人形タチハ世界最強   作:三文小説家

96 / 133
タイトルは与謝野晶子の『人知れず』より。


翅無キ身ノ悲シキ哉ー甲

「あららら……こんな所にいた。雫さんは移動手段を手に入れていたわけなんですねえ。そりゃ私が捜してる範囲じゃ見つからないわけです。たまたまウルに用がありましたが、僥倖ですね」

 

 ハジメ達が愛子に捕まっている中、リリアーナ(の分身体)はウルの街に降り立っていた。雫の捜索を諦め、先に仕事を片付けに来たが、たまたまお目当ての人物もいた事に歓喜する。

 

「さて、私は一足先に(ティオ)様に会いに行くとしましょう。後で彼も合流するでしょうが、打ち合わせもありますしねー。何処まで情報を開示するとか」

 

 軽い口調でリリアーナは独白し、その後には消えゆくトランプだけが残されていた。

 

 

 

 

 

「優花、何が欲しいですか?」

「ピアニッシモ・ディアス・メンソール」

「料理の話です。というか吸った事ないでしょ」

 

 一方で、ハジメ達は愛子を目の前に料理を吟味していた。優花がだいぶ限界そう……というか地球組は全員が抗争敗北三日前のマフィアのような顔をしている。白、黒、赤で統一されたその服装が並ぶ絵面は、ともすればフィクサーの集まりとも見えるが、或る意味鈍感な愛子は「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

 

「皆さん、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、今までどこで何をしていたんですか?」

 

 愛子はハジメ達に奈落に落ちた後の説明を求めた。が、まさか護衛たる神殿騎士のいる前で天人五衰について話すわけにもいかない。代行者の一人がリリアーナである以上、エヒトにも片鱗程度はバレている可能性もあるが、自分から話す理由にはならない。

 

 よって、ハジメ達の軌跡は話さない事が最善なのだが、それでは相手は納得しないだろう。

 

「香織や優花が辿った運命は皆様ご存じでしょうが……堕落した不条理に声を枯らして喘ぐ彼女らを破滅の運命より救済いたしました。時に殺し合って、ね。松の木に閉じ込められたエーリエルを救い出したように」

「…………」

 

 ニルシッシル(異世界版カレー)を食べながら、胃もたれしそうな重い話を展開するハジメ。

 

「また、僕も落ちて以降、希死念慮が増長してしまいましてね彼女らがいなければどうなっていた事か……」

 

 あまりにも重い話題に、愛子は話題の転換を図った。生徒の話は最後まで聞くつもりだが、これでは精神が持たない。

 

「そう言えば、そちらの初めて見る女の子たちは……?」

 

 初めて見るという事は、ユエとシアの事である。二人はそれぞれ名乗る。

 

「ユエ。ハジメの二人目の伴侶」

「シア・ハウリアですぅ。ハジメさんの……部下、ですかね?」

「部下……? それよりも二人目の伴侶って……」

「言葉通りの意味でしょうね。因みに私もハジメの伴侶」

「コンダクターは私も含めて三人恋人がいますから」

 

 ユエから飛び出した衝撃的な告白に愛子は衝撃を受けた。そして、それを肯定するように優花と香織が声を上げる。何でもない事のように、数学の法則のように淡々と。

 

「な、な、三股……!? 南雲君! 貴方が直ぐに帰ってこなかったのは遊び歩いていたからなんですか!?」

「学習指導要領にはニワトリを教員として採用するべしと書かれているんですか?」

「でも三股なんて! 不純です!」

 

 だが、四人は大して気にも留めない。

 

「求めよ。さらば与えられん。ゴートの女王タモーラのように舌と手を切り落とすわけでもなし、彼女達の情欲は満たしてやらねば」

「皆で幸せになるにはこれしか無いんですよ、先生。中途半端な倫理観で誰か一人を選別すれば、もれなく全員が不幸になります。教師という職業が、生徒の人生に悲劇を脚色する物でないならば、見逃して頂きたいですね」

「彼はブラッディ・マリーとなった私を慰めてくれた。ガムシロップを流し込んで、ウォッカを中和したの。私は酔うわ。甘やかな毒を口移しで飲ませて」

 

 とりあえず闇が深い事しか分からない。恋愛経験皆無の愛子にとって、甘美で戯曲的でアングラな恋愛譚は早かったようだ。なおも言い募ろうとする愛子に、ユエが音を立ててグラスをテーブルに置き、絶対零度の瞳で言葉を発する。

 

「殺された未来が私に復讐に来る。その御大層な哲学で私を救える? 月だけが我が旧友たるこの世界で、私を殺せる?」

「……っ……!」

「死に抵抗し、業苦と傷を慰め合う黒死病時代の饗宴を妨害しに来た神官は、果たして我々の救いになり得るでしょうか?」

「………………………………狂ってる」

 

 言葉を発したのは護衛隊の誰かか、それとも愛子か。もはや過呼吸を起こしそうな愛子だが、教師としての矜持が彼女の口を開かせた。

 

「ど、どうして……戻ってこないのですか?」

「血の巡りの悪い人ですね。このような価値観を持つ我々を貴女方は受け入れられないでしょう? 事なかれの大衆心理には彼女達は耐えられない」

 

 〝事なかれの大衆心理〟という痛烈な批判は強かに愛子や生徒達を打ちのめした。そして、純粋な笑みと疲れ切った笑い声で優花が口を開いた。

 

「ねえ、ねえ、もういいでしょう? 私をこの呪いから解放してよ。どうして先生は私達を教室に縛ろうとするの? 耳心地が良いだけの御伽噺(フェアリーテイル)を垂れ流して……もう嫌よ。私、生きたまま腐っちゃうわ」

 

 宿に入る前よりも無造作に見える髪に、それこそ煙草でも加えていそうな優花。こんな状況では、彼女の心を癒すジャズも奏でられない。

 

「で、でも……皆さん同じクラスで……同じところから来て……全員が戦争に参加しなくても……一緒に……!」

 

 それを聞いて優花はリズムの狂った笑い声を上げた。どれくらい理性を保っていられるか、それとももう狂っているのか、彼女自身にも分からない。

 

「それこそ私には関係ない……偶然同じような場所に生まれて、ただの確率論と一抹の作為によって40人詰め込まれただけの教室で……都合よく全員と友達になれるわけないでしょう」

「そ、れは……」

「ねえ、私、これでも頑張ってたのよ? 周りに合わせようとして、ショーペンハウアーの言う通りに4分の3は自己放棄をして……何が得られたのよ。引き攣った表情筋と青天井の批判だけ。ジョン・コルトレーンを聞いてるってだけで腫れ物扱い。『白鯨』開いてたら可愛げが無いって言われたわ。可愛げが無いって何よ。どうせ流行りのもの聞いてたら今度は弛んでるとか言うくせに。人類史上ここまで馬鹿馬鹿しい戦争なんてある? いつも歴史の授業でディスってる第二次世界大戦なんかよっぽど崇高に見えるわよ」

 

 優花はそこまで言うと、一息ついて再び静かに話し出した。

 

「戻らない理由なんて簡単な話よ。人間関係に嫌気が差したから」

「そう……ですか……とてもつらい思いをしたんですね。しかし、今は皆ナイーブになってるだけで、きっと、園部さん達の話も聞いてくれるはずです」

「話を聞いてくれる? 私は聞き飽きたわ。ワオキツネザルだってもう少しマトモにコミュニケーション取れるわよ。地球じゃブランデーすら飲めないから無に縋るしか無かった」

 

 なお、紅は静観していた。目の前の畑山愛子という教師は、彼女には正直よくわからない人物という認識である。とはいえ、雫の盾となるように作られた彼女にとっては判断基準はシンプルだ。彼女は雫にとっては脅威となり得る。結局、クラスメイトと関わる事は悪手である。

 

「そういえば、清水はいないんですね」

「……!」

 

 優花が護衛達を一瞥して、敢えて敬語で聞く。

 

「はい……カイネさんと共にいなくなってしまって……」

 

 そして、愛子から経緯を聞いて、ハジメ達に戻りたいと思う者は皆無だった。

 

「はっ……感情に任せて最大戦力を追い出したわけですか。ではやはり、僕達が戻ったところで同じ結果となるでしょう。仮に僕達が協力した所で、そちらは僕達を歓迎していない」

「同感ね……檜山の一件もあの体たらくだもの。ノルウェイの森を聞いてるなんて理由で後ろから刺されかねないわ」

 

 ハジメ達は眼前に顕現したディストピアを避けるという選択で満場一致した。期待の声に答えたとて、傲慢だとかほざくのだろう。もはや視界がエーテルのように輝いているのは愛子だけである。彼女が感情論で捲し立てたとしても、昇格者達にとって虫の羽音以上の意味にはなり得なかった。

 

「おい、お前達! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ! 特にそこの戦輪使い! お前はこの任務を裏切ったというのに温情で見逃してやっているんだぞ!」

 

 その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。彼と彼の部下にとって、愛子は任務の垣根を超えて愛する女性。なんでも、小さな体で奔走する姿に尊敬と愛らしさを感じたらしい。そんな女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

 

 それに対し、優花は死んだ目で答える。

 

「私が一番冗談であって欲しいと思ってるわ。でも事実なのだから仕方ないでしょう? それに裏切りって……確かに蒸発したのは謝るけれど、私だってパニシングに感染したのは晴天の霹靂だったわ。てっきり戦死扱いだと思っていたのだけれど……そう、裏切りなのね」

 

 実は優花は護衛隊を襲った賊と闘う中でルシフェルとなり、護衛隊の目の前で飛び立った。そのため戦死扱いだと思っていたのだが(少なくとも裏切りよりかは都合が良いだろう)。見れば愛子は首を横に振っており、神殿騎士や護衛隊の一部は優花ではなく、彼女の力の象徴たる戦輪『イエスタデイ』を忌々し気に見ていた。

 

 ああ、なるほど、すなわち力を得る事は大罪であり、それを得た者は弱者に還元する事で贖えという、クラスメイト内の弱者が集まる愛ちゃん護衛隊の中で生まれつつある思想だった。かといって、強ければ清水やカイネのように排斥されるが。

 

 そっくりそのまま逆になっているというだけで、弱者は適正に関係なく自分達と共に戦えと言った彼らを苦しめたクラスメイト達と同じような思考過程を辿っているのが最高に皮肉だ。

 

 ノブレス・オブリージュと言えば聞こえは良いが、限度という物が有る。第一、強者が弱者を庇護・救済する事が義務なら、弱者は強者にそれが出来る環境を提供するのが義務だ。

 実際、これが求められる貴族は領民の税で生活する事が保障されている。むしろ、誰よりも高い報酬でもなければこんな面倒な事を誰がやるのか。

 

「ぐぬ……小生意気な屁理屈を……」

「〝屁理屈〟〝生意気〟〝言い訳〟……相手を支配するための常套句ですね」

 

 ハジメの皮肉に視線を泳がせるデビット。反論材料を探し、シアを見て表情を歪める。

 

「薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

 シアは侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれた事により一瞬だけ身体を震わせるが、ロックの事を戦術的に斬り捨てようとし、戦闘を演奏会と称し、見敵必殺を最適解とするハジメの事を思い出し、あの冷たさに比べたら屁でもないと持ち直した。

 

「デビットさん! なんてことを……」

「愛子も教会から教わっただろう。魔法は神より授かりし力。それを使えない亜人共は神から見放された下等な種族だ」

 

 よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。

 

『……シア、大丈夫?』

『事あるごとに自殺未遂する、頭蓋の囚人を気取りながら思考が天国に到達したと宣う狂人を相手にしているとどうでも良くなってきますね。傷ついてはいますけど……フェアベルゲンでされた事と大差無いというか……定型文ですか? という皮肉が思い浮かびました』

『おう……慣れって怖い』

 

 今のシアは亜人ですらない事と、故郷での扱いと狂人の部下となった事と、昇格者となってから意識海を安定させる訓練をしてきたからか、原典よりもメンタルが強化されているシア。

 

 余談だが、昇格者はパニシングを十全に制御するため、意識海を安定させておく必要がある。現に、ハジメはその理由で機体換装まで行った。

 

 ハジメはその様子を見て、シアのケアはユエに任せておくことにした。というか、余計な口出しをすれば藪蛇である。

 

「喧しいですよ。奴隷をどう扱うか、決定権は所有者たる僕にある。礼儀を指摘する前に分を弁えるべきでは? まあ、ご自分の頭蓋が全てであると錯覚している貴方には、難しいお話かもしれませんが」

 

 幽鬼のような笑みを浮かべてデビットを煽るハジメ。凡そ人間の表情ではないが、仲間からすれば見慣れた物だ。

 

「き、さま……」

「良い表情ですね。まるで獣だ」

 

 デビットから放たれる殺気に、ハジメは一層喜ぶような表情を浮かべる。そして、亜人を差別する神殿騎士に特大の皮肉を向けた。

 

「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 

 無表情で剣に手をかけ、ハジメをシア諸とも斬ろうとするデビット。しかし、その前に香織が自分のグラスをなぞる。

 

「な……が……っ!」

 

 嫋やかな指先をグラスに触れさせ、摩擦によって共鳴させて音を出す。そして、香織の〝演奏者〟の技能で音を増幅させ、さらにその対象をデビットら神殿騎士に向けた。凶器と化したグラスハープの音色はデビットを吐血させ、目や耳から血を流させた。

 

 直接の加害者でないデビットの部下達も威嚇程度に向けられる鎮魂歌(レクイエム)。修行をしたエリートの騎士達が耳を抑え、神経を侵されて苦しむ。突如繰り広げられるホラーシーンに護衛隊達と愛子は怯える。

 

 引き起こされているのが、香織の指とグラスから奏でられる美しい旋律であるのだから余計に怖い。グラスが一つしか無いのに多種多様な音が奏でられるのは、やはり演奏者の恩恵であろう。

 

 やがて、香織は指を離し、静かに呟いた。

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

 それを合図に、ハジメ達は席を立った。もう話す事などないと言わんばかりに。

 

「これで分かったでしょう、僕達が戻らない理由は。貴方達と行動を共にする事は、吹雪のアンデス山脈上空を赤いテールランプ一つで夜間飛行すること以上の難行だ」

「でも、でも……!」

 

 しかし、尚も言い募ろうとする愛子をユエが冷たい声で咎めた。

 

「……ハジメは自分の人生を歩み、自分の能力を自分の好きなように使う権利がある。そんな事は考えれば子供でも分かる。議論の余地すらない」

 

 そして、宿を出ていった。最後に、愛子達に向けて声を発したのは紅だった。

 

「アイツ等に追い出されたはみ出し者のクラスメイト達……雫も擁護に回るほどの境遇……実を言うと、条件さえ良ければあの蝶の男から乗り換える選択肢もあった。でも、駄目ね。結局、この集団も雫を摩耗させるだけだわ」

「貴方は……八重樫さん……ですよね?」

「あら、知らなかったのね。そう言えば、私が生まれた日に貴方達はいなかった……知らないはずだわ。じゃあ、改めて名乗っておくわね。私は八重樫紅。雫が作り出した第二の人格。そして、雫の誇らしき盾」

 

 護衛隊は〝盾〟のお眼鏡には適わなかった。そう言い残して去っていった。

 

 愛子はその背中に、声を掛けることが出来なかった。

 




 うん、地獄か。なお、これでも抑えました。これ以上言ったら愛子先生マジで自殺しかねないので。話が破綻してまう。今回は協調性とか、ノブレス・オブリージュとか軽々しく口にする事への皮肉も多分に含まれています。実は村上春樹の『ノルウェイの森』えお参考にしている部分もあります。

備忘録

ピアニッシモ・ディアス・メンソール:煙草の銘柄の一つ。女性に人気だとか。アメスピと迷いましたが、こっちにしました。優花は吸ったこと無いですけどね。

ジョン・コルトレーン:モダンジャズを代表する、アメリカの有名なサックス奏者。ジャズ好きである今作の優花らしいチョイス。

地味に原作よりもメンタル強化されてるシア:ライセンでのハジメの悪口大会とか聞いてると、ね。嫌な慣れですが。

まるで獣だ:兎の亜人であるシアを差別するデビットに対する最上級の皮肉。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
  • 見なかったことにして放置する
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。