぼされなかった人物だ。

 

「ようこそお越しくださいました、ラングランス様。まさか、過去の英雄にお会いできるとは思っておりませんでしたわ」

「英雄……ですか。人間族には悪評ばかりが広まっているものとばかり思っておりましたわ」

「ええ確かに。しかしながら、私達のような聖教教会を疎む人間からすれば英雄です」

 

 九龍衆が財力最強だとすれば、アトランティスは技術力最強と言った所だろう。一部の技術は神代魔法すら上回ると言われている。

 加えてラングランス本人の実力も推して知るべし。空白期間がありながらアトランティスの国家元首に返り咲けるのだから。

 

「私のシャーロットOSが有用であるという事でしょう。人間族との闘いの勝利にも大きく貢献いたしましたもの」

 

 シャーロットOSとはラングランスに組み込まれている特殊な演算システムだ。神代魔法の一つである再生魔法を基礎としており、限定的ながら時間に干渉する事が出来る。また、アトランティスの前線基地にも同様のシステムが組まれており、かつての闘いで人間、神の使徒双方を苦しめた水害を任意で引き起こせるという超性能を有している。

 

「しかしながら、それお主がいなくなったらどうする気じゃ?」

「ご安心を。既に後継者の育成は始めておりますし、何人かは実戦投入が可能なまでに育っておりますわ」

「全く抜け目のない事じゃな。流石は年増と言った所か」

「………」

 

 ラングランスは廷の揶揄には答えず、ただ半眼で睨みつけただけであった。そして紅茶に口をつけ、「それにしても……」と話す。

 

「今回の集まりの議題は新たなる代行者の誕生であったはず。肝心の人物は何処にいらっしゃいますの?」

「最初からいたぞ」

 

 いつの間にか赤い服の少女、ターミナルが席についていた。そもそも物理法則などに左右されない存在なのだから、どの時点で来ていたかというのは考えるだけ無駄ではあるのだが。しかし、ターミナルはこの場の全員が知っている。ならば件の人物とは誰なのか。

 

「おや、失礼。久しくこういう物は見ていなかったものでして、家主の許可を取って見物していたのですよ」

 

 四人の床下から声が聞こえてきた。何の事は無い、最初から足元にいたのである。四人が上って来た階段を裏から下り、逆さに立っているというだけの事であった。

 

「満足致しましたか?」

「ええ、とても。良いインスピレーションをいただきました」

 

 その人物の立っている足元の床が取り外され、虚空で反転して四人と同じ向きに直る。なお、この空間からどんなインスピレーションを得たのだろう……と、廷とラングランスが怪訝な目をしていたのは余談である。

 

「お初にお目にかかります、代行者の皆様方。この度、新たに末座に加えていただく」

 

 十代後半の少年の姿をした昇格者が慇懃に礼をする。

 

「南雲ハジメと申します」

 

 五人目の代行者が誕生した知らせであった。

 

e7b582e3828fe3828ae381aee5a78be381bee3828a

 

「天人五衰、ですか」

「ええ、或る意味ではこの世の終焉を掲げるこの集団に、相応しいかと」

「なるほどのう、其方の故郷には面白い宗教があるものじゃ。天人ですら、死の間際の苦悩から逃れられぬとは。ふ、ふ、ふ、愉快々々」

 

 少女の展開する異空間にて、代行者達が自分達の寄り合いの名前を考えていた。組織といえば組織だが、公的には存在しない集まりなので名前など決めなくてもそれはそれで良かった。しかし、ハジメが何の気なしに口にした『天人五衰』という単語を全員が気に入ったために、そのまま昇格者達の組織の名前となってしまった。

 

 そんな雑談も終わり、ハジメがやや神妙な面持ちで話しを切り出す。

 

「しかしながら、僕は一つ疑問があるのです」

「ほう?」

「僕達の目的はあくまで、元の世界に帰還する事。すなわち、この集団以上に好条件であれば乗り換える可能性があるという事です。そのような存在を組織に引き入れると?」

 

 ハジメの疑問に、四人は尤もな顔をする。ハジメの心はトータスには無く、地球に帰る目途が立てば天人五衰に属する理由が無くなるのだ。

 

 しかし、廷は優雅に茶を飲みながら、悠然とその問いに答えた。

 

「なに、此処に集う代行者の目的など、最初から揃ってはおらぬよ」

 

 ターミナルは『花』の無力化、廷は竜人族の存続、ラングランスはアトランティスの守護と、目的はバラバラである事を廷が告げる。

 

「そして、その全てにおいて障害となるのが神、エヒトなのですわ」

 

 ラングランスがそれに続けるように話す。そこまで言えばハジメにも理解できた。すなわち、エヒト討伐という目的が重なっている以上は協力する事が効率的である、と。

 

「なるほど……そして、あなた方は僕達の帰還に協力してくださるということですか」

「ああ、構わぬ。こちらとしても優秀な戦力は欲しい。故に(わっぱ)にはもっと強くなってもらわねばならぬ。人間の中では見どころはあるが、まだまだ技術も戦力も未熟じゃ」

「これは手厳しい……」

 

 ハジメは廷の評価に苦笑する。相対した時から分かってはいたが、仮にハジメが廷やラングランスと闘えば、まず間違いなくハジメが負ける。財力、技術力、戦力全てで劣っているのだ。

 

「とはいえ、少数で大迷宮を攻略したその手腕は評価に値するがのう」

「しかし、必ずしも助けられるとは限りませんわ。(わたくし)は既に重要な任務にアサインされておりますもので。ご不便をおかけしますわね。ごめんあそばせ」

「私も同様ですね。王城では色々と便宜を図る事も可能なのですが、それ以外となると……」

「まあ、元からあまり期待してはいませんよ……」

「事実だが、言っていい事と悪いことがあるぞ。南雲ハジメ」

 

 ハジメが自分よりも強いであろう四人を半眼で眺めながら紅茶を飲む。

 

「皆様からすれば、僕など口の減らないただの小僧でしょう? 適当な穴埋めで代行者にして頂けたようですが」

「あら? 元から椅子の数など決まっておりませんわ?」

「ええ、集まるのが五人だから正五角形にしただけで。必要であれば正十三角形でも正二十面体のテーブルでもご用意いたしますよ?」

「正二十面体のテーブルはいつ使うんですかね」

「テーブルではなく部屋ですね」

「そうですか」

「今ので納得できたのかえ? お主」

 

 やはりと言うか、代行者になれる人間が五人も集まると会話も一風変わったものになるようだ。

 

「て、そんなことはどうでも良いのです。要するに何が言いたいかと云いますとね、僕は皆様のような超人じみた能力は持っていないという事ですよ」

「竜人じゃよ、妾は。超人などという種族は聞いた事も無いわ」

「種族の話ではなくてですね……」

 

 会話自体は楽しいが、一向に話が進まない事に先行きの不安を感じるハジメ。そもそもこの面子と会話が成り立つこと自体が稀少なのだが、ハジメは気がついていない。

 

「ですから、僕は立場的に最も下だと言っているのです。どうでも良い事トータス代表では?」

「ふむ、あまり自惚れ無いほうが良いな、童。其方はその立場では代表になれぬよ。思考回路がエキセントリックに過ぎる」

「というか、なぜそこまで自己評価が低いのです?」

「この状況で自己評価が高ければ、それはただの阿呆です」

「では阿呆になれ、馬鹿者」

 

 馬鹿者が阿呆になったら天才になるとでもいうのだろうか。高圧的な態度でトンチキな事を言う廷に、ハジメは少し笑ってしまった。それを見たラングランスが口を開く。

 

「そもそも、代行者に選別された時点で、著しく劣っているという事は有り得ませんわ」

 

 黒い唇を歪め、深海のような冷めた眼でハジメを見据えるラングランス。

 

(わたくし)、妙に(へりくだ)る人物って嫌いなんですの」

「僕の故郷では美徳とされている態度ですね」

「そういう人物は執拗に物事を自分のせいにしますわ。まるで世界が自分中心で(まわ)っているかのような態度で」

「なるほど、確かに一理あるのう。全ての不幸の原因が自分自身に帰結すると思っているなら、それはそれで傲慢と言える」

 

 日本人にはあまり理解が出来ない考え方かも知れない。そもそも、他者や他種族との軋轢が前提条件として存在するトータスにおいて、ある程度の地位や力を持つ物が不適切に遠慮や謙遜をする事は悪手として定着している。

 

「確かに、日本という名の海賊共和国(リベルタリア)と、トータスという名の猟奇劇場(グランギニョル)では態度を変えた方が良さそうですね」

「ええ、ええ、全てが一変してはならぬという法はありませんから。私とて、ほんの数年前に宗教関連でパラダイムシフトしたばかりですからね」

 

 ハジメはカール=グスタフ=ユングに倣い、自己の外的仮面(ペルソナ)を付け替える事にした。仮面を被った自分もありのままの自分と仮定すれば、それらは全て自分である。

 

「さて、そろそろお開きといこう。我々全員、暇ではない」

 

 ハジメに技術のデータを渡したり、廷にハイリヒ王国の情報を渡したりした後、ターミナルの一言でこの集まりは解散となり、それぞれが異空間から抜け出していく。ハジメも五角形の辺を一部に持つ階段から外に出ようとした所で、家主の少女に話しかける。

 

「工房の件ではお世話になりました。遅ればせながらお礼を」

「いえいえ、こちらも利益があってのことですから。最初に見た時に確信しておりましたよ? この人は代行者になると」

「リップサービスがお上手だ」

「本心です。あなたも玉座の間では視線を感じたでしょう?」

 

 ハジメは苦笑すると、異空間を脱する。それを見た少女は異空間『リリムの部屋』を解除した。テーブルなどの家具や、壁や、窓などが折り紙のように畳まれ、そこには何も残らず、ただ執務室の光景が広がるだけであった。

 

「それでは、私も仕事に戻りますか。ヘリーナ、この書類を届けていただけますか?」

「仰せのままに、リリアーナ殿下」

 

 異空間の主、『代行者』リリアーナは今日も王城で暗躍していた。

 




 他の作者の方々のように悪辣な策というのは思いつかないので、順当に攻略していこうと思います。時系列が前後しているのも申し訳ない。
 なんか構図だけ見るとクビキリサイクル思い出す。

備忘録

廷:原典と違い、高圧的で超がつくほど口が悪い。人間族を猿呼ばわりしたりする。

九龍環城:パニグレに出てきた用語であり、本編12章のタイトルである。ここでは竜人族の国。

アトランティス:パニグレに出てきた場所で、真空零点エネルギーリアクターの一つで、巨大海上都市として登場する。今作では海底に位置している。

シャーロット:ラングランスの元ネタである、パニグレのビアンカ=深痕の推奨意識の名前。

リリアーナ:強さ等を隠していただけで代行者の一人。リリムの部屋については続報をお待ちください。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
  • 見なかったことにして放置する
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。