触野 千手郎著『騎馬触手技術の完成とアマゾネス文明の興亡』 川満新書 作:HASURYU
さて生態系の中におけるショクシュ目と人類の関係と、その原始的利用法をこれまでに説明した。ショクシュ目もまた生態系の中の一員である以上、その利用への道筋は極めて繊細かつ困難なものであることは理解していただけた思う。またショクシュ目自体の生態系の位置から、食の恩恵を与えるものであると同時に、山に飢饉をもたらす両義的なものであることも。
ショクシュ目の利用は、原始時代古代以前には一部の例外を除いて人の目的にかなったものを安定して作るのは困難であった。これが新旧世界同時多発的にありながらも、普遍的にあるのは犬族に毒矢機能と与えるか、各種寄生虫や病気に対する抗体を作る技術がほとんどであった。しかもそれは繊細な観察と語彙があるとはいえ、ショクシュ塊や動物の体内から得た第一成体などを基本採集することによって賄われていた。
しかもそのようにして得た疑似器官も、安定したものではない。長くて一年、下手すれば数週間でその器官はホストから外れるのだ。新しく移植した疑似器官がヒューマン族に都合のいいものであるかは運しだいだ。しかも各種細菌やカビ類、ウィルスの疾病にショクシュが侵されることも多く、数日で離れることもありうる。
わが国のことわざである『触手に頼るより、猫の手借りよ』というのは、そういう運任せであったショクシュ利用だったことの反映でもある。触手使いというのも山師とほぼ同じような意味で使われるのも同じ理由だ。
このような不安定なものであった以上、各地でショクシュコロニーを加工した触手塊交易が広く行われるようになった。ショクシュ目コロニーは、自然脱落前寸前にある程度乾燥したうえ塩水で加工すれば、第二形態の性質を保持したまま乾眠化する。
その調整は繊細でなおかつ、時間的制限もあるとは言え、土着したショクシュが都合のいい性質を持たぬ場合、交易を通じて得たこれらの触手塊を使って、人類は疑似器官を各種役畜に対し、安定して利用可能にした。原始末期から古代初期にこの加工は各地で発見された模様である。
この技術と同時に各種役畜を人類が手にすることで、各地で触手応用技術は発展することになった。
酪農技術におけるショクシュ目の利用は、この時代から発達したのである。とはいえそれに合うようなショクシュ目はなかなか自然で採取することは難しかったのは言うまでもない。その価格はとくにその寄生する動物と与える機能によって変動し、ガンダの古典的触手技術が確立し広まるまで、高価なものであった。
ガンダ域以外の文明では、ウシの生殖機能と母乳量を高めるショクシュ種の利用は、触手塊の重さに対して金の3~10倍の値がつくことは珍しくなかった。さらに後代になって発生したカイコなどの生物由来の素材を作る生殖機能を高めるものとなると、その価値は想像以上のものであった。
またショクシュを使ったファッションはこのころから始まり、髪の色や体毛を変える種も高く取引される。これもまた貴重なものであり、染料よりも安定して色を付けることが可能であったから、高く取引された。だが人間に対して寄生するショクシュ目利用は、薬用を除けばまだメジャーにならなかった。
このように役畜を中心に多様に利用され触手技術は少しずつ発展し、古代文明勃興期へと突入する。
図に示したいわゆる各地発展した古代文明は俗に四大文明と呼ばれ、ハプト、アラン、ガンダ、三つの文明から東方に離れた神苑が代表的なものである。各文明の特徴とその文明が何を発展させたかは、このエッセイのテーマから外れるので書かない。だがガンダ圏と、それより遅れて神苑圏でのみしか古代ショクシュ目の利用は発展しなかった。
そしてアマゾン文明はガンダ文明の辺境の技術的後継者である。その差異を知るためにもガンダ文明の特徴を、その触手技術に焦点を当てたうえで少し詳しく説明したい
ガンダ文明は大きなガンダ亜大陸西部に発達した文明である。その文明の始原と発展の記録はは豊富な口碑や古典期再盛期にまとめられた宗教的書物、金石文から判明するかぎり、おそらくハプト文明、アラン文明興隆以後、神苑文明成立以前である紀元前1600年ごろに成立したと思われる。
他の文明と違ってガンダ文明はその豊富な植物資源を活用した葉や樹皮を記録メディアの風化によって限られているため、同時代の記録は欠けている。またさらにアマゾン文明の南下によって焼き払われたものもあるため、それがより一層この文明の起源を知ることを困難にしている。
ただ幸いなことにこの文明については後代の記録だけでなく、同時代の近接部の記録からわかる限り、ガンダ文明は宝石、豊富な香料、そして触手塊などをアラン文明などと海上交易を通じて行った。
さらに数百年かけてその文明をガンダ亜大陸東部まで広げ、大ガンダ地域とよばれるユーラスタン東南部諸民族とそれらが作った諸国家との仲介貿易、鉄製農具などでさらに発達した。その始原時の文明の中心はガンダ亜大陸北東北西部の都市国家群であった。やがてその文明の東遷と同じくして領域国家が成立した。
この文明のガンダ亜大陸東岸到達にあった諸国家成立時が、普渡教典やヴェーダによる24王国時代と推定されている。考古学調査によれば、さらにそれらに従属し半独立した国家があることはわかっているとはいえ。
これらの領域国家は豊富な資源と農業によって得た人口、さらに相対的に安く手に入る触手塊を利用して交易と農業を発展させた。特にウシ類などの生殖、乳量増加させるショクシュ目の利用とその技術は、牛の品種改良と相乗効果を生み、大ガンダ地域の交易を通じて手に入れられたからである。
このようにしてガンダ文明は、ハプシ文明、アラン文明の後に成立しながらも、文明を繁栄発展させてきた。第一古典期において東南ユーラスタンの豊富な資源の交易を独占したのが、この文明の発展の鍵であった。このことは触手技術において重要であることを記憶にとどめておいてほしい。
ガンダ文明は交易だけでなく、数学天文学自然観察においても優れた業績を残し、太陽太陰暦と時差も把握していた。しかも地域ごとの差異も韻文にして記録している。なにせ普渡教典とヴェーダ群を翻訳とはいえある程度抑えておけば、現在でもその地で不十分ながらも暮らせるとは、ガンダ南部で陸上種触手利用のフィールドワークしていた宮野君の弁である。
その社会は、宗教と階級階層が複雑に絡まり、地域差はあるとはいえ、大雑把に三階級による分業体制である。すなわち支配階層である神官層、武人層、庶民層である。基本このピラミッド構造を維持しつつも、その内部で抗争をし、対外的脅威には諸階級が協力してあたるというものであった。
古典第一期では司祭階級バルシアスを中心にその文明の知識教育が行われ、その文明の発展するにつれ、それらの批判と理論的整合性を求める知識人集団が現れる。現在ではマイナーなものを含めても、4から5、さらにアマゾン文明やガンダと隣接したザウル文明経由して残った2,3の流れを除けば、その主張はかなり散逸している。だがその自然科学的知見と哲学的知見は、ガンダ自由思想の中で世界宗教化した普渡教を通じて、わが国にも伝わっている。
さて触手技術の話に戻るが、ガンダ文明の触手技術は基本司祭階級であるバルシアス層によって行われていた。彼らの古くからの記録と暦の知識が、安定した触手塊の性質の把握には必要だったのだから、当然といえよう。そして文字記録と口伝は、彼らの聖性と権威をもたらすものであり、容易に他階級へと伝えることはなかった。彼らが覚えた宗教文章はヴェーダと呼ばれ、その量は膨大なものである。しかも後代の解釈も重要である以上、現在でも伝承者の記録採取が続いている。
その中でショクシュ目は、天の楽園にあるマール神群の長の一人ヤクスの部下であり、暴風雨神であるマール神群の共にあって、地上であるサーバに繁栄と罰を与えるものとして表象されている。
その世界を感じるために、宮野 智氏の翻訳でその賛歌の一部を見てもらいたい。
ヤクスの園は 天を満つ
その高台より 我らを見る
そのまなこ サーバの 砂の一粒も 逃さぬものぞ
いと高き 鷹のはらから ヤクスよ
われらを 怒れる汝が 長き武器に ゆだねるなかれ
香しき アーグの草々 その身にまといて
長き武器を 納めたまえ
その長き武器を 納めて 大いなる 薬杖と化したまえ
ヤクス賛歌第一より
マールは集い 雲の馬を 馬車で追う
その鞭は 汗とともに サーバを打つ
その神威 いかなるか
放つ砂土 いかなるか
馬水は(尿)いかなるか
我らを 哀れみたまえ ヤクスの子
汝の娘 サレイシャの 仲立ちによりて
その鞭をおさめ、大いなる恵みを
アラヴァンの子に(牛) 汝の技を 我らにたまえ
生ける鞭を 大いなる 薬杖に変え
我らと牛に 恵みをたまえ
マール神群賛歌第12より
生ける武器は 汝が腹をも見るぞ
その長き手は 汝の罪も見逃さぬ
裁きの技は リンダの森も(ガンダの村の共有林) 巻き込みて
汝に罰を 与えるものぞ
裁きの歌より
まだほかにもショクシュ目を歌った賛歌は他にもあるが、ここでは置いておく。ガンダ文明でショクシュ目は、ヤクスの大いなる武器にして治癒を与える薬杖として表象されているのがほとんどである。この武器は自分の兄弟や子弟に分け与えられ、各地に罰と恵みを与えていく存在である。
その裁きは恐ろしく、連帯責任をも求められ、共有地をも荒らす恐るべき神である。しかしその力は癒しや恵みを自在に与える。この神は広くガンダ域を通じて信仰され、それらの神殿は今もなお信仰とともに生きている。
そして世界宗教となった普渡教ともに、真眼薬王如来として信仰されているのである。いかに生活と密着していたかわかるであろう。
その神殿では、先ほどの賛歌にもちらりと書かれていたが、各種草木動物が擬人化されていた。それらの名称は基本的に口伝であり、ヤクスの鞭を避け、神の仲立ちする技や祭祀という形で記憶された。
さらに交易によって得た様々な植物資源の知識も賛歌として、残されている。これらの知識の把握と暦による植生の記録は、やがてどのリズムでどの種類の植物と触手と動物が生き残るのか、より広く把握され、知識人層である司祭階級に共有された。
その蓄積は、最終的に各ショクシュ目の生態とそれに付随する動物、さらに二次形態であるショクシュ目が生み出す疑似器官の選別することに成功したのである。
複雑な暦と植生のリズム、さらにそれによって発生する森林域の動物の増減、そしてそれに寄生するショクシュ目の把握がなければ不可能だっただろう。しかも相対的にコストを欠けずに、多品種の触手を入手できることは、その試行錯誤の種類を増やし、それが新しい品種を産む。
さらに乾眠形態に動物植物由来の薬物処理を施すことで、比較的高確率で求める体外器官が得られることが、この時代に判明される。数百年経て、この技術は諸地域でも発見されるが、この時点ではガンダが独占している技術である。
こうしてガンダ文明は触手技術のセンターとなり、その体系化はテンタヴェーダという経典の形で結実する。この経典群はガンダ亜大陸東岸部で完成されたと思われる。というのも後代まとめられたアルトヴェーダの文体は明らかに東部ガンダ語圏の言い回しが残っていること、さらに大ガンダ地域と呼ばれた東南ユーラスタン域での植生を利用していることで裏付けられている。
さらにこの技術は、西部ガンダ域から東部ガンダ域へ経済と政治の中心へ動かすことになった。
さて思わせぶりに私は、これまでガンダ文明のみがなぜ触手古典的完成したのか、読者に問いかけてきた。読者諸君も正直辟易したと思うだろう。
その答えは実に単純なものである。ガンダ文明は他の古代文明と比べて、亜熱帯である大ガンダ地域との接触が簡単に達成できたからである。この地理的条件と古代文明の知見と技術が合わさることで、古代古典的触手技術は完成したのである。
しかし他の文明でも役畜を中心に触手技術はあったし、それは高度なものであると読者は反論されるかもしれない。だが他の文明とガンダ文明には、その後の技術的ブレイクスルーにはガンダ文明産の触手でなければ、不可能だったからである。
そのことについて、これから説明しよう。
ショクシュ目それ自体は世界各地で地域に応じた形で進化し、定着していることは先に述べた。そしてホストに疑似器官を与えるという共存共栄進化戦略をすることで種の存続を図ったことも。
しかし一見広く分布しているショクシュ目だが、役畜や人間に一定期間寄生するショクシュ目となると激減する。例外は世界各地にいるイヌに寄生するぐらいのものである。
しかも数少ない人間に適合するショクシュ目も住んでいる地域となると、旧大陸南部に位置するチェルブ大陸といわゆる新大陸の一部である南部ノヴァルス大陸、そしてユラスタン大陸となると東南部でしかその種は存在しないのだ。
触手塊交易網があれば何とかなるのではないかという意見があるが、それは儚いものである。ガンダ文明以外に存在したハプト、アラン両文明は相対的に乾燥地で成立した。そこでは牛や羊類に疑似器官を与えるショクシュ目はいることはいたが、そのコロニーは貴重なものであった。それを安定して試行錯誤する余裕はこれらの地では不可能だった。
そもそも触手資源が豊かだったならば、ガンダ域やチェルブ森林域からわざわざ輸入する必要はなかったのである。ショクシュ目は確かに普遍的に存在する生物だ。しかしその品種的多様性となると、熱帯亜熱帯産が今でも無視できない。ましてや古代においてやである。
それに追い打ちかけるようにガンダ文明に先駆する両文明と豊かなショクシュ目を擁する地を隔てるものがある。砂漠だ。
ショクシュ類を人で運ぶには、この砂漠を超えなくてはいけなかった。しかもいかにショクシュ目第二生態は乾眠するとはいえ、この砂漠を超えて生存するショクシュとなるとその確率は半分ぐらいだったのである。
こうなるとショクシュ目を品種改良してその利用率を高めるよりも、その豊かな作物とそれを利用した役畜の品種改良をしたほうが早いのである。
こういうわけでガンダ文明は触手利用のパイオニアとして独走することになった。古代にしては高い生存率の役畜、多様なショクシュ目の品種とその利用、さらに触手技術の黄金時代である。しかも広くショクシュ目に適合したウシやスイギュウ品種の誕生も含めてで。
これらの優れた品種の牛はその体重の銀で取引され、しかも買う人がガンダ文明ではいたのである!
さらに東南ユラスタン域でとれる霊長類に適合したショクシュ品種の誕生は、医学をさらに発展させた。その集大成がアルタヴェーダ経典群である。
ここではその豊富な医薬とそれを組み合わせた触手療法が紹介されている。その世界は誠に豊富である、そして神経系の原始的な把握から麻痺などの機能改善、壊死した部位の回復、そして当時としては先駆的な麻酔を使った外科手術。
医療だけでない、汗を快適な香りにする触手、各種髪の色の変える触手、そして疑似フェロモン感受器官、乳房の拡大、精液や乳液の増大、それに伴う貧血を避けるための栄養摂取を増進する方法という性的な技術も。後者の性的な技術はのちにアルタヴェーダから離れ、後世の知見も交えて再編集され、アマルヴェーダとして成立する。
こうして爛熟しつつ、ガンダ文明は発展しつづけるかのように見えた。
だがこうしたものは、対抗技術を持った文明との対決を強いられることになる。この対抗文明こそがアマゾン文明であり、この爛熟したガンダ文明に危機をもたらすことになる。
いよいよこの本の主題であるアマゾネス文明の紹介となるが、正直ガンダ文明のような文明が崩壊するとは思えないかもしれない。
だがアマゾネス文明の担い手たちは非常にシンプルかつ過酷な技術的ブレイクスルーを行い、その技術を得、覇を唱えたのである。そしてそのようなものを手に入れざる得ない歴史的、地理的背景の過酷さがあったのである。