禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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争いの渦を起こすのは、常に強大な力。

「へぇ、祈本里香」

 

 そうとある拠点にて呟いたのは、夏油傑。最悪の呪詛師だ。面白い話を聞いたように、ひゅうっと口笛を吹いた。現場については噂程度に聞いた。凄まじい呪いで、高専の術師を返り討ちにしているらしい。

 

「はい。特級過呪怨霊、祈本里香。持ち主である乙骨憂太がいじめの標的にされる度、後遺症になるレベルの反撃を行なっています」

「なるほどね。少し、興味あるな。見に行ってみたいけど……私は迂闊に動けないからなぁ」

「その件で……その、また彼が勝手に……」

「……おや、私が頼む前に、かい? 相変わらず、よく働いてくれるね」

 

 感心したように微笑む傑だが、その隣の経理担当の家族はそうもいかない表情だ。

 

「夏油様……彼に勝手をさせてよろしいのですか? 独断で特級を捕らえてくるなど、もう5回目ですよ?」

「ふふ、君は彼の事が嫌いかい?」

「ええ……ハッキリ言ってしまうと。まぁ、何年か前よりはマシになりましたが……やはり、身勝手で協調性のない人間は嫌です」

「そうか。まぁ、あれで戦力になる子だ。実績もある。多めに見てあげて欲しいな」

「夏油様がそう仰るなら……」

 

 とりあえず落ち着かせつつ、傑はニヤリとほくそ笑んだ。

 

 ×××

 

 乙骨憂太は、臆病だった。他人を恐れているわけではない。他人を傷付けてしまう自分にかけられた呪いに怯えていた。

 傷つけたいわけではないが、去年も自分をいじめていた同級生をロッカーに詰めてしまうなんて、ハードな事を憂太自身の意思に関係なく、やってしまった。

 だから、何度も死のうとしていた。ナイフ、縄、出来る限りのことはしようとしたが、全て自身の婚約者だった子に尽く邪魔されてしまう。

 

「……」

 

 自分では、死ぬことも出来ない。これから望むのは、もはや餓死……なんて思っている時だった。

 ピンポーン、とインターホンの音が鳴り響く。

 

「?」

 

 近所の人だろうか? 何にしても、出るつもりはない。何が起こるか分かったものではないから……と、思っている時だった。

 コンコンコンっとノックの音がする。振り向くと、思わず腰を抜かしてしまった。何故なら、人が張り付いていたから。

 

「わ、わぁ⁉︎」

「トイレ、貸して……!」

 

 中学生くらい、だろうか? 比較的にひ弱な体格の自分よりも背が低い、優等生のような髪型をしている割に、ファンキーな黒い丸のサングラスをかけた男の子が、窓にいる。

 

「聞いてる……⁉︎ それとも、聞こえないフリしてる?」

「っ、な、何……?」

「だから、トイレ貸して……漏れちゃう」

「わ、分かりました……!」

 

 あんまりにもあり得ない状況が続き、名前を聞くのも疑うのも忘れて窓を開けてしまった。

 律儀なのか、それとも当たり前と捉えるべきか、靴を脱いだ少年はそのまま部屋の中に入り、聞いてくる。

 

「トイレ何処⁉︎」

「へ、部屋出て右に真っ直ぐ……」

「サンキュ」

 

 トイレに向かったその子は、その部屋に引きこもる。ぽかんとする憂太だったが、そこで思わずハッとしてしまった。ここ、二階である。

 二階の窓から入って来た? 何なのこの人? と色々と思うことはあるが、何にしても同じ事である。自分の近くにいたら危ない。

 

「ま、マズい……早く、追い出さないと……!」

 

 そう思った後、ばしゃあぁぁっと流す音。それと同時に、扉から男の子は出て来た。

 

「ふぅ……間に合った」

「き、君! 早く出ていって」

「まだ手洗ってない」

「そんなの後で良いから! 早くしないと、里香ちゃんが……!」

「リカ?」

「り、里香ちゃんっていうのは……え、えっと……」

「あー、祈本里香の事?」

「……え、どうしてそれを……?」

 

 ふと嫌な予感がする。祈本里香……自分と婚約の約束をした少女。交通事故によって死亡した日、憂太に害を為す連中を全員、叩きのめしてしまう自分が自殺したいと考える原因になっている子だ。

 少なくとも有名人ではないはずだ……が、それは非呪術師の間の話。そういえば、つい先日も何人かおかしな力を持った人達が、自分を殺しに来て返り討ちに遭わせてしまった。

 その人達も知っていた、里香の事を。

 

「……君、何者?」

「何者だろうね」

 

 三日月型に唇が歪む。ゾクっと背筋が凍りつくほど、恐ろしい笑みだ。少なくとも、年下の少年が浮かべて良い笑顔ではない。

 

「やめて……僕に、何かする気なら……里香ちゃんが」

「……里香ちゃんが、何?」

「君に、怪我を……!」

「させてみなよ」

「っ……やめてってば……僕は、誰も傷付けたく……!」

 

 直後、キンっと耳に響くのに聴き心地良い音が聞こえる。その少年の手のひらが「S」の文字を発光させ、自らの身体から自らの呪いが顕現した。

 

 ×××

 

 五条悟が、その場所に着いたときには、そのアパートは全壊していた。スンッ、と香るのは、至る所に散らばった残穢。初めて感じた香りだ。

 とりあえず帳をおろしてから、思わず顔に巻いている包帯を半分だけ解き、直に見たくなる。

 散っている呪力は二種類。雑に暴れた後と、やたらと洗練された術式の跡だ。前者は、おそらくこのアパートに住んでいた乙骨憂太……いや、正確には折本里香のものだろう。

 だが、気になるのはもう片方。

 

「……美しいな」

 

 残穢からでも感じ取れる程、磨き抜かれたような術式。特級クラスの術師だろう、とすぐに学長の話を思い出す。

 まさか……祈本里香でさえ祓ったと言うのだろうか? 気になり、とりあえず現場に降りる。瓦礫の真ん中にいたのは、体育座りしている少年だった。

 

「乙骨憂太君」

「……はい」

「僕は呪術高専の者だ。……と言っても、分からないよね。一緒に来てもらえるかな?」

「分かりました……」

 

 話が早い……というより、放心状態のようだ。今の呼びかけに応じるとは相当と言える。

 

「……あの、すみません……」

「何?」

 

 放心しているのかと思ったら、向こうから声をかけて来た。

 

「ジュジュツって、僕の身体の中にいる里香ちゃんの事ですか?」

「厳密には違うけど……まぁ、そうだね」

「でしたら……僕に、里香ちゃんを制御出来るようになりますか?」

「……」

 

 驚いた。意外と前向きなようだ。いや、というより、自分が到着する前に何かあったと言うべきか。

 いずれにしても、そういうことなら話は早い。

 

「……出来るかもね」

「じゃあ……それを、教えて下さい」

「悪いけど、それは出来ない」

「……え?」

 

 それを言われて、少し絶望的な表情で振り向かれる。

 

「君にかけられた呪いはかなり特別で大きいものだ。それをどうこうするのは、君にしか出来ないし、僕達に教えられる事も少ない」

「っ……そ、そうですか……」

「その方法を探すのは、君自身だ」

 

 それを言うと、少し肩を萎縮させる。やはり、誰かに何かを聞いたのは間違いない。

 

「まぁ、積もる話は後で聞くよ。まずは、周りの目が集まってくる前に、ここを移動しよう」

「…………はい」

 

 それだけ話し、悟はその少年を連れて呪術高専へと引き返した。

 

 ×××

 

 さて、翌日。早速、呪術高専に転校した憂太は任務に行かされる事になった。ペアでの行動で、禪院真希と組んで。口元が最近見た何処かの誰かに似ている気がしたが、気の所為だろうか? 

 その後、戦闘が発生。巨大な呪霊を前に、呪具を落とした真希と共に呪霊の口の中に落下。その中に子供を発見し、里香を呼んで無事に事なきを得た。

 現在、病院。二人とも何ともないことを聞いた。

 頭の中に浮かぶのは、真希の言葉。

 

『何で守られてるクセに、被害者ヅラしてんだよ』

『オマエ、マジで何しに来たんだ。呪術高専によ‼︎』

『何がしたい、何が欲しい、何を叶えたい⁉︎』

 

 ……全て、自分の中に刺さる言葉だった。初めて会うのに、まるで何もかもを見透かしたような物言い……自分が分かりやすいのか……いや、どちらでも良い。

 問題は、言われた事が刺さったという事だ。

 

「お疲れ様、憂太」

 

 そんな自分に、横から声を掛けられた。振り向くと、そこにいたのは自分を呪術高専に連れて来た五条悟。軽く手を振りながら、笑みを浮かべている。

 

「どうも……」

「問題ないってさ。真希も、子供達も」

「……よかった」

 

 結果は。しかし、本当に自分が用いた手段は正しかったのか、という悩みはある。

 

「何か、スッキリしない顔だね」

「……初めて、自分から里香ちゃんを呼びました」

「そっか。一歩前進だね」

 

 昔のことを思い出す。里香と結婚の約束をした日の事、里香と水風船で遊んだ日の事、里香と病院で出会った日の事……と、思い出が溢れてくる。

 その中でも特に鮮明に思い出したのは、プロポーズをされた時、自分もその気になったように受け入れた時だ。

 

「里香ちゃんが僕に呪いをかけたんじゃなくて、僕が里香ちゃんに呪いをかけたのかもしれません」

「……これは持論だけどね。愛ほど歪んだ呪いはないよ」

 

 ぎゅうっ、と、指輪がついた手を握る憂太。高専に行く前、自分を訪ねて来た男の子との会話も思い出した。

 決めた、というように口を開き、真っ直ぐな視線を向けて決意を固めるように口を開いた。

 

「……先生。僕は、呪術高専で里香ちゃんの呪いを解きます……!」

「……そっか。頑張ろうね」

「はい……!」

 

 そう言うと、憂太は立ち上がる。まずは、自分に勇気をくれた真希にもお礼を言わないといけない。

 

「じゃあ、まずは真希さんにお礼を言って来ます」

「あ、待って憂太。その前に一つ」

「?」

 

 呼び止められ、振り返った。少しだけ真剣な表情で、思い出したように聞いてくる。

 

「君と僕が出会う前、誰かと出会ったりしなかった?」

「誰か?」

「全壊してたでしょ。アパートが」

「……あ、はい」

 

 そうだ、その時に少年がいた。しかし、それを悟が知らないことが少しだけ意外だった。

 

「えっ、あの子……高専の子じゃないんですか?」

「……子供?」

「はい。サングラスをかけた中学生くらいの男の子が、里香ちゃんを捕まえに来ました」

「……」

 

 すると、さっきまでちょっとだけ真剣、くらいだったのが、割りかし真面目な表情になった。

 

「ごめん、憂太。後で時間をもらえるかい?」

「その子について色々と聞きたい。僕の部屋においで」

「あ、分かりました」

 

 それだけ話して、憂太は真希の病室の前に立った。コンコン、とノックを鳴らす。……が、返事はない。寝てるのだろうか? 中に入ってみると、真希は予想通り横になっていた。

 

「どうぞ、なんて言ってねーぞ」

「わっ、お、起きてたの?」

「起きてちゃ悪ぃーのかよ」

「そ、そんなことないよ! 元気そうで良かった」

「どこをどう見て言ってんだ。念には念を入れて、一日だけ入院する奴に」

「ご……ごめん……」

 

 謝りながらも、ベッドの横まで歩く。

 

「……何か用かよ」

「う、うん。……ありがとう。真希さんのお陰で、僕……」

「礼言われるようなことはしてねーよ。……死んだ後も好きな奴と一緒にいられてる癖にウジウジしててムカついただけだ」

 

 それ、同じ事を最近、別の人物に言われた。悟が興味を持った男の子に。

 

「真希さんは、好きな人と離れ離れになっちゃったの?」

「……お前に言う義理はねえ」

「あ、あはは……だよね」

 

 やっぱりちょっと怖いかも……と、思わないでもない。自分とは真逆の性格だし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 

「で?」

「え?」

「話はそれだけか?」

「あ、ううん。僕、決めたよ」

「何をだよ」

「……僕は、呪術高専で、里香ちゃんの呪いを解く」

「……」

 

 その決意に対する返事はない。黙ったまま背中を向けられている。その反応に、少しだけ拍子抜けしてしまったり。

 

「あ、あれっ? 何も言ってくれないの……?」

「別に、私には関係ねーだろ」

「そ、それはー……そう、ですね……」

 

 そういえばそうだった。気付かせてくれた人ではあるけど、全く関係はない人だった。

 

「で、でも……僕がやりたい事を、気づかせてくれた人だから。……だから、ありがとう」

「……」

 

 そう言っても、背中は向けられたままだった。もしかしたら、そろそろ寝たいのかも……なんて少し遠慮気味に思ったので、憂太はお暇する事にした。

 

「じ、じゃあ……僕、そろそろ……」

「やり方はわかってんのか?」

「え?」

「解呪の」

「ま、まだ何も……まるで」

 

 何せ、決意を固めたばかりだ。先生からも深く聞いていないどころか、五条先生は「使い方次第で人を助けられる」と、せめて呪いを解くまでの間は里香を活かす気満々のようでさえある。

 

「お前が呪いを解くには、まず強くなるしかねーだろ。里香の力を使うにしろ使わねーにしろ。高専に来たからには、お前も呪術師だろうが」

「そ、そうだね……」

「その上、お前もやしだしな。今のままじゃ、殺されかけて里香が出て来るまでお荷物だ」

「う、うん……?」

 

 その通りだが、珍しく要領を得ない。つまり、どういう事なのだろうか? 

 

「……やっぱ何でもねえ」

「ええっ⁉︎ な、何が言いたかったの?」

「何でもねえっつってんだろ! 寝かせろ、いつまで病人起こしとくつもりだ! ナースコールすんぞコラ!」

「わ、分かったよ……?」

 

 結局、何だか分からないまま部屋を追い出されてしまった。よく分からないが、とにかくこれからは里香の解呪に向けて全力を尽くすと、心に決めた。

 

 ×××

 

「先生、来ました」

「お、入って入ってー」

 

 自らが呼び出した生徒の声が聞こえたので、返事をする。憂太が入って来たので、席を促した。

 

「悪いね、初任務で疲れてるだろうに。座って座って。甘いもの平気?」

「あ、はい」

「じゃあちょっと待ってて」

 

 言いながら、悟は棚と冷蔵庫を開け、机の上に取り出したものを置いた。まずは二人分のお茶を置くと、続いてポテチを開けて真ん中に置く。

 

「……あれ、甘い物じゃないんですか? いえ、何でも良いんですけど……」

「なかったわ」

「そ、そうですか……」

 

 あるか確認しないで聞いたのでそうなったが、何一つ気にしていなかった。

 その悟に、早速と言うように

 

「それで……その、話って?」

「ん、君が出会った男の子のこと」

「……ああ、あの子ですか」

「そう。どんな子なの?」

「どんな子、と言われましても……知り合いというわけではなかったので……」

「何でも良いよ。憂太がその子を見て思った事なら何でも」

「何でも、と言われても……」

「じゃあ、見た目から」

 

 見た目、と言われたので、少し思い返す。顎に手を当てて「どんなんだっけ……」と少しずつ思い出しながら言った。

 

「黒い学ランに、整髪料もパーマもかけていない直毛にアホ毛と……それだけ優等生な見た目なのに、黒の丸いサングラスをかけていた子で……」

 

 思い当たる節はない。そもそも呪術師の中に、優等生という概念は強さ以外にない。

 

「じゃあ……その子の術式は?」

「ジュツシキ……?」

「ああ、うん。そっか。何かおかしなものは見えなかった?」

 

 説明は面倒なので、とりあえず目で見たものを聞いた。

 

「おかしなもの……Sの文字が書かれたサークル……とか?」

「S?」

「はい。あの子の手から出てきて……それで、壁とか瓦礫とか、里香ちゃんに張り付いて……それで、暴れようとした里香ちゃんを押さえつけて、僕と話をしたりしていました」

「……へぇ、あの力を持つ呪いを……どのくらい抑えていた?」

「ど、どのくらい……秒数ですか?」

「そう」

「どうだったかな……5秒とか、10秒?」

 

 戦いの世界においては大分差がある時間差だが、素人なのだし正確に覚えていなくても仕方ないだろう。

 

「……どんな話をした?」

「あ、はい……その、なんというか……怒られました」

「怒られた?」

「死んだ人と一緒にいられるのに、何被害者ヅラしてんだ、って」

「ふふ、なるほどね」

 

 そういう考え方もある。しかし、それを出来るのは大事な人を失った人だけだ。

 というか、その子に怒られたからこそ、出会った時思ったより前向きな感じがあったのかもしれない。

 

「で、そのあとは?」

「分かりません……最初は里香ちゃんを捕らえに来た、と言っていたはずなのに、いつのまにか帰ってしまって……」

「ふぅん……」

 

 捕らえに来た、か……と、顎に手を当てる。少しよく分からない。憂太の言い方的に半殺しにしたわけでもないだろうに、捕まえる事なく撤退した……のだろうか? 

 手に負えないと思ったのか、それとも単純に手を引いたのかは分からない。何にしても、特級の呪いを取りに来た時点で、自分の同期との繋がりは一気に濃厚になった。

 

「名前とかは聞いた?」

「あ……聞いてません」

「そっか……ありがとう。他に何かある?」

「いえ……あとは、あまり……」

「……わかった。ありがとう」

 

 それだけ話して、憂太とは別れた。

 傑と繋がっているかもしれない……が、その割に特級を諦めるのはおかしい。その男には男の目的があるかもしれない。

 まだ何とも言えないが……敵ではない、なんて断言は出来ないが、味方ではないと判断出来る。それも、六眼を持つ悟が「美しい」とさえ思える呪力を誇る少年が、だ。

 

「……やれやれ。中々、骨が折れそうだな」

 

 そう呟きながら、ひとまずポテチを摘んだ。

 

 


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