騒がしい……と、五条悟は少し疎ましく思いながら教室に向かった。なんか戦闘音がするし、かと思ったら静かになった。それも、要に貸した部屋だ。
とりあえず様子見……と思い、中を見ると、驚いた。窓はバキバキ、黒板はヒビだらけ、床にも天井にも穴が空いていて、唯一無事なのは角の布団とロッカーくらいだろうか? 何箇所かに血痕も飛んでいた。
その中心で、椅子に座って頭を拭いているのは、禪院要。ぼんやりと天井を見上げている。
「随分と暴れたねぇ」
「……五条か」
「誰が来てたの?」
「……ミゲル」
「あの黒人か……」
「あんたの気配を悟ったのか、すぐに逃げたよ」
話しながら、要は赤く染まった白いタオルをゴミ箱に放る。
教室内を見回しながら、悟がその要に微笑みながら聞いた。
「ていうか、術式使わなかったんだ?」
「使ったよ」
「いやいや、隠し事したいなら、ちゃんと人の目を見て話さないと」
六眼がしっかりと残穢も教室内の戦闘の跡も捉えていた。その中に、要のものは無い。いや、呪力による身体強化の跡は所々、見えるが。
「余裕だったから心配しないで。教室から出てないし」
「今捨てたタオル、血?」
「これあいつにやられた奴じゃないから」
「へぇ、じゃあ誰に?」
「……てか、来んの遅ぇーよ」
「あ、話逸らした」
うるせーよ、と頭の中で悪態をついてそうな顔に、悟は笑みをこぼしてしまった。
しかし、本当に呪術師が嫌いなのだと改めて思う。本当に何も素直に言わない。ああいう心の中に傷を負っている生徒に関して、無理に「嫌うな、素直に言え」と言ってもダメだと思うので、何も言わないが。
でも、皮肉な事にそういう意味のない意地は、真希の事を全く認める気のない禪院家にそっくりだ。
「で、何か話したの?」
「は?」
「随分、短かったでしょ。あいつが撤退したの。真希と真依がここ出てー……まだ10分くらい?」
「お前がきたからだから」
「戦闘中に、九眼持ちと戦ってて向こうが気付いたの?」
「……チッ、トイレ行きたい」
「誤魔化し方が軽くなってきてるよ」
あ、少しずつイラついてきてる、と悟はこれまた愉快そうに微笑む。
「うるせーな……なんなのあんたは。関係ないでしょ」
「あるよ。呪術師になるって決めてもらった以上はほら、助け合いが大事でしょ」
「は? 1人の時が一番強いくせに何言ってんの?」
「……分かるんだ、そういうの」
「無下限術式については調べたし、夏油からも聞いた。極端な話、茈適当にぶっ放してれば勝てるタイプだろ、あんたは」
「……まぁね。でも、要はまだそのレベルじゃないだろ? 強い大人には甘えた方が良いんじゃない?」
「ざけんな。極力、呪術師には甘えないでいくに決まってんじゃん」
本当、いじっぱりで面倒くさい、と悟は苦笑いを浮かべるどころか、少し嫌そうな顔が出る。
「……極力、情報なんて渡さないに決まってるでしょ」
用心深い……まぁ、一人で生きていればそうなるだろう。恐らく、能力に関してもまだまだ隠している用途があるだろう。
けど、それについては聞き出さない。奥の手を隠すのは当然と言えば当然だし、何より今の彼に無理に色々と、聞き出すのは良くない。
「あっそ。……でも、姉を悲しませないようにね?」
「引き合いにすぐ姉ちゃん出すのやめろ」
「ごめんごめん。……ま、新しい教室用意しとくから、そっちに荷物とか移しちゃって」
それだけ言うと悟は一度、教室から出た。これは、簡単にはいかない気がする……と、悟は困ったようにため息をつく。
これからこっちでやっていく、と決心したところで、過去にやってきたことはなくならない。それは行いだけでなく、他人に対して取ってきた態度も同様だ。
彼には彼の事情がある、と思うしかない。そう思いつつ、とりあえず別の空いてる場所を探しに行った。
×××
悟が戻ってきた真希に新しい教室を案内して、要と一日目の夜だ。なんか急に「教室移動」と言われたが、どうしたのだろうか? まぁたまに意味のない事をさせる悟の考えなんて、あんまり聞いても意味がないのだが。
その案内された場所に入ると、要がフリフリと手を振ってくる。
「おかえりー、真希ねーちゃん」
「おう」
「真依ねーちゃん、元気そうだった?」
「ああ……まぁな。でも、やっぱ寂しそうではあったけど」
「京都にも、いつか行かないとね。二人で」
「呪術師にそんな暇あるかよ」
「いやほら、俺が呪術師になったら間違いなく特級だし。遠くの地に出現した特級しか祓えない呪いとか行くかもよ?」
「自惚れてんなバカ。昨日、ボロカスにされたの誰だよ」
「う、うるさいな……言っとくけど、もう少しクレバーだったら俺が勝ってたから。切り札、ラピュタ以外にもう一つあるし」
「そのセリフがもう言い訳くさくて負けてんだよな」
「んがっ……!」
というか、悟がピンピンしている時点で無理だろう。要の全力の戦闘は結局見られていないが、あの規模の術式は悟に近いものは確かにあった。……が、そもそも呪術師としての年季も、身体の作りも違う。まだ成長期も来ていない肉体の要では、190超えていてしっかり鍛えられている悟とは、良いとこ善戦出来るか、と言う所だろう。
「てか、んなことよりもよ、要」
「何?」
「本当は真依がいるうちにハッキリさせときたかったんだが、まぁそんな暇なかったから今、聞いときたい事あんだよ」
「???」
というか、なんなら真依との別れ際に思い出したことだ。目尻に涙を浮かべた真依が「これだけは聞いて結果を私に後で教えて」と強く肩を握って言われ、その後にハグをするハメになったほど大事なこと。
少し、聞くのが怖い。でも、聞かないわけにはいかない。姉としても。
「……お前、あの口の中から出てきた双子とどういう関係だよ」
「そこ⁉︎」
「そこだよ。他にどこにあんだよ。お前ばっかりこの前は尋問してきたけどよ、お前だって怪しー女、二人もいたろうがよ」
「え……い、いや……別にあの二人とは、何も……」
「しかも、かなり気を許してたよな? 寝てたとはいえ、他人に身体を触られて嫌がらねーなんて、お前らしくねーじゃねーか」
「そ、そんなことないよ。あれはー……そ、そう。家族のフリだから! 味方を欺くには、味方からって言うでしょ」
「それ一段回目からゴールじゃねーか。……や、そんなんどうでも良くて。まさかあの二人、付き合ってるなんてことねーだろうな?」
「な、なんで俺までそんな疑いをかけられて……」
「いいから答えろよ」
ずいっ、ずいっ……と、質問のたびに迫って圧をかける。その度に、弟は後ずさるが、壁際に追い詰め、その壁に手を置いた。
「……」
「あ、あの……ほんとに別に、なんの関係もなくて、ですね……」
「で?」
「別に、特別な感情とかもなくて……」
「で?」
「……む、むしろ嫌いです! そうだよ、呪術師なんてそもそも俺が好きになるわけが……」
「ダウト」
「ハワイ⁉︎」
「ホワイ、だ。……お前の嘘を私が見抜けねーわけがねーだろ。嘘ついたってことは、なんかあるな?」
「なーいー!」
「それ無理。お前ちょっと今日は眠れると思うな。聞かなきゃいけない話がたくさんある」
「ええっ⁉︎」
それは困る、と言わんばかりに声を漏らす要。今日くらいは普通に寝たい、ということだろうか?
その反応を見て、真希はニヤリとほくそ笑むと高圧的に聞いた。
「今のうちに吐けば、今日は同じ布団で寝てやっても良いぞ?」
「っ……ま、まぁ……少しは、他の奴に比べると……年が同じだから、一緒にいる機会も多かったり?」
「付き合ってんのか?」
「だからそれはないって……」
「好きなのか?」
「それもない! ねーちゃんのが好きだから!」
「……ならよし」
嘘を言ってる感じじゃないので、とりあえず信じてあげることにした。これで今日は一緒に睡眠だが、まぁそれくらいは別に良いだろう。
満足げに頷いている真希の前で、要は難しい表情をして悩んでいる。
「どうかしたのか?」
「ん……や、別に」
「別にってツラしてねーだろ」
「や、ほんとだって。ただ、まぁちょっと不思議な感覚というか……姉ちゃんといられるのが、ちょっと変な感じあってさ……」
「……」
本当にそれか? と思ったが、まぁ気持ちはわかる。自分も、嬉しいやら少し困るやらで色々と頭の中で混乱しつつはあった。
なので、とりあえず今はスルーしておく事にした。代わりに、その要の頭に手を置いて笑みを浮かべた。
「私もだよ。……身長差は昔のままだけど、大きくなったな。要」
「……うん」
なんて話しながら、要と真希はとりあえず布団を敷いた。晩飯も真依がいる間に食べたし、後はシャワーを浴びて寝るだけ。
まだまだ話したいことはたくさんあるし、この機会に他の男子生徒達の良いとこも知ってもらいたいとこだ。
「要、今いる高専の術師で興味ある奴とかいるか?」
「真希ねーちゃんと真依ねーちゃん!」
「……以外で」
「……さぁ? それより真希ねーちゃん、呪具欲しくない? 俺、呪具作れるんだよ。この前、呼んできた無数の呪具、全部俺が作った奴だから」
「……」
まぁ、会話する前から他人に興味を持て、と言う方が難しいか、と思い直した。
「……そうか。どんな奴だ?」
「手袋に刻印つけて、武器に反対側の刻印つけて、呪力流せば自由に引き寄せられる奴。俺の場合は手に元々、刻印がついてるから手袋いらないけど」
「面白いじゃねえか。……私は呪力ないから使えねーけど」
「真希ねーちゃんが使う場合の呪具もちゃんと考えてあるよ」
「そうなのか?」
「うん。……まだ作ってないけど」
「どうせなら、ちゃんと強いのにしろよ?」
「分かってるよ。とりあえずね……!」
と、ワクワクした表情で語る要の話を、真希は笑顔で聞き続けた。ホント、一日経ってもこんな風に普通に話せる事が嬉しく思える。
願わくば、こんな日が長く続いてほしい……なんて、しんみりと思ってしまった。
×××
その日の夜、真希と同じ布団の中で寝ていた……が、要はすぐに目を覚まして身体を起こした。何かあった時のために、好きな時に起きれるようなスキルも身につけた。
ふと、真横を見る。昔は大きないびきを立てて寝ていた真希も、今では普通に静かな息をするような寝息となっている。久しぶりにあの声も聞きたかった気はするが、まぁ仕方ない。
その真希の頬に、手を当てた。
「……ごめんね。真希ねーちゃん」
綺麗な寝顔……今度こそ泣かせないように、そして怒らせないようにしないといけないが、そうも言っていられなくなってきた。
謝罪をしたのは、これから約束を破るからだ。
先程、自分を……いや正確に言えば傑を助けに来るつもりだったミゲルと少し、喧嘩をした時、言われた事を思い出す。
『弁明ガアルナラ、明日ノ朝マデデアレバ聞イテヤル。但シ、ココデハナク家族ノ家デ、ダ。……戦イニ敗レタノナラマダシモ、裏切ラレテ殺サレタノナラ看過出来ンカラナ……!』
恐らく、向こうにとっても自分がいる事は予定外だったのだろう。高専に潜入して傑を探していたら、たまたま窓からあの教室に自分がいる事に気付いた、といったところか。
だからこそ、対応も中途半端だった。戦闘の途中、こちらが呪力を使うと頭から出血したのを見て、すぐに手を引いた。
正直、呪詛師どもがどうなろうが知ったことではない。ミゲルもラルゥも利久も真奈美も嫌いだ。
だから、シカトでも良かった。というか、ぶっちゃけそいつらは今でもどうなったって良い。
それなのに胸の奥に引っかかるものがあったのは、夏油傑が置き土産のように吐き捨てた言葉の所為だ。
『菜々子と美々子を、頼むよ』
『君だから、だよ』
厄介な呪いを浴びたものだ。それでも、自分は傑の事も嫌いだから、聞いてやる義理なんかない。
ついさっきまで行くか行かないか悩んでいた。けど、姉に気付かされた。まだ嫌いじゃない、なんて言い切れないが、それでも正直、たまに一緒に遊んでて楽しかった事もあったのは認めざるを得ない。
だから、まぁ……出来ることはしたい。
そう決めて、窓を開けて扉を閉め、術式でくっつけた。呪力を使うとやはり頭痛は出たが、さっきそれなりに使った時の戦闘ほどではない。少し休めば平気なようだ。
別に今生の別れではないが、最後にもう一度、姉の顔を見た。こちらに気付いてる様子はなく……というか、自分がいない場所にまだ侵食していた。
「寝相の悪さは相変わらずだね」
絶対に戻ってくる……そう意を決して、要はたんっ、たんっと軽いジャンプで建物の屋根に上がった。
方角を測り、風向きを把握すると、一気に飛び出すため両手に呪力を込めて……!
「未成年の深夜徘徊は補導されちゃうぞー?」
「チッ……」
聞きたくない声が背後から響き、反射的に掌を向けた。が、後ろで悟が人差し指と中指を立てているのが見え、術式の起動は控える。
「なんか用かよ、悪いけど俺は行くよ」
「良いよ。行っておいで」
「……は?」
「傑の遺言を、達しに行くんでしょ?」
バレているらしい。が、わざわざ目的は口にしない。元々のチームメイトに会いに行く……なんて言って信用されなかったら「寝返る気」と思われるかもしれないからだ。
「ただし、早朝6時までには戻って来るように」
「早いな」
「じゃないと、真希も起きちゃうかもよ」
「……」
「ほらほら、早くいかないと。なるべく真希に知られたくないでしょ? 勿論、術式使って良いから」
現在、11時58分。片道で30分程として、5時間と2分。何とかなるだろう。
「……何の真似?」
「何が?」
「俺がこのまま敵に寝返っちゃったらどうするの?」
「いやいや、律儀に人との約束守って、襲われても術式も使わないし、教室からも出ない、買ってきてもらったものを傷つけないように立ち回る人が、寝返ることはないでしょ」
「……チッ」
その通りだが、ほんと何もかも見透かしたような物言いが癪に触る。
「……わかんないよ? 人質とか取られてたら、寝返るかもだし」
「それはないから。君にとって人質としての価値に値する子は真希と真依だけでしょ。真依はさっき無事に高専着いたって歌姫から連絡来たし、真希も寝てるから。だから、安心して行っておいで」
「……お前、ほんとムカつく」
「素直じゃないねぇ」
「うっせーよ。マジ殺すよ」
真希と真依以外の人間に、あんまり茶化されるのは不愉快だ。舌打ちしながらそう言うと、悟は「おーこわっ」と思ってもいないことを呟く。
それに苛つきながらも、とりあえず抑えながら一番、大事なことを聞いた。
「……ちなみに、あんたが……或いは別の奴が、俺の後をつけて、夏油のアジトを探し出して仲間を一網打尽にしない、っていう根拠は?」
「……ないね。だから、約束しよっか」
「?」
「もし、僕が君の後をつけてたら、高専で真希と同室にしてあげるよ」
「ついて来ても良いけど、いや本当に良いけど絶対バレんなよ」
「う、うん……いや、ダメでしょ。良いから行っておいで」
早かった。
×××
「なるほどなるほど……真希を引き合いに出せば良いのか」
そんな事を、顎に手を当てながら呟いた悟は「良いことを知った」というようにクックックッと笑みをこぼす。なんだかんだ操りやすい子なのかもしれない……が、あれで賢い子だ。同じ手が通用するのはあと5回くらいだろう。や、十分多いが。
信頼はしたいし信用したいとも思っているが、味方と言い切るにはまだ早い少年だし、温存しておいた方が良いだろう。
「……うーん、あとは五つ、引き合いになるような餌を考えないとな……」
顎に手を当てた悟は、とりあえず考え込む。要が、と言うよりも、男が女にしてもらって喜びそうなこと……。R18になるようなものは流石に許されないが、もっとこう……いや、そもそも何かしてもらうとかじゃなくて、自分に出来る環境を用意してやれば良い。
そういう話は、学生時代によく親友とした。一体、彼のシスコンがどこまで行っているのか、にもよるが……。
「……同室は使ったから……一緒に任務、一緒に座学……いや座学は学年違うし無理か……となると、一緒にー……お風呂とか?」
姉弟だし平気かな、なんて適当な事を考えながら、適当に伸びをした。
さて、そろそろ寝るか、と悟は伸びをする。明日は朝早く要を出迎えて、バレないように元の場所に戻る手伝いをしないといけない。
そう思って、軽く伸びをしている時だった。ふと、六眼の視界に入った一羽のカラス。術式が込められている。
「あれは……」
見覚えがある。カラスを扱う術師は、悟の知る限り一人しかいない。
冥冥……フリーの一級呪術師だ。フリー、の時点で敵でもないが、味方というわけでもない彼女は、この世の誰にとっても動かすのが容易い。
……何故なら、金さえ払えば仕事をしてくれるからだ。
「なるほど……そういうことか」
やれやれ、野暮な老人どもめ……と、小さくため息をつきながら、悟も動き出す事にした。
×××
上空から急降下する人影というのは普通に考えて投身自殺だが、要の場合は着地シーンだ。着地の前に少しだけ真下にも刻印を出して反発させて衝撃を殺し、静かに大地に両足をつける。長距離移動による能力使用で少しまた頭から血が流れたが、着地前に拭き取って術式で傷口を塞いだ。
さて、数日来なかっただけなのに懐かしく感じる現場に到着。辺りを見回した。
「いるんだろ。来たよ」
「ホウ、逃ゲズニ来タカ……チャント一人デ来タカ?」
「そりゃな」
「裏切り者が招集に一人で応じるなんて、舐めているのかしら」
正面にミゲル、右にラルゥ。左に、真奈美と利久。やる気満々、と言った配置だ。
「久しぶり……でもないか」
「挨拶をする、なんて礼節があなたにあったのね」
「今更、礼儀正しくしたところで、俺達が許すとでも?」
「別に許してもらいに来たわけじゃないし、お前らに言ったわけでもないよ」
言いながら、首を左右に倒す。そして、正面の外国人に聞いた。
「ミゲル、お前が俺にわざわざこの機会を作ったのは、夏油の最後の言葉をもしかしたら聞いたかも、と思ったからだろ?」
「……ソノ通リダ」
裏切り者にそんな言葉を言うわけがないが、それでもここに集めたということは、途中で「まだ裏切りと決まっていない」と思い直したからかもしれない。
次いで質問してきたのは真奈美。怒りを如何にも噛み殺していそうな表情で聞いてきた。
「まずは、本当に裏切ったかどうかを聞きましょうか」
「裏切るも何も、俺はお前らを家族と思ったことなんか一度もないよ」
「……答えは出たな」
そう言った利久が術式を起動しようとしたので、要も構えた直後だった。
「待って!」
ふと、聞きたくないけど聞くべき声が聞こえてきた。声の主は、建物から出てきた枷場菜々子。その横には美々子もいる。
その二人に、真奈美が声を掛けた。
「バカ、どうして出て来たの⁉︎」
「だ、だって……全然、夏油様の話してない……!」
「そーじゃん! まずその話を聞くって事だったっしょ⁉︎」
「だからって、お前らが出てきたら作戦が……!」
「普通に気付かれてたから意味ないから!」
菜々子に言われた利久は、ふとさっきの要のセリフを思い出す。「お前らに言ったわけじゃない」……それはつまり、自分を囲んでいる大人達に、ではなく、奇襲用に隠れていた二人に向かって言ったということ。
しかし、まさかそれを視野の狭い二人の双子に気付かれるとは思わなんだ。
やがて、ラルゥが要に対して静かに告げた。
「要……聞かせてもらうわ。あなたが傑ちゃんと最後、どうしたのか。何を話したのか」
「どうせ信じないでしょ。特に、そこの二人で1セットは」
「「あ?」」
「挑発しないで。あなたも話すためにここにきたんでしょう?」
真奈美と利久を指差して言うも、ラルゥがそれを制する。
「話セ、要」
ミゲルにも急かされたので、要は小さくため息をついた。仕方ない、どこから話せば良いのか分からないが、少なくとも菜々子と美々子が真面目に聞いている以上、適当なことは言えない。
「……この前の高専に宣戦布告に行ったとき、ねーちゃんがいたのはラルゥとナナミミは知ってるでしょ」
「ええ」
「「略すな」」
そこにツッコミが入ったのは無視して、要は続けた。
「俺にとって家族は、姉ちゃんだけだ。生まれた時から。聞いてるかもしんないけど、親父に刺されて捨てられて夏油に拾われて生き別れてからの7年間、ずっと姉ちゃんが心の支えだったよ」
しれっと姉は一人であることをアピールしつつ言う。弱点がバレるのはなるべく避けたい所だ。
その要に、利久が片眉を上げながら聞いた。
「拾ってくれた夏油様に感謝の意はないのか?」
「呪術師の名家で実の父親に刺されて、呪術師なんか信用できるわけないでしょ。ましてや、夏油なんてとどのつまりテロリストだ。非呪術師を虐殺して」
「恩と信用は別問題だと思うが?」
「だからそういうことだよ」
恩はあるが、信用はしていない。実際、知らない所で姉を殺されかけたらしい。
「……実際、あいつが殺してきた非呪術師にも家族があった奴もいる」
「何でわかるのよ」
「死体の左手薬指に指輪がついてた」
真奈美の質問にもすぐに返した。まぁ、そろそろ話を軌道修正したい。
「だから、百鬼夜行当日に俺は動く事にした。京都なんて結局、陽動の一部でしかない場所に派遣された時点で『あ、これハブられたな』って思ったし、数人の術師を相手にしてからさっさとあの場所を離脱して、姉ちゃんを助けに行った」
聞きたいのはこの後だろう。まぁ言っても信用されないのは分かっているが……正直な話を聞きたいのだろうし、言うだけ言ってみた。
「向こうに着いた時には、もう夏油は五条悟に見つかってたよ。片腕なかったし、乙骨憂太に負けた後だと思う」
「……夏油様が、まだ呪術を学んで一年も満たない子供に? 冗談も休み休み言いなさい」
ほら見たことか、と真奈美の意見を聞いて要はため息をつく。
が、美々子が横からぼそっと呟くように言った。
「……けど、疑う理由もない……」
「何処がだよ。そもそもこいつの存在自体が信用ならねえんだから」
すぐに利久は首を横に振るう。
ま、そういう反応されるのは予想通りだ。そのまま要は続けた。
「その後は……まぁ色々合ったけど、夏油と五条悟相手に戦ってボコられて、瀕死の夏油から最後に『菜々子と美々子を頼む』ってだけ言われて、その後は落下して五条悟に夏油預けて別れた」
「説明端折ってるでしょう……」
「トイウカ、ソノ二人相手ニシテヨク生キテタナ……」
「……俺は夏油も嫌いだったけど、あいつは俺のこと嫌いじゃなかったからね」
言うと、ラルゥとミゲルは少し考えるように顎に手を当て、真奈美と利久は一層、要を強く睨みつけ、菜々子と美々子はふっと目を逸らす。見事に考えが割れてしまっていた。
まぁ、何にしても要の要件は伝えないといけない。
「そういうわけだから、俺がここに来たのは夏油の遺言を果たす為だよ。……美々子、菜々子。俺と高専に来い」
「え……?」
「は?」
「お前らをよろしく、と言われたけど、具体的にどうして良いのか分からんから、とりあえず引き取らせてもらうよ」
正直、高専が良い場所かは分からない。というか、そんなわけがない。呪術師の巣窟だから。
しかし今後、非呪術師として生きるのには無理がある。何せ、義務教育も出ていないのだから。……いや、地図にも載っていない村で檻に幽閉されて暴行を受けていた、という時点で出生届が出ているのかも怪しい。
なら、呪詛師などという実力がモノを言う世界に行くくらいなら、まだ呪術師をしていた方がマシだろう。
「で、でも……」
「あんたは高専でやっていくつもりなわけ?」
「そうだよ。呪術師は嫌いだけど、姉ちゃんいるし」
「……私達は、夏油様と一緒で……非呪術師は嫌い……」
「そんな奴らを守る仕事? 冗談じゃねーっつーの」
「それは二人が高専でどんな部署に進むか次第でしょ。俺もまだ向こうに行ったばかりで全然、知らんけど、当然の事ながら裏方みたいな仕事する人もいるんじゃないの?」
言われて、二人はお互いに顔を見合わせる。物によるだろうが、全員が全員、非呪術師を直接守るような事はなく、その呪術師をサポートする役割とかもあるだろう。
それに思い当たって、意外と悩んでいるのかもしれない。断られてもとりあえず強制的に連れて行くつもりではあったが、この様子ならその心配も無くなりそう……と、思っている時だった。
その二人に、真奈美が口を挟んだ。
「流されちゃダメよ、菜々子。美々子。あいつの言うことが本当である根拠なんてないの。下手をしたら、あんたらを上に差し出す事で出世を狙っている可能性だってあるのよ?」
「……は?」
その言葉を聞いた直後、要の額に青筋が浮かぶ。
「お前今、何つった? ……俺が呪術師相手に媚び売るとか、本気で言ってんのか?」
「当たり前じゃない。……あなたが家族達に絡んで来なかったように、長く一緒にいただけで私はあなたのこと何も知らないもの」
「なら覚えとけよ。言葉に気をつけろ。お前、俺の目を見ただけで泣かされたのを忘れたか?」
「ッ……言うじゃない、ガキが……!」
そろそろ限界だったのかもしれない。真奈美も臨戦態勢に入っていく。その隣の利久も同様だ。
「……そうだな。話は終わりだ」
「強気だな、お前らが俺に勝てると思ってんのか?」
「当然だ。何せ俺達には……歴戦の猛者がついてる」
「……あ?」
その直後だった。真上からふっと影が差す。それと同時に振り下ろされる炎を灯した刀。自分の首を狙って一直線だ。
懐かしい術式、懐かしい着物、そして懐かしいシワだらけのシカメっツラ……忘れるはずがない。姉二人とは違う意味で拝みたかった顔面だ。
見るなり、要は殺気の籠った笑みを遠慮なく向けた。
その炎刀の一閃を回避した要は、呪力を全開に込めて殴り掛かる。回避され、刀を振るわれ、しゃがんで避けて足元に一発。それをジャンプで回避されて後ろに着地。
お互い、そのまま振り向きながら、刀と刻印がついた掌底を叩き込み合う。
ギギッ……と押し合いになりながら、要は目の前の男に声を掛けた。
「久しぶりじゃん。クソ親父」
「黙れ。私の汚点が」
禪院扇……当主になるために自分を刺し、捨てた男。それが何故だかここにいるが、どうでも良い。
とりあえず、ボコボコにする……!
そう強く決めて、続きを始めた。