タイトルのFineは英語ではなく音楽用語で、読み方は『フィーネ』。反復記号で繰り返された後に楽譜の途中で曲が終わる際に使用されます。語源はイタリア語で『終わり』の意味です。ライセン大迷宮の構造上「振り出しに戻る(ダ・カーポ)」も存在するのでこの名前になりました。
WARNING ブレーメン
ブレーメンは強敵だ。少なくとも、魔法が分解されるライセン大迷宮では出会った時点で詰みだと言いたくなるほどには。
人馬型の機械から発される超音波メスのような不可視の遠隔攻撃は回避するのは無謀で、かなりの強度の結界を張るという戦法にならざるを得ない。その上で犬型の機械が発する催眠音楽に意識を乱され、猫型機械が走り回る事で奏でられる鍵盤により不規則な振動に襲われ、最後にハーピー型機械の拡散音波にトドメを刺される。
正直、魔法云々というよりも対抗できる『演奏者』がいなければ厄介な事この上ない敵だ。
「うへえ……私の天敵ですよお」
「……でも弱点もある。相手は音速以上の攻撃を繰り出す事は出来ない」
シアとユエが話し合う。香織との修行のおかげで音を使う相手への対処は学んでいた。音を攻撃の主軸にする以上、相手はそれを上回る速度で攻撃する事は出来ない。
「だったら〝遊麟〟と〝引蜘蛛〟で……」
優花はオレステスとの戦闘で使った技をヨーヨーを介して使おうとするが、
「! ユウカさん! 危ない!」
何かに気付いたシアが叫ぶ。だが一歩遅く、優花の眼と耳から血が噴き出した。完全な不意打ちを喰らった優花は思わず膝をつく。おそらく攻撃の主は拡散音波を操るハーピー型の機械だろう。だが、自分が攻撃を喰らうような音は発していなかったはずだ。
(違う……音は発してた。私が聞こえなかっただけ)
現にシアは警告していた。ということは攻撃の予兆は間違いなく存在していた。という事は導き出される攻撃手段は、
(人間の可聴域を超えた高周波音……やられたわね)
それしか考えられない。具体的な数値は忘れてしまったが、兎は人間よりも高い音を知覚できると聞いた事が有った。以前、優花は香織に音も無く背後を取られた事が有った。その時は視認していれば対処は出来ると思っていたのだが……
(聞こえない大音量なんてのもあるのね……)
人馬型の超音波メスを避けながら優花は考える。パニシングの再生能力によりダメージは殆ど無いが、何度も喰らえば体力は消耗する。対策を考えていると、
「優花ちゃん!」
香織が自分の身体から生やした蔓で作った分身体を優花達に寄越した。分身体はヴァイオリンを弾いて催眠、高周波音を妨害している。どうやらここも荘園と同じくある程度は魔法が使えるらしい。まあ、分身体は実体を持つので簡単には分解されないのだが。
しかし、と優花は思った。
「腹立つくらい良い演奏ね……」
ブレーメンの演奏の価値はピアノを弾いて来た優花にはよく分かった。戦闘という形を取りながら一つの音楽としても成り立たせ、更に平時であれば間違いなく聞き惚れる音色を出している。
「こういうの対バンって言うのかな? 私達も負けてられないね」
香織が相手の強さに怯むどころか対抗心を燃やすように呟く。その最中、敵の音波を掻い潜り、時に自分の歌声で相殺しながら弓を投げてチェロで横薙ぎの攻撃を加える〝雷跳のフーゲ〟を実行していた。当然、チェロ本体にも相手の音を打ち消す効果が付いている。
「貴方達の
すると、走り回っていた猫型機械が突如足をもたつかせる。香織の技能、〝ヴィブラート〟によりリズムを乱された上にステータスも下がり、オマケに戦闘が続いたせいか香織自身のステータスは向上してしまっている。
「
「おっと、
「暇なら音響弾撃ってよ。せっかく作ったんだから」
「了解です」
ハジメは笑いながら香織の指示の的確さを褒める。だが、自分のやるべきことはしっかりと把握しており、香織との修行の過程で製作した音響弾を銃にセットする。
「
その場にいる全員が戦闘態勢を取った。
開幕はパーカッションとコーラスによる音波妨害だった。宝物庫から支給された手榴弾とロックの吠えによるものである。香織は自身の天職により、相手の物理的攻撃が固有振動を合わせて崩壊させるタイプではなく、振動波と衝撃波による純粋な破壊攻撃であることを見切っていた。
だがそれらは大した問題ではない。その性質故に音速以上の攻撃は出せず、昇格者のスペックを以てすれば回避は容易だ。
問題なのは優花が受けた高周波音と犬型機械による催眠音楽。前者は人間に知覚できず、後者は聞こえるだけで攻撃を受けてしまう。これに対して香織が出した答えは以下の通りだ。
まず、高周波音は分身体を出して無効化する。幸い、この迷宮では分身体を出すことくらいは出来た。それに高周波音を相殺する音波を出させる事でとりあえずの無効化は出来る。
次に催眠音楽だが、香織が無効化する手段も考えはした。しかし、この部屋は狭い。あまり分身体を出し過ぎても身動きが取れなくなる。従ってここは仲間に頼ることにした。パーカッション達に頼んだのはただ一つ、爆撃である。至極単純な話、音は空気や水などの振動を媒介するものが無ければ伝わらない。
これが音の第二の弱点だ。純粋な衝撃波ならば出力に任せて相打ちに持っていけるかもしれないが、催眠音楽は相手の耳に届かなければ意味が無い。代案として耳栓というのもあるが、他の音まで聞こえなくなったらそれはそれで困る。勿論、コーラスによる妨害も忘れていない。
犬型とハーピー型はコーラスとパーカッションに任せ、香織とハジメはそれぞれ猫型と人馬型を相手取る事に決める。実の所、香織にとって最も厄介だったのが振動波を操る猫型だ。こればかりは〝ヴィブラート〟を併用して自分が相手をするしかない。
「さて、
一方、ハジメは楽しそうに人馬型と相対している。或る意味では一番楽な相手というのもあるが、ハジメは香織との出会いといい、何かしら運命じみた物を感じていた。音楽と数学は密接な関係にある。音階というシステムを考案したのはかのピタゴラスであり、プトレマイオスも天体の動きを音楽で説明しようとしていた。
人馬型が超音波メスの嵐をハジメに飛ばす。それをハジメはこれまでの戦闘で記録した攻撃と音速から威力と到達時間を算出し、幾つかは回避し幾つかは音響弾で撃ち落とす。音響弾とは簡単に言えば空気を振動させる機能を持った弾丸で、取り込んだ異重合核に記録されていた奈落の魔物の固有魔法や香織の破壊音響を生成魔法で付与した物である。
「こちらには文明の利器が有りますからね。申し訳ありませんが、この距離から仕留めさせていただきますよ」
右手の銃で音波を相殺しながら左手の銃で相手の楽器を狙う。だが、銃弾は相手には届かない。何故なら香織が相手をしている猫型機械が空気を振動させて飛来する攻撃全てを砕いているからである。名前を付けるとしたら〝振動結界〟だろうか。
(ちょっと相性が悪いですねー……)
実はこの技は香織との修行の時にも使われた物であり、初見時はかなり苦戦した。何せ弾丸も氷も砕かれるのである。ハジメの天敵だ。そして生み出したのが音響弾である。当時はゼロスケールの連射だけでどうにかなったのだが……。
「まあ、せっかく作ったものですし、此処で使ってみましょうか」
ハジメはそう言ってアストレイアを取り出した。こういう時に不屈の精神か何かで傷を負いながら突っ込めば主人公らしくもなるのだろうが、当然そんな事をする気は無かった。そんな『自殺行為』をすれば後が怖いし、なによりこの演奏会にはルシフェル戦と違い、信念だの根性だのという『獣性』は無粋であった。
(銃声は必要ですけどねー)
……何やら一人でボケをかましながらアストレイア用の音響弾をセットするハジメ。因みに心中のボケを含めても音速を上回っている。
「撃殺する」
しかし、再び口を開いた時に発した声はその場の全員を冷気に浸した。普段よりもあまりに低く、感情を感じさせない声。だが不思議と機械的な気配は感じないのである。それが余計に恐怖を煽った。
「大いなる沈黙の中で、安らかに眠れ」
振動結界を突破し、楽器を砕かれ、更に頭部に銃撃を負った人馬型の機械に、ハジメは慈愛と殺意を織り交ぜた言葉を贈る。機械による演奏会の中で、その空間だけが無音であるかのように感じた。
一方、香織も振動波を操る猫型機械を相手に音楽を奏でていた。猫型機械の攻撃、回避を含む全ての移動が部屋に埋め込まれた鍵盤により厄介な振動波となって襲い掛かる。ステータス、及び修行や実戦で培った技術的な強さを完全に無効化する悪夢の旋律。催眠音楽のように意識や神経を乱されないだけマシかもしれないが、それでも厄介な事に変わりはない。
(でも突破口は有る)
一見不規則に襲い掛かる振動だが、香織はその裏にある法則性をしっかりと見抜いていた。
(速度はアレグロ……16分音符、24分音符、64分音符が入り乱れた旋律……)
そして、その旋律を乱すようにヴィブラートを差し込み、妨害する。それが香織の旋法だった。香織によって挿し込まれる揺らぎによって猫型機械は不利な状況に追いやられていく。コンサート・ミストレスの策は功を奏していた。
……実は猫型機械の振動に法則は設定されていない。ランダムに相手の行動を妨害するように振動波を発生させているのである。それに香織が法則性を見出して譜面に起こして逆に妨害した。
この辺りは数学に似ている。事象を観測し、論理、数式化する。数学とはそういう学問だ。完全にランダムな数列はコンピューターでも作れない。そういう事である。
「
香織は背後に宙返りして高速移動を含む刺突攻撃〝夜鳴のターゲリート〟を発動する。意表を突かれた猫型機械はまんまとその攻撃に突かれ、更にワルドマイスター本体の落下攻撃に追撃される。
「猫って確か動く物が好きなんだよね?」
香織は敵と戯れるかのように次の技を発動する。複雑な立体機動で相手を攻撃する〝蝶舞のセレナーデ〟だ。地球でも蝶に飛び掛かろうとする猫を見た事が有る人も多いだろう。とはいえ、香織に飛び掛かったら掴む羽目になるのは刃だが。
と、ハジメの方は人馬型の機械を倒したらしい。手榴弾をハーピー型の機械に投げつけ、ゼロスケールを連射している。最近見なかったハジメの〝制圧射撃体勢〟だが、一見無防備に見えるその連射はかなり厄介だという事を香織達は知っている。下手に攻撃しようものならアストレイアでカウンターされ大穴を開けられる。
というか召喚直後の、武装がハンドガン一つだった頃から相手の動きを演算・予測して回避・カウンターの戦術は完成されていたように香織は思う。それは檜山率いる小悪党組との諍いでも披露され、訓練にあたっていたメルドも初見時は驚いていた。流石に当時病人かつステータスも貧弱だったハジメではメルドには勝てなかったが、逆にステータスが同等か僅かでも上回っていたら相当厄介だった、とメルドが言っていたのを香織は知っている。
そして、それは病棟の惨劇の夜にも発揮されたのだろう。ハジメにとって、銃は或る意味では身近な武器だ。病院、という名の隔離施設にいた頃にそこにいた警備兵が銃を携帯していたし、パニシングのパンデミックが起こった後も殉職した警備兵の死体から銃を抜き取って戦った。そうしなければ生き残れなかったのだ。
ハジメは自分でいう程、信念という物を軽んじているわけでは無いのだろう。しかし、戦場とは信念も正義も等しく朽ち死ぬ修羅の庭であるという事を知っているハジメからすれば、そんなものを捨てても生き残るというだけの事なのだ。それは香織から見れば立派な信念だった。
「……ご清聴、ありがとうございました」
猫型機械を細剣で破壊し、周りの戦闘音も止んだ中で香織は呟く。ふざけた面もありながら、アストレイアの重い引き金を引くときだけは瞳孔の収縮した無表情で狙いを定めるコンダクターに
因みに、メルド団長との修行では銃だけでなく『零度』と『重合爆発』と『超速演算』が併用されました。
メルド「非戦闘系天職とは……?」
『数学者』が強すぎて『錬成師』の性能が底上げされてます。『熱操作』の技能はそこから生まれたと思って下さい。攻撃の威力自体は弱いのですが、目くらましに使われたり、行動を予測されて精密射撃されたり、『零度』で体温を削られるだけでも相当相手は不利です。
なお、訓練をサボっていたと思っているハジメがここまで強いのを見て当然光輝や一部のクラスメイトは不審がり問い詰めますが、サボっていた(らしい)『数学者』が強いというのが理解できなかったらしく納得はしませんでした。最後のハジメの言葉は「心療内科を受診してください」。この世界には無いですけどね……。
備忘録
ブレーメン:多分原作ハジメパーティーでも突破が困難な敵です。というか、香織(演奏者)がいなかったら昇格者達でも超強敵です。本来はミレディの娯楽と防衛用の機械でした。
制圧射撃体勢:何処かでも書いたかもしれませんが、一応パニグレに出てきた技。下手に攻撃するとスナイパーライフルでのカウンターが返って来ます。プレイヤーがミスらなければね……
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する