禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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日常編
実力より社交性。


 呪術高専に壊滅的な被害が及んで、早一週間。流石、超人揃いの呪術高専……とは言い難い。戦闘中に命を落とした者、大怪我を負ったものの治療で割と忙しかったりする。

 悟が足止めされた事により、有象無象の中に混ざっていた特級呪霊にやられたものも多く、葬儀が行われた。

 また、家入硝子も割と眠れない日々を過ごし、禁煙していたのにこの一週間は灰皿に山が積もっていたり。

 さて、そんな中、要に対する罰則も少なからずあるわけで。悟の我儘と禪院家への貸し、そして実際、京都では呪霊を多く片付けた事、何より新たな特級呪術師候補になり得る事を考慮され、軟禁や死刑といったものはなくなった。

 そして、代わりに作られたのが……拘束具である。

 

「動きづらい……」

「仕方ないでしょ。結構頑張ったんだよこれでも」

 

 要に課せられたのは、右腕、右足の刻印の使用を禁ずるための拘束具、そして両目の使用を禁止するためのゴーグル……さらに、任務以外全ての行動を監視者である禪院真希との強制的なバディである。

 戦闘時に解除を許されるのはゴーグルのみ……それも、単独での戦闘が行われる時だけだ。

 

「ぷふっ……か、カッコイイぞ、要……!」

「笑ってるじゃん、真希ねーちゃん!」

 

 ゴーグルはまだ良い。ほとんどスポーツ用のサングラスのように作られているから、自然ではある。似合ってはいないが。

 問題は、腕と脚の拘束具。包帯のようになっていてる上に、結び目に錠前が付けられていて、ダサいことこの上ない。

 

「これ、チャラチャラチャラチャラ邪魔なんだけどー」

「罰だから仕方ないでしょ。勿論、相手が特級呪霊の場合は外せるよ」

「姉ちゃん、こう言う邪魔なの無視するコツとかある?」

「なんだその限定的なコツ」

「聞いてる?」

 

 悟のセリフを全く無視して相談を始めていたが、まぁいくらここでやっていくと決めたとはいえ、そんなすぐに他の術師に心は開けないだろう。

 そんな時だ。その三人の元に、憂太とパンダ、棘が歩いて来た。

 

「あ、要く……え、怪我したの足と腕?」

「「「ブフォッ‼︎」」」

 

 憂太の何気ない一言が、三人の腹筋を壊しに掛かった。爆笑する真希、パンダ、棘を前に、要は左手の刻印を起動する。

 

「分かった。みんな空飛びたいのね」

「「「え?」」」

 

 声を漏らしたのも束の間、まずはパンダから。肩に手を置いて、クイッと上に向ける。そして、上空に打ち上げた。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 あ、が木霊した。パンダの断末魔がむなしく遠くへ離れていく。

 拘束されていてもこの威力。拘束さえなければ特級だっただけの実力はある……なんてポカンとしている間に、棘の肩にも手が置かれた。

 

「こんぶ」

「出汁」

「しゃけえええぇぇぇぇぇ…………」

 

 同じように飛んでいった棘を眺めながら、要はぽつりと呟く。

 

「あいつ何言ってんの? ……ねぇ、ねーちゃん?」

「おい待て。……わ、私までやる気か?」

「そ、そうだよ。真希さんは君のお姉さ……」

「じゃあ代わり」

「なんで僕うううぅぅぅぅ…………」

 

 憂太も空中に飛んで行った。最初に飛んで行ったパンダはまだ落ちて来ない。にも関わらず、要は気にした様子なく真希に声を掛ける。

 

「もー、真希ねーちゃんまで笑わないでよ……この格好、俺も普通に恥ずかしいんだから……」

「普通に話を進めんな! あいつらどうすんだよ⁉︎」

「? 降りて来るでしょ」

「じゃねーだろ! ちゃんとキャッチしてやれよ⁉︎」

「いやいや、里香いるし平気でしょ」

「いねーよもう!」

「え、そうなの?」

 

 そういえば、要は里香の解呪について知らない。しかし、そういうことなら、と言うように要は足元で刻印を展開。真上に飛んでる三人を反発させ、その力を少しずつ弱めて着地させた。

 その三人に、悟がニコニコしながら声をかけた。

 

「どうだった? 空中の風景は」

「酔った……」

「自分で制御できないと結構怖い……」

「いくら……」

「今後、俺と姉ちゃんにナマ言ったら生肌スカイハイだから」

「そういうことだから」

「お前まで何その気になってんだ真希!」

「おかか!」

「勘弁してよ……」

「大変だねー、三人とも」

「お前は強いから良いよな⁉︎」

「なら簡単じゃん。三人とも強くなるしかないね」

 

 それはその通りだが……と、三人とも少し悔しげに唸る。

 ……とはいえ、真希は自分の弟の事だからよく分かっている。こういうのを許しすぎると、多分本気でそれで良いと思ってしまう。子供だから。

 

「……要、一応言っとくけど、あんまやり過ぎんなよ」

「え、どうして? 死にはしないでしょ」

「そういう問題じゃねえよ、バカ。そういうことはやり過ぎたら嫌われんだよ。信用もクソもなくなるぞ」

「……はーい」

 

 この前の説教を思い出したのか、要の割に素直に従った。

 その要に、悟が今思い出したように言った。

 

「そうだ、要。はいこれ」

「? 何?」

 

 手渡されたのは、一枚のカード。見下ろすと、学生証だった。

 

「来年から使える学生証ね」

「え、来年からなの?」

「だってまだ15歳でしょ」

「でも16歳の誰よりも強いよ?」

「「あん?」」

「おかか」

「あ、あはは……」

 

 三人ほど眉間に皺を寄せたが、悟は無視して続ける。

 

「一応、ここも日本だからね。そもそも義務教育を終えてない時点で大分グレーな位置だから」

「そりゃそうか……」

 

 とりあえず学生証を受け取る。いつの間に写真を撮ったのか分からないが、わざわざサングラスがない写真にしていて、写真の斜め上に『準特』の文字が見えた。

 

「この『準特』って?」

「準特級呪術師……要のためにわざわざ作られた階級だよ」

「え、なんでわざわざ……」

「呪詛師から呪術師になる人、あんまいないからね。上もそんな人に数少ない『特級』の地位を与えたくないんだよ。形式に拘るから」

「や、実際のとこ、刻印ひとつじゃ一級レベルなんじゃないのか?」

「いやいや、里香と刻印片方だけで戦える時点で大分おかしいから。特級呪霊の中でも、里香はかなり強力な方だからね」

 

 パンダの質問に悟が答えている間に、要は学生証をポケットにしまう。

 

「これで、俺も今日から呪術師かぁ……。任務は?」

「ないよ」

「え?」

「強いて言うなら、高専の設備復興のお手伝いをすることかな。あと真希と二人の生活に慣れること」

「えー、何それ」

「何それって言うけど、要と真希、その拘束具の解除が許されるまではお風呂も一緒だよ」

「「は?」」

「「「え?」」」

 

 棘まで声が漏れる中、悟はヘラヘラした笑みを浮かべたまま続けた。

 

「そりゃそうでしょ。しばらくは見張りが必要だし、真希が適任だからそういうの。……あ、そうだ。忘れてたけど、錠前を解く鍵、これを持つのは真希だけど、お風呂の時とかで逐一、外さないとだから」

「うおっ、と」

 

 ピンッと鍵を投げられてキャッチしに行く真希。その横で、憂太とパンダと棘が小刻みに震えながら告げた。

 

「え……その年で、姉弟でお風呂?」

「憂太、取られるぞ!」

「赤飯!」

「何勘違いしてんだテメェらは! ……おい要、今ならぶっ飛ばしても良……」

「きゃっほい! 姉ちゃんとお風呂とか超久々!」

「お前マジか⁉︎」

 

 純粋無垢な反応に、男子三人に混ざって悟まで爆笑し始め、真希は呪具を振り回す。こんな事なら、真依に引き取って貰えばよかったかもしれない。

 正直、真希としても困ってしまう。いくら弟とは言え7年ぶり。それも、成長期を超えての7年だ。要の身体にも色々と変化が出ている気がするが……。

 テンションが上がった要は、ハッとして悟の方を見る。

 

「まさか……この前の約束?」

「そ。なんだかんだ、僕もついて行っちゃったから」

「おい、何の話だ」

「「なんでもない」」

 

 なんか気になる話をしていたが……まぁでもこの純粋さのままなら平気だろうとすぐに思い直す。思えば、弟とお風呂なんて確かに久しぶりだ。あんまり変わっていないだろうし、わざわざ意識することもない。

 

「さ、とりあえず仕事しちゃおう、みんな」

 

 悟の合図で、とりあえず5人は瓦礫の掃除から始めた。

 

 ×××

 

 さて、修理することになった学生達は、全員で木材やら何やらを運ぶ。

 

「パンダ、これ頼むわ」

「おう」

「狗巻、鍵取って」

「シャケ」

「乙骨、里香ちゃん貸して」

「も、もういませんよ!」

「真希、そこの木材投げて」

「はいよ」

 

 などと、主に下働きが多いが、建築のうんちくなどを知らない学生達では仕方ない。

 そんな中、一人ぽつんとしているのは要。当たり前と言えば当たり前だが、周りの人間に馴染めていなかった。

 何をしたら良いのか分からず少しだけウロウロしていると、その背中にゴッと蹴りが入る。

 

「痛っ⁉︎」

「何サボってんだよ。手伝え」

 

 ふりかえると、そこにいたのは真希。手に持っている木材を自分に手渡して来た。

 

「……や、分かってるけど……ちょい複雑というか……」

「……ま、そう簡単に割り切れねーのは分かるけどな。最初は環境の変化に慣れないだろうけど、その手の相談を受けるのも私の仕事だ。何かあれば言え」

「そうじゃなくて……」

「ほれ、持ってけ。篤也んとこ」

「あつやってどれ?」

「物じゃねんだよ。あの人のとこ。日下部篤也な」

 

 真希が指差す先にいる日下部篤也を見ると、要は舌打ちした。

 

「……男かよ」

「なんだそれ。女のが良かったのか?」

「男が姉ちゃんを顎で使ってんの? パワハラ?」

「バカ、教員だ。ていうか、パワハラなんてされるかよ、私が」

「えー、ゴミカス直哉にいじめられてた事もあるじゃん。本当に大丈夫?」

「大丈夫だっつーの。良いから、仕事しろ」

「はーい……」

 

 手渡された木材を持って、要はその日下部という男の下に向かう。自分に気づいた一昔前のチンピラ刑事のような風貌の男は、要に気付いてジロリと見下ろしてきた。

 

「……ん、なんだお前。木材?」

「……」

 

 初対面の相手を「お前」呼ばわり……苦手なタイプだ。呪術師のくせに偉そうに……いや、まぁ教員なんだから偉そうにするのは当たり前と言えば当たり前だが。

 その日下部は、要を見た後に後ろにいる真希を見る。そして、何かを把握したように声をかけてきた。

 

「持って来てくれたのか?」

「……」

「???」

「……」

 

 ……困った。要はなんて声をかけたら良いのかわからなかった。コミュ障、というわけではないが、姉以外の年上の人間と悪意を持たないように接するのは初めて。ちょっと何を言ったら良いのかわからない。

 

「……おい?」

 

 その要に対し、日下部も困った声を漏らした直後だ。

 

「オラ」

「うおっ、な、投げんなよ!」

「うるせー。文句言うな」

「はぁ⁉︎」

「じゃねーだろ」

 

 バカンっ、と後ろから頭を引っ叩かれる。叩いたのは真希だ。

 

「お前、だからそうやって喧嘩腰になんな」

「あ、いや……そんなつもりじゃなくて……」

「普通に手渡して挨拶すりゃ良いだろ。これからよろしくお願いしますって」

「え、俺がよろしくお願いするの? 多分、俺の方が強いのに?」

「そういう問題じゃねんだよ、バカ」

 

 こういうとこ、やはり我が弟ながら禪院家っぽい、と真希はため息をつく。あの家で育った後に呪詛師の家で育ったのだから、価値観が少しずれていても仕方ないとは思うが、だからと言ってそのままで良いという免罪符にはならない。そういうとこも矯正していかなくては。

 

「良いか? 別に強さだけで偉い奴が決まるわけじゃねぇ。だとしたら、悟がトップになって終わりだろ?」

「あ、そっか」

「もしかしたら、戦場ではお前の方が助かる場面は多いかもしれねえけど、その戦場に私がいて、お前が戦っている間に私が殺されかけて、それを篤也が助ける事だってあるかもしれねえだろ? 助け合いってのはそういう事だ」

「大丈夫、俺真希ねーちゃんから離れないから!」

「じゃあ真依」

「あ、そ、そっか……」

 

 何も、直接的なことだけじゃない。そういう事だって全然、あり得る。

 

「要はそういう事だ。助け合いってのは。ギブアンドテイク、と言われればそれまでだが、結果を見て助けられたか否か、を考えれば他人に対して礼儀正しく振る舞うのは当たり前とは思えねえか?」

「……なるほど」

「媚び売れって言ってんじゃねえぞ。わざわざ肩揉みとかしなくて良いが、嫌われるような事はするなって事だ」

 

 言われて、要は少し困ったようにしてしまう。嫌われないように……それは傑の元にいた時も心掛けてはいたが、結局は相手と関わらないように距離を置いてしまった。どうしたら良いのか。

 

「……が、頑張ります……?」

「普通に渡すだけだ。そんなに難しい事でもねえだろ」

 

 改めて、木材を手にした。じっ、と真上を見上げて、日下部を視界に入れる。……そして、木材を下から慎重に渡した。

 

「……は、はい……」

「お、おう。サンキュ」

「感謝しろ」

「じゃねえ。だから普通にしろ」

「一々、叩かないでよ!」

 

 スパルタにも程がある……と、要は思っているのだが、長年人を嫌悪して欺き続けた相手への矯正ならば、多少は厳しくいかないと何も変わらない。

 そんな中、日下部がからかうような笑みを浮かべながら真希の方を見た。

 

「なんだ真希。もしかして、乙骨に次ぐ二人目の舎弟か? お前もホントに姐御気質だなオイ」

「ちょっ、バカお前……!」

「……乙骨に次ぐ、二人目の舎弟? ……二人目の?」

「え」

「あーあ……」

 

 一気に要の中で何かがはち切れた。ギンッと目の闇が一層、深くなり、片手の刻印がキンッと光る。

 

「乙骨憂太ァッ……この俺を差し置いて、姉ちゃんの一番目になるたァ良い度胸だ……‼︎」

「落ち着け要! お前は舎弟じゃねーだろ、本物の弟だろ! そもそも憂太だって舎弟じゃねえし!」

「じゃあ何して舎弟って思われたの?」

「そ、それはまぁ……ちょっとだけ、呪具の扱いを教えてやったり……夜中、一緒に走ったりしたから?」

「ボコボコにする……!」

「あ、ちょっと待っ……!」

 

 制止を振り切って、要は飛んでいってしまった。その背中を眺めながら、真希は困ったようにため息をつく。

 

「……これで憂太が死んだらお前の所為だからな」

「俺⁉︎」

 

 冗談を交えつつ、他人とのコミュニケーションがあれでは少し困る。何とかしないと……と、真希はポリポリと頬をかいた。

 

 ×××

 

 さて、午後は学生達にとっては本分である呪術師としてのトレーニング。

 グラウンドでの走り込み。トラックを走る真希、パンダ、棘、憂太の様子を、要はぼんやり少し離れた場所で眺めていた。

 当たり前だが他人と上手くやっていけない要は、早くも浮いて一人になってしまっていた。構ってくれるのは真希だけだ。

 それを別に寂しいとか思う事はない。一人でいるのは慣れたものだ。だが、真希には「ちゃんと周りと上手くやれ」と言われている以上、仕方ない。上手くやらざるを得ないのだが……。

 

「……はぁ、どうしよう……」

 

 思わず溜め息が漏れた。姉と一緒に居られれば自分は良いが、姉はそれだけでは困るという事だろう。

 どうしたものかなーなんて、少し悩んでいる時だった。後ろから飄々とした声が掛けられる。

 

「要、一緒に走らないの?」

「……五条」

「一人は寂しくない?」

「ない。慣れてる」

 

 冷たく返した。正直、この何もかも見透かしたような態度を取るこの男は苦手だ。

 

「うーん……でも、このままだと要、後悔するよ?」

「しねーよ」

「じゃあ、要。自分より他の男の方が、多く真希と一緒にトレーニングしても良いんだ?」

「良くねえよ‼︎」

「なら、混ざって来るしかないよね」

「っ、わ、分かってるけど……!」

 

 強引なやり方しか知らないのだ。そして、それは姉が望むやり方ではない。あの輪から姉を盗むのは簡単だが、それをしても何にもならない。何せ、あの同級生達は姉にとって、要が新しく作ろうとした世界よりも良いものなのだから。

 何も言い返さなくなった要を見て、悟は実に無神経に言い放った。

 

「あー分かった。君あれだ。コミュ障って奴だ」

「ッ……!」

「特級呪術師の癖に。ウケる」

「お前殺すぞ本気で⁉︎」

 

 殺す、と言われてもケタケタ笑って受け流す悟は、要の横に移動して手首を掴んできた。

 

「っ、な、何」

「良いからおいで」

「何する気だよ?」

「んー、荒療治」

「は?」

 

 小首を傾げたのも束の間、悟が「おーい!」と全員に言った。走り込み中のメンバーはこちらへ振り返り、小首を傾げる。

 

「要に一発でも当てられた人には、お昼ご飯奢ってくれるってー!」

「は⁉︎ ……や、ちょっと⁉︎」

 

 一斉に襲いかかってきた。真希は足元にある特訓用の呪具を担いで、そしてパンダは一気に突進して拳を構えて挟むように。

 要を挟んだ二人は、一気に打撃を繰り出す……が、要はまず真希の方へ振り向いた。そして、棒の先端に当たりに行った。

 

「ぐあー、やーらーれーたー」

「は?」

「じゃあ俺も……」

「それは嫌」

「グハァッ⁉︎」

 

 パンダだけは刻印で引き離した。さて、姉への奢りなら何一つ不安はない。金はないが、それなら食い逃げで結構。

 とりあえず、姉以外の敵に攻撃をもらうなんて絶対にごめんである。次に来そうな相手を見据えた。

 こちらを見ているのは、狗巻棘。ジーッとジャージのチャックを降ろし、軽く息を吸った。

 呪言……と、すぐに理解した要は、足元で刻印を作って高速移動する。

 

【止ま……!」

 

 急に標的がいなくなり、声が止まる棘。背後から、要は襟を掴んだ。

 

「!」

「遅いよ」

 

 掴みさえしてしまえば、こちらのものだ。そのまま術式を起動し、遠くへ弾き飛ばす。

 こちらの勝利条件がいまいち分からないので、しばらく戻ってこない距離に飛ばした。さて、後一人……と、チラリと視線をよこすと、そこに立っていたのは乙骨憂太。

 里香がいない……その時点で、特級の力は失われ、実際、今は三級呪術師になっている。

 ……だが、夏油傑との戦闘で覚醒した際に得た呪力操作は健在だった。

 

「ッ……!」

「おっ……!」

 

 一気に間合いを詰め、竹刀を振り上げてきて、要は身体を逸らして回避した。振り上げた竹刀を今度は振り下ろされ、身体を逆方向に回転させて避けつつ、フックを放つ。

 それをしゃがんで避けた憂太は、足払いをして来る。その一発をジャンプで回避し、真下の憂太に術式を起動。反発させ、そのまま地面にめり込ませる。

 

「グッ……!」

 

 身動き取れなくなる憂太は辛うじて全身に呪力を巡らせて耐えようとする。が、動けなくなった時点でこちらの勝ち。

 要は反対側の手を憂太に向けると共に術式を解除した。今度は引き寄せて殴る……と、思ったのだが。

 

「あっ」

 

 そういえば、封印されていた。術式は不発し、それを理解してすぐに憂太は動き出した。立ち上がりながら、手元の竹刀を投擲する。

 それに対し、要はその竹刀に刻印をつけると、自分を反発させ、距離を取って着地した。

 その要に、さらに憂太は追撃しようとする……が、要の術式が起動される。キンっ……と、反応したのは、憂太の足の裏だ。

 

「!」

 

 足の裏が持ち上がり、要が腕を動かす事で、フワフワと足の裏を軸に持ち上げられ、浮かび上がる。そのまま、要は自身の位置で憂太の位置を調節するように歩き、頭上へと移動させた。

 

「うわっ……うわわわわっ……⁉︎」

「……」

 

 後は、このまま術式解除と一緒にボディにアッパーをぶちかますだけ……なのだが、それをすれば憂太は怪我では済まないだろう。

 仕方ないので、普通に術式を解除してそのまま落下させた。

 

「ぐぇっ!」

「五条、これ俺はどうすれば勝ちなの?」

「ん? んー……じゃあ後30分、凌いだら」

「えー……そんなに?」

「で、参加メンバー。当てられなかった人は、トレーニング後も校舎修復の手伝いね」

 

 しれっと言われ、すぐに棘、パンダ、憂太は立ち上がった。

 

「うわぉ、やる気満々」

「私もやんぞ」

「え?」

 

 さらに、真希までもが練習用の棒を持って構えた。

 

「テメェ、姉に対して舐めプとはほんと舐めてくれんじゃねえか」

「え、いや違うよ。俺はただ姉ちゃんに怪我させたくなくて……」

「それが舐めてるっつーんだよ。やる前から勝った気でいんのか?」

「いや、だって実際俺の方が……」

「オッケー。ぶっ殺す」

 

 再び、戦闘が始まった。

 四人で対峙され、要は少し身構える。しかし、何が悟の狙いなのか? まさか、戦力的に格下でも、力を合わせられれば自分を倒せるから仲良くしろ、と? 

 だが、残念ながらあの四人では一斉にかかって来ても負ける気がしない。そもそも「当てた人は奢ってもらえる、当てられなかったらお手伝い」の時点でおそらく早抜け形式。仲間割れの火種を抱えたままチームワークもクソもない。

 まぁ、何にしても……姉以外に勝たせるつもりはない。奢りは嫌だ。

 

「……さて」

 

 多対一の場合、普通に考えて敵は数の多さを利用して包囲し、逃げ道をなくした上で攻めてくる。

 だが、要に対してそれは悪手。術式的に意味ないからだ。逃げ道くらい、片手をかざすだけでも出来るし、なんなら刻印を広げられた時点で終わりだ。

 従って、相手の手はすぐに分かる。

 

「遠距離だよね……」

 

 まず正面から憂太が突撃して来る。呪力操作を洗練させた憂太であれば、術式無しの要とも戦える。

 手に持っている竹刀を主体にして攻めてくるそれに対し、要は下がりながら相手をする。

 竹刀による一閃をしゃがんで回避すると、前蹴りが飛んで来るので、低姿勢且つ低飛行の宙返りで回避し、相手の背側を取って拳を振るう。

 それを肘でガードされそうになったので、引っ込めて足を出した。

 

「!」

 

 その一撃は膝でガードされ、引き下がらせるが、すぐに下がって地面を蹴った憂太は攻めてくる。

 下がりながら手を向けた直後、横に回り込んでいた真希が槍を投擲する構えを見せる。おそらく、憂太が自分に追いつく速度とほぼ被るように投げてくる事だろう。

 さらに視界に入るのはパンダ。万が一二人のコンボが決まらなくても逃さないつもりのようで、付かず離れずを意識した距離感を放っている。

 ドシュッと放たれる槍。そしてさらに憂太は距離を詰めながら竹刀を投擲した。

 

「!」

 

 同時に、真希とは真逆の方向へ早く潜り込んだ。三方向からの急襲……それに対して要はまず憂太に刻印を向けた。

 術式を発動させつつ、目の前の竹刀を反対側の手でキャッチして槍による一撃を呪力でガードする。

 動きが止まった。おそらくそう判断したのだろう。後ろからパンダが距離を詰めてきた。

 だが、おそらく空中に逃げるのを期待していたからだろうが、一歩遅い。竹刀を反対側の手に持ち替えた後、呪力ガードで止めた棒をキャッチして背中でクロスさせ、拳をガードした。

 

「なっ……!」

 

 パンダが出た今、もう上に逃げられる。そう踏んだ要は足の術式を起動し、ジャンプした。

 さて、まだあるだろう。最後の一手目。味方が全員離れたからこそ出来る手が。

 

【堕ち……!】

 

 その声が聞こえた直後、要は棒を捨て、竹刀を握る手の術式を起動し、反発させて空中を離脱。高速で着地すると、棘に狙いを定め……る前に、捨てたはずの竹刀を持った真希が、狙いを読んでいたようにカバーしに来た。

 

「今のでもノーヒットかよ。クソが」

「真希ねーちゃんの投擲は当たり判定じゃないの?」

「呪力でガードしてたの、バレてんだよクソが!」

 

 言いながら、竹刀を突き込んできた。横に回避しつつ、バックステップ。それを読んでいたように突き込んだ竹刀を切り返して腰を狙いに斬り払ってくる。

 それを横に回避した直後、その方向に待機していた憂太の拳に気がついた。

 

「やっば……!」

 

 すぐ手を向けて憂太を止めつつ、真希の蹴り込みを膝でガードして後ろに転がりつつ受け身を取る。

 直後、背後から悪寒。直感的に手のひらだけを向けて術式を起動。ノールックでパンダを吹っ飛ばした。

 だが、まだ気が抜けない。真希は相変わらず攻めてくるから。

 

「ッ……!」

 

 顔面への突きを、要は拘束されている腕の方に呪力を込めてガードした。半端な姿勢でのガードになったため、衝撃で身体が浮かび上がる。

 

「今!」

 

 真希の怒号と共に距離を詰めて来たのは憂太。空中にいる要への真希と憂太の同時攻撃。空中にいても、要は身動きが取れる。それ故に、二人とも隙をついた攻撃であるにも関わらず、慎重な速度のまま攻撃を放った。多段攻撃。つまり、完全な同時ではなく僅かな隙がある。

 空中の要は足の刻印を用いて地面につけると、片足を反発させて回転を生み出しながら、先に攻撃して来た憂太の一撃を回避し、廻し蹴りを叩き込み、真希の一撃に憂太をぶつけた。

 

「グェッ……!」

「あ、悪い」

 

 回転しながら着地し、膝をつく。その直後だ。大きくジャンプしたパンダが、要の真上に来た。

 スタンプ……? そんな事しても自分には当たらない。しかも、あんな目立つ図体で。

 ……いや、おそらく狙いは……と、思った時、耳に届いた。

 

【堕ちろ】

「うわやっべ……!」

 

 その声が聞こえたのは、自分だけでなくパンダにも。つまり、自分にそれが働くと共に、パンダも落ちてくる。足止めと攻撃、連携……完璧……! 

 と、要は全身に呪力を込めてガードしつつ、左手を上げて刻印を起動。パンダを真上から逸らしつつ、地中に沈んだ。

 

 


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