「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん。」
「ん……人は見た目によらない」
ロックとミュオソティスがトランプの件を報告した後、シアの服を買った一行は強烈な店主改めクリスタベルの店を出た。結論から言うと、クリスタベルの見立ては見事の一言だった。
上衣とスカートが一続きになっているノースリーブのワンピーススタイルの服に、片足だけのニーハイソックス。二の腕には微量のフリルがあしらわれ、露出している部分はバーンアウト・プリントを彷彿とさせる模様があしらわれたシースルー生地の服で覆われている。全体的に白を基調とする服は、偽装用の首輪すら審美的なファッションの一部に見えるのだから見事なものだ。
「以前と比べて多少の動きづらさはありますが許容範囲ですう。でも、戦闘になると壊れちゃいますね。ほら、Bモードになったら強制的に以前の姿に戻っちゃいますし」
「まあそこは臨機応変でいいでしょう。デザインさえ記憶すればパニシングで再現も出来るでしょうし」
実は香織やユエやハジメの服はパニシングを物質化させて作った物であり、この技術はユエの武器であるオズマにも応用されている。物は使い方次第とは言うが、本当に便利なものである。
と、次は道具屋を回ろうとした一行だが、どう足掻いても目立ってしまうハジメ達である。すんなりとは行かず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。
「ユエちゃんとシアちゃん、シャルルちゃん、マーガレットちゃん、ミュオソティスちゃんで名前あってるよな?」
やがて、その中の一人が代表して歩み出てくる。
「え、ええ、そうですけど……?」
香織が返事をすると、男は「そうか……」と呟き、一瞬の静寂の後に、
「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」
「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」
「「「「「「シャルル(マーガレット)ちゃん、俺の妻になってください!」」」」」」
「「「「「「ミュオソティスちゃん、俺に雇われてくれ!」」」」」」
事前に打ち合わせでもしたのか、と言いたくなるレベルで全員が声をそろえてそんな事を言ってきた。シアについては奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、まず、シアから落とせばハジメも説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。
因みに、告白を受けた五人はと言うと、
「道具屋さんはここが良いかな? あと、ちょっとワルドマイスター用の弦も見たいんだよね。コンダクターが作ってくれた物も良いんだけど、ちょっと違う弦も試してみたいっていうか」
「……シャルルの音楽に対する情熱は凄い」
「今から向かうところと合わせて二軒ですかね? 欲しいものが揃うといいですね~」
見事にスルーを決めている。というか、優花とミュオソティスに関しては言葉すら発さずに無視していた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『『断る(ります)』』……ぐぅ……」
まさに眼中にないという態度に、男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、更に追い打ちが掛かる。
「悪いけど、私みたいな料理には
「疑問:目の前の生命体の知能」
優花は谷崎潤一郎の評論のような言で、ミュオソティスは機械故のストレートな表現で返事をする。特に、優花の言う『漆器』とはハジメの事であるのは明白である。正に『陰翳礼讃』を体現するような男なのだから。
しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、五人の美貌は他から隔絶したレベルだ。それが着火剤となり、暴走する輩が現れてしまった。
「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」
暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。五人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。
……何というか、モラルがオルクス大迷宮表層にいるゴリラと大差がない。フリーハグを御所望なら整理券取ってから出直してこいと言いたくなる。尤も、ユエ達は応じないだろうが。
現にユエは冷めた眼付きでそれを躱し、
近付いてくるユエに表情を緩める男。さらに熱っぽい瞳でユエを見つめる。
「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」
尚も思いを告げようとした男だが、その言葉が途中で止まる。何故なら、指を鳴らしたユエの右手が発火している事に気が付いたからだ。これにはハジメ達も少し驚いている。ユエは吸血鬼らしく自分の血(機械であるため循環液)をある程度操作できるのだが、まさか着火できるとは知らなかった。
「あ、あの、ユエちゃん? なんで……右手、燃えて……」
そんな与太郎に、ユエは手とは真逆に冷ややかな表情で無慈悲に告げる。
「自らの熱情に焼かれろ」
そう言ったユエは実に緩慢な動きで、ともすれば妖艶とも取れる仕草で男の胸元に燃える右手で引っ掻くように何かを書く。その最中、低い声で何かを歌っているようにも聞こえた。
―――― アッーーー!!
―――― もうやめてぇー
―――― おかぁちゃーん!
男にとっては甘美なれど拷問のような時間が過ぎた後、男の胸元に焼き付けられていたのはアルファベットの『A』であった。地球組は、特に優花は見覚えがあり過ぎる物だ。間違いなく、ナサニエル・ホーソンの『緋文字』が元ネタであろう。優花から聞いた話を思い出しながら刻みつけたに違いない。
「次に襲ったら胸郭を引き裂く」
ヒュー、ヒューと苦痛の後の喘ぎを口にする男を見て一斉に距離を取る他の男達。ユエとて流石に死者を出すような真似はしないだろうが、たった今行われた所業を見た後でそのような冷静な判断を下せる者はいない。
「中々えっぐい事するわね……リアルに緋文字なんて」
「ユエ……なんで歌ってたの?」
「……別に、お情けとして耳からは子守歌が聞こえるようにしただけ」
「うーん、努力の方向性が解散する音楽バンド並に違いますね……」
「寧ろ恐怖を刻み込んだような……」
「ゲーテにもやってあげようか?」
「ご冗談を……」
そんな会話をしながら去っていくハジメ達を男は畏怖を、女性は熱い視線を向けていたが、彼らの気にするところではない。後にハジメ達に〝楽団死期〟という呼び名が付き、冒険者たちを震え上がらせるのだが、それは別の話だ。
なお、襲い掛かった男は『A』の跡が残り、数日間胸元の熱と痛みに苦しむ羽目になったが、それも別の話である。
道具屋と楽器屋を巡った後にハジメ達が宿泊すると決めたのは〝マサカの宿〟という宿屋だ。紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。女性陣が激推しだった。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。名前に関しては……トータスの発音を無理矢理カタカナ表記するとこうなるだけで、大した意味はないだろう。
宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。ハジメ達が入ると、お約束のように女性陣に視線が集まる。街中でもそうだったが、大型犬よりもそちらに視線が行くというのは彼女達の美しさを証明しているのだろう。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十代くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。
「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊です。この地図を見て来たのですが、記載に誤りはありませんか?」
ハジメが見せたギルドの女性職員特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
そう言えばあの職員の名前を聞いていなかった事に思い至るハジメ達。キャサリンという名前だったらしい。
「一泊でお願いします。食事とお風呂もつけて」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」
「ではこの区間で三十分―――」
「三時間で」
「「三時間!?」」
ハジメと女の子が同時に驚くが、香織と優花は譲れないようだ。
「カラスの行水にも程があるよ。コンダクター」
「軍隊じゃないんだから、お風呂くらいゆっくり入りたいわ」
「……だそうです」
軍隊はもっと短いと思うが、符号として重用だから使っただけで、別にそれはどうでも良いのだろう。
「あ、はい、分かりました。え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 三人部屋と四人部屋が空いてますが……」
「ではその二つでお願いします」
部屋の配分についてはほぼ決まっているようなものであるし、わざわざ公衆の面前で話すような事でもない。事前に確認したがペットの連れ込みは可能であるし、宿からすれば使う部屋さえ分ればどうでも良い事ではある……
と思いきや、対応をした女の子がちょっと好奇心が含まれた目でハジメ達を見ている。年頃的にそういう事に興味があるのだろう。更に、周囲の客も聞き耳を立てている。
「あ、私は違いますからね~。というわけで、後は四人でズッコンバッコンするなりなんなりしてくださ~い」
なんとシアが特大の爆弾を落としてから、三人部屋の鍵を持ってロックとミュオソティスを連れて去っていってしまった。上手い具合にハジメ達に注目を押し付けて逃げていった。中々に策士である。
で、残された四人はというと……
「まあ……覚悟はしていましたともさ」
「あの子……後でお仕置き」
「恥ずかしがったって仕方が無いわ。どうせ男女比が偏ってる時点でどこ行ってもこうなるわよ」
「マーガレットちゃん……そうなんだけどね。流石にちょっとね……」
しかし、ハジメ達に何が出来るわけでもない。反論した所で火に油である。黙って鍵を受け取ろうとした所で、
「……こ、この状況で四人部屋……つ、つまり四人で? す、すごい……はっ、まさかお風呂を三時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」
女の子はトリップしていた。見かねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていく。代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には「男だもんね? わかってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っている。絶対、翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とか言うタイプだ。
「
「アンタの出身は日本橋じゃなくて新宿でしょうが。現実逃避してんじゃないわよ」
「或る意味、吉原とかの遊郭にでも行った方が恥ずかしい思いしなさそう」
「シャルルまで現実逃避してるわ……」
「……また聞いたことの無い地名」
地球組が盛り上がる中、会話に混ざれないユエがむくれていたが、とりあえず部屋には着いた。
その後、夕食の時間になって階下の食堂に向かったが、チェックイン時にいた客がまだそこにおり、ハジメに嫉妬と羨望の眼差しをぶつけてくる。だが、宿にもあったクラヴィーアの鍵盤に優花が指を叩きつけた事でA○フィールドが発生し、香織も便乗して演奏会で誤魔化した。なお、演奏自体は非常にクオリティの高いものであり、観客は満足したようである。
そして、女性陣が心待ちにしていた風呂の時間なのだが、香織とユエが先に行ってしまい、優花とハジメの二人が同じ部屋に残されていた。男女で分けるでもなく、不可解な分断にハジメが怪訝な顔をしていると、優花がハジメに唇を重ねた。
「―――っ!?」
同時に、ハジメの口に何かの液体が流し込まれる。香るアルコールの匂いからして、酒類であるのは間違いない。
「蜂蜜酒よ。街を回っている時に買ったの」
「蜂蜜酒って……ん!」
ハジメの口は再び塞がれる。余計な事は言わせないとばかりに。
「やっぱり酔えないわね。でもいいわ。こういうのは雰囲気だもの……ねえ、ハジメ。ハニームーンと行きましょう? 旅行という意味になる前の、古代の欧州で使われていた意味の、ね」
古代のヨーロッパでは、結婚の後一カ月の間、新婚夫婦は蜂蜜酒を飲みながら子作りに励むという習俗があった。蜂蜜酒の本来の効能である精力増強と催淫効果はハジメ達には意味を成さないが、それは些細な問題だ。
香織とユエが部屋から出ていった理由が分かったハジメ。そういえば、優花とはしていなかった。風呂の時間が不自然に長いのもそういう事だろう。
「ジューンブライドには遅すぎるかしら? でも、時期なんて関係ないわ」
「滅茶苦茶だ……」
「論理、哲学、論考……そんなものは要らないわ。本音と雰囲気以外、何もかも。ねえ、まどろっこしい話は嫌いなの。口移しに奪った貴方の命が、管を巻いて私の胸を殴ってる。まるで苦くて暑い夢のよう」
たとえ痣すら残らぬ身体であろうとも、そう云うかのように優花はハジメの肌に唇を押し付けた。妙に生暖かい空気が水のように流れる優花の髪を撫でる。なおも肌に跡を残さんとする
たとえ周りから見て不義の関係であろうとも、二人が止まる事は無い。地球での常識に囚われ、思ってもいない盲言を吐くなど、それこそ品位を欠く二枚舌という物だ。
一糸乱れぬ着付けに似合わぬ嘘吐きに覆い被さる一糸纏わぬ細雪が、厭に眼だけが冴えるこの夜によく見えた。
どこぞの推理小説家が嘯いた、
「今だけは、私を見て。夏の空気に浮かれても、私はそれを打ち消す雪になる」
原作より軟化してんだか荒れてんだかよく分からなくなってきました。あと、ちょっと音楽に頼り過ぎかもしれませんが、まあ暴力に頼るよりいいでしょう。
備忘録
シアの服装ver2:パニグレのアルファの青薔薇塗装が元ネタ。残念ながら日本版では未実装である。ただ、シアには目に花は付いていない。
陰翳礼讃:谷崎潤一郎の評論。日本の文学の底には『暗がり』と『翳り』があると語る。
胸の『A』:優花との過去話にも出てきたナサニエル・ホーソンの『緋文字』が元ネタ。
口蛭:吸いついてんだね。
晝は夢、夜ぞ現:江戸川乱歩の言葉。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する