相談できる人がいるのといないのとでは何もかもに差が出てくる。
久方ぶりに、幹部達がホームに集まることとなった。集合時間より早く集まった袮木利寿、ミゲル、菅田真奈美の三人は、たまたまホームに向かう階段の下で遭遇した。
「久しぶりだな。二人とも」
「アア。元気ダッタカ?」
「ええ。早かったのね、二人とも」
話しながら、階段を上がった。
「久しぶりの、家族全員での召集だ。当たり前だろ」
「ソウダナ。他ノメンバーモ来ルノカ?」
「来るわよ。菜々子と美々子はもう来てるんじゃないの?」
「……あいつも来るのか?」
「要カ?」
「一人だけ呼ばないわけにはいかないもの……」
「俺、あいつ嫌いなんだけど。夏油様も、あいつにはなんか甘い気がするし。なんであいつのワガママ許すんだろうな」
「成果ハ上ゲテイルカラダロウ。実際、奴ガ集メテキタ呪霊ハハイレベルナモノガ多イ」
「あんまり態度を悪くはしないであげなさい。私も嫌いだけど、あの子も前よりは普通に接するようになったんだし」
そんな呑気な話をしながら、三人で階段を上がり切った。
「私は先に事務室に向かわなければならないので、お先に集合場所へ行ってて」
「分かった」
「オウ」
それだけ話して、真奈美とは玄関で別れた。
残った二人は、集合場所に向かう。扉を開けると、中では予想通り菜々子と美々子、そしてラルゥも待っていた。
「久シブリダナ」
「お、二人ともー」
「元気、だった……?」
「ふふ、相変わらずそうね」
「夏油様は?」
「まだ……」
まだ来ていないらしい。まぁ、それまではしばらくここで待機するしかない。
「要モイナイノカ?」
「まだ寝てる。部屋からいびき聞こえてたし」
「真奈美はー?」
「事務室に行った。データ整理でもしてんだろ」
そんな話をしながら、とりあえず適当な席に座ったり、壁に寄りかかったりする。ラルゥが、後から来た二人にお茶を入れたりしていると、遅れてようやく傑が到着した。その後ろには、真奈美が控えている。
それに伴い、全員が全員、顔を上げて傑の方へ向き直った。
「さぁ、時がきたよ。家族達」
その言葉に、全員が全員、笑みを浮かべつつも気を引き締める。まるで「待っていました」とでも言うように。
「猿の時代に幕を下ろし、呪術師の楽園を築こう」
「夏油さま、夏油さま〜」
が、そのセリフを菜々子が遮った。
「どうした?」
「要がまだ起きてない」
「……相変わらずだね。要は。まぁ昨日の夜も呪霊を連れて来ていたみたいだし、寝かせておいてあげよう」
「起きてるわ」
そんな中、声が背後から聞こえる。ペタッペタッ……と、裸足が板の間の上を歩く音、和服に近い寝間着姿で、寝癖だらけのボサボサの髪、欠伸を浮かべながらの歩き姿……そして、傑を除く幹部達の中で最高戦力とも言える子供……禪院要が歩いて来ていた。
「菜々子、朝飯」
「ふざけんな! てか、もう昼だから!」
「要、遅刻だよ」
「悪い。着替えて来て良い?」
「ついでにシャワーも浴びてくると良い」
「サンキュ」
それだけ言って、要は廊下を引き返す。少しだけ締まらない空気が蔓延しつつも、傑は何事もなかったように続けた。
「先に会議を始めようか、みんな」
そう言うと、早速と言うように議題を告げた。
「まずは手始めに……呪術界の要、呪術高専を堕とす……!」
×××
誰をどこに配置するか、などはまだ決めていないが、大まかな作戦は告げた。一先ずそれを実行する日までは各々で準備をすることにして、解散……となったあたりで、ようやく要がお風呂と着替えを終えて戻って来た。
「ごめん、お待たせ」
「要……そろそろ大きな作戦なのだから、遅刻は良くないよ」
「悪かったって。昨日の夜、ホラー映画見て眠れなくなってた菜々子が寝るまで部屋にいてあげてたから……」
「わ、わー! わー! あんた何言ってんの⁉︎」
「菜々子……怖かったら、私に言ってくれれば……」
「美々子は映画の途中から寝てたじゃん!」
「てか、お前普段呪霊と戦ってるくせに、なんでホラーにビビってんの?」
「うるせーな! ホラー映画は自分でなんとか出来ないじゃん!」
なんて喧嘩が始まるのを、微笑ましく眺める。まだ他の家族には嫌われている要だが、年が近いからか菜々子と美々子とはよく話す。
本当はこのまま見守っていたいが、今は時間がない。傑はとりあえず間に入る。
「ふふ、そういうことなら仕方ない。でも、これからは気を付けて」
「うーい。で、なんの話してたん?」
「呪術高専を堕とすよ。作戦は、宣戦布告して敵の戦力を各地にばらけさせ、私が直接、乙骨憂太を殺害し、祈本里香を手に入れる。……あれさえあれば、我々の勝ち目は90%まで引き上げられる」
「ふーん……」
「そこで、だ。君の感想を聞きたい。……4月ごろに祈本里香と戦っただろう?」
「負けて帰って来た奴?」
「黙れ、菜々子」
「その感想を聞きたい。どのくらい強かった? 可能ならば、乙骨本人の力も聞いておきたい」
油断は出来ない。何せ、相手は呪いの女王だ。五条悟とさえ戦える力があるだろう。
その点、負けて帰って来たという割に怪我一つ負わずに戻って来た要の情報を知りたい。
「かなり強い力持ってたよ。俺の術式で抑えられたのも4〜5秒程度だったし、サングラスを少しずらして解放しても9秒くらいが限界だった」
「……そうか」
「でも、スピードは俺とかあんたなら見えないレベルじゃないし、落ち着いて凌げば捌ける。乙骨自身は……分からん。あの後、どうせ高専に取られてると思うから、あとはあんたのが分かるでしょ」
「悟なら、戦力にしようと思うだろうね……とはいえ、4月から決戦の12月まで、8ヶ月。才能ある術師なら、それなりに出来るようになっているかもね」
と、少しずつ分析する。
「……そうか、ありがとう。まぁ何とかなるだろう」
「頑張って」
適当な返事をする要。そろそろ話は終わりだろうか? そう思って立ち去ろうとしたが、その要の後ろから傑が声を掛ける。
「そうだ、要」
「んー?」
「高専に宣戦布告に行くんだ。悟の足止め役のミゲルは隠し球だから連れていけないし、利久と真奈美も休み。菜々子と美々子はついでにクレープを食べたいらしいから来る、ラルゥも一緒。……君はどうする?」
「んー……行く」
どんな奴がいるのか、見てみたかった。自分も戦うことになるわけだし、術師との戦闘をするなら、少しでも情報が欲しい。
しかし、要は決心することになる。運命の残酷さ、そして現実の厳しさを理解させられ、それでも乗り越えなければならない壁がある事に。
この宣戦布告の結果、自分も本格的に自らの目的を達するため、動く必要が出てくる事となった。
×××
季節は12月。高専でもそろそろ雪が降り始めるんじゃないか、という時期になり、マフラーや手袋が手放せなくなる季節。
そんな時期に、悟と学長である夜蛾は、二人で並んで窓の外を眺めていた。
「悟……本当かそれは?」
「はい。傑が動いています」
「……そうか」
悟が傑の残穢を間違えるわけがない。何せ、お互いにとってたった一人の親友なのだから。
「そうか……とうとう、この日が来たか」
そう感慨深く呟く夜蛾。だが、致し方ない。なにせ悟にとっては親友であり、夜蛾にとっては生徒なのが夏油傑という男だ。
「傑の相手を出来るのは、我々ではお前だけだ、悟」
「分かっています。心配しなくても結構ですよ。……9年前と違って、覚悟は出来ていますから」
「……そうか」
とはいえ、かつての教え子に辛い役割を押し付けている事に変わりはない。それに対し少し悔やんでいるときだった。
呪力感知に引っかかる大きな影。二人とも、ハッとして顔を上げた。
「噂をすればだ……! 悟、準一級以上の術師をかき集めろ!」
「いえ、一級以上でないとダメかもしれません」
「何?」
「っ……」
悟は、らしくなく驚いた様子で空を見上げている。傑だけじゃない、もう一人やばい奴がいる。
「なんだあいつは……!」
「なに、どういう事だ⁉︎」
「急ぎましょう。生徒達がいたら危ない」
「なにが来た、説明しろ悟!」
「分かりません。……ただ、強い」
「……!」
基本的に、敵への評価は全て「弱い」と判断している。それは相手を挑発するためだったりと色々理由はあるが、基本的にどれも本音だからだ。どう相手を表現しても、それが敵の場合は「面倒臭い」とかそんなレベルでの評価が多い。
……だが、その悟が「強い」と言った。
「あの中に、いったい何がいる……!」
夜蛾が思わず奥歯を噛み締める中、悟は一足先に表へ出た。
×××
外では、一年生四人が校舎に向かって歩いた。その前に舞い降りてくる巨大な影。ペリカンのような白い怪鳥と、その上から袈裟を着込んだ如何にも怪しい男が着地する。
「関係者……じゃねえよな」
「見ない呪いだしな」
「しゃけ……」
「わー、でっかい鳥……!」
応戦する態勢に入る四人に対し、傑は懐かしむように校内を見回す。
「変わらないね、ここは」
「うっげー! 夏油さまぁ、ここほんとに東京ー⁉︎」
その台詞とともに降りて来た、肌が褐色気味の女の子、そしてその後に続き、今度は大人しそうなセーラー服の少女が出てくる。
「菜々子……失礼」
「んもぅ、さっさと降りなさい」
さらに、おかま口調のムキムキ男まで降りてくる。四人……と、一応人数はイーブンであることを把握する。先生が来るまでの足止めなら出来るか……と、四人とも身構えている時だった。
ふと、棘とパンダ、そして真希の間を通り抜けた傑が、気が付けば憂太の目の前で両手を包み込むように握っていた。
「初めまして、乙骨くん。私は夏油傑」
それに伴い、三人ともハッとして後ろを振り向く。速い……いや、速すぎる。ほんの一瞬で自分達の真横にいる憂太の前まで移動して来ていた。
「あ、初めまして……」
「君はとても素晴らしい力を持っているね。……私は、大いなる力は大いなる大義のために使われるべきだと、そう考える」
「あ、はい……」
「今の世界に疑問はないかい? 一般社会の秩序を守るため、呪術師が暗躍する世界さ」
傑が力説をする中、パンダや棘が油断なく傑の話に耳を傾ける……そんな中、真希は怪鳥の方を見ていた。
何故だか分からないが、まだ誰かいる、そんな気がしてならない。
しかし、そんな警戒も、次の傑の一言で中断される。
「だからね、君にも手伝って欲しいわけ」
「? 何をですか?」
「非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を作るんだ」
何言ってんだ……と、真希もパンダも棘も警戒心が高まる。一目見た時から思っていたが、こいつはかなりヤバい。その上、強い。次の瞬間には首と胴体が離れているかもしれないような緊張感が確かに伝わっていた。
そんな中、怪鳥の口の中で何やらゴタゴタやっているのが見えた。
「ちょっと、何してんの。早く出て来て……」
「……?」
「もう着いた。いつまで寝てんの。ほら、シャキッとして」
褐色肌の少女が、最後に口から引き摺り出した少年が、あまりに見覚えしかない男の子だったからだ。
綺麗な黒い髪、子供には間違いなく似合わない黒のサングラス、華奢に見えて中は割とがっちりした肉体……思わず、真希は半ば放心状態になり、ボンヤリと頭の中が真っ白になる。
その少年も、間の抜けた自分に気づいたように顔をあげる。眠そうにしていた目が一気に覚醒した。
「ま、き、ね、え、ちゃああああああああああん‼︎」
その直後だった。
しかし、それは真希が過去一番、聞きたかった声であり、そして今は一番、聞きたくなかった声だ。……何より、その呼び方。
思わず、あまりに高速で迫って来たはずなのに、スローモーションに見えた。
自分の胸前にハグをするように抱きついてくるその影は、サングラスの隙間から懐かしい漆黒の瞳を覗かせていた。
「か……なめ……?」
「真希ねえちゃん⁉︎ 何してるのこんなとこで!」
姉ちゃん? と、全員が小首を傾げても気にする余裕がない。あのいかれた思想を持つ男が操る呪いから出て来た、その事実が真希を硬直させる。
「……お前こそ、何してる……?」
「ん? ……あっ」
そこで、声を漏らす要。一瞬だけ「やばっ」と言った顔になるが、すぐに笑顔を作った。その笑顔は知っている。父親のしごきがキツかったときに、無理に自分や真依の前で作っていた笑顔だ。
「何って……俺の大将が言ってたでしょ? 宣戦布告」
「いや……聞いてねーよ、そんな話……」
「え、言ってないの?」
「ああ、まだそこまで話は進んでいないよ」
「じゃあ俺から言うね。12月24日、パレードを開いて高専の術師全員殺すから、真希ねえちゃんは逃げて!」
「っ……!」
その言い草が、さらに全てが嘘だと真希の頭を締め付ける。弟がまだ、自分に嘘をついて戦っている……それも、7年間も。
その事実が、やたらと頭の中で反復する。今まで弟を守るために、と息巻いていた自分がやたらと滑稽に写り、今まで何をしていたのか、と自責で埋め尽くされる。
そんな時だった。その真希の首に、トンっという軽い打撃。それが、一発で真希の意識を持っていった。
「ふぃ〜……セーフ」
そう呟いたのは、五条悟。あれ以上、メンタルを揺さぶられると真希が危ない、そう判断し気絶させ、自分の胸前で受け止める。
が、その直後、悟の目の前でズズッと呪力が揺らめく。言うまでもなく、要の殺気に反応し、呪力が活性化している音だ。
「お前、今姉ちゃんに何した?」
「あ?」
振るわれたのは、要の拳。悟の顔面に迫る。その一撃を、悟は術式を起動して止める。
無下限術式……そこら中にある「無限」を操り、敵の攻撃を届かせなくする五条家の相伝術式。
「良いサングラスだね。昔を思い出すよ」
「これが無限?」
「そう。大丈夫、真希は無事だよ」
「呪術師の言うことなんざ、信用できるか」
「……」
やるなら仕方ないか……と、思った悟だが、その要の肩に後ろから置かれる手。傑のものだ。
「そこまでだよ。要」
「……っ」
傑の言葉に、要は一度、手を引っ込める。冷静になったように手を止めた。
「……立派に父親をしているんだな、傑」
「ふふ、私が面倒を見るべき子供が多くてね。君こそ立派な教員になった」
「知ってる。……だから、非行に走る子供も見過ごせなくてね」
そう言いながら、二人は静かに殺気をぶつけ合う。周りにいる生徒も応援に来た術師達も、皆威圧してしまっている程のオーラだ。
そろそろ時間も時間だ。やがて、傑は両手を挙げると高らかに宣言した。
「さて、言ったことは要のセリフと被るが、私からもう一度、伝えよう! 聞き逃した方々は、耳の穴をかっぽじってよーく聞いていただきたい!」
そう宣言しながら、要と共に悟から距離を置いた。
「来たる12月24日、日没と同時に我々は百鬼夜行を行う‼︎ 場所は新宿、そして京都の二箇所。各地に、千の呪いを放つ。下す命令は勿論、鏖殺だ!」
それは、この場にいる全員が例外ではない。パンダも棘も憂太も、奥歯を噛み締めて耳に入れる。
「地獄絵図を描きたくなければ、こぞって集まると良い。我々はもちろん、戦うのなら応じよう。……思う存分、呪い合おうじゃないか……!」
そのセリフを最後に、傑は家族達を連れて足止め用の呪いを放ってその場を後にした。
周りを呪いに囲まれながらも、憂太の視界に入ったのは要の表情。他の呪詛師達が好戦的な笑みを浮かべている中、その少年だけ真顔そうに見える。まるで、怒りに満ち溢れているかのような。
何より、あの少年……見覚えがある。入学前に、自分と里香の元にやって来た少年。
彼は本当に、非呪術師を殺害したがるような人物なのだろうか?
×××
気がつくと、屋敷の中にいた。場所は、禪院家の屋敷。まだ一年も離れていたわけじゃないのに、やたらと懐かしく感じた。
何故なら、この屋敷の中で唯一、思い出として残っている場所である、自室にいるからだろう。真依と、そして要と一緒に遊んだ部屋であり、その中に真依と要の姿は確かにある。楽しそうに何かして遊んでいた。
だが、その二人は自分が部屋の中に入ると、急に冷たい無表情となり、真希から視線を外す。
……そして、無言で背中を向け、そのまま歩き去ってしまった……。
「っ!」
そこで、目が覚める。どうやら、夢だったようだ。
「わっ……め、目覚めた?」
「大丈夫か?」
「たらこ?」
隣から声をかけられる。憂太やパンダ、棘が座っていた。場所は保健室。室内に家入硝子の姿はない。
すぐ脳裏に浮かんだのは、つい数時間前の出来事。夢であって欲しい……が、大体、その手のことは夢じゃないのだろう。
「……大丈夫じゃ、ねえよ……」
「……」
誰も、何も言わない。自分は今まで、何をして来たのかわからなくなった。守ろうと思っていた弟が敵で、その弟も昔と何一つ変わらない境遇の中、恐らくずっと地獄を見て来た。
「クソっ……クソが……!」
頭を枕に打ちつけ、髪を掻きむしるように頭を抱える。これから、百鬼夜行の日には彼もおそらく参戦し、自分が所属する高専の術師達を片っ端から殺害していくのだろう……そう思うと、頭がおかしくなる。
憂太だけでなく、棘やパンダも何を言えば良いのか分からなかった。
「真希、いる?」
そんな中、空気が読めないほど明るい声で話をかけて来たのは、悟だった。
「! 悟……!」
「今、百鬼夜行の方針が決まったよ」
会議を終えたばかり悟が、軽くそう言う。
「パンダ、棘は百鬼夜行参戦。憂太と真希は留守番だ」
「「っ!」」
「僕は……分かるけど……」
「なんで……!」
「今、真希、戦えるようなコンディションじゃないでしょ。……で、弟のグラサンくん、僕が相手をすることになったから」
「なっ……⁉︎」
悟が相手をする……つまり、ほとんど死刑判決だ。その結果に、真希は慌てた口調で弁解する。
「ま、待て、悟! あいつは別に悪い奴じゃ……!」
「うん。知ってる。憂太に聞いたよ」
「憂太が……?」
「一回、会ってるんだって。今年の四月頃……まだ高専に来る前に」
「は?」
「ご、ごめん。まさかあの子が真希さんの弟なんて、知らなくて……!」
謝りながら、すぐに憂太は説明する。
「でも、真希さんと同じように『好きな人と死んだ後も一緒にいられて被害者ヅラすんな』って言われて、里香ちゃんの事、見逃してくれて……それで」
「多分、禪院家に刺された後、夏油に拾われたんだ。で、呪いを集める代わりに匿ってもらうギブアンドテイク……ってとこかな?」
あり得そうではある。つまり、認めたくはないが、あの頭のおかしい袈裟男は弟の命の恩人なわけだ。
「……ま、ちょーっと傑の悪影響も受けてるっぽいけど……」
悟の頭の中にあるのは、最後の方。呪術師に対する恨みがこれでもかというほど溢れていた。
まぁ、真希の話を聞いた感じでは恨んでもおかしくはないわけだが……。
「それはない。禪院家なんて悪意の渦にいても、私と真依に対する態度だけは永遠に変えなかった奴だ」
「でも、最後に結局、全員殺すって言ってなかった?」
「昔から……頭と理性だけは強いガキだったんだよ。まず間違いなく、あの袈裟野郎の前だけで見せた演技だ」
そう言いつつも、唯一引っかかっているのは、あの声音。夏油傑がいる手前、ああ言ったのは間違いないが、術師を殺したい、という点だけは本音だった気もする。
だとしたら……おそらく、五条ならもし他の術師の命が奪われかねない時になれば、要を殺してしまう可能性はある。そして……要の瞳、あの力は呪術師なら誰にだって影響を及ぼすものだ。それが、乱戦の中であれば確実に「見られるだけで死ぬ術師」が出てくるかもしれない。
せっかく会えたのに、死んで欲しくはない……が、お互いにお互いを呪い合う戦場で、殺せる敵最強のカードに「殺すな」と言うのは、あまりにもワガママが過ぎる。もしかしたら、その影響でパンダや棘が死ぬかもしれないのだから。
いくら弟が天才でも、悟には間違いなく勝てない。
こんなお願いをして良いものなのか、思わず悩んでしまっている時だった。その真希の肩に、憂太が手を置いた。
「真希さん、良いの?」
「何がだよ」
「五条先生と戦ったら、要くんでも死んじゃうんじゃないの」
「……」
それは、そうかもしれない。一度、里香と要の戦闘を見た憂太だからこそ思う。要は確かに強い。里香を片手で押さえていた。
でも、悟には敵わない。呪術界最強は、おそらくもっと上のステージにいるのだろうから。
「……だけど、どうしろっつんだよ。悟が要を殺さなかったら、棘やパンダが死ぬかもしんねーんだぞ」
「バカ言うな、真希」
そこに口を挟んだのはパンダだ。
「オレ達も弟も殺さないように戦うくらい、悟なら楽勝だろ。なぁ、棘?」
「しゃけ」
「……本当かよ?」
「当たり前でしょ。僕を誰だと思ってるの」
「……」
そうだった。目の前にいるのは最強だ。それこそ、攻撃も防御も速度も、世界最強の呪術師。世界中の人間を一人で殺せるレベル。
そんな男が、悪ガキ一人殺さずに制圧するくらい、出来て当たり前なのかもしれない。
そう思うと、真希はキュッと下唇を噛んだ。最初は無神経なクソ大人と思っていたが、そんなことは無いようだ。
「……悟」
「んー?」
「要を殺さずに、制圧してくれ……頼む」
「ベストを尽くすよ」
「……悪い」
「何謝ってんの。可愛い生徒の頼みを聞くのは、教師として当たり前でしょ」
そう答えて、悟は保健室を後にした。
×××
夏油一派の拠点では、当日の役割が割り振られた。
後は、当日まで準備である。各々、やる事があるため準備をする中、要は自室にこもっていた。
まさか、姉が呪術師になっているとは思わなかった。助けるつもりでいたのに、知らない間に敵になっていたとはどういう了見か。
だが、まだ禪院家で術師になったわけじゃないだけマシだ。つまり、少なくとも家のゴミカスどもに影響されたわけではないから。
「……とはいえ……」
地味にショック……というか、真依がいなかったのは何故だろうか? ……いや、そんなの分かりきっている。おそらく京都高。何故かは知らないけど、一緒にいない以上は別の高校に行ったと思うのが自然だ。
ただ気になるのは、何故別々の高校に行ったか、だが……まぁ、大きな問題はない。京都から東京まで、術式を使えば40分でいける。
「……め、要っ」
「聞いてる……?」
「?」
声をかけてきたのは、菜々子と美々子。キョトンとした顔でこちらを見ている。
「お前らいつからいたの?」
「や、今だけど」
「声かけたのに、全然反応なかった……」
「ごめん。ちょっと考え事してて」
「ふーん……なんか、夕食もあんま食べてなかったし、大丈夫?」
「……竹下通りのクレープも、一人だけサイズ小さかった……」
「大丈夫だよ」
「……お姉ちゃんのこと?」
美々子に聞かれて、要の身体はぴたりと固まる。が、すぐに笑みを浮かべた。
「別に、姉じゃない」
「いやいや、それは無理だから。めっちゃ甘えてたじゃん。……ここじゃ、見せたことない顔して」
そこまで見られてたか、と思った要は、笑顔を浮かべたまま続けた。
「あれ演技。……俺を捨てた禪院家の家族だよ?」
ズキッ、と。要の胸の奥で何かが刺さる音がした。それでも、その痛みを無理矢理、押さえつけて続ける。
「友好的なふりして、後で刺す為の手段に決まってんじゃん」
痛みは抑えるどころか、自分の喉を引き裂きたくなるほどの虚言を吐き捨てる。
「あんなクソ、次の百鬼夜行で速攻ぶっ殺してやるよ」
思わず吐き気まで催してきた。それをも飲み込む。大丈夫、口で抜かすことなんて大したことじゃない。重要なのは実際の行動だ。
「……そう? ならいいけど……」
「何かあったら、相談して……」
「そらこっちのセリフだから。仕事の前に緊張しないおまじないとか教えられるよ」
「や、いらないし」
「じゃあ……おやすみ」
「夜更かしして、また夏油様を困らさないよーにね!」
「へいへい」
それだけ挨拶し、部屋から出て行く二人に片手をあげて挨拶する。
敵の学長の性格を知っている傑によると、新宿や京都に招集されるのは高専の術師だけではなく、御三家やアイヌも集めるらしい。他の御三家との勢力争いもある中で、禪院家だけが来ない、なんてことはあり得ない。
今のうちに当日に備え、全てを終わらせる覚悟を決めた。