触野 千手郎著『騎馬触手技術の完成とアマゾネス文明の興亡』 川満新書 作:HASURYU
現在、触手技術は幅広く利用されている。古典的な母乳分泌や精液の増進、狩猟や漁業における触手鞭術による動物の捕獲、毒性を利用した催淫効果、さらに疑似器官による手術、内視鏡技術など、医療、牧畜など幅広く、またその応用範囲は多い。また第三の手として危険な領域での作業にも触手マニピュレーションは欠かせない。また最近の身近な触手技術としては、発達した各種介護用触手も目にすることがあるだろう。
このように、現代生活において触手技術の発達はもはや自明視されているにもかかわらず、その歴史はこの大三島諸島域において、その歴史的文化的環境的背景も含めてあまり知られていない。これは我が国の歴史において、触手技術は賤民の技術、もしくは海女の技術であるという偏見があることと、開国以来の洗練された触手技術を手にしたことから、その途中の発展形態を知ることがないという、歴史的背景がある。
そのためその技術が広く使われているのにも関わらず、それらの発展史はわが国大三島国ではあまり知られておらず、もしくはその技術の起源というものが意識されることなく利用されているのが現実である。
だが触手技術は、世界史レベルで発達したものである。その用途と形態からポルノグラフィックに想像されることも多いが、基本は、各地でその技術の原始的形態を形成され、紀元前1000年ごろのガンダ文明域によって体系化された。それらの知見は歴史上の各民族の長年における生活技術と知恵の長い進歩と進化によって得られたものである。
完成された触手技術とそのアレンジは、紀元前850年ぐらいに始まる静黒海域からカスプ湖域の触手文化とそれによるアマゾネス遊牧民の興亡ともに発展し、これらの民族によってエウラスタン大陸全土へと広がった。
しかもこのアマゾネス文明で発生した触手技術のブレイクスルーは、人間の第三の手としての触手という新たな段階をもたらし、それと騎馬技術の革新とともに世界史を動かしたのである。またこれらの技術の発達は明らかに女性がイニシアチブをとっていることも、歴史上に独特の位置を与えている。
このことがアマゾネス文明はフェミニズム的にも様々な評価と論点を与え、これらの文明における女性の役割と歴史的意義を肯定的にとるか、否定的にとるかで現在進行形で論争が続いている。前者はその技術の女性によってイニシアチブがとらえている面を評価し、後者は後の性暴力として使われることが多くなった技術の始まりであり、あまりにも男根主義的な技術であるとして、進歩主義批判の文脈で低く評価している。
これらのアマゾネス文明における触手技術のフェミニズム的解釈の論争の詳しい紹介は、この本ではあまり触れない。しかし最低限の筆者なりの見解だけは示すのは、この本の理解を深める上でも読者としては有意義であると思う。したがって私なりの最低限の視点は示しておきたい。
現時点の筆者の見解としては、前者の見解に足を置いている。後者のような解釈をとるのは、アマゾネス文明以後の触手利用の結果生じたものである。後者のような立場をとるならば、それらの技術の始まりとしてのアマゾネス文明の意義を軽視するものではないかと考えるからだ。
筆者は性暴力の加害者としてなることの多い男性であるので、このような解釈をとれないのだといえば、私も男性の一員としては否定はできない。だが触手技術が後者が性暴力として使われることが多いという歴史的事実を軽視もしくは否定するつもりはないことだけは、一学徒のささやかな義務として引き受けるつもりである。
だがこれらの解釈を取るにしても、どのように触手技術が生まれて発達したのか、どのような風土的文化的背景があったのかをも含めて考察する必要はある。そしてそのうえで、性暴力としての触手技術が使われるようになったのかを考えるべきで、それらを防止する術を考えるヒントをアマゾネス文明の歴史は与える思う。
現に触手技術の応用による性犯罪者対策技術も現実に行われており、それらの恩恵をもたらしたのも触手技術である。その技術の始まりは、古くこのアマゾネス文明の処罰から発達したものであるから。
話がそれたが、まずこの本は次のように構成されている。
まずは触手の生物学的説明、生態学的位置づけについてについて説明する。各地で広く使われている触手技術であるが、その近縁種は森林域を中心に多く存在し、それらの触手も世界各地でユニークな使われ方をしている。だが現在実際使われている触手の起源は、その中の数種から発達したものにすぎない。なぜこの数種だけが家畜化なしえたのか、その生物学的背景、生態系の位置づけを説明する。生物学的には最低限であるが、その人類との出会いをも含めて説明する。この出会いは、ヒューマン=アルタ種にとって不幸なものであったこと幸運であったこともあるが、やがて原始的触手技術の確立に至った。
次に、これらの生物学的背景を踏まえたうえで、原始的触手技術からガンダ文明以前の触手技術の成立を軽く説明したのち、最終的にガンダ文明における古典的触手技術の成立と完成、その文化的位置づけと歴史的意義を説明する。
ガンダ文明こそ触手技術完成の地であるが、実はその技術は乳量増加、精液の増加、医療用触手の原型など重要なものであるとはいえ、第三の手という使われ方はされていない。なぜそのブレイクスルーがなされなかったのか。ガンダ文明域の触手技術の説明とその文化的背景も含めて紹介する。
それからガンダ文明から静黒海域への伝搬とその過程における変化を説明したい。古い本では触手技術は多元的発達説がとられ、それらの発祥の地の論戦はナショナリズムの興隆もあって激しかった。だが近年のDNA分析により、家畜化された触手はその多様な形態をとるわりに思ったより少ない種が起源であることが分かってきた。そして第三の手としての触手はその起源となるとさらに限られてくる。このことによってアマゾネス文明揺籃の地である、カスプ海東岸域こそ第三の手としての触手技術ブレイクスルーの地であることが判明したのである。その技術的伝搬はどのようなものであったかを書きたい。
これらを踏まえたうえで、触手技術以前のアマゾネス文明域~静黒海域からカスプ海域~の文明が、その文明の発掘史とその技術の発見の経緯の説明も踏まえて、どのようなものであったかを含めて説明する。ここでは何故アマゾネスは、第三の手である長育種を作ることに成功したのか? 考古学的調査と再現技術と原理も含めて説明する。
ここでは女性や男性にとっては性的にショッキングなことも書かれているが、現時点での推理とそのために身を張った男女問わぬ各種学者の試みも含めて紹介したい。とはいえ必要以上に煽情的に書かないようにするつもりだが。
そして長育種触手技術の発展とその文化的受容を周辺先進国の歴史書からの記述も含めて解説していく。これらの技術は確かに一つの文明を作り出し、各種圧力をかけた。それはガンダ文明に一つの断絶を産んだ。だがこれらの技術もまた模倣、もしくは代替技術によって圧力にさらされる運命にあった。アマゾネス文明の覇権は、さらなる触手技術の発展とそれとは別の技術にさらされ、その限界を示すことになった。ここでは最新の発掘からわかったアマゾネス文明の興隆と、その技術的優位による覇権とその限界も含めて説明したい。
最期にまとめとして各地への影響を説明したうえで、触手技術史におけるアマゾネス触手技術の位置付けを行いたい。アマゾネス文明はゆっくり衰亡し、滅亡したが、彼女たちの子孫は完全に滅んだわけではない。彼女たちは遊牧民らしく、ダイナミックな移住を行い、西へ東へと移動した。それらの動きは現代の発掘調査からもわかりつつある。
それに伴い、第三の手としての触手技術はアマゾネス文明から各地に伝播した。この移住先で現地の技術と融合することで、さらなる新しい技術の発達とショクシュの種の改良を行った。ルートによって発達した部分は違うが、その技術の発達は興味深い。その伝播と発展を各地域ごとに軽く説明したい。
彼女たちの技術の影響はわが国にも例外ではない。箭内芳夫氏が提唱した海上の道を通じて、古代にその技術は伝播しただけでなく、普途教伝来、中世のリャンモー帝国北方域からの襲来、そして近代のウェスタンインパクトと幾度なく我らの国へと伝わったのである。ここでわが国の軽い触手技術史を説明した上で、アマゾネス文明の触手技術の歴史的位置づけを最終的にまとめたい。
本文を読んだうえで、これらの技術の発展とその中で生きていた人たちに想いをはせ、技術によって可能なこと、それらの限界はどこにあったのか。そしてあるべき技術について読者が考えて貰えるなら、筆者としてもこの新書を書いた価値があったものである。