「…………」
車で山脈地帯に向かう現在、ハジメ達の間には沈黙が漂っていた。話せることは全て昨夜に話している。もはや適当にあしらうのも飽きたのだろう。仮にも社会人だというのに守秘義務や企業秘密という物が存在する事を理解していないらしい。
「南雲君! 何故無視をするのですか!」
「何度もお答えしています。機密事項を除いて話せることは全てお話ししました。これ以上質問を続けるのであれば、組織に対する敵対行為とみなします」
何がそこまで愛子を動かしているのか、ハジメには理解できない。何者かに脅されているのかとも考えたが、どうやらそういうわけでもなさそうである。地獄への道は善意で舗装されている。人が狂気に取り憑かれるのは、悪意よりも善意によって動くときだろう。
「我々の計画は外部に話す事を許可されていません。貴女がそれを強要した場合、全員が死ぬかもしれませんね?」
「し、死ぬ……?」
「僕も、貴女も、生徒達も。好奇心は猫をも殺すのですから」
ハジメと愛子が錐台の切り分けかウロボロスのような会話を繰り広げていると、ユエが〝通達〟で優花と香織に話しかける。
『……ねえ、何故愛子はハジメの話を受け入れない?』
『さあ……庇護欲が暴走しているのかしらね。属してる組織が認められないって言うけど、昨夜ハジメが話した内容と今の私達の身なりからしてかなりの支援体制があるのは明白なのだけれど』
ユエも優花と同じ意見だ。曲がりなりにも王族だった彼女は、身なりや仕草で相手がだいたいどのような人間なのか察する事が出来る。ハジメ達はみすぼらしい恰好をしているわけでもないし、機密事項を除いて天人五衰については話している。ユエからすればリリアーナと同じく『何が不満なんだ』という印象だ。
「南雲君! 先生は心配なんです! 金払いや待遇だけが良くても〝優しさ〟や〝心〟の無い組織に属する事を先生は許容できません! 生徒達を利用するだけの組織なんて百害あって一利なしです!」
「マスター、お気持ちを一言でどうぞ」
「辟 易 舌 戦」
「ありがとうございました」
「現代社会の闇を体現したかのような技を生み出さないで」
「真面目に聞きなさい!」
これ法的に取り締まったりできないのかな、と真面目に考え出したハジメ。いや、本当になんらかのハラスメントに当たりそうなのだが。
「あのねえ、先生。何らかの組織に属するって考えた時にまず気にするのは、属する事に利益が有るか否かでしょう。結果に対して正当な報酬が支払われ、その結果を出すための支援が有る。おまけに目的は違えど同じ結果を求めている。これ以上の条件を探す方が難しい」
「でも、それはお金を使って利用されてるだけで……!」
「利用する。大いに結構です。僕も組織を利用している。こんな状況下ではお互いに利用し合うのは至極当然です。相手は戦力も財力も技術力も持っている。属しているだけでその恩恵を受ける事が出来るんですから使わない手は有りません」
『やっぱり思考回路が似てますよ。ハジメさんと王女様』
ハジメはこの部分はリリア―ナに賛成している。利用とは結局、協力だ。双方向に利用する事を耳障りのいい言葉に言い換えているに過ぎない。シアのいう事も尤もだろう。
「逆に、先生が仰っているのはやりがい搾取というものでは? 誠意と信念だけでは生きていけません。肉を削ってパンと化し、血液を赤ワインに変えるおつもりでしょうか?」
ハジメはそう言ったきり口を噤んだ。別に、誠意や信念、友情や協調といった概念を真っ向から否定するつもりは無い。ただ、属する集団くらいは選ぶ。しかし、教室以外のコミュニティを知らない愛子にはそれが理解できないのだ。
『ユエ、さっきの言説に一つ追加するわ。根本的にアホなのよ……あの人』
『根本的にアホ……』
優花の辛辣に過ぎる言葉にユエは少し驚くが、納得できる部分もあった。おそらく、一度こうと思い込むとそれ以外が見えなくなるタイプであり、勉強は出来るのかもしれないが根本的な部分で思考が繋がらなくなる。
愛子は何も知らないのだ。利益勘定も、それに付随する倫理も、気怠くて済む人間関係も、何も知らない。集団に適合し、社会に適合できない人間とでも言おうか。
「
ハジメは地球での経験から、人間が同じ集団に生涯属するとは限らない事を知っている。ハジメとしては、「失敗したら教えてください。嘲笑いますから」くらい言われて円満(?)に別れる程度でいいじゃないか、としか思えないのだ。
護衛隊の内、奈々と妙子は愛子を止められなかった事を謝りながら、優花にもたれかかって寝てしまい、男性陣はハジメの冷酷な言葉に恐れと反発を持ち、愛子は何度目かの衝撃を胸に目的地についていた。
「さて、どう捜しましょうか」
「私がやった方が良いんじゃないかな。一応、コンダクターの折鶴も展開して上からも見てね」
「仰せのままに。コンサート・ミストレス」
香織がワルドマイスターで演奏をして〝反響定位〟で捜索。更にハジメが映像をリアルタイムで脳内に映しながら上空より折鶴で捜索するという作戦を展開した。
なお、そんなハジメ達の後ろでは、
「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」
「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」
「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」
「……ひゅぅーひゅぅー」
「ゲホゲホ、南雲達は化け物か……」
まあ、人間では無いので間違っているとは言い難い。
要するに、愛子や護衛隊達の体力が無さすぎて疲労困憊なのである。本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。ただ、ハジメ達の移動速度が速すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。
「貴女はもう少し……自身やその周りに気を使うべきかと。それが難しいというのなら、その命が最も適切な時に最大の役割を果たせるよう、仕向けるしかありませんね」
だいたい愛子の性質が分かってきたハジメ。理論による説得が不可能なら、その性質を利用して行動を操作するしかないか? と、チェスの駒でも見下ろすような口ぶりで話す。
愛子達がその言葉に慄いていると、ハジメは黒い棺のような物を〝宝物庫〟から取り出す。先の言葉もあり、護衛隊達が警戒するが、棺から現れたのは大量の小型機。ハジメが作った〝折鶴〟の大群だった。この棺は折鶴達の住処。兵器格納庫や空母のような役割を果たすアーティファクトだ。折鶴は〝宝物庫〟から直接召喚する事も出来るが、予め折鶴を詰め込んだ棺を配置して遠隔で起動して敵地のど真ん中に大量に折鶴を放つことも可能だ。いざとなったら盾にもできる。
元々は大量の折鶴を整理して保管するために作った入れ物だったのだが、どうせなら兵器として運用しようと機能を追加したものである。ハジメや仲間が傍にいなくても機能するというのがミソだ。
名を〝黒ノ哀悼〟と云う。……流石にこの依頼では不吉過ぎるので呼ばないが。
「〝折鶴〟はどれくらい使うの?」
「試運転も兼ねて50機程動かしてみようかと」
「……試運転で動かす数ではない」
ハジメの演算能力を以てすれば昇格者となる前でもこのくらいは動かせたと語るハジメ。昇格者から見ても馬鹿げているハジメの演算能力に仲間達も舌を巻く。
「まあ、思えば日本刀を計算で正確に再現できる程の技能持ちだもの」
「あくまで再現で、刀匠の作ったものには遠く及びませんがね」
紅とハジメの話す内容に護衛隊達は〝数学者〟の能力を過小評価していた事に気付いた。計算(と論理)に特化した天職。その力は一般人の数倍から数十倍の力を持つ召喚されたクラスメイトからしても〝異能〟と呼ぶに相応しい力だろう。
「アンタはステータスプレートに表示されない特技が多すぎんのよ。ミゲル辺りは率先して嫌いそうね」
「ああ、ステータス偏重主義の……正直、こんな脳筋な項目しかないプレートで何を量ろうってんでしょうね」
ステータスプレートの項目は筋力、体力、耐性、敏捷、魔力、魔耐とものの見事に肉体的特徴に寄っている。演算能力が高いという点は『敏捷』に反映されてもおかしくないのだが、演算強化による動きまでは反映されなかったようだ。
「せめて知能指数とかあれば良いんですが……」
「知能指数の信憑性は地球でも懐疑的だけどね……でも、トータスで学問や音楽が発展しない理由の一端ではあるかもね」
と、何やらその会話を聞いていて我慢ならなくなった者がいるらしい。護衛隊の男性陣だ。
「何だよ……嫌味かよ……」
「嫌味に聞こえました?」
ステータス最弱であったハジメを下に見る事で無意識に己を保とうとしていたクラスメイト。特に、同胞からも排斥された護衛隊達は負の選民意識が育ってしまっていたのだ。
「はっ、嫌味だろ! ええ、ええ、そちらはお賢くお強くいらっしゃいますよ! 馬鹿な俺達を嘲笑ってんだろ! 奈落に落ちる前の態度に報復してんだろ! そうだろ! そうだって言えよ! 『知能指数の項目が無い』だってさ!」
「た、玉井君、落ち着いてください……」
愛子が弱々しく止めるが、効果は無い。ハジメは折鶴を操作しながら玉井の質問に答えた。
「別に報復は考えていませんね。人によっては考えるのでしょうが、僕は興味が無いです。ハムレットのように亡霊に唆されたわけでも有りませんし。あと、僕は賢いというよりは1を1と認識出来るだけだ。どちらかと言えば、ごくありふれた人間です……………………まさか、天才は天才であり天才であり天才である、なんて馬鹿な事は考えていませんよね?」
なお、傷口に塩を塗った上に火に油を注いだらしい。後ろで騒ぐ声は更に激化していた。愛子がその野次を解決できないと悟ると、別のアプローチを試みた。すなわち、ハジメに説得を試みたのである。
「南雲君、繰り返し無茶を言っているのは承知ですが、彼らの気持ちも考えてあげて下さい……彼らはとてもナイーブで」
「なるほど、能力や強さを持っているのは罪だというわけですか」
「そうではなくて……」
「僕は他者の頭蓋の中身まで解明する事はできませんよ。他者の人格を踏みにじるつもりは無い。自分の機嫌は自分で取っていただかなければ」
ハジメは溜息を吐いて続ける。
「きっと、僕らは貴女のコミュニティに属するには欠陥が多すぎるんでしょうね。世間は強者と賢者と天才以外の全てに寛容だ。或る意味では天之河君に同情します。一般的な人間に幸福と思われ、またその相手を纏めるというのは実に大変のようですから」
これまでに散々難癖をつけられてきた光輝に対して、ハジメは同情した。なるほど、カリスマというのも楽ではない。
「そう……私は雫を苦しめたあの男には憎悪しか無いけれど」
「傍から見てる分には面白いですよ。まるで列挙法でグルーのパラドックスを証明しているかのようだ」
「……それ褒めてるの?」
「……なんだか、ハジメやカオリの世界の住人はあまり幸せそうに見えない」
「我々は幸福でいる事よりも、周りに幸福と思われることに苦労しているんですよ」
最後の発言は愛子に対する特大の皮肉と言えた。もはやトラブルメイカーと言って差しさわりない程の障害と化している。
「コンダクター、人間が音波に引っかかった。この川の上流の滝の裏」
「美しきコンサート・ミストレスは優秀ですね。それにしても、いい川だ」
「入水自殺に、とか言いませんよね?」
「まさか。二度も同じ過ちを犯すほど愚かじゃない」
「だったらそろそろ成功させなさいよ。人間関係を」
「失敗から学べるのは成功の秘訣ではなく、同じ失敗をしない方法です」
護衛隊はスーサイド・コメディを聞いても憮然としたままで、或る意味毅然と泰然とした態度で唖然とする愛子を差し置いて言い放った。
「なんだよ。死にたいのかよ……そんだけ強くていいご身分だな」
「時候の挨拶のように糾弾してくるではありませんか。殺人事件からも時効は撤廃されたというのに」
「ハジメ……くだらない事言ってないで敵に集中して。お客様だわ」
どうやら、徘徊していた敵性体に遭遇してしまったようだ。恐竜のような身体に足脚の虫のような脚。『バイオサラマンダー』の進化系である『シュラーゲン』だ。
シュラーゲンはハジメの目の前に肉薄すると、エネルギーの散弾を飛ばしてくる。〝超速演算〟で躱すも、二体目が迫っていた。ハジメは朱樺で目の前の相手を攻撃して攻撃を逸らし、もう一体に牽制の銃撃をする。だが、銃撃されたシュラーゲンは敏捷性を生かして回避してくる。
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
護衛隊が恐慌状態に陥った。「うん、暫く放っとこう」と全員が思った。下手に関われば共倒れである。
「ハジメさん! 攻撃しても躱されます!」
「向こうから攻撃してくるのを待ちましょう。攻撃の性質上、あちらは我々に接近せざるを得ない。しかしユエさん、念の為広域殲滅を」
「……ん!」
敵は二体で、香織の反響定位でも増援は無い。しかし、早く片付けるに越した事は無い。
ユエが広域殲滅魔法『アルマゲスト』を放つ。しかし、シュラーゲンは易々と範囲外へ逃れてしまった。が、
「証明終了です」
ハジメがゼロスケールの銃撃によって二体同時に仕留める。一度では動きを止めるだけで倒せなかったので数発一気に撃ち込んだ。
これで戦闘は終わったかのように思えたが、更なる不運がハジメ達を襲う。
「香織! 危ない!」
大質量の攻撃が香織と護衛隊を狙う。そして、香織は生来の優しさから護衛隊を庇った。その結果……
「そんな……そんな……」
歪に折れ曲がった香織の体躯。死人にしかない顔面の特徴。愛子の行動が発端で、生徒が死んだ。そして、クラスのアイドルのような存在であった香織の死は護衛隊にも響く。しかし、この世界はそんな生易しい終焉など与えない。
「っ!」
香織の身体が跳ねる。右眼の花が肥大し、鮮血と共に手が生えた。腰を抜かす愛子達の目の前で更に勢いを増す流血。それと共に這い出してきたのは血に塗れた香織。手足や胸元が機械で、どこか非人間的な動き。香織は一糸纏わぬ姿だが、情欲や共感性羞恥を感じる余裕は無い。
敵すら慄くその再生は、護衛隊達に耐えられるものでは無かった。
「い、い、ぎ、ぎゃあああああああ!!」
失神、発狂、阿鼻叫喚。地獄が顕現した。
何も語るまいさ。
備忘録
シュラーゲン:元ネタはありふれ原作のハジメの武器。
黒ノ哀悼:空母のようなアーティファクト。元ネタは死んだ蝶の葬儀
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する