五年後。つまり、要は8歳になっていた。
道場において、扇と要が訓練をしていた。いや、訓練と呼ぶのは少し違うかもしれない。何故なら、扇は術式を開放しているからだ。
だが、扇にはその炎が見えていない。術式によって出ている炎の為、相手が要では視認できないのだ。
相手の要は、その猛攻をヌルヌルと躱している。中々、気持ちが悪い。自分の術式が果たして本当に発動しているのか確認出来ないのは、戦いづらい。
こちらの攻撃を回避した後、ふと加速し、懐に潜り込んで拳を放ってくる。所詮は子供。簡単に避けられる。
回避すると、カウンターというように刀を振り抜いた。当たりこそしなかったものの、服にかすったようだ。道着の襟が焦げている。そして、それは自身の術式が発動している証拠だ。
「甘いわ、小僧が!」
続いて追撃しようと踏み込んだ直後だった。足が、動かなくなった。
「何……⁉︎」
「甘いのはそっち」
直後、背後に回り込んだ要は扇の脇腹に蹴りを叩き込む。それを刀でガードする。そのため、足を引っ込め、拳で背中を打った。あのまま蹴っていたら足が燃えていた。
「グッ……!」
背中を殴られたものの、まだダウンするほどでは無い。すぐに足の裏を離したいところだが、床から離れない。おそらく、要の術式だろう。
さて、その隙にジャンプして天井に着地した要は、そこを踏み台にして突撃する。
「舐めるな!」
それに合わせ、カウンターを放つように刀を振り抜くが、それを読んでいたように体を逸らして回避しながら足を振り上げ、武器を弾き飛ばした。
「ッ……!」
「ちょっと掠った」
そう言う通り、要の肩から焦げた傷口が見える。
8歳でありながら、その傷口を全く無視してさらに移動した。とったのは、再び背後。だが、要は扇の身体に触れることは無かった。代わりに床に手を3秒ほどつけて足を離す。
直後、扇の世界は反転した。グルンっと上をむかされ、腰を床に強打した。
「グッ……⁉︎」
そして、最後に要は弾き飛ばした刀を拾いに行く。それを手に取った要は、自分の上に立つ。
「これで終わりかな」
「そこまでだ」
直後、要の手首が後ろから掴まれる。立っていたのは、禪院甚壱。野生的な見た目のわりに、実は意外と部下から慕われている男だ。
「……何か用?」
「それ以上は訓練ではなくなるだろう」
「殺す気で来いって言ったのはこの人なんだけど」
「殺せとは言われていない」
「……」
「……」
無言で見つめ合った後、要は刀を放り投げた。回転しながら飛んでいって、壁に突き刺さる。
「はい、今日の特訓終了〜。俺、寝るから」
言いながら、要は道場から出て行きつつ、術式を解除する。それにより、扇は身体を起こせるようになった。
甚壱が、腕を組みながら重々しく聞いた。
「……やられたのか?」
「馬鹿を言うな。私は特訓で本気を出す愚か者ではない」
「ほう?」
「だが、奴は私を殺すつもりで来ている。だから、私に術式の開示さえしない」
「……なるほど」
甚壱も、薄々親子仲が悪いとは思っていた。というか、扇の家庭は姉弟間以外良い感じはしない。
禪院家全体においても、要のお陰で真希と真依に冷たく当たる人間も減って来ている。と、言うのも、要の才能が開花し始めているからだ。既に、炳への入隊は確実とまで言われているほどのものだ。
「とはいえ、予想以上の出来ではあるのは悪い事ではないだろう」
「……面白くはないがな」
「……?」
何せ、まだ8歳の子供にしてやられたのだ。プライドが高い扇としては、良い気分ではない。
このままでは、自分が当主になる前に、息子が当主になってしまう可能性さえある。そんな事は、絶対に許されない。
「やれやれ、所詮はあの姉妹の弟か。うまくいかないものだ……」
それだけ呟きながら、扇は壁に突き刺さっている刀を抜き、鞘に納めた。
×××
「あー、疲れたー」
そう言いながら、要は真希と真依の部屋に訪れていた。
「おい、汗だくのまま来るなよ」
「えー、なんで?」
「当たり前でしょ。……ほら、おいで。拭いてあげる」
真依が自分の膝の上に要を置いて、タオルで頭を拭いてあげる。
「もうホント疲れた。呪力って使うと疲れるんだね」
「オイコラ、嫌味か?」
「えー、俺真希ねえの身体の方がカッコ良いと思う」
「あら、要。私はカッコ良くない?」
「真依ねえは綺麗だもん」
「ふふ、ありがとう」
「……チッ、なんかムカつくな。私も一応、女なんだが……」
なんて話していると、要は真希の顔から眼鏡をとってしまう。
「っ、な、なんだよ……」
「……やっぱメガネ取っても真希ねえはカッコ良いや」
「てめっ、そこはかわいいって言っとけよ!」
「プフッ……!」
「お前は何がおかしいんだ真依!」
笑いを漏らすと、真希は真依と要の首に腕を回し、自身の胸元で締め上げた。
「大体、お前らは長女を敬うってことを知らなさ過ぎだ。ちょっと教育してやる!」
「だって、一番ガサツだし」
「要よりお風呂の時間短いじゃない、あなた」
「うるせえ!」
「ぐえっ……ぐ、ぐるじいよ、真希ねえ!」
「ちょっと! あなたと違って私は髪が乱れたら直すの大変なの!」
「知るか!」
そのまま三人で戯れ合う。本当にこの三人が、禪院家の人間関係で一番良好なのかもしれない。それを羨む人間がいないのが禪院家でもあるが。
ふと、要が思いついたように言った。
「そういえばさ、俺あれやってみたいんだけど」
「どれ?」
「ゲームって奴」
「ああ……非術師の間で人気の奴ね」
「たまにCMで見る奴か」
「やってみたくない? おもしろそう!」
「べつに私はキョーミねーな」
「私も。暇潰しには良さそうとはおもうけどね」
何せ、ゲームの世界みたいな戦闘はもう行なっている。今更ゲームなんて興味ないのが本音だ。
「でも、対戦とか協力プレイとかしてみたいんだけどなぁ。ねえちゃん達と」
「……まぁ、要がどうしてもっつーなら、やってやっても良いけどよ」
「ま……要がやりたいっていうなら?」
「ホント? じゃ、クソ親父の財布からお金ぬいてくる」
「行ってこい」
「じゃないでしょ。おこられる理由をわざわざつくってどうするの」
真依に止められて引き下がる。どうせ大したことにお金使わないのだから良いだろうに。
「なるべくなら、怒られないようにしなさい。二人とも」
「俺は別にあんなのに怒られたって、イタくもカユくもないけどね」
「うそつけ。3歳のとき、天井に吊るされて飯抜かれて泣いてたの知ってんぞ」
「あ、あれはうれし泣きだからノーカン! ていうか、あれもギリ泣いてなかったし!」
「そうだったの。私達のおにぎりがうれしくて泣いてたんだ?」
「あっ……し、しまった……!」
慌てて口を塞ぐ要だが、もう遅い。二人に頭を撫でくりまわされた。
「大丈夫だぞ、要。私達はずっとお前と一緒にいるからなー」
「そーそー。だからいつでも甘えて良いのよー?」
「やーめーろー! 俺はもう子供じゃないからー!」
「「何処が」」
「声を揃えて言わないでよ!」
ダメだ、と要は自分で自制する。こんな簡単に姉二人に弄ばれているようじゃ、強くはなれない。もっと精進しなくては……と、頭の中で噛みしめつつも、なんだかんだ楽しく談笑出来ていることに、何となく満足していた。
そんな時だった。ガラッと扉が開かれる。顔を向けると、そこに立っていたのは禪院家史上、最高傑作のクズ……禪院直哉だった。
「うーっす、相変わらず姉弟間で仲ええね。反吐が出るわ」
直後、三人とも半眼になる。うざいのが来た、と言うようにだ。
だが、そんな反応をすればプライドだけは三人前のバカが怒るのも当たり前のことで。
「何? その目。年上の人は敬えってならわへんかった?」
「うざっ。真希ねえ、真依ねえ。行こっ」
「まぁ、そう邪険にせんとってよ。お兄さんがたまにはしごいてやるから。表出え」
「ほら、早く」
すぐに守らないと、と思った要が、立ち上がって真希と真依の手を引く。その肩に、直哉が手を置いた。
「良いから、来いや。カス」
「……しつこい。ブス」
「よせ、要……!」
真希の制止も間に合わず、一気にお互いに呪力を解放し、殴り合いに発展した。
×××
その日の夜、要は今日も一人、屋敷を抜け出して自主練をしていた。あの後、直哉には善戦したものの敗北。父親との戦闘後で、それなりに呪力を使っていたことが災いした。
強くならないと姉を守ることが出来ない、それを理解している要は自主練を欠かした夜はない。
呪力を鍛えるには使うしか無いため、全身を呪力で強化し、それを維持して走り込みをしている。
そんな時だった。ふと、正面から呪力を感じ、気を引き締めた。キュッと目を細め、明らかに喧嘩を売りに来た様子で呪力をたぎらせているそれに目を向ける。
立っているのは、浪人のような和装に雨傘を被り、マフラーを首に巻いている男。いつの時代の人間か問い正したい程だ。
「何か用? そこの」
「……」
声を掛けるも、返事はない。何にしても、やる気ならやってやるだけだ。考えてみれば、扇以外と戦闘したことがない要にとっては、腕試しの良い機会だ。
その直後、一気に距離を詰めてきた。腰からキラリと光って見えるのは刀身。その居合を、後ろに仰け反って回避する。
「やる気満々じゃん」
さらに攻め立てる猛攻。それらを回避し続けつつ、足元に呪力を練る。
要の術式は、磁力を用いるもの。右の足裏の「N」の刻印と、左の足裏の「S」の刻印。それらで物体、或いは呪力に触れる事で、その刻印が移る。
それらにそれぞれ、N極とS極の特性が付与され、あとは磁石と同じで他の刻印がついたものによってくっついたり離れたりするわけだ。
その刻印を付与できるのは、手だけでない。昼間、扇の腰を床にくっつけたのは、右拳で殴打した直後についたN極と、左脚で地面を踏んでいたS極が引き合ったからだ。
そして何より、通常ならこの刻印は視認出来るが、持ち主が要の為、それも不可能だ。
つまり、敵にとってはこの組み合わせは厄介この上ない。
だが、弱点が一つ。何となくこちらの術式を知っている相手に奇襲を受けた場合に弱みが出る点だ。
「っ……!」
目の前の侍っぽい男は、全く動じる様子ひとつ見せること無く、距離を詰めて刃を振るってくる。
それらを回避し続けつつ、距離を置きながら、術式を発動する。足跡からつけた刻印と自身の両手の刻印を組み合わせ、コンクリートの道を引っ剥がして後ろから絡め手による奇襲を謀った。
しかし、それを目の前の男も読んでいたように、炎で焼き尽くしながら怯むことなく距離を詰めてくる。
「! その炎……!」
「気を抜いたな……馬鹿者め」
思わず動揺した隙を突かれた。斬りあげられ、呪力のガードで斬撃は凌いだものの、身体に炎が燃え移る。
「っ……く、クソ親父……!」
「……ふんっ」
何故、急にこんな真似。さっきから殺す気満々で攻めてきている。いや、それどころじゃない。火を消さないと焼け死ぬ。
「お前は今『なぜこんな真似を』と思っているか?」
「ッ……!」
「単純な事だ。お前は、才に溢れ過ぎていた」
「はぁ……⁉︎」
「愚息が私より先に当主になるくらいならば、兄になられた方が諦めがつくというものだ」
今度こそ、何を言われているのかわからなかった。あれだけ当主にするために育てておいて、自分がなれないとわかったら切り捨て? 冗談ではない。
「まぁ……そもそも兄の息子に負けた時点で、その未来はなかったようなものかもしれんがな。いずれにせよ、子が親の足を引くなど、あってはならない」
言いながら、燃え盛る自分の方へ歩み寄ってくる。念入りに、燃やしておきながら剣でトドメを刺すつもりのようだ。
なんにしても、死ぬわけにはいかない。ここで死ねば、姉達を守れない。なんとかして逃げる方法は一つ。最後の呪力を振り絞って脱出する他ない。
そう判断するや否や、万が一の奥の手を使った。磁力の出力は刻印に込める呪力の量によって変わる。
最大にまで高めた刻印を地面に作った直後、そこに同じ刻印をぶつけ、一気に空中へ舞い上がった。
「ほう……まだそれほど、呪力を残していたか……。だが、無駄な足掻きだ」
そう呟いた扇は、懐から短刀を抜き、呪力と炎を込める。そして、空中にいる要に狙いを定めた。
「さらばだ……愚息よ」
そう呟くと、その要の元へプレゼントをお見舞いした。
フル回転しながら飛んだ燃える短刀は、鮮やかな曲線を描いて、要の腹部に突き刺さった。
「いっっってェな……!」
そのまま要は放物線を描いて、遠くへ落下していった。突っ込んだ先が、川の中であったのは不幸中の幸いだった。燃え盛る火は消火された。
しかし、季節は真冬。そのまま、要は凍死してもおかしくなかった。そこにその男が現れたのは、皮肉にも幸運と言うべきだったのかもしれない。いなければ、要の人生は終わっていたのだから。
「うわっ! 何か飛んできた!」
「ああ。……しかも、人間だったね」
「……ほ、ほんとに……?」
そこに居合わせた男は、袈裟を着ていて、両サイドに小学生の女の子を控えさせている。
突如、上空から降ってきた男の子……どう考えても異常な状況だ。間違いなく呪術師関係だろう。
ならば、助けない理由はない。そう判断した最悪の呪詛師、夏油傑はすぐに川まで降りた。
×××
翌日、いつものように真依と一緒に雑用をこなす真希は、ふと違和感を覚えた。いつも騒がしい弟の姿を、今日は一度も見ていない。普段なら、朝飯には顔を出しているし、基本的には扇との特訓に朝も昼も使っているはずなのに。
「真依、要は?」
「私も探してるんだけど……見当たらないのよ」
「……」
何か、嫌な予感がする。それも、特級の悪い予感。このクソみたいな家の人間に、信用できる奴なんか妹と弟しかいないからこそだ。何が起こるか分からない。
だが、なるべくならそれは考えたくない……と、思っていると、二人の前に突如、現れる禪院扇。
「!」
「お父様……⁉︎」
「愚弟なら、もう貴様らの前に現れることはない」
言われた二人は、思わず目を見開いた。言っている意味がいまいち分からなかったのに、身体が先に理解したように身震いする。
それでも、なんとか声を絞り出すように真希が聞いた。
「ど、どういう意味だよ?」
「あの愚弟なら、昨夜より姿を消した。おそらく、我々の前に現れることはないだろう」
言っていることが滅茶苦茶だった。姿を消した、なんて勝手にいなくなられたようなことを言っている癖に、自分達の前に現れない、なんて予測を立てている。
まさか、と子供ながらに最悪の想定がすぐに浮かび上がっていた。
「テメェ、まさか……!」
「? ……何?」
「言いがかりはよせ」
何か言う前に言い訳を始めた時点で、すぐに真希は合点がいった。……いや、言い訳と言うよりも、隠す気がないようにさえ見える。
「お前らも、同じ目に遭いたくなければ、これ以上親の足を引っ張ることはせん事だな」
「クソ親父が……!」
それだけ言い残して立ち去る扇。その背中を、真希は強く睨みつける。拳を強く握りしめ、奥歯を噛み締めた。
いや、まだ言っているだけかもしれない。真希はすぐに真依を連れて廊下を走り出した。
「クソッ!」
「ま、真希……⁉︎」
まずは道場を探し、屋敷の中を捜索した後は、庭を見て回り、屋敷の周りを見て回ったが、弟の姿はどこにもない。影も形も見えなかった。
一通り見て回ってしまい、肩で息をする真希の袖を、真依がくいっと引いた。
「ねぇ……ど、どういう事?」
「……あのクソ親父、要をやりやがった……!」
「やったって……え、うそでしょ……?」
「わかんねえよ。追い出したのか、或いは殺したのか……なんにしても、もうこの屋敷にあいつはいねえんだ……!」
それを聞いて、真依もようやく理解する。突然、耳にさせられた事実に、二人とも涙も出なかった。
その真依の肩を、真希が強く掴んだ。
「真依……こうなったら、もうなるしかねえ」
「え……な、何に?」
「強くなるしかねえって言ってんだ。何が理由で追い出されたか知らねえが、アタシは決めた。強くなって……この家、叩き潰す」
「っ……うん」
真依も頷いた。何があったのかは知らない。だが、二人にとって重要なのは、この家が弟を奪ったという事実だけだ。
ならば、こちらのやることもシンプルだ。弟を奪った借りは返す。肉親だ、親族だなんていうのは関係なかった。
「……強くなるぞ。絶対に……!」
「……うん……!」
二人揃って、誓いを立てた。
×××
ふと目を覚ますと、何処かの部屋の中だった。……なんで自分はこんなところにいるのか……と、ぼんやりする頭を回復させつつ身体を起こす。
すると、ズキッと腹部が痛む。というか、いつのまにか服装も着物みたいなものになっていた。着替えた覚えはないのだが、まぁお陰で激痛の原因は見やすい。はだけさせると、傷痕が残されていた。
……そうだ。父親にやられたんだ、とすぐに思い出す。
「目が覚めたかな?」
ふと声を掛けられる。顔を向けると、そこに立っていたのは袈裟を着た男。如何にも胡散臭さが滲み出ていた。
「誰?」
「怪しいものじゃないよ。……と言っても、まぁこの服装じゃ無理あるか」
「うん。ある」
「ハッキリ言うね……。大義を掲げる者……いや、回りくどい物言いはよそう。うん、そうしよう」
そう言うと、その男は朗らかな笑みを浮かべて告げた。
「夏油傑、特級術師さ」
「……ふーん」
特級、と聞いても、特に要は尊敬するような様子は見せない。……いや、むしろ警戒度は高まった。
それはそうだろう。何せ、呪術師である親に夜襲され、殺されかけたのだ。もはや、自分の姉二人以外を信用する事さえ出来ない。
「一応、君を助けたのは私なんだがね」
「お礼でも言えっての?」
「いや、そういうつもりじゃないよ。……私には、君にどういう理由があって、このような姿になっているのか、理解する義務がある」
「……?」
何を言われているのか分からない。……いや、何にしても、だ。自分は御三家と呼ばれる禪院家のボンボン。勘当にあったわけだが、それを呪術師が信じるとは思えない。むしろ、禪院家に借りを作るチャンスと考えるだろう。
もう誰も信用しない、こうして生き残った以上はあの家を叩き壊し、姉二人を助ける。その為にも、この呪術師に本名は教えない方が良い。
「……今木要」
「……ふぅん。良い名前だ」
「とりあえず、礼は言っとく。助かった」
「構わないよ。若い呪術師を助けるのは、私が成すべきことだからね」
「……俺が呪術師だって分かったのは、空から落ちて来る所でも見たから?」
「ふふ、その通りだが、そんな真似をしなくてもすぐに分かる。……その目を見ればね」
「あ? ……あっ」
慌てて目を隠すが遅い。忘れていた。自分の目は普通じゃないくらい真っ黒なのだから。
「……ちっ」
「で、このサングラスは、その目に含まれている何かしらの効果を抑えるためのもの……で良いのかな?」
言いながら、懐からそれを取り出す。
「しかし、変わった瞳だね。まるで、ブラックホールのように真っ黒だ」
「あんま見んな。グラサン返して」
「良いとも」
それを取り上げると、自分の目にかける。
その要に、傑は続けて言う。
「さて、そろそろ本題に入って良いかな?」
「……本題?」
「君は……今の世界をどう思う?」
「あ?」
「今、この世界は本来あるべき姿を見失っている……そういう風には思わないかい?」
「?」
「ピンと来ないかい? それなら、説明しよう」
そう言うと、傑は立ち上がって説明する。
「今の世界は、呪術師が猿……非呪術師を、非呪術師に気づかれないよう配慮して、非呪術師を守っている。わざわざ、力無き者達のために力有る者が命を賭けているのだ。それも、感謝される事もなく、ね。……あまりにも、理不尽であるとは思わないかい?」
「……」
正直、そもそも呪術師の現状がほとんどわかっていない要には何とも言えない。
とりあえず、目の前の男の話に耳を傾けた。
「だから、私はこの世界に存在する非呪術師を全て抹殺し、新たな世界を構築する。……君にその気があるのなら、私の家族となり、共に真の世界へと足を踏み入れようじゃないか?」
「……家族?」
なるほど、そういう奴か、と要は顎に手を当てる。要するに、非呪術師に裏切りか何かされたのだろう。
だが、要から言わせてもらえば、呪術師の方が信用ならないというものだ。親でさえ平気で自分の野望のために息子を殺そうとするのだから。
目の前の男も要するに自分の理想のために要を利用しようとしているのだろう。目の特異性にも気付いているようだし。
信用は出来ない……が、要には要のやりたい事がある。今後、禪院家を叩き潰すわけだが、それは一人でやるにしても……外部から情報を得る必要がある。その為に、呪詛師は利用できる。何せ、呪術師のトップである御三家は、呪詛師にとっても邪魔だろうから。
しばらく、ムッと考えると、考えがまとまったので提案した。
「……良いけど、殺すなら非呪術師だけじゃ嫌だ」
「と言うと?」
「呪術師も殺す。……特に御三家だの高専だの、そんな偉そうにしている奴らもいらない。俺とあんたらが家族だって言うなら、当然こっちの望みも聞き入れてくれるんでしょ?」
「それで、呪術師を全滅させたいと? ……しかし、その後の世界はどうする?」
「知らない。ただ、なるようになるんじゃね。あんたが非呪術師を殺した後と一緒」
「……なるほど」
傑も、要がどんな目に遭ってきたのかなんとなく察したのか、頷きながら唇を歪ませた。
「面白い……良いだろう。それで行こう」
「じゃ、よろしく。あ、その前に」
これで、とりあえず情報源と寝床は確保できた。まぁこの目の前の男が現在、どのような方法で生きているか分からないが、どうせ真っ当な手段じゃない。
それでも、子供一人で生きるよりはマシだ。その為にも、仮にも家族となる相手に、どの道バレる事を隠しておくのは良くない。
「呪力、流して。身体に」
「何故?」
「この目の事、話す必要あるでしょ。これから、家族になるんだから」
そう笑みを浮かべて言いながら、目を傑に向ける。
「ふふ、気にすることはないよ。素敵な瞳だ」
「感想なんて聞いてないよ。……呪力、練ってみて」
「構わないが」
全身に呪力が流される。洗礼された淀みなく全身に漲る呪力……それは、禪院家で見たどのジジィどもよりも上だった。
それに少し感心しつつも、表には出さないようにしつつ、サングラスを外した。
「……ん?」
変化に気付いたのだろうか。自身の呪力を感じなくなっていることに。
「これは……君の瞳の力か?」
「言っておくけど、別に呪力を出せなくなったわけじゃない。ただ、感じなくなっただけ。俺から見れば、しっかりと体内に呪力は流れてるよ。ま、ブレてるけど」
流れてはいる……が、感じなくなったことによりズレが生じている。
「はは……これは、中々新鮮だね……何より、ズレを自覚できないのが面白い」
「聞かないの? この力を抑えられるサングラスを持っている子供が、呪術師と繋がっていないはずがない、って」
「……賢い坊やだね」
「だから……まぁ、さっきは警戒してたから嘘ついたけど、俺の本名を教えるよ」
「……ふふ、気にすることないよ。私でも警戒する」
そう朗らかに答える傑。イマイチ、この男も何を考えているのか分からない。信用してもらおうと色々考えて自分の目のことを言ったわけだが、果たして正解なのか。
……いや、ここまで話して引き返せない。言うことにした。
「俺の本名は、禪院要。禪院家の末っ子だよ」
「……へぇ、それは驚いたな。む……いや待て。なるほど、そうか……そのお腹の傷は、禪院家に刺されたものかい?」
「……そうだよ」
そこまで察するあたり、本当に禪院家の悪い噂は色んなところに広まっているようだ。
「……君も、色々と苦労したようだね」
「そうですね」
「君のその疑い深さも、そこから来ているわけか……」
言いながら、傑は要の肩に手を伸ばす。
「安心して欲しい。ここに……君を刺すような家族は、もういないから」
「……」
優しい声音と共に、温かさが手から流れてくる。彼の言う「家族」という言葉はどうやら本気で言っている言葉のようだ。考えてみれば、夏油傑の見た目は割と若い。それなりに色々な事を経験した上で、非呪術師を殺すと言っていたのかもしれない。
──その上で、何言ってんだこいつ、と思った。
結局、望むのは大量虐殺。そんな奴が、家族だなんだと笑わせてくれる。
それでも、今は彼に頼る事にした以上、とりあえず受け入れないといけない。
「ああ、よろしく」
「ふふ、では……今いる私の家族を紹介するよ」
「もう仲間いるんだ」
「違うよ、家族だ」
「……あそう」
そう話しながら、その家族を紹介してもらいに行った。とりあえず、ここからだ。禪院家を滅ぼすための一歩目だ。