いつの間にかギンガ団幹部『ヴィーナス』にされた男の話 作:Mamama
「―――君の名前は……? そう、ヒカリって言うの。覚えておくわね!あたしはシロナ。ポケモンの神話を調べてる物好きなトレーナーよ」
俺の後輩が見ず知らずの女の子に絡んでいる件について。
ハクタイシティの調査を粗方終え、大分体力を消耗した俺と違いシロナはいつも通り元気に満ち溢れていた。チャンピオンと考古学者を両立させる傑物は体力も桁違いなのか、調査の後は冷たいものが食べたいですね、と俺にアイスを奢らせようとする始末だ。
ハクタイシティに小躍りで向かうシロナの姿に、俺は落ち着きのない子供の姿を幻視したほどだ。アイス一つで喜ぶあたり、精神構造は本当に子供に近いと言ってもいいだろう。
しかし、内面は兎も角としてシロナの外見年齢は年相応の女性のものだ。そりゃ俺はシロナが子供に優しいことくらい知っているが、見ず知らずの他人にとっては良く知らん成人女性だ。いきなり声を掛けられて無警戒な方がどうかしている。
俺の予想通り、女の子―――ヒカリは自分の名前こそ教えたものの、その表情には困惑と僅かな警戒心が見える。一人で楽しく喋っているシロナに適当な相槌を入れつつも、身体は後ろの方に下がりつつあった。ヒカリの視線がシロナの背後にいる俺と一瞬合うが、直ぐに背けられた。小動物のような警戒心は俺という成人男性がいるせいかもしれない。
「……それで、何か私に御用ですか?」
「え? いや、特別用というわけではないんだけど……」
「……」
シロナの言葉にヒカリは益々警戒心を持ったようで半歩下がる。
「うわぁ凄い警戒心。ちょっと私もショックなんだけど。私の名前に聞き覚えはないかしら?」
「シロナさん、ですよね? あれ? 名前にその黒い格好。もしかして貴女は―――」
「ふふふ、気づいてしまったかしら?」
「コスプレイヤーの方でしょうか?」
「違うわよ!?」
シロナの背後で俺は爆笑した。これは流石に予想外すぎる。
俺は久しぶりに面白いネタを見つけたと思い、少女に乗っかることにした。
「いやいや、悪いな。こいつはチャンピオンのファンでさ。本人になりきっちゃってるんだよ」
「やっぱり」
「ちょっと先輩!? い、いや私は本当にチャンピオンだから! 格好だけならまだしも顔は真似出来ないでしょ?」
ほら、と自分の顔を指すシロナ。確かにシロナはその美貌も特徴的だ。多少の化粧の技術でどうにかなるものではない。ヒカリはそれに対してどのように発言をするのか。俺は野次馬根性丸出しで成り行きを見守る。
「証拠ならちゃんとありますから」
「しょ、証拠?」
「へぇ?」
少女は鞄の中から一冊の雑誌を取り出して広げて見せる。表紙には『シンオウ地方チャンピオン、シロナの素顔に迫る!』という見出しが載っている。シロナの特集が組まれたインタビュー記事が掲載された雑誌だ。俺も見た記憶があるが、見事にシロナが外見を取り繕った代物であったはずだ。
蛍光ペンで線が引かれたり、ページに折り目が付けられているあたり、この子は結構なシロナのファンのようだ。
「……それがどうしたのかしら? 別に私が偽物である証拠にはならないと思うけど?」
「ここです」
少女が指したのはとあるインタビューページにあるシロナの写真だった。少女は写真のある部位を指差しながら、シロナの胸のあたりを見やる。
「ほら、全然違うじゃないですか。顔が似ていたとしても他の身体的特徴までは真似出来ませんよね?」
「……」
加工かはたまたパッドでも入れているのか、確かに写真のシロナと実物のシロナの胸部装甲は厚みが違う。俺はシロナにバレないように必死に息を押し殺して爆笑していた。
「あ、いや。それはね。……ええと」
その指摘を受けて反論しようとしたシロナは言い淀む。いくらでも反論できるが、シロナの特集が年下の女の子のファンだ。シロナとしては夢をぶっ壊すのは躊躇いがあるだろう。言い淀むシロナを見て勝利を確信したのか、ヒカリは追撃を加える。
「それだけじゃありません。シロナさんはすっごく強くて、スタイルが抜群で、クールビューティなんです。断じてどんなアイスを食べようか話しながらダサいステップを刻んでるような人じゃないです」
「ちょっと待って! 私のご機嫌ステップはそこまでダサくないわ!」
「そこじゃねえだろ。後悪いけどさっきのステップは結構ダサかったわ」
「う、うぅ……」
ヒカリに声を掛ける前の一連の動きは見られていたらしい。増々否定しづらくなった。
呻きながらシロナが俺に助けを求めるような目を向けるが、残念ながら俺にできることはない。シロナが本物である証明は簡単に出来るのだ。本人であるシロナが思い付かないワケがない。であれば、その先は俺の判断ではなくシロナの判断だ。
自分のプライドを優先させるのか、少女の無垢な夢を優先させるのか。
「わ、私は……」
「私は?」
「し、シロナさんのファンで、コスプレイヤーです……!」
シンオウ地方無敵のチャンピオン、シロナが少女の前に屈した歴史的な瞬間だった。
「……あのですね、私もシロナさんのファンで憧れる気持ち、すごいあるんです。憧れる人と同じ格好とか、してみたくなるのも分かります。でも限度ってありますよね? 顔立ちは結構似てますし勘違いする人もいるかもしれません」
「はい……」
「それに―――そういえばお名前はなんて言うんですか?」
「……く、クロナです」
「じゃあクロナさん。クロナさんってもう大人ですよね? じゃあ、他の人の気持ちとかも考えないといけないと思うんです。もしかしたらシロナさんに良くない噂だって出てきちゃうかもしれないんですよ?」
「はい……」
「最近はギンガ団っていう宇宙人みたいなおかしな人達もいますし、みんな怪しい人には敏感なんです。ジュンサーさんに怒られる前に止めた方が良いと思います」
「……はい」
「あんまり迷惑なことはしちゃ駄目ですからね? お兄さんは彼氏ですか? ちゃんと注意してくださいね?」
「ぷ、ククク。おう、わかった。完璧超人のシロナに悪いからな」
では、と彼女はぺこりと頭を下げて去っていった。残されたのは呆然としたシロナと笑いすぎて横隔膜が釣り掛けた俺だけだ。
「……」
「ククク、チャンピオンの熱心なファンみたいだったな。取り敢えずアイスでも食って休憩しようぜ、クロナ」
返事は八つ当たり気味の拳だった。
「―――おかわり」
「……おう。いや、良いけどさ。食いすぎじゃねえか? アイスってそんな掻っ込むようなもんでもないと思うんだが……」
「は? 何か文句でも?」
「すいませーん、店員さん。バニラアイス一つ追加で」
「分かればいいんです」
俺の奢りによって大量のアイスを補給したシロナはようやく目付きの険が取れてきた。ちなみに俺は一つ食べて、その後は水を飲み続けている。甘い物は嫌いじゃないが、掃除機の如くシロナの口の中に消えていくアイスの群れを見ていると胸やけがしてきた。
「……ふぅ。まったく、チャンピオン生活は長いですけどコスプレイヤー呼ばわりは初めてでしたよ」
「だろうな。でもお前が無駄に外面を取り繕ってるからそうなってるんじゃないか?」
「う……。まぁ、そうなんですけど。私もチャンピオンとしてトレーナーの模範となるような振る舞いをしようとですね?」
「俺は完璧超人よりもちょっと抜けてた方が親しみが持てて良いと思うけどな」
「私も今ならそう思いますけど、昔の私は割と完璧主義者でして。今更訂正しようにも昔の凝り固まったイメージが……」
「無敵のチャンプも大変なもんだな」
チャンピオンにはチャンピオンなりの苦悩があるということか。一般人の俺には中々想像が難しいところだ。
「つーか、何であの女の子―――ヒカリに声を掛けたんだ?」
「え? ……うーん、なんというか。ビビッときた感じがあったからですかね? 将来大物になるだろうなっていうオーラを感じたというか」
それだけでコイツは飼い主を見つけた犬みたいに駆け寄っていったのか。いや、あの子が大物になることに異論はない。あの子大物になる。それは俺も思う。
「お前をコスプレイヤー扱いした挙句説教した時点で大物中の大物だろうよ」
「そうだった、私はまだあの子の中ではコスプレイヤー扱い……! 今度会ったらちゃんと訂正しないと」
「訂正って。こんな広いシンオウでまたばったり出くわすかね?」
「会いますよ。きっと」
「ふん?」
シロナはもう一度会うと確信しているような言い方だった。
「根拠は?」
「勘です」
「……ハッ。成程成程。それ以上の根拠は無いわな」
チャンピオンの勘だ。常人のそれではない。下手な根拠を示されるよりも余程信用出来る。きっとシロナはあの子ともう一度出会うことになるのだろう。
「―――ん? なんだありゃ」
「どうかしましたか?」
「いや、ほら。あれあれ」
俺は小声で呟きつつ、小さく指を差す。
俺達がいるアイスクリーム専門店のテラス席は歩道に面していて、何やら集団が傍を通りすぎた。
どいつもこいつもおかっぱ頭の集団だ。人様のファッションに文句をつけるわけではないが、服装も同じで街中で見ると異様な感じだ。
「……もしかするとあれがギンガ団かもしれませんね」
「ギンガ団? ……さっきの子の話にも出てきたよな。有名なのか?」
世事に疎い俺はギンガ団という名前に聞き覚えがない。いや、テレビのCMなんかで見たような記憶はあるのだが、具体的にどのような活動をしているのか分かっていないのだ。俺の質問にシロナはアイスを咀嚼しつつ答える。
「知りませんか? 最近話題になっている集団ですよ。宇宙がなんとか真なる世界がなんとかとか……良く分からない人達です」
「おいおい、そんなヤバそうな奴ら放置してて良いのか?」
「実は結構歴史があるんですよ。昔は全然そういった気配はなかったんですが、ただ最近宇宙エネルギー開発に乗り出してからちょっとおかしくなってきたというか。ただ、今のところ実害がないので」
「……いやいや、普通にヤバい集団だろ。見ろよ、先頭の奴。こんな街中でレオタードとか変態の所業だろ」
正直、近づきたい手合いではない。俺達は会話もそこそこに店を出ることにした。会計を済ませると、先ほどとは別のギンガ団らしき集団がやってきていた。
何やら話をしている様子だが、雑多な街中だ。内容までは良く分からない。
けれど、俺は集団の中の一人が発した言葉を微かに耳に捉えた。
「……」
「先輩?」
「ああ、悪い。……なんでもない」
気のせいだ。アカギなんて、そんなに珍しい名前じゃない。ただの―――名前が同じだけの別人のことだろう。そう結論づけても俺の耳の中にはアカギ様、という言葉が残り続けていた。
「気に食わないわね」
アカギの到着を待つ作戦室内部、マーズの苛立った声にまた始まったとばかりにサターンは嘆息した。本格的に計画な始動するこのタイミングで自分の感情を持ち出さないで欲しいところだが、残念なことにそんな口頭の注意で大人しくなる人物ではないことをサターンは良く知っている。ジュピターも似たような心境なのか、若干しかめっ面をしながらも面倒臭そうに口を開く。
「……何がだい?」
「決まってるでしょ。例のヴィーナスとかいう幹部のことよ。こんな大事な作戦会議の前にも顔を出さないとか、足並みを揃える気はないのかしら」
「……あー、まぁ、そうですねぇ」
突っ走りがちなマーズの言葉なのでいまいち説得力に欠けるが、言葉の内容は真っ当なものだったので、サターンも同意する。幹部陣営の中でヴィーナスに関する話題は度々上がっていた。
何せ一度も顔を見せず、実働もしない幹部だ。それにも関わらずギンガ団結成当時から幹部として数えられてきたのだ。マーズが気に入るはずもない。
「というか、本当にそんなヤツがいるのかい? もう都市伝説みたいになってるじゃないか」
「どうなのよサターン、答えなさい」
「……何故私に矛先が向くのか分かりませんが、間違いなく居ますよ。ボスがそう仰っていましたので」
「じゃあなんで頑なに姿を見せないわけ?」
「さぁ? ボスなりの考えがあるのでしょうねぇ」
サターンもヴィーナスの正体は分からない。年恰好も性別も、何もかも。だが、サターンはヴィーナスに期待していた。
「ただ、面白い人物であると思うのですよ」
「は? アンタだって会ったことないんでしょ?」
「ククク、ええ。確かに。なんとなくそう思うだけですよ」
嘘だ。サターンは確信している。何せ、あのアカギが執着している相手なのだから。ギンガ団にとってプラスに働くのか、或いは邪魔立てをするマイナスになるのか。
「いやはや、面白いことになりそうですね―――」
まだ見ぬ未来の行方を想像してサターンは笑った。
感想返しやるって言ってやってなかったのでぼちぼちやります。
後、誤字脱字の報告ありがとうございます。自分で気をつけようと思っても中々治らないので