禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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映画見てきて気付いたら始めてました。バカです私は。


プロローグ
シスコンではなくお姉ちゃん大好きっ子。


 その少年が生まれた時点で、禪院扇は自らの兄である禪院直毘人に代わり、当主になれると確信した。

 それ程までの圧と呪力を、その少年から感じ取ったからだ。双子の出来損ないの姉妹より一つ下の少年だが、禪院直哉をも超す逸材である事は確実だった。

 何より恐れたのは、その瞳である。五条悟が持つ「六眼」とは違う……いや、むしろ真逆の真っ黒な目。光を阻むようなそれは、見るものを深淵という狂気へと誘うような、そんな漆黒(いろ)をしていた。

 

「キャアァァアアアッ‼︎」

 

 直後、息子を抱いていた妻が悲鳴を上げた。扇が顔を上げると、妻はその場で失神しかけていた。

 

「どうした」

「っ……そ、その子……目が……!」

「……」

 

 どうやら、本当に気が弱い者では耐えられる目ではないようだ。長く見つめていると、扇もそれだけで気が暗転しそうなものだ。

 とりあえず、この子にはまず瞳を隠す何かが必要かも……と、思っている時だった。

 ぺたっ、ぺたっ……と、扇と妻の頬に柔らかい手が触れる。

 

「……?」

「っ……」

 

 何かと思い、二人が目を向けた直後、赤ん坊はにぱっと笑みを浮かべる。普通、生まれた直後は泣くところだろうに、あろうことか笑みを浮かべてみせた。

 何を考え、何を思っているのか分からないが、生まれてまだ3分もたたないうちに何かを考えられる赤子など、普通の人間にとっては、もはや恐怖の象徴でしかない。今の行為が、慰められていたとしてもだ。

 そして、それは扇にも同じように思えた。さっきまで希望に見えた赤子だが、それと同時に脅威になりかねない。

 ……だが、もしこの子が自分の思うように育つのならば、それこそ五条家に現れた無限下術式と六眼を持つ男と張り合うジョーカーにもなり得る……。

 そう思った扇は、立ち上がりながら言った。

 

「この子は、私が預かる」

「え?」

「名前は、禪院要だ。あんな直哉(ボンクラ)などにこの家は任せられんぞ」

「わ、分かりました……」

 

 それだけ言うと、扇は部屋を後にした。

 

 ×××

 

 それから、約三年が経過した。禪院家には、汚点と呼ばれる姉妹がいた。名前は、禪院真希と禪院真依。双子の姉妹なのだが、術師としての才能は絡っきしであり、特に真希は呪いを視認することさえままならない。

 「禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず」と呼ばれるほどの環境にあって、二人とも4歳でありながら、お荷物と称されていた。

 二人に部屋が用意されているのも、要するに物置に邪魔なガラクタを押し込めるために過ぎない。

 だが、その二人の部屋に、最近よく遊びに来る少年がいた。ただし、襖からではない。窓からだ。

 コンコンというノックの音で顔を向けると、そこにいるのは目に丸い黒のサングラスを付けた少年だった。

 

「あそんで、ねえちゃん!」

「……おうよ」

 

 微笑みながら、真希が窓を開け、手を差し出すと、その手を借りて部屋の中に入って来る。

 それに気づき、真依は両手を広げた。

 

「またきたのね。おいでー」

「マイねーちゃん、すきー!」

 

 ヨタヨタと歩きながら、真依の胸に飛び込む。ギューっとハグをすると、後ろから真希がその少年……禪院要の両腕を掴み、自分の方へ抱き寄せた。

 

「おいこら、窓をあけたのはわたしだぞ、要」

「うん。マキねーちゃんもすきー」

「ちょっと、真希。いま、わたしにあまえてたんですけど」

「しるかよ。なー、要?」

「でも、マイねーちゃんの方がこわくない」

「は?」

「ぷふっ……ほらみなさい。わたしの方が良いのよ、カナちゃんは」

「おれは男だぞ。ちゃんづけはやめて!」

「ぷっ……だってよ、真依」

 

 弟の取り合いのようになっていた。そんな中、ふと真依が不安げに要の頭を撫でる。

 

「でも、大丈夫? わたし達のとこになんてきて」

「なにがー?」

「怒られちゃうんじゃない?」

 

 要は、今の時間は父親による訓練の時間だ。もう既に術師としての才能が出始めている要は、扇の特訓を三歳にして受け始めていた。自分と直毘人の実力はほぼ互角、ならば子供の出来が次期当主になるか否かを分けると信じてやまない扇は、子供に武術を仕込んでいたのだ。

 強くなることは決して嫌いではない要であったが、やはりまだ三歳。姉と遊びたいと思うことも多い。

 

「良いじゃねえか。たまには要だって、わたし達とあそびたいよなー?」

「うん。おれ、今日はあれやりたい! サムライごっこ」

「よしきた。まってろ、今、刀をよういしてやる」

「ちょっとー、あんまり変なあそび、カナちゃんにおしえないでよね」

 

 殺風景な部屋なので、刀の代わりは丸めた広告くらいしかない。それを用意する真希と、それに苦言を漏らす真依。その様子を眺めながら、要はにっこり微笑む。

 そんな時だった。部屋の扉が、ガラッと開かれる。現れたのは、禪院信朗だ。

 

「ここにいたか、クソガキ。扇さんがお呼びだぜ」

「げっ……も、もう?」

「もうだ。おら、急げ」

「やだ。もう少し姉ちゃん達とあそびたい」

「バカ言うな。テメーは扇さんに期待されてんだろうが」

「やーだー! 今からサムライごっこするの!」

「んなごっこ遊びより余程、本格的な侍になれるだろうが」

「うるせーなクソジジー! おれはねーちゃん達とあそぶ!」

「バカ言ってんなよ。マジで。怒られんの俺だから」

 

 そう言うと、ため息を吐きながら少し考え込んだ後「大体……」と漏らして信郎は続けた。

 

「良いのか? そんなカスどもと一緒にいたら、オメーの呪力が腐っちまうぞ?」

 

 子供は大体、小馬鹿にすれば言うことを聞くと思ったのだろう。しかし、それは要にとって地雷だった。

 直後、信郎の目に映ったのは、雪だるまのようになっている要の両目。後になって、黒く丸いサングラスの隙間から覗かれている瞳と重なっているのだとすぐに分かった。

 初めて見る黒い瞳……これは確かに、恐怖に溺れて狂気に陥っても無理はないと思ってしまった。

 その真顔になった要から放たれるのは、無言の圧力。それこそ、三歳児から放たれているとは思えない圧だ。

 

「……おまえ、今なんつった?」

「あ?」

「ねえちゃん達を、カスって言ったな……!」

 

 直後、ズズズッと身体から漏れ出る呪力。信郎の頭の中に流れたのは、走馬灯。生まれた時から今日までの生が、ふと見えた気がした。

 冷や汗が止まらない。心臓の動悸が激しく弱々しく衰弱する。呼吸が荒くなる。焦点が合わなくなる。

 たかだか3歳の子供を相手に、死を覚悟させられかけた時だった。

 

「どうかしましたか⁉︎」

 

 ふと元気な声が聞こえてくる。そこに立っていたのは、禪院蘭太。相伝術式こそ持たないものの、それなりの才覚を開花させ、将来、高専で言う準一級呪術師以上の実力を持つ者達で構成される精鋭部隊「炳」に入るかもしれないと言われている少年だ。

 

「あ、ああ……蘭太。今、こいつの目が……」

「目?」

「おい、蘭太。じゃまだよ。おれは今、こいつとはなしてる」

 

 ゆらりと立ち上がった要が、蘭太を押しのけて信郎に迫る。その全身には、既に呪力が多く込められていた。

 マズイ、と直感的に思った蘭太が、術式を発動する。瞳に呪力を集中させ、敵の動きを封ずるそれは、目にも負担がかかるが仕方ない。

 そう思ったのだが……要がサングラスを取った直後だった。

 

「……あ、れ……?」

 

 呪力が、見えない。というか、感じられない。体内に流れるはずのそれも、独特のオーラも。自分の呪力だけでなく、要からさっきまで溢れていたはずの呪力も視認どころか感じる事もままならなかった。

 ジロリと自分を睨む要の瞳は、まるでブラックホールの中心に見えるくらい、ただただ黒い。

 それは、信郎も同じ事を思っていたようで、異変に気付いている様子で若干、身震いしていた。

 そんな中、要は重々しく口を開いた。

 

「蘭太、もっかいいうよ」

「っ」

「じゃま。きえて」

「まてまて。要。そこまでにしろ。何してんのか知らんけど」

 

 言いながら口を挟んだのは真希だった。それにより、要は微笑みながら姉二人に顔を向けた。

 

「だめだよ、マキねーちゃん。こいつ、マキねーちゃんとマイねーちゃんをバカにしたんだよ」

「私は気にしてねえ」

「私もへいき。本人がへいきって言ってるんだから、おちつきなさい」

「……はーい」

 

 真依にまで諭されれば仕方ない。要は諦めたようにため息をつき、サングラスをかけ直す。

 その様子を見て、信郎は思わず奥歯を噛み締める。自分や蘭太が恐れたあの目を見て、目の前のカス姉妹は全くビビった様子を見せていない。姉だから? それともガキだから? 

 いや、何にしても、なんだか自分が劣っているような劣等感を抱いた。それもこれも……今は自分より格下の癖に生意気こいた、この化け物の所為だ。

 憎悪を抱かせながら、術式は持たずとも呪力は持っている故あって、自分の全身に呪力を込めると共に、刀を抜いた。

 

「! 信郎さ……!」

「このクソガキがああああああ‼︎」

「要……!」

 

 真希が反射的に庇おうとした時だ。その真希を片手で制した要が、再び信郎を睨む。

 直後、再び信郎は周囲の呪力を何一つ感じられなくなった。そして、それは当然、要の呪力も見えなくなるわけで。

 ズズッ……っと、アホほどそれが込められた要の左ストレートが信郎のボディに直撃した。三歳児から放たれたとは思えない威力で、後ろの壁を3枚突き破って後方に弾き飛ばされる。

 

「クソはおまえだろ」

 

 言いながら、更に追撃を仕掛けようとする要。だが、その身体は動かなくなる。理屈は分からないが、とりあえず視界に入った直後に呪力を奪われる、と判断した蘭太が、後ろから術式を用いて動きを止めた。

 

「真希、真依! 君達の言葉なら奴に通る! 落ち着かせるんだ!」

「いや、今のはジゴージトクだろ」

「いってる場合じゃないでしょ。とめないと」

 

 仕方なさそうに、二人で要に声を掛けにいく。

 その時だった。そこに、戦力的に頼りになる声が届いた。

 

「何事だ?」

 

 現れたのは、禪院扇。問われたので、真希が口を開いた。

 

「信郎が要になぐりとばされた」

「真希、お前には聞いとらん。黙っていろ」

「……」

 

 封殺しつつ、扇は蘭太に目を向けた。すると、術式を発動したままの蘭太が答えた。

 

「何やら一悶着あった様子ですが省きます。要が信郎さんを殴りました」

「……チッ、バカめが」

 

 そう言った直後、抑えられている要の首の後ろを、扇はトンっと呪力を込めた手刀で打つ。直後、意識を失ったように要は突っ伏した。

 

「ご苦労だった。蘭太」

「いえ! それより、ご報告しておきたい事が数件あるのですが!」

「分かっている。事情を聞かせてもらおう」

「はい!」

 

 ゾロゾロと他の禪院家の人間が集まって来た為、とりあえず信郎の手当てを任せて、蘭太と気絶した要を連れて扇の自室に向かった。

 

 ×××

 

 要が目を覚ますと、両腕を縄で縛られ、天井から吊るされていた。脇の下がいい感じに伸びて気持ち良いが、お世辞にも格好がつく格好とは言えない事をすぐに自覚する。

 部屋の真ん中に座っているのは、禪院扇。自身の父親だ。それも、呪力を全身に回し、臨戦態勢と言える様子だった。

 

「ほう……なるほど。本当に呪力を見えなくさせるようだな」

「……?」

「蘭太、私の呪力は見えているか?」

「はい! 扇さんの呪力は、消えたわけではありません!」

 

 元気の良い返事は、自分の背後から聞こえる。前後で挟まれているようだ。

 

「他人の呪力も自分の呪力も、全て自身で見通す六眼とはまさに真逆……自らが見る事で、他人の呪力に関する情報を奪う力、か。クク……聞いた事もない。名が必要だ」

「名前……サードアイとか?」

「何か良い名はないか? 蘭太」

 

 機嫌が良い様子で、珍しく他人に意見を聞いていた。その反面、自分の意見をシカトするあたり、要にはキレている様子だが。

 問われた蘭太は、元気よく答えた。

 

「では、6の反対なので『九眼』というのは如何でしょう⁉︎」

「ふむ……面白い。それで良い。では、お前は部屋を出ろ」

「はっ」

「あ、それと、この件は私とお前、そして信郎の間の機密事項とする。五条家、そして加茂家……あと高専にバレたら厄介だ」

「直毘人さんや甚壱さんにも、ですか?」

「二度は言わん」

「わ、分かりました!」

 

 それだけ指導すると、蘭太を追い出した。

 さて、残ったのは扇と要。不機嫌そうに、要が扇に聞いた。

 

「きゅーがん……?」

「そうだ。お前の術式……いや、特異体質なのだろうな。何れにしても、お前は私の財産だよ、要。あの出来損ないの娘どもと違ってな」

「おまえ、いまなんていった?」

「出来損ないと言った」

「ころすよ」

「まずは、その弛んだ性根から叩き直してやらねばならんと言うのは、気が重い話だがな」

 

 言いながら、扇は吊るしている要に近づく。

 

「良いか、要。この世界において、呪力や術式を持たぬ人間など何の価値もない」

「でも、ねーちゃん達はやさしい。おまえなんかよりずっと」

「それがなんだ? 優しさなど呪霊や呪詛師との戦闘において、なんの役にも立たん。奴らが戦場に立った所で、我々の足を引っ張るだけだ」

「じゃあ、せんじょーに立たせなければいいでしょ」

「おかしなことを言う。我ら御三家に戦い以上の価値があるとでも?」

「たたかうしか頭にないんだ。だからそんなおっかない顔になるんだよ」

「……口が減らないガキだな。その上、何も分かっていない」

 

 呆れたように首を振りながら、扇は要の頬に手を当てた。

 

「お前が強く育てば、私は次の当主になれる。私が当主になれば、禪院家はもっと強くなれるのだ。……私の後は、お前を当主にしてやる事もできるぞ?」

「……」

「その為には、姉弟愛など捨てられるくらい心身共に強くならねばダメだ。今までのままでは、お前も弱虫のままになってしまうぞ。それでも良いのかブッ!」

「さわんな、しるか、ジジィ」

 

 顎に蹴りを入れた。お陰で舌を噛んだ扇は、ギロリと要を睨み、思いっきりビンタをした。ジンジンと頬が赤く腫れ上がり、痛みが脳まで響き渡る。

 

「ならば、痛みを持って教育しなければなるまい。覚悟をしておく事だな。今後、私は貴様への特訓に手は抜かん」

「おまえこそ覚悟しろよ」

 

 不敵にそう言う息子のセリフに、思わず耳を傾けてしまう。振り向くと、狂気的にさえ見える笑みを浮かべて告げた。

 

「特訓中に、ころされるようなことがないようになゴフッ!」

 

 今度は拳だった。顔面を思いっきり殴られ、口の中に血の味が広がる。

 

「おかしな夢を見ている暇があるなら、反省する事だな。今日は、お前は飯抜きだ」

 

 それだけ告げて、扇は自身の部屋から出て行った。

 残された要は、暗い部屋で一人、月光を眺める。ムカつく。この家の人間……いや、呪術師という生き物が。

 どいつもこいつも、そんなに自分の姉が憎いのか。呪力や才能が無かったって、良い所はたくさんある。少なくとも、この家ではどいつもこいつも自分の目を恐れるが、それを何一つ物おじすることなく接してくれるのは真希と真依の二人だけだ。

 潰す。こんな家は、ない方が良い。真希と真依を守る為にも、この家は叩き潰す。三歳にしてそんな風に強く思ってしまった時だった。

 ガラッ……と、控えめに開かれる扉。思わず顔を上げると、ヒソヒソと声が聞こえてくる。

 

「真希……誰もいない?」

「いねー……と思う」

「じゃあ、早くしないと……!」

「わーってるって。デカい声だすな!」

「真希の声もおおきい!」

 

 どうやら、姉二人のようだ。コソコソと部屋の中に入って来る。手には、ラップが握られていた。

 

「よっ、要」

「うわ……ひどい。だいじょうぶ?」

「マキねーちゃん、マイねーちゃん……なにしてんの? こんなとこ見られたら……」

「んなもんしるかよ。あんなクソオヤジの言うことなんて」

「それより、お腹空いてるでしょ。おにぎりもってきた」

 

 にこりと微笑みながら言われ、少しだけ涙腺が緩みそうになった。特に、真依は低級の呪霊の前を通るのもヒヨるくらいビビリなのに、それよりおっかないクソ親父の部屋に、わざわざ来てくれた。その事が、なんだか嬉しかったからだ。

 だが、守ると決めた二人に弱いところは見せたくない。ぎゅっと堪えて、強引に笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ねーちゃん」

「それより……どうやって食わす?」

「とどかないわね……」

「真依、私の上に乗って紐切れ」

「いや、おんぶしたくらいじゃとどかないでしょ」

「イスつかえばいけるだろ」

 

 それを聞いて「えっ」と声を漏らした。そんな事をしたら、後で部屋を見に来た父親にバレる。

 

「ヒモ切っちゃまずいよ。バレちゃう」

「しるかって言ってんだろ」

「おこられるよ?」

「あんただって、いつもわたし達が言っても聞かないでしょ」

 

 それはそうかもしれないが……と、冷や汗をかいてしまう。

 さて、そうこうしている間に、二人は要を繋いでいる縄を刃物で切った。シュタッ、と着地し、なんとか脱出してしまう。

 だが、それで終わりではない。やはり、屋敷の何処かに隠れる必要があるから。

 

「このあと、どうするの?」

「とりあえず、わたし達の部屋にこいよ」

「そこで、みんなで食べよう」

「……うん」

 

 とりあえず、今だけ。今だけ甘える事にした。

 

 

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