「いやー、纏まった金銭が手に入って良かったです」
カバンの中のルタ通貨を撫でながらホクホク顔でブルックの町を歩くハジメ。その満面の笑みは仲間や恋人がちょっと引くレベルだ。
「どうしたのゲーテ? どこかに頭ぶつけたの?」
「……シャルルに音波治療してもらう?」
「ハ……ゲーテさんってこんな顔する人でしたっけ……何かに取り憑かれてるんじゃ」
「アンタ方どれだけ僕に捻くれたイメージ持ってるんですか」
偽名で会話する中で、ハジメが心外だと言う顔をするが、それでも「いや、ねえ……」という顔を崩さない仲間達。ハジメは溜息を吐きながら理由を話す。
「何の事はありませんよ。地球で画家をしているとき、そして召喚されたばかりで研究費の工面に苦労した時に思ったのです」
「……何を思った?」
「お金って最っ高……」
女性陣が一斉に距離を取った。全員の表情にもれなく「ドン引きです」と書いてある。魔物ゆえに金銭を重要視していないロックと、人の感情の機微に疎いミュオソティスは特に何のリアクションもしていないが。
「恋人から聞きたくないセリフ上位に入るよ、コンダクター……」
「お三方、特にシャルルさん。やっぱりこの人はやめた方がいいんじゃ……何かトラブルが起きたらお金で擦り寄ってきますよぉ」
「いや、まあ、最終手段としてはあるかもしれませんけど……」
シアが妙にリアリティのある尾鰭の付け方をする。しかも、ハジメが部分的にとはいえ肯定してしまったため、優花などはあからさまに侮蔑の表情をしている。しかし、香織が放った言葉で空気が変わった。
「言っておくけど、お金で許す人は端から相手の事を金ヅルとしてしか見てないと思うんだ。愛も怒りも偽りだよ」
「素敵な笑顔でなんてことを言うんですか、このコンサート・ミストレスは。流石にそれは極論ってモンでしょ」
「悪いけど、私もシャルルの意見に賛成だわ。別に私達ビジネスパートナーじゃないもの。利害を無視して恋人同士になったのに、ここにきてお金でご機嫌取りなんて……ハッキリ言って色々と冷めるわよ」
「……ん。政略結婚でもないのにそんな方法で解決されるのは嫌。安く見られてる気がする」
「あ、はい、ごめんなさい」
恋人達から集中攻撃を喰らったハジメはすごすごと引き下がる。とはいえ、言ってること自体は至極真っ当であるため反論できない。宝石を作れる錬成師のアドバンテージを真っ向から潰されたが、そんなもんに頼るなと彼女達は言いたいのだろう。
「まあ色々と言ったけど、切実な問題ではあるわよね。素材が高く売れなかったらどうするつもりだったの?」
「機械化してから無駄に良くなった顔で商売すれば良いんじゃない? ……あ、ごめんね。やっぱりなしで」
「おっふ言葉の棘が凄い」
ハジメは思い出した。怒った時の香織は容赦が無い。とはいえ、自分で言った光景を想像して嫌悪感がこみあげてきたのか、すぐに却下した。
「で、どうするつもりだったのよ」
「まあ、支援金自体は有ったので暫くはそれでどうにかするつもりでした。いざとなれば荒稼ぎする方法はありますし」
「冒険者になって依頼を片っ端からこなすとかですか? 確かにハジメさんの強さなら荒稼ぎできそうですけど……」
「もっと楽な方法ですよ」
ハジメの含みのある笑顔を見て、香織と優花は合点がいった顔をする。
「またシャッハ(トータス版チェス)で賭けるつもりだったんだ」
「そう言えばやってたわね、清水と。育ちのいい画家が随分な方法を知ってるものだと思ったけど」
当時は必要だから仕方が無いとは言え、恋人がギャンブルに手を出しているのは中々に複雑な気分だった香織。「殺す」だのなんだの言っている時に反対しなかった立場で言っても説得力はないかもしれないが、心情的に嫌である。
「とはいえ、アレを思いついたのは僕じゃないんですよね……」
「へえ、じゃあ誰よ」
「リリアーナ殿下です」
香織と優花の顔が引き攣る。何故ならリリアーナは香織と優花も知っていたから。あのTHE お姫様みたいな見た目をした彼女がそんな事情に精通していたとは、という顔である。ハジメと清水も提案された時には同じ事を思ったので、彼女達の気持ちは非常によく分かる。
そして、地球出身の三人は思い出した。リリアーナにお茶会とやらに誘われた時に行われたトランプゲームを。特に女子二人は女子会のようなノリで関わる機会も多かったのでより顕著である。本人は嗜み程度と言っていたが、どう考えてもそんなレベルではないカード捌きだった。
「リリアーナさんって、確かこの国のお姫様って言ってましたよね……」
「……ん。ついでに言えば最年少の『代行者』でもある。やっぱり一癖も二癖もあるみたい」
シアとユエもハジメ達の様子から、リリアーナなる人物は一筋縄ではいかないという事を察知したらしい。
「そういえば、私の天職って『投術師』だけど、リリィからアドバイスされて強くなったのよね。本当に何者なのかしら、あの子」
「王侯貴族の闇を見た気がするね……」
「というか、ザミエルの原案を考えたのも彼女なんですよね。言われてみれば、まるでカジノで使うチップのような……」
リリアーナ王女の天職が『賭博師』説が持ち上がった所で、とりあえずこの話題は打ち切られた。別に趣味は人それぞれだ。他人である自分達がああだこうだと言うべきではない。そもそもトータスにカジノがあるわけでもなし……
「まあ、リリアーナ殿下はともかく、お金の良い所は汎用性が高い割に大して大切に思えないという点ですね」
「それはどういう……」
「大切に思っていたら服を買うのに使おうとは思わないでしょう」
ハジメが指を指した先には服屋があった。もはや地図というよりガイドブックと称すべきギルドの受付の女性が作ったそれを見て決めた店であり、ある程度の普段着もまとめて買えるという点が実に有難い。品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店である。
「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」
……店主はかなり強烈であったが。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。オマケにかなり露出度の高い服装だ。ハジメは画家としての仕事柄、変人は見慣れているので大してリアクションは無かったが、女性陣は固まっていた。
「て、あらぁ? 貴方達、
これは困った。ごく普通ではない変態だ。どうやら廷の息のかかった人物らしい。ハジメは少しだけ服を整えて用件を伝える。
「
「任せてぇ~ん。ウチの服はリリアーナ殿下だってご満足いただけたんだからぁ」
「なんでこの流れで普通に会話できるのかしら……」
「さあ……変人同士気が合うんじゃない?」
「というかリリィ、ここに来たことあるんだ……」
ハジメの後ろで優花とユエが若干失礼な会話を小声で繰り広げていると、へたれこんだままのシアを店主が担いで店の奥に連れて行った。シアの顔はまるで食料用に売られていく家畜のようであったが。
と、ロックとミュオソティスは店の外に視線を向けている。
「どうしました?」
「店の外に不審な反応を検知。予想:何者かによる監視」
「俺も感じた。ここに来るまでも町の住民とは違う匂いがした気がしたのだが、どうやら期のせいというわけではなかったらしい」
「なるほど、では正体を確かめてきてください。ただし、慎重に」
「「了解」」
ロックとミュオソティスは不審反応と匂いを辿って店の裏の路地に入り込む。が、途中で匂いが途絶えてしまった。敵の気配は無いが、警戒して辺りを見回すと場違いな物が目に入る。それは壁に貼り付けられたトランプカードであった。
余談だが、トータスのトランプは地球とほぼデザインは変わらない。番号は1から13まで存在し、ハート、クラブ、スペード、ダイヤといったスートも地球と同じである。
「なんだ? これは」
「推測:トランプと呼ばれるカード」
「なぜこんな所にある」
「……不明」
しかし、その貼り付けられたトランプカードにはメッセージが書かれていた。曰く、「お買い物を楽しんで」。
結局、一人と一匹はそれ以外に何も見つけることが出来ずにハジメ達の元へと戻った。しかし、この二人を責めるのは酷であろう。何故なら今回に関しては相手が悪かったとしか言いようがないからである。
「駄目ですよぉ~。女の子のお買い物の邪魔なんて無粋な事をしては」
そう言って謎の空間に投げ出されたのは、樹海でハウリアに紛れて襲撃してきた『オーダー』の一員である機械だった。彼女は自分の身に何が起こったのか分からなかった。何の前触れもなく首に足が絡みついたかと思えば、一瞬でこの妙に少女趣味な空間に投げ飛ばされたのである。
「初めまして、オーダー様……それとも『法王』の猟犬様と呼ぶべきでしょうか?」
声がした方向を振り返ると、なんとも奇抜な格好をした少女が脚を組んで座っていた。地球出身の人物であれば「カジノのディーラー」と称するであろう服装に、トランプカードがあしらわれたシルクハットを被り、ダイスの形をしたイヤリングを付けている。おまけに、スリットの入ったミニスカートから覗く脚部の先はブレードのようになっていた。
「私はリリアーナ。王女とかやってますけど、別に覚えなくても結構ですよ。冥途の土産にはなるかも知れませんけれど……」
「殺害対象を発見。排除に移行します」
「はぁ……貴方は退屈ですねえ……」
戦闘態勢に入るオーダーとは対照的に、奇抜な少女――――リリアーナは溜息を吐きながら日傘を手に取る。そして、二刀を手に斬りかかって来たオーダーに縦回転させるように日傘を投げつけた。更に、二刀の攻撃を軽く躱すと、宙に浮いた日傘にぶら下がるように降りてくる。かと思えば着地する直前に脚部のブレードで斬りつけてきた。
「ソリティアマジックを見たいですか?」
トリッキーな動きに翻弄されるオーダーを嘲笑うかのように、カードを右手から左手に流れるように落とすリリアーナ。ドリブルと呼ばれるカーディストリーのテクニックだが、オーダーはそんなものは知らない。
二刀を構えるオーダーに五枚のカードが投げつけられる。所詮は人間の浅知恵、その程度の攻撃は見切って防いだ、と思えばいつの間にか背後に回られていた。そして振り返って敵を斬れば、そこにはカードが散らばるだけ。
「アハアハアハアハ!」
「っ!?」
かと思えば首に脚が纏わりつき、狂気の笑い声と共に人外の膂力で投げ飛ばされる。オーダーは感情の無い眼で相手を見据えるが、リリアーナは呑気にトランプカードを拡げていた。
「もし貴方がお望みなら、お茶会でも開こうかと思ったんです」
「何を……」
「格別に甘い御茶菓子と、とても酸味の強い御紅茶で……」
リリアーナは脚を組み直した。口数が少ない相手によく喋るリリアーナでは彼女の独壇場である。さながらそれは、
「どちらが先に
笑顔で優雅なデスゲームの事を話しながら、拡げたカードの中から四枚を取り出す。
「ですが、終わってしまうためのお茶会は開くことが出来ません。なので、この四枚の中からお好きなカードをお選びください」
オーダーは二刀から斬撃の雨を飛ばした。リリアーナの言葉を聞くに値しない戯言だと割り切って攻撃を仕掛けたのである。
「貴方みたいな人ってみーんな同じような反応するんですよねえ……」
オーダーの背後から声が聞こえる。しかし、二度は通じないと言わんばかりにオーダーは滲むように消え、違う場所に瞬間移動した。
「あ、でも貴方もちゃんと選んでくれましたね。それは嬉しいです」
意味が分からないとオーダーが相手を見ると、リリアーナは自分を指差している。その先を視線で辿ると、自分の胸元に一枚のカードがあった。
「前に襲ってきた真の神の使徒とやらも、貴方と同じような反応をしてましたよ~。感情なんてありませんって顔をしながら、実に魅力的に表情を変えるんです」
リリアーナの独白を聞いている暇など無かった。オーダーはすぐさまカードを弾き飛ばす。しかし、カードはそれほど離れないままに爆発した。選ばれたカードはスペード。込められた属性は氷である。
肥大する氷塊からかろうじて身を護るオーダー。しかし、彼女には第二の攻撃が迫っていた。日傘が旋回しながら彼女を切り刻もうと迫っていたのである。すぐに瞬間移動で逃げるが、それがオーダーが見た最後の光景となった。
縦に割れ、崩れ落ちる視界。オーダーの頭部はカードで切断されていたのだ。オーダーの眼球からは電源が落ちるように瞳が消失し、白目を剥いた死体だけが残される。
「まだ神の使徒の方が歯ごたえがありましたねえ……」
あっさりと『賭け』に買ってしまったギャンブラーの王女は、ただつまらなさそうに目の前の敗者を眺めていた。
「これくらいならほっといても良かったかも知れません……まあでも、お世話になった服屋さんが荒らされるのも嫌ですし、
残骸を空間内にある物置に放り込むと、リリアーナの分身体はカードをばら撒き、それを浴びる。次の瞬間には、もう彼女の姿は無かった。
リリアーナェ……マトモな人間が殆どいませんねこの世界。ついでに惚れた相手にかなり辛辣なヒロインズ。
備忘録
リリアーナ:今作ではかなりおイカれあそばしているお方。王女でありながら生粋のギャンブラーであるらしい。元ネタはパニグレのリリスというキャラクター。こちらも賭ケグルっているお方。
トランプ:地球に存在する用語を使うべきではないかもしれないが、書きやすいしその方がギャンブラーというキャラクター性を強調できるので。
ソリティアマジック:ドライツェントも似たような目にあったのかも?
2023年12/7
ハジメ達の会話の中の呼び名を訂正しました。九龍衆の手が入ってるとはいえ、召喚された神の使徒と同じ名前なのはアレだろうと思ったので……もう一度おさらいしておくと、ハジメがゲーテ(『ファウスト』の作者)、香織がシャルル(フランスの詩人)、優花がマーガレット(『風と共に去りぬ』の作者)となっております。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する