禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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コミュ障を輪に入れるには、その子の得意な事で話題を作ろう。

「っ……!」

 

 沈んで行った穴を、真希と憂太、あと喉を痛めて喉薬を飲む棘は油断なく眺めた。遅れて、落下して来たパンダもだ。

 

「……棘、どうだ?」

「しゃけ」

「手応えはあった……と」

「でもなぁ。つい最近も、呪言直撃してピンピンしてた奴がいたしなぁ」

 

 袈裟を着た変な前髪の男も、喰らわせたと思ったら呪力でガードでもしたのか、平気で出て来た。油断は出来ない。

 その直後だった。パンパンっ、と手を叩く音。悟が間に入った。

 

「はい、そこまでー」

「あ、悟?」

「ちょっと学校の修理中に大穴あけられるのは困っちゃうから。だから要、半径5メートル以内の地盤持ち上げる術式はやめて」

 

 その注意の後、要はスィーっと無音で穴から浮かび上がって出てくる。

 特訓(多分)とはいえ、唐突に始まった催しでつい弟を年上四人で囲んでしまったが、今更になって心配になった真希が聞いた。

 

「要、平気か?」

「全然平気」

 

 思ったより淡白な返事を返して来た事に少し意外に感じた真希だが、先に悟が要に声をかけてしまったので後になってしまった。

 

「要、じゃあまず今の戦闘で思った事を言ってあげて」

「姉ちゃん大好き」

「いや違くて。4人の戦闘について何か思ったこととかだよ」

「え、4人のって言われても……姉ちゃんがカッコ良かったとか?」

「うん、もう直球で言うわ。戦闘に関するアドバイスとか」

「……あ〜……え、なんで俺?」

「ん、実力は確かにトップだから。それに、多対一の戦闘にも慣れてる。戦術面でも優れているって事でしょ?」

 

 常には引き気味で戦って、機動力を活かして敵を翻弄。反撃は隙がある時のみ。視野の広さをフル活用し、周囲に展開している相手の次の動きも読み切って対応していた。

 

「アドバイスって言われてもなぁ……姉ちゃんはカッコ良かったから良いとして……」

「良くねえだろうが」

「ていうか、あれだけの手数の連携を見せて、実戦だった時、致命傷になってたかもしれないのは、真希ねーちゃんの棒の投擲だけだし」

 

 実際に刃付きの本物であれば、いくらオーラで守ったとしても少なからず食い込んでいただろう。そういう意味では、憂太が投げた竹刀をキャッチした時も同じかもしれない。

 

「そもそも、もう少し君達、基礎をしっかり固めたら? って感じ」

「どういう意味だ?」

 

 聞いて来たのはパンダ。少し納得いかなさそうな表情に見えるが、要は「あっ」と声を漏らす。そういえば、姉に嫌われるような事は言うなと言われた。

 正直……まぁ、ミゲルやラルゥと言った実力者を除いた夏油一派残党に比べたら全然マシなレベルではあるのだが、それを言えば嫌われてしまうかもしれない。

 

「……やっぱ何でもない。四人ともとても強かったです、まる」

「あ?」

「要、好きに言って良いから言え」

 

 すぐに真希が何を考えているのか読み切って、続きを促す。どうせ呪術師なんてプライド高くて年下から言われたことなんて聞くつもりもないだろうに……と、思いつつも、とりあえず「言え」と促された以上は言わざるを得ない。

 コホン、と咳払いして、改まって続けた。

 

「……乙骨憂太」

「は、はい……!」

「あんただけはまともな呪力操作が出来てるから、俺と近距離で渡り合えてた」

「う、うん。……え、今褒めた?」

「褒めてないよバカ。……けど、そこの白黒とジャージ。その二人は論外。そもそも俺と乙骨憂太の戦闘に全然、追いつけてないし」

「……高菜?」

「どんな能力持ってても、まずはフィジカルが重要に決まってるでしょ。自衛隊や警察官は銃とかライフル持ってるけど、何のために身体鍛えると思ってるの」

 

 基本的に使うのは自らの肉体だからだ。まぁそもそも、その銃を自由に扱うのに必要というのもあるが。

 

「言っとくけど、呪言も同じだから。俺とか悟並みの連中は、呪言を言い切る前に距離を置いて言霊避けるくらい楽勝だよ。……術式、使わなくても。その上、味方も呪ってしまう可能性があるから足止め役も用意出来ないとか、ハッキリ言って格上相手には何の意味もない」

「……しゃけ」

 

 悔しげに棘は頷いた。言いたい事を言っても良い、と言われたから言ったが……なんか、そんなに悔しそうにされるとやっぱり嫌われるんじゃないだろうか? と思い、チラリと真希を見た。

 が、何故だか真希はそっぽを向いたまま何も言わない。というか、言ってくれない。

 その後から、悟が声を掛けてくれた。

 

「じゃあ、要。君が呪言師ならどうする?」

「えー、俺? 俺なら……近距離で殴り合いの最中、簡単な呪言を使うとか?」

「例えば?」

「こっちが右フックを叩き込んだ時に『左向け』とか言われたら嫌でしょ。鼻の頭に綺麗に決まるよ。急に首が方向転換して、避けられるはずだった攻撃が直撃して嫌だし、次からは対応しようとこっちが口を開いた直後に強引に距離を取ろうとするだろうけど、それフェイントに使って別の攻撃当てられると思うし」

「……なるほど」

「呪言の『強い言葉』って範囲がいまいち分からないけど、相手の視線を変える程度なら強い言葉にならないでしょ。『動くな』とか『墜ちろ』とか一回で喉ガラガラになるよりマシ」

 

 だが、それも勿論、近距離戦がこなせるようになってからの話だ。運動神経は悪くないが、基本的に近距離での戦闘を行わない今の棘には、まだハードルが高い。

 

「まぁとにかく、基礎を固めれば術式の応用の幅も広がるって事だね」

 

 悟がまとめるように言い、要は頷いた。

 すると、今度はパンダが手を上げた。

 

「要先生、俺からも良いですか?」

「誰が先生だ、誰が」

「先生はどうやってそこまで極めたんだ? 基礎」

「修行。夏油に呪霊を取りに行くって言って戦って調べたり、木をサンドバックにしたり、呪力を全身に流したままマラソンに行ったり……まぁ、これも工夫次第」

「なるほど……」

 

 ……少し、要は困ってしまった。思った以上に、嫌悪感は見られない。というか、真剣な顔で見られてしまっていた。

 

「か、要くん! 僕にも何かない?」

「ない。実戦を回数こなせ。自分と同レベルの相手と……それこそ、そこの目隠しと」

「え、雑……」

「雑なもんでしょ、戦闘経験なんて」

 

 実際、実戦じゃないと身に付かないものもある。直感力とかまさにそれだ。

 

「なるほど……実戦かぁ……要くんはどうやって実戦とか繰り返して来たの?」

「……」

 

 なんか、ぐいぐい来る。割と浮いてた自分に対して。要もどう接したら良いのか分からずに、頭の中がグルグルと回ってしまう。

 その結果、ほぼ無意識に警戒したようなセリフが口からぽろっと漏れ出てしまう。

 

「……敵になるかもしれん奴に教えるわけないでしょ」

「要」

「うぐっ……いや、ごめん……」

 

 姉に止められ、仕方なく白状する。そうだった。今は敵ではないのだし、下手なことは言うべきではない。

 

「……俺は単純に、たくさんの呪霊を祓っただけ。ずっと学校にも行かないで自由な時間が多かったから。でも、実力が拮抗するレベルの敵じゃないと意味ないよ」

「どうして?」

「雑魚を何体殺しても、力押しだけで勝てちゃうから基礎練にしかならないよ」

「……そっか」

 

 顎に手を当てる憂太。

 その様子を眺めながら、要も少し困ってしまった。まさか、そんな風に自分に声を掛けてくるなんて。まさか……悟の狙いだろうか? 自分を生徒達のアドバイザーにでもするつもりなのか。

 仕事の一環ならば、こちらもコミュニケーションを取らざるを得ない。そういう話なら、こちらも言うべきことが決まっているから。

 ちょっとだけ助かったと思う反面、のせられた気がして悟に対してイラッとしつつも、とりあえず何も言わないでおいた。

 

「うんうん。少しは仲良くなれたね」

「何処が?」

「じゃあみんな、要の意見が正しいと思った時は受け入れて、そうでも無かったら忘れて。今日はかいさーん」

 

 悟の掛け声で、とりあえず解散する事になった。

 

 ×××

 

 さて、学生寮も形をなして来ていて、いよいよ要と真希は同じ部屋で暮らす事になった。今後、ずっと一緒というのは要にとっては天国。枷にならない……と思っていたのだが、真希がなんだかやたらと不機嫌なのが気になってしまった。

 

「あ、あの……姉ちゃん。どうかした?」

「……お前、私のこと舐めてるだろ」

「えっ?」

 

 なんだろう、急に。らしくない言いがかりにドキッと心臓が高鳴る。

 

「そんな事ないよ……?」

「バカ言え。じゃあなんで、お前さっきわざと私の攻撃は受けた?」

「え? あ、あー……いや、姉ちゃんになら奢りくらい良いかなって思って」

「そりゃつまり、普通にやったら私はお前に勝てねえってことか?」

「え……うん。多分」

「だから、手を抜いたと?」

「うん」

「それが舐めてるっつーんだよ」

「えっ?」

 

 舐めてる……のだろうか? 事実だと思うんだけど、と要が冷や汗をかく中、真希は続けて言った。

 

「あそこまであからさまにわざと負けるくらいなら、別に戦利品なんていらねーよ」

「え、みんな奢って欲しくてかかって来たんじゃ……」

「ああいうのはノリだろ。少なくとも、私は飯が食いたかったからとかじゃねぇ。いやそれもあるけど『そういうルールのゲーム』が始まったから、勝った上で飯が食いたかったんだよ。それも、わざと負けるとかじゃなくてな」

 

 ……そうだったのか、と要は意外そうな顔をする。まぁ、考えてみれば確かに真希なら、ただ奢らせる為に勝とうとするわけがない。

 

「次にああ言う舐めた真似しやがったら、許さねーかんな」

「ご、ごめんなさい……」

「……ん。で?」

「え?」

 

 何が「で?」なのだろうか? なんて思うまでもなく続けて聞いて来た。少し頬を赤らめて、そっぽを向いた様子で。

 

「……私にはなんかねーのかよ」

「何が?」

「だから、その……アドバイス」

 

 ボソッ、と。小声で呟く様子を聞いて、少しだけ要まで頬を赤らめる。それはまるで「何この姉、可愛い」と思ってしまうレベルで。

 

「姉ちゃん、姉ちゃん」

「なんだよ」

「頭撫でても良い?」

 

 直後、頭にゲンコツをもらった。床に顔がめり込む勢いでダンクし、脳天から煙が上がる。

 

「やっぱ舐めてるだろお前!」

 

 ガタッと立ち上がった真希は、そのまま身体を動かしてストレス発散でもしようと部屋を出ようとする。

 その最中に、後ろから声が投げかけられた。

 

「姉ちゃんも、もっとフィジカル鍛えて」

「……あ?」

 

 それを聞いて足を止める真希に、要は続けて言う。

 

「呪力強化出来ないんだから、姉ちゃんは鍛えるしかないじゃん」

「あー……まぁな」

「でもその分、呪力切れとかないから、鍛えれば鍛える程、他の呪術師より長く戦えるようになると思う。……だから、ホント地道に体鍛えて。それこそ、呪力による肉体強化した俺とか乙骨憂太と同じ身体能力になるほど」

「……考えといてやる」

「今から走り込みなら、俺も行くよ」

「勝手にしろ」

 

 話しながら、2人は走り込みを始めた。

 そのまま、しばらくランニングを続ける。こういった一緒にトレーニングをするのは7年前にも無かった事なので、少し嬉しかったりする。

 夜中にこうして並んで走るのは、何処か楽しかった。

 思った以上に、真希が呪術師になったのは不愉快な感じがしなかった。……勿論その分、心配は多くあるが。

 何にしても、自分が守れば良いだけだ。そう決めて、しばらくランニング。地力も育てておきたい要は、呪力を使わずについていった。

 

「はっ、はっ……はっ」

「なんだ、要。情けねえな。もうギヴか?」

「は? 全然平気だから。あと三時間は」

 

 真希のペースについて行っている為、呼吸の乱れは早かった。

 それでも強引に走って、後に続く。実際、片手、片足が包帯に巻かれている状態で運動する事には慣れておきたい所だ。

 

「そうかよ。……無理はすんなよ」

「するよ。無理しないと強くなれないし」

「……お前、まだ強くなる気かよ。もう家の連中より強ぇーだろ」

「今のままじゃ、五条に勝てないし」

「何処目指してんだよ、お前は……」

「五条が我儘言ってもなんで通るか……要は、圧倒的に強いからでしょ? 俺もそれくらいにならないと、禪院家で我儘を通せない。……家柄、ぜーんぶ変えちゃうくらいの我儘」

「……そうかよ。なら、私ももっと強くなんなきゃな」

 

 どれだけ上を目指したって足りない。二人とも。

 そんな風に思いながら、学園の周りを一周する。揺れる木々、僅かに照らす月明かり、やはり……なんだか心地良い。

 さて、そのまま何とか走り切った。女子寮の中に入り、伸びをしながら上着を脱ぐ。

 

「ふぅ……お疲れさん、頑張ったな。要」

「いいや……まだまだ……! 姉ちゃん、途中で速度落としてたし……!」

「あ、バレた?」

「バレてるよ! 次こそ追っつく!」

「わーったから、汗だくのままベッドに倒れ込むなよ。シャワー浴びんぞ」

「え?」

「一緒なんだろ。腕の、外してやる」

「……あ、そっか! 久々!」

「あーそうだな」

 

 忘れてた! と言うように要はウキウキしたように握り拳を作る。一気に「頑張ってよかった!」と言うように目を爛々と輝かせた。

 

「ちゃんと時間かけてお風呂に入れるようになった、姉ちゃん?」

「いらねー気を回してんじゃねーよ」

「シャンプーは何使ってる?」

「……なんだって良いだろ」

「ちゃんと女の子が使うようなの選んでないでしょ。菜々子が言うには『パ○テーン』とか言うのが良いらしいよ」

「知るか。いいから先入れボケ」

 

 そのまま二人で風呂場に向かった。まずは、真希が鍵を使って南京錠を外し、包帯を外す。スゥースゥーする開放感が腕を支配する。なんかちょっと臭い気もした。

 

「これ……夏場とかもっとヤバそうじゃない?」

「それも罰則の一部なんだから、受け入れとけ」

「はーい」

 

 久しぶりだからか、要は本当にさっさと服を全部、脱ぎ捨てると、先に風呂場に入った。

 しゃがんでシャワーがお湯を出すまで水を吐かせる。背中の洗いっことか正直、楽しみ……だけど、ちょっとだけ怖かったりもする。真希の身体に傷とか出来てたら嫌だな……と。

 

「おう、お待たせー」

「あ、姉ちゃ……」

 

 入ってきた姉の姿を見て、思わず要は固まってしまった。

 

 ──あれ、なんか胸大きくなってる。

 

 と。

 立派に引き締まった腹直筋、腹斜筋、腹横筋……そして下半身のハムストリングス、大臀筋、大腿四頭筋……などなどと、とにかく男性が羨む肉体。

 なのに、なのに……なんで胸だけ女性的なのか。

 ちょっと待ってほしい。や、ほんとに。前に(七年前)にお風呂入っていた時は、こんな立派なメロンが二つもついていなかった。自分と似たような体格だったはずだから。

 それが……目の前に……。

 

「あん? 何ボケっとして……」

 

 真希がそう呟いた直後だ。何故か、少し寂しげな表情を浮かべる。

 と、思ったのも束の間、真希は不意に自分の前に屈んで手を伸ばして来た。それが向かう先は、自分のお腹……なのだが、それ以上に気になるのは、目の前にぶら下がっている乳房二つ。

 や、ホントなんでこんな立派になってしまっているのか。生で見たことあるわけではないが、菜々子や美々子の比ではない。

 

「要……お前、この……要?」

「っ……な、何?」

「どうした? 顔真っ赤だぞ。湯船に浸かってもねーのに」

「そ、そう……?」

「そうだよ」

 

 ヤバい、とすぐに頭が反応する。これ、イジられる。昔から姉にその手の話題で勝てたことがないのだ。何とか話題を逸らさなければ。

 

「あ、あー……ちょっと、熱気だけで熱くなっちゃってる……的な?」

「もしかしてお前……姉の身体見て興奮してんのか?」

「っ……し、してないよ!」

「うわっ……シスコンも行く所まで行ってんな……」

「う、うるさいな……! 久々に見たら、姉ちゃん……い、色々と……その、大きくなってるんだもん……」

「服の上からでも分かる程度には育ってんだろうがよ」

「……そ、それはそうだけど……」

 

 一々、胸に注目なんてしなかった。身長や顔立ちは気になったりしたが。

 そういう意味だと、むしろ性的な意味では見ていなかったことを何となく真希は察してくれたのか、とりあえずそれ以上からかわれることは無かった。

 

「……冗談だ。ま、お前も慣れろよ。今後しばらくは一緒に風呂入んだから」

「……は、はい……」

「さ、まずは姉優先だ。背中、流せ」

 

 言われて、要は少し頬を赤らめた様子で、ボディソープを垂らしたブラシで背中をゴシゴシと擦った。

 

「姉ちゃん……背筋、すごいね」

「鍛えてるし、人よりも上の肉体持ってるからな。……もっと鍛えるぜ」

「うん。キャプテンは片腕でヘリコプターを引き止められるくらい強いし、それ以上になってね」

「はっ、任せろ」

 

 元々、男だ女だ気にしたことのない姉だから、要も「女の人らしくないな」なんて思わないし言わない。

 この背中が、なんだかんだ自分は大好きだった。自分より弱いはずなのに、とても頼りになる背中だ。

 まだ傷がない事にホッとしつつ、今後も数が増えないように、自分が全力で守り抜く……そう改めて決心しながら、とりあえず背中を磨き続けた。

 しばらくして、真希が立ち上がった。

 

「うし、交代だ」

「あ、うん。本当にちゃんと待てるようになったね」

「しつけぇぞ」

「だって昔は本当にちゃんと洗わなかったじゃん」

「うるせぇ」

 

 そんな話をしながら、要が前になった。

 要用のブラシを手に取った真希が、洗おうと背中に手を当てた時だ。ふと、その手が止まる。

 

「? 姉ちゃん?」

「……傷、多いな」

「え、そう? ……うん、そうかも」

 

 何せ、特級呪霊に勝てるようになるまで独学で強くなったのだ。それ程の実力者になるまでに、相当な地獄を見て来たことは間違いない。

 強くなった勲章、なんて言えば聞こえは良いが、それでも一生治らないものだ。特に、真希が苛立つのは、背中の小さな傷……位置的に、おそらくお腹の傷が貫通して、背中にも出来たものだろう。

 

「……これ、クソ親父に刺された時のか?」

「え? ち、違うよ?」

「……」

「そ、そうです……」

「そうか……」

 

 例え目の前の奴が父親をフルボッコにしても、この傷だけは消えることはないのだろう。

 改めて、今まで離れ離れになっていた時、どんな目にあってきたのかが分かるものだ。

 

「要」

「な、何……?」

「これ以上、傷増やすんじゃねーぞ」

「増えないよ」

「……ならいいけどな」

 

 少ししんみりしたまま、二人は背中の洗いっこを終えると、続いて普通に各々で身体や頭を洗い終える。

 そして、湯船に浸かった。正直、まだ少し胸が気になるので、要は見ないように目を逸らす。

 

「おい、あんま照れんなよ。こっちだってお前のそれ見ないようにしてんだから」

「そ、そんなこと言われても……」

 

 恥ずかしいものは恥ずかしい。見るのは特に困る。

 それを察した真希が、すぐに話題を逸らすように言った。

 

「で、どうだよ」

「え、どうって?」

「私の同期達だよ。仲良くなれそうか?」

「……どうだろうね」

 

 色々とアドバイスはさせてもらったが、やはり完全には気を抜けない。悪い奴ではないのだろうが、呪術師嫌いはそう簡単に切り替えられない。

 本当なら、真希が仲間と認めた人達ならば、こちらも認めてあげるべきなのかもしれないが、いつか大事な場面で裏切られるかも、と思うと気を許しきれない。

 父親に裏切られた時、元々父親のことは嫌いだったとはいえ、ほんの少しでも精神的にショックでもあった。仮に真希の同期と仲良くなったとして、それでも裏切られたら、その時のショックは比じゃないだろう。

 そして、そのつもりではなかったとはいえ、それと同じ事を菜々子と美々子にもしてしまったのだ。

 むしろ「仲良くなるべきではないのかも」とさえ考えてしまっている。

 

「まぁ、お前の悩みも分かる。急に仲良くしろって言われても困るよな」

「……うん」

「でも、みんなにアドバイスとかして、それでどうだったよ。お前自身は」

「どう、って……?」

「だから、楽しかったりしなかったか?」

「え……た、楽しい?」

「ああ」

「……どうだろう」

 

 言われて、要は少し天井に顔を向ける。……や、まぁ話を聞いてもらえたのは正直、決して嫌な気分になったわけでもないのだが。

 他人へのアドバイスなんて、夏油一派にいたときはしなかった。いずれ敵になる奴を育てるようなものだから。

 菜々子も美々子も、正直術式よりまず自分を鍛えろと思わないでも無かったが、口にはしなかった。

 ……もう少し、そう言うところで親切に接していれば、もしかしたらこの前も信用してもらえたりしたのだろうか? 

 

「ねぇ、姉ちゃん」

「なんだよ?」

「同じように菜々子と美々子にもアドバイスとかあげてたら、この前は俺の方に来てくれたりしたのかな」

「……かもな」

 

 やっぱり、とちょっとだけ後悔が残る。

 

「でも、もう過ぎた事はしゃあねえ。……なら、お前は今後どうするか、だろ?」

「……うん」

 

 そうだ、同じことを繰り返さないために、あの真希の友達に対する対応は変えた方が良い。いつまでも心を閉ざしているわけにもいかないのだ。

 

「ありがとう、姉ちゃん」

「仕方ねえ弟だよ、お前は」

 

 なんて話しながら、要はホッと一息つく。

 

「ふぅ……こんな風に誰かとお風呂に入るの、久しぶりだなぁ……」

「なんだよ。私以外とも入ったことあったのか?」

「まだ夏油の所に行って一年くらいの時にね。呪術師が入った後の風呂に入りたくなくて、一番風呂じゃなかった時は湯船に浸からないで出てたんだけど、それで冬に風邪ひいて、夏油が子供達を含めて強引に……あっ」

「……は?」

 

 言ってから後悔した。シスコンの姉はブラコンなのだ、世の中。

 

「入ったのか? 風呂に? 私と真依以外の女と?」

「あ、いや子供の時にね? その一回だけだし……」

「……」

 

 ガッ、と要の手首を掴む真希。万力のような握力でガッチリと。何? と思う間も無く、ぐいっと腕から引っ張られて真希に背中を向けさせられ、足の間に入れられた。

 

「ズリィ」

「え」

「100数えるまでこの中だからな」

「え、何その真希姉ちゃんらしからぬセリフ……うえっ⁉︎」

 

 直後、むにゅっと柔らかいけど硬い感触が背中に当たる。

 

「ま、真希姉ちゃん⁉︎ な、何して……!」

「はい、1〜2〜3〜……」

「こ、このまま100って……ちょっ、流石に……!」

 

 5秒後、鼻から大量に流れた液体によって湯船のお湯は真っ赤に染まった。

 

 ×××

 

「……何、要が?」

「はい。おそらくですが、京都の方に」

 

 それを聞いたのは、禪院直毘人。そして報告したのは禪院蘭太だ。

 百鬼夜行の時、京都の方へ回された禪院家の戦闘員の報告が今頃になってされたのだ。

 

「遠目でしたし、サングラスも掛けていましたので何とも言えませんが……」

「刻印があった、ということだろう」

「はい。それに、真依を連れ去ったという報告もありました」

「……なるほど。扇がここ最近、コソコソ動いているのはそれか」

 

 彼自身は隠している様子だが、傷がかなり増えていた。ガキの頃から、甚壱から聞いた話ではかなりの実力を持っていたらしい。

 勿論「子供にしては」の評価ではあるが、それがもう……何歳だか知らないが、それなりに大きくなった年頃。

 

「やれやれ、俺も遺言状の中身を書き直す必要があるかもな……」

「……次期当主は直哉さんなのでは?」

「お前も知っての通りだ。あの息子は当主の器ではあるまい?」

 

 否定はしなかった。というか、あれが当主になるとどう家が扱われるか分かったものではない。

 

「しかし……要であったとしても危険でしょう。真希と真依にさえ優しくするような甘い男です」

「それはそうだが……じゃあ、蘭太。お前はどちらが良い?」

 

 聞かれると、確かに要の方がマシかもしれない。その上、扇に口止めされているから直毘人は知らないが、あの九眼がある。

 あの戦闘センスに、特殊な瞳と訳の分からない術式……もしかしたら、もうとっくに特級クラスになっているのかもしれない……。

 

「ま、事を急ぐつもりはない。俺も何かやる事があるわけでもないが、簡単に当主の地位を手放すつもりはない。……蘭太、お前にもチャンスはある。もっと励め」

「は、はい。ありがとうございます!」

「要の捜索は特にする気もない。一先ずは様子見だ。もし向こうが戻って来たら迎えてやれ。強い奴は大歓迎だ」

 

 それだけ告げて、直毘人は軽く伸びをする。それと同時に、何となく分かってきた気がした。あのプライドは一級品の弟の事だ。要の行方不明の原因はおそらく、息子に当主を取られないように手を打った扇の仕業だろう。

 で、今更になってコソコソ動き始めたのは、息子の生存を知ったから。そんな事をしているから、いつまでもパッとしないことに何故、気付かないのか。

 そんな風に思いながら、とりあえずのんびり酒でも飲む事にした。

 

 ×××

 

 翌日、高専では。

 

「おはよーう、みんなー。今日も午前中は修復作業に……どしたの、要は」

 

 一年生+アルファが集まった場所で遅刻して来た悟がそう言うが、あからさまに要の様子がおかしかった。

 問われた要は、真っ赤な顔を俯かせたまま、ギロリと男どもを睨みつける。

 

「全員、揃った所で一つ聞くぞ」

「な、何?」

「この中で、真希ねーちゃんの入浴シーンを一度でも覗いた事ある奴ァ手ェ上げろ」

 

 あっ(察し)と、全員が昨日のことを理解した。七年ぶりに再会した姉弟。当然の事ながら、身体にも変化が訪れている。

 それと同時に覚えた危機感……ということは、想像するまでもなくどう答えるべきなのか分かった。

 

「「「ありません」」」

「おかか」

「……万が一、覗こうとでも考えたら、ペシャンコにしてやるからな」

「ぺ、ぺしゃんこ……?」

「こうやって」

 

 直後、要は足の術式を起動する。メコッと地面にクレーターが出来た。同じ刻印同士による反発。それを地面に向ける事で、規模の大きな破壊を起こせる。

 ビシッ、ビキッ、メギィッとさらに深く沈むクレーター。それとほぼ同時に、地表からめり込んだ分、持ち上げられた地表が顔を出すほどの衝撃だった。

 

「もう一度言うね。……覗こうとでも考えたら、ペシャンコにする」

「「は、はいっす!」」

「しゃけ」

 

 速攻で三人揃って良い返事をした。

 それにとりあえず満足げに頷く要の頭を、真希は後ろから引っ叩いた。

 

「いったいなー!」

「そういうのはやめろバカ」

「なんで⁉︎ 姉ちゃんのこの大きくて綺麗な胸が、もし他の男に見られたら……!」

「解説すんな!」

「へぶっ⁉︎」

 

 ゲンコツされ、顎が地面に直撃する。

 

「下手に気ィ使われるような事、他人に強要するんじゃねえ。そういうのが友達できなくなる原因なんだっつーの」

「ご、ごめんなさい……」

「でも、万が一、覗く奴がいたら殺して良いぞ」

「「許可は出すんかい!」」

 

 結局、下手な真似は出来ないと悟った男子達だった。

 その男子達に、とりあえずフォローしないと……と、思った要は、少しだけ考え込む。

 そして、少し頬をかきながら目を逸らして続けた。

 

「……もし、覗かないって約束守れるなら……また、特訓つけてやる」

「「「……」」」

 

 言われて、三人とも目を丸くする。もしかしたら、要なりに歩み寄ろうとしていたのかも、と思ったのか、すぐに笑みを浮かべて頷いた。そんな当たり前のことで強くなれるなら、それに越したことはない。

 

「じゃあ、早速今からお願いします!」

「俺もだ!」

「しゃけ」

「三人まとめてで良いよ別に」

「おい、私を除け者にすんな」

「いやいや、午前中は修復だから」

 

 とりあえず悟は止めつつも、仲良くなってくれて良かった、とホッと胸を撫で下ろしておいた。

 

 

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