いつの間にかギンガ団幹部『ヴィーナス』にされた男の話 作:Mamama
人生にはいくつかの転換点があるらしい。その後の人生を左右するという選択肢に、俺は心当たりがある。
一つはアカギに出会った事。アカギがいなければ俺は小さな世界で猿山の大将を気取っていたに違いない。決してライバル視していたわけじゃないが、遠くに見える背中を懸命に追いかけていたことを否定出来ない。
もう一つはシロナと出会った事。所長から面倒見てくれよなんて言われて誰かと思ったらチャンピオンだった、なんて誰が予想出来るのか。あの時に出した、素っ頓狂な声はシロナの馬鹿笑いと共に俺の脳裏に刻まれている。
誰かと出会い誰かと別れ、そしてまた人生は続いていく。
誰かに出会って道は少しずつ作られ、どこかへ続いていく。その到達点がどこかなんて、走ってる最中の俺には分かりようもない。
俺みたいな若造が悟ったことを言うのは憚れるが、きっと人生ってそういうものなんだろうな、と思う。
どのような過程があれど自分なりに組み立てた線路を走っていって、停車駅に降りて改札口を出て、そこでようやく景色が分かる。
「アカギ、俺は、なんとなくだけどお前と良い景色が見られると思ったんだぜ?」
「……」
バトルフィールドは静かだった。俺の独白が届いていないのか、対面のアカギはずっと黙っている。
……別に善行を積んできたわけじゃない。俺はどこにでもいる人間で、行きつく場所もそれなりのもんだろうと思っていた。
俺が車掌を務める鈍行列車には仏頂面のアカギや爆睡しているシロナなんかが乗っているはずだったのに、どうやらそれは俺の勝手な勘違いだったらしい。
俺とアカギの路線はとっくの昔に違えていた。共に目指していたと思っていた場所は見当違いで、アカギは俺とはまったく違うところにいる。
「御託はもう良いだろう」
アカギは閉じていた目を開き、俺に語り掛ける。睥睨するような目が更に鋭利さを増していく。
「お前が言い出したことだ。ポケモン勝負を、と」
「いきなりそんな事言い出した理由は聞かないのかよ」
「驚いたな、理由があるのか?」
アカギは俺を小馬鹿にしたように言った。
「うるせーな、衝動だよ衝動」
「前からそうだったな。……討論で互いに譲らなくなると、最終的にはいつもポケモン勝負だった。そして大抵は私に打ち負かされてお前は渋々矛を収めていた」
「ポケモンスクール時代の話だろうが。タマムシ大学での戦績を言ってみろよ」
「フン、それでも私の方が勝率は上だった。卒業前の最後の勝負でも、私はお前に勝っている」
昔と変わらない会話だ。けれど、俺の心は空虚で隙間風が吹いている。
「賭けをしよう。私が勝った暁には部下として働いてもらう」
「そんな舐めた賭けが通るか。犯罪者になるつもりはねぇんだよ」
「そうか。……もしかするとお前ならば、理解を示してくれると思ったのだがな……」
止めろよ。裏切られたのは俺の方なんだぜ? なんだってお前が裏切られたような顔をしてやがる。
「……アカギ」
「ああ」
「勝負しようぜ」
「……ああ」
なんでだろうな。俺はアカギと戦うのを結構楽しみにしていたつもりなんだ。俺はシロナの無茶振りで鍛えられてるから、パワーアップした俺のポケモン達でお前の目をひん剥かせてやるつもりだった。俺のガバイトだっていつになくやる気に満ち溢れていたってのに。
こんなに気持ちが乗らないポケモン勝負は生まれて初めてだ。
なんでこんなことになっているんだろう。現実逃避気味に俺は数刻前の過去を脳裏に描いた。
元々会う約束をしていたのだが、それは少しばかり前倒しになった。アカギに大事な話がある、と言われてトバリシティにノコノコやってきた俺を出迎えたのは燃えるような赤毛が特徴的な女だった。女性というには若い感じがするが、かといって幼いというわけでもない。
マーズと名乗ったその女は無遠慮にじろじろと上から下まで眺めてくる。これをやっているのが男だったら俺は尻に危機を感じてしまうかもしれない、それほどまでにしつこくねめつけてくるのだ。
「……男?」
「そりゃ男だよ、俺が女に見える要素があるか?」
初対面のヤツにそんな事を言われて俺も少しばかりイラついた。上背はある方だし顔も女に見間違われるほど中性的じゃない。体格についても華奢どころか発掘作業のお蔭でそれなりに筋肉質だ。俺を見て性別で疑問符を付けるやつは初めてだ。
「……アンタがヴィーナスじゃないの?」
「誰だよ。聞いたこともねえよ、そんな名前」
「じゃあアンタは誰なのよ」
「いや、誰って言われてもな。俺はアカギに呼ばれたんだよ、聞いてないのか?」
多分この女はアカギの秘書的な役割だろう。だったら俺の事を聞き及んでいてもいいはずなのだが。
「ハァ!? 何呼び捨てにしてんのよ!」
「お前に指図される謂れはねぇよ」
「……アンタ、アカギ様とどんな関係なのよ」
アカギ様と来たか。コイツはどうもアカギに対して並々ならない感情を向けているようだ。コイツがどんな感情を以てアカギに接しているかなんて俺からすればどうでもいいのだが、俺を巻き込むなと言いたい。しかし、どんな関係と来たか。
少しばかり返答に困る質問だ。気兼ねない関係とでも言えばいいのか? いや、その返答は質問の本質を捉えていない。
親友だ、と俺は思っている。タマムシ大学の同期の何人かとは未だに交流が続いているが、一番連絡を取っているのはアカギだし、一番古い付き合いだ。
しかしアカギが俺のことをどう思っているのか。
内面を知り尽くしていなければ親友にはなれないのか、なんてのはナンセンスだ。
寧ろ、そうまでしなければ交友関係を築けないというのは不純なような気さえする。
そう思っていてもなおアカギという人間の内面は高度かつ複雑で、かついつも変わらない仏頂面は長年付き合いのある俺ですら見分けが難しい。
我が事ながら女々しいが、俺とアカギの関係は胸を張って親友です、と言えるのか。
「……友人関係だよ、一応な」
結局俺の口から出たのはそんなピンボケした回答だった。
しかしマーズの方は信じられないというような顔を一瞬作って、再び俺を強く睨みつける。
「嘘ね。アカギ様に友人なんていらっしゃるはずがないわ」
「……」
アカギ。こんな可愛い子に慕われてちょっと羨ましいと内心思ってたけど撤回するわ。
「いやさ、アカギは鉄仮面だし言動もちょっとアレだけど、そこまで言うのは酷くないか?」
「何勘違いしてるの? 友人というのは対等の関係で成り立つものでしょ? アカギ様と対等な存在がいるわけがないわ」
「お、おう……」
ああ、こういうタイプか。敬意を拗らせすぎてアカギを神格化するやつ。この手の輩はアカギを一人の人間だと思っていない節があるから俺は曖昧な返事をしてその場を凌ぐ。
相手にすると面倒な手合いだと分かりきっているからだ。
アカギと強引に撮った写真やらを見せてようやく納得してもらい、俺はとあるビルへ案内される。街の北にあるビルだ。中に入り、俺は愕然とする。何人かいる男女は、似通った髪型に宇宙服を連想させるような独特の制服を身に纏っていたからだ。
「……何ボサッとしてるの? さっさと着いてきて」
「あ、ああ」
エレベーターの前でマーズと別れる。「失礼なことは控えるように」という釘を刺されて。俺は上の空で返事をした。ムッとした相手の顔も気にならない。それよりも先にアカギに問いただすことが出来たのだ。
ビルの最上階に辿り着いた。最上階のフロアはしんと静かでトバリシティの喧噪とかけ離れた、別の世界に紛れ込んでしまったようだった。一番最奥の部屋は広く、アカギがたった一人で俺を待ち受けていた。
「なぁ、アカギ」
メールやら通話やらで何度かやり取りはしていた。けれど久しぶりだ。こういう時、きっと「久しぶりだな」とか「元気だったか?」とか、そういったことを言うのだと思う。
けれど、今回ばかりはそういうワケにはいかなかった。
「お前、ギンガ団なのか?」
「いかにも。私がギンガ団リーダー、アカギだ」
真偽のほどは不明だが、ギンガ団は先日起こったという『たにまのはつでんしょ』の占拠に関与したという噂が流れている。トレーナーらしき少女によってそれは解決したのだとか、次はもっとドでかい事を起こすつもりだとか、雑多な情報はいくらでも出てきて何が正しいのか分かっていない。
ただ、少なくともギンガ団に向ける目が厳しくなったのは事実だ。元々奇抜な髪型に格好と気味悪がられていた存在のようで、今ではあまり好意的に見る目は少ないのだという。
そのアカギがギンガ団に所属していたというのは俺に少なくない衝撃をもたらした。
「お前、知ってるかもしれないけど評判悪いぞ。この間だって発電所の占拠しようとしただとか噂が立ってるし」
「知っている。私が指示した」
「―――。……は?」
俺なりの下手糞なジョークのつもりだった。努めて明るく言った俺の言葉を、アカギは平坦な声で肯定した。俺はアカギの顔をまじまじと見つめる。しばらく会わない内にユーモアに目覚めてくれたのかと思ったが、いつもの仏頂面からは冗談の気配など欠片も漂ってこない。
「……お前、マジで言ってる? 冗談でもよせよ、普通に犯罪だぞ?」
「ああ。全て理解した上で私が指示した」
俺は頭を掻きむしりたくなる、そんな衝動に襲われた。ワケが分からない。一体何故そんなことをするのか。そして語られるこれからの計画のこと。発電所の占拠が可愛く思えるレベルの犯罪行為のオンパレードに俺は言葉を失くして戦慄した。
「なんだってこんなことを……」
ようやく絞り出した声は掠れていて、一瞬自分の声と認識出来ないほどだった。
「……お前には以前言っただろう? 私の目的を。その目的の為に必要な行為だった」
「だからって犯罪行為をしていいわけがねぇだろうが。……アカギ、警察に行こうぜ。俺も付き合うからさ」
「断る」
予想していた答えだった。コイツにはコイツなりの尊ぶナニカがあって、犯罪行為に及んだのだろう。だが、だからといって犯罪行為が許されるものではない。
「……分かんねえよ。なんで、こんなことしちまったんだ」
「先ほども言っただろう? 全ては私の目的の為に。完璧な世界を作りあげる為に」
「……そうかよ。それで、なんだって俺を態々呼んだんだ? お前のぶっ飛んだ計画を他人に聞かせるなんざリスクにしかならねえだろうが」
「そうでもない。お前の腕前は私が良く知っている。……協力してほしい。その為にお前を呼んだ」
俺の脳内はこの段階で処理の限界を超えた。
パンク寸前の俺が何を思ったのかは自分でもよく分からない。ただ、衝動に導かれるまま俺はアカギに勝負を挑んだ。
俺の初手はムウマ。まともな思考はなく、ただ単純に長年付き添った相棒を自然と選んでいた。
アカギが繰り出したのはドンカラスだった。
「……懐かしいな。お前はまだムウマージに進化させていなかったのか。お前と共に捕まえた私のヤミカラスはとっくの昔にドンカラスに進化しているぞ」
「うるせえよ。俺と相棒の関係に茶々入れてんじゃねえよ」
バトルは進む。正直言って俺の精神状態は滅茶苦茶でいつもの力の半分も出せていなかったように思う。そもそも相性的に不利なのにポケモンを交代しようという考えすら及ばなかった。
「―――ほう、ユキワラシはユキメノコに進化しているのか。私のニューラも最近マニューラに進化した」
「黙ってくれ。頼むから……!」
勝負にならない。普段であればもっと拮抗した勝負が出来ているはずなのに、アカギを負かすためにシロナと特訓だってしていたのに。その成果がまるで出ていないどころか、寧ろ弱くなってしまった。
勝負は進む。シーソーゲームなんてものじゃない。一方的なワンサイドゲームだ。
俺のポケモンは殆どがアカギと一緒に捕獲したポケモンだ。その時の思い出をアカギは懐かしそうに語る。そしてその度に俺の心はぐしゃぐしゃになって意味不明な指示を出して、また一歩敗北に近づく。終わってみれば俺の圧倒的な敗北だった。
「―――私の勝ちだ」
「……ああ、俺の負けだ」
気が付くと俺は膝を付いて呆然とアカギを眺めていた。バトルの記憶はあるが、その過程はよく覚えていない。アカギにボコボコにされたことを辛うじて理解している程度だ。勝負を制したアカギはどこか残念そうで、それが俺の癪に障る。普段なら憎まれ口の一つでも叩いているんだろうが、今日に限ってはその元気すらない。
「……分かんねえよ、アカギ。お前が何をしたいのか、俺に何を望んでいるのか何一つ」
勝負が終わって俺の中に芽生えたのは疑問だけだった。
「パルキアの力使って完璧な世界を作ってどうするんだよ。今の世界はどうなるんだよ。協力って俺もギンガ団になるのか? 俺が出来ることなんて、何もねえよ。それに―――」
「お前は私の理解者に成り得ると思っていた」
アカギは俺の質問責めには答えず、脈絡のない言葉で遮った。
「私の思想に賛同し、私と共に戦ってくれると思っていた。だからこの場に招いた。……尤も、それは私の勘違いだったようだが」
「……」
なぁ。だから、なんだってお前がそんな苦しそうな顔をしてるんだ。俺を裏切ったのはお前だろ?
俺も悪いのか? いや、だからって犯罪行為に加担することなんて出来ない。だけど、あのアカギが言ってることだぜ? コイツは常人の視点じゃなくて、遥か高みからの視点で物事を語っている。
なら、アカギの主張は正しくて少しくらいの犯罪行為は大事の前の小事として切り捨てても良いんじゃないか? 俺はどうするべきなんだ? 誰か、教えてくれよ―――。
気が付くと、俺はアカギの前から逃げ出していた。無様でカッコ悪い逃走だった。
無我夢中で駆ける。それほどアカギから離れたかった。アカギの顔を見ていると俺は自分が自分でなくなっていきそうな感覚がした。
けれども、俺は扉を蹴り破る瞬間に掛けられた言葉が妙に脳裏にこびり付いている。
『私に歯向かうというならそれも良いだろう。だが来るというならいつでも歓迎しよう。ギンガ団幹部、ヴィーナスとして』
そうしてトバリシティの郊外まで駆けていってようやく一息吐く。荒い呼吸を整えると微かに心に余裕も生まれた。夕暮れのトバリシティ、その中に聳え立つビルを見る。
……俺はどうするべきなのだろうか。その答えは未だに出ていない。
「……警察に行くか? いや、でも証拠もない。アカギはその辺抜かりないだろうし。クソッ! どうすりゃいいんだ……!」
一先ず早足でその場を離れる。恐らくアカギがワザと見逃したのだろうが、郊外とはいえギンガ団員がうろついているトバリシティにいるのは危険だ。
そんな中、とっ散らかっている思考の一つがこの場を打開する光明を発見する。
「……そうだ、シロナだ」
後輩に泣きつくなんてやりたくないなんて我儘を言ってる場合じゃない。シロナなら信用が出来るし、チャンピオンという立場だから何か伝手があるかもしれない。
俺は一先ずシロナに電話しようと、ポケットをまさぐり―――。
「こんにちは、先輩」
電話を掛けるまでもなく目の前にシロナがいた。なんでこの場にいるのかなど気にならない。コイツは神出鬼没だ。そういうこともあるだろう。
「ああ、シロナ。話を聞いてくれ、実は―――」
「貴方にはギンガ団に関与し、また破壊行為を行った嫌疑がかけられています。話を聞かせてもらってもいいですね?」
「……え?」
いつになく張り詰めた、真顔の表情のシロナがそこにいた。
毎回すんごい量の誤字脱字指摘を受けます。
ありがとう、ごめんなさい。
ちょっとずつ感想返しもやっていきます。