禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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夏油一派に加入した順番は、完全に私の「なんかこんな感じな気がする」と言った感じです。


家族(偽)編
心の支えが遠くにある程、執念深さは増していく。


 傑が住処にしているのは、とある宗教団体の元拠点。つまり、宗教団体を壊滅させて乗っ取ったわけだ。ここで、金と呪いを集める。

 

「そんなわけで、新しい家族だよ。美々子、菜々子、ラルゥ」

「ほ、ほんと……?」

「どんな人?」

「あら、楽しみね」

「聞いて驚け、なんと……御三家が一つ、禪院家の禪院要くんだ!」

 

 それを言われて、遅れて扉から要が入ってくる。もちろん、サングラスを付けたままだ。

 

「……なんでサングラスなんですか……?」

「ガラ悪い……」

「コラコラ、新しい家族になるんだからやめなさい。あなた達」

「お前らこそ、バカとインキャと変態っぽい」

「「「は?」」」

「はっはっはっ、3人とも早速、気が合うようだね」

 

 一体どこを見てそう判断しているのか……と、誰もが思う所だが、無視して要はジロジロと三人を眺める。

 

「こいつら、全員呪術師?」

「全員……というわけでもないが、みんな術式は持って生まれている。猿を私の家族と呼ぶはずがないじゃないか」

 

 家族として迎えると決めた今、もう傑は自分を偽る事はしなかった。この少年、まだ何か隠しているような気もするが、家族なのだから疑うのは良くない。いずれ、心を開いてくれるのを待つしかないのだ。

 

「……ふーん。で、どれが誰?」

「彼女が美々子、その隣が菜々子、そしてその隣がラルゥだよ。仲良くね」

「夏油様がそう言うなら……あたしは良いですけど……」

「うん……私も……」

 

 それを聞きながら、傑はすぐに要の背中に手を当てた。

 

「じゃあ、要。一先ず、寝ていなさい」

「え、なんで?」

「まだお腹の傷が塞がっているわけでもないだろう? 無理はいけないよ」

「……まぁ良いけど」

 

 それを話すと、さっきの部屋に戻るように促す。

 

「ラルゥ、すまないけど、奈々子と美々子と一緒に彼の洋服を買って来てあげてくれないかな?」

「構わないわよ」

「えー。なんであんな奴の為にー?」

「奈々子、文句言わない……同意はするけど……」

 

 出会った時の態度が最悪だったからだろう。少なくとも奈々子と美々子からの印象は最悪だった。

 その為、傑は二人の前に腰を下ろし、両手を頭の上に乗せてあげる。

 

「彼……ちょうど二人と同い年なんだ。ずーっと、親に虐められていてね……お腹の傷も、彼の親族に刺されたものだ」

 

 それを聞くと、素直な二人は少しだけ目を丸くする。自身の境遇と似ていると思ったのか、同情とは言わずとも、何か思うところがあった。虐待、決め付け、説明出来ない力や自分達には備わっていない能力を目の当たりにすると、弱い者達は蓋をして鍵をかけて忘れたがる。

 もしかしたら、彼も同じ目に遭ってきたのかも……とか思ってしまったり。

 

「……だから、仲良くしてあげて欲しい」

「……わかり、ました……」

「私も……」

「うん、良い子だ。じゃあ、玄関で待っていなさい」

「「はーい」」

 

 素直に従う女の子二人……それを眺めて手を振っている自分に、ラルゥが声を掛けてきた。

 

「今の話、本当なのかしら?」

「本当だよ。禪院家だし、そこで刺されている。本人にも確認を取った」

「信用出来るの?」

「私は信用する。家族になり、彼に家族と思って貰うためには、まずこちらが信用しないといけない」

「……」

 

 子供ながらに賢しい点を、あの僅かな問答で見抜いたのかもしれない。まだ8歳か7歳くらいだろうか? それまでの間、よほど誰も信用しないで生きてきた結果だろう。

 禪院家の悪い噂は呪術界で普通に広まっているのですぐに理解した。確かにあそこで敵ばかり作っていれば賢くもなる。

 それ故に、ラルゥは片眉を上げて傑に聞いた。

 

「……もし、私達家族に仇なすために来た存在だとしたら?」

「その時は、私が止めるさ。彼をここへ招き入れた、私の責任だからね」

「そう……流石ね」

「さ、よろしく頼むよ。私は私で、彼の事を見ておかないといけないからね」

「ええ、わかったわ」

 

 ラルゥを送り出し、傑も一度、要を寝かせていた部屋に戻る。しかし、中に要の姿は無かった。

 

「……おや」

 

 何処へ行ったのか気になりはしたが、不思議と身体を動かす気にはならなかった。

 ラルゥの言うことも一理ある。彼は賢い。それに、何か目的がある。禪院家への復讐以外にも。それ故に、隠している事だってあるだろう。

 だが、それでもまだ小学生くらいの年齢だ。今からでも、せめて禪院家以外の良い術師には心を開いてくれるようになって欲しい。こんな風に、部屋に戻って寝てて欲しいのを無視し、拠点の中を物色するような事はしないで。

 まぁ、別に見られて困るものなど有りはしないのだが。

 

「……」

 

 まぁ、彼の場合は長期的に馴染んでもらうしかない……そして、馴染んでもらうまでの期間は、彼に気付かれない程度の警戒を続けなければいけない。気は進まないが、家族は要だけではないのだ。他の家族にまで被害が及ぶ事は許されない。

 そう決めて、とりあえず彼を探す。まずは、向き合うことだ。

 すると、ふと目に入ったのは、半開きになった襖。そこは書庫だ。

 

「ふふ、こんな所で悪巧みかい?」

「うわ、もう見つかった」

「寝てないとダメじゃないか。まだ安静にしていないと危険だよ」

「本読んでるだけじゃん。安静でしょ」

「……何を読んでいるのかな?」

「これ、あんたが書いたんでしょ」

 

 それは、傑が用意した呪力についての本だった。穴を開けて、紐を通しただけの簡易的なもの。これは、菜々子と美々子の為のものだ。

 

「何故そう思った?」

「あんたの言う理想には、高専を落とすのは絶対条件でしょ。なら、それに備えて戦う術を、家族に授けないわけがないから。一緒に、自分達の世界を作るためにね」

「ふふ、その通りだよ。……やはり、君は賢いな」

 

 あの瞳を持つ時点で薄々、勘づいてはいたが、あの少年は後程、自分達の切り札となりそうなものだ。まだどれ程の実力を誇るのかは分からないが、自分が鍛えれば対術師に対しては特に強くなりそうなものだ。

 

「要、もし良かったら、君も一緒に鍛えようか?」

「……鍛える?」

「そうだよ。言ったろう? 私は特級呪術師だ。一応、術師の中ではトップ3に入る存在だよ」

「いい」

「え……い、いい?」

「もう誰かに鍛えられんのはゴメンだ。テメーのことはテメーで育てる」

 

 そう言うと、傑が作った資料を本棚に戻し、立ち上がった。

 鍛えられる、という事は、禪院家では誰かと修行していた、という事なのだろうか? あの家は才能大好きだし、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 しかし、となると何故、捨てられたのかが疑問だ。いや、今ので何となく察しはしたが……。

 

「……もしかして、君を刺したのは……」

「そう、クソ親父だよ。張り切って俺を育ててた癖に」

「…………そうか」

 

 これは、いよいよもって簡単に家族と認めてはくれなさそうだ。というか、確かに愚かなのは非呪術師に限った話ではないのかもしれない。呪術師の中にも、愚かな者は多くいるということだろう。

 いや、今はそんなことよりも、だ。まずは彼の事だ。傑は要の肩に手を置くと、微笑みながら告げた。

 

「……今の君には、私の言葉などまだ響かないかもしれない……が、言わせて欲しい」

「俺を裏切る事はない、って?」

「私だけではない。私の家族も、だ」

「そうか。そりゃ安心出来る」

「少しずつで良い。私や他の家族達にも、心を開いてくれると嬉しいな」

「はいはい」

 

 やはり、ほとんど流されている。まぁ、言葉なんて彼には通じないのはわかっていた事だ。

 

「……とりあえず、今は休んで」

「はいはい」

 

 そう言うと、要を寝室まで運んだ。

 

 ×××

 

 布団の中で、要はしばらく目を閉ざす。あの資料に載っていた事はほとんど、自分も知っている事ばかりだ。腐っても御三家のようで、禪院家の指導とほぼ変わらない。

 とはいえ、面白いのは教えの方向。禪院家ではとにかく術式を高めるように教わったが、傑が用意した資料によると基礎的な呪力操作を洗練させた方が余程、術師としては厄介らしい。

 そして、それ以上に面白かったのは「黒閃」の存在。狙って出せる術師はいないらしいが、そんな事よりも「それを経験した術師は、呪力の核心に近づく」という点。

 これら二点を兼ね合わせて、自分を鍛える方向性が決まった。基礎と黒閃……この二つを重点的に鍛え込む。そう決めた。

 

「……待っててね。真希ねえちゃん、真依ねえちゃん……」

 

 そう呟くと、少しだけ涙が流れる。しばらく……どれくらいの別れになるか分からないが、会えない。それは数日とかそんな修学旅行レベルの話ではなく、年単位での別れだ。

 寂しい……が、弱音を吐くわけにいかない。ギュッと下唇を噛み、涙腺を止め、布団の中で額を殴る。

 二人を助けるには、強くなるしかないのだから。

 そう呟き、一先ず目を閉じた。

 

「夏油さまー!」

 

 が、喧しい声に扉を気持ちよく開け放たれて、思わず目を開けてしまう。この声……あの歳が近い女二人だ。

 

「あれ、いない……ていうか、あいつが寝てるだけじゃん」

「菜々子……寝てる人いるなら、静かに……」

「別に良いでしょー私、こいつ嫌いだし。夏油さまが仲良くしろって言うならするけどさー」

「だからって……わざわざ、喧嘩売るようなことしなくて良い……」

 

 二人とも自分のことが嫌いなようだが、自分も二人は嫌いだ。というか、呪術師が嫌いだ。今は我慢しておくが、仲良くするつもりはない。

 

「なんか用?」

「うわ、起きてた」

「……お洋服、買って来た……」

「……サイズはどうしたの」

「なんかラルゥが目分量で測ってたけど?」

 

 何それ怖い、と思いながら、とりあえず身体を起こした。買ってきた、と言ったが、お金の調達とかはどうしているのだろうか? 

 

「……服って……お前ら、金はどうしてんの?」

「決まってんじゃん。お金はお金を持ってる猿から掻き集めてる」

「……ついでに、呪いも呪いを集める猿から……」

「……呪い?」

「は? あんた知らないの? 夏油さまの呪霊操術」

「呪いを取り込んで……自分の、下僕に出来る……」

 

 なるほど、と理解した。もう既に傑は決戦に備えているらしい。手数はあればあるほど良い。何人、呪詛師を集めても、高専の呪術師には敵わないだろうから、さらに呪いで数に数を重ねるつもりなのだろう。

 流石、特級呪術師と言った所か。

 

「ふーん……便利だな」

「それよりも、服。お礼は?」

「どうも」

「心がこもってないんですけどー?」

「……」

 

 やはり、面倒臭い。一々、恩着せがましい奴だ。叩き潰してやろうかと思い、術式を使おうとした……が、隣の美々子が諌める。

 

「菜々子……恩着せがましいのはダメ……」

「美々子、ほんと真面目だよね」

「これが普通……菜々子が、喧嘩腰過ぎ……」

「だってムカつくし」

 

 まぁ、今はとりあえず喧嘩するのはやめておいた。信用させるために、無駄な争いは避けておきたい。

 

「とりあえず、服はここに置いとくから。じゃ、行こ。美々子」

「ん……」

 

 出ていく二人。何となく、今後の傑の方針が見えてきた。今後は、とりあえず決戦に備えて呪いと仲間を揃えていくつもりだろう。

 なら、こちらもありがたい。その呪いの収集を自分も手伝わされるのは間違いない。そこで戦い、経験と実力を底上げする。その際、なるべく強い呪いと戦闘し、黒閃を一度で良いから発生させる。それと同時に、信頼を取り入れる。

 そして、その決戦の日……つまり夏油傑が自ら動く必要が出てきた時、自分もようやく派手に動くことができる。

 その時が来るまで、自身を鍛える事にした。

 

 ×××

 

 さて、要が夏油傑の元に来て、約二年が経過した。新たな家族「菅田真奈美」と「祢木利久」も加わり、少しずつ賑やかになってきていた。

 さて、そんな中で傑は正直、舌を巻いた。要の実力はメキメキと夏期講習後の受験生のように伸びた。流石、禪院家の息子……と、思うと共に、少しだけその才能が恐ろしかったりもする。

 既に、もう実力は二級術師レベル。収集してきた呪霊も、中々使えるものが多い。

 何が困るって、まだ実力を隠していそうな点だ。彼から術式については聞いた。磁石の「S極」と「N極」の刻印を物体に付与し、手元に引き寄せたり、或いは反発させたりする。刻印が付与された物体は呪力も籠るので、威力も上がる。

 ……が、どうもそれだけではない気がする。まぁ術式を隠すのはある意味当たり前でもあるので、深くは追及しない……というより出来ないが。

 戦力としてはありがたい。それこそ、もし今、自分が欲しいと考えている呪具が手に入らなかった場合のサブプランとして、五条悟の足止め役も出来そうなものだ。

 とはいえ、だ。

 

「要、あんたいい加減にしろ! 何度も何度も同じこと言わせんな!」

「……また、活動のお金……使い込んだ……」

「別に良いでしょ。ちゃんと役に立つもん作ってやってんだから」

 

 もう少し双子の姉妹とは仲良くして欲しいものだ。

 役に立つもの、とは要の術式を利用して作った呪具、グローブと刀やら鈍器やらなど様々。その呪具を投擲したら、本人の意思次第で手元に引き寄せられるものだ。

 強力だし、グローブさえつければ誰にでも使えるが、これで作ったのは50本目である。

 

「お前らにも使用許可を出してやってのに、なんでそんな文句言うの」

「作りすぎだって言ってんの!」

「刀とか、結構高い……」

 

 そんな風に怒られても、要はどこ吹く風。ジロリと睨み付けると、ギュッと菜々子の足の甲を踏みつける。

 

「てめっ……!」

 

 頭にきて殴りかかってきたが、ぬるりと回避して天井にジャンプして触れる。その天井に出来たのは、Sの刻印。まさか、と菜々子が思った時には遅かった。グンッ、と踏まれた足のNの刻印が反応し、身体が真上に持ち上げられた。

 

「菜々子……!」

「っ、ざっけんな! これ下ろせコラ!」

「やーだー」

「そこまでにしなさい」

 

 これ以上は止めないわけにはいかない。傑が間に入った。

 

「要、下ろしてあげなさい」

「いくらで?」

「……また新しい呪具作って良いから」

「……チッ」

 

 舌打ちすると、術式を解いた。直後、天井から菜々子は落下する……それを、傑が背中と膝の裏を抱えてキャッチする。

 

「大丈夫かい? 菜々子……」

「っ、は、はひ……」

「菜々子、ズルい……!」

「ふふ、後で美々子もやるかい?」

「やる……」

 

 なんてやってるのを無視して、いつの間にか要はいなくなっている。それに気づいた傑が、頭の中で控えめなため息をつく。

 要と上手くいっていないのは、自分とラルゥを除いて全員そうだ。というか、傑とラルゥだって、別に仲が良いわけではない。喧嘩をしないだけだ。

 元々、仲良くする気がない様子の要だが、その上にここ最近は単独プレーも増えた。一人で拠点を抜け出し、何をやっているのか知らないが呪霊を多く引きずって持って帰って来る。

 貢献はしている為、文句を言えないのが現状だ。

 

「菜々子、美々子……要は嫌いかい?」

「きらーい」

「……私も、苦手ではある、かも……」

「……そっか」

 

 おそらく、彼が育ってきた環境が自分達に似ているとわかった上でのセリフだろう。つまり、それを差し引いても嫌いということだ。

 まぁ、気持ちは分かる。多分、自分も彼と同い年くらいなら嫌いになっているだろう。

 

「じゃあ……家族から、追い出したいとは思うかい?」

「……別にー、そこまでじゃないケドー」

「私も、その……それは、嫌……」

 

 嫌、というより、そこまで冷徹にはなれないのだろう。他人と違う力や才能を持つが故に迫害される気持ちは、よく分かるから。

 

「……そっか」

 

 それを聞いて少しホッとした。ならば、話は早い。ほんの少しきっかけがあれば、せめて嫌い合うほどではない仲になれるはずだ。

 ちょうど良いことに、そろそろ海外に飛ぼうと思っていた。

 

「よし……では、旅行に行こうか」

「え、ほんと⁉︎」

「ど、どこへ……?」

「アフリカだよ。なんでも……そこに、面白い呪具があるみたいでね」

「アフリカ……?」

「ボランティア、ですか……?」

「いやいや……まぁ、ビジネスだよ。その間、三人は自由に観光でもしていると良い」

 

 それを言うと、美々子と菜々子はピシッと固まる。今の話の流れと「3人」という言葉で嫌な予感がしたのだろう。

 それは当たりだ。何故なら、行くのは傑と菜々子と美々子と後1人、誰かいる。二人が苦手としている人物だ。

 

「え」

「それって……」

「そう。要も一緒に連れていくよ」

「ええー!」

「……や、やだ……」

「言葉も通じない異国の地に行くんだから、ちゃんとみんなで協力するように」

「「……はーい……」」

 

 仕方なく、二人とも頷くことにした。

 

 ×××

 

 さて、その頃。一人で先に部屋に戻った要は、自身で作った呪具を倉庫に置きに行った。

 これらも全て、修行の一環。基礎の特訓をしながら、自身の術式について理解を深めるために色々試して見つけた新たな用途だ。

 呪具に込めた呪力量によっては、今把握している限りの距離で、一キロ先からでも手元に引き寄せられる。当然、こちらに呼び寄せるのにワープさせるわけではなく、直線で移動する必要があるから、それなりに時間はかかるが。

 とはいえ、まぁ要は別に刀を使って戦うつもりはない。本当に実験の一環だ。

 なんだかんだ、もう二年。こうして一人でいると、やはり気になるのは真希と真依の事。あの二人は大丈夫だろうか? と心配になる。雑用係ではある為、わざわざそれを殺すようなことはしないだろうが……。

 本当なら、少し様子を見に行くくらいの事はしておきたい。だけど、万が一生きていることがバレたら、そのうち「お前が死なないと姉を殺す」とか平気でやってくる一家だ。親族相手に何してるのか、あのカスども。

 とにかく、今は下手に存在を知られない方が良い……そう決めて、とりあえず我慢する事にした。

 

「見つけたわよ。要」

 

 そんな中、背後から声を掛けられる。振り向くと、そこにいたのは一人の女性。色っぽいドレス姿で声を掛けられる……が、要はすぐに刀を入れてある倉庫に視線を戻し、近くにあるハンマーを手に取る。

 その、あからさまに挑発するようなシカトを見て、真奈美はイラッと眉間にシワを寄せる。

 

「聞いてるわけ? 目上の人間が話しかけている時はこちらを向きなさい」

「誰が目上?」

「私よ。分かりきっていることを聞かないでくれる?」

「なんでお前が俺の目上なわけ?」

「私の方が歳も上だし、資金面の管理とか全て夏油様に任されているもの」

「それ、非呪術師と同じ尺度で上下関係決めてるよ」

「……なんですって?」

「俺らの大将が望む世界の回り方は弱肉強食でしょ。大人が子供の尺度で説教するな」

「……」

 

 思わず本音をぶちまけてしまったが、こういう子供大人にはうんざりしているのだ。まだ普通に子供である美々子と菜々子の方が話せる。

 さて、この後の展開は手に取るように分かる。ズズッ……と、呪力が背後から迸って伝わって来る。

 

「それはつまり、あんたが私より強いって言いたいわけ?」

 

 ほら見ろ。プライドだけ高いから論点がズレる。

 要は立ち上がると、手元のハンマーを持ち上げ、クルクルと回しながら放り、キャッチする。

 

「そう聞こえなかった?」

「試してあげましょうか」

「いや、いいです。俺にとっては試したことにならないから」

「殺す」

 

 そう決めて呪力が解放された。要は手元のハンマーを適当に放って棚に戻すと、サングラスを外した。光の侵入を許さないような漆黒の闇、それを宿した瞳が、真っ直ぐと真奈美に向けられる。

 術式を持たないとはいえ、おそらく実戦経験豊富である禪院家の露払い部隊、躯倶留隊の隊長でさえ正気を失った瞳が、真っ直ぐ真奈美に向けられる。

 気が弱い……いや、弱くなくとも強くもない者では正気を失いかねない外見に追加し、呪力を感じさせなくさせるおまけ付きのそれが、真奈美を飲み込むように向けられ、震えが止まらなくなり始めていた。

 

「……けっ、ザコ」

 

 そう吐き捨てると、すぐにサングラスを戻した。その要に、まるで特級呪霊でも目の当たりにしているように怯えた表情の真奈美が聞いた。

 

「あ、あなた……何なの……?」

「そんなビビんなくて良いよ。お前が俺を殺そうとしない限り、俺はお前殺さないから」

「っ……な、何を……」

「で、何の用事だったわけ? それとも、用事なんかなくて俺に文句を言う口実が出来たから嫌がらせに来ただけ?」

「……ば、化け物……!」

「そこまでだよ」

 

 ポンッと、そんな中でやたらと落ち着いた声が倉庫内に響く。現れたのは、夏油傑。真奈美の肩に手を置き、落ち着かせるように抱き寄せた。

 

「要、あまり女性は虐めるものではないよ」

「俺がいじめに行ったんじゃない。そいつがいじめられに来たんだ」

「……真奈美も、彼をあまり刺激するのは良くない」

「……申し訳ありません」

「私に、ではない。要に謝りなさい。彼はまだ、小学校で言う四年生の男の子だよ?」

「……ごめんなさい」

 

 全然、反省していない。怖いから、言われたから謝っただけだ。子供と同じ、とすぐに要は見抜く。

 まぁ、別にそんな女どうだって良い。そんな事よりも、傑に声を掛けた。

 

「で、なんか用?」

「君は真奈美に謝らないのかい?」

「あ?」

「家族にその目を見せるのは、私以外にはダメだと言ったはずだよ」

「……」

 

 本当に馬鹿馬鹿しい話だ、と鼻で笑って小馬鹿にする。自分の本当の家族である姉二人は、決して呪術の才能があったわけでもなく、戦闘能力に秀でたわけでもないのに、一度たりとも恐れたことなんてなかった。

 ま、家族とは言うが、結局は他人なのだ。姉弟に勝る関係なんてこの世には存在しない。

 

「家族なのに、素顔を見せちゃいけないんだ」

「……要」

「へーへーすんませんしたー」

 

 真奈美なんかより余程、中身のない謝罪をする要を見て、傑は困ったようにため息をついてしまう。

 そして、それから元々の話に移った。

 

「二人が揃っていた所でちょうど良かったよ。実は、少し旅行に行こうと思うんだ。真奈美には、ラルゥと利久と留守番していて欲しい」

「え、ええ……構いませんが」

「えー……って事は、俺は行くの?」

「勿論だとも」

 

 面倒臭い……とは一瞬思ったし、実際ため息も出たが、傑の事だ。呪霊狩りとかそんなんだろう。だとしたら、未だ黒閃へと至っていない要としては、ちょうど良い話だ。

 

「まぁ良いけど。どこ行くの?」

「アフリカ」

「……は?」

「少し、気になる呪具があってね。可能であれば、手に入れたいと思っている」

「……ふーん、まぁ良いけど」

 

 それは正直、興味ない。

 というか、それよりも自分が勝手に金を使い込んだ事に怒ってきたのにアフリカ旅行なんて大丈夫だろうか? 

 

「金あんの?」

「勿論、飛行機なんて乗らないさ。飛んで行くよ」

「あーそう。うん、まぁそれで良いや」

 

 とにかく、自分の修行になるならそれで良い。そう決めて、とりあえず要は旅行の準備を始めることにした。

 

 


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