いつの間にかギンガ団幹部『ヴィーナス』にされた男の話   作:Mamama

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 成人した時、俺はアカギを誘ってバーに行ってみた。

理屈を捏ねて嫌がるアカギを強引に引っ張っていった初めてのバーの記憶は、ウィスキーのつまみに出てきたダークチョコレートと同じくらいにほろ苦い。酒の銘柄なんて分からずに適当に注文して出てきたそれは酒精が強く、俺はあっという間に酔っぱらった。

半ば呆れたようなアカギに俺は介抱されて事なきを得た、そんな青臭い思い出だ。

アカギをべろべろに酔わせて面白恥ずかしい目に遭わせてやろうと意気込んだ俺の目論見は盛大に失敗した挙句にブーメランとなって俺に襲い掛かってきたわけだが、今となっては良い思い出になりつつある。

 

まぁ、最初はそんなものだろう。失敗をして人は成長する生き物だ。

そして社会人ともなれば自らの限界量を弁えてオトナな飲み会になるものだが、どんな年代にも羽目を外すような馬鹿は一定数いる。

そしてシロナという女はその馬鹿の中の一人だった。

 

場所はカンナギタウンの居酒屋。研究チームのメンバーが集まって開いた酒盛りの場所だ。

カンナギタウンはシンオウでも有名な遺跡群があり、その調査に訪れた日の夜の話。

俺が煽ってやったのも悪いが、ハイペースでビールをぐびぐび飲み干す様は実に男らしい堂々としたものだった。それはそれで良いのだが、酔っぱらったシロナが唐突にガブリアスを繰り出してきたあたりで事態は悪化してきた。

いきなり呼び出されて混乱しているガブリアスに一発芸を命じるわ、手元にあった酒を飲ませようとするわの大暴走をし、最終的にはキレた店主に追い出されてしまった。連帯責任ということで俺も。

 

寒空の夜の中、俺とシロナがぷらぷらと歩いているのはそういう理由だ。

 

「先輩~、次どこ行きます?」

「どこ行くかじゃねえよ、さっさと帰るぞ」

「……はぁ? 先輩はもう酔ったんですか? 男の癖に情けないですよぉ」

「え? いや、俺達は……」

「無関係な通行人に絡むな。……すいません、この酔っ払いの言葉は無視して良いんで」

「あ、ああ……」

 

 通りがかりのおかっぱ頭の男二人組に絡むシロナに軽く拳骨をくれてやる。

 

「いーやーでーすー。帰りたくなーい」

 

 シロナはすっかり出来上がっており、そこにチャンピオンの風格であるとか女性としての恥じらいとか、そういったものは一切ない。

いやいや首を振るシロナは幼児退行してしまっているようで、見る人によってはちょっと可愛いとか思ってしまうかもしれないが、俺にとっては面倒くさい酔っ払いでしかない。

 

ちらりと後ろを見る。俺に対する監視なのか、後ろの方ではシロナのガブリアスが目を光らせており、俺は気が気でなかった。送り狼になるつもりは最初から考えてもいないが、どうにもコイツの存在が俺の精神衛生上悪すぎる。

 

「お前の実家はこの近くなんだろ? どこだよ、そこ。ナビゲーションしてくれ」

 

 実はカンナギタウンに来ることをシロナは渋っていた。しかも祖母が怖いとかいう、なんとも情けない理由で。そんな個人の我儘が通るわけもなく、俺はシロナを引きずってカンナギまできたわけだが、今日のシロナは正直言って使い物にならなかった。一体どれだけ祖母は恐ろしいのか。

 

「もっと私とお酒飲みましょうよー。近くで良い店知ってるんですよー。この先の角を曲がって左に見えるお店」

「今しがたお前が出禁食らった店じゃねえか」

 

 俺の地元のナギサシティも田舎といえば田舎だが、カンナギタウンはそれ以上に閑散とした田舎街だ。店なんてそう多くはないし、そもそも今のシロナを連れて居酒屋を梯子するという選択肢はない。

 

酔っぱらったチャンピオンを連れた男なんて如何にもゴシップ記事が盛り上がりそうだ。

だから適当なホテルにでもシロナをぶち込んで俺がそのまま帰宅するという選択も取りづらい。シンオウにおけるシロナの知名度と人気は相当なもので写真一枚でも撮られたら俺が過激派集団に殺されそうだ。よってシロナの実家に突撃するのが一番の安パイなのだが、ここに至ってシロナが全然口を開かない。

 

「えー? 先輩は私とお酒飲みたくないんですかぁ?」

「語尾を伸ばすな、痛々しい。もう良い時間だからさ、いいから帰るぞ。ほら、道を教えてくれよ」

「それは嫌です」

「いきなり真顔になるな」

 

 本当にコイツはどれだけ実家に帰りたくないのか。だがいくらシロナが嫌がっても双方にとって円滑に丸く収まる選択肢がない。そこで俺は一先ずシロナの酔いを醒ますことにした。

いくらコイツが天然でも頭が回転すれば多少マトモになるだろう。というか、マトモもなってくれないと困る。

 

「分かった分かった。大分酔いが回ってるみたいだから取り敢えず水でも飲め」

「はーい」

 

 俺が差し出したミネラルウォーターをシロナは受け取ってごくごく飲み始める。気持ち良い飲みっぷりだ。それを遺憾なく発揮した結果が今の痴態なのだが。

 

「どうだ、具合は? ちょっとは良くなったか?」

「……前から思ってたんですけど、先輩の目は綺麗ですよねぇー。彩光が宝石みたいでー」

「ははーん、さてはお前、酔っぱらってるな?」

 

 俺の顔面を両手で包み覗き込むシロナに、ヤケクソ気味に言ってやった。

 

「え? なんですか先輩、照れてるんですか?」

 

 思わず顔を背けようとした俺にシロナはけらけら笑うが、そうではない。

 

「いや、お前の酒が入った口臭がキツくて……。お前は口臭でもチャンピオンになる気なの?」

「……」

 

 一瞬真顔になったシロナはゆっくりと俺から離れた。

 

「分かるか、今のお前の痴態が。チャンピオンどうこう以前に人として駄目な姿だ。分かったんならさっさと帰るぞ、明日の調査に差し支える」

「おんぶしてくれなきゃ帰りません」

「お前歳考えろや……おふぉ!?」

 

 突然俺の尻に衝撃が走り、後ろを見るとガブリアスの腕が俺の尻に突き刺さっていた。

 

「どうしました?」

「い、いやなんでもない……」

 

 黙って運べ、というメッセージを受け取った俺はしょうがなくシロナを背に乗せてやる。

シロナぐらい運べそうなポケモンは俺の手持ちにいるが、ボールの中で眠りこけているポケモンを叩き起こすのは俺の良心が咎めた。

ラジコン操作のように命令を下すシロナの指示に従って、ようやく状況が好転する。

 

歩いたのは数十分程度。シロナの実家らしき場所に着いた頃には日付が変わりそうな時間だった。

 

こんな夜更けに向こうとしても迷惑だろうが、現在進行形で俺も迷惑を被っているので勘弁してほしい。シロナを落とさないようにバランスを取りつつ一軒家のチャイムを鳴らすと同時にシロナが呻いた。

 

「……吐きそう」

「ハァ!? マジで勘弁してくれ! いや、吐いてもいいからせめて俺から降りろ!」

「……なんですか、こんな夜更けに」

 

 俺は一旦シロナを下ろし、背中を擦ってやる。シロナは俯きながら腹の辺りをしきりに擦る。そんな場所を目撃したのが玄関から顔を覗かせた女の子だ。昔のシロナはこんな感じだったのだろう、と思わせるほど顔立ちが良く似ている。

そういえばシロナには妹がいると言っていたっけ。少なくとも親族であることは間違いないだろう。

 

「夜分遅くに申し訳ないが緊急事態だ! 取り敢えず水……いや、人肌くらいのお湯を頼む!」

「うぅ……もう出そう……」

「もうちょい我慢しろ!」

「……」

 

その女の子は俺とシロナを何回か交互に家に引っ込んでいった。

 

「おばあちゃーん! 起きて起きて! 私が叔母ちゃんになっちゃう!」

「何をどう見たらそんな言葉が出てくる!?」

 

 近所迷惑も甚だしい喧噪の中、放置されたシロナは静かに嘔吐した。

 

―――本当に、酷い目に遭ったよ。

眠気眼の婆さんは鬼みたいな剣幕で俺に詰め寄ってくるし、後輩の妹は産婆に連絡を取ろうとするし。酔いから覚めた後輩はばっちり記憶が残っていたのか無言でガブリアスを嗾けてくるし。

でも、多分こういうのも少し経つと良い思い出なんだよな。

アカギ、お前の目指す完璧な世界にゃこんな風景は程遠いかもしれないけど。

これもまた愛すべき日常の一幕で、守るべき世界だと思うんだよ。

完璧で調和の取れた世界っていうのを俺なりに考えてみたけど、さっぱり分かんねえ。

ただ、お前が目指す世界の中にもこんな面白い光景が広がってて欲しいのさ。

それで、アカギ。

お前の研究の方はどうだ? というかちゃんと飯食ってる? また口の中の水分が全部持っていかれそうなカロリーバーばっかり食ってるんじゃないだろうな?

一時間以内に返信してこいよ。

でなかったらお前を椅子に縛り付けて特製チャーハンを食わせてやるからな。

 

 

 

 

 

 ―――足りない。

その一言が今のアカギの心情の全てだった。

多方面からアプローチした。自らの頭脳を最大限に発揮し、ありとあらゆる可能性を探った。視点が違えば新たな発見があるかもしれないと、他分野の専門家に頭を下げて話を聞いてみたりもした。

それでも結論は変わらない。どうしても行き詰ってしまうのだ。

 

「……」

 

 がらんとした研究室。誰もおらず、何もない。喧噪と隔絶したその空間はアカギにとって心安まる場所だ。だから、そんな世界を目指した。

心乱れることのない静かで調和が取れた完璧な世界。それが、アカギの目指す世界だ。

だが、アカギは可能性をずっと探っていた。

自らにとって感情など不要なものである。だが、一方でアカギは感情の力を否定しない。

幼稚な雄叫びこそが力を切り開く力になることを、アカギは身を以て知っているからだ。

故にこそ思考を広げたのだ。自らが信じる世界よりもより高次元に発達した世界を。

だが―――結果は芳しくない。

最終的には一つの結論に辿り着いてしまう。

 

 

そこで不意に開いていたパソコンがメールを受信する。宛名は腐れ縁といっていい男のもの。

中身を確認するとなんのことはない、雑談の延長線上のもの。

最近はカンナギの遺跡を調査したこと。親しい後輩がカンナギの出身で偶々遭遇した祖母に後輩共々思い切り叱られたことなどが書かれていた。

そんな、他愛のない情景を思い起こさせるもの。

 

 

認めるのは業腹だ。自覚することは癪だ。

それでも、本当に腹立たしいことにアカギにとってそれもまた心休まる時間なのは間違いないことだった。

だからこそ、疑う。より完全な世界を、より調和を実現した世界の可能性を。

 

とんとん、と研究室の扉が叩かれる音を耳朶が捉える。入れ、と短く言うと一人の男が研究室内部に足を踏み入れてきた。

ギンガ団幹部、腹心といっても差し支えのない存在のサターンだ。

 

「お疲れ様です。報告に参りましたが……」

 

 そこでサターンはいいよどむように言葉を切った。この男にしては珍しいことだ、とアカギは思った。

 

「どうした?」

「いえ、いつもよりどことなく表情が柔らかいような気がしましたので。お邪魔でしたか?」

「……そうか。いや、問題ない」

「そうですか。……それでは―――」

 

 アカギは天才である。当の本人は自覚が薄いが、その才覚は本物だ。研究者としてトレーナーとして、上に立つ人間としてアカギは他人が羨む才能を持っている。

だが、アカギも一人の人間に過ぎない。壮大な計画を実行するにあたり、人材の積極的な雇用に努めていた。その甲斐もあり研究そのものは捗りを見せているが、組織を急激に大きくしてきたツケがここに回ってきた。

人材の能力不足である。

いや、能力不足だけならまだ良い。平然と犯罪行為に勤しむ馬鹿共が此処に来て増えてきた。

 

「独断で犯罪行為を行った団員については厳格な処分を行っていますが……」

「ああ。報告が上がってきているな。それでも治らなければ追放しろ。命令を聞かない手足など不要だ」

「はっ」

 

 アカギもサターンも別に犯罪行為そのものを忌避しているわけではない。何せ今やっていることもこれから実行に移すであろうことも犯罪行為のオンパレードである。必要であればポケモン一匹の命くらい平気で奪えるだろう。

要はやり方の問題だ。

シンオウ地方の警察機構も無能ではない。足が着くような犯罪行為で芋づる式にギンガ団の本当の目的まで辿りつけられたら目も当てられない。態々一般トレーナーからポケモンを奪うなど愚の骨頂だ。

 

「団員に関しては幹部陣で対応いたします。計画の方はどうでしょうか?」

「……概ね、予定通りといったところだ」

 

 刻限は迫っている。最早振り返ることも出来ない。分岐点はとうの昔だ。今となっては自らが思い描く未来を掴み取るしかない。

本当はこんな風になるつもりはなかった、というのは言い訳にもならない。

 

アカギは無力感に苛まれていた。自分という存在は思っていたよりも無力で、無才なのだと本気で思っていた。

最初の方には希望があった。自らが望む素晴らしい世界であれば全てが救われるのだと、あの男も諸手を挙げて賛同してくれるのだと本当に信じていた。

けれど、現実は違った。研究が一歩進む度、冷たい現実に打ちのめされていく。

本当に才能があるのなら、本当に選ばれた人間だというのなら。

もっと平和で穏便な道があったのに、と。

そういった思想こそ自らが嫌悪する感情の発露であるにも関わらず。

 

「……こんな時、お前は私になんと言うだろうか」

「今なんと? 申し訳ありませんが聞き逃してしまい……」

「いや、こちらの話だ」

 

 アカギは手元の資料に目を落とす。

そこに記されたのは一人の男のデータ。アカギにとって、唯一対等と認めた男のものだ。

 

「……近々、計画が本格的に動き出す。その時にはお前達と顔合わせをすることもあるだろう」

「というと、例の幹部の……」

「ああ」

 

 サターン達にもその存在だけは通達していた。ギンガ団の発起人であるアカギと同格の存在。

ギンガ団最高幹部、ヴィーナスの存在を。

 

 サターンとの事務的なやり取りを終え、また一人になったアカギは一人で思考に耽る。

 

「ヤツは間違いなく戦力になる。計画を遂行するためのキーにもなる。だが―――」

 

 トレーナーとしては間違いなく優秀だ。ポケモンスクール時代はアカギが大分勝ち越していたが、時代が進むにつれ向こうの白星が少しずつ増えてきた。

最後にポケモン勝負をした時はほぼ同格といって差し支えがなかった。

だから戦力にはなるだろう。しかし不確定な存在を取り入れることでこれまでの全てが台無しになる可能性も孕んでいる。

寧ろ、そちらの方が可能性としては高いだろう。あれでいて正義感に溢れていた男であるとアカギは知っている。

だから、戦力として数えることは無駄であるし論理的に考えれば真っ先に排除をするべきなのだ。

 

「ああ、だが。だからこそ、お前には金星の名前を与えようと思ったのだ」

 

 賛同してくれるならば遠慮なく自分の手足として扱き使ってやろう。自分の前に立ちふさがるのであれば打ち倒そう。

どのような結果になろうとも、それこそが自らが果たすべき最終試練なのだとアカギには予感があった。

 

或いは、その果てにあるのが―――。

そこまで考えたところでアカギは思考を打ち切った。それ以上は考えるべきではない。

だって、それは余りにも矛盾をしてしまっているから。

 




何故か続いてしまった第三話
明日くらいに纏めて感想返しします。
応援ありがとう、これからもよろしくお願いします。
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