術式名『スイッチヒッター』(命名、要。野球見てて思い付いた)
・磁石の能力。
・右手のひら、右足の裏にN極の刻印、左手のひら、左足の裏にS極の刻印が刻まれている。
・その刻印を呪力によって出し、物体に付与する。呪力にもくっつく。
・付与された刻印はS極、或いはN極の特性と呪力が込められ、要の両手足、或いは他の刻印がついたものによって、反発したり引き合ったりする。
・反発も引き寄せも要の意思次第で行える。
・刻印は広げて大きくすることが出来る。また、遠隔で飛ばすこともできる。
・付与された刻印は、要の意思次第で消せる。
・刻印は呪力の為、視認できる。
刻印を付与する際、手から離れた時点で手の平に元々ある刻印とは別物になる為、ライオンと戦った時は刻印を広げて手から離し、そこを通過させて刻印を付与させた上で、手のひらの刻印との反発させ、押し返したりしていた。
目を覚ますと、なんか蒸し暑かった。というより、蒸し暑くて目を覚ましたのかもしれない。やたらと手作り感ある天井……そういえば、今はアフリカに来てるんだっけ……と、ゆっくりと思い出す。
それで、なんかライオンの呪いが出てきて……それで……そうだ。黒閃を放てたんだ。
その事を思い出し、少しだけそわそわしていると、聞き馴染むようになってしまった声が耳に届く。
「やっと起きたかい?」
「……夏油」
「お疲れ様。よく二人を守ったね」
「別に守ってないから。邪魔だから退かしただけ」
「ふふ、そういう事にしておこう」
その「俺はわかってますから」みたいな態度が腹立たしかった……が、今は反論する気はなかった。
目を閉じて、布団の中で寝返りを打つ要。助けられてしまった。寝床以外で、目の前の男に借りを作るつもりはなかったのに。
「でも、要のお陰で美々子も無事だよ」
「そうですか。それは残念です」
「面白い使い方だね。術式で強引に傷口を塞ぐとは。くっつけて離せる能力は、応用が利く」
「……てか、何の用なわけ?」
「褒めに来たんだよ。……本当に、よく私の家族を守ってくれた。これこそ、術師のあるべき姿だよ」
「……」
褒められても、別に嬉しくなんかない。ため息をつきながら、要は布団の中で目を閉ざした。
「……もう一眠りするかい?」
「する。うるさい」
「それは失礼。……でも、一つだけ良いかな? どうして、二人を助けた?」
「は?」
「私の呪霊が祓われた時点で、助けなくても完全犯罪は出来ただろう」
「……」
それはその通りだ。正直、その時の感情は今思えば恥ずかしいものだ。同じ双子の姉妹だからって、自分の姉と嫌いな呪術師の姉妹を重ねてしまうなんて。もはや恥じだ。
そうでなくても、姉の存在はバラさない。術師ではないため、粛清対象になるから。特に、姉の方は呪霊を見ることも出来ない。
「……別に、自分の術式があのマーライオンにどれだけ通用するか、試したかっただけ」
「……違うだろう。本当は、彼女達に……というより、人に死んで欲しくなかったんだろう」
「……は?」
何言ってんだこいつ、と思わないでもない。だが、それ以上に胸の奥の核心を掴まれたようにドキッとした。
だが、それ以上は傑も言うつもりはないようで、ふっと微笑むと続けて言った。
「……まぁ、どちらでも良いさ。とにかく、助けてくれた事に変わりはないからね。……ただ、少しでも彼女達と話せたのなら分かってくれたと思うが、彼女達も君と同じように苦労し、今こうして旅行ができる事が奇跡と呼べる環境で生きてきた。恵まれた環境で暮らす猿どもとは違い、学校にも通えず、ね。だから、なるべく楽しい時間や幸せな時間を提供してあげたい。それは、他の家族達も同じだ」
「……」
「必要以上に仲良くすることはない……が、あまり喧嘩ばかりしてもらっても困る。だから、わざわざ人を突き離す態度を取るのは、勘弁してくれないか?」
言われて、要は布団の中で丸まったまま考え込む。しばらく10秒ほどそのまま丸まった後、ぽつりと呟くように答えた。
「……考えといてやる」
「ふふ、それで構わないよ。では、今はゆっくり休んで」
「……ん」
それだけ話して、傑はその場を出て行った。
さて、要はどうしたものか考えたが、とりあえず寝ているだけでは暇だ。身体を起こし、のそのそとテントを出る。相変わらず、馬鹿みたいに熱い日差しが身を焦がすように照らされ、はっきり言って鬱陶しい。
くぁっと欠伸をしながら、自分の手を見下ろした。今は術式を引っ込めている……が、少しだけ起動する。キンッ……と、円形の中に「N」の文字が刻まれた、シンプルな刻印が出てくる。
続けて左手のひらにも「S」の文字を出す。
「……あ、いた」
「美々子、ほんとに行く気?」
「行く……助けてもらったのは、事実だから……」
そんな中、ヒソヒソ声が聞こえて来た。振り向くと、菜々子と美々子がこちらを見ているので、とりあえずポケットの中のサングラスを掛ける。
その要の元に、美々子が歩いて来た。
「要」
「何?」
「昨日は、助けてくれてありがとう……」
「あ? 昨日?」
「? そうだけど……」
「美々子、そいつ一日寝てたから、日付の感覚狂ってんの」
「あ……そっか」
「俺、一日も寝てたんだ」
「急に呪力を全開で使ったんだから、そりゃそうなるでしょ」
にしても……寝過ぎだろうか? なんだか脳がやたらと重たい気がする。
いや、まぁこのくらいならまだ問題ないが、今日は何かを考えるのもしんどいかもしれない。
「……で、えーっと……なんだっけ」
「や、だから助けてくれて……」
「ああ……や、それはもういい。別に、お前らのためじゃない」
「ほら、こういう事言うでしょ? わざわざお礼なんていらないっつの」
「……うん。でも、助けられはしたから……」
「……」
そこで、ふと要は思い付く。もし、あのライオンが特級クラスだったら、自分は死んでいた。
そして、一緒にいたのが真希と真依であったら、それこそ守りきれていない。逃げる場合も考えないといけないわけだ。
ふと思いついたのは、飛行なわけだが……実験をしたい。
「じゃあ、美々子」
「な、何?」
「ちょっと、手を貸せ」
「え?」
そういうと、要は自分の背中に右手のひらを当て、それと同時に美々子の方へ左手を向ける。
広げられた刻印が、美々子に付着する。
「え?」
「な、何する気……」
その後に続いて、要は背中を向ける。術式を起動させると、背中に美々子は引っ付いた。
「っ、ち、ちょっと……!」
「舌噛むよ。口閉じてて」
まずは一人ずつ……と、言わんばかりに気合を入れると、両足から地面に刻印を付着させ、そして……両手の刻印を、角度をつけるように反発させ、身体を浮かせた。
「きゃあぁあぁああぁぁあああ⁉︎」
「だから、舌噛むって……」
さて、問題は次の一歩。放物線を描いて徐々に落下していく……が、その落下前に両手から刻印を放って地面に付与し、さらに反発させて浮かび上がった。
「ちょっ……そ、速度落として速度落として!」
「無理。自由自在に飛んでるわけじゃないから」
「そんなぁぁああぁああああ!」
再びバウンドする事で、また後ろから声が漏れる。少しずつ制御に慣れて来た。
そんな中、背中の美々子が「あっ」と声を漏らす。
「? 何?」
「すごい……き、キリン!」
「え? ……あ、ホントだ」
術式の制御に夢中で気が付かなかった。10メートル程度とはいえ、ここまで上空に跳ね上がって見た、建物が少ないアフリカの大地の景色は二人の心を掴んだ。
図鑑でしか見たことがないキリン、ゾウ、ライオンなどの生き物が、全体に広がっている。こんな景色、少なくとも日本では見られない。
「す、スッゲ……」
「要、もっと……高く!」
「え?」
なんかジェットコースターに乗っている子供のような眼差しで見られていた。一瞬、呪術師の命令を受けるのは嫌だ、なんて思ってしまったが、自分もその景色を見てみたいのも事実だった。
なので、乗ってやる事にした。
「はいよ」
そう言った直後、さらに呪力を込めて身体を打ち上げる。
「すっごーい! あははっ……あはははっ……!」
「キリンの首長っ」
「ホントだ……! 菜々子にも、見せてあげたい……!」
「……」
要も、真希や真依に見せてやりたかった。それを口にすることも実際に叶えることも今すぐには出来ないが。
そのまましばらく空中を歩き回った後、ようやく少し酔ってきたので元の位置に戻った。そこには、菜々子だけでなく傑の姿もあった。
「あ、戻って来た!」
「楽しかったかい? 空中散歩は」
「楽しかった……!」
「実験は成功したよ」
「え、実験?」
「万が一の時、人を抱えて逃げられるかの実験」
「そうだったの⁉︎」
「ふふ……それはよかった。私も万が一の時は、安心して家族を君に任せられるよ」
実際、少しだけ実験だったことは忘れていたが、まぁ結果オーライだろう。
「え、キリンに……ゾウ? 超見たい!」
「う、うん……!」
「要、私もー!」
「やだ。一回、実験できればとりあえず良いよ」
「はー⁉︎ 美々子だけずるいでしょ!」
「夏油に頼めば良いじゃん。飛ぶ呪霊くらいアホほどいるでしょ」
「あ、そっか」
良いのかよ、と思いはしたが、それならそれでラッキーなので、要は目を逸らす。
「夏油さま、私も飛びたい!」
早速、交渉する菜々子。しかし、そのおねだりに傑は申し訳なさそうな笑みで答えた。
「すまない、日本までのフライトは割と長くてね。その分、呪力をとっておきたいんだ」
「えー⁉︎ だめって事ー⁉︎」
「要、そういうわけだから。乗せていってあげなさい」
「えー、俺がー?」
「もちろん、タダでとは言わないさ。呪具、一週間に一本作るくらいは許可するよ」
「……」
それならまぁ、アリかもしれない。新しい力に目覚めた今、色んな方向に応用も利きそうだから、術式の事も深く知れそうだ。
「……わーったよ」
「よっしゃ! サンキュー、夏油様!」
「お礼は要にだよ」
「えー……」
「やめるかお前」
「……ありがとう、要」
「生意気言ったら途中で磁力が解けるかもしんないから」
「お前お礼取り消せ!」
なんて口喧嘩をしながらも、とりあえず飛び立って行った。
その背中を眺めながら少し笑みを浮かべる傑の後ろから、カタコトの日本語がかけられる。
「フフ、本当ニ父親ノ様ダナ、夏油」
「父親だよ。少なくとも、彼女達にとってはね」
言いながら、近くにいる美々子の頭を撫でる。
「美々子、挨拶しなさい。新しい家族のミゲルだよ」
「ヨロシク、オ嬢サン」
「よ……よろしく……」
きゅっと傑の後ろに隠れてしまう。外国人の成人男性……子供の美々子にとっては、少し怖かったりする。
あの後、傑どころかその家族がほぼ祓った、という事でミゲルが傑達に興味を持ち、黒縄を持ってついてくる事になった。
ぶっちゃけると、別に呪力をとっておく必要なんてない。ただ、単純に二人が仲良くなれば良いなぁ、と思ってセットにした。
「ソレニシテモ、アノ男……面白イナ」
「ふふ、だろう?」
「10歳ニシテ、一級ノ呪霊ヲ祓ウカ……正直、驚イタ」
「私もだよ。しかも……あの術式はまだ未完成だ」
他にも、使い道はいくらでもありそうなものだ。少し心配すべき点もあるが、まだ時間はある。ゆっくり課題を割り出せれば良い。
「夏油、貴様ハコノ後、ドウスルツモリダ?」
「しばらくは呪霊を集めて、戦力を蓄えるよ。勿論、高専にバレないようにね。……そして、可能なら……家族との時間を少しでも増やしたい」
「……ソウカ」
その話をしながら、しばらく二人の背中を眺めた。ブツクサ文句を言っていた割に、結局楽しそうにしている表情が、傑には嬉しかった。
×××
日本に戻り、ミゲルは早くも馴染んだ。お土産代わりに故郷から持ち寄った魔法の粉「ロコイ」は空前絶後の大ヒットだった。夏油一派の中では、の話だが。
そんな中、もう一つ大きな変化があった。
「菅田、はい」
「な、何……え、これ……」
「この前、ブラックマーケットで買ったメイスの領収書」
「ど、どうも……?」
紙切れを受け取った真奈美が。
「ラルゥ、ちょっとこれ使って」
「え? ええ……」
「ミゲル、お前も。使い心地とか聞かせて」
「オウ」
ラルゥが。
というか、全員が驚いていた。要の変化に。仲良くなったわけではない。プライベートでは何をしているのかサッパリだし、心一個分、隔てられているのは確かだ。
それでも、最低限のコミュニケーションやルールは守るようになったのが驚きだ。
「夏油様……何があったのですか?」
「ふふ、少し楽しんで来ただけさ。みんなで、ね」
「次は私も連れていってくださいね」
「勿論だよ」
そんな話をしている間に、ハンマーを持ったミゲルとメイスを持ったラルゥが軽く試合をする。
その様子を、要は真剣な表情で眺めていた。
リーチはメイスを持つラルゥのが長いが、それをミゲルは小さなハンマーで凌ぎ続ける。
「エェイッ‼︎」
ラルゥの怒号と共に繰り出された突きが、ミゲルに向かうが、それをハンマーで正面からガードする。
それを真後ろにバックステップしながら距離を置こうとした直後だ。メイスの先端が射出された。
「おうっ⁉︎」
「アウチッ!」
予想外の効果に、空中にいるミゲルは直撃しそうになったが、強引に体を空中で捻って回避し、着地する。
その隙に、驚きながらもラルゥは長さが半分になったメイスを握り締めて追撃する。
それに対し、ハンマーで応戦するミゲル。しばらく凌ぎ続けていると、ふと背後から嫌な悪寒。ほぼ直感で、強引にバク転して避けると、射出した先端が戻ってきて、ラルゥの持つ柄に引っ付いた。
それを見て、要は小さくため息をつく。
「あーあ……あれ避けられんのかよ。面白いと思ったのに……」
「ふふ、ミゲルはアレで我々の中で二番手の使い手だからね。相手が悪かったさ」
「てことは、雑魚にしか通用しないってことじゃん」
「それで大丈夫さ。高専の術師なんて、準一級以下は大したことない。我々は術師の数だけで言えば負けているからね。薙ぎ払えるだけでも使えるものだ」
「ふーん……」
興味なさそうに傑の台詞に相槌を打つと、要は戦闘を続ける二人に対して手を伸ばす。ハンマーとメイスに術式が働き、手元に引き寄せた。
「あっ、ちょっと!」
「何ヲスル。ヨウヤク温マッテ来タトコロダゾ!」
「いや、それ以上は呪具が痛むし、怪力バカ二人。お疲れー、協力どうもー」
「「……」」
身勝手なのは変わっていないが。大人二人でなかったら怒っている所だ。まぁ、それでもお礼を言うようになっただけマシだ。
すぐに自分の呪具をしまっている倉庫に戻る要の背中を眺めながら、真奈美が傑に呟く。
「人って変わるものですね……」
「どうかな。もしかしたら、あれが素なのかもしれないよ」
「と、言いますと?」
「……ふふ、何でもないよ」
「?」
変わった傑の楽しそうな表情に、真奈美は小首を傾げていた時だ。その二人のもとに、利久が歩いてやって来た。
「夏油様」
「おや、どうした?」
「金杉が『良い加減、私の呪いを祓え!』って言って来てるけど、どうします?」
「……誰?」
「お金を集める猿です。しかし、二ヶ月ほど前から支払いはストップしていますね」
すぐに真奈美が手元のノートパソコンで調べ、報告する。それを聞くと、傑は歩いて利久の方に寄った。
「私が処理するよ。もう要らないし」
「はっ」
×××
「ふぅ……よし」
倉庫の中に、ハンマーとメイスをしまう。なんだかんだ、呪具作りも楽しくなってきた要だが、軽く伸びをする。
少し態度を改めた要だが、それでも必要以上に干渉するのはやめていた。首をコキコキと鳴らしながら、倉庫を出て指や腕の関節を全て伸ばす。
少し触ってばかりだと身体が鈍る。後で傑の呪霊狩も兼ねて運動しに行くか、なんて思いながら、拠点の中に入った時だ。視界に入ったのは、小太りのおじさんと傑、そして真奈美の姿だった。
注目を引いたのは、おじさんの頭上に控えているダルマっぽい呪霊。
「夏油! 貴様、いい加減私の呪いをゴブッ!」
直後、一気に降って来て叩き潰された。人の形を保つ事なく肉塊になったおじさんに対して、傑はため息をついた。
「あーあ……また掃除しないと」
「私が代わります」
「あー、いいよ、大丈夫。みんなに猿の臭いが移るといけない」
そう言いながら、呼び出した呪霊に掃除をさせて、二人は立ち去っていく。
別に、あの男への同情はない。どう見たって怪しい袈裟姿の男に頼る方が気がしれない。
だが、その男から吹っ飛んだ左手首、そこの薬指には指輪が嵌められていた。
「……」
何も見ないようにして、すぐにその場を立ち去った。残念ながら、自分もこの一味の1人だし、その金から食事などをもらっている。とやかく言う立場にはないからだ。
とりあえず、ストレス発散も兼ねて呪霊でも狩ろうと外に出ようとした時だ。菜々子と美々子とばったり出会した。
「あれ、要」
「どしたの?」
「別に。呪霊取りに行くけど、来る?」
「行く!」
「夏油さまに、褒められる……!」
「……」
来るんだ、と思いつつも、とりあえず一緒に狩りに行った。
この生活がどれくらい続くのかは、正直まだ分からない。でも、いる間くらいは必要以上に敵を作らないように。
そう決めて、のんびりと出掛けた。