ベルリオーズ、幻想の地にて安住を見出したり 作:レイレナード広報部
優秀な兵士たるベルリオーズの最後は、呆気ないものだった。
彼は軍人であり、だからこそ数というものの恐ろしさを知っていた。戦場で物を言うのは数なのだ、と。それを知っていて、だが負けた。
たった一人の、レイヴンによって。
次に私が目覚めた時、そこは綺麗な花々が草葉の合間から爛々と顔を覗かせる、正に天国のような光景であった。私はその中央に寝転ぶように倒れていた。
「ここは………さて、天国か、あるいは天国に見せかけた地獄か」
まさか、使命のままに殺しを重ねた私が天国に来れる訳もなく。なればここは地獄の釜へ至る道だろうか。生憎そうであれば心当たりはそれこそ無限にあるのだから。
しかし、そうにしては迎えなど来ることが無い。そうしているうちに朦朧としていた意識もはっきりとしてきた。ここは森の中らしく、木々に隠れて外界の景色は見えない。木漏れ日が私を照らしていた。
ゆっくりと腰を上げ、身体を起こす。今までであれば、こんな綺麗な景色を拝むことは出来なかった。コジマ粒子の副作用による自然破壊のせいで、リンクス戦争中の主戦場では緑を拝むことなど出来なかったからだ。皮肉にも、リンクスが戦場で目にする緑は全てコジマの光である。
立ち上がって、自分の身体の状態を確かめる。頭を回して、手首足首をゆっくりと一回転させる。正常に動く為、どうやらAMSからのフィードバックはさほど無いようだ。あれ程の機体損傷を受けたのなら、半身不随などなっていてもまったくもって自然であるが、不思議とそういった類の神経系へのダメージは確認できなかった。
腰部ホルスターに手を当てる。GA製のバーストピストル『GAHG03-BURST』と、その予備弾数。合わせて90発。
胸に手を当てる。耐衝撃ボディアーマーと、鋭く研がれた大型のコンバットナイフ、そしてどこにも通じない通信装置。
頭に手を当てる。多機能軍事ヘルメットと、レイレナード製フラッシュライト、防弾バイザー。
「天国に来たには、おおよそ似つかわしくない装備だな」
独りごちて笑う。私は天国に住む天使を殺しにでも来たのだろうか?それもレイレナードからの指令ならば辞さないが。今はネクストを失ってしまい、自分の居場所すら知れない
「こちら《ベルリオーズ》。作戦司令室応答せよ」
通信装置に手をかけインコムに話しかけるが、向こうからはノイズしか帰ってこない。音の割れた雑音が煩わしくて、私は舌打ちしながら通信機のスイッチを切った。
森の先は暗くて見えず、僅かに樹葉の隙間から零れている太陽光が、道はこちらだと示しているかのように錯覚させる程度である。
とはいえ、その光に照らされた部分には木々が無く、けもの道のように開けているのもまた事実。雑草なども生えておらず土が見え隠れしており、通るならあの場所を通って行くのがもっとも安全なはずだろう。
ナイフを手に歩く。刺草のような、とげのある雑草があってはたまったものではない。流石にリンクススーツのような強靭な素材で作られている防護服には傷一つつかないだろうが、万が一突き刺さったりした場合はスーツが使い物にならなくなる可能性がある。今後の作戦へ支障をきたさない為にも、雑草は切って捨てねばならない。
だが、知識としての森と実際にこの眼で見た森とでは、何もかもが違う。新鮮、その一言に尽きた。ただでさえ自然が少ない環境で生まれ育った私は、都市開発が激化していた当時の情勢もあって、人工芝のような擬似的な自然でしか、緑に触れられなかった。大人になって、戦争に従事して戦死して、それでようやく森林の空気を味わえるというのは何とも奇妙な感覚だった。
深呼吸してみる。前のめりになり、息を限界まで吐き出してから、肺を大きく広げて背を伸ばし、呼吸を行なう。木々が作り上げた新鮮な酸素が、肺の中を満たし……そして、私は突然吐き気を催した。それも、かなり激しい。
「ッ………!?」
思わずヘルメットとバラクラバを脱ぎ捨て、その場でうずくまり、嘔吐く。空嘔吐になってしまい、一日前から何も食べていなかった胃からはほんの少量の胃液しか出ず、殆どが唾液を占めたものに終わった。
何が起こったかわからない。深呼吸をする事で唐突に吐き気に襲われることなど、今まで起こった事は無い。対処法も分からない。ただひたすら激しい吐き気に襲われ、空嘔吐し、吸い込めなくなった息を吸い込もうとして更に吐き気に襲われる悪循環。
思うように酸素を取り込めず、意識も朦朧としてきた私の耳に、何者かの足音が聞こえた。
続いて少女の声。それの意味を頭で理解することなく、私はその意識を手放した。
少女が変な格好の男を魔法の森で見つけたのは、日課のきのこ狩りをしていた時だ。少女は思わずきのこの入ったカゴを放り捨てるように投げ、その男のもとに駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
声をかけてみるが、男は既に意識を失っている。奇妙な、なにか鎧のようなものに上半身を包む彼は、意識を手放しており、呼吸は浅いものの命に別状は無く、すぐに休ませてやれば時間もかからず回復するだろう状態であった。
「起きれそう…には無いな」
独り言を呟きながら男を背負う。少女の体格では、180cmほどもある男を担いで歩くのは非常に難しいはずだが、その重量と筋力の差をものともしない様相を見せながら運んでいく。慣れた足取りで木々をすり抜けて進み、男を担ぐ傍ら逆手に持った箒を振り回して雑草を払う。いかにも奇妙なのは、少女の周りをふよふよと浮かぶ、星の文様が描かれた球体であり、それから光体が飛び出して少女の露出した足首を傷つけそうな棘草に着弾し、焼いている。
幸いか生憎か、男は気絶していたため、その様子を見る事は出来なかったが、出来たとして混乱するだけだろう。
………遅かれ早かれ。
「…………っ……?」
「……お? 起きたか」
呻きながら身体を起こすベルリオーズに声をかけたのは、彼にとっては今どき非常に珍しい…というよりは御伽噺の中でしか見た事が無いような、魔女のような服装の少女だ。
「君が……私を介抱してくれたようだな……感謝する」
「あー、いや……礼とかはいいんだけどさぁ。 どこ生まれ?」
「私のか?」
ベルリオーズはしばらく悩んで「アメリカだ」とだけ答えた。
情報の戦争と呼ばれる現代で、彼は重要な役割を果たしている。そんな人物の出身など話した暁には、近いうちに弱味を握られること間違いなしだ。とはいえこの少女にはそれが出来るとも思えないが、それでも彼は慎重な性格で、だから本当の出身地を話すことはしない。
「へぇ…あめりか、かぁ…どんなのがあるんだ?」
少女が聞きたかったのはきっと土産や観光名所の類だったのだろうか。ベルリオーズはその点で言えば、答えを間違えたといえる。
「わからん。国家解体戦争ですべて焼き尽くされた」
「………へ?」
「…………?」
少女は素っ頓狂な声をあげて呆然と彼を見つめた。ベルリオーズも何がなんだか分からずに少女を見つめた。お互いに頭の上に疑問符が十数秒ほど浮かんだところで、少女が我に返り、ベルリオーズに問い詰めた。
「ど、どういう事だ!? 国家解体……って、そのまま解体されたって事か?」
「されたってことかも何も、国家解体戦争は国家解体戦争だ。それ以上でも以下でも…………あ」
そういう事か。という言葉をどうにかして飲み込んだ。しかし、口を閉ざすのが少し遅すぎたようだ。少し不用意に過ぎた、とはいえ、彼に少女が国家解体戦争を知らないなどと予想できるはずもなく、ある意味必然と言えた。
「あー………つまり、国は滅んだって事、でいいのか?」
「うむ……おおよそ間違ってはいない」
「………頭の痛い話だぜ」
目の前の少女に話を聞かせていく度、少女は頭を抱えうんうんと唸る。どうして国は滅んだのか、滅んだあとの世界は何者が統治しているのか、何によって滅んだのか…少女のその疑問は尽きることが無く、結局解放された時には一時間が経とうかというところだった。
「…………」
「………あー………」
気まずさが部屋の中に漂っていた。少女もまさか、助けた人間から国家転覆を狙う企業による戦争の結末と、国家という枠組みの終わりを聞かされるとは思ってすらいないだろう。彼も彼で、世界の常識を一から説明し直す事になるとは思っていなかった。
「……つまり、りんくす、は…れいぶん?って奴を倒して回ってたって訳か。あんたもりんくすの一員という事…でいいのか?」
「今のところはそれでいい。これ以上細かく説明しても、混乱してしまうだけだろうからな」
「わかった…。 しかし、私の想像する以上に、外はおかしな事になっているらしい。国家解体戦争、リンクス戦争……。国を滅ぼした企業は、今どうしてるんだ?」
少女は机に向かって万年筆をペン回しするようにクルクル指の間を縫わせながら問う。
「GAグループ、レイレナードグループの二大グループに別れて、戦争をしているという所までは話したな?」
「うん」
「GAA…グローバル・アーマメンツアメリカ社が、子会社であるGAE、つまりヨーロッパ支社を内部粛清した。それに怒ったGAEの提携先であるアクアビットが、GAAに対する一方的な宣戦を行ない、それに伴ってそれぞれが協力していた企業を巻き込んだ、企業間戦争……リンクス戦争に繋がるという訳だ。
この時点で既に数人のリンクスが撃破されている事も踏まえれば、あの男…アナトリアの傭兵が、GAAにとっての一番のジョーカーカードであった訳だな」
少女は、なるほどなぁと頷いている。でも、そういえば。と少女がベルリオーズに聞いてきた。
「どうして名前で呼ばない? その…アナトリアの傭兵って人を」
「ああ、その事か………。 傭兵というのは皆そんなものだ。企業のリンクスでも、自分の名は呼ばん。コードネームや、或いはそれに準ずる何かがある」
「へぇ…じゃあ、あんたは?」
「人に名を尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀だ」
「それもそうか……。 魔理沙だ、霧雨魔理沙。よろしく」
「ベルリオーズ。よろしく頼む」
ぎゅう、と手を握る。魔理沙は、あまりやり慣れていないんだけど、と言って握った手を離した。どうやってベルリオーズを運んだかは彼にとって知る由もないが、頼もしい手だと、彼は感じた。
「では…」と言って、ベルリオーズは席を立つ。それを魔理沙が無理やり座らせて止める。
「待て待て、どこに行くんだよ」
「どこ……? いや、私のネクストを探さないといけないからだが…?」
「あ……そうか、あんたもリンクスだったな……」
魔理沙がベルリオーズの肩から手を離し、それなら、と箒と魔女帽子をむんずと掴んで引っ張り、胸を張って言い放った。
「なら、私も行くぜ」
「………何故だ?」
「いやいや、気になるじゃんか! その、ネクスト?とかいうのも、あんたがそれを動かすのもさ」
すこし唸って、決めた。
「……わかった。お前がそうしたいのなら、着いてくるといい」
「決まり!それじゃ、よろしくな。ベルリオーズ」
厄介な生娘がひとり仲間になったが、レイレナードの管理する企業軍では味わえなかった新鮮さが、それを帳消しにしていた。
私の目の前の女性は、名をフィオナと名乗った。ネクストと激闘の末、右腕をコクピットごと切り落とされて死にかけていた私を、介抱してくれた命の恩人だ。
私は彼女と、彼女が住むアナトリアの科学者エミールとの契約のもと、ネクストを駆る新時代の傭兵として活動し、今まで通り何度も戦い抜いてきた。私の肉体は、既にボロボロだった。数ヶ月生きられるかも怪しいとさえ。
あるミッションを終えた時、フィオナは悲痛な面持ちで私に言った。それは私の心と共に、存在意義さえ抉ったのだった。
『無理、させてるよね。 この戦いが終わったら、もう、やめよう』
まだこの事をフィオナには言っていない。言ってしまったらきっと彼女を傷付けてしまいそうで、怖かった。