人形タチハ世界最強   作:三文小説家

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今回はちょっと賛否両論分れるかもしれません。


蛇ト処刑ノ光葬曲(ポストリュード)―乙

 今となっては遠い過去のように思える海賊共和国(リベルタリア)。大衆芝居と大衆に疎まれる人生。断罪願望と踊る日々。ハジメにとって、地球での生活は悪意との闘いを意味する。誰もが血を望んでいる。聖人の皮を被った殺人遊戯の道化師は、自分が踊る場所がグランギニョルとも知らずに道徳を叫ぶ。

 

 ハジメは目の前の傷ついた解放者を見てニヒリズムの喜劇を見ているような感慨に陥る。まさか煽り返しただけでここまで変貌するとは思いもしなかった。戦闘での強さは知らないが、試験官としてあまりにも不適格だ。

 

 呼吸をする事すら金が要り、今や命も無いのに殺し合う。嘲りたいなら嘲ればいい。己の下らない緞帳の一つにすら始末をつけられない人間達。今更この迷宮で向けられる悪意に動じるようなハジメではなかった。何処にいたってこの程度の悪意なら存在する。

 

 ハジメがこの迷宮に来てから抱いたのは、怒りでも哀れみでもない。なんなら軽蔑ですらない。純粋な疑問であった。

 

「純粋な疑問なのですけれど、貴方がそこまで怒ると言うのなら、一体どう攻略するのが正解だったのでしょうね」

「……はあ?」

「応じるまま、受け入れるまま、ただ罵言を聞き流すだけの攻略者をお望みでしたか? すみませんね。しかしながら、僕の故郷では下級の遊女だってもう少し気位が高いものですよ」

 

 ハジメはそれが疑問であった。だが、無意味な問いである事も理解していた。おそらくこの解放者自身、完璧な正解など把握も設定もしていない。ただ神に勝てる人間を探すためだけの試練。あの程度の雑言に揺らぐような、光の精神の持ち主。

 

「だったら何? ミレディさんはね。エヒトの後釜を作るために大迷宮を、試練を作ったんじゃないんだよ!」

「ほう? 僕がエヒトと同じであると?」

「違うの? お前からは感じるんだよ。アイツと同じ悪意の気配を!」

「僕こそ南雲ハジメです崇めなさい! ……あんまり気持ちよくなりませんね」

「完全にバカにしているよね!」

「少なくとも崇められる趣味は無いんですよ。ほら、下手に崇められるとその人『で』遊べないじゃないですか」

「お前やっぱりクズだな!」

 

 その人『と』ではなくその人『で』遊ぼうという時点でハジメの人間性が垣間見えるが。

 

 ミレディの攻撃は基本的にハジメに集中している。無論、範囲攻撃等で周囲を巻き込むことはあるにせよ。それだけ、ミレディはハジメを危険視しているのだ。しかし、ハジメはどこまでも静かで、冷たい目をしていた。

 

「逆に聞きますが、そちらこそ攻略者に色々と求め過ぎなのでは? 少なくとも、善良かつ正義感の強い人間では神に勝てないと、他ならぬ貴女方が証明したのではありませんか」

「ぐっ……!」

 

 返されるハジメの論にミレディは歯噛みする。分かっている。ハジメの論が正しいと。自分達の善良さゆえに神に敗れ、大迷宮を作る事になった。それは否定できない。

 

 ミレディの苦悩に呼応するように液状化した床が渦巻き、中心部にハジメ達が引き寄せられる。そして、それに併せるようにマスケティアーズ達が攻撃してきた。騎士達をそれぞれの方法で撃退したハジメ達……主にハジメがミレディ本体の突撃を含む過重圧殺を喰らうが、逆にハジメがアストレイアで撃ち返した。

 

「流石は蛇。伊達に様々な宗教で神の最大のライバルを張っていない」

 

 口から上が潰された状態でハジメは話す。

 

「重力に潰されて死ぬのも悪くはない……しかし、この半生で始末を負わなければならない業が増えすぎてしまいましてね。そう簡単には死ねないのですよ」

 

 頭部を再生しながら話すハジメの狂喜にミレディは一瞬怯む。自身が致命傷を負ったことに何故か喜び、そして生き残った事にも喜んでいる。ミレディには訳が分からなかった。

 

「潰れろ!」

 

 もはやこれ以上の言葉の応酬は無意味。そう悟ったミレディは浮遊していたブロックを一斉に落とした。マスケティアーズ達と違い、ブロックそのものを操る事は出来ないが落とすだけなら可能だ。

 

 完全な詰み。いかに超人的な演算能力を持っていようとも、これだけ一斉に落とされてしまえば避けようが無い。

 

「あは、あははは……」

 

 ミレディは力なく笑った。自分の行動が完全に正しいなどと言うつもりは無い。むしろ、長年待っていた攻略者候補を自分の手で葬ってしまった。ミレディの行動は、解放者としても、迷宮の主としても、ミレディ・ライセン個人としても間違いの極みだ。

 

 だけど、

 

 と、ミレディは思う。人間は()()()()しかしてはいけないのか? ミレディはその問いを捨てる事が出来なかった。たとえ、それが神に負けた原因であると分かっていたとしても。

 

 だってそうだろう? 感情を切り離して最適解を求めるだけの存在が、人間で良いはずがない。たとえ間違っていても、切り離せない何かを持つのが人間であるはずだ。神に挑むような攻略者は少なくとも、そうであって欲しかった。

 

分かっている。これが身勝手な欲望で、時が経った地上の人間にそれを向けるのは筋違いだという事も。でも……それでも……

 

「全く……最近は無能だ死神だ人外だと、言われたい放題で困ってしまいますね」

 

 ミレディは驚愕した。背後から聞こえたのは今殺したはずの人物の声。その人物、ハジメは空中で、いや、空中に張ったのであろう糸状の構造物に座って涼しげな声で話していた。

 

「でも否定はしませんよ? 貴方からそう見えたのならそうなのでしょうし。男性のようであり、女性のようであり、悪魔と名乗り、人外と言われる。皆が皆、自分の見たいように物事を見ている。しかし、それが良いのかもしれませんね。その方が実に人間らしくて」

 

 その声は涼しげだが、どこか冷たさを孕んでいた。それは嘲笑でも冷笑でもない、ただ事実を列挙するだけの声色。

 だが、ミレディはその前に聞かなければならない事が有った。

 

「一体……どうやって……」

 

 その問いに対してハジメはつまらなさそうに答える。

 

「蜘蛛の糸って便利ですよね。地獄の沙汰もこれ次第だ」

 

 何の事は無い。戦闘開始と同時に部屋中に香織の弦や優花のヨーヨーの糸を張り巡らせていただけである。これまでの迷宮の様子や、戦闘中のマスケティアーズ達の襲撃からこの手のギミックは想定の範囲内であった。むしろ、それらの糸を引っ掛けられる『障害物』のおかげでこの作戦は実行できたと言っても良い。そして、張り巡らされた蜘蛛の巣に落下物は引っかかった。

 

「そうそう、それで貴女の演説は聞かせていただきましたけれど」

「……っ!」

「いやはや、素晴らしい宗教だ。実に正義と善性に溢れており、眩しさで失明しそうです」

 

 そういうハジメの眼には光など無い。口元だけは笑っているが、美しい双眸は奈落のように暗い。その異様な表情に気圧されるミレディに、ハジメはさらに続ける。

 

「人間は簡単に、物事を自分で考えていると思い込みます。正義も哲学も自分で発見した物には価値が有ると信じ、思考を操られているとは考えたがりません」

 

 その言葉には流石にミレディも看過できなかった。まるで仲間と語り合った日々が、神に反逆しようと立ち向かった過去が偽りであると言われたような感覚に陥ったのだ。

 

「うるさい! 私は洗脳なんかされてない! 神に歯向かったのも、仲間を集めたのも私の意志だ!」

「本物と偽物という二元論的観点では語っていませんよ。というより、善悪、正誤、真偽という表裏一体を軸とした排中律が成り立つ可視的加算的実数的論理では語っていないと言うべきでしょうか」

 

 何を言っているんだ目の前の奴は。

 

「そもそも洗脳などする必要はありません」

「は……?」

「知性体という存在は、言葉によって共同幻想を作り出しているのですから」

 

 本気で何を言っているのだろう、目の前の奴は。

 

「例えば、その正義は果たしてどこから来たのでしょうか? 無から湧いて出たのか? それは有り得ません。あるはずです。その思想を持つに至った、貴女を観測し、影響を与えた存在が」

「…………」

「要するにこれは、人間を世界の一部と捉えるか。それとも世界を人間の一部と捉えるか。そういう論理なのです。そもそもこの世界は、我々の故郷もそうですが人間に都合が良すぎるのですよ。例えば太陽などは少し温度が高ければこの世界は火の海ですし、少し温度が低ければ氷河に埋め尽くされていた。こればかりは神がそう創ったのではありません。(ひとえ)に観測者が貴女であり、人間であるからです」

 

 ミレディは戦慄した。そんなの……見ているすべてが不確かなものだと言っているような物じゃないか。

 

「ええ、そこには善も悪も無く、そして数値や言葉すらない。ただの無数の確立演算が行われているに過ぎないのです」

 

 ミレディはハジメの話に夢中になるあまり、致命的なミスを犯していた。

 

 背後から迫る強襲に気が付かなかったのである。

 

「ぐっがっ!?」

 

 ミレディを大質量の衝撃が襲う。それはミレディが落とした巨大なブロックだった。

 

「投げられるのは武器だけじゃないわ」

 

 その攻撃者は優花だった。なんと、ブロックを『投げて』きたらしい。

 

「時間稼ぎに付き合って頂きありがとうございました」

「っ! 中々考えたみたいだけど、そんなんじゃミレディさんは―――」

 

 ハジメの言葉で、先程までの語りが全て自分を包囲するための時間稼ぎだったことに気付くミレディ。音も何もしなかったのは、おそらくあの演奏者の仕業だと推測できる。やはり恐るべき能力だ。

 

 更に、投げつけられたブロックの上からユエが斧を振り下ろしてくる。ユエ自身の見た目の割にかなり威力が高い。そして、飛び上がって斧を投げつけてきた上に、更にその斧を拾って追撃してくる。

 

「アレなのね! 結構ガチで殴って来るタイプなのね!」

「……本来は魔法が得意だけれど、小賢しくも封じてくると言うのなら、斧で叩き割らねば不遜であろうという物」

「あ、結構ヤバいや……」

 

 確かに道中でも斧を振り回してはいたが、あくまでシアが攻撃主体でユエはサポート程度とミレディは思っていた。会話からしても明らかに魔法使いタイプであるユエはこの迷宮においては不利などというものではない。だが、ユエはミレディの想定を上回る。小さな体で斧を振り回すその姿は充分に脅威である。

 

「こっちだって負けてねえですぅ!」

 

 一方でシアもBモードを発動し、人外の速度と膂力でミレディを強襲する。ミレディが処刑椅子を使って竜巻を起こすが、それはガラティアを盾形態にしたミュオソティスに防がれてしまう。

 

 マスケティアーズをけしかけようにも大半は糸に絡めとられ、残りはロックが引き裂き食いちぎっている。

 

「私は先程の論拠に意見があります」

「……何?」

「貴女の言う人間性とは、貴女が知識と経験則によって定義されたものと推測します」

「だったら何だってのさ!」

 

 ミュオソティスの言葉に条件反射に噛みつくミレディ。時に取り残されてしまった彼女にとって、もはや過去の信念しか救いが無いのだろう。

 

「私はこれまで、自分自身の本質は『道具』であると認識していました。しかし、マスター達は私を人間として扱う事が有ります」

「んん?」

「そしてマスターの話を聞いて、そして過去に私自身が『不安』という感情を体験して思ったのです。いわゆる『心』とは、『人間性』とは、人間が勝手に定義したものです。血液と肉体によって構成された思考と、人為的に集められた無数のデータとチップによって構成された思考によって引き起こされた事象に本質的な違いが無いとしたら、貴女方人間は何を以って、その価値を認識しているのでしょう?」

 

 ミュオソティスには悪意はない。そしてその言葉は糾弾ですらない。機械だからこその、残酷なほどに純粋な疑問だ。だが、宗教にせよ信念にせよ、何かを信じる人間にとっては劇毒だった。

 

 ミレディはハジメの、ミュオソティスの言葉を認めるわけにはいかなかった。自分が培った信念が人為的に創られた可能性があるなど、あってはならない事だった。

 

 だが、ハジメ達はミレディに怒り狂う間など与えない。

 

「!? また演奏者!」

「はい、演奏者です」

 

 次の攻撃者は香織だった。エネルギーが霧散しないようにワルドマイスターがミレディにぶつかった瞬間だけ破壊音響を使っている。相変わらず音は聞こえず、他の敵を捌いている間に無音で攻撃されるのは厄介でしかない。

 

「私からも一言どころじゃないけど、いいかな? 正直、貴女の言っている事は分かるよ。コンダクターは確かに危うい。挙げればキリがないけど、確かにそう思うだけの根拠はある」

「……へえ? 惚れた相手に随分と辛辣じゃん」

「別にコンダクターの事を全肯定してるわけじゃないからね。でもその上で言わせてもらうね? ……だからどうしたって言うの?」

「は……?」

「たかが性格が悪い程度で、たかが快楽に溺れた程度で、たかが憎しみに囚われた程度で!たかが愉悦に歪んだ程度で! 人間性が壊れるものか!!」

「!!」

 

 ミレディは香織の気迫に戦慄する。その言葉には誰よりも明確な怒りを感じた。それはトータスに転移する前から感じていた、狭量な人間達に対する怒り。少しの狂気も愉悦も悪意も認めない、そんな傲慢で脆い人間達に対する憤怒。

 

「きっとこの先も、私達を弾劾する声は数多ある。『冷たい』だの、『自分勝手』だの、『狂ってる』だの、色々言われるんだろうね。良いよ。好きなだけ罵ればいい! そんな程度で壊れるような人間性ならこっちから願い下げだ!!」

 

 香織はその勢いで〝夜鳴のターゲリート〟を繰り出す。それはロシュフォール相手に見せた嵐のような姿よりも強大な力を感じさせた。

 

 そして、香織の怒りの攻撃の横でハジメがアストレイアを構えていた。そこに笑顔はなく、ただ相手を撃ち抜く瞳だけが存在した。

 

「以上。証明終了です」

 

 そうして放たれるミレディを撃ち抜く弾丸。

 

 それが到達するまでの一瞬でミレディは悟った。

 

 目の前の奴らは人間ではない。彼岸の存在。人間性を超越した何か。

 

 (ああ……コイツ等はきっと……世界を滅ぼす)

 




 社会通念ボッコボコだよ……いや、まあ、NieRとかを題材にする時点でこうならざるを得ないんですけどね。因みにハジメの言説は京極夏彦さんの著書を参考にしました。

 今回は個人的に疑問に感じていた『解放者は何を求めていたんだ?』というものを書かせていただきました。ありふれ零は未読なので、そこに書いてあったら申し訳ないのですが、迷宮の試練だけを見てる限り、正解に当てはまりそうなのが原作のハジメ以外にいなさそうというか、かなり限定された人間しか不可能ですよね。特に精神面の試練。

 とはいえ、ミレディの扱いはかなり悩んでいたんです。ただ主人公に賛同するだけってのも彼女のキャラクター性に合わないと言うか。なので色々とガチでバトってもらいました。正直、彼女以外でハジメとここまで争える存在ってヒロインズとシアを除いていないと思うんだ。

 後はまあ、全体的に『信念』という概念への疑問というか警鐘も今作のテーマですね。魔王化回避とかにも絡んで来る話ですけど。
 先に言っておくと、別にそういうありふれ二次の存在を否定しているわけではありません。ただ、NieRやパニグレだけじゃなく色々な小説、戯曲、アニメ、映画、ゲーム、そしてリアルでの体験を踏まえてどうしても思うのが、「その程度の事で揺らぐほど人間性はヤワな物じゃないだろ」という考えなんですよね。多少矛盾する行動を取ったくらいで揺らぐほど薄いものを信念と呼ぶのか? みたいな。まあ、完全に私の主観ですし、異論は認めますが。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
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