触野 千手郎著『騎馬触手技術の完成とアマゾネス文明の興亡』 川満新書   作:HASURYU

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アマゾネス文明の総括と日本モデルの国の触手技術。

人口圧とイノベーションの呪いには勝てなかったよ。

その点で似たりよったりの国同士。


13 アマゾネス文明の世界史的意義──そして大三島域の触手技術

【アマゾネス文明の触手技術史から見た世界史的意義】

 

 以上、彼女たちのほぼ500年に及ぶ歴史とその後世における影響をも説明した。その発見の過程を寄り道しながらも、ここまで読んだ読者もこの文明の興亡の一通りの知識を得たと思われる。その上で彼女たちの文明の世界史的意義は、触手技術とその交流に関していうならば、次の通りであろう。

 

 1.独占されていた古典ガンダ触手技術を広め、乾燥地から後には寒冷地に適合する触手養殖技術の完成、発展と応用

 

 2.1を基礎とした軍事触手利用による騎馬遊牧民の戦闘技術のフォーマットの完成

 

 3.1によって可能になったジェンダーの限界があるとはいえ相対化と、現代のジェンダーとは別のありかたの提示

 

 4.1,2,3を維持するインフラと国家によってなされた東西触手技術の伝播と融合

 

 これらを順をおって説明したい。

 

 まず地理的条件によって、ガンダ域は様々な触手技術を開発、独占していた。その生産過程の中で抑圧、奴隷狩りなどの被害に彼女たちはあっていた。その過酷な環境の中で触手技術を開発、改良をした。その完成形として、ガンダハラスミショクシュの改良による人馬一体型長育種触手とその培養技術を作り出した。

 

 無論ガンダ域の触手技術は彼女たちがいなくても、やがて流出しただろう。神苑圏の絹のように。しかし彼女たちが作った触手の品種はより広い範囲で適合し、彼女たちの広い行動範囲と各地への移住によってもたらされた。この普遍的な触手がなければ、各地にガンダ由来の技術などが来ても発展させることが遅れ、根付きにくかっただろう。

 

 また彼女たちは各種役畜を開発し、そのうえでこの技術をもたらした。これは牧畜業にとって、大きなターニングポイントの一つである。これに匹敵するのは、農業面では神苑圏中世宗の千剰米の誕生や、エウロスの近代農法ぐらいなものだろうか。

 

 しかも彼女たちは優れた語学力で、各地の言語で翻訳し、政治的な意図こそあれ、ガンダ域の独占された知識を公開した。これらを分類、編集したのが彼女たちだったのだ。

 

 実際、古写本や口碑などにはおそらく彼女たちの文献由来のものが、ガンダとヤクティス、ザウルなどで見受けられる。

 

 このことに気づいて、採集と再分類、再編集したのが、サラやトーニャの先駆的研究やその後続の学者の研究である。しかしナーリーン遺跡の書類からわかったのは、アマゾネス人の技術は、想像以上であり、その可能性を広げたことが分かった。

 

 特に生殖器の回復技術などは高度であり、ともすれば不安定な遊牧民に生産的安定性をもたらした。その派生技術も含めると現代でも恩恵を受けているものは少ない。

 

 また技術とそれを維持するインフラも整備したうえで広めたことも画期的であり、この恩恵を与えるシステムがなければ、征服した広い地域を維持することができなかっただろう。その影はガンダ域に確実に影を落とし、200年の征服と支配を可能にしたのだ。

 

 とはいえ、無論飴だけで支配が可能になるほど、古代の世界情勢は甘くはないのは事実である。それに対抗するべく鞭の技術を彼女たちは持っていた。それが、長育種触手による騎馬技術の改良、相対的に非力な女性を強力な騎兵にする射撃補助触手とそれに伴う弓技術の改良である。これも歴史上重要なターニングポイントである。

 

 バイアーン流の騎馬技術を改良と訓練期間を短縮、女性でも強力な射撃が可能になった弓やその他の武術は、それだけで軍事的脅威である。

 

 この技術による射撃は、彼女たちの文明の同時代には対抗できるものがほぼいなかった。特に戦車技術にガンダ諸国家に対しては圧倒的威力を発揮したのだ。

 

 彼女たちの作り出した触手技術を様々に応用した武器と戦術は、古典的遊牧帝国の一つの完成形である。その後、各地でバリエーションを後世の各遊牧民族や国家によって作り出していく。

 

 むろん生きている鞭というべき触手は様々な生産限界がある故、次第に後発の対抗技術に押されるが、その基本形とその応用は遊牧民のそれとは別に連綿と今に続いてる。

 

 先に述べた、飴と鞭を持った彼女たちの文明は、歴史的にも珍しい女権の帝国というものを作り出した。触手技術の生産の主導権を持ったことと、女性にも参加可能な軍事力増加、さらに生殖技術の進歩によって、ジェンダー枠の相対化が進んだのだ。とくに牧畜技術由来の生殖技術の応用は遊牧民には必需の技術で、それを加速させた。

 

 もともとはこれらを可能にする技術は、遊牧民の去勢した役畜でも生殖を復活さすための、彼らの生死に関わる技術である。

 

 しかしアマゾネス文明人は、これらをさらに進歩させ、積極的な使用方法と性的なものを活用するために人間にも応用、活用し始めた。

 

 このような活用がなされたのは、大規模女権社会という中で性秩序が不安定だったという事情もあろう。その中で帝国を結果としてアマゾネス人は作り上げてしまった。それ以前ならば性犯罪とかを取り締まるためには部族社会の慣習法ですんだが、帝国時代になると限界があった。快楽の与える技術とそれに伴う混乱を防ぎ、新しい性的秩序と倫理を作り出すために、これらの技術が刑罰面で使われ発展させた。

 

 その結果、古代としてはより現代に近い性倫理をアマゾネス人は作り出した。その影響は古代普遍宗教の広まりとと同時に広まり、洗練されていった。

 

 とはいえいくら原型ができたとはいえ、戦乱が続く時代はまだまだこの後も続く。基本男権社会は戦争の必然性から産まれた可能性が高い。そのため既存社会は男権社会になることのほうが歴史上多かったのも真実である。だが彼女たちの文明は、女権社会でもその条件と時期に会えば、軍事的にも強くなおかつ、女性が主導権を握った上で、男女同権社会が製作可能であり、それによってジェンダーによる役割は変化し、我々のジェンダー枠が絶対ではないことを教えてくれる。

 

 最後に各地に適合した触手技術と移動技術によって、アマゾネス人は触手技術の第一次東西交流というものをもたらした。それは彼女たちの文明がある時点だけでなく、その滅亡後により一層進んだ。

 

 彼女たちの帝国は、最大フタスタンからガンダ北西部、南部にまで広がっていた。この南北に広がる帝国を維持するために、宗教とガンダ自由思想家と人文知識を活用して、最終的には普渡教やザーレ―教などの普遍的イデオロギーを産む結果になったのは先に述べた。これは帝国を維持する際には必要なことである。

 

 この結果、各種技術もまた混交と普遍化される傾向を産んだ。特にアラン域とガンダ域の知識の混交、地方王権になってからはザウルとガンダの知識の混交を産んだ。

 

 その過程の副産物として、彼女たちの各種技術が各地域伝わった。媒介者としての彼女たちは、このエウロスタン大陸の文化の東西混交には必要だったのである。

 

 彼女たちは遊牧民ならではのフットワークの軽さで各地の産物を運び、古代の重要な海洋交易民族オーク族とグラムス人や、他の遊牧民と接触して、第一次触手の道というものを最終的に作り上げた。この道はおそらくその前にあったと推測される雑穀の伝来の道を、改良したものではないかといわれるが、現時点ではそれは定かではない。

 

 この移動は触手以外だけでなく、彼女たちの畜力機関を伝える道でもあり、これによりかつての辺境域は、彼女たちが開発した役畜とともに広がり、ヒューマン種の生存圏を高めた。畜力に依存し、それらを制御する以上、その影には触手技術は必要である。このことがより東西触手技術の交流を必要としたのだ。

 

 しかしこのような優れた技術を持っていたのにもかかわらず、最終的には彼女たちの文明と帝国は崩壊する。その優位をなぜ維持できなかったのかを説明しよう。

 

 

【アマゾネスの没落原因の分析】

 

 

 とはいえ、彼女たちの文明の崩壊パターンは、私たち大三島域住民からすれば、神苑圏の騎馬遊牧民帝国の崩壊に似ていることから、ことさら珍しくないかもしれない。だがこの崩壊パターンを最初になしたのがこの帝国であり、後半の遊牧民帝国とは違った原因で崩壊した原因もある。私から見れば、アマゾネス文明はその強さゆえに崩壊せざる得ない部分が見える。素人ながら見ると。それらの理由は主に3つ挙げられる。

 

 1 インフラの逆機能化による高度な技術力の維持の困難

 

 2 代替技術の発達

 

 3 人口圧とそれに伴う広域支配の限界

 

 これらが組み合わさってアマゾネス文明は崩壊したが、比較的わかりやすくするため、順に説明していこう。

 

 インフラの逆機能化と高度な技術の困難ととは、その技術が発展するときにはある種のインフラが必要されるが、発達するとそのインフラが桎梏になる場合が、特に前近代では起こりやすい点にある。そうなると高度な技術の発展が阻害される。近代官僚制でもこの現象は起こるが、前近代の技術は社会的文脈にかなり依存しているため、より一層おこりやすかった。。

 

 彼女たちはガンダの専門家──神官階級など──から分離して、普遍的な触手技術を開発した。そして安定した触手生産をなすために、サーリハの教団や自由ガンダ思想家の教団などを取り込んで生産を開始した。その際に注意深く、より広く支持を得られるように運営した。各種インフラの整備、儀礼に伴う安全な触手養殖法、女性や異邦人も参加可能な教義と教団などがそれである。

 

 差別されていたそれらに権威と権力を与えることで、触手の大量生産と改良を行う基盤を作り上げた。

 

 しかし一度これらのインフラが作り上げられてしまい、安定した制度になるとなかなか新しい技術が入りにくくなってしまうのだ。

 

 その一例としては実際彼女たちの神はかなり後にならなければ、北東ガンダで根付かなかった。それ以外の強い制度が定着していると、根付くには時間がかかってしまう。ガンダ南部などの彼女たちの技術とインフラが根付いたのは、先行者がいなかったことと、彼女たちの軍事力だけでなく、かなり似た風土と宗教と文化を持っていたことも大きい。

 

 後代のガンダ魔術やザウル魔術が発展してきたとしても、これらを融合させようという試みは困難にさらされることになる。また融合したとしても、その社会的文脈にゆがめられるのだ。

 

 たしかにアマゾネス文明人は、人間の魔術回路を把握していたし、神経もつかんでいた。だが触手で体力を強めることはしても、魔力による身体を強めることはしなかった。魔法を使うにしても、触手の力を強めるように発達していったのである。この方式は現代の魔法技術から見れば、魔力やアーティファクト技術的にも、また魔術編成からしても非効率である。だがこの時点では魔術に触手技術が従属していたのではなく、触手技術に魔術が従属していた。だからその文脈の中で魔術を使わざる得なかった。

 

 実際彼女たちの記録で筋力をどのように強めたかを知ると、精緻ではあれ触手を大量につけてそのうえで魔術で制御したのが、判明している。このようなやり方では他に魔術を展開することは難しいだろう。このように、使い手によって効率のよい魔術の使い方は、一度触手技術とは別種のものとして分離発展させなければならない。

 

 いくら人間より強い力を持つものとして乗用車があり、それらに後付けで強力な機能をつけようとしても限界がある。乗用車の設計で近似するものを作れても、トラックや工事車両になることはできない。だが作り上げた既存のインフラは自動車用に特化し、分解できない状態になっている。

 

 ちなみに魔術が魔術として分離して扱ったのがアルジャニス朝からである。このように高度な技術の発展は社会的文脈によってかなり歪められてしまうのだ。その社会的文脈が強力であればあるほど、技術発展の上で歪みが大きくなる傾向は否めない。

 

 ちなみに学問の進歩、新しい視点や発見を元に、今ある学問体系を解体、再編成することでより普遍性の強いものを作る一連の作業のことを指す。

 

 このようにして社会的文脈で高いコストを払って高度な技術が維持される状態になると、より簡素で使いやすく発展しやすい対応した代替技術が現れ、使われることになる。

 

 触手技術に関して言えば、馬具や武器の改良、対触手技術用の触手がそれになる。

 

 触手技術では本来神経質な馬や役畜を安定して騎乗したり、制御するために使われた。これらの技術は今でも使われているが、アマゾネス文明ほど触手に依存せず、メインでない。触手を使ってかつてのアマゾネス人のように馬具のほとんどを代替するのは可能だ。しかしいくら繊細な馬術が可能だとしても、触手は生き物である以上生産に端境期が存在する。ショクシュ目自体の生体リズムに生産が支配されるのだ。馬具を触手だけにするとこれらを定期的変更する必要がうまれ、その最終コストは馬具よりはるかに高い。だから現在では馬具と触手の組み合わせがメインになっている。

 

 無論アマゾネス人は馬具も改良したのである。だがそれ以上に触手技術を発展させ、疑似神経回路や魔術回路を駆使した現代でも通じる高度な戦闘用触手服を作り出した。反面そのような高度な触手服を作るよりも、馬具を改良した他人数の軍隊の方が強いのが実情である。さらにこの戦闘服では魔術を使いにくく、応用が乏しい。だから後世には伝わらずすたれた。ある高い技術は別の文脈で発達の余地のある高い技術を受け入れにくくするところがある。この問題は現代でも発生するが、アマゾネス人も免れなかったのだ。

 

 無論アマゾネス人の一部は、この問題に手をこまねいたわけではない。サレウ=マンジェーの改革はまさにこれらの問題に対応するために行われたのだ。それに付随した比較的なマイナーな神性を優遇することは、既存の社会的文脈と新たな視点と技術開発のためには必須であった。そのうえザーレ―のような留学生でありつつ、高度な魔術技術を持つものを取り込もうとしたのである。

 

 だが政治的安定性にかけたのと、既存層の既得権益を脅かしたために、排斥される結果となった。その結果、この改革の果実はアルジャニス朝の成立という形で実を結ぶという、アマゾネス文明にとって皮肉なことになった。

 

 また高度な技術を遊牧民帝国支配者層が持っていたとしても、一朝一夕で解決できない根本的問題として、人口差とそれに伴う人口圧の問題が横たわっている。この問題はアマゾネス文明だけでなく、後代広く各地で成立した遊牧民帝国に付きまとう問題である。

 

 この問題は特に神苑圏の歴史を紐解けば、より深く理解できるが改めて説明しよう。

 

 遊牧はヒューマン、アルタ種の生存域を広めたの事実ではある。しかしその生存を可能にする必要面積は、農業地帯より多くなる。これが広さのわりに遊牧民帝国の人口は農業地帯の国々より少なくなる傾向を産む。軍事力が強くても、人口差は覆りにくい。

 

 軍事的にも生産面でも遊牧民帝国がこの問題に対処するには、触手技術を含む各種技術を開発したり、農業可能圏を開発、征服したり、交易ルートを確保するための広域支配を行ったりする。これらの条件が組み合わさると大帝国が誕生する。アマゾネス人やリャンモー帝国のように、この文明が高い技術力を持っていると、その方向性と動きを加速、成立する。

 

 しかし人口が多い地域を政治的安定とともに支配するには、地元民の協力がなければ成立しない。

 

 そのため、遊牧民側は各種特権や各種技術など遊牧民側は与えざるえなくなるのだ。アマゾネス人の場合なら、各種インフラの利用と役畜類、触手増産、そして畜力、水力機関がそれにあたる。

 

 はじめは既存の支配域、アマゾネス人ならフタスタンで生産することになり、人口が少ない以上生産が頭打ちになってくる。そうなると、他の地域でも生産が開始させられる。政治的安定をもたらすために。

 

 この生産傾向が続くと、人口の多い地域でより多く触手や各技術が使われることになる。かくして時間がたつにつれ、技術浸透がなされ、両者の技術的水準は均衡する。そうなると単純に人口が多い方が有利になっていく。改良も維持条件も段違いに楽だからだ。

 

 こうして人口圧に負けた地域から遊牧民帝国は破綻していく。アマゾネス人なら南部から、属国に近いザウル圏の圧力によって。さらに先に述べた条件も重なれば崩壊が早くなることも言うまでもない。

 

 このような問題に囲まれて、アマゾネス人の文明は滅んだのである。アマゾネス人の発達と崩壊から何が読み取れるか。

 

 それは次の節でわが国大三島国の触手技術の簡単な歴史紹介とその比較を通じて、この長文を終わらせたい。

 

 

【大三島国の歴史から見た触手技術】

 

 

● 第三島域の触手技術伝播地図

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 このような事例一つとして、わが祖国でもある大三島国の歴史における触手技術を見てみよう。

 

 大三島列島は名の通り、大きな三つの島を列島を中心に、大小多くの島々からなる地域の総称である。大三島と呼ばれるものの、近代期の侵略植民を通じて編入された大カムイ島、南西小列島などを含んでいる。大三島国はそれらをまとめた立憲君主制国家である。

 

 ヒューマン種やアルブ種などがこの地にたどり着いた原始時代には、原始的触手技術が確立していたらしい。この時に開発された犬用触手は多様であった。この多様性を説明するために、人畜交配法がこの時代には確立していたのではという仮説があるが、定かでは

ない。

 

 しかし東スタニア歴史時代になると、この地域に移住するものが増え、独特の文化を各地で作り始める。この地に移住するルートは三つあり、カムイ島経由の北東ルート、南西諸島経由の南方ルート、そしてベチェル半島経由の西北ルートである。

 

 南方ルートからは南部神苑圏や東南スタニア経由でオーク族などが入り、北東ルートではエルフ族が入る。そして歴史的に重要な神苑圏やベチェル半島諸国の動乱を避ける形で移住した他民族が西北ルートから入ってきた。

 

 触手技術的には、オーク族のガンダやアマゾネスのそれを発展させた技術を運んだ南方ルートと、神苑圏の触手技術を運んだ西北ルートがこの時代では重要である。

 

 これらの触手技術を残した土偶や壁画、祭器は各地に残り、発掘されている。その中でも触手を扱う人の姿が現れている。

 

 基本、大三島列島域では長く定住狩猟採取生活社会が長く続いたが、西北ルートや南部ルートで稲や芋などを作る農業や、養殖漁法、牧畜などが入ると、農業社会に突入する。

 

 生産力を増した各地域は様々なクニを作った。そしてそれらの対立抗争吸収をするようになった。その際、各地域の基本的な文化枠組みが作られ、ライバルのクニの技術は卑しめられる傾向があったらしい。このことはわが国の神話や各地の伝承から推測される。

 

 この最初の国家統一への向けての動きは、大三盆地と仙和平地を手中にした大皇家によって統一された。大三島列島域を統一し、神苑圏の帝国の朝貢体制に入ることになった。この時代からわが国の歴史的記録がはっきりとわかり、東スタン史に組み込まれる。

 

 大皇家は列島域の統一イデオロギーとして先進地域から普渡教を採用することになり、さらに体系的かつ大掛かりに触手技術が入った。この時代に入った触手技術は、薬用軍事用そして畜産用の触手であり、これらの技術の独占に成功し、中央集権体制を確立するに至った。そして各種ルートで入った触手技術は民間の一段と劣った技術とみなされたのである。

 

 しかしこの体制が長く続くにつれ、民間触手技術と普渡教経由の触手技術は対立することもありながらも、普渡教と民間信仰の習合を通じて、融合根付くことになった。この時代に発達した触手技術は、薬用触手、上流階級用のヤギヒツジ用、人間用の乳量増量触手、性交補助用の触手、儀礼用の装飾や芳香触手、そして各種戦闘、魔術用触手である。

 

 この時代にいわゆるわが国の古典的触手技術体系が誕生、完成する。

 

 やがて中央集権体制が数百年へて崩れると、各地の軍人貴族、武士が自立し始める。その動きはやがて中央とは別の政治的勢力の誕生と独自の秩序を作り始める。この時代から軍事技術の発展に伴って、戦闘用触手は進化、重装騎馬弓兵をつくるための触手が誕生する。古典的技術から発展させた戦闘用触手は高度なものであり、現代でも世界各地で評価されている。

 

 しかし13世紀になると、リャンモー帝国が上下カムイ島やペチェル半島から襲来することで、この体制も危機に陥る。ゲリラ戦や各地の海戦などを行って、かろうじてこの大帝国の圧力を撃退したが、その後の体制の混乱は長く続いた。

 

 触手技術的にはカムイ島にコンパウンドボウや北方系触手技術が伝わり、トナカイ遊牧民となったカムイ島各原住民による遊牧民部族連合が成立する。これらの国々は混乱した大三島地域を襲撃し、さらなる混乱を起こすことになった。

 

 間欠的な平和な時期こそあれ、近世まで戦乱が各地でおこり、カムイ島や南西域の海賊の襲撃もあったため、中世後半は内乱期に入る。

 

 この時代から軍事貴族の戦闘技術に対抗するような技術が確立、触手技術も軍事だけでなく生産用にも様々に発達する。皮肉なことだが、この時代こそが民間触手技術黄金時代ともいえよう。

 

 17世紀になると、新興武士層である徳堂家によって大三島域は統一される。大皇家より政治を委任されたという形で分権領邦連合体制が確立する。19世紀前半までの長い平和時代に入る。武装解除の文脈で、触手技術はこの時代過剰殺傷力を持つものとして忌まれ、メインとなることは民生用を含めてなかった。その結果、一部の権威付けられたものを除いて、触手技術が卑しまれたのもこの時代である。

 

 とはいえ民生用を中心に各地でマイナーな技術ながらも発展させ、医療用、薬用、大三島北部では乳用漁業用触手は発展していく。なかでも性交用触手の開発は魔紋術の開発に伴い大きく高度に発達する。この時代の触手開発がなければ近代触手に移行できなかったともいわれている。

 

 だが19世紀中盤に訪れたエウロス諸国の近代化と世界各地の再編は、この国に及ぶ。大三島諸国も旧体制から再び中央集権体制へと梶を切り、大三島帝国が成立する。エウロス文明のライフスタイルも大幅に取り入れ、近代化の一環として急激な役畜利用が需要された。そして各種触手技術も近代化科学化されるに至る。各種触手技術は工業化、農業などの生産力を高めることが期待され、それを担うことになったのである。こうして触手技術は、賤民の技術から各種産業の開発に欠かせぬものとなった。

 

 その反面、無理に近代化した触手技術に歪みが押し寄せることになる。後発近代化国家にありがちだが、需要に供給が追い付かなくなった。そして19世紀後半から20世紀中盤にかけての帝国主義の時代にかけて、これらの国々は人権に配慮しない無茶な触手生産を行うことになった。その中に大三島帝国も入ったのは、先に述べた通りである。

 

 この歪みが頂点に達した第二次世界大戦に大三島帝国は敗北、崩壊に至って、この蛮行はやむ。それは触手技術によらない機械技術のさらなる発達によって起こされたものであった。

 

 こうして再び一部を除いてわが国では、触手技術は医療や漁業などの特殊技能としてマイナーなものとなった。近年になって高齢化社会に伴う介護用触手の開発が期待され、それに伴う触手技術の蓄積のなさが問題になってることを除いて。

 

  

【アマゾネス文明がわが国に問いかけるもの】

 

 

 簡単にわが国の歴史的流れをみつつ、その触手技術の伝播と現在の触手技術がどのようなものであることを紹介した。

 

 このようにアマゾネス文明とわが国は全く対照的な地理的、文化的状況にある。触手技術拡散の地とその東遷伝播各ルートの終点の地であることと。

 

 だがこれは逆に見れば、各ルート技術を分散されているとはいえ、すべて持っていること、それより古い品種を持つことを意味する。これを生かせば、他の文明の触手技術を融合すれば、より新しい技術を作り出すことが可能かもしれない。まさしくアマゾネス文明の発祥した状況に似ているのだ。

 

 実際、わが国の近代化を進めたかつての大三島帝国は、触手技術だけでなく各種技術や学問を融合させることで独特の地位を得て、そのフットワークと学問の社会的しがらみの少なさからある程度の近代化を成功させた。そのことは誇るべきであろう。

 

 だが大三島帝国は、このような技術を各種インフラの整備とともにあまり広くフィードバックすることが相対的に少なかった。特に支配した植民地などでは。それらを可能にするほどの産業生産力を持たなかったこともある。しかしその国家統合理念を深く思索することなく、単純な自国民自民族中心主義に陥り勝ちであったため、その支配域を安定したものにできず、強権を使ったものでなすことが多かった。

 

 その結果、より洗練された国家統合理念と技術を持つ国々との戦いで、味方するものが少ないまま行うことになってしまった。その結果、惨敗を喫することになり、大三島帝国は崩壊した。その点ではアマゾネス文明人にも私たちは劣っていたのだろう。

 

 そうした反省をして、戦後様々な条件に恵まれて目覚ましい復興がなされた。だがそれが終わると、失われた30年という経済的にも文化的にも政治的にも停滞した時代に突入してしまっている。

 

 正直戦後からかなり立つとはいえ、自国の最近の歴史を振り返ってみると、あまり戦前と国民性はなかなか変わっていないのではないかと思えてしかたがない。特に昨今の歴史修正主義の流行を見ると、その思いをより確信する。反省に基づく新しいわが国の世界史的役割はどうあるべきかが共有されてないのである。

 

 私自身は一触手技術者にすぎない。だがこのままだと大三島国は、その地域特性を理解し生かそうともせず、なおかつ普遍的なものの関係を考えないまま過ごすことになるだろう。そうしてアマゾネス文明後期の退嬰とアマゾネス文明以前の略奪的な野蛮が併存するような時代はなりはしないかと心配でならないのだ。

 

 自分たちの文明文化ををありのままに見ることは実は難しい。自明なことが自明として意識されないからだ。それを意識するために各種教養や歴史を学ぶ意義がある。このような作業を通じなければ、社会や世間は改善できないだろう。

 

 その一端として私たちとは違った文明を知るために、私は簡単で触手技術を中心しながらアマゾネス文明の盛衰を紹介した。私たちとは違ったものの歴史を見るのは、自分たちの自明なものを意識するのに最良だからだ。

 

 彼女たちの文明は確かに歴史の波に一度忘却された。しかし彼女たちの祈り、抗い、なしたことは、決して私たちにとって無駄になってはいない。直接的な技術だけでなく、それを作り出した諸価値と制度のあり方も大いに参考になるところが多いのだ。

 

 そして私たちのともすれば自明としがちなジェンダーと技術の関係を──それがいい関係であれ、不調和を起こすものであれ──問い直し、別のあり方がないのかを問いかけてくる。その問いは触手技術者だけでなく、それを消費する私たちにも語りかける。

 

 そして筆者は思うのだ、この問いを考えつつ日々のなすべきことを考えて、それを行う。時には間違えながらも。そのような営みこそ歴史に参加することなのだと。

 

 歴史を作るとは、決して英雄とも見える人たち──サーキーやサリハ、ザーレ―などの権力者や偉人たち──だけでないのだ。自分の中に触れることものを自明視するのではなく、様々な視野を経たうえで先人の正負の蓄積について考え行動したとき、あなたも歴史に参加している。

 

 筆者は拙い視点から、彼女たちの作り出した技術を中心にしつつも、その発見の過程も抑えて紹介し、何を作り出し、その影響も語った。無論この論文ともエッセイともつかぬ文章の視点も一面にすぎない。読者がそれについて何を思い、視点を修正したうえでどう行動するか考えたならば、この文章を書いた価値があるだろう。

 

 そして著者の拙く、狭い教養を広める知見をまとめてくれると嬉しい。そしてその一貫としてできれば触手学の広さに更なる興味を持ち、身近なものでも知ってもらうと嬉しい。

 

 このような筆者の小さく確かな願望を書いて、この本を終わらせたい。

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