禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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子供の成長に遅すぎるって事はない。

「あっづぅ〜い……」

「ほんとに〜」

「冷たい風を出す呪いでも出そうか?」

「夏油、お前マジその袈裟脱いで。見てるこっちが暑い」

 

 なんて話しながら、四人は異国の地に到着した。それは、その広大な他の目的地でもある。

 アフリカ大陸東部……そこで、四人は思わず呟いた。しかし、暑い。本当に暑い。知識としては知っているつもりだったが、この気温は予想外だ。

 

「てか、本当に冷風を出す呪霊がいんの?」

「いるよ。浴びるかい?」

「浴びる」

「構わないよ。ただし、条件を一つ」

「?」

 

 条件? と、片眉を上げると、傑はすぐに告げた。

 

「もしもの時は、二人のことをよろしく頼むよ」

 

 そう言いながら傑が両手を美々子と菜々子の頭に乗せる。それを見て、思わず要は半眼になる。

 

「何、もしもって」

「それはー……ほら、色々だよ。迷子になったーとか、誘拐されそうになったーとか」

「あそう。……ま、良いけど」

 

 要の術式なら、扇から逃げた時の使い方をすれば周りを見渡すこともできる。迷子になった時の対処は確かに可能だ。

 

「ま、良いけど」

「夏油さま! 面倒見るのはあたし達の方だから!」

「そ、そうです……」

「勿論、二人も要をよろしくね」

「「はい!」」

 

 そう話しながら「さて」と傑は声を漏らし、その呪霊を呼び出す。恐竜より遥かに前の時代にいそうな大きいトンボの形をしているが、4枚の羽の真ん中に扇風機がついている。

 そこから、こおおぉぉぉ……と、冷たい風が発生する。

 

「はふぅ……生き返る……」

 

 そんな声を漏らしてしまうが、本当に暑いのだから仕方ない。この地域に住んでいる子供達の気が知れないレベルであった。

 その要の視界にふと入ったのは、美々子と菜々子。その場所から遠くに見える動物の群れを指さしてはしゃいでいた。

 

「うわ、見て! あれ……バッファローの群れ?」

「ほ、ホントだ……初めて見た」

 

 要は、正直あの二人が一番、苦手だった。他の大人達なら、冷たく当たれば大体、想定通りの反応をしてくる為、嫌いでも苦手ではない。何をどう対応すれば自分から離れていくか、すぐに分かるから。

 そこは二人も一緒……だが、まるで当てつけのように姉妹間仲良くする二人を見ていると、無性にムカついてしまう。自分は、姉二人と離れ離れになったというのに。

 

「ライオンとかいないかなー」

「いたら……私達も終わる……」

 

 子供達がはしゃいでいる間にあたりを見回していた傑が、目的の家を見つけたのか、三人に声をかけてきた。

 

「呪具の交渉は私がする。……その間、もし退屈だったら、仲良く観光でもして来ると良い。そのときは、こいつは3人が預かっていて良いよ」

「ていうか、いい加減教えてくれない? 呪具ってどんな奴なわけ?」

「黒縄、だよ。あらゆる術式を相殺し、乱す縄が欲しい」

「……ふーん」

 

 なるほど、そんな便利なものなのか、と理解しつつ、興味は薄れる。何せ、それが置いてある、という場所はこんな古風な文化を重んじているような家に住んでいる民族だ。

 つまり、それだけ作り込まれた呪力を縄に込めているのだろう。自分の術式が介入する余地などない。

 

「俺、少し色々見て回ってくる」

「分かった。……もし戻ってきたくなったら、そいつが私の居場所を教えてくれるよ」

「へいへい」

 

 そう言って傑と別行動をし始める要。その背中を菜々子も美々子もぼんやり眺めていると、傑が二人にも声を掛けた。

 

「菜々子と美々子も、行って来なさい」

「えー、私達もー?」

「……ちょっと、怖い……」

「大丈夫だよ。万が一の時は、要がいる。彼なら、サングラスを外すだけで大抵の人間は追い払える」

 

 それを聞いて、二人とも身震いさせた。家族にもサングラスを取ることを禁止されている要だが、それは一度、菜々子と美々子にも瞳を見せたことが原因だ。

 二人とも恐怖のあまり失禁と同時に失神してしまい、今でもトラウマになっている。

 

「わ、分かりました……」

「行こっか」

 

 そう促され、二人とも要の後に続いた。

 

 ×××

 

「要、待って!」

「何処、行くの……?」

 

 嫌いな相手とはいえ、傑に言われた以上は仕方ない。自分勝手にサクサクと前に進む要を慌てて追っていた。

 

「何処って、何処でも良いでしょ。てか、なんで追ってくるわけ?」

「夏油さまが仰ってたでしょ」

「一緒にいろ、って……」

「真面目か」

「真面目とか、そういう問題じゃないから」

「夏油さまが仰ったことは、全部正しい……」

 

 言われて、要は小さく舌打ちする。その態度に少しムッとする菜々子だったが、それを察した美々子がグッと堪えて先に口を挟んだ。

 

「とにかく、観光なら……一緒に……」

「……勝手にしろ」

 

 要はそう吐き捨てると、呑気に歩いて自然の方へ向かう。野生動物が多くいて、日本では絶対に見られない風景だ。

 

「おお……めっちゃいる、動物……ね、写真撮らない?」

「良いね……撮ろう」

 

 菜々子がデジカメを持って自撮りをするように構え、美々子もその隣に並ぶ。

 そんな中、美々子の視界にふと入ったのは、自分が映らないように一応、配慮してくれたのか……いや、単純に背景の一部にもなりたくなかっただけか、デジカメの反対側にいる要の姿だった。

 その表情が、何処か寂しそうにも見えた気がして。その寂しさが何処に向かっているのか分からないが、とにかく空を眺めている。

 

「じゃ、撮るよ〜」

「待って、菜々子……」

「えー、何?」

「要も、来て……」

「あ?」

 

 呼ばれて、要は片眉を上げる。

 

「は? 美々子、あんた何言ってんの?」

「……夏油さまの、命令……」

「えー、嫌なんですけど」

「俺も嫌だ。あいつの命令は一緒にいろってだけで、3人仲良くする必要はないでしょ」

「……じゃあ、3人一緒にいた、証拠……」

 

 我ながら上手い返しをした、と、美々子は少しドヤ顔を浮かべた。それが異様に腹立たしかった要だが、否定はしなかった。

 

「……一枚だけだ。あと、日本に戻ったら消せよ」

「ええっ⁉︎ あんたまで何言ってんの!」

「菜々子……文句言わない」

「はー? マジ仕方なくだかんねー……」

 

 全力で気が進まない様子を見せながら、とりあえず三人で横に並ぶ。

 

「じゃあ、菜々子……よろしく」

「へいへい。撮るよ」

「……」

 

 なんて話しながら、写真を撮った。デジカメでの自撮りは割と難易度が高いのだが、もう割と手慣れている菜々子は綺麗に三人が映っている上に、後ろにもバッファローがいる写真を撮ってみせた。

 それを見直すと、美々子が声を漏らす。

 

「さすが、菜々子……」

「でしょー? 一人、余計なのが映ってなきゃもっと良かったんだけど」

「は?」

「菜々子、喧嘩売らない……勝てないんだから……」

「勝てないは余計でしょうが!」

 

 それだけ言って、再び三人で歩き始める。他に見つけたのはシマウマ、ヌー、クロサイ、インパラなどの草食動物。これが見えるだけでも絶景だった。

 それでも微妙に三人の中に流れる空気は、何処か重たい。それもそのはず、要がずっと不機嫌そうにしているからだ。

 そんな中、限界、というように声を漏らしたのは菜々子だった。

 

「も〜無理〜。休憩しよ、休憩〜」

「確かに、結構歩いたかも……」

「あっそ。じゃ、俺は先に行くから」

「は? ダメだから。三人でいろって言われたじゃん」

「要……待って……」

「別に、縛りを結んだわけじゃないし」

「てか、これそもそもどこに向かってんの?」

「そういえば……そう」

「ライオン見るために決まってんじゃん」

「は?」

「え?」

「ここまで来たからには、見たいから。俺は」

 

 どうやら、割と要もエンジョイしていたらしい。それと同時に、意外と好みが菜々子と同じレベルな事に驚いてしまったり。

 だが、それでも……というか、それだからこそ少しは休みを入れて欲しい。ライオンなんかに見つかれば、逃げなければならないのだから。

 

「……とにかく、休ませて。一緒にいるように言われてるんだから」

「嫌だね。お前らが困るんなら尚更、俺としてはありがたいし」

「あんた、なんでそんなに家族に冷たく当たるわけ? あんたに何の得があんの?」

「……決まってんだろ。呪術師が嫌いだからだよ」

「……」

 

 そういえばそうだった。彼の家族は日本トップ3の呪術一家……のくせに、その実態は息子の事さえ自分の為に殺そうとするゴミカス集団らしい。

 そんな目に遭えば、呪術師が嫌いになるのも分からなくはない。それでも、と菜々子は続けた。

 

「でも、あんたに意地悪してたのは私達じゃないでしょ」

 

 その返しに、美々子も頷く。全く無関係の自分達がそんな風に意地悪される謂れはない。

 しかし、要は真顔のまま続けた。

 

「じゃあ、夏油やお前らが非呪術師を殺すのも違うじゃん。この世の非呪術師全員に虐げられたわけでもないでしょ」

「っ……そ、それは……」

「そう、だけど……」

「俺は一応、夏油に協力してる。それは、あいつが俺の野望も飲んでくれたからだ。けど、それでわざわざ俺が呪術師と仲良くする必要もない。違うか?」

 

 聞かれて、二人とも何も答えられなかった。ただ黙って俯く。

 それを見て「結果は出た」と思った要は、そのまま歩き始め、仕方なく菜々子と美々子も後に続いた。

 

 ×××

 

「ヘェ……ソレデ、非呪術師ヲ?」

「ええ、そういうわけです」

 

 夏油傑が話している相手は、ミゲルという呪術師。黒人でサングラス姿のその男と話していた。

 

「……面白イ男ダナ、アンタ……実際、コノ国デモ呪術師ノ扱イハ酷イモノダ。オレ達ノ部族ガコンナ原始的ナ生活ヲシテイルノモ、呪術師ヲ忌ミ嫌ウ連中ヲ避ケル為サ」

 

 それを聞いて、傑は呆れ気味にため息を漏らす。本当に非呪術師というのは、何処の国も同じのようだ。そんな猿の為に、呪術師が命を散らすなんて狂った世界だ。

 

「ああ……だから、我々にとって住み良い世界を作る。……そのために力を貸して欲しい」

「OK……ト、言イタイ所ダガ、ソウスンナリ黒縄ヲ渡スワケニモイカナイ。コイツ一本、作ルノニコノ国ノ術師ガドレダケノ年月ヲカケル必要ガアルト思ッテル?」

「やはり、それだけ強力な呪いが込められているわけか……勿論、ダメなら仕方ないと諦める気でいましたよ。無理にとは言いません」

「ダガ」

 

 仕方ないか、と諦めかけた時だ。ミゲルが続きを言うように声を漏らした。

 

「夏油……確カ、日本デトップ3ノ呪術師ダッタナ……?」

「ええ、その通りですよ」

「ナラバ、我々ノ依頼ヲ引キ受ケ、成功サセテクレレバ、長老ニ交渉シテヤッテモ良イ」

「ほう……よろしいのですか?」

「アア、勿論、絶対ニ上手クイク保証ハナイガ……」

「良いでしょう。受けさせていただきます」

 

 それはラッキーだ。是非とも受けさせて欲しい。少なくとも、五条悟を殺せ、なんていう滅茶苦茶な依頼でもない限り、自分に出来ないことなどない。

 

「内容とは?」

「ソノ前ニ、縛リハイイノカ?」

「結構です。私は、呪術師は信用していますので」

「……ホウ。ヤハリ、面白イ男ダナ」

 

 ニヤリと愉快そうに笑みを浮かべるミゲル。普通、呪術師など信用できるものではない。大半が呪詛師になるものなのだから。

 しかし、彼はその常識を外している。自ら信用しないと、信用されない事を知っているのかもしれない。

 もはやそれ以上の話は不要、と言うように、ミゲルは依頼の内容を語った。

 

「祓ッテ欲シイ呪イガイル。オソラクダガ……一級クラスハアルダロウ」

「どのような?」

「コノアフリカ大陸ニ出現スル呪イハ、日本トハ根本的ニ違ウ……何故ナラ、我々ニトッテ恐怖ノ対象ハ、自然ノ中ニ生キルモノダカラ」

「……ほう?」

 

 言われて、少し興味が湧く。なんなら、傑であれば新たな戦力にできるかもしれないからだ。……まぁ、それを取り込まないといけない、と思うと少し気が重くもあるのだが。

 それを表に出さずに、笑みを浮かべながら尋ねた。

 

「では、その呪いとは?」

 

 それを聞かれ、ミゲルもニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ライオンノ呪イ……百獣ノ王ノ呪イガ、常ニ何処カシラヲ駆ケテハ人ヲ喰ライ、新タナ餌ヲ求メテ彷徨ッテイル」

 

 ×××

 

 歩いていると、後ろからぺたんと座り込む音が聞こえる。

 

「もーほんと無理。マジ疲れた!」

 

 その声は菜々子のものだ。何も言わないが、荒れた息を整える美々子も座り込んでいる。

 冷たくあたったが、なんだかんだ傑の信頼を失うわけにはいかない要は、二人を死なせるわけにもいかない。

 仕方なく足を止めると同時に、一緒に呪霊に2人を集中的に涼ませるよう指示を出す。

 

「ほああ……生き返るわー」

「うん……涼しい……ありがと、要……」

「うるさい」

「何その返事」

「憎まれ口が、適当になってきてる……」

「ね、それ私も思った。もしかして疲れてる?」

「ふふ……自分も割と無理してたとか……」

 

 ……分かった。何が苦手か。中身も見た目も何もかもが違うのに、双子の姉妹が仲睦まじそうにしているのを見て、つい重ねてしまうのだ。自分が大好きな姉達と。

 あの二人もいつも一緒にいて、いつも仲良く楽しそうにしている……そんな様子が、たまに自身の脳裏にフラッシュバックした。

 自分が失った光景を、あろう事が自分が嫌いな呪術師が繰り広げている。それが、なんだか胸の奥にやたらと引っ掛かった。まるで、喉に引っかかっている魚の小骨のように。

 

「? 何?」

「疲れたなら……休んだら……?」

 

 なんて声をかけられた直後だった。ふと、要は違和感を覚えた。そういえば、周りにいつの間にか野生動物が全くいなくなっている。

 それと共に感じるのは、やたらと純粋な呪力。一体何処からだ? と、辺りを見回す。

 

「どうしたの? 要」

「……いや、ちょっと……」

 

 二人は感じないらしい。

 この呪力……気配を絶っているが、僅かに感じているのは、隠しているから。相手は呪詛師? いや、それならもっと完璧に消せるはず……つまり、狡猾な呪霊……まるで獲物の隙を伺うような、ハント直前のライオンのよう……。

 一つ言えるのは、かなりやばい相手に狙われているということ。

 両手と両足で術式を起動する。足元に刻印を作ると共に、両手は刻印をつけられるように身構える。

 

「要?」

「黙ってて」

「は?」

 

 油断出来ない……と、思った直後だ。二人の背後から見えた、巨大なライオンの口。一気に頭を食いにきている。

 その直後、要も動いた。両手で座り込んでいる二人の胸ぐらを掴み、刻印を付与すると同時に、足の下に作った刻印に叩きつける。S同士の刻印とN同士の刻印が反発し合い、二人の体は一気に宙へ舞い上がった。

 

「「はっ⁉︎」」

 

 声を漏らした直後、二人は真下を全長三メートルほどあるライオンが、傑の呪霊を食いながら要に突進していく姿が目に入る。

 

「要!」

「嘘……!」

 

 食われた? と思ったのも束の間、小学生の身体の小ささを活かして、真下に潜り込んでいた。

 それと同時に、右手の平の刻印をライオンのボディにつけ、左手の掌底を叩き込む。引きつける力に追加して呪力を乗せた一撃が完璧に入ったはずだ。

 ……だが。

 

【ハバリガニィィイイイイ‼︎】

 

 そのまま体重をかけ、ボディプレスをかましてくる。ズンッという感じた事のない重みが掛かってきて、腕が折れる前に左手の術式を解除、同時に右手のひらを向け、反発させてひっくり返した。

 その間に、一度その場から離れて離脱しようとした直後だ。宙に舞い上がったはずのライオンは、空中で足元に呪力を集中させて起爆、加速してきた。

 

「空中ジャンプ……!」

 

 ヤバイ、と思ったのも束の間、シャッター音の後に、ライオンの動きが止まる。

 

「要! あんま長く止められない!」

 

 菜々子の術式のようだ。その隙に、要は地面に再び刻印を付与。その直後、ライオンはボディから叩きつけられた上に、離れなくなる。

 

「美々子!」

「任せて……」

 

 そう言いながら、美々子は手元のぬいぐるみの首を、縄によって少しずつ縛り上げる。空中のライオンの首にも、同じように縄が巻き付けられ、少しずつ縛られていった。

 ギギギっ……と、縛りながら、とりあえず二人は着地し、要の隣にくる。

 

「お礼はいいから」

「先に助けたのは俺だから。いつまでも気がつかなかったマヌケ」

「でも私の胸ぐら掴んだでしょ。セクハラ」

「せくはら……?」

「え、嘘でしょあんた」

 

 なんて話しながら、要はハッとする。そういえば、なんでわざわざ助けたんだろうか? 今、見捨てたって「なんかやばい呪いに襲われたので」で済む話だろうに。

 ……と、思ったが、すぐ理解した。身体が、敵をかなり強い奴だと理解したからだ。おそらく一人で戦えば殺される、と頭より先に理解し、助けた。

 それ以外にない……と、頷いている時だった。

 

「ご、めん……ふたり、とも……」

 

 震えたような声が、美々子から二人の耳に届く。

 

「この呪霊……強い、とめきれ……ない……!」

「!」

「嘘……!」

 

 二人揃って身構えた直後だ。ライオンの鬣が四方へ伸びて、巻きついた縄を引きちぎった。

 

「!」

「やばっ……!」

「もう、限界……!」

 

 しかし、休む暇はない。拘束されていた獣が解き放たれれば、捕らえる前よりも元気に暴れるからだ。

 

【フ・ジャンボオオオオオオ⁉︎】

 

 咆哮と突進。要は余力を残して回避出来た。仮にも三歳には扇との稽古をこなしていた為、当たり前と言えば当たり前だ。

 ……が、菜々子と美々子はその限りではない。無理、と判断した美々子が、奈々子の肩を横に押した。

 

「え……みみっ……!」

 

 声を漏らした時には、メギッと鈍い音と共に、美々子の身体は宙を舞った。トラックに撥ねられたように真上に吹っ飛んだ後、力無くそのまま真下に落下する。

 地面に衝突する直前、要の呪術で手元に引き寄せ、キャッチする。

 

「……あーあ」

 

 思わず声を漏らす。骨折とかそんなレベルではない。じわっ……と、少しずつ赤いシミが服全体に広がっていく。

 

「美々子‼︎」

 

 その二人のもとに、菜々子が走って来る。手元にあるボロ雑巾のようになった姉妹の姿を見て、思わず言葉を失ってしまった。

 

「っ……う、うそ……みみ、こ……?」

「……」

「お、おきっ……起きて、よ……ねぇ……!」

 

 要は、その正気を失うまでの様子を黙って眺める。何も感じない……というわけには、残念ながらいかなかった。自分の姉達ではないが、それを失ったかもしれない痛みは分かる。

 それ故に、例え嫌いな術師の悲劇であっても、自らの胸の奥を酷く締め付けた。

 仕方ない、と、要はため息をついた。本当は身内にも見られたくない技だが、流石に「奥の手は隠したいから」なんて理由で、全力を出さなくて済む状況ではない。

 

「……菜々子、あのライオン1分止めて」

「え?」

「止血するから」

「そ……そんなことできるの?」

「出来るかも、ってだけ。あんま期待しないで」

「っ、わ、わかった……!」

 

 そう言うと、菜々子はデジカメをライオンに向ける。

 それを横目で眺めつつ、要は美々子の服を裂いて傷口に手を当てた。断面に左右逆に手を当てると、術式を起動。磁石同士が引き合い、傷口をとりあえず塞ぐ。父親に刺された時から、ずっと考えていた使い方だ。

 おまけ、というように、自分のハンカチにも刻印を付与し、お腹に貼り付けた。これでどこまで持つか、だが……まぁそれ以上は分からない。

 

「要、もう無理!」

「じゃあ、美々子連れて逃げて」

「え……あ、あんたはどうすんの?」

「あいつ倒す」

 

 そう言った直後、要はサングラスを外してから、両腕に力を込める。呪力が両腕に込められていくと共に、手の平の刻印が発光する。

 その後、両腕を左右に広げた。それにより出現したのは、右手のひらの前には赤の「N」の文字の呪力のサークルと、左手の「S」の文字が含まれた同じようにサークル。

 その両掌を、前に向けて構えた。まるで、巨大な光の壁のように。

 

【ナ……ウェウェ⁉︎】

 

 サングラスを外し、九眼を開眼したからか、ライオンには見えていない。再び突進攻撃をかましに来て、要が広げた左手のサークルの中に飛び込む。

 それにより、そのサークルで発光している「S」の発光体がライオンを包むように付着した。

 要は右手を後ろに向け、左手の術式を起動。直後、ライオンは後方に大きく吹っ飛ばされる。

 

「っ……な、何それ……⁉︎」

「行け、早く」

「わ、分かった……!」

 

 美々子を連れて、菜々子は走って元来た道を辿る。それに視線を向けることなく、要は両手のサークルを向けて構える。

 掌のサークル……基礎練を続けたことで見えたのは、自身が触れないと付与できないと思っていた、手の平の刻印。

 だが、よーく見ると付与する直前、手の平から発射されているのが見えた。

 つまり、こいつを応用して大きくしたり、前に飛ばしたり出来れば、触れずとも相手に刻印を付けることができる。

 まだ発展させようがあるが、今は広げるだけが精一杯。まぁ、それよりも基礎の呪力操作をマスターしなければならない為、出来なくても良いわけだが。

 この力で、何処までやれるのか、試す価値はある。

 

 ×××

 

「すまないね。少し急かしてしまうようで」

「別ニ構ワナイ。家族ガ危険ナノデハ」

 

 かち合わないことを祈ってはいたが、見張り用につけていた呪霊が消えた以上、行かないわけにはいかない。

 急いで傑は自分の呪霊が消された方向へ、呪霊操術で呼び出したエイの上に乗って向かう。その途中、ふと真下を双子が歩いているのが見える。

 

「すまない、寄り道する」

「イタノカ?」

「一人足りないがね」

 

 そう言うと、一気に真下に降りた。シュタッと二人の前に降りると、目に入ったのは血だらけの美々子の姿だった。

 

「げ、夏油さま〜!」

「菜々子……美々子にまだ息は?」

「わ、分かんない……けど、要が止血してくれて……!」

「……見せてみなさい」

 

 ミゲルに反応する余裕もないようで、菜々子は傑と美々子を見下ろす。再び術式を用いて、回復用の呪霊を出す。

 とりあえずそれに任せるとして……さて、それよりももう一人だ。

 

「要は?」

「今、一人で……ライオンを……」

「……ミゲル、すまないが」

「分カッテイル。ココハ任セロ」

 

 それだけ言うと、傑はすぐに走ってその呪いの元へと向かった。おそらく戦闘中なのか、巨大な呪力を前方から激しく感じる。

 生意気でいつも何か企んでいて、家族との仲も上手くいっていない子だが、それでもいなくなってしまえば良い、なんて思った事は一度もない。

 ミゲルから聞いた話だと、獣の呪いは、特異性などなくとにかくフィジカルが強い。力強く、硬く、速い。故に、こちらの土地に住まう呪術師も最低限、身体を鍛えている。

 つまり、まだ10歳の要では相性が悪い。そう思い、可能な限り早くその場に駆け付けた。

 しかし、そこでは……。

 

「ッ……!」

 

 要は、受けに回って耐久どころか、互角以上の戦いを繰り広げていた。大地に大量の刻印を広げ、足を使って捕まらないように立ち回っている。

 地面に落ちている岩などを引きつけてぶつけ、或いは飛ばして殴打し、刻印を飛ばして地面に縫い付けた上で、足や背中を攻撃し、一発も貰わないようにセコイ戦法で立ち回っている。

 だが、フィジカルで大きな遅れをとっている以上は当たり前だろう。これはもしかしたら、助太刀の必要はないのかもしれない……なんて思い、とりあえず黙って見学した。

 

「ふっ、ふぅっ……」

 

 息を切らしながら、要は両手を真下に振り下ろす。小さくなった刻印が地面に打ち付けられ、その直後に両手の刻印と反射し、大きくジャンプする。

 それと同時に、ライオンの真上から左手の刻印を打ち込み、遠くへ引き離させたと思えば、右足の刻印を向け、加速させながら蹴りを叩き込み、足の術式を切って近くの地面へ自分の身体を引き寄せて離脱させる。

 すぐに追ってくるライオン。その速度は速いが、刻印を広げて付与した上で弾き返され、後ろに飛ぶ。

 だが、磁力による反発の向きは、要にも変えられない。つまり、ライオンは押し潰されている向きから逆算し、磁力の方向をずらして押し出しを避けると、地面を思いっきり抉り上げた。

 

「!」

 

 砂煙……と、奥歯を噛み締める。視覚が阻害されれば、呪力は見えるようになる。

 すると、ライオンの速度はさらに加速した。基礎的な呪力操作が、本来の特級並みに戻った。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちをした直後、その煙の中を振り払ってこちらに来る影。九眼は潰されても、術式は潰されない。そちらに向けて巨大な刻印による反発を繰り出した……が、それはただの掘り返された岩だった。

 

「!」

 

 しまった、と思ったのも束の間、別方向から爪による斬撃が飛んで来た。

 

「やべっ……!」

 

 万が一の時の、地面につけておいたSの刻印、そこにNの刻印を持つ右手を向け、強引にブリッジをする様に回避した。すぐに術式を解除し、あらかじめつけておいたライオンの刻印に向かって蹴りを繰り出そうとした直後だ。それより早く、ライオンの尻尾による殴打が飛んで来る。

 蹴りに使った足を強引に向けて、刻印を広げた反発でガードしようとするが、脚の刻印の拡大は初めてであったため、強い反発は引き出せなかった。

 尻尾の直撃こそなかったものの、要の身体の方が吹っ飛んでしまう。

 

「野郎ッ……!」

【カァァァリムゥゥゥ‼︎】

 

 すぐに追撃が来る。すぐに目を向けて呪力を消させるが、それを気にすることなく噛みつきに来たので、左手を向けて刻印でガードしようとする……が、徐々に要自身の呪力が切れて来たのだろう。押されて行く。

 

「ッ……このっ……!」

 

 しかし、大きく広げた刻印に敵が突っ込んできた場合は、身体を包むように付着する。つまり、この場合なら敵の動きを逸らすことも可能だった。

 右手の刻印に引き寄せつつ左手の刻印で転ばせるように反発させ、右手の術式を切って軌道を逸らさせると、強引に距離を置き、右手を地面についた。

 一気にカタをつけるつもりだろう。ライオンの体についている以外の刻印を全て解除して呪力を自身の元に戻し、地面につけた刻印は大きくなる。

 ライオンが突進してきた直後、要は反発ジャンプで真上に避けて、ライオンは身体に付いた刻印と反応して地面に縫い付けられる。

 そして、空中に舞い上がった要の右足の脹脛に、呪力が全開で込められる。ここが決め手。当たらなかったら死ぬ……それくらいの覚悟を決め、右足の裏に刻印を出す。ライオンのSの刻印に反応し、一気に加速した。

 それと同時に、脹脛に溜め込んだ呪力を少しずつ足の裏に流して行く。直撃の寸前、ダメ押しと言わんばかりにライオンを縛る刻印を外し、さらに自らの糧とする。

 

「ッ……!」

 

 ライオンの顔面にそれが突き刺さるとほぼ同時、黒い閃光が弾けた。付近に稲妻のように撒き散らされ、それを見ていた傑も思わず口笛を吹く。

 黒閃…… 打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に起こる現象。それが、ライオンの顔面を地面に叩き付け、地面に大きなクレーターを形成させた。

 ビクビクンッ、とライオンの全身が痙攣し、尻尾は力なく地面に垂れ、祓ったと判断した要は、そこでようやく力を抜き、ライオンの頭を踏み台に地面に着地した。

 が、全身がもうヘロヘロだからだろうか。格好はつかず、そのままへたり込んでしまった。

 

「ふぅ……よっしゃ。勝った……」

 

 思わぬエンカウントだが、かなり強い方ではなかっただろうか? と、要は少しソワソワする。それを祓えてしまうあたり、かなり強くなっているのかもしれない……と、嬉しそうな表情を浮かべる。

 それが隙になった。ゆらりと、後ろで影が揺れるまで、ライオンがまだ生きていると気が付かなかった。

 

「……あ?」

【クワヘリ】

 

 開かれた口が、自分に向けて降ってきて、慌てて手をかざした直後だ。そのライオンの顔面に、バゴッと三節棍が直撃し、頭を砕く。

 

「っ……」

「油断大敵だよ、要」

「……遅いから」

 

 後ろからのんびり歩いてきたのは、傑。今の一撃で、完全にライオンの呪霊は消滅してしまった。

 

「おや、死んでしまったか。取り込もうと思っていたんだが」

「……はぁ、疲れた」

「ふふ、お疲れ様」

「……美々子は?」

「生きているよ」

「……あっそ。死んでくれりゃ楽だったのに」

 

 そう吐き捨てながら、要はその場で寝転がる。手の中には、自身の呪力への核心が確かに握られている……が、本当に疲れた。ちょっと疲れ過ぎた。今は、とにかく何もしたくない。

 

「……はぁ、クソ。疲れた……」

 

 呟きながら、目をゆっくり閉じる。傑が自分の方へ歩き、隣へ腰を下ろした気がした。

 

「頑張ったね」

 

 その言葉を最後に、意識を眠りに委ねた。

 

 

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