禪院家の末っ子は、禪院家を潰したい。   作:バナハロ

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夜の散歩は学生の憧れ。

 とある商店街。そこで、自分の生徒二人が仕事を終えた場所で、五条悟を始めとする高専の術師が調査をしていた。仕事は終えた……のだが、予定にない準一級呪霊の登場で、調査が必要になったからだ。

 そんな中、すんっと鼻腔を刺激したのは、ほんのりと薄く香る程度の懐かしい残穢。

 それを頼りに商店街を奥まで進み、ふと顔を上げる。気になったのは、商店街の真ん中で宙に浮いている看板。そこから、特に強く残穢が残されている。

 

「……」

 

 いよいよ現れたか……と、悟は内心で決心する。しかも、このタイミングで。

 今年は荒れる年になりそうだ。今のうちに色々と備えておいた方が良いのかもしれない。

 

 ×××

 

 狗巻棘との任務を終えた憂太は、のんびりと伸びをする。後から聞いた話だと、準一級呪霊を協力して祓い、今は高専の廊下で花に水やりをする棘を眺めていた。

 

「棘は生まれた時から呪言を使えちまったから、昔はそれなりに苦労したみたいでな。呪うつもりがない相手を呪っちまったり。境遇は、今の憂太みたいなものだ」

「そっか……」

「だから、入学当初からオマエを気にかけていたみたいでな。誤解されやすいけど、良い奴なんだ。今後も、よろしく頼む」

「う、うん……!」

 

 本当に人間より人間らしいパンダである。だからこそ、憂太も早く馴染めたというのもあるが。

 まだ全部、棘の言いたいことを理解できるわけではないが、少しずつ理解出来るようにならないと……と、思っている時だった。

 ゴッ、と頭を棒で殴られる感覚。

 

「いつまでボケッとしてんだ! 昼練行くぞ、憂太!」

「あ、うん! ごめん、真希さん」

 

 数ヶ月前から、憂太は真希に特訓をしてもらっている。今まで一般人でやって来た憂太は当然、身体を鍛える暇もないわけで。

 手っ取り早く戦力になるには武器を握るのが一番早い、そして武器を使うと言えば真希……と、言うわけで、真希に呪具の扱いを習っている。

 それは真希も楽しそうにやっているのだが、それに対し変な勘違いをしたパンダが、割とからかってくるわけで。

 

「積極的ですね、真希さん」

「何ホザいてんだ、殺すぞパンダコラッ!」

 

 パンダにそう吐き捨てながら、憂太の襟を掴んでグラウンドまで引き摺る真希。

 その真希に、憂太は昨日の戦闘を思い返す。準一級の前に対峙した際、悟から受け取った刀に里香から借り受けた呪力を流すのに少し時間が掛かったことを思い出す。

 良い機会なので、少し聞いてみた。

 

「あ、そうだ。真希さん。武器に呪力を流すの、もう少しスムーズにしたいんだけど、何かコツとか……」

「知らねえ」

「え?」

 

 が、意外と一蹴されてしまう。練習はちゃんと見てくれる真希がそういう反応をするのは少し意外だったので、驚いてしまう。

 

「呪力のことは私に聞くな」

「? どうして?」

「良いから行くぞ!」

「あ、うん!」

 

 そのまま真希に引き摺られる形で、憂太はグラウンドに向かった。その様子を見ながら、パンダは少し鼻息を漏らす。

 禪院真希には、呪力がほとんどない。それ故に、呪いに攻撃する際は元々、呪力が込められている呪具を使わないと攻撃さえ出来ない。

 呪いが言葉に込められると呪ってしまう棘に、呪力がゼロで呪力無しの肉体のみが武器の真希に、中に特級を飼っている憂太……。

 

「うん。俺が一番、普通だな」

 

 一番、ありえない事をほざきながら、とりあえず棘のお手伝いでもすることにした。

 

 ×××

 

 呪術師に夏休みなんてものはない。それは学生も同じで、学校は休みでも呪いを祓う仕事は休みにならないのだ。

 さて、そんなわけで忙しい時期に四人とも自己鍛錬と任務を頑張ってこなす。それは、憂太も例外ではない。棘以外の三人は単独での任務は認められていないので、必然的に棘もペアを組んで仕事をする。四人でループしながら、呪いを祓い続けた。

 

「最近、忙しいねぇ……」

 

 なので、元々体力がない憂太は、割とへばり気味だった。無理もない。つい最近まで普通の学生だったのに、急に毎日のように死と隣り合わせの仕事を毎日こなしているのだ。

 しかし、だからといって労うような真希ではない。

 

「んだよ、情けねーな。憂太」

「みんなよく平気だよね……」

「そらそうだろ。鍛え方がチゲーからな」

「俺は鍛えてないけど」

「ツナマヨ」

 

 当たり前だが、みんな体育会系だ。普通にピンピンしている。

 

「みんなすごいなぁ……僕ももっと鍛えないと……」

「なら、今から特訓すんぞー。とりあえず、マラソンから」

「は、はい……」

「しゃけ」

「うーし、じゃあ今日は俺も走るかー」

 

 なんて話しながら、全員でグラウンドに出た。

 今日のストップウォッチ役は真希がやる事になった。とりあえず、グラウンドを10周。

 笛なんてものは必要ないので、各々でアキレス腱や膝などを伸ばしてから、スタートラインに立つ。

 

「はい、よーいスタート」

 

 その言葉で、全員が走り出した。その様子を、真希はぼんやりと眺める。当たり前だが、呪術師になりたくてなる奴なんてほとんどいない。家庭の事情だったり、向いているからスカウトされてだったり、理由は様々だ。

 真希だって、弟を助けたい、なんて思わなかったら、呪術師になっていなかったかも……いや、それはない。どちらにせよ自分はなっていただろう。あのまま家の奴隷を続けていれば、自分を嫌いになっていたから。

 何にしても、家で呪術師を目指し、自らを追い込んできたが……ハッキリ言って、一度も楽しいと思ったことはない。

 だが、こうして自分と同い年くらいの子達と、自分達のペースでお互いを高め合っていくのは、やはりどうしても楽しく思えてくるものだった。

 三人とも、悪い奴じゃない。教師だって、最初こそデリカシーなくズケズケこちらの話に入ってくるものだとイラついたが、なんだかんだ言って悪い人ではないことは分かった。

 だからこそ、こうして自分の久方ぶりに出来た新しい仲間を見ていると、あの中に自分の妹と弟がいたらどんな感じか、なんて妄想してしまう。

 

「……」

 

 そんな風にぼんやりしている真希の姿が、走っている憂太の目に入った。たまに真希が浮かべる、物寂しげな表情……それが、何となく気になる時がある。

 いつも強い真希だけど、彼女の内面にも何処か弱い面があるのだろうか? 

 

「憂太ー、遅いぞー」

「あ、パンダくん……!」

 

 既に一周を終えて後ろから追いついて来たパンダに声を掛けられる。

 

「真希が気になってるのか?」

「う、うん……」

「お前が気にしちゃダメだろ!」

「ええっ⁉︎」

「気になっている女が中々、自分の気持ちに気付いてもらえなくてイライラする所にカタルシスがあボガハァッ‼︎」

「パ〜ン〜ダァ〜……テメェはいつまで変な勘違いしてんだァッ‼︎」

 

 翔んできた棒が直撃すると共に、追いかけてくる真希から逃げるパンダ。その様子を苦笑いで憂太は眺めるしかなかった。

 その憂太の後ろから、真面目に走っていたもう一人の同級生が追い付く。

 

「あ、狗巻くん」

「?」

「真希さんって、たまに寂しそうな顔するけど、何か知ってる?」

「おかか」

 

 知らないらしい。あんまり自分の過去を話すタイプではなさそうなので、らしいと言えばらしいが……。

 

「もしかして……ホームシックかな?」

「超おかか」

「超⁉︎」

 

 今のは棘の言語をまだ理解しきれていない憂太でも理解した。それだけは絶対にないらしい。

 ……なんというか、難しい人が多いものだ。世の中には。どちらにしても、やはり寂しそうにしている女の子を見ると、何処か気になってしまう。

 

「……」

「ツナマヨ」

「あ、ごめん。今はトレーニングだよね」

 

 棘に促されて、とりあえず憂太は走り込みを続けた。

 

 ×××

 

 その日の特訓を終えて、憂太は男子寮でぼんやりしていた。もう夏場ということもあり、少しアイスが食べたくなった。

 なので、コンビニで何か買いに行くことにした。こうして気軽に外に出ようと思えるのも、この学校に来れたからだろう。

 そのことが少し嬉しくて、たかだか夜中の外出に少しソワソワしていた。

 そんな中、ふと目に入ったのは、高専内の鳥居からちょうど息を切らして帰ってくる影がいるのが見えた。

 

「あっ……」

「憂太か?」

「真希さん……?」

「……よう」

 

 もう割と夜更けなのに走り込みでもしていたのだろうか? 

 

「走り込み?」

「まぁな……お前は?」

「小腹が空いたので、アイスでも買いに行こうかなって……」

「……あっそ」

 

 しかし、こんな時間まで走り込みか……と、憂太は感心してしまう。今日、任務を終えてみんなでのトレーニングも終え、疲れているだろうにまだ走るなんて、本当にすごい。

 明日から自分も走ろうかなー……なんて考えている時だった。

 

「別に、無理して走ることァねーよ」

「え?」

 

 まるで自分の考えを見透かしたように、真希に言われた。思わず憂太は背筋が伸びてしまう。

 

「……これは、別にトレーニングなんかじゃねえから」

「え、そうなの?」

「……」

 

 余計なことを言ったかも、と言うような表情を浮かべる真希。憂太は既に、真希のそれに興味を抱いてしまっていた。

 

「じゃあ、どうして走ってたの?」

「……アイス買いに行くんだろ?」

「い、いくけど……」

「歩きながらで良いか?」

「あ、うん」

 

 話してくれるんだ、と少し嬉しくなりながら、二人で割と遠くにあるコンビニまで歩き始めた。

 二人で並んでコンビニに向かう中、憂太は自分から聞いて良いものか少しだけ悩む。今まで話してくれなかったのは、あまり知られたい話ではないからだろう。

 その憂太を見透かしたように、真希の方から口を開いた。

 

「……別に、隠すようなことでもねえんだけどよ。悟は知ってる話だしな」

「うん」

「私、妹だけじゃなく弟もいんだよ。三つ子とかじゃねえけどな」

「弟さん……じゃあ、その子も来年はここに来るの?」

「……生死不明だ」

「……え?」

 

 たらりと、冷や汗が流れる。

 

「の、呪いに……やられたの?」

「やったのは、私の親父だ」

「……ぇ」

 

 息を呑んだ。親が、自分の子を? どんな親? 

 

「うちの家は、禪院家っつー呪術界じゃ御三家とも呼ばれる名家だ。……つまり、呪力のねえ奴や術式のねえ奴は子供だろうといびられる」

 

 うわぁ、とその時点で軽く引く。そんなの親子じゃないし、なんなら家族でさえない。

 もしかして、その弟さんは才能がないのだろうか? 

 

「弟は、私や真依と違ってかなり才能がある奴だったんだよ。呪力量、術式、呪力操作、全てが禪院家の中でも頭五つくらい抜けてやがった。うちのクソ親父は、それにビビりやがったんだ」

「え、じゃあ嬉しいことじゃないの? 自分の息子が天才だったら……」

「普通じゃねんだよ。うちの家系は。自分より先に息子が当主になる、って思って、ビビって強くなる前に闇討ちしやがった」

 

 ギュッ、と真希は手を強く握る。プルプルと震え、過去に感じた怒りを思い返してしまったのか、奥歯を噛み締める。

 それはつまり、弟のことが好きだった、ということだろう。でなければ、怒る事はない。嫌いな弟がどこへ消えようと知った事ではないはずだ。

 

「……その後、弟さんは……」

「会えてねえよ。もう、7年」

「7……」

 

 それは、亡くなっているんじゃ……と、一瞬だけ思ってしまった。一個下だとして、いなくなったのは8歳。自分なら、まだ里香と遊んでいたくらいの年齢だ。

 その時から、親に襲われて行方不明……なんて親なのか。

 

「生きてんぞ」

「え?」

「絶対、生きてる。昔から、頭の良い奴だった。死体が出てねー以上、絶対生きてる」

「……そっか、そうだね」

 

 しかし、真希がそう言うなら、自分も生きていることを信じた方が良い。当人の姉が諦めていないのだから、自分まで諦めちゃ絶対にダメだ。

 

「弟は、才能の塊だったから、親父から3歳の時から呪術師の特訓を受けてたんだよ」

「3歳!」

「ああ。で、その時からあいつ、自主練もしてた。その頃から、私と真依以外は信用してなかったから、隠れて努力もしてたんだよ。……私が走り込みをするのは、その真似事だ」

「……」

 

 自主練の真似事……ということは、結局トレーニングということではないだろうか? 

 

「じゃあ……それトレーニングじゃないの?」

「違うよ、バカ。……あの時の、要の気持ちを知ってみたくなっただけだ」

「……」

 

 どういうことだろうか? と、小首を傾げる。

 

「結構、面倒臭えよ。夜の走り込み。眠い日も、雨の日も、明日の朝が早い日も、欠かさずに走るのはしんどい。疲れるとかじゃなくて、正直かったるい」

「あー……うん」

 

 そうかもね、と憂太は控えめに頷く。自分もここ最近は毎日ヘトヘトで、夜はすぐに眠ってしまう。

 

「でも、要は欠かしてなかった。少なくとも、禪院家なんてクソの集まりの当主になるためだけじゃ絶対無理だ。あいつの性格じゃあな」

「じゃあ、どうして走ってたんだろう」

「……多分、私と真依の為だ」

「え?」

「禪院家じゃ、術式も呪力も才能もない奴に立場はねえ。真依も私も、実の母親に『産まなきゃよかった』なんて言われる程度には疎まれてた」

「真希さん、強いのに?」

「呪力のことは私に聞くなっつったろ」

 

 そう言えば言われたが……と、そこですぐに分かった。それと同時に、少し前の小学校の任務での話。

 ──誰もが呪いに耐性があるわけじゃない。

 もしかして、真希は……。

 

「私は、このダセェ眼鏡がねえと呪いを視認することも出来ねえくらい、呪力が少ねえ」

「……!」

「だから、禪院家で私や真依を守る為に、あいつは自主練もしてたんだ、って分かったよ」

「……そっか」

 

 やってみてから分かることは多いということだろう。それで、真希は当時の弟くんの気持ちを理解した。

 

「生意気な野郎だよ……クソっ」

「い、良い子だね」

「うるせぇ。弟が姉に黙って無理してんじゃねーよっつんだ」

「あ、あはは……」

 

 そうは言っているが、もしかしたら真希が本当に腹立っているのは自分に、なのかもしれない。真希の性格的に、自分が何も知らずに守られていた、そしてそれに気付かなかった自分に腹が立っているのだろう。

 

「……僕も、走る」

「あ?」

「明日から、僕も一緒に走るよ」

「話聞いてたか? 私は別にトレーニングとかで走ってるわけじゃねーぞ」

「うん。……でも、真希さんの弟さんが見つかったら僕も会ってみたいし……それに、今度は僕も一緒に弟さんを守ってあげたいから」

 

 自分は、里香を守れなかった上に、今は守られている立場だ。だから、と言うわけではないが、守る人の気持ちを理解してみたい、とも思えた。

 しかし、隣を歩く真希は驚いたように目を丸くし、少しだけ頬を赤らめていた。

 

「お前……それどういう意味で言ってんの?」

「? え、何が?」

「……チッ、なんでもねーよ。てか、生意気言ってんな。まだ私から一本も取れてねー奴が」

「うっ……も、もう少し精進したら頑張ります……」

 

 そんな話をしながら、二人でそのままコンビニに向かった。

 

 ×××

 

 高専の屋上。そこで、五条悟はぼんやりと遠くを見ていた。高専は山の中にあるだけあって夜の景色は割と真っ暗だが、それでも高いところにくれば、それなりに街の灯りを見渡すことも出来る。

 夏油傑の残穢が、商店街に残されていた……つまり今回の件、いよいよ奴が動き出した、ということだろう。

 目的は不明だが、残穢を残してまであそこに訪れたという事は、それなりの目的があってのことだ。

 もしかしたら……今年中に動き出すこともあるかもしれない。

 

「……」

 

 奴の最終的な目的はもう一人の同期から聞いた。非呪術師を皆殺しにし、呪術師だけの世界を作る……馬鹿げた理想を抱えているが、本気でやるつもりの目をしていた。

 願わくば、こんな日が来てくれない方が良かった。それでも、来てしまったのなら仕方ない。

 静かに鼻息を漏らしながら、近いうちに学長へ報告することにした。

 

 


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