いつの間にかギンガ団幹部『ヴィーナス』にされた男の話   作:Mamama

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ベツレヘムの星Ⅲ

 昔、ずっと昔の話だ。

かつての天災は大いなる神々が生み出した災禍であると信じられてきた。

ヒトが今よりも幼く、また信心深い時代の話。

そこには確かな畏敬と信仰心があったことは間違いない。

 

しかし残念なことに今は違う。

科学技術の発達により、ヒトは神に祈らずとも自衛する技術を身に着けた。

科学技術の発展により、天災が起こるメカニズムを突き止めた。

だから、神話に成り下がった。

ずっと昔、人々が信仰していた神聖なものは残骸になった。

 

街行く人々にシンオウ神話について尋ねたところで曖昧な返答しか得られないだろう。

求心力が無くなった、と言ってもいい。

今のヒトはそのようなものに頼らずとも生きていける術を身に着けることが出来たのだから。

だから、神話とは最早古典以上の価値を持たなくなったのだ。

それが良いことか悪いことかなんてのは俺には分からないし、論じるべきではないと思う。

 

更に言うと神話とは劣化していくものである。

こんなものは神話に限らず、古いモノは大体そうなのだが要する伝言ゲームだ。

時間が経つごとに劣化し、変質していく。そして、やがて語られることすらなくなる。

宗教やら戦争やら政治やら、そういった本質とは離れた部分で劣化していくこともあって。

要するに神話なんてものは非常に繊細な代物だ、ということ。

 

そして、俺のような考古学者が神話を語る上で前提としなければならないことがある。

神話とは、所詮神話であるということだ。

これは先ほど述べたような信仰云々の話ではなく、もっと現実に即した面の話だ。

神話とは語り手がいて―――結局のところ、どこまでいっても語り手の主観でしかないということだ。

ヒトの行いに激怒した神が災禍を齎したとか語っておいて実際のところはムシの居所が悪かっただけとか、スゲー災禍を引き起こした神が実はショボくて誇張されていたとか、大いなる災いの捌け口に都合の良い存在を作り出したとか、そんなことは往々にしてあることで、正直な話俺はヒードランの存在をそんなものだと思っていた。

 

ヒードランは火山を司る神であるという。目覚める時、火山の噴火を引き起こすと信じられてきた神だ。俺が死ぬ気で探してもその程度の記述しか見つからず、後は『十字のツメを食いこませて壁や天井を這い回っていた』なんて文章が散見される程度だ。

火山の噴火なんてのは数百年単位のスパンで起こされるものであり、伝承が断絶しかけているということもあるだろう。そりゃ伝言ゲームの内容も忘れてしまうというものだ。

後は火山を噴火させるなんていう物騒な話を時の権力者が揉み消したかったとか、そもそもがマイナーな神なんだとか、神にしては力が無かったとかヒードランの伝承が少ない理由はいくらでも考えられる。

いずれにせよ、伝承が少ないというのには明確な理由があり、それらは間違ってもヒードランという存在の力が大きかったせいではなく、考えられるとしたらその逆だということだ。

 

だからまあ、俺も油断していた。

そもそも本当にそんなポケモンがいるのかよ、マグカルゴの亜種じゃねえかなとか思っていた俺は現物を目の当たりにしてすぐさま手のひら返しをすることになる。

非情にマイナーとはいえ現代にも謳われる神相手に油断していた俺が間抜けだった。

 

何度死線を潜ったか分からないほどの激闘の末にハイパーボールに納まったヒードラン。

それを見て、俺はまだ信じられない気持ちでいた。

 

「―――ほぉ、首尾よく手に入れたようじゃな」

 

 地面に転がったボールに手を付けることさえ出来ない俺の背後から爺さんがニヤニヤ笑いながら出てくる。トレーナーでもない爺さんは当然のように離れた場所で待機しており、時折適当な応援をするだけの存在だった。

なんか相手の動きを阻害する電磁パルス発生装置とか色んなブツを用意してくれたのだが、果たしてそんなものにどれほどの意味があったのか分からない。

 

何が首尾よくだと文句を言いたくなるが、爺さんの呑気な声を聞いて集中力が途切れた俺は仰向けに倒れ込んだ。

 

「……爺さん、俺生きてる?」

「酷い顔だが辛うじての。いや、それは元からか」

「今の俺に突っ込みを要求すんな。……火山の影響は?」

「計測器に問題ないの。というか、貴様はまだそんな非科学的な事を信じておったのか」

 

 呆れたような爺さんだが俺としては真っ先に気にすべき懸念事項だ。

 

「それで、どうじゃ。伝説のポケモンを手に入れた気分は?」

 

 伝説。そ俺は伝説のポケモンを手に入れたのか。よろめきながら立ち上がってヒードランが入ったハイパーボールをポケットに納める。

未だに心臓の鼓動が煩い。先ほどの緊張感は未だに継続中だが、胸を抑えるとそれも若干治まってくる。

後に残るものはなんだろうか。高揚感? 全能感?

……違うな。そのどれでも無い。

 

「悲しい? いや……切ない? 苦しい気分だ」

「何故そんな感想が出てくるのか甚だ疑問じゃな。仮にも神の一角を相手取った貴様の雄姿はトレーナーでない儂ですら心が躍ったものじゃがな」

「そんなのはどうでも良いのさ。なぁ、爺さん。俺が今やってることってアカギと同じだよな」

 

 俺の問いに爺さんは邪悪な笑みを浮かべて頷いた。

 

「そうだとも。貴様は個人の目的の為、神話を暴いて神をその手中に収めた。じゃが、それも貴様が望んだことじゃろう? 儂の責任にされても困る。それに今更というものじゃ」

 

 今更。そう、今更だ。アカギを裏切って、ついでとばかりにシロナも裏切った蝙蝠野郎にもなれないのが今の俺だ。

 

「……そういう意味じゃねえよ、ただの確認」

「ふん。まあ良いがの。それで、アカギに勝つ算段はつきそうかの?」

「分かるかよ、そんなもん。出たとこ勝負に決まってんだろ。……ああ、そうだ。ちゃんと間に合ったのか?」

 

 パルキアの能力も良く分かっていないのに算段なんてつくはずがない。これで最悪の場合はシロナにも喧嘩を売る必要があると考えるといかにヒードランが強力なポケモンとはいえキツイものがある。

そもそも勝負の土俵に立てるのか、という時間の問題があった。

ヒードランを手に入れるのには相当な苦労を強いられた。先ほどの戦闘だけの話ではなく、ヒードランに遭うための過程の話だ。文献を漁り、爺さんの怪しげな伝手を使って捕獲に踏み込んだ時には俺がシロナの元から行方を眩ませて結構な時間が経過していた。

 

「ギリギリセーフというところじゃの。数日間、身体を休ませる程度の猶予は残されておる」

 

 ギンガ団を抜けた爺さんだが、未だに数人の団員と繋がりがあるという。

とはいっても末端の下っ端なのだが、目安くらいにはある。

 

「シロナ達は?」

「動いておるのぉ。ワラワラと一か所に集結しつつあるわい」

 

 やりのはしら。アカギが選んだ、実験の最終地点がそこだった。

俺と爺さんも身体を休ませたらそこに急行する。そこにはアカギは勿論、シロナも出張ってくるだろう。

 

「……シロナ、会いたくねえな」

「何をそんな弱気でおるか。貴様は既にアカギにもチャンピオンにも喧嘩を売ったも同然じゃろ。両方裏切るハメになったのは貴様の優柔不断が招いたこと」

「爺さん、アンタだって俺を煽っただろうが」

「煽ったのぉ。それに乗っかったのは貴様じゃろうて。儂は何一つとして貴様に強要も強制もしておらん」

「分かってる。言っただけだ」

 

 爺さんの言っていることは正しい。俺も反論しなかった。しかしそれはそれとして感情の部分では思うこともある。

 

「……爺さん、アンタは良いのかよ。俺は最悪の場合アカギと心中するつもりで行くけどさ、アンタは違うだろ?」

 

 世界とか、救ってみたくない? 爺さんのあの言葉が真実であるはずがない。この爺さんは即物的で、ただの拝金主義者だ。

 

「儂は勝算がある勝負しかせんぞ。勝てばどうにでもなる戦いじゃし、もっといえば今のこの構図だけで金儲けの算段がいくらでも湧いてくるしのぉ。儂は儂の為に貴様を利用だけじゃ、気にする必要はない」

「……そうかい」

 

 ムカつく話ではあるが、この爺さんが清々しいほどの業突く張りであるだけでなんとなく救われている自分がいることに気付く。

 

「寧ろ儂は貴様が理解出来んの。いや、焚きつけたのは儂じゃし都合良く動いてくれるのは助かるが―――貴様は本当にこれで良いのか?」

 

 その言葉は本当に意外なもので、俺はつい爺さんの顔を見てしまった。

俺を案じるなど、また何か俺の弱みに付け込んでくるつもりかと勘繰ってしまいそうになる。

 

「認知症でも始まったか? 爺さん、俺はアンタの身内じゃねえぞ」

「儂のような感受性豊かな老人は若人の自己犠牲が痛々しいのよ」

「良く言うぜ……まぁ、別に良くはねえよ」

 

 掛け値なしの本音だ。俺はこんな風になりたかったワケじゃない。

考古学に精を出して、アカギやシロナと時々酒飲むくらいで十分だったんだ。

本当に、俺は自分が今なんでこんなことやっているのか良く分からない。

俺が今どんな扱いになっているのか分からないが―――疑いを掛けられて半ば監視されていたところから逃亡して元ギンガ団幹部と行動を共にしていることから、碌なもんじゃないだろう。

俺の手配書がポケモンセンターの壁にでも掲載されている可能性すらある。

 

「でも俺がもっとアカギのこと見てれば、アカギだってこんなワケ分からんことをしでかさなかったと思うんだよ」

「責任を感じている、ということかの?」

「それもあるなぁ。あるけど、多分もっと独善的だろ。俺の我儘が多分に入ってるわけだし。後はまぁ、しょうがないなって感じか」

「しょうがない?」

「おう。アカギとは腐れ縁だからな。親友が馬鹿やらかした時には一緒に頭下げてやらんとな」

 

 俺のの言葉を聞いて爺さんは慄くように一歩後ずさりした。

 

「……もしや貴様、男色の気が?」

「おい、俺をホモ扱いすんじゃねえよ。アカギが巨乳美女だったらもっとやる気だしてるっての」

「それもそれで気持ち悪いんじゃが……」

「悪い。俺も言ってて気分悪くなってきたわ……」

 

 嫌な妄想が頭に流れ込んできて俺は一旦脳内イメージをシャットアウトさせた。

 

「……取り敢えず山降りない? 腹減ったし、こんな岩じゃなくてまともに寝れる場所が欲しい」

「そうじゃの。儂のような文化人がいるには野蛮な場所じゃ。儂の伝手で犯罪者御用達の宿を用意しておる」

「俺が犯罪者みたいな言い方は止めて欲しいんだけど」

「似たようなもんじゃろ」

 

話を変えながらも思う。

……真面目な話、俺の人生においてアカギという存在は大きいものだ。

アカギと比肩するようなキャラの濃さで言うとシロナくらいしかいない。というかその二人の存在感があまりにもデカすぎて他が霞んでしまっているのだ。

俺の構成する要素にアカギというものが大きいことは否定出来ないし、アカギという存在があったからこそ意地を張ってやってこれたという自覚がある。

余りにも天才過ぎて、俺じゃ背中を追いかけることしか出来なかったけど。

遠くとはいえどその背中をずっと見てきたから。

 

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