いつの間にかギンガ団幹部『ヴィーナス』にされた男の話 作:Mamama
偶に誤解されるのだが俺は馬鹿ではない。ポケモンスクールを次席で卒業してタマムシ大学に留学した経歴からも、それなりのエリートといえるだろう。
しかし残念ながら俺は同世代の中じゃ優秀な方、というレベルの秀才に留まる。
なんたってアカギとかいうチート野郎を間近で見てきたんだ。その事実を受け入れきれないほど子供じゃない。
そう、アカギだ。
俺はアカギの事を常々天才だと思っていた。アイツが尋常ならざる努力家であることを差し引いても異常なほどの頭脳の持ち主であることはとっくの昔に理解していた。
……いや、理解していたつもりだったのだ。
アカギとの付き合いも結構長いが、俺はそんな自分の認識がいかに浅いものであったのかいまここになって思い知らされた。
「よ、久しぶりだな」
「……ああ」
仕事終わり、夜のレストランで俺はアカギと再会した。
時々思い出したように連絡を取り合っていたのだが、実際に会うのは数年ぶりだ。
アカギの強面はこの数年間で更に磨きをかけたようで、気弱なヤツなら眼光で気絶くらいはさせられそうだ。耐性がある俺も久方ぶりの三白眼の眼力でビビってしまったくらいだから、その破壊力の凄まじさが分かるだろう。
俺とアカギは近況報告を行った。べらぼうに美味い料理に舌鼓を打ちながらも最初は良い時間を送れたのだ。しかし、ある時を境に空気が変わる。
「実は、お前に話がある」
重苦しくなりつつある空気の中でアカギは静かにそう切り出した。
「お、おう」
「……少し、長くなるが。私は起業して軌道に乗り始めているが、金儲けの為に会社を立ち上げたわけではない」
「あー。まぁ、お前はそういうのにそもそも執着するタイプでもないしな」
俺にとってアカギが起業するというのはそこまで意外でもなかった。アカギは誰かに粛々と従うタマじゃない。また合理性を重視するアカギにとっちゃ自分より劣った存在が上にいるという待遇は苦痛だろう。普通の野心を持った人間なら上を目指すという上昇志向になるだろうが、そもそもアカギはそういった煩雑な人間関係を嫌う傾向にある。
故に、自分にとってストレスの少ない居場所を自分で作った。
起業とは金儲けの手段ではなく、居場所を作るため。そう言われてみるとしっくりくる。
「居場所、か。そういった要素がないと言えば嘘になる。だが、拝金主義者ではないが私は金の力を認めている。今や人間は経済的動物。切り離すことは出来ないだろう」
「確かに。でもお前のことだからなんか理由があるんだろ?」
まさか老後の蓄えじゃあるまい。いや、本当に老後の蓄えだったら笑えるから俺としてはそれでも良いんだが。
「ああ。研究資金だ」
「研究資金? それこそどっかの研究室にでも潜り込めば良かったんじゃねえの? お前だったらいくらでも……」
「程度が低い」
俺達が留学したタマムシ大学は名門なのだが、アカギはばっさりと切り捨てた。
しかし、アカギらしい物言いでもある。実際、アカギにとっては教授陣といったエリート連中も軒並みカボチャみたいなものだったんだろう。
アカギの立場からすれば誰かの下に着いて研究する意味がない。自身が誰よりも有能だと知っているからだ。
「なーるほど。理解した。で、研究って何やってるんだ。確か大学での専攻は遺伝子情報学だっただろ」
アカギも俺もシンオウ地方の歴史について学んでいたが、アプローチの仕方が違う。俺は考古学的立場から、アカギは科学的立場からだ。
「それだ。私は研究を重ね、ついに到達するべき世界の手がかりを掴んだ」
いつもの三割増し悪人面になったアカギはワインを片手に朗々と語りだす。
その内容はアカギという存在に耐性のある俺ですら眩暈を感じるほどのブッ飛んだ内容だ。
「―――という結論に私は辿り着いた」
「お、おう。成程。ある程度は分かった。でもさ、お前本気か?」
アカギにとっては筋道を立てて理論的に話をしただろうが、アカギの口から飛び出るあまりにも高度な内容に頭の中で整理が必要なほどだった。仮にも考古学者の端くれであり、科学技術にもある程度知識がある俺ですら完全に理解出来ていないのだ。基礎知識のない一般人が聞こうものなら一割も理解出来ないだろう。アカギの話はともすれば狂人の戯言として捉えられてもおかしくない。
噛み砕いて言ってしまうとアカギはシンオウ地方の神話に謳われるポケモン、パルキアの存在を科学的立場から立証したのだという。
ここまでは良い。いや、この話が本当だとしたら教科書の内容が変わるくらいのとんでもないニュースなのだが、この際それは良いものだとして置いておく。
問題は次だ。
「―――空間を司るパルキアの力を使いたいなんて」
アカギの思考回路が複雑怪奇かつ奇天烈でぶっ飛んでいることなんていうのは今更だ。その余りにも柔軟な発想を持って学生時代の頃からコイツは学会で注目を集める存在だったのだから。
天才と馬鹿は紙一重と良く言うが、アカギを間近に見てきた俺から言わせると天才と紙一重なのは狂人だ。
しかし、それにしたって今回の話はあまりにもぶっ飛び過ぎている。
パルキアは空間を司る神だ。パルキアの件はアカギの中では既に立証出来たものとして考えているようで、その中には『パルキアというポケモンは空間の狭間に棲んでいる』ことも含まれている。
そこでアカギが考えたのは、パルキアの力を借りて俺達が存在する世界とは異なる別空間別次元の世界を求めることだった。
一体日頃から何を食えばこんなアクロバティックに思考を飛ばせるのか。
「基本的には栄養機能補助食品を摂取している。足りない栄養素はサプリメントで補っているが」
「律儀に答えんな。つーかお前まだそんな食生活してんのかよ。だから頬がこけるんだぞ。……その話はいいとして、お前は別次元の世界を見つけてどうするつもりなんだよ」
「私が求める完璧な世界を見つける」
「完璧な世界つったてなぁ。無かったらどうすんだ?」
「私が創造する。パルキアの力があれば可能なはずだ」
ヤバいクスリでもキメてんのか、という台詞は咄嗟に飲み込んで、俺は穴が空くほどアカギの目を見つめた。
「……冗談で言ってるわけじゃないな」
「無論、本気だとも。私が冗談を言ったことがあるか?」
「……そうか」
色々と突っ込みたいことはあるのだ。例え存在が確立されたとして、どのようにして接触するのか。仮に接触出来たとして、どうやってパルキアに言う事を利かせるのか。そもそも、空間とやらに人間が移動して生きていられるのかとか。
―――だけどな、そんなものは些細な問題だよな。
そう、俺は別に揚げ足取りをしたいわけでもないし、そういった突っ込みをする気もない。
極端な話、実はアカギの立証は間違っておりパルキアなんてものはやっぱり空想の存在でした、なんて結論でも構いやしない。
というか、絶対に口には出さないがアカギの願いが叶う可能性は限りなくゼロに近いと思う。アカギがいくら天才とはいえ、一人の人間であることに違いはない。
人間である以上、限界はあるのだ。
でも、良いじゃないか。
「ああ。―――安心した」
俺の言葉にアカギは瞠目した。
「……意味が分からないな。何故そこでお前の安堵に繋がる?」
「なんでって。そりゃお前くらい優秀だったらどうにでもなるだろうけどさ、結構心配してたんだぜ。でもさ、お前は自分のやりたいことが決まったんだろ? ああ、なら大丈夫だ」
アカギ。いつの間にか長い付き合いになったけど未だにお前のことが良く分かんねぇ。でも、ようやっと自分の道を見つけた友人の門出を祝ってやれないほど、俺は狭量じゃねえんだぜ。
お前が言う完璧な世界っていうのも良く分かんねぇけど、ポケモンにちゃんと愛情を注げる人間なのは知ってるんだ。だったら、お前が求める世界ってやつもそんなに悪いモンじゃないんだろ。
ん? 力を貸して欲しいって?
いいぜ、お前の頼みなんて滅多にないんだ。俺に出来ることなんて高が知れてるが―――。
お前の言う『来るべき時』ってヤツがきたらいくらでも協力してやるさ。
「先輩、今日はやけに機嫌がいいですね。何かいい事でもありましたか?」
アカギとの再会の次の日、研究室に赴いた俺の機嫌は周囲から見て直ぐに分かるほど良かったらしい。残業中の俺にシロナがそんな話題を持ち出してくるほどだった。どうぞ、と俺の目の前にコーヒーが置かれ、向かい側のデスクにシロナが座る。
俺に面倒くさい雑務を押し付けてとっとと帰宅した所長に対する怒りも今日ばかりは湧かない。
だが、ここで一抹の不安が出てきた。
「このコーヒー、まさかお前が淹れたのか?」
「ええ。チャンピオンが手ずから淹れたコーヒーを飲めるなんて希少な機会ですから、よく味わってくださいね」
「お、おう。サンキュ。……他意は無いんだけど、鑑識チームってまだ残ってたりするか聞いて良い?」
「絶対他意しかありませんよね」
だってあのシロナが淹れたコーヒーだぜ。挽いたコーヒー豆じゃなくて酸化鉄の粉末を使っていても不思議じゃない。コーヒー自体は香ばしい匂いがしているのに暗黒物質を液状化したものにしか見えなくなってきた。
「私の私生活がズボラなことは百歩譲って認めてもいいですが、流石にコーヒー一杯作れないほど不器用じゃないですよ」
何が百歩譲って、だ。
シロナは多くのポケモントレーナーが憧れ(苦笑)、私生活が謎に包まれた(失笑)、クールビューティ(大爆笑)だと世間には認知されているが、蓋を開けてみれば只の駄目人間であることを俺は知っている。少なくとも研究室のシンクにカップ焼きそばをぶちまける程度には不器用な人間だ。
「……なんでしょう、邪な事でも考えてます?」
「チャンピオンって読心術も必須技能なの?」
「その台詞は認めたも同然ですよ」
「冗談。冗談だって。あー、美味い。シロナさんが淹れたコーヒーを飲めるなんて幸せだなー」
「まったく、調子良いんですから……」
コーヒーを下げようと伸ばしてきたシロナの手を防御しつつ、俺はコーヒーを啜る。
ちょっとムカつくことにそのコーヒーは中々に美味かった。
「で、何か良い事でもあったんですか?」
暫しのブレイクタイムの後、シロナはそう言った。
「んー、まぁな。俺がってワケじゃないんだけどな」
「と、いうと?」
「気難しい腐れ縁がいるんだ。優秀だけど、逆にその優秀さを持て余してるっていうか。ソイツにさ、やりたいことが出来たんだよ。おかしいかもしれないけど俺はそれが自分の事みたいに嬉しいんだ」
「大切な友人なんですね」
「腐れ縁って言っただろ。暖かい目で笑うんじゃねえよ」
「先輩に友人がいたなんて……」
「そこかよ。―――ん?」
アカギは自分の夢を持った。それ自体は喜ばしいことだ。しかしデカい問題が片付くと今度は次の問題が目に入ってくる。アカギはあまりにも女っ気がないのだ。
一企業の社長に頭脳明晰という高ステータス。アカギに釣り合う、というか対等に向き合える異性は早々いないと思っていたが、俺の目の前にそんなヤツがいた。
「ど、どうしました? じっと人の顔を見て」
「いやいや、ちょっとな。話変わるけどシロナって恋人いるの?」
「……いませんけど」
「ほーん。お前くらい美人で強いんだったら引く手数多だと思うが……」
まぁ理解出来る話ではある。チャンピオンにして若くして高名な考古学者であるシロナと釣り合う異性なんて早々いないだろう。だからこそアカギと話が合うんじゃないかと思ったわけだし。
「ちなみに好きな異性のタイプは?」
「えぇ!? ……し、シンオウの歴史が好きですからそういった話が出来る人でしょうか」
アカギも歴史については明るい。専門分野や視点は違えどシンオウ地方の歴史を解き明かすという立場は同じだ。
「他には? 顔のタイプとかさ」
根掘り葉掘り聞いていく。
歳については離れ過ぎない程度であれば気にしない。年齢差なんて数歳くらいだから問題なし。
顔についてもそこまで拘りはない。アカギは強面だが不細工というわけじゃないしこれはクリア。
ポケモントレーナーとしてもある程度の腕があった方が良いと。アカギはトレーナーとしても一流の腕前だ。これもクリア。
「……」
あれ? アカギとシロナ、お似合いなんじゃないか?
性格やらアプローチの仕方やらは正反対だが、それだってパズルのピースみたいにきっちり嵌るかもしれないし。
しかしタイミングが悪い。アカギはこれから多忙になるというし、シロナも考古学者とチャンピオンを両立させているから早々休めない。これは調整が面倒くさそうだ。
「あの、何故いきなりこんなことを?」
「暫くは秘密ってことで」
まぁ、アカギとシロナがくっ付くなんて今の段階じゃ皮算用だ。
でも、そういうのを抜きにしても二人を合わせたら面白い化学反応が見れそうだ。
……想像する。少し先の未来のことを。
―――居酒屋で歴史の議論をしている二人。それを尻目に俺は酒を飲んで偶に茶々を入れる。
そういう未来もありなんじゃないかな。
なんで思い付きで書いたテキトーな作品の方が評価良いの?