やはりシェイクスピアやセレーナさんのバフが凄い。
「とりあえず、キミタチには神代魔法をあげるよ」
激しい闘いの後、ミレディは思い切り不服そうにハジメ達に告げる。案の定、ミレディも昇格者でありハジメが放った弾丸では死ななかった。しかし、ハジメ達の猛攻により処刑椅子『アレクサンドル』は戦闘続行不可能なダメージを被ってしまったのだ。
「ここでミレディさんが渋ってもいつかキミタチは辿り着きそうだしね。そこのツインテールちゃんは既に片鱗が見えるしさ……」
ユエの事である。街や峡谷では違ったが、それ以外では浮遊移動をしていたのだ。ミレディが操る神代魔法の影を疑うなという方が無理である。
「この神代魔法は……量子魔法ですか?」
「……量子が何かは分からないけど、ミレディさん達は重力魔法って呼んでたかな」
「粒子と波の性質を併せ持つ、とても小さな物質やエネルギーの単位ですね。推測するに、これは自然界に存在する根源的なエネルギーに干渉する魔法でしょう。少なくとも重力と電磁気力に干渉する力はある。後は『強い力』と『弱い力』がどうなっているかという話ですが……まあ、今は考えるのはやめておきましょう。世界が滅ぶ」
ハジメの小難しい解説の後に発された言葉に、ミレディは少し驚いた。何故ならハジメ達は目的のためなら手段を選ばず、しかもそれを笑顔でやるような人物に見えていたからだ。
「あのねぇ……確かに僕は善人ではありませんし、必要とあらば手段を選ばないでしょうし、貴方達のような信念も持ち合わせていない」
「ハジメ……言ってて悲しくならない?」
「しかし、不必要な事をするほどに愚かではないつもりです」
ユエの指摘をさくっと無視してミレディに自分達のスタンスを明確にするハジメ。確かに冷酷ではあるし、ファウスト的衝動に支配されている事は認めるが、エヒトのように面倒な事をするつもりは無い。敵対したら徹底的に遊ぶつもりではあるが。
「……どうやらキミタチの評価を少しだけ上方修正するしかないみたいだね。まあ、依然不気味で、何考えてるんだか分からないってのは変わらないけど」
「きょすうじげんのとりになりたいです」
「支離滅裂にしか思えない理論を語るのをやめろ! 頭が狂う!」
ミレディが悲鳴を上げながらハジメを止める。香織達は流石にミレディに同情した。量子力学を始めとする物理学や数学を収める学者は、リアルや創作物の垣根を超えて変人が多い事は知っているが、その変人の理論を聞かされる側はたまったものでは無いだろう。
「まあ、キミタチを徹底的に潰す事でターミナルちゃんの計画を間接的に止められないかな、とも思っていたんだけどさ。どうやら、キミタチが何かをするまでもなく世界は滅亡しそうな状況みたいだし」
やはり、ターミナルを始めとする『天人五衰』の計画には全面的に賛成はしていなかったのだろう。人を操り、抵抗の手段を削いだ上で戦う。それは憎きエヒトのやっていた事と大差無い。
……尤も、天人五衰の計画が先人である解放者達の『失敗』から考え付いたものであることは、これ以上ない皮肉となってしまっているが。
「あくまで悪逆なる手段は最後に取っておきますとも。まあ、この魔法があれば幾らでも悪い事が出来そうですが」
「刺し違えてでも潰しておくべきだったかなぁ!?」
「蝶の羽ばたきで、嵐を起こしてみるのはどうでしょう?」
「サラッとミレディさんも使ったことが無いような方法を口に出さないでくれるかな!?」
地球でも、あくまで例え話の範疇で終わる荒唐無稽な事象。しかし、目の前のコイツは現実にそれを引き起こす事ができる……ミレディはそのような予感を持っていた。少なくとも、ハジメは重力魔法に対してミレディを上回る知識と発想を持っている事は確かなのだから。
「羽ばたいてくれるであろう蝶に感謝を」
片目を閉じて茶目っ気たっぷりに言うハジメを見て、ミレディはツッコミを諦めた。何をするつもりなのか、何を考えているのか、何を知っているのか一切分からないが、聞く必要も無いだろうとミレディは断じた。どうせ聞いたところで理解できぬ。
「まあ、あのクソ神をぶっ飛ばす過程で何か困ったら私の所においでよ。出来る範囲で助けてあげるから」
「随分とご親切ですね。先程の荒れようとは大違いだ」
「勘違いしないでね。より良い結末を迎えるにはそうした方が
無闇に敵対しても勝てるかは不明。その上、勝てたとしても少なくない損害を被る。ならば相談しに来た時にミレディの意志を滑り込ませた方が合理的だと判断したのだろう。
何とか聞き出すことのできたハジメの天職である『数学者』。常識に対して脅威となり、非常識に対しては死神となる、恐るべき天職。少なくともミレディの知る限り、トータスには存在しない天職だ。技能である『超速演算』『最適化』『理論最適関数』によって全身を潰すつもりで放った過重力圧殺が最小限のダメージで切り抜けられてしまった。
『数学者』の本質は『事象の観測』であるとはハジメの言である。数列、物理現象、人々の動向……そう言った世界の事象を観測し理屈をつけるのが数学者という存在だと。
その理論で行けば、仮に未知の攻撃であっても即座に『観測』して対応し、今みたいに魔法を手に入れれば、人間離れした演算能力で使いこなしてしまう。実際、ルシフェル戦ではユエに教わった〝緋槍〟という魔法を計算で再現していた。
実際、香織の武器であるワルドマイスターの前身であるウーベルチュールは、当時の錬成師達にとってはラピュタテクノロジーも良い所であったのだ。
「まあ、古巣では無能扱いされてましたけど」
「はい……?」
「当時は戦闘能力もステータスも皆無でしたからねー。はっはっは」
何の冗談だよ。と、ミレディはハジメ達を見るが、香織や優花の反応を見るにどうやら本当の事らしいと分かり、唖然としてしまう。
「コンダクターのステータスが一般人より低いから期待外れだったみたい」
「加えてトータス人では『数学者』の意義が理解できなかった上に、もう一つの天職である『錬成師』はありふれ過ぎてて侮られてたのよ」
「いや……ええ……」
ユエとシアがミレディに同意するように頷く。以前ユエが言っていたように、病人であるならどんな手を使ってでも延命させるべき人材であることは神代魔法の使い手であるミレディには一目瞭然だった。
一応これには理由があり、現在のトータスでは学問がそれほど発達していない。今の文明を維持するための必要最低限のものは存在するが、この戦乱の世では無駄な学問を収める者は怠け者の烙印を押される事すらあった。それは政治に関わる王族も例外ではなく、必要以上に物を学ぼうとするリリアーナを白眼視する者達も多い。
結局、ハジメの重要性を真に理解していたのは当時関わったトータスの人間の中ではリリアーナとメルドだけだったという事である。特にリリアーナ、どれだけクレイジーな思考回路をしていようとも、最年少の代行者の座に伊達に就いてはいない。
「揃いも揃って脳筋ですよねえ、人間達は……」
「……まあ、ハジメの性格が悪いのは事実だし」
「時々何言ってるか分からないことあるし」
「典型的な『集団行動できないヤツ』ではあるのだけれど」
「何ですか? 新手の嫌がらせですか?」
「それでも協力を頼まれればしていたし、人を利用することはあっても貶めたり、苛めたりすることは無かった」
それは結果論に過ぎない。と、ハジメは思う。根本的に人間に興味が無いから、表面上は優しく接しているように見えているだけだ。悪意を持つ必要が無い。感情を殺して冷徹である必要が無い。そもそも感情が動かないのだから。
もしくは、本質的に自分以外の人間を見下しているからそのような態度を取れるだけともハジメ自身は考えている。自分よりも下の者に抱くのは憐み。悪意でも、敵意でもない。下に見ているから、言おうと思えば悪口も平然と言える。
だが、香織はそのハジメの意見すらも分かっているという顔で言葉を紡ぐ。
「少なくとも、私はコンダクターの本質がどんなものであれ、彼と共に旋律を奏でる」
「へ、へえ……? 随分と狂信的じゃないか。やっぱりエヒトに似てるんじゃない?」
「そうだよ。私の愛は狂信と原理は変わらないと言われれば、反論はできない」
「……!」
「私はコンダクターの全てを知らない。彼は私の全てを知らない。全てを知る事は誰にもできない。だからこそ……新たな旋律を知ることが快楽になる。そうだよ。私が愛したいから愛してるの。劇毒すら甘美に感じるほどに」
たとえハジメが人を助けるのをやめたとして、香織の愛は揺らがない。死にに行かれるより余程マシだ。ハジメが他者を見下しているとしたら? 香織自身の方が見下している。ハジメが自身の行動の最優先事項に存在する事は揺らがず、その他との間には越えられない壁がある。
「愛は『落ちる』ものじゃなくて、当事者同士で創るもの。知らない一面を知ったから嫌いになるなんて、そんな物欲じみたドライな関係と一緒にしないで欲しいな。ゼロから愛を創り上げて、一人称視点を超えた共同体感覚を得る。それが、ニヒリズムの嵐が吹き荒れる私達の世界で、人生という舞台に立ち続ける方法」
「…………」
ミレディはそれなりに長い時間沈黙した後、諦めたように言葉を発した。
「キミタチの言葉は劇毒だね。その生き方を貫くだけで無数の人間が傷つき、キミタチを排除しようと襲い掛かる。だって喉から全方位魔法攻撃してるようなものだもん」
「そうじゃなくても敵に回る奴はいるけどね」
「知ってる。ミレディさんの言葉はキミタチにとって反論ですらない。キミタチが幸せになるためにはどう足掻いても他者を傷つけるしかない上に、他者の幸福を定義する事を傲慢だとして忌み嫌う……結構結構。でもね? キミタチみたいな自立した人間ってのはそう多くないんだよ。この宗教という病が蔓延する世界じゃね」
「自立や孤独が悪だと言うのならどうぞ。我々はその弾劾の嵐をすらエネルギーへと変えるだけだ。まあ、仮に完全無欠だとしても、『欠点が無い』という事実が欠点となってしまいかねないのが対人関係の恐ろしい所ですが」
相変わらずネガティブにポジティブな奴だ。ハジメの宣言にミレディは溜息を吐き、天井から下がって来た紐を引っ張って自分は上に逃げる。
その瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。
「嫌な物は水に流すに限るね☆」
「つまり我々の態度も水に流してくれると」
「チガウヨ?」
「地味に嫌な片付け方ね……」
ハジメがアホな事を言っている最中、もはや怒る気力もなさそうな一行は大人しく流されておく。一々この程度で怒るのが馬鹿馬鹿しい。というか無駄に精神的体力を使いたくないのである……やはり若さが足りないのかもしれない。
ハジメ達が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。そしてミレディは部屋に残された物を見て唖然とした。
「ナンダコレ……」
それは水を凝固させて造られた氷の彫像であった。ハジメの技能である『熱操作』とミレディから貰った重力魔法を組み合わせて造られた芸術。貰ったばかりの重力魔法を使用している事にも驚きだが、この際それはどうでもいい。
その彫像は樹であった。しかし、近寄ってみれば目や顔や手などの人体のパーツがあしらわれている。更に、枝からは絞首台にぶら下がっているような紐が幾つも垂れ、その枝に乗った無数の人面の鳥が樹を啄んでいる。それが無駄に高いクオリティで再現されているのだから、見ているだけで正気度を削られる。
ミレディは再度嘔吐を堪え、攻略者に向かって叫ぶ。
「嫌がらせに嫌がらせで返す必要は無いっつってんだろアノヤロー!!」
ハジメのちょっとした仕返し。『この木なんの木自殺者の樹』を喰らった被害者が泣きながらそれを片付けていた。全く以て、演算能力の無駄遣いである。
一方、汚物の如く流されたハジメ達は、激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。機械なので溺れはしないが、壁に激突するなどして無駄な損傷を負う事を抑えるべく身体をコントロールする。
そして、暫く流される内に、どこかの泉から間欠泉の如く噴き出される。そして、陸に上がったハジメが発した言葉は、
「ふむ……入水自殺は出来ませんね。この身体では」
「もういっぺん溺れてくる?」
という、自殺マニア全開な言葉だった。香織が物凄い形相をしているのはもはや恒例行事だ。
「場所が玉川上水であれば太宰治のパロディにもなりましたが……」
「よりによって自殺方法をパロディしないで」
「因みに、溺死は焼死に並んで最も苦しい死に方とされています」
「へぇ……そういうのってどうやって比較してるのかしらね。被害者の苦しみ方とか?」
「諸説ありますが、溺死について言われているのは『死ぬのに時間がかかるから』という理由ですね。息が出来なくなって、脳に酸素が行かなくなって、心停止して……という過程を辿って死ぬのに10分くらいかかるそうです」
「ハ……ゲーテさんの一番の敵って魔物でも機械でも人間の悪意でもなく、その希死念慮では?」
「因みに、具体的な方法まで考えている場合は『自殺念慮』と言います」
「余計駄目じゃないですか!」
ハジメの関心事が溺死>>>>ミレディの嫌がらせ、な事に呆れるしかない仲間達。
そして、諸用を済ませ、ブルックの町へ帰る途中だった宿屋の看板娘、ソーナ・マサカと服屋のクリスタベルはハジメ達の会話を聞いて「うわぁ」という顔になっていた。休憩していた場所の近くの泉から飛び出してきた時は勿論驚いたが、今では会話の内容にドン引きしてしまっている。
「あのー……死ぬにしてもウチの宿で首吊らないでくださいね?」
「全力で自重させます!」
香織の力強い宣言が響き渡った。
その夜、ハジメと香織は夜空に落ちていた。遥か下の方にブルックの街が見えるが、街の住人からはハジメ達を肉眼で捉える事は出来ないだろう。正に空はミッドナイトブルーの密室だ。
「確かに、ここなら二人きりだね、コンダクター」
手に入れた重力魔法の試運転も兼ねて、真夜中の空中散歩デートに香織を誘ったハジメ。制御を誤ると大変な事になりそうだが、帰ってから散々自分で試したので問題はない。半日でどうやったのかって? 天職『数学者』の演算能力は常人の三倍や十倍どころではないとだけ言っておこう。
「ん……」
上空を吹き荒れる風が、静かな
この時に、言葉は不要だった。真夜中の
二人は飛んだ。あるいは落ちていった。風に乗り、回遊魚のように空を自由自在に動き回る。当然ながら、二人の足元には床など無い。だが、香織のエスコートでワルツを踊る二人には些細な事だ。
一頻り踊った後に、香織は尋ねる。
「ねえ、コンダクター。もしかして、ミレディさんに言われた事や、私が言った事を気にしているの?」
「……少なくとも、考える価値はあるかと」
ミレディはハジメ達の前には様々な困難が立ちはだかるだろうと予言した。ハジメからすれば数学の公式と大して変わらないレベルの事実だが。再三言っている通り、どのような生き方をした所で敵に回る人間はいるし、誰かからは悪だと後ろ指を指される。
だが、ウィリアム・ブレイクも言っている通り、美徳など十戒を破ることなしには存在しえない。群衆から批判された程度で在り方を変える、イソップ童話のロバを売りに行く夫婦になるつもりは無かった。
「コンサート・ミストレスにとって僕の存在が不幸になるなら、目の前から消えるか、死ぬかくらいはしようと思う程度には、良識と重い愛を持っていますからね」
「本当に君はポジティブなのかネガティブなのか分からないなぁ」
それを聞いた香織は、ハジメから手を放すと、
儚げな笑顔で落ちていった。
「ちょっと……っ!?」
ハジメは慌てて墜落し、彼女に追いすがって香織の手を掴む。すると、今度は香織は抵抗せずにハジメに抱き留められた。
「花はアイリス、君は嘘吐き」
香織は優しげな声で、ハジメの耳元で囁いた。
「落ちても死なない事を知っているくせに、無意識レベルで私を引き寄せるコンダクター。君が私を手放すなんて、出来るわけがない」
ハジメは何も否定できなかった。香織が怪我をするのも嫌だとか、そんなものはただの詭弁でしかない。
「そもそも、ミレディさんは根本的な勘違いをしているの。愛は世界なんて救わない。愛し合っていた当事者だけ。そして私は、それを望む」
香織はハジメにキスをした。
ハジメはその覚悟を正面から受け止めたうえで、香織を更に抱きしめた。そして二人で墜落していく。
それは二人で生きる決意を込めた心中だった。
やっぱり話が合わないミレディとハジメ一行。そもそも根本的に考え方が違うから妥当ではあるのですが。善悪も人間性も超越している以上、説得も不可能なんですよね。とはいえ、原作キャラと軒並み話が合わないわけじゃなくて、廷とかリリアーナとかは普通に接してます。
備忘録
蝶の羽ばたき:実際にやる予定。正確には蝶ではなく鳥ですが。
各キャラの人生論:これくらい破滅的でもいいような気がします。特に恋愛は。そのせいで割を食う原作キャラが増えてしまうのが難点ですが……
自殺者の樹:ダンテ・アリギエーリの『神曲』より。
溺死議論:『墜落JKと廃人教師』という漫画で有った展開を組み合わせてパロディにしました。私自身は、あれくらい陰鬱で適当な方が生きやすいと思います。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
-
修理して連れていく
-
見なかったことにして放置する