いつの間にかギンガ団幹部『ヴィーナス』にされた男の話   作:Mamama

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ベツレヘムの星Ⅱ

 ハードマウンテンには伝説のポケモンが深い眠りについているという。

ミオ図書館の草臥れた資料の片隅に僅かな記述が見られたことを微かに覚えている。ヒードラン、と便宜上名付けられた名前にはなんとなく聞き覚えがあるがそれだけしか知らない。

 

考古学が盛んなこの地方においても取り立たされることが少ない非常にマイナーな存在である。俺みたいなもの好きですらこの程度の認識だ。一般人に聞いても殆ど知らないという返答が返ってくるだろう。詳しい話は俺も忘れてしまったが、ハードマウンテン近辺に昔からある伝承―――いやおとぎ話と言った方がいいのか。一部の地域で微かに土着信仰されている神だ。

俺の持つ認識とはそのくらいのものだ。

 

マイナーとはいえそのような話があることは確かではある。しかし率直に言って俺は爺さんが熱心に語る言葉の数々を欠片も信用していなかった。

科学者である爺さんが何故詳細を知っているのか、どのようにすれば目覚めるのか等々、事細やかに語る姿は科学者というよりは熟達した詐欺師を思わせる。次の瞬間、怪しい壺でも買わされそうな売り文句が口から出てきそうだ。正直、俺が何の予備知識のないド素人なら騙されていてもおかしくない。そのくらいには爺さんの言葉には説得力があり、また具体性に満ちていた。

 

しかし俺もシロナも若いとはいえ一端の考古学者である。流石にその分野においてはこちらの方に一日の長がある。

俺よりも博識であるシロナをしてちょっと耳に挟んだことがあるレベルのもので、実在するかかなり疑わしく、仮に存在しているとしてそれが空間を操るというパルキアに準ずる力を有しているかも不明だし、もし対抗出来るとしたらシロナはまだしも俺はそんなヤバいポケモンを従える自信はない。

俺もシロナも爺さんがまったくの虚偽を口にしているわけでないということは知識がある故に分かっているが、悲しいかな、爺さんに対する信頼はゼロである。

よって俺とシロナの下した回答は却下である。そんないるかも分からないものに縋るくらいならその時間を使って腕を磨く方がよっぽど建設的だ。そんなわけでシロナにボコボコにされた家のテーブルでぐったりと上半身を寝かせていた。

死ぬほど集中したせいか、肉体面はともかく精神は凄まじく疲弊しているようだ。ひとしきり俺をボコって満足したらしいシロナは良い笑顔で帰っていったが、俺にシロナを見送る元気はなかった。

「なんじゃいなんじゃい、儂の有難い助言を山師の法螺のように扱いおって」

「いや、流石に爺さんの言葉一つを信じてハードマウンテンを回るのは無理だろ」

 家に戻りコーヒーを啜る爺さんはぶちぶちと文句を言っている。個人的には心惹かれる話ではある。プライベートで調査をしようかと思うくらいには爺さんの話は聞いていてワクワクする話ではあった。しかし如何せん時期が悪いし、そもそも何故爺さんは自分が信用されていると思っているのか。

「っていうか順序が逆だろ? そもそもパルキアを出させないように未然に防ぐことを目的にしているわけで」

「出たときのセーフティじゃよ。いざパルキアが出てきてしまったらどうするのじゃ?」

 ぶっちゃけパルキアだろうがなんだろうが、シロナのガブリアスなら全てを薙ぎ倒していきそうだが、爺さんの懸念も分かる。

「……まぁ、少しは理解出来る話ではあるけども。でもだから、そうさせないための国際警察にシロナやら四天王達がいるんだろ? シンオウ警察だって動いてるはずだ」

「四天王をあてにするのは止めておく方がいいじゃろう。アヤツらの立ち位置はあくまでトレーナー、後手後手に回らざるを得ん。シンオウ警察もどこまで信じられるか疑問じゃの。真っ先に敵になるであろうシンオウ警察をアカギの小僧が見逃すと思うか? 言ったじゃろう、アカギの力は既に政界にまで及んでいると。捜査そのものが機能不全に陥るかもしれん」

「……」

 そのあたりは俺も実は一抹の不安を抱えていたところではある。アカギは天才であると同時に妥協を許さない性格でもある。どんな手管を使ったか知らないが、警察という明確に敵と分かっているものを放置しているとは考えられない。しかし爺さんの言葉はどうにも不自然だ。誘導する意図をこれでもかと感じる。というか、爺さんは隠すつもりがないだろう。

「爺さん、アンタは俺にヒードランを捕まえて欲しいんだ。それは善意なんかじゃなくて、アンタの利益になるんだろ? っていうか爺さんは何か旨味がないと動かない人間だろう? アンタがそんな善良な人間なはずがない」

 爺さんの言葉に裏がないなんて到底思えない。寧ろ打算があると断言された方がマシだ。我ながら捻くれていると思うが、俺としては純粋な善意だけで行動する人間の方が信じられない。

人とは見返りを求めるものだ。それが大して親しくもない人物であれば猶更のこと。

「儂のようなか弱い老人が、そのようなあくどい事を考えるがないじゃろう?」

「いや、か弱くないしアンタの腹は真っ黒だろ。ヒードランを捕まえて新しい金儲けでもしようってか?」

「……まぁ、おおよそ当たっておる。火山エネルギーを操るという触れ込みじゃ。上手くすればタダ同然で莫大なエネルギーが回収出来るかもしれん。パルキアを止めるのはついでじゃよ、ついで」

 意外なほど爺さんは素直に認めた。いや、爺さんにとってはそもそも隠すものではないのだろう。しかしシンオウはおろか世界の危機をついでときたか。拝金主義もここまで来れば清々しい。恐らく爺さんにとってはヒードランの件だってそこまで重要ではなかろう。あわよくば、という程度なのかもしれない。なにせ口に出すならタダだ。

「じゃが、嘘を言ったわけではないぞ? 強力なポケモンを引き入れればそれだけアカギの対抗策が増えるということじゃからな」

「だから、その前になんとかして止めるんだろ?」

「もう遅いとしたら?」

 俺は疲弊してだらりとしていた上半身を起こして対面に座る爺さんを睨みつける。流石に冗談にしたって悪質だ。

「どういう意味だ?」

「あかいくさり、じゃ」

「あかいくさり?」

 俺はオウム返しにその言葉を復唱する。どこかで聞いたことがある言葉だ。

「アカギの小僧から聞いておらんのか? パルキアは我らとは異なる位相の世界に住まうポケモン。呼び出し、我らの世界に固定化するための道具、それがあかいくさりじゃ」

「……ああ、アカギから聞いたことがある気がするわ」

 当時はあまりにも衝撃的すぎてアカギの言葉が耳を通り抜けていたのだが、今振り返ってみるとアカギがそのようなことを言っていたような気がする。心の生み出したとされる三体の伝説のポケモン、その三匹の遺伝子情報を元にパルキアを律するあかいくさりなるものを作り出すのだ、と。

俺の説明に爺さんは鷹揚に頷いた。

「一本目のあかいくさりは実はもう既にアカギの手の中にある、と言ったらどうする?」

 怪しく笑う爺さんとは対極に俺はまったく笑えていなかった。知らず、生唾をごくりと飲み込む。

「……現在進行形で起こってる騒動は三匹のポケモンを捕まえる為のものだろ? その話が本当だったとしたら今ギンガ団がやってることは全部無駄じゃねえか、二本揃えてどうするんだ?」

「無駄ではないのぅ。ゲノム解析によって導き出された遺伝子情報はあくまで仮定のものじゃ。実物と照合せねば危険じゃろ? 失敗が許されんというのなら、万全を期すと思わんか? ましてや妥協や不完全というものを嫌うアカギが。……或いは二本揃えることに意味があるのかもしれんが、生憎儂はそこまでは知らん」

「……爺さん、まさか制作に関わったのか?」

 今聞くことはきっとそんなことじゃない。爺さんの言葉の真偽を確かめるべきだ。俺がそんなことを聞いたのはきっと現実逃避だ。

「いや? 儂がギンガ団に入った頃は既に完成間近であったから、儂は何もしとらん」

「……今の情報の信憑性は? つうか国際警察には言ったのかよ。俺は今初めて聞いたぞ」

 もし爺さんの言葉が事実だとしたら状況は一変してくる。アカギが作ったあかいくさりの再現度がどれほどのものか知らないが、リスクを度外視すればアカギは今直ぐにでも事を起こせるのだ。背筋に冷や汗が流れる。身体に残っていた疲労感などどこかに飛んで消えてしまっていた。

「向こうは取り合わんかったが一応の。或いは信じたくないのかもしれん」

「物的証拠もないんだろ? いやでも……いやいや、やべえって。いやマジで。どうするんだよ、これ……」

 俺は頭を抱えた。思った以上に危機的な状況に立たされていたことに動揺した俺は意味もなく視線を右往左往彷徨わせる。

「……ほう? 貴様、国際警察よりは見る目があるようじゃな」

「うるせー、アンタの言葉を信じてるわけじゃねえよ。でも、アカギなら冗談抜きでやりそうな気がするんだよ。いや、何か第二第三の矢を用意しているじゃねえかとは思ってたんだけどさ」

 シンオウ全域を巻き込んだ騒動だ。派手に動けば付け入る隙を与えることになる。そうしてメインプランが崩壊した後に何も考えていないほど、アカギは考え無しの阿呆ではない。

アカギは自分の才能の胡坐を掻いただけの男ではない。寧ろ、才能があったからこそ自らの無力さに苛まれていたような、今改めて思うとそんな男だったように思える。

であればサブプランは必ず用意しているはずだ。

……今起こっている騒動はそのサブプランであり、メインプランを補完するものでしかないのか?

「……爺さん、ヒードランならパルキアを止められるのか?」

「さぁ? 儂は知らん」

「いや、知らんって……」

 無責任な言葉に唖然とするが爺さんは不愉快そうに鼻を鳴らした。

「仕方なかろう。儂はトレーナーではないし、パルキアにしろヒードランにしろ伝承でしか聞いたことがない。貴様も同じじゃろ? やってみねば分からん」

「……どっちにしても下手にアカギを刺激したら不味い、か?」

 アカギは完璧主義者だ。あかいくさりを完璧なものとした上で事を為すつもりだろう。しかし、アカギを下手に追い詰めると不完全なあかいくさりを持ち出す可能性がある。それで首尾よくパルキアがアカギの制御下に置かれればまだ良い。絶大な力を誇るとはいえポケモンはポケモンだ。アカギの指示に従うならまだどうにかなりそうな気はする。

しかし万が一アカギの制御下を離れることがあれば―――。

俺は脳裏にその光景を想像してみる。CGを駆使した怪獣映画みたいな光景が浮かんできて、俺は慌てて想像を打ち切った。

 

二本目のあかいくさりの完成を待つというのも本末転倒でしかない。結局パルキアの降臨を許してしまうわけだから。どうにもならないジレンマだ。

「……シロナに言ったらなんとかならない?」

「あのガブリアス厨の名前を口に出すでないわ。いや、あのガブリアスならなんとかしてくれそうな気がせんでもないが、流石に伝説相手には厳しかろう」

 シロナのガブリアスならなんとかなりそうじゃね? と思えるあたり本当にあのガブリアスはヤバイのだが、流石に一個人でどうにか出来る範疇は超えているか。四天王の力を借りることが出来れば―――いや、彼らは間違いなく強いトレーナーではあるが、シロナレベルに狂った戦力ではない。頼りになる戦力であるが、四天王を総動員してもパルキアに勝てる保証はない。何せ絶対に負けられないのだ。普通のポケモンバトルとはわけが違う。『勝てませんでした』は通じないのだ。

 

……もし、仮にここにヒードランとかいうポケモンを従えることが出来れば勝率を上乗せ出来るのではないか? 流石に単騎でパルキアに勝るとは俺も思ってはいないが、マイナーとはいえ伝説に謳われるポケモンだ。其処等のポケモンよりはよほど強力だろう。

いや、だがしかし―――。

俺の葛藤を見て何を思ったのか、爺さんは意地悪そうに笑った。

「しかし貴様も非情じゃのぅ。余程あの女が大事と見えるが、アカギの方に未練はないのかの? いや儂も男じゃ、気持ちは分からんでもない。―――或いは、単純に我が身可愛さか」

「……何が言いたいんだ、爺さん」

 煽るような物言いの爺さんに思わず噛みつく。

「お前も分かっておろう? 貴様がアカギを救うことは出来ん。何故ならば女の方に靡いてしまったのじゃからな。貴様はアカギを倒すべき悪と定めたのじゃ。アカギにとって貴様は唯一の理解者だったというのに」

「違う!」

 思わずテーブルに手を叩きつける。

「俺は、アカギの所業を看過出来ない! だから―――!」

「かつての友を見捨てて面倒事は国際警察やあの女に任せて状況に流されるまま穴倉を決め込むのだろう? 責めはせんよ」

 俺は爺さんの胸倉を掴みあげた。それでもなお爺さんは怪しく笑っている。握りしめた拳を振るおうとしたところで、俺の理性が制止を促す。俺は拳を下ろして乱暴に椅子に座った。

「俺にどうしろって言うんだよ。……違うな。爺さん、アンタは俺に何をさせたいんだ?」

 項垂れる俺に爺さんは邪悪な笑顔を浮かべた。

「えー? 別にィ? なんか儂が言わせたみたいな言い方じゃん? 儂は未来ある若人が苦しんでいるのを見過ごせないだけだしー? そんな強要するつもりもないって言うか?」

「気持ち悪い言葉遣いは止めろや、不愉快だ」

 そうかね? と爺さんは襟を正して、それでも喜悦を滲ませて言う。

「―――世界とか、救ってみたくない?」




一体いつからーーーーーー主人公がシロナ陣営だと錯覚していた?
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