禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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火種編
そうは問屋が卸さない。


 朝になってから疲れが出て眠り始め、約六時間後。真希が薄らと瞳を開けると、目の前で眠っていたのは要と真依。真依にしても要にしても、幸せそうな寝顔を見れたのは本当に幾年ぶりだろうか。

 そんな普通は当たり前の光景を見られたのが、本当に幸福に思えた。日頃ある日常にもっと感謝したいと思えるほど。

 ……もっと、今日くらいはこうしていたい。今まで離れ離れだった時間を取り戻したい。そう強くと思いながら、要と真依、二人をまとめて抱き抱えるように腕を伸ばし、抱きしめて目を閉じた。

 

「真希、起きてるの?」

「……お前も起きてたのかよ」

「ええ、まぁ……3秒くらい前に」

「起こしちまったか?」

「そうね」

 

 全然、歯に衣を着せるつもりがない言い草は相変わらずだが、不愉快ではない。

 

「……なら、もうちょい寝てろよ」

「そうね……」

 

 珍しく肯定的な返事をしながら、真依は布団の中から腕を出し、要の頭に手を置いて撫でる。

 

「ふふ……相変わらず、可愛い寝顔……やっぱり、何も変わっていないのね」

「……そうだな。背もあんま伸びてねーし、ちゃんと栄養摂ってるのか?」

「食生活とか、ちゃんとしてるのかしら」

「まぁ、筋肉はそれなりにあるみたいだから、タンパク質はとってんだろうな」

「……ちゃんとバランスよく食べさせないといけないわね。今後は」

「野菜もキチンとな」

 

 ジャンクフード大好き精進料理大嫌いな二人がなんか言っていた。

 

「そういや、真依。お前いつ戻んの?」

「残念だけど、今日中には。昨日のうちに電話で確認した感じ、京都でもあんま大きな問題はなかったらしいけど、やっぱ心配だし」

「あっそ。……なぁ、要なんだけど……」

「真希に任せるわ」

「……良いのか?」

「京都に連れ帰っても良いけど、こっちの人達にとってはかなり影響悪いもの。ほぼ全員、動き止めさせた上に、一級二人がかりを簡単に拘束して私を攫っていったし」

「……なるほどな」

 

 東堂なんかに知られたら特にまずい。毎日喧嘩になりそうで、庵歌姫の胃をキリキリと痛めそうだ。

 そうでなくても、禪院家の屋敷がある場所になんて誰も好き好んで行かない。

 

「……たまには、会いに来いよ」

「はぁ?」

「私に、じゃねーよ。こいつにだ」

 

 真依に比べて、少し乱暴に要の頭を撫でる真希。

 

「……本当は、三人一緒にいてーはずだからよ」

「そうね……要の為なら、考えてあげなくもないけど?」

「なんで上からだよ」

「あんたが『来て?』ってお願いしてきたんじゃない」

「もうそれでいいわ。来いよ、ちゃんと」

「どうせなら、要に迎えに来させてくれない? 費用とかバカにならないし。要なら片道40分で来れるわよ」

「昨日はそれでこっちにきたのか?」

「酷く酔ったわよ……あなたも覚悟しときなさい……」

 

 空中散歩、なんて言えば聞こえは良いが、落ちるか落ちないかの不安や不安定感が中々、しんどい。その上、真依はそれで呪霊の群れの中に突っ込まされたのだから、しばらく乗り物酔いしない自信があった。

 話しながら、真依は要に視線を落とす。そして、真希に再び告げた。

 

「……ちゃんとご飯食べさせるのよ。栄養食とかジャンクフードばかりじゃダメだからね」

「わーってる」

「あと、あんたの荒々しい口調を移さないようにね」

「それは別に良いだろ。要、男だぞ」

「そういう問題じゃないから。偉そうで高圧的に育てちゃダメ」

「それ私のこと言ってんのか?」

「そういうこと」

「……チッ、お前はこいつの母ちゃんかよ」

「あとお風呂。あんまり早く上がらせちゃダメ。あなたの真似はさせないように」

「今は私だってちゃんとゆっくりしてるっつーの、うるせーな!」

「ちょっと、大きな声出さないで。起きちゃうでしょ、要が」

 

 そう言いつつ、二人して要を見下ろす。が、起きる気配がまるでない。……というか、ちょっと起きなさすぎな気がして来た。

 

「……いつまで寝てるのかしら」

「疲れてんだろ」

「いや、でも前は朝早く起きてトレーニングしてたじゃない」

「寝るのは好きっぽいぞ。前に高専に来た時、夏油の部下っぽい女に起こされてたし」

「は? 何それ。彼女とか? ……は?」

「……そうだった。あのこと聞いとかねーと」

「ちょっと、どういうことよ」

「前に高専に宣戦布告に来た時、こいつ同い年くらいの女に起こされてたんだよ。やたらと距離近く」

「…………は?」

「尋問だなこりゃ」

「そうね」

 

 なんて話をしている時だった。ピーンポーンパーンポーン、というお馴染みの電子音。放送で誰かを呼び出す時に使われる音が流れた。

 

『繰り返しお知らせしまーす。禪院真希さん、禪院真依さん、禪院要くん。グレートティーチャー五条先生が7回目のお呼びです。昨晩、姉弟でお楽しみだったのは分かりますが、至急、武道場までお集まり下さーい』

「あ? 7回?」

「待って。今何時?」

 

 慌てて真依は時計を見る。時刻は12時30分。この時期、日が沈むのは早く、登るのは遅い。三人が睡眠を取り始めた6時のときは、外はまだ微妙に暗かったのだ。

 つまり、大遅刻なわけで。元々、時間が決められていたわけでは無いが、昼まで寝てるなんて前代未聞だ。

 

「うわやっべ……!」

「着替えないと……!」

 

 横になっていた二人は慌てて身体を起こそうとする……が、両腕をぐいっと引っ張られる感覚。

 顔を向けると、要が二人の両腕を抱き枕にしていた。

 

「要、起きろ! いつまで寝てるつもりだ⁉︎」

「起きなさい! あと離しなさい!」

 

 なんてやっている間に、さらに放送が入る。

 

『ていうか、もう真希と真依どっちかで良いから来てくれない? もう他の生徒、みんな解散させちゃったし。この放送終わって10分後に来なかったら僕迎えに行くよ。着替え中でも知らないからね』

「真希、行って!」

「私がかよ⁉︎」

「ここ、東京校だし、あんたなら抜けられるでしょ!」

「っ、わ、分かったよ」

 

 そう決めて、真希は強引に要のホールドから腕を抜く。すると、寝ているはずなのに要の寝顔が少し寂しそうに見えた。

 

「っ……!」

「要ー、私がいるからねー」

 

 真依は声音ではそう言いながらも、視線では「早く行け」と真希に告げていた。

 弟の腕を振り解いてしまったことに罪悪感を抱きつつ、真希は着替えを始める。着替えと言っても、昨日の騒ぎで日用品はほとんど瓦礫の中なので、昨日の私服のままだが。

 

「すまん、真依。頼む!」

「ええ」

 

 慌てて悟が待つ武道場に向かった。

 

 ×××

 

「待たされる側になると、結構腹立つな……」

 

 責めるほどでもない遅刻をする癖がある悟から、そんな呟きが漏れる。外だと寒いが、かと言って教室は男子と女子で寝泊まりに使っているし、武道場集合にしたのは仕方ないとして……。

 最初の一時間くらいはパンダや棘、憂太と話していたが、あまりにも来ないので少しずつ話すこともなくなり、三時間くらいの時には今後の事を話して解散させ、残りの三時間は漫画とか読みながら待っていた。

 そんな中、扉が開かれる。慌てた様子で入ってきたのは真希。他二人は置いてきたようだ。

 

「すまん、悟!」

「やぁ、遅かったね。マジで」

「要が中々、起きなかったから置いてきた。今、真依が見てる」

「いや、まぁ別に良いよ。よくよく考えたら、7年ぶりの3人での夜だもんね。ちゃんと避妊した?」

「だからチゲーって言ってんだろ! それセクハラだぞコラ!」

「ジョーダンだから。じゃ、今後の話を……」

「真希ねーちゃあああああああああん‼︎」

 

 直後、真希が入って来た扉を蹴り壊して要が、借りた寝間着のままの真依を連れて来ていた。

 

「か、要⁉︎ 寝てたんじゃ……」

「どこ行くの⁉︎」

「あなたが教室から出て行った後、当たり前のように覚醒してたわよ……」

「起きてたんだろお前⁉︎」

「え、起きてなかったけど……なんで?」

「逆にこっちがなんでか聞きたいくらいなんだが、色々と!」

 

 なんてやっていると、悟が要にヘラヘラと手を振った。

 

「あ、要。おはよう」

「っ、お、はよう……」

「ぐっすり眠れた?」

「……」

 

 真依の背中に隠れる要。まぁフルボッコにされたわけだし仕方ない。

 

「怒ってるんだろ」

「? 何が?」

「……昨日の事とか、色々。……俺どうなんの? 逮捕? それとも死刑?」

「ははっ、傑が言った通りだ。ホントに察しが良い」

 

 それを聞いて、要ではなく真希と真依も少し身構える。真依の背中に隠れていたはずの要は、それを聞くなり前に出た。

 

「良いよ。昨日の夜は楽しかったし、別にそれでも。覚悟は出来てるよ。俺だって、お前ら呪術師なんかといたいなんて思っちゃいない」

「その呪術師嫌いは相変わらずなのね……でも、死刑かどうか、そっちの方は君次第だよ」

「?」

「上層部は、確かに君を死刑にしたいと考えている。あれだけの術式を披露した上に、傑の一味だったわけだからね。危険因子以外の何者でもない。逃げた呪詛師どもがやらかした責任をも全部君と傑に丸々、押し付けて今回の件を一件落着にするつもりだ」

「良いよ、それで。真希ねーちゃんと真依ねーちゃんに迷惑が掛かるくらいなら……」

「でも、他の道がある」

 

 そう言うと、悟はニヤリと笑みを浮かべ、人差し指と中指を立てた。

 

「七海から聞いたけど、京都での戦闘の際、君は誰も殺さなかったどころか、呪霊を一部、祓った。そうだね?」

「……そんな事で免罪符になるの?」

「させるんだよ、他の要素も少しずつ足して行ってね。僕御三家だから。君の有用性を上に示して、死刑も幽閉も免れるようにする事もできるけど、どうする?」

「……」

 

 言われて、要は黙り込むように顎に手を当てる。チラリと真希と真依を見上げる。二人とも要が悩んでいること自体が意外だった。二つ返事でOKすれば、一緒になれると言うのに。

 その理由を、要はぽつりと漏らすように言った。

 

「……でも、姉ちゃん達を殺しかけた事を、お咎め無しにはしたくない」

「要……」

「それに、何にしても呪術師は嫌いだ。姉ちゃん達以外。そんな奴らと背中を合わせて戦うなんて出来ないよ。刺されるかもしれないし」

「……おい」

 

 真依と真希が声を漏らすが、要は目を合わせようともしない。もしかしたら、昨日ずっと楽しそうに話していたのは、死刑になるつもりだったからなのかもしれない。

 ギュッ、と真希が握り拳を作っていると、俯いている要に悟が言った。

 

「じゃあ聞くけど、このまま死刑になれば満足?」

「……それは」

「今、君が死んでも、真希や真依には傷を残すだけだし、お前に嫌われても最期まで気に掛けていた傑もガッカリするだけだよ」

「っ……」

「確かに要の力は強大だ。上層部が危険視するのも分かるし、使い方を間違えると脅威にもなる。……でも、間違えなければ、真希や真依を守る壊れない盾になると思わない?」

 

 言われて、要はちょっとだけ顔を上げる。

 

「他の呪術師のことなんて守る事はない。君は君が守りたいものを守り、そのために戦いなさい。それも出来ないなら……脅迫するような言い方だけど敢えて言わせてもらうよ。……危険だから、幽閉させてもらう」

「……」

 

 すると、また要は真希と真依の顔を見上げる。二人とも自分を見ていた。というより、睨んでいた。「お前死にたいとか言ったら殺すぞ」と言ってるような。

 自分の希望を、言っても良いのだろうか? そんな事を許してくれる人間は、真希や真依以外にいなかったはずなのに。いやまぁ逆に言えば、今後は高専の使いっ走りにされるということかもしれないが、それくらいで姉と一緒にいられるなら、と思ってしまう。

 

「分かったよ、俺の負けだ。ここで呪術師をやってやる。……でも、姉ちゃん達を殺しかけた罪は償う」

「……うん。OK。任せて」

 

 希望を言ってくれたことで、悟はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ま、でもしばらくは昨日寝泊まりした教室から出ないでね。あと術式の使用も禁止。一応『逮捕してる』って言う事になってるから。……だから、悪いけど真依、帰る時は新幹線で帰ってね。チケット代は出すから」

「ご親切にどうも」

「じゃあ、解散して。僕はやる事があるから先に失礼するよ」

 

 それだけ言うと、悟は武道場から出て行った。

 ……まだ、信用出来るかはわからない。そこまでしてもらって申し訳ないが、人を疑う癖がついている要は、何かあるんじゃないかとどうしても勘繰ってしまう。

 でも、今だけは甘えても良いだろうか……なんて、少し思いながら、真希と真依を見上げた。

 

「そんなわけだから、ねーちゃん。今後も、よろしく……」

「ああ、要。よろしくな」

 

 言いながら、真希は要に手を差し出した。それに応じるように要が握手した直後だ。外側に捻られ、上腕二頭筋と手首を外側に曲げて関節を決められた直後、その真下に潜り込んだ真希が自分の背中の上を通して要を投げ飛ばした。

 

「あ痛ったァッ!」

 

 背中を強打する要の首に、さらに腕を回し、首を絞める。

 

「いだだだだだ! な、何⁉︎ 新人いびり⁉︎」

「テメェ、何格好つけて『死刑になる覚悟は出来てる』だコラ! んな事私達が許すと思ってんのか⁉︎ アア⁉︎」

「そこおおおおおお⁉︎」

 

 ギリギリと首を絞められる要の頭を、さらに真依が掴む。前髪をガッとかきあげ、銃口を眉間に合わせた。

 

「あんたねぇ……そういう事は相談しなさいって言ってんでしょうが。何のために姉がいると思ってんのよ」

「ご、ごめんなひゃいごめんなふぁいごめんなしょい!」

「許すかああああああ‼︎」

「あと6時間くらい絞めてやりなさい、真希」

「死んじゃうってばああああああ‼︎」

 

 そのまましばらくギリギリと骨を軋ませられた。

 

 ×××

 

 教室に戻り、真希がコンビニまで朝飯を買ってきている間に、真依と要が使っていた布団を干し、真希が戻ってきた辺りで朝食。そこで、真依がふと思ったように聞いた。

 

「そういえば……要、服とかどうするの?」

「え? あ……そっか」

「というか、私もだな。寮から着替えとか無事な奴、取ってこねえと」

「いってらっしゃい。私はここに残るわ。どうせ今日には帰るし」

「チッ……まぁしゃーねーか。ちょっと行ってくるわ。ついでにいろいろ、買ってきてやる」

 

 それだけ話して、真希が教室を出ようとした時だ。

 

「え、待ちなさいよ。あなた男物の下着も買う気?」

「あ? ……あー、そういやそうか」

「男子と一緒に行ったら?」

「……そっか。行かないと」

「え、いや待ってよ。ダメでしょ。男の子とデートなんて絶対」

「デートじゃねーよバカ。なんでデートで弟のパンツなんて買うんだよ」

「でも、ダメだってば! 俺でさえ姉ちゃんと一緒にパンツ買いに行ったことないのに!」

「どんな言い分だよバカ!」

 

 というか、じゃあどうしろと言うのだろうか? 少し困ったようにしていると、真依が言った。

 

「なら、乙骨と狗巻に買いに行かせたら良いんじゃない?」

「それもそうか」

「要、パンツのサイズは?」

「え? えーっと……え、なんか恥ずかしいんだけど……」

「じゃ、呼ぶわ」

 

 なんて話しながら、とりあえず憂太と棘に電話をする真希。その間に、要は真依に洋服のサイズを測ってもらう。

 

「あんまり背が伸びてないわね。その年にしては」

「えー、そんなことないと思うけど。……というか、真依ねーちゃん達が大き過ぎるんだよ」

「ちゃんと食べてるの?」

「食べてるよ」

「例えば? 昨日の朝は?」

「昨日の朝はー……寝てたから食べてない……」

「……お昼」

「カ○リーメイト!」

「……真希、ちゃんと食べさせてね。この愚弟に」

「任せろ」

 

 普通に心配になってきていた。

 すると、教室の扉からノックの音。入って来たのは、憂太と棘に追加し、パンダも来た。

 

「おはよう……でもないのかな?」

「こんぶ」

「起きてんのか?」

「おう。早速で悪いけど、服買って来い」

「あとパンツもね」

 

 ご挨拶に身勝手なことを言う二人だったが、もう慣れた様子で不愉快そうな顔をしない三人。というより、早くも察したようだ。

 要だけシカトするようにそっぽを向いたにも関わらず、三人とも快く引き受けてくれた。

 

「あ、うん。分かった」

「しゃけ」

「どんなのにするか」

 

 パンダも行く気らしいが、どうなっても知ったことではないのでスルー。そのまま三人が教室から足早に出て行こうとする中、要が真希の袖を引いた。

 

「で、真希ねーちゃん。どの人が好みなの?」

「「「ッ⁉︎」」」

「ぷはっ……!」

 

 一人、笑いを堪える妹は置いといて、男子三人は肩を震わせる。それを見て、要は不愉快そうに続けた。

 

「パンダ、なんでお前までビビってんの? ……いや、ていうか何あれ」

「あ、そうか。つまり、棘か憂太って事だな」

「姉ちゃん、どっち?」

「どっちでもねえっつってんだろ! なんでそんなに気にしてんだよ!」

「夏油が酔った時にダル絡みしてきた時に言ってた。『初めての恋人は割と忘れられないもの』って」

「あの野郎、人の弟に余計なこと……!」

 

 軽くマジギレしている間に、憂太が恐る恐るきいた。

 

「ち、ちなみに……好みの相手が僕か狗巻くんのどちらかだとしたら……?」

「姉ちゃん、どっち?」

「だーかーらー、どっちでもねえっつーの!」

「無視が怖い……」

 

 姉に呪術師が好かれたり恋したりするなんて問答無用で万死に値する……というシスコンっぷりを感じて身の危険を感じ、憂太が思わず身震いさせた時だ。棘が口を開いた。

 

「しゃけ、いくら、明太子、おかか、高菜、ツナマヨ」

「???」

 

 その場にいた全員が小首を傾げる。棘の言葉が翻訳できるメンバーも分かっていない。当然だ。適当に言っただけなのだから。

 しかし、誰も「なんで急におにぎりの具材?」と言わない辺りで要はすぐにわかった。今のは呪言師特有の語彙を絞った会話。そんなわけわかんない人を好きになる可能性は低い。

 つまり……。

 

「……ふーん」

 

 ジロリと見られ、身震いさせたのは憂太。

 何で僕? と思ったのも束の間、自分が要の立ち位置に立った場合、突然、おにぎりの具材を連呼するやつを姉が好きになるわけがない、と思うだろう。

 涙目で先手を打った同級生の袖を引いた。

 

「ず、狡いよ、狗巻くん!」

「いくらすじこ醤油」

「誤魔化さないで……うわ、きた……!」

 

 要が掌を開いて、自分の方に歩み始めた直後だ。その要の襟を真希が掴んだ。

 

「コラ、要。術式の使用禁止って言われただろうが」

「あ、そ、そっか……じゃあ、拳で」

「それもダメだ。もう、里香いねーんだから一方的なリンチにしかなんねーよ」

「っ……」

 

 弱いものいじめがしたいわけではない。仕方なく手を引くと、意外そうに憂太が呟いた。脳裏に浮かんでいたのは、入学当初に言われたセリフ。

 

『お前、いじめられてたろ。私でもいじめる』

 

 なんてセリフが頭に浮かんでしまい、思わず呟いてしまった。

 

「……真希さんより、根は良い子なのかな……?」

「要、一発なら許す」

「ぃよっしゃ!」

「嘘です、すみませんでした!」

 

 真希が握っていたリードを離したことにより、放たれた狂犬が憂太を襲おうとした直後だった。もう片方の姉がそのリードを掴み直す。

 

「要、実際あなたは真希より良い子でしょ? だから、すぐに暴れようとしないの」

「そんな事ないよ、俺なんて……真希ねーちゃんに比べたらゴミカスも良いとこだよ!」

「なら、ゴミ箱から抜け出して少しでも私達の弟として恥ずかしくない立ち振る舞いを心掛けなさい?」

「うっ……は、はーい……」

「良い子ね」

 

 まるで喉を撫でられた猫ように大人しくなった。実際、頭を撫でられて大人しくなっている。

 その様子を眺めながら、改めて憂太達男子三人は呟いた。

 

「真依さん、すごい……真希さんよりも要くんの扱いを心得ているような……」

「どっちが妹だっけ?」

「すじこ」

「ああ⁉︎ 聞き捨てならねーな! 私の方が要のこと知ってるに決まってんだろ!」

「ふふ、言ってなさい。モノを言うのは第三者がどう思うかだもの。ねー? 要?」

「ねー?」

「要、そういうこと言って良いのか? これから私と一緒に暮らすのに」

「わー、嘘嘘! 真希ねーちゃんも俺に詳しいよね! 7年ぶりに会って学ランなんて着てたのに、すぐ俺だって理解したし!」

「それ私もだけどね」

「ま、真依ねーちゃん……!」

 

 と、いつの間にか姉弟でイチャつき始められてしまったので、男子三人はしれっと出て行った。

 しかし、と真希は思う。なんだかんだ、要は今、男子達と一度も会話していない。これは今後、苦労しそうだと心底思った。

 

 ×××

 

 狗巻棘という痒い所に手が届く男がいたため、真依による厳しい私服審査も無事に通り、それとついでに目を隠す為のサングラスももらい、夕方。

 つまり、そろそろ帰宅の時間である。教室からトイレとシャワー以外で出れない要は、教室から出ていこうとする真依に声を掛ける。

 

「じゃあ……またね。真依ねーちゃん」

「ええ。次に会う時は、急に背後に現れるのはやめなさいよ?」

「うん……」

 

 帰らなきゃいけない、と言うのは分かっているが、要は少し寂しそうにしてしまう。

 仕方なさそうにため息をついた真依は、要にハグをしてやった。

 

「……ほら、寂しそうにしないの。生きていれば、また会えるでしょ?」

「……死なないでよ。死んだら……また地盤持ち上げて京都校に落とすから」

「じゃ、死ぬわけにいかないわね」

 

 そう言い交わしてしばらく抱きしめ合った後、送迎の伊地知が腕時計を見てから、少しだけ気まずそうに声を掛ける。

 

「真依さん、そろそろ……」

「……ええ。じゃあ、またね」

「真希ねーちゃん。真依ねーちゃんの見送り行ってあげて」

「……良いのかよ?」

「うん。……一人は、寂しいから」

「……悟に言われた事、忘れてねーよな?」

「大丈夫。死んでも、教室からは出ないし術式も使わない」

「なら良い」

 

 それだけ話して、真希と真依は伊地知と共に出て行った。その背中を眺めながら、要は一人で教室の真ん中でボケっとする。

 家具とかはないので、とりあえず着替えとか日用品は後ろのロッカーに置いておいた。

 外に干しておいた布団も中にしまい、端っこに畳んで寄せておいて一息つく。誰もいなくなった教室……ホラー映画だと定石だが、要は初めての経験だった。

 

「……確かに、電気ついてなかったらちょっと怖いかも……」

 

 なんて思ってもないことを呟きながら天井を眺めている時だった。

 ……ふと、気配を感じる。ゆっくりと身体を起こし、再び寝転がった。どうせなら……油断してるフリをして誘い込む。そう決めて目を閉じた直後だった。ズボッと色黒の手が生えたのは床下からだった。

 

「!」

 

 予想外の襲撃にジャンプしようと避けたが、左足だけ掴まれる。すぐ術式を使おうと片手を天井に向けたが、ハッとして思い出す。術式は使ってはならない。いや、そもそも術式を使おうとすると、少し脳が重く感じる。アフリカで全力の戦闘をした後に術式を使った時と同じ感覚だ。

 そして、その一瞬の迷いが大きな隙となった。

 

「チッ……!」

 

 足を掴んだまま床下に引き摺り込まれそうになる。どこのどいつだか知らんが、パワーは自分より上だ。このまま引き合っても勝てないので、反対側の踵で掴んでいる指を蹴り付けた。

 

「アウチッ……!」

 

 そんな声が聞こえた直後に、要は身体を持ち上げて元の場所に戻ると同時に、天井に張り付いた。呪力を込めた両手の指をめり込ませて、這うように真下を見る。呪力を込めるだけでも頭痛がするが、地下からの襲撃に警戒しないわけにはいかない。

 

「マ、待テ。要。オレダ!」

「……あ?」

 

 このカタコトの話し方、聞き覚えがある。穴から出てきたのは、ミゲルだった。

 

「ミゲル……!」

「スマン、誰カト一緒ニイルト思ッテ、一瞬デ持ッテ帰レルヨウニシヨウトシタ」

「……なんでここにいんの?」

「オ前ヲ迎エニキタカラダ。ソレト、夏油モナ」

「……」

 

 夏油がメインで自分はついでの癖に……と思い、いやそれ以前に夏油傑の死亡を知らないのだろうか? 

 ……あり得る話だ。何せ、自分が傑が敗北した後にゴタゴタを引き起こしたのだから。

 

「夏油なら死んだよ」

「……ヤハリカ。丸一日、連絡ガ途絶エタカラオカシイト思ッテイタ。ダトスルト……真奈美ノ勘ガ当タッタカ……!」

「あ?」

「オ前ハ何故、京都デハナクココデ捕マッテイル?」

 

 ズズッ、とミゲルから呪力が漏れ出る。

 そういえば、自分の担当は京都。東京で捕まっているのは、ミゲル達から見たら確かに不自然だ。

 

「オ前、夏油ヲ……ソシテ、家族ヲ裏切ッタナ……!」

 

 直後、一気に拳を放ってくる。あの巨漢から溢れ出ているとは思えない速度の拳。それを回避し、黒板の前に逃げた。

 裏切り……と言われれば、確かに裏切りだ。京都をほっぽり出して東京に出て来て、その途中で夏油傑が放った呪霊達を祓ってきたのだから。

 だから、言い訳するつもりはない。黙ったまま、天井にめり込んだ拳を抜いて着地をするミゲルを前に、ただ黙って構えた。

 

「……イエス、ト取ルガ、構ワンナ?」

「好きにして」

 

 呪力は使えない。というより、使わない方が良い。頭痛が激しくなるからだ。その上、術式も禁止で移動できるのは教室内のみ。買ってもらった日用品も傷つけないようにして追い返す。

 そう強く決めて、要も身構えた。

 

 

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