ある日、グラスワンダーを探して教室に行ったトレーナー。果たして彼女は教室にいた。そこでは―――
「『君がため 春の—――』」
「どいてくださいっ、スペちゃんっ!エル、ゲ~~~~~~ット!」
「わ~~~~~~っ!?」
グラスワンダーを読み手に、スペシャルウィークとエルコンドルパサーが百人一首に興じていた。なんでも、学年対抗の百人一首大会に向けて特訓中だとのことだ。日本文化に造詣の深いグラスワンダーは百人一首もとっても強いとはスペシャルウィークの弁だった。
「そうだ、人数は多い方が楽しいですし、トレーナーさんも参加しませんか~?」
普段と変わりない調子でグラスワンダーはトレーナーに提案する。遠慮なく参加するか読み手を代わってグラスワンダーを参加させるか、トレーナーの選択は―――
「いえ、途中から入るのも悪いし、ここで見ていて良いかしら?」
「あらあら~、そんなに面白いものですか~?」
トレーナーは空いている椅子に腰を下ろし、三人を見守る。
「さっ、続けて続けて。終わったら仕切り直しましょ」
「わかりました~。では、お待たせしても申し訳ないですし、サクサクやりましょうか~ 『このたびは ぬさも―――』」
「ハァ~~~~~イッ!」
「あらあら、またお手付きですよ~?」
かくして、二人のレベルが高いとは言い難い決戦が再開した。
「うぐぐ、無念デース……」
「エルちゃんお手付きしすぎだよー……」
数十分後、長い戦いはようやっと終わった。レースであれば強豪同士の二人だが、こと百人一首となればそうもいかないようだ。お手付きは頻発するし、お手付きしないならしないでグラスが下の句を何度も読み返してようやっと取れる始末で、終始グダグダの展開だった。
「くぅ、では約束通り購買のにんじんジュースを……」
「わぁ、エルちゃん、それはダメです!」
「むぐぐ……」
トレーナーの目の前で口を滑らせたエルコンドルパサーを慌ててスペシャルウィークが制止する。
「あら、賭け事は見過ごせないわよ?」
「すすすすみません、内緒にしていただけると……」
恐縮しきりのスペシャルウィークにトレーナーは苦笑して財布を取り出した。
「賭け事は駄目だけど……私が全員にご馳走するのなら問題ないわよね。エルコンドルパサーさん、全員分の買い出しを頼んで良いかしら?」
「おお、グラスのトレーナーさんは太っ腹デス!では行ってきマース!」
千円札を受け取ってエルコンドルパサーは教室から駆けていく。
「じゃ、スペシャルウィークさん、読み手お願いして良いかしら。グラス、
「いえ、
「……そう、じゃあ折角だし難波津の歌から始めましょうか」
「え?え?」
表情はそのままで纏う雰囲気が一変したグラスとトレーナーに挟まれ、スペシャルウィークは困惑することしかできなかった。
「ただいまー!おつかい、おしまい、オツカレサマデース!」
「しーっ!!」
慌ただしく教室に戻ってきたエルコンドルパサーをスペシャルウィークが窘める。教室の中央ではトレーナーとグラスが机を挟んで札に目を向けてただ静止していた。
「ケ!?これは……?」
「競技かるたは暗記時間が十五分あるんですよ~」
言いながらもグラスは規則正しく札が並んだ場から目を離さない。トレーナーもそれは同様である。
「スペちゃん、札、少なくないデス?」
「えっと、競技のルールだと半分だけ使うんだって」
「そう、お互いの場に二十五枚ずつ並べるの。相手の場から取ったら自陣の札を一枚渡す。自陣が先になくなった方が勝ちよ。残りの五十枚は空札といって、場にないハズレ。空札の時に触ったらお手付きで、相手から一枚渡されるから二枚差がつくことになるわ」
こそこそとスペシャルウィークに耳打ちするエルコンドルパサーの疑問を耳聡く聞きつけてトレーナーが解説する。だがその目線もグラス同様札に注がれている。
「トレーナーさん、経験者でいらっしゃったんですね~」
「補欠だったけどね。あの二人だとグラスの相手には不足でしょうし」
「まあまあ、いつお判りに?」
「だってグラス、読み札をめくってすぐに目線が取り札に行ってたでしょ」
「ふふ、よく見てらっしゃるんですね~」
普段通りの口調ながら二人の間にはバチバチと火花が飛び交うようで、蚊帳の外のスペシャルウィークとエルコンドルパサーはどうしたものかと顔を見合わせ、とりあえず自分の分のにんじんジュースに口をつけた。
「え、えーと、じゃあ始めますねっ」
傍から見ている二人には長かった十五分が終わり、スペシャルウィークはグラスに手渡された難波津の歌のメモを手に取った。
「何デスかそれ?」
「競技かるたは最初にこの一首を読んでから始めるのよ」
「なんと!言うなればラウンドコール!でしたらエルエルがサイコーに盛り上げて……」
「エル。」
「エルコンドルパサーさん。」
「ひぇっ」
同時ににっこりと恫喝され、グラスは尻尾を巻いて後ずさる。
「に、似た者同士デス……コホン、『難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花』」
かくして、決戦の火蓋は切られた。
「『あらざらm』……ええっ!?」
「ケ!?」
上の句どころか最初の五文字を読みきる前に二人の手が鋭く払われる。二人はほぼ同時に反応したものの、自陣にあったことが幸いしてトレーナーが一瞬先んじていた。
「『今ひとたびの 逢ふこともがな』ね。うーん、やっぱり鈍ってるかなぁ」
「……流石、ですね」
「な、なんで取れるんですかぁ!?」
「『あら』で始まる歌は『あらざらむ』と『嵐吹く』の二首だけだから三文字目で確定するの。」
「い、いえ、理論上はそうなのデスけど」
一首目でまざまざとガチ勢の実力を思い知らされ二人は呆然とする。クラス内でのお遊びでグラスと対戦した時でさえここまでの反応速度を見せることはなかった。本気を出してかかれる対戦相手が初めて、そしてこんなにも間近にいたのである。
「ちなみに、これで『嵐吹く』は『あら』で確定よ。刻一刻と状況が変化していくのはレースに通じるところがあるわね。トレーニングに取り入れようかしら」
「何でもトレーニングに結び付けるのはトレーナーさんらしいですねー……スペちゃん、次をお願いします」
「は、はい……『うk』」
一文字目の時点でトレーナーの手がすっと流れ、グラスの手をかわして悠々と数枚の札を払い飛ばす。
「ケ!?いっぱい薙ぎ払ってますけどお手付きじゃないんですか!?」
「競技かるたでは正しい札さえ触っていれば同じ陣地内の札はいくらでも払って良いんですよ~」
「『う』で始まる札は『うかりける』と『恨みわび』の二首で、両方とも自陣にあったから今回は固めちゃったわ」
「やはり経験者の戦術は参考になりますね~」
「グラスの配置はセオリーを外してるから逆に狙いにくくて怖いのよね」
「「うふふふふふふ」」
レースに臨むかのような雰囲気を纏うグラスとトレーナー。まだ戦いは始まったばかりだった。
「『せを』」
「『われても末に 逢はむとぞ思ふ』ですね~。自陣の一字決まりは流石に渡せません」
「『きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む』……えっと、これが空札なんですね。『つくばね』」
「ケッ!?あ、危ないデース!!」
グラスが勢いよく払った札が机を飛び出しエルコンドルパサーに向かう。流石にウマ娘だけありエルコンドルパサーは卓絶した反射神経でかわすが、盛大に吹っ飛んだ札は椅子の背に当たり無惨に折り目がついてしまう。
「あーあー、どうするんデスかこれ」
「煽ったのは私だから責任を持って買い替えるわ。ウマ娘の蹄鉄と同じ、取り札は消耗品よ」
「競技かるたは畳の上の格闘技とも言われますからね~」
「従兄弟の小学校の自習室で坊主めくりが流行って読み札だけボロボロになってたって聞いたからうちの取り札と交換したりしたのよ」
「win-winデスね」
「もっとも、次に取り札駄目にした時に聞いたらもうブームが終わったから出ないよって言われちゃったんだけど」
「あはははは」
和やかな笑い声が教室を包む。だが、それが収まればまた二人の間には緊迫した空気が走る。そして―――
「ありがとうございました。完敗です。実戦での様々なテクニック、勉強させていただきました」
「なんとか恰好をつけられたわね。でも、もう二、三回もすれば追いつかれちゃいそうだわ」
「いえ、後半はトレーナーさんの残り札を気にしすぎるあまり自陣の護りを疎かにしてしまいました」
激しい応酬の末、結果は七枚差でトレーナーの勝利だった。ウマ娘とヒト、加えて年齢による身体能力差と長いブランクを加味してもなお実戦で磨かれてきた経験は差として如実に表れていた。
「そろそろグラウンドに行きましょっか。トレーニングをしないと」
「そうですね。スペちゃん、エル。お付き合いありがとうございました~」
「トレーニングに触らない程度ならリベンジ受け付けるわよ」
「では、その時はまたどなたかに読み手をお願いしないといけませんね~」
一転して和やかな空気を醸し出す似た者同士。
(もう、うちの学年はグラス(ちゃん)一人で良くないかな)
スペシャルウィークとエルコンドルパサーは同じ感想を抱きつつぬるくなったにんじんジュースを飲み干したのであった。
知人とジョジョの奇妙な百人一首を遊ぶ機会がありました
ガチのジョジョラーに対しにわかの私でしたが、かつて百人一首部だったコツを活かせばなんとかやや有利程度には食い下がれたので、ふと思いついて書きました。
ウマ娘世界の百人一首は札と畳がえらいことになりそうですね