かわいそうな者達   作:ががんぼがんもどき

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おこるな ?? がくるぞ
かなしむな ?? がちかづいてくるぞ



第1話

月明かりの無い暗い夜の森。大きな影が、震える小さな影を抱えながら囁く。

「もう全て忘れてしまっても構わん。 だからそんな顔をするな。」

 

 

「ああ……私……どこでまちがえちゃったのかな。」

小さな影は力なく呟く。

 

 

「お前が悪いんじゃない。 本当に悪いのは……いや……うむ。 だれでもないが、だが……ああ、それでも……本当ははじめからこうするより他無かったのか。」

大きな影は、大きな大きな決断をした。

 

 

だらりと小さな影の四肢が重力に従って垂れる。

 

月の光は無いはずなのに大きな影の目元に光が浮かんだ気がした。

 

 

────────────────────

もりのなか。

 

 

ここは 214番道路。 きりが ふかい。

 

 

すべきことが定まった今、ふとこんなことを思った。

世界で1番不幸せな生き物は何だろうか。

跳ねる以外にろくなことが出来ないコイキング?

イシツブテ合戦で子供たちに投げ飛ばされるイシツブテ?

それともこの俺自身?

 

 

ああ、今挙げた3つの中だったら、俺が一番幸せだろう。

だって、俺は自分からこのろくでもない不幸せを投げ出せるんだから。

 

 

コイキングもイシツブテも攻撃種族値より防御種族値の方が高いので、自分の力だけでは俺のようにぽっくりとはいけない。

俺は人間に生まれられて良かった。

手にしたひもを見ながらそのことを実感する。

 

 

さっきまで苦しかったが、最後に少しだけ幸せに思えた気がする。

この気持ちのままいこう。

首に縄をかけて、宙へ浮く。

自重がすべて首にかかり、縄が軋む。

苦しいけれど前よりは苦しくない。

 

 

目蓋を閉じる。 だんだん意識が遠くなる。

 

 

バキッ!

 

 

大きな音がして、俺は地面に尻もちをついた。

衝撃で目を開けると、俺の体重に耐えきれずに折れてしまった枝が足元に見える。

霧でよく見えなかったので、使う枝の太さを見誤ってしまったようだ。

 

 

最後の最後でまた間違えてしまった。

今度はちゃんとしたものを見繕おう。

そう思って立ち上がった。

 

 

「ねえ、君。 悲しそうだけどなにしてるの?」

 

 

背後から突然幼い子の声が聞こえた。

驚いて反射的にそちらを振り向くが、霧が濃いため何も見えない。

 

 

「な、なにって、ねえ。 ほら。」

まさかこんな場所で声をかけられるなどとは思ってもいなかったので言葉が出てこない。

そう、こんな森の奥で。

 

 

そこまで考えて、すうっと背筋に冷たいものが走る。

どうしてこんなに霧が深い森の奥で子供の声がするんだ?

幽霊か?

 

 

「手に持ってるの縄でしょ。 何に使うの?」

 

 

向こうはなおも話しかけてくる。

これは彼女の幽霊? 殺される? それなら本望だ。 恐れることは無い。

 

 

「これはあなぬけのヒモさ。 そんなふうに迎えにこなくてもいまに俺もこれでそっちに行くよ。」

 

 

「なんかよく分からないけど……それってつまり死のうとしてたの?」

 

 

少し冷静になって気づいたが彼女とは声も話し方も違う。

幽霊だとしたら俺とは関係の無い幽霊なのだろう

 

 

「そういうことだ。 手伝いなら歓迎するが、邪魔はしないでくれ。」

 

 

「そんな! 死ぬなんて駄目! 生きないと! 邪魔するよ。」

 

 

奇妙な幽霊だ。

他人の俺に生きて欲しいなどと善意の押し付け?

お前の善悪を他人に押し付けるんじゃない。

……すこし幸せだったのに嫌な記憶がまた心にのさばりはじめた。

 

 

「やめてくれ。 君に事情は分からないだろうが、俺はもうここに居てはいけないんだ。 本当に迷惑だからやめてくれ。」

 

 

「分かるよ。 今見せてもらったから。 辛かったよね。 私が絶対にあなたをしあわせにしてあげる。」

 

 

「何を言っているんだ? 君は何も知らないだろう。 嘘をつくな。 嘘は悪いことだぞ。」

ああ、またやってしまった。

全ての嘘が悪いわけじゃないし、俺が善悪をはかったりしちゃいけない。

 

 

「ほんとだよ! 私が見たことを見せてあげる。 そしたら納得してくれるでしょ。 ちょっとしんどいかもしれないけど我慢してね。」

 

 

その言葉を聞いた途端、頭が痛くなる。

頭に何かが流れ込んでくるみたいだ。

目の前がグラグラと、ぼんやりとしていく。 何もわからなくなった。

 

 

────────────────────

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ここはある学校の廊下。

 

 

今日は転校初日。

両親が仕事が忙しくなったと言って、俺を田舎の祖父母の家に預けたので転校することになった。

少し寂しいけれど仕事だから仕方ない。

俺の両親はとても誇らしい仕事をしている。

 

 

転入初日だ、しっかりしなくては。

背筋を伸ばす。

さあ、気持ちを切り替えて教室に入るとしよう。

 

 

ガラガラガラ。

すこし緊張しながら教室の手前の扉を横にスライドさせた。

 

 

「おい、宿題のプリントやってくるの忘れちまったんだ。 お前のやつよこせ。」

 

 

「え、で、でも。」

 

 

「いいから。 早く貸せ!」

 

 

背が高くガキ大将といった風貌の男子が気弱そうな女子の机の前でなにやら騒いでいる。

耳に入った単語からするに宿題関連のトラブルだろう。

ここは仲裁に入るべきだろう。

扉を閉めて、揉めている方に近づいていく。

 

 

「君、何をしているんだい。」

 

 

「あ? なんだ、お前見ない顔だな。」

男子がこっちを振り向いて言う。 女子の方は机に目を伏せたままだ。

 

 

「俺は今日ここに転校してきた。 マサヨシだ。 それで、君は何をしているんだ。」

 

 

「なんだ、新入りか。 俺はユウタっていうんだ。 新入りなら覚えときな。 こいつは良い奴だから俺たちの頼んだことをなんでも快く引き受けてくれるんだ。 でも頼む権利は俺様専用だからな。

お前は何か頼んだりするなよ。」

 

 

「快く? 今何やら揉めていたようだったが。」

 

 

「そんなことないよな? なあ?」

男子が女子に近づいて話しかける。

 

 

「え、あ、あ。」

 

 

「ほら、早く返事しろよ。」

 

 

「あ、うん。」

話を振られた女子が慌てて頷く。

なんだか疑わしい。

嫌々言わされているのではないだろうか。

 

 

「そうは見えないが本当か?」

 

 

「本当だよ! こいつが頷くとこお前も見ただろ!」

女子の頭を押さえつけながら誇らしげに男子が言う。

 

 

ああ、これは悪人だ。

悪人は正してやらねば。

 

 

「他人を脅して従わせるなど言語道断。 先生に言いつけさせてもらう。」

正さねばならないが俺にはまだその力はない。 父に言われたように、周りの大人に頼るべきだろう。

 

 

「へえ。 そうか。 言いたいならそうしなよ。 先生はそこに居るぜ。」

そう言って彼は教室の右前の方を指さす。

指の先には教卓と椅子があり、椅子には歳をとって腰が曲がった男の先生が座っている。

 

 

「先生、彼がやっていることは恐喝です。 止めてください。」

 

 

「何を言っているんだ。 普通の友達同士の会話じゃないか。 生徒の普通の生活を教師の僕が邪魔したりできないよ。」

 

?????

この先生は一体何を見ていたんだ?

 

 

困惑で固まっている俺にユウタが話しかけてくる。

 

 

「そうだ、新入りにもうひとつ教えといてやる。 俺の家は昔からここら一体で1番力があるんだ。 逆らったらどうなるかみんな知ってるぜ。 年寄りならなおさらな。」

 

 

改めて教室を見回してみると、他の生徒も皆我関せずといった様子である。

なんという事だ。

相手は先生以上に強い権力を持っている。

しかし、このような悪をのさばらさておく訳にはいかない。 今度は交番に連絡を……

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

 

「はい、チャイムが鳴ったので朝会を行います。 皆さん席に着いて。」

チャイムがなってしまっては仕方ない。

元々俺とユウタ以外は全員席に着いていて、今ユウタも席に向かっている。

早く俺も席に着かねば……そういえば転校初日だから俺の席はまだないんだった。

その場で突っ立っていると先生が話を続けた。

 

 

「今日は二学期の初日ですね。 一学期頑張った人も頑張れなかった人も気持ちを新たに、頑張っていきましょう。 それと、今学期からこのクラスに転校生が来ています。 自己紹介をどうぞ。」

 

 

正義(マサヨシ)だ。 よろしく。」

自己紹介をするよう言われたので黒板の方へ向かい、名前を書いてみせる。

 

 

「マサヨシ! おまえそんな字を書くのか。 名前の通りに正義馬鹿だな!」ユウタが野次を飛ばす。

 

 

「何を言う。 これは警察官である俺の親が付けた素晴らしい名前で……」

 

 

「はい、自己紹介ありがとう。 マサヨシくんの席は左後ろの席だから席に着いてね。」

担任に話を遮られた。

生徒を預かる立場でありながら悪を見過ごすこの男もまた悪であるといえるかもしれないが、一応は担任なので指示に従い、席へと向かう。

 

 

俺の席は左の最後列。

ユウタは真ん中の最前列。

先程の女子の席は右の最後列。

ユウタがまた何か揉め事を起こさないかは十分に監視できる。

良い席だ。

 

 

「ねえ、もう遅いかもしれないけどあの子に関わるのはやめときなよ。 」

席に着いた時に横に座っている男子がこっそりと話しかけてきた。

 

 

「忠告ありがとう。 たしかにユウタは俺が立ち向かって勝てる相手ではないようだ。 しかし何か方法はあるはずだ。 ところで今言ったあの子とはだれのことだ?」

 

 

「ルミちゃんだよ。 さっきユウタが話しかけてた女の子。 」

 

 

「ああ、あの子か。 君はあれを止めようと思わないのか。」

 

 

「そりゃ、何も思わないわけじゃないけど……でも、手を出したらどうなるか……それになにより俺も彼女ももう9歳だ。 あと1年で成人してこんな町ともおさらば出来るんだ。 それまでの辛抱さ。」

そう言ったきり彼は口を噤んだ。

 

 

なるほど。 彼の言うとおり自衛のためならばそれが正しいかもしれない。

しかし、それでは問題は解決しない。

悪人がこの街に居座ったままだ。

悪は正してやらねばならない。

 

 

「はい、夏休みの宿題のプリントを集めます。 後ろから前に回してきて。 あ、マサヨシくんは大丈夫だよ。 ひーふーみーよー……んー、忘れたのは1人か。 明日の1時間目までには出すように。」

 

 

授業中は案外ユウタは大人しくしていて、何も起き無いまま昼休みになった。

 

ユウタがルミの席の方に近づいていく。

「おい、ルミ。 食堂行っていつものやつ買ってこい。」

 

 

また悪事を働こうとしているのか。

前に座っている担任の老教師の方を見てみたが、やはり動こうとする気配はない。

俺が何とかしなくては。

 

 

「ユウタ。 君はまたそうやって他人に命令して従わせようとしているのか。 それは間違っている。 今すぐに辞めるべきだ。」

 

 

「あ? なんだ、お前またいちゃもんつけにきたのか?」

 

 

「いちゃもんなどではない。 先程君の親は地元の名士だと言っていたがそういう人の上に立つ立場のものであればなおさらそのような態度を取るべきではない。 他人のことも考えるんだ。」

 

 

「他人のことを考える? なんだよ……うるせえな。 邪魔するな。 お前の方もさっき親がケーサツだとか言ってたが、ケーサツだってなんだって俺の家の不利になるようなことはできないぞ。 あんまり調子に乗るなよ。」

 

邪魔が入ったことに苛立っているのかユウタはこちらを睨みつけている。

今にも殴りかかってきそうな勢いであり、あまり話を聞いているとは思えない。

 

 

「あ、あの。」

ずっと黙っていたルミが遠慮がちに話しかけてくる。

ユウタと話していても埒が明かないが、彼女なら話が通じるかもしれない。

 

 

「おい、お前は今は口を出すなよ。」

 

 

「君、一旦ここから離れて話をしよう。」

そう言ってさっと彼女の手を引いて教室の後ろの扉の方へ向かう。

手を引いた彼女の身体は驚く程に軽くて、引っ張ると直ぐにこっちに引き寄せることができた。

 

 

「あ、おい! まちやがれ!」

ユウタがワンテンポ遅れてこっちに向かってくる。

俺1人ならともかく彼女を連れていては逃げきれない。

これを使うとしよう。

 

 

廊下に出て直ぐに、ズボンのポケットから白い玉を取り出し、廊下に思い切りたたきつける。

もくもくと白煙が上がり、廊下は何も見えなくなった。

しかし、彼女の手は握ったままだから彼女とはぐれてはいない。

田舎の道は舗装されていないので、野生のポケモンが弁当の匂いに誘われて襲いかかってきたりして危ないから、と今朝祖母が持たせてくれたけむりだまが役に立った。

 

 

「おい! なんだこれ!」

姿は見えないが、煙の向こうでユウタの声が聞こえる。

 

 

「マサヨシくん! 何をやっているんですか! 職員室に来なさい!」

担任の声も聞こえてくる。

流石にこれだけの騒ぎを起こせば動くか。

 

 

「今のうちだ。 逃げるぞ。」

彼女の手を引いて走り出す。

来たばかりなのでここの学校の間取りはよくわかっていないが、正門のある方向なら分かっている。

そちらの方を目指そう。

 

 

ジリリリリリリリ!

廊下を走っている途中、煙によって火災報知器が誤作動して大きな音をあげた。

どたどたと複数人の大人の足音がした。

音を聞いた教師が集まってきたのだろう。

先を急ぐ。

 

 

なんとか誰とも出くわさずに正門まで出てくることが出来た。

ここは煙が晴れている。 息が苦しいがまだもう少し離れた方がいいだろう。

 

 

「はあ、はあっ。 もう少しだけ逃げたら、俺の家に向かって歩きながら話をしよう。」

俺がそう言うと、彼女は黙って頷いた。

 

 

学校が視界に入らないところまで来た。

ここまで来れば大丈夫だろうか。

学校で騒ぎを起こして、途中で抜け出してしまったのは悪いことだ。

あとで下されるであろう罰は甘んじて受け入れよう。

しかし、今はそうしてでもなさなければならない正義がある。

 

 

「ここまで来ればひとまず大丈夫だろう。 ルミさん、歩きながら君の話を聞かせてくれ。」

そう言って手を離し、彼女の方に向き直る。

 

 

ぐしゃり。

 

 

俺が手を離した途端に、彼女は膝から崩れ落ちてその場に座り込んでしまった。

 

 

「どうしたんだ? 大丈夫か?」

まさか彼女も学校を抜け出したことによる罪の意識に苛まれて……?

 

 

「あ、あし、いた、くて、あるけない。」

 

 

「なんだって!」

驚いて声を上げる。

怪我をしてしまったのか? どこで?

 

 

「あ、あ、ごめんなさい、ごめんなさい。」

俺の声に驚いたのか、彼女は頭を抱えてそう繰り返す。

 

 

「ああ、驚いてしまったか? すまない。 そんなにあやまるんじゃない。 どこかケガをしたか?」

包帯などは無いがキズぐすりなら持っている。

簡単な処置ならできるだろう。

 

 

「え、で、でも。」

手は頭からどけて、顔はこっちの方を向いたが、彼女はなかなか動こうとしない。

 

 

「どうしたんだ。」

 

 

「お、おと、うさんが、見せちゃだめって。」

 

 

見せてはいけないとはどういうことだ?

足下を見ると彼女は長い靴下を履いている。

足を出すのははしたないからやめなさいとかそういう話か?

 

 

「ああ、すまない。 そういうことならキズぐすりを渡そう。 俺はあっちの方を向いているから使い終わったら言ってくれ。」

そう言って彼女に傷薬を手渡す。

 

 

「あ、ぅ、うん。」

彼女はぶかぶかの長袖を着た手でそれを受け取る。

 

 

「おわったよ。」

3分ほどして彼女が言った。

キズぐすりを使うだけにしては長かったような気がするが、まあそういうものなのだろう。

 

 

「よし、それじゃあ歩くとしよう。 こっちの道だ。

それで、君はさっき教室で俺に何の話をしようとしていたんだ。」

 

 

そう言って俺は歩き出した。

彼女は少し足を引きずりながらついてくる。

キズぐすりを使ったとはいえ、ゆっくり歩いた方がいいだろう。

 

 

「しょくどう、いっていいか、き、ききたかったの。」

 

 

隣の席の人とユウタが言っていたように彼女は本当に指示に従順なようだ。

目を覚ましてやらなくては。

 

 

「君、そんな風にユウタの言ったことに従う必要は無いんだよ。 彼は横暴が過ぎる。 彼の指示に従い続けるのは君のためにも彼のためにもならない。」

 

 

「おーぼー?」

彼女は首を傾げている。

言葉の意味が分からなかったらしい。

 

 

「ふむ、そうだな。 簡単に言うと、ユウタは自分勝手で悪いやつだということだ。」

 

 

「そ、う。 ゆーたくんは、わるい、のね。」

 

 

「そうだ。 しかし、悪人であっても彼はまだ若い。 罰を受け、心を入れ替えれば善人になれるのだ。 彼が善人になるためには、君が彼を手伝うのをやめて、彼に自分の行いが間違っていることを自覚させてやらねばならない。」

 

 

「なんだか、まさよしくん、すご、いね。」

 

 

「俺自身はすごくもなんともない。 これは全部両親が教えてくれたことだ。 勧善懲悪。 善いものは褒め称え、悪いものは罰するんだ。」

少し誇らしい気分で言う。

 

 

「かんぜん、ちょーあく、かんぜん、ちょーあく。」

 

 

ゆっくりと彼女は繰り返す。

分かってくれただろうか。

 

 

話しているうちに、前方に俺の祖父母の家が見えてきた。 家に着いてからもうすこしゆっくり正義について教授するとしよう。

 

 

「あ、いたぞ! 捕まえろ!」

そう叫ぶ声がしたかと思うと、後ろの方から屈強な3人の男がこちらに向かって走ってきた。

捜索に来た先生たちに見つかってしまったようだ。

けむりだまはまだあるが、彼女は怪我をしているようだからこれ以上走らせるのは良くないだろう。

一応伝えたいことは伝えられたので今日はこれでよしとしておこう。

その場に立ちどまり大人しく捕まる。

 

 

「何考えてるんだ! 職員室行くぞ!」

 

 

俺は学校まで連れ帰られその日は夕方まで絞られた。

彼女は俺が無理やり連れ出したから悪くないと言ったら彼女は別室に連れていかれた。

途中なんだか外が騒がしかったような気がするが、俺が帰る時には先生が学校中の消灯と施錠の点検をしていたし、俺より先に帰れたのだろう。

 

 

祖母は保護者として呼び出されたが、先生からの説教が終わったあとにこれは正義のためなのだと説明すると、親子揃って……と呆れたような声を出してそれ以上は何も言わなかった。

祖母に連れられて家に帰り、夕食を食べた後、風呂に入りながら考える。

 

 

明日は何とかしてユウタを説得しなくては。

今日の彼は俺が彼の行動を邪魔したことに腹を立てて話を聞こうとしていなかったように思える。

彼がルミに対してなにかしていない時、たとえば登校時なら話を聞いてくれるのではないだろうか。

 

 

風呂から上がると、祖父がリビングで暇そうにテレビを見ていたので話しかける。

 

 

「俺のクラスにユウタという子がいるんだが、彼の家がどこか知らないか?」

彼は自分の家は地元で大きな影響力を持っているのだと言っていたし、ここに長く住んでいる祖父なら知っているだろう。

 

「ユウタ、ああ、庄屋の家の坊か。 それならあれだ。 学校の裏手の方にでかい屋敷があるだろう。 あれがそうだ。 あの学校の校舎だって主にあそこが資金を援助して建てたんだ。」

 

 

裏手の方は行っていないので分からないが、大きい屋敷であれば分かるだろう。 明日は早起きして家の前で待つとしよう。

今日は早く寝よう。

 

 

翌日の朝。

俺は大きな屋敷の門の横で座っていた。

祖父が言っていた通り大きな屋敷だ。

学校よりも大きいのではないだろうか。

塀が高く、門の中の様子は見えない。

 

 

1時間半ほど前から待ち続けて、今は始業45分前。

夏であってもさすがに太陽が出てばかりの早朝は寒いな。

まだもうすこし待つ必要があるだろうか。

 

 

ギィィィ。

 

 

重そうな音を立てて門が開いた。

カバンを背負った少年が出てくる。

 

 

「やあ、ユウタ、おはよう。 少し話がしたいんだ。」

出てきたユウタの肩をつかみ、話しかける。

 

 

「あ、お前の方から来たのか、丁度良い。 俺もお前に話があるんだ。」

おや? むこうも話をしようとしてくるとは想定外だが好都合だ。

 

 

ユウタは門を閉めてから話しはじめる。

「なあ、お前昨日ルミと学校飛び出して何してたんだ? お前を追いかけようとしたら先生に取り押さえられたし、放課後に学校に戻ってきて聞いても誰も教えてくれないしよ。」

 

 

「俺はただ彼女に正しい道を教えていたんだ。 君の言うことに従うのは良くないことだ、と。 可哀想に、僕と君が揉めていた最中でも彼女は君の言いつけ通りに食堂に行かなくてはと言っていたぞ。 あんなに従順になるまで彼女を脅していいように使うなんて……」

 

 

「おい、お前、なんか間違えてないか?」

ユウタが話を遮ってくる。

 

 

「む? 間違いとはなんだ。」

 

 

「ルミが食堂に行こうとしてた理由は腹が減ってたからだぞ。」

 

 

「は?」

 

 

ああ、そういえば昨日は正義を貫くことに集中していて、空腹をわすれていた。 俺も彼女も昼ご飯を食べていなかったな。

いや、だがそういう問題か?

 

 

「ルミは弁当持ってこれないからな……あんな家だし。」

 

 

?????

なんのはなしをしているんだ?

 

 

「その顔……お前、あれだけ正義正義言ってたのに分かってねえのか。 ……ルミは親にいじめられてんだよ。」

 

 

「っ! それはどういう……」

反射的にどういう意味だ、と聞きかけて言葉につまる。 聞き返すまでもない。 ユウタはルミが親に虐待されていると言っているのだ。

 

 

「普通に考えたら分かるだろ。 あいつ、真夏なのに長袖着てやがる。 袖の下は確実に包帯と絆創膏まみれだぜ。 それに痩せてるから服もあんなにぶかぶかだ。 あと、あいつ上手く喋れないだろ。 家でどんな酷いことされてるのか知らねえが、いっつも怯えてやがる。 言うことに素直に従うのもそうした方が安全だって分かってるからだ。 みんなおかしいって気づいてるよ。」

 

 

言われてみればそうである。

生まれつき吃音症の人間もいるのでそういうものだろうと思って、話す時につっかえるのはあまり気にしていなかった。

昨日彼女の手を引いた時に彼女の身体がびっくりするほど軽かったのも、女子はそういうものなのかと思っていたが……

 

 

「……そう、だな。 気づいていなかったのは僕の落ち度だ。 しかし、気づいているならどうして君はさらに彼女を追い込むようなことをする? 君が悪であることは変わらないぞ。」

 

 

「昨日からそうやって俺の事を悪く言うがよ、俺はルミをいじめたりなんかしてないぜ。」

 

 

なんだって?

「し、しかし君は昨日彼女に宿題を渡すよう強要していたし、彼女をパシリにしようとしてたじゃないか。」

 

 

「ちげーよ。 朝のやつはルミが「夏のたのしかった思い出」がテーマの絵日記の宿題終わらせてるはずないから俺が代わりにやってやろうとしただけだし、食堂に行かせようとしたのは金を渡して昼を食べさせるためだ。 いつものやつ買ってこいっていうのは俺の分を買ってこいって意味じゃねえ。」

 

 

言葉遣いに乱暴なところはあったが、完全な善意での行動だったということか?

「なんてことだ……そうか……勘違いで君のことを糾弾したりしてすまない。 罰はなんでも受け入れる。」

 

 

「ああ、まあ、わりとムカついたから1発いかせてもらうぜ。」

 

 

ごつん。

 

 

鈍い音がした。

この痛みは過ちに対する戒めだ。

忘れてはいけない痛みだ。

頬は痛むが、ここで終わってはいけない。

間違ったままではいられない。

 

 

「俺が本当に解決しなくてはならないのは彼女の親の問題のようだ。 もう少し教えてくれ。 なぜ、君以外の人間は彼女を助けようとしないんだ?」

 

 

「それは、ルミの家の親父がうちの家の親父とズブズブで……こっからの話はまた学校に着いてからにしてくれ。 誰も聞いちゃいないだろうが、あんまり家の近くで話したくない。」

 

 

ユウタが話を途中で切って辺りを見回す。

ズブズブという単語から察するに贈賄などの良くない類の話なのだろう。

 

 

「ああ、わかった。 それなら今から学校に向かうとしよう。」

 

 

2人で横に並んで歩きながら学校へ向かう。

 

 

少し歩いたところで1つ聞きたいことが思い浮かんだ。

立ち止まって尋ねてみる。

「そういえば、さっきの質問とは逆に、なぜ君は彼女を助けようとしているんだい?」

 

 

ユウタも立ち止まって返事をする。

「なんでってそりゃ……さっき言った通り今はあんまり詳しく言えねえがルミがこんな状況になってるのは俺の家にも悪い所があるしよ……来年成人して学校を卒業したら、俺はあいつを連れてこの街から、この家から抜け出すんだ。 ……秘密だから誰にもバラすなよ。 抜け出すその日までは、この町のお山の大将でまさか出ていくはずがないと思われてなきゃだからな。」

 

 

そんなことまで考えていたのか。

「2人で抜け出す、か。 さながら駆け落ちだな。 なんだ、君は彼女のことが……」

 

 

「おい、お前! ルミのことには鈍かったくせになんでこっちは……って、そんなんじゃねえよ! もう今のは秘密だから忘れろ!」

必死に弁明するユウタの顔がどんどん赤くなっていく。 そうだったのか。 彼女の手を握ってを連れ出すなど昨日は本当に悪いことをしてしまったな。

 

 

ジュッ。

「あっつ!」

 

 

なにか焼けるような音がしたと同時にユウタが突然体制を崩し、前に1歩よろめいた。

よろめいたユウタは、トラクターによってできたのだろう轍に足を取られた。

完全にバランスを崩したユウタは右前のほうにつんのめって、上半身から倒れこんでいく。

一瞬の出来事であった。

 

 

ドン、ドン、ドシャッ。

鈍い音と共にユウタの身体が道路脇の用水路に吸い込まれていく。

 

 

「かん、ぜん、ちょーあく。」

後ろから囁くような声が聞こえた。

声の方を振り向くと、ユウタが立っていたところの真後ろに、幽鬼のように真っ白な顔で彼女が、ルミが佇んでいた。

 

 

なんだ? ユウタの言った「あっつ!」という言葉とジュッという音は何だったんだ? それになぜ今彼女がここに?

疑問が頭の中に沢山浮かぶ。

 

 

いや、いまはそれよりユウタの様子を確認しなくては。

ユウタが落ちた用水路は道の右側にあり、今俺が立っている道の左側からは底が見えない。

かなり深い水路だろう。

それに、ドサッと言う音が何回かしたから落ちる途中で身体を色々なところにぶつけていそうだ。

急いで水路の方にに近づき、水路をのぞき込む。

 

 

深い水路の底でユウタは仰向けに転がっている。

夏の強い日差しですっかり干上がってしまったのだろう。

水路には水が流れていない。

代わりに、ユウタの頭のあたりから赤い血がどくどくと流れていっている。

頭を打ったようだ。

 

 

「お、おい! ユウタ! 大丈夫か! 返事をしろ!」

 

 

へんじがない……ただのしかばね……ではないと信じたい。

まさかただ転けただけで……

そう思いたいのに、血はどんどん勢いよく流れていく。

 

 

「かん、ぜん、ちょーあく。 あ、あた、しのばつで、ゆうたくんは、いい、ひとに、なれた?」

後ろからまた彼女の声がしたので振り向いてみると、手を後ろに組んで首を傾げながら彼女が俺の顔を覗き込んでいた。

 

 

「は?、い、いや、ほら、ユウタは怪我をしているようだ。」

ユウタが血を流しているので半ばパニック状態に陥ってしまって、途切れ途切れの彼女の言葉の意味がわからない。

ユウタという単語だけに反応して返事をする。

 

 

「け、けが、したの?」

彼女が水路をのぞき込んで言う。

 

 

「あ、ああ。 血が出ている。」

 

 

「あた、しの、ばつ、のせい?」

そう言って彼女は後ろで組んでいた手を前に持ってきて、手をこちらに見せてきた。

彼女は右手にミトンのようなものをはめて、真っ赤な玉を掴んでいる。

教科書で見た事がある気がする。 たしか、かえんだま?

触ると熱を出す玉だったはずだ。

しかし、かえんだまはそこら辺のショップで売っているようなものではない。

何故こんなものをもっている?

 

 

「なんだ? どういうことだ? それは火炎玉か?」

 

 

「そ、う。 おとうさんは、しか、るとき、いつ、も、、こ、これ、でばつ、を、するの。 だ、だから、あた、しも、わるい、ゆうたくん、に、したの。 かんぜん、ちょーあく。」

 

 

おとうさん、これ、ばつ、ゆうた、かんぜん、ちょーあく。

未だパニックでまとまらない頭の中で聞き取ることが出来た単語たちを理解しようとする。

お父さん、これ、罰、ユウタ、勧善懲悪。

これと言うのは今彼女が手に持っているかえんだまのことだ。

だとすればお父さん、これ、罰とはさっきユウタに聞いた虐待の話だろうか。

罰、勧善懲悪の括りでみれば、昨日俺が彼女に教えたことだ。

バラバラに聞こえていた言葉が繋がっていく

繋がってしまった。

いや、まさか、そんなはずが。

 

 

「さっき、君はユウタにそれを使ったのかい?」

 

 

「そ、う。」

 

 

彼女の言っていることが完全に呑みこめた。

彼女は昨日俺が教えた勧善懲悪の考えに従って"悪人”のユウタに罰を下したと言っているのだ。

だって”彼女は人の言うことになんでも従う”のだから。

それがたとえ間違った指示であっても。

そして、罰の内容というのは彼女が普段親に罰と称してやられている火炎玉を肌に押し付けるというものなのだ。

 

 

「あ、ああ……なんてことだ。 最悪だ。」

頭を抱える。

 

 

「さい、あく? わ、わるい? あ、たし、わるい、?」

 

 

「ああ……いや……。」

悪いのは君じゃない。 本当に悪いのは……

 

 

「かん、ぜん、ちょーあく。」

 

 

ジュッ。

また何かが焦げる音がした。

慌てて顔をあげると、彼女が自身の左の二の腕に火炎玉を押し付けていた。

 

 

ボッ。

火炎玉の火が彼女の長袖に引火した。

一瞬で左腕全体が炎に包まれる。

 

 

「あ、あつ。」

そう言って彼女は火炎玉を手放した。

 

 

「な、なにをしてるんだ! やめろ!」

早く消火しなくては。

水、水は……干上がっていたんだった。

どうすればいい?

何をすればいいか分からず、炎の熱量と猛々しさに気圧されてその場に座り込んでしまう。

 

 

見ているうちにどんどん炎は大きくなっていく。

左腕から燃え広がり、上半身全体が炎に包まれる。

彼女が何か言っているようだがよく聞こえない。 聞きたくない。

上半身から燃え広がり、全身が炎に包まれる。

肉が焦げる嫌な匂いが辺りにたちこめていく。

 

 

全身が……見ていられない。

恐ろしくなって俺はその場から駆け出した。

 

 

タッ、タッ、タッ、タッ。

「あた、し、わるい?」

後ろから彼女の声が聞こえた気がした。

いや、君は悪くなんか……。

 

 

タッ、タッ、タッ、タッ。

「お前、なんか間違えてないか?」

彼の声も聞こえた気がした。

そうだ。 俺は全部間違えてたんだ。

 

 

「はあ、はあ。」

どこをどう走ったのか分からないが、もう走れない。

立ち止まるとそこは知らない森だった。

辺りは霧が深く、しんと静まり返っている。

 

 

静かな場所で一人でいると、さっきあったことの重大さが実感されてきた。

俺のせいで、人が死んだのだ。

 

 

俺が正しいと思ってやったことは全て間違っていた。

このままでは偉大なる両親に顔向けができない。

今からでもどうにかしてこの罪を償わねば。

 

 

思い出せる限りで刑法を思い出してみる。

俺に見合った罰とはなんだろうか。

 

 

……考えて見て思ったが、俺の罪状は何になるんだ?

直接的に人を殺めたわけではない。

彼女に対する犯罪教唆?

しかし、俺は彼女にあんなことをするよう勧めたわけではない。

過失による教唆であれば、刑罰は課されない。

 

 

とすれば、出頭したところで俺に課される罰は無い?

なんと呪われたことだ、どうにかして償わなくてはいけないのに償う方法がない。

絶望的な気分になる。

 

 

宿題を忘れてしまったら、成績が下がる。

人のものを盗んだら、どろぼう。

罪を犯した人間は罰されなくてはいけない。

俺が無罪でいいはずがないのだ。

 

 

だから、どうやっても罰することが出来ないのなら俺は……ここにいてはいけない。

 

 

そうと決まればやることは1つだ。

カバンを探り、あなぬけのひもをとりだし、片方の端に輪っかをつくった。

霧で見えにくい中、よじ登れそうな木を探し、よじ登って枝にひもを括り付ける。

これでいいだろう。

 

 

────────────────────

 

 

「これでわかってもらえた?」

 

 

幼い声がして、現実に引き戻される。

相手の姿は未だに見えないままだ。

「君は、一体……」

 

 

どんな方法を使ったのか全く分からないが、今頭の中に流れていた映像は確かに俺の体験したことだ。

 

 

「私は……カミサマかな。 私のことはどうでもいいから、今はしあわせになろ? 」

 

 

「しあわせとはどういうことだ?」

 

 

「私はね、君のその嫌な記憶全部忘れさせてあげられるの。 だから私に任せて!」

 

 

忘れる? とんでもない。 犯した罪を忘れたまま生きるなんて……

 

 

「1、2の……ポカン!」

 

 

そんな声がしたと思ったら目の前に黄色いモノが浮かんでいた。

俺の記憶はそれきり終わった。

 

 

めのまえが、まっくらになった。

 

 

 

 




全2話で完結予定
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