いつの間にかギンガ団幹部『ヴィーナス』にされた男の話   作:Mamama

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ベツレヘムの星Ⅰ

 俺の住む部屋はそれなりに広い。シロナを小馬鹿にしているが俺も整理整頓は苦手な方で油断すると研究資料やらですぐに散らかってしまう。勉強用の書籍なども含めるとかなりの量で、場所を確保するのが難しくなった俺は数年前に今の住居に引っ越しをした。

 

研究用の資料の場所を確保する、そのことは間違いなく理由の一つなのだが、もう一つ心の片隅にひっそりとしまい込んだ理由がもう一つだけある。

俺の良い歳をした男だ。それなりに結婚なんてものを意識する歳で、可愛い女性と同棲するなんて皮算用にも満たない未来を想定したのだ。

……本当に腹立たしいのだが、『他人との同居』という意味ではそれも叶ってしまったのだが、こんな事想像出来るはずもない。

 

「―――おおーい、飯はまだかの?」

「……爺さん、昨日食べたばっかりでしょ」

「毎日三食食わせんか」

 

 まさか、俺の初の同棲相手がこんな初老の爺さんなんてアカギであっても想定できまいよ。

 

かちゃかちゃと食器の擦れる音がする。まだ俺の部屋の一室を間借りして大して時間も経っていないというのにあまりにもふてぶてしい態度の爺さんを見るとどっちが家主か分からなくなる。

 

「……味噌汁まだ濃いの。儂を塩分の取り過ぎで殺す気か?」

「文句があるなら自分で食材買って自分で作れや」

「こんなか弱い老人を苛めるというのか? 最近の儂は歩行すらままならんというのに……」

「か弱い老人がシロナのガブリアスから全力ダッシュで逃げるかよ」

 

 年長者を立てるという俺の小さな心遣いはあっという間に砕け散った。無駄飯食らって我が家のエンゲル係数を上げるだけの小うるさい老人に与える気遣いなんてない。

 

「これだから最近の若いモンは。嘆かわしいのぉ、年上は敬えと習わんかったか?」

「年上としての敬意を向けられる人間か、アンタは。ここに来てからの生活態度を振り返って同じことが言えんのか?」

「……ふむ」

 

 一旦箸の動きを止めて思案するように考え込む爺さん。

 

「貴様は儂に泣いて許しを請うべきじゃな」

「アンタの異常なまでの自己肯定感はどうなってんだ」

 

 多分、この爺さんみたいに生きることが出来たら幸せなんだろうなとは思う。絶対に真似したいとは思わないが。

 

「やかましい。慰謝料として貴様の唐揚げを一つ献上しろ。貴様の無礼をこれで勘弁してやるんじゃ、感謝しろ」

「……塩分は気にするくせに脂質の取り過ぎは良いのかよ、爺さん」

 

 老人に似つかわしくない機敏な速度で唐揚げを強奪して満足そうに咀嚼する爺さんに俺は呆れつつ溜息を吐いた。

 

「ホント、なんでこんな爺さんと一緒に過ごさなきゃならんのか」

「儂だってこんなむさくるしい男と一緒なんて嫌じゃわ。儂が我慢してやっているのだぞ? 貴様も我慢しろ」

 

 プルートとかいうこの爺さんは元ギンガ団幹部なのだというが、直ぐに追放されたという。表向きで行っていた宇宙エネルギー開発の研究員として声が掛かったらしいのだが、ギンガ団の非合法なやり口を知って高飛びしようとした結果反乱分子として追われる毎日になってしまったのだとか。

全てこの怪しげな爺さんが語ったことなので鵜呑みは出来ないのだが、少なくとも経歴に関しては詐称はないと国際警察から判断が下された。

 

現状としては被害者として認識されており、ギンガ団についての知識を持っている爺さんは本来ならば国際警察の庇護下にあるべき人間なのだ。浅いとはいえギンガ団に所属していた以上なんらかの情報を持っているはずだし、未だ爺さんは完全なシロではない。碌な防犯セキュリティのない我が家に置いておくべき人間ではない。なら何故いるのかというとギンガ団を釣り上げる為の撒き餌だ。国際警察のハンサムは言葉を選び慎重に説明をしていたが、同席していた俺にしてみれば囮の一言で終わってしまう話だった。

 

ギンガ団にとって爺さんは無視できない存在であり、接触してくる可能性は十分にある。加えて、未だに疑惑が抜け切れていない俺を一緒にして監視をする腹積もりなのだろう。

国際警察にも面子があるのか、決定的な証拠を掴ませないギンガ団の尻尾をなんとかして掴みたいのだろう。国際警察が取った措置に怒り狂ったシロナの対処を押し付けられた俺からすれば一言物申したい気分になる。

 

ただ、別に選択権がなかったかといえばそうでもない。あくまで向こうは一つの案として俺に提示し、俺がリスクを理解した上で受理をした。

アカギを止める確率が少しでも上がるなら、そのくらいの協力は吝かではない。

ただ、俺の予想以上にこの爺さんが面倒くさかったというだけで。

 

「……なんじゃ、その目は」

「いや、別に?」

 

 言っても無駄だということはこの数日で俺はよく理解した。

 

「ふん、ただ飯食らいおってクソ爺とでも思っておるのか?」

「良くわかったな、爺さん。サイキッカーか?」

「甘いわッ。儂は天才科学者、この数日で確かな成果を用意しておる」

 

 懐からプッシュタイプの大きなボタンを取り出して机に置く爺さん。自慢げな爺さんには悪いが、何なのかさっぱりわからない。

 

「……なんだ、これ」

「フフフ、このボタンの効果を知りたいか? これはの、アカギの胃腸とリンクしており押す事にアカギが腹痛に見舞われるという優れもので―――」

「……」

「ああッ!? 儂の渾身の作品がァ!?」

 

 無言で叩き潰したボタンに縋りついて泣く爺さんはこうしてみると単なるボケ老人にしか見えないのだが、現役バリバリの科学者であることは間違いないだろう。でなければアカギが幹部に取り立てるはずがない。

 

「……爺さん、アンタなんでギンガ団を離れたんだ?」

「む?」

 

 この爺さんは決して善人ではない。少なくとも非合法な行為を知り義憤に駆られるような人間では決してない。穿った見方になるが金儲けの為ならちょっとした不合理なんて無視できる人間だと思う。

アカギの行いがちょっとした、なんて範疇で収まるのかというのはさておき。

ただ、少なくとも国際警察の取り調べの際に語った、『ギンガ団の非合法的な行いを知り心を痛めた』という説明には説得力の欠片もない。

 

「嘘ではないぞ? 儂とて人間、良心の呵責くらいはある」

「ギンガ団の行いがアンタの繊細な心を傷つけたって?」

「少しは」

「少しかよ」

「理由はそれだけではないということじゃ。例え軽度であっても、犯罪行為に手を染めることを前提としたビジネスモデルなど破綻するに決まっておる。それにギンガ団は最早企業の体を為しておらん。ギンガ団は、もう駄目じゃ」

「……どういう意味だ?」

 

 爺さんは湯飲みから茶を啜り、真剣な表情になる。

 

「アカギは経営者としても優秀だっただろ? アンタの立ち位置も悪くなかったはずだ」

「経営者として優秀ゥ? 馬鹿を言うな、アカギの小僧はそんなモノじゃない。大衆がカリスマと呼ぶあれは洗脳で掲げた理念は宗教じゃよ。……金儲けは出来たじゃろう。宇宙エネルギー開発そのものはギンガ団の貴重な収入源だったしの。だが宗教の柱が屋台骨を支えている以上長続きはせんよ。教祖アカギを頂点とした宗教団体である以上は」

「……」

「金儲けと宗教を一緒くたに扱ってはならん。金儲けは自由主義でなくてはならんのだ。それに―――」

「それに?」

 

 爺さんは俺を見て、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

 

「本体一つしかあってはならんシンボルマークが二つもある宗教など、倒れることが目に見えておるじゃろう?」

 

 放たれた言葉の意味を考える暇はなかった。インターホンが奏でる間抜けな機械音が聞こえたからだった。

 

 尋ねてきたのはシロナだった。爺さんの様子を見る為に本日訪問する旨のメールは昨日の段階で送られてきていたから、それは別に良い。挨拶もそこそこに勝手知ったる態度で俺の家に乗り込んだシロナは堂々とテーブル席に腰掛けた。ついでに俺の残った唐揚げを勝手に摘まみやがる。

 

「先輩、マヨネーズあります?」

「……爺さんといいお前といい、なんで家主の俺より偉そうなんだ?」

 

 自由過ぎる二人を見ていると俺の方が間違っているのか、と錯覚しそうになるほどだ。

 

「あ、マヨネーズついでにホットコーヒー一つ」

「儂も。後食後のデザートにアイスクリーム」

「こ、コイツ等……!」

 

 俺の家を喫茶店か何かと勘違いしている二人に腹が立つが、コーヒーを沸かすくらいなら良い。俺も飲むし。冷凍庫の奥に転がっていたカップアイスを爺さんに放り投げ、ついでにマヨネーズの容器をシロナに投げつける。シロナはあっさりと、爺さんは先ほど俺の唐揚げを強奪したのが嘘のようなたどたどしい動作でカップアイスをキャッチする。取り調べ中に同席したというシロナから何を言われたのか、シロナが死ぬほど苦手な様子の爺さんは挙動不審な態度で震える手つきでアイスに手を付けてくる。

 

本当にただの老人と化した爺さんを見て溜息が出た。俺がコーヒーを用意してテーブル席に座る頃になると焦点の定まらない目でカタカタと全身が震えている。

 

「おぉ、そろそろデイサービスの時間じゃなぁ……」

「現実逃避してないで戻ってこい。で、シロナ。進捗の方はどうだ?」

「流石にこの短期間では。先輩の方もどうですか? この怪しげな老人が何かやったりとか。後は周囲に不審な人物が現れたりとか」

「自称天才のこの爺さんにゃ不審なところしかねえよ」

「おい、訂正せんか。儂はまごうことなき天才科学者じゃ」

 

 自尊心の塊のような爺さんはそこを譲れないらしく、一気に復活した爺さんは行儀悪くアイスのスプーンを俺に突きつける。

 

「その天才科学者のプルートさんはどう思うかしら? アカギは尻尾を出すと思う?」

「無理じゃろ」

 

 シロナの問いに対する返答は清々しいほどの断言だった。爺さんはカップアイスの容器を手で弄びながら続ける。

 

「そんな阿呆ならとうの昔に捕まっておる。いや、例え尻尾を出したところで既に政界にすら顔が利くアカギを捕らえるのは至難の技よ。それが分かっておるから国際警察も適当な罪状を並べて刑務所にぶち込むことも出来んのだ。ブレーキが利かなくなった構成員共が何をしでかすか分からんしの」

「なら末端の構成員から当たっていけば……」

「所詮末端よ。もみ消しはいくらでも利く。最低でも幹部クラスを捕らえんと話にならんじゃろ」

 

 このようなやり取りはもう数えきれない。だが結論は『待ち』というものに帰結するのだ。アカギが直接出張ってくる、その瞬間を。俺からすれば歯がゆいなんてものじゃない。

 

「でも、最終的にはアカギ本人が動きださなきゃ話が進まないんだろ? だったらそれを待つしかねえよ。爺さんの言う通り、末端の構成員を潰したところで今のギンガ団じゃ大した打撃にはならないんだろ?」

「……まどろっこしいわね。四の五の言わず私のガブリアスで叩き潰してやりましょうか」

「ヒイィィィ……!」

 

 殺意の籠った視線を感じた爺さんがトラウマを刺激されたように悲鳴を上げるが俺もシロナもそれを無視した。

 

「……シロナ。ちょっとこの後模擬戦頼めるか?」

「先輩。先輩が危険なことをする必要はありません。大丈夫です。私が、守りますから」

「……」

 

 多分、シロナの言葉が正しい。俺にだってそれぐらい分かる。でも俺はその言葉に反発したい。

シロナに守ってもらうことが恥ずかしいとか情けないとか、そんな話じゃない。俺の恥部なんてシロナに幾らでも見られてきたんだから、今更晒す恥なんてない。

俺は恥ずかしい人間で、情けない人間だ。

ただ、それでも。譲れないものはある。

 

「いや、頼むよ。別に良いだろ? 可能性が低くても心構えをしっかりしておくって意味で」

 

 確率論で言えば低い。これは俺の只の勘だ。なのにおかしなことに、俺は再びアカギと対峙するなんて確信に近いものを感じている。なら、やるべきことは一つだ。

シロナは神妙な顔をして頷き、ポケットからガブリアスの頭部を模したひも付きのストラップのようなものを取り出して俺に握らせる。

 

「……なんだ、これ?」

 

 シロナが来る前も似たようなやり取りをした気がする。

 

「防犯ブザーです。押したら大きな音が鳴ります」

「俺は子供か!?」

「先輩は子供です」

 

 大真面目に言うシロナに俺は絶句した。

 

「だって、私の言うことなんて全然聞いてくれないんですから。せめて、お守りとして持っておいてくださいよ」

「……分かったよ」

 

 そこまで言われたら突き返すわけにもいかない。俺は渋々自分のポケットに捻じ込んだ。

 

「ケッ……! イチャつきおって。独り身の老人に対する当て付けか?」

「未来ある若者に対する嫉妬ですか?」

「フン。まぁ良い。もしかするとパルキアとかいう伝説を相手取るかもしれん。備えておくことにこしたことはないからの。しかし、そうであればこちらも相応の戦力を用意しておくべきと思わんか?」

「……何が言いたいの?」

 

 爺さんはあくどい笑みを浮かべて俺とシロナを見た。

 

「―――ヒードランというポケモンを知っているかの?」

 

 

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