禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

20 / 21
お久しぶりです。この後の展開あんま考えてなかったので時間空きました。今後は考えずにやろうと思います。


バカなのに賢い奴はこれだから。

 もう元宗教団体施設は使えない。その為、元夏油一派はそのまま逃げ延びて、拠点を転々とするしかなかった。幸い、傑の溜め込んだお金はアホほど貯まっていたのでしばらくはホテルなどを借りても問題なかったが、それも長くは続かないだろう。

 そんな中、美々子と菜々子は少しずつ冷静になっていった。そしてそれは当然、この前の日の後悔に繋がっている。

 

「……菜々子」

「何」

「要のこと……」

「……美々子も?」

「うん……あの時は、悪いこと言っちゃったかも……」

 

 今にして思えば、あの要の様子を見た感じ、別に自分達を裏切ったとは限らない気がしないでもない。

 正直に言ってしまうと……何も分からないというのが本音だ。何せ、今まで難しいことは家族に任せてきてしまっていた。

 ……だが、まぁ事実だけ見れば確かに自分達を襲撃してきたように見えたし、やはり敵だと思っておいた方が安全な気がしないでもない。でも……後悔しそうな気がしないでもないわけで。

 

「……菜々子は、どう思う……?」

「わっかんないし……でも、少なくとも、あの呪術連っぽい奴らが来る前の話は、本当な気がする」

「勘?」

「そう……勘。てか、勘しかないっしょ」

 

 根拠なんてない……まぁ、そもそも彼が言っていた「姉嫌い」も恐らくポーズだったのだろうし、割と嘘つきなとこがあるので本当にどこまで信用して良いのかはわからないものだ。

 いや……でも、初めてあんな真剣な表情をした要を見たし、別れ際もなんか寂しそうな顔をしていたし……いや、それももしかしたら演技かも……なんて考える中、菜々子が後ろのベッドにひっくり返った。

 

「あーもうっ、分からない分からない分からないってば! なんで夏油様がいなくなって、こんな時にあいつに悩まされないといけないわけ⁉︎」

「……それは、多分……私達も、要が心配だから……」

「……」

 

 美々子に言われ、菜々子も渋々、頷いた。年が近かったからだろう。七年間、一緒に生活してきて、たまに一緒に遊んだり、呪力のことを教わったりと色々あったが、なんだかんだ楽しかった。

 だからこそ、悩んでしまう。信用したいが……万が一、その信用も虚しく裏切られ、双子の姉妹まで失うことになってしまったら……。

 

「菜々子、美々子。いるかしら?」

「「!」」

 

 ラルゥの声……と、二人とも肩を震わせる。

 

「話があるから。来なさい」

「な、何……?」

「家族のこと」

「……」

 

 二人で顔を見合わせた後、部屋を出た。ラルゥに連れて行かれた先には、利寿と真奈美の姿。五人で話をするつもりのようだ。

 

「何の用かしら? ラルゥ」

「次、あの裏切り者を始末する為の作戦を立てたいとこなんだけどな」

「この際だもの。そろそろ、私達も潮時かと思っただけよ」

 

 何となく、嫌な予感はする。

 

「どういう意味ー?」

 

 菜々子が聞くと、ラルゥは腕を組んで質問した。

 

「真奈美、あなた達は要を殺したい……そうね?」

「ええ、もちろん」

「夏油様を裏切っておいて、のうのうと生き延びさせてたまるか」

 

 利寿も続けて応えたのを聞いて頷いたあと、ラルゥは菜々子と美々子達に顔を向けた。

 

「菜々子、美々子。あなた達は、まだ要を殺すことに迷いがある……そういうことね?」

「……まぁ」

「うん……」

 

 迷いがある、とは上手い言い方だ。正直、仮に殺すにしても、真奈美や利寿の強行的で家族にさえ何も言わず、安易に禪院家と手を組むやり方は、信用が出来ない。

 あの状況だって、仮に要を倒せたとしても、今度は自分達が禪院家に狙われていたかもしれないのだから。……いや、というか息子に対して闇討ちを仕掛けるような父親だし、確実に自分達もまとめてしばかれていただろう。ラルゥやミゲルがいたとはいえ。

 さて、それを聞いてラルゥはすぐに結論を出した。

 

「……そう。傑ちゃんがいなくなっただけで、私達はここまでバラバラになっちゃってるもの。それはそうよね。私達は皆、傑ちゃんの思想に賛同して集まり、家族になった。その傑ちゃんがいなくなれば、考えも行動も変化する」

「何が言いたい?」

「ここで、各々別の道に進みましょう?」

 

 それを聞いて、四人とも目を見開いた。

 

「本気で言ってるの?」

「そんなこと……!」

「それで良いわよ、私は」

「俺も構わない」

「えっ……⁉︎」

 

 二人の大人組は頷いた。

 美々子と菜々子は大きく狼狽えたが……しかし、胸の奥では少しだけホッとしているのも事実だ。

 異論はなさそう……そう思ったラルゥは、すぐに続けていった。

 

「でも、忘れないでね。私達は、離れていても家族。またいつの日か、みんな集まって食事をするの。……良い?」

 

 その確認に、全員は無言だったが、頷いて答える。ラルゥがこの後どうするのかは知らないが、また会いたいものだから。

 とりあえず、傑が残した資金を分割し、各々が別の道を進んだ。

 この僅か二日後、真奈美と利寿の元に、その五人が……いや、ミゲルを含めて六人が自分達の頭として立てていた人間と同じ顔の男が現れた。

 

 ×××

 

 高専では、今日も今日とでトレーニングと修復を終えて、生徒達は自主練。

 ここ最近の高専のルーティンは、生徒達は午前中に校舎の修復をし、午後にトレーニングか仕事をし、その後に自主練といった形になっている。

 それは、要も例外ではなく、トレーニングの時は悟や硝子に反転術式を教わっている。

 今日の自主練中では、要は真希が憂太とトレーニングする姿をぼんやりと眺めていた。強さで言えば圧倒的に憂太の方が上だが、呪具の扱いに関してはまだまだ真希の方が上。それはそうだろう、年季が違うのだから。

 その技法を教わっているのだが……羨ましい。要も呪具……というより、武器の扱いは心得ている。前まで呪具を作っていたのだから当然だ。

 術式の性質上、両手は開けておいた方が良いのだが、それでもまだ筋力が育ちきっていなかったり、呪力操作が未熟だったときは呪具で誤魔化したりすることもあったので、実践でも問題ない。

 だからこそ……自分は教わる必要ないけど、憂太が教わっているこの状況が気に食わないわけだが……いい加減、我慢を覚えないといけない。

 そんな事よりも、だ。思うのは、真希の呪具。前に話した時は肉体を鍛えれば良い、とは言ったが、その分、トリッキーさは減る。

 正直、死んだら終わりなのが呪術師なのだから、自分が真希なら服やカバンの中にあらゆる暗器を用意しておく。特に銃とかの呪具は大事だと思うのだが……まぁ、その辺を決めるのは真希だし何も言わないが……。

 

「……呪具、作ってあげた方が真希姉ちゃんにとっても良い気がするなぁ」

 

 自分の術式で、手元に引き寄せられる呪具くらいは作ってあげても良いかもしれない。

 手元に引き寄せられる武器……言葉にすると単純に聞こえるかもしれないが、実際に使うと便利なのは、雷の神を見ていれば分かることだろう。投げてもリスクにならないどころか、初見殺しになり得る、キャッチするフリして後ろの敵に当てる、近接戦の奇襲も可能……などなど、用途は様々だ。

 

「おう、何見てんだ要。ジェラシーか?」

 

 そんな中、声をかけてきたのはパンダ。背中をドンっと押され、少しイラっとする……が、これも姉が言っていた「学生とのコミュニケーション」だろう。

 我慢し、代わりに聞いた。

 

「パンダ、お前もし手元に引き寄せられる武器を貰えるとしたら、どんなのが良い?」

「え、なんだよ急に?」

「や、だから武器」

「気持ちはありがたいけど、俺に武器はいらねえよ。こいつがあるからな」

 

 言いながら、パンダは自身の拳をグッと握る。が、それを見て要は思わずキョトンとして目をぱちぱちしてしまった。こいつ、何を言っているのだろうか? 

 

「え、力自慢ってこと言ってんの?」

「まぁ、真希程じゃないけどな。呪力流せばもっと出るぜ」

「その程度で自慢になるの?」

「え?」

 

 その程度の膂力は、残念ながら武器とは言わない。悟や傑、要や憂太なら当然のように出来る呪力操作より下だからだ。

 

「ならないのか?」

「あ、そんな自信あったの?」

「いや、呪力操作をマスターすりゃ、俺でもそれなりに戦えるもんだと……」

「そのレベルに到達するまでに死ぬよ。どんな術式持ってるのか知らんけど」

「……」

 

 術師は何故、基本的に武器を握らないのか。要が見てきた限り、優秀な術師ほど何かを持っている気がするし、持っていない術師は明らかに持つ必要がないレベルの術式か、自分のように両手を使うためない方がメリットがあるかのどちらかだ。

 傑も呪霊に頼らず自らの手で叩きのめすときは武器を用いるし、ミゲルも黒縄と呼ばれる特殊な呪具がメイン武器だ。もうないけど。

 

「え、お前は武器持った方が良いと思うのか?」

「そりゃそうでしょ。勿論、武器がなくても戦えるに越したことはないけど」

「まぁ、そりゃ分かるが……」

「よくアニメや漫画で武器を相手に拳で無双する奴いるけど、それ大前提として拳側は人間じゃないからな? 人間であっても普通の人間じゃ到達出来ないとこまで鍛えてるから」

 

 呪術師だって人間とは言い難いが、戦う相手も呪術師なのだ。使うのは呪具と言って術式が刻まれている武器だろうし、その呪具に呪力を流すことが出来る。

 

「勿論、呪具にもデメリットはあるけどな。相手に取られたりするかもしれんし。でも、俺が作れる呪具ならそれを引き寄せることも出来るし、そのデメリットはないに等しい」

「え、お前そんな事できん……ああ、そういえばそんなんあったな」

 

 前に空中に浮いた高専で、遠くから飛んできた呪具を里香がキャッチしてくれたことを思い出す。

 

「え、じゃあもしかして……お前、俺に呪具作ってくれるのか?」

「いや? 真希姉ちゃんに薙刀以外にも武器あった方が良いかなーって悩んでただけ」

「えっ……い、今までの話の流れは……」

「ディスりたかっただけ」

「……」

 

 別に、作ってやる義理はない。そんな事よりも、姉だ。肉体の限界を越えるだけでなく、遠距離にも中距離にも対応出来るようにして欲しい。

 

「よし、作ろう。どんなのが良いかな」

「好きにしろよ……」

「は? 俺の好きじゃない、姉ちゃんに必要なものを作るんだよ……あっ」

「なんだよ?」

「両手解放しないと呪具作れない。五条に相談しよ」

「……」

 

 すると、パンダはハッとしたように顎に手を当てる。これは……良いチャンスなのかもしれない。

 

「なぁ、要」

「何?」

「俺に呪具を作ってくれるって約束するなら、正道にも開放の件、頼んでやる」

「正道?」

「学長だ。お前マジか」

「……ああ。そんな名前なの。良いよ」

 

 そういう事なら仕方ない。姉を守るために、できることはやるべきだろう。

 

「じゃ、話はまとまったな」

「俺早速、五条に聞いてくるわー」

「おう」

 

 そのまま二人で動き出した。

 

 ×××

 

 要が作れる呪具は、早い話が自身の術式を利用して手元に引き寄せられる呪具。

 そして、呪具と言っても、要の刻印がつけられたものは呪力が付与される性質を利用して、要の呪力を少し与えているだけだ。

 勿論、それと手袋がセットになるので、それ以外にも色々と細かい工夫を入れてはいるが、遊雲や黒縄と言ったとんでも呪具に比べると格落ちしてしまう。

 ……だが、それは裏を返せばどんなものにもプラスアルファの機能をつけられるわけで。

 

「はい、ここが呪具の倉庫だよ」

「なるほど」

 

 高専が所有する呪具を格納している倉庫に悟、パンダ、そして夜蛾正道、要、そして鍵を外すために真希も含めた五人が到着した。

 勿論、二人の教員と真希の監視の元、戦闘用に刻印を使わない事を前提で、三つあるうちの片腕の拘束だけ外して呪具の作成を許された。

 で、早速試してみることにしる。

 

「気持ちは嬉しいんだがな、要……」

「ダメ。心配。そもそも武器一本じゃダメでしょ」

「一応、暗器とか持てる分だけ持ってるわ」

「暗器の強みとかちゃんと分かってる? 投げるだけじゃなくて、それでさらに間合いを詰めた近接戦とかしてる?」

「なめんな! してるわ!」

 

 しかし、心配なことには変わりないのだ。多少動きづらくとも、複数持てるように服の中に隠したりすれば良いのに、と。

 

「ふむ……呪具を作れる、か……」

「面白いですよね。これ、他の術師も使えるんじゃないですか?」

「日下部あたりも喜ぶかもしれんな」

 

 話しながら、適当な銃を手に取って刻印を付与し、それと同時に手袋にも刻印を刻む。

 それを手につけた後、手を銃に向かって伸ばし、刻印の効果を発動。手元に引き寄せた。グリップに刻印をつけた為、手元に引き寄せた時には銃を握れるようになっている。

 

「よし」

「なんで銃?」

「真希姉ちゃんに必要だから」

「いらねーよ。真依と被んだろうが」

「いや関係ないから。真希姉ちゃんは真希姉ちゃんだよ」

「そうじゃなくてな……」

「もうあらゆる武器を真希姉ちゃんが使えるから。時と場合に応じて、好きな時に手元に引き寄せられる」

「……まぁな」

 

 例えば、いつものジッパー付きの長いカバン。あれには薙刀が入っているが、他にも入るだろう。

 薙刀を抜いて鞄を敢えて目の前で捨てる事で、他に武器がないことを隠せるかもしれない。

 そんな中、正道が顎に手を当てたまま声を掛けてきた。

 

「だが、手袋一枚では足りないだろう。今までは一つの手袋に付き、一つの武器を引き寄せる性質だったんだろう?」

「……あ」

 

 このままでは、一つの武器を引き寄せるつもりが大量の武器を引き寄せてしまう。

 

「あはは、それで真希が串刺しになったりして? ウケる」

 

 直後、要のドロップキックが悟に向かい、悟はすぐに人差し指と中指を立ててガードする。

 

「こっわ。意外と短気だな」

「今のは悟が悪い。……が、要。落ち着け。一応、監視される立場であることを忘れるな」

「……」

 

 仕方なく要は着地し、手袋を摘み上げる。刻印……自分が使う時はその時々で必要なものを引き寄せられるように調整出来るし、逆に何でも引き寄せられるようにできるが、手袋の時はそうもいかないだろう。

 なら、こう……軍手の中でさらに切り替えが出来るようにするか、それとも刻印の範囲を狭めて正確に武器に向けないと引き寄せられないようにするか……悩ましい。

 

「とりあえず……もう少し考えるわ」

「いやいや、待て。俺の武器は?」

「あー……じゃあ使いたい武器、倉庫から持っておいで。それなんとかするから」

「お、おう?」

「学長もなんかいる?」

「今は結構だ」

 

 パンダが選んだメイスに刻印をつけて、その場は解散した。

 

 ×××

 

 入浴時、それは真希の監視の上で両手が解放される数少ない……というか、唯一の時間。まぁ今日は呪具作る時に解放されたわけだが。

 真希と湯船に浸かっている間、要は両手の刻印を小さくしてキンっと浮かせる。

 一緒にいる真希には呪力が見えない為、何をしているのか分からないが、何かをしているのかはわかる上に、要を信用しているので何も言わなかった。

 それよりも、真希には気になることがあったので声をかける。

 

「で、要。なんで急に私に武器なんだよ」

「そりゃ勿論、必要だと思ったからだよ。姉ちゃんにできることなんて、今の所は斬る、突くだけでしょ。人間相手なら殴る蹴るも加わるけど、これから多く相手にするのって呪霊なんだから。色んな相手に対応出来るように、色んな呪具を幅広く使えた方が良いでしょ」

「まぁな」

 

 あと単純に呪具を失ったら呪霊への対抗手段がなくなるから。憂太と最初の任務の時、呪霊に喰われたとき何も出来なかったらしい。

 

「ていうか、呪具を作る作らないは置いといても、真希姉ちゃんってちゃんと武器持ててる?」

「あん?」

「いつもトレーニングの時は薙刀しか見ないから」

「まぁ……あんまり持ち歩かねえな」

「背中にサブマシンガン背負ったり、袖の中に短刀入れたり、靴の先端から刃を出したりとかすれば良いのに」

「まぁな。けどそういうのやんのにコストがバカになんねえんだよ。今はスカートの中に暗器を考えてるけどよ」

「あーそっか。でもそれ経費で落とせないの?」

「私、四級の上に学生だぞ。呪具だって安いもんじゃねーし、簡単にいかねーよ」

 

 そっか、と要は顎に手を当てる。そういえば、夏油一派でも口うるさいおばさんから刀をやたらと使うなって怒られていたことを思い出した。

 

「そっか……」

 

 顎に手を当てた要は、少し考え込む。つまり、早い話が金があれば良いという事なのだろう。

 まぁ、それは自分に任務が回ってきた時に考えるとして、とりあえず今は指摘された点だ。一つの手袋と複数の武器で細かく引き寄せられるようにする。

 そのためには、刻印に少し改造を施す必要があるのだろう。

 再び、Sの刻印を出し、目の前に浮かせる。そして、反対側の手からもNの刻印を出した。それも、かなり小さい奴。

 

「てか、さっきから何してんだ?」

「実験」

 

 答えながら、要はSの文字の上の丸の中央に、Nの刻印を添える。二つの合体した刻印を、とりあえず目の前にあった真希の左鎖骨より下の部分に付与した。

 その後で、さらにNの刻印を、今度は標準サイズのN刻印を出す。そこに、同じように縮めたSの刻印を出した。

 そして、Nの斜線の上に刻印をそっと添えた。

 

「よし……これで……真希姉ちゃん、手貸して」

「あ? こうか?」

 

 その手に、刻印をつける。直後、刻印はキンッと反応し、真希の手は鎖骨の下辺りに引き寄せられる。

 

「よっし! まず第一段階!」

「……おい、何してんだ」

「まだ仮説の段階だ」

「カッコつけてんじゃねーよ。いいから言え。人の胸をいじりやがって」

「え? あ、ごめん……たまたま目に入ったから」

「つまり、お前風呂の時になると私の胸をまず見るってことかよ?」

「え……あ、い、いや……」

「すけべ」

「うっ……」

 

 ゴフッと吐血しそうになった。反論出来ない上に、姉にすけべと言われたのが予想以上のダメージだった。

 少し腹たったので、要は普通に術式を起動した。真希の両掌を、両胸に当たるように縫い付けて。

 

「あっ、てめっ……!」

「自分の胸を揉んでどうしたの? 今更恥ずかしくて隠してるの?」

「テメェが勝手にやったんだろうが!」

「え、何を?」

「この、ガキ!」

「うぶっ……⁉︎」

 

 直後、真希は自身の姿勢を下に崩して、水面から両足を伸ばし、脹脛で要の顔面を挟んだ。

 完全に油断していた要にクリーンヒット。何がクリーンヒットって、目の前に広がる女性のそれだ。

 

「ま、まひねえひゃん……!」

「テメェ、これ解けコラ!」

「いや、あふぉ……もうふこひ……恥じらひを……!」

「ああ⁉︎ このまま締め落としてやろうか……」

「ぐはっ」

「あれ、思ったより気絶すんの早……というか、鼻血やば……」

 

 鼻血とともに失神した。そのままダウンした要から足を離す真希。なんだかよく分からないが、失神したならまぁ良いか、と思って手を動かそうとしたが、甘かった。

 何せ、要は術式を鍛えたこともあって、気絶しても術式は解けないようになったからだ。

 

「はっ⁉︎ ちょっ……おまっ、離っ、起きろコラァッ!」

「ぶくぶくぶく……」

「ていうか起きないと死ぬぞお前! どうすんだこれ⁉︎」

 

 結局、起きるまで20分かかってのぼせかけた。

 

 ×××

 

 翌日、今日も修復作業とトレーニングを終えた後に、呪具作り。悟と真希が見ている前で、昨日のお風呂の時にやったことを試してみる事にした。

 要するに、自分のSの刻印の中にNの刻印、そしてその逆を全く同じ場所に埋め込むのだ。

 それにより、ピッタリ接合する刻印同士のペアを作れば、引き寄せられるもの同士を差別化させられるのではないか? と考えたのだ。何せ、ピッタリ接合しないと反発し合うから。

 

「なるほどね。賢い」

「でしょ?」

「昨日、やってたのはそれかよ」

「そう」

 

 今回はメガネをかけたので視界が視認できる真希が声を漏らす。

 すると、マスクをおろした悟が自分のチートその1とも呼べる瞳を解放する。

 

「でもそれ、うまくいくの?」

「いかせてみせよう、ホトトギス」

「僕も三人の中じゃ秀吉が一番、好きだけど、そういうんじゃなくて。それだと、その小さくした方の刻印がくっつくだけで、大きい方の刻印はズレてくっ付きあっちゃうんじゃない?」

「……じゃあ、大きさを変えて小さいのを二つ中に格納すればどうだ?」

「そこから先はやってみてからじゃないと分からないかな」

 

 とのことで、さらに要は一つ小さな刻印を追加して、武器に付与させる。大きさも位置もミリ単位で調整し、それを武器庫の薙刀につける。

 そして、それとは真逆の刻印をとりあえず軍手に着ける。それと同時に要は軍手をつけて、呪力を軍手に込めた。直後、薙刀は動き出し、要の手元に飛んでくる。

 しっかりとキャッチングし、手元で軽くクルクルと回して構えた。

 

「よし……まずは昨日のとこまで」

「で、その次は?」

「小さい方の刻印の大きさを変える。これを薙刀の近くに置いて、どちらが引き寄せられやすいかを探る」

「ふーん……で、真希が使えるようにするにはどうすんの?」

 

 悟が言っていることは、呪具の起動条件。呪力を通さないと引き寄せられない。それは当然だろう。そうでないと、常に引き寄せられっぱなしになる。邪魔な時に呪具を手放せなくなるのだ。

 

「それはー……今考えてるけど、この俺の拘束具がヒントになるんじゃないかなって。どうやって呪力を堰き止めてるのか知らないけど、それを止める方法があるなら、手袋の方でマニュアル操作して呪力を流したり止めたり出来ないかなーって考えてる」

「なるほどねー。でもそれ無理だよ」

「え?」

「相手の術式や呪力を相殺するのはそんな簡単じゃない。この前の黒人が持ってた縄も、あれ何十年もかけて作った特別な呪具らしいし」

「えー、頑張ればなんとかならない?」

「なりません」

 

 周りにその手のことを割と簡単にする人がいたから知らなかった。……まあ、確かに冷静に考えてみれば、そんな物がポンポン作れたら悟も最強ではないし、当たり前と言えば当たり前だが。

 つまり、早い話が真希では獲物を引き寄せることすら出来ないかもしれない。

 

「じゃあ、他の手段を考えるかー……」

「良いけど、僕あんまり時間取れないよ。一応、監視役が必要だから」

「いや、しばらく考えるからいいよ。またやりたい時に呼ぶから」

「はいはーい。じゃ、真希。鍵してあげて」

「おう」

 

 そのまま片手を拘束してもらい、呪具の倉庫を後にした。

 

「じゃあ、私もトレーニングに戻るぞ」

「うん。付き合ってくれてありがと」

「お前は来ないのか?」

「今日はちょっと調べ物するから」

 

 それだけ言って、要は片手のみになった刻印を叩きつけるように地面に使い、反発させて空を飛んだ。

 

 ×××

 

 それから、約一週間が経過した。ここ最近、呪具作りのおねだりに要が現れなかったので、悟は少し気が楽だったりする。あの時間、監視しかしないから割と暇だったりする。

 まぁ、別に生徒が進んで助けを求めてくるなら、協力するのも嫌ではないのだが。特に、彼は自分が面倒を見ている名家の親戚であり、同い年だから。

 そんな風に思っていると、噂をすれば、という奴だろうか? 悟の元に要と真希が現れた。

 

「五条、許可くれ」

「はいはい。じゃあ行こっか」

「悪ぃな、毎回毎回」

「いやいや、僕はいつでも生徒思いのナイスガイだよ? 気にしなくて良い」

「そうかよ」

「で、要。呪具の倉庫で良いの?」

「や、科学室みたいなとこない?」

「「は?」」

 

 二人の声がハモった。

 一応、悟が連れて行ったのは理科室。教養科目も教えているので、こういうものも用意してあるのだ。

 さて、その場所にて、悟にも真希にも理解できない光景が繰り広げられていた。

 要が作っているのは、手袋とかそんな次元ではない……ギリギリマイルドな表現をすると指抜きグローブ。少しゴッツくて厨二臭いが。

 電線やら何やらが繋がれていて、手の甲に当たる部分には早押しクイズのボタンの下部のような土台が付けられていた。

 なんか……とても呪術と関係あるようには見えない真逆のメカメカしい光景に、思わず真希は聞いてしまった。

 

「……何してんの?」

「しっ、集中してるから黙って」

 

 そう言うと、要は鉄の棒のようなものを取り出す。先端が斜めに互い違いに削れていて、バランスの悪い平方四辺形のようなそれの、斜めの部分に刻印をつけると、それをグローブの甲の上の土台に乗せる。

 土台の内部に乗せる。すると、既に内部には刻印が敷いてあったのか、反発に反発を重ねて、フィンフィンフィンッと音を立てて回転し始め、発光した。

 それと同時に、鉄が中の鉄の突起に当たって火花を散らし始める。

 

「よし……!」

 

 そして、すぐに透明の蓋を閉じる。あの蓋……悟の目にはすぐにわかった。要の呪力が込められている。それもかなり。

 それと同時に、カバーの蓋には鉄の棒とは違う方の刻印が刻まれている。それを、カチッという音が鳴るまで当てると、発光は止まり、音も止んだ。

 

「よっしゃ……!」

「おい、なんだよこれ」

 

 要がガッツポーズし、真希が尋ねる横で、悟は思わず舌を巻いた。あの手袋の甲の部分……あそこには、呪力が霧のように溜まっている。おそらく、ボタンを押せば、中の鉄が回転し、あの呪力が活性化するのだろう。

 

「姉ちゃん、はい。つけてみて」

「ん、お、おお……」

 

 とりあえず片手の分だけつける真希。サイズもちょうど良く、ぴったりつけた。手のひらの刻印は今は出ていない。

 

「ボタン押して」

「ん」

 

 押すと、手の甲が発光し始めるとともに、ファンフィンフィンッと甲高い音を立てて始め、そして手のひらに「S」の刻印が刻まれた。

 

「……!」

 

 その隙に、要は近くにあったドライバーにNの刻印をつける。

 

「姉ちゃん」

 

 声をかけられてドライバーを放られたので、反射的にそのドライバーに手を向ける。すると、その手元にドライバーが回転しながら飛んできて、キャッチした。

 

「おっ」

「よっしゃあ!」

「すごいな……」

 

 悟も驚いている。つまり、要は見事に呪力がほぼない真希でも自身の呪具が使えるようにしたのだ。

 ……が、気になる点がひとつだけある。

 

「なんで光らせたの?」

「これ光るのって真ん中の磁石が回転して発電してるんだよね。だからこれに込められてる呪力が減ってきたら回転も弱まって、発光が小さくなるようになってる……てか、それしか出来なかった」

「……ふーん、なるほどね。ちなみに、これ一週間で完成させたの?」

「そうだよ」

「工学得意なの?」

「いや、勉強した」

「……」

 

 姉のためなら本当にとことん本気な弟だ……と、軽く引いた。呪術師が工学の勉強とか、ちょっと何言ってるのかわからないまである。

 まぁ、確かに傑も賢い子だとは言ってたが……ちょっとここまでだとは思わなかった。

 

「ねっ、ねっ。どお? 姉ちゃん!」

「ああ。こいつは助かる。……まぁ、実際戦闘中にボタン押したりとかの隙があるか分かんねーから、使い勝手は実戦で試すしかねーんだけどな」

「早速、早く武器選んで、それに俺が刻印つけて、それで乙骨殺しに行けば?」

「いや殺さねーよ……それより、悟」

「え、僕?」

 

 なんで急に? と思ったのも束の間、少しウズウズした様子で真希は悟に声を掛ける。

 

「ちょっと……このまま、何か殴ってみてーんだけど……」

「え、ど、どうしたの真希姉ちゃん? 殴るなら乙骨にしたら?」

「良いけど……じゃあ、机は?」

「良いのか?」

「うん」

 

 とりあえず、機材が置いてある机は避けて隣の机に歩く。

 悟の目には見えていた。真希の左手に込められている呪力は、おそらく要が適当に込めた程度の呪力だが、それ故に一日は稼働させられるほどのものが込められている。

 その上、電気が絡み合って呪力が若干、稲妻を帯びている。それに追加し、真希自身の肉体のインチキパワー……その状態で、真希は手首のスナップを軽く利かせて机を殴った。

 直後、机全体に亀裂が走り、砕け散った。

 

「え」

「わぉ……」

「……これ、このままで殴った方が強くね」

「……」

 

 とんでもない……おそらく偶然なのだろうが、なんかすごいものを発明したものだった。

 まぁ、なんにしても、今の真希になら使いこなせるかもしれない。あの夏油傑が遺した特級呪具……使うものの膂力に左右される力に依存した三節棍が。

 

「真希、僕からも良いものをあげるよ」

「あ?」

「ちょうど術式が付与されてないからね。要の刻印もすんなり受け入れるんじゃない?」

 

 そう言って、一度悟はその場を後にした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。