真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜 作:夢迷月
歓迎会を終えた日、最上家地下シェルターにて。
巴と旭は2人して、息を荒くしたまま天井を見上げていた。平日に取れるギリギリの時間まで組手をしていたのである。
ほつれた呼吸のまま、旭は隣にいる男へ話しかける。
「ねえ巴」
「なに? 旭さん」
「最近、やけに稽古に熱が入っているけれど」
「……まあ、ちょっとね」
言葉を濁しながら巴は立ち上がり、細い体を抱っこして足だけで梯子を上がっていく。
「やっぱり、清楚や義経が来たからかしら?」
「それを言ったら、旭さんも気合入ってるでしょ」
「それもそうね」
「何にせよ、もうちょっと強くなっておく必要があるかな、と」
「……ふふ。頼もしいわ」
旭は逞しい肉体に包まれながら、嬉しそうに微笑みをこぼした。
2009年 6月 9日
「こっちは主税に、こっちは良樹ね。奈々、先生に出す書類の書式は……」
激動の月曜日を終えた翌日放課後、評議会室は昨日やるはずだった仕事に追われていた。後進の育成も含めて、旭は手際よく業務を割り振っていく。
特にやることのない巴は窓枠にもたれかかり、グラウンドを眺めている。そこでは源義経が次々に決闘相手を倒していた。
旭は書類を机から一旦どかし、緑茶を飲みながら男に問う。
「虎子はどうだった? 巴」
虎子とは骨法部部長にしてこの学園の一応生徒会長をしている、南條・M・虎子のファーストネームである。
「速攻で負けてたよ。そもそも技出せてなかった」
「仮に決まっていたら?」
「無理なんじゃない? 源さん強いには強いし」
「そう」
素っ気ない返事だったが、巴はその声に喜悦の念が篭っていたことに気づいた。ちょっと揺さぶってみよう、と話を続ける。
「……源さん、真面目にはやってるけど全然本気じゃないね。俺とやった時よりは力が良い意味で抜けてる。今やってる一子さんとの勝負も実力出し切ってないよ」
「そうみたいね……ふふ」
「もしかして、お気に入り?」
「ええ。だって義経、可愛いでしょう? あんな子っといいわね、でっきたっらいいわね♪」
著作権的に怪しげな鼻歌を歌いながらウキウキで書類仕事に戻る旭を、何をするんだ何をと思いながら巴は見つめていた。
一通り仕事を片付けたところで、襖がノックされる。巴は出入口に素早く近づき、注意深く開ける。
「フハハハハ! 我、顕現である!」
「どうも先輩方。九鬼紋白様の護衛、ヒューム・ヘルシングです」
紋付袴姿の少女、紋白と赤いネッカチーフをつけた執事服の男、ヒュームがそこに立っていた。
「ここには学園を影から支える人材がいると聞いてな! スカウトに参った!」
「瑞希。お茶と菓子を出して差し上げて」
議長に名前を呼ばれた生徒は大急ぎで二人分の玉露とお茶請け用の菓子を差し出した。遠慮は無粋とばかりに、紋白はまず湯呑に手をつけた。ヒュームも湯呑を白手袋越しに持つ。
「うむ、苦しゅうないぞ!」
「俺は甘いものは遠慮しておこう。茶だけ貰おうか」
「して、九鬼家の御令嬢がなんの御用かしら」
旭と紋白が向かい合う。さながら狐と兎の可愛らしい対峙だった。
「兄上はあまり熱心ではないのだが、我は学園内の人材を収集しようと思ってな。各学年を回っておったところなのだ」
「紋白のお眼鏡に敵えば、即採用というわけね」
「うむ。それと、そなたには以前幽斎殿にいただいた金平糖の礼を頼みたい。幽斎殿は神出鬼没でな。貰った後一度も会えておらんのだ」
「承ったわ」
対峙、終了。
紋白はぐるりと評議会室を一周し、数名に名刺を渡してから力強く頷いた。
「ここは活気があるな。良い気が流れておる」
「ええ。だってここは私の城ですもの。みんな優秀な子たちばかりよ」
「フハハ! やはり組織は人あってのものよな!」
意気投合した様子の二人を微笑ましく見ていた巴は、手持ち無沙汰そうに直立していたヒュームに話しかける。
「……で、ほんとに何しに来たんすか」
「俺は紋様のお付きだ。スカウト以外の意味はない」
「さいですか。1年生のとことか行きました?」
「黛の赤子をスカウト済だ。俺の推挙もあってな。他にも2年では椎名の赤子に紋様が名刺をお渡しになっている」
椎名京について、3-Fの矢場弓子から弓の腕以外あまり良くない風評しか聞いていない巴は肩をすくめた。
「へえ。能力主義なんですねえ」
「お前は日々精進を怠っていないようだな。褒めてやろう」
「それはどうも」
「義経、弁慶もお前のおかげでより鍛錬に励むようになった。また呼びつけるから覚悟しておけ」
「ははは。絶対嫌です」
「……ジェノサイド」
「っ、相馬流……」
巴が笑いながら返事をした後、互いに臨戦態勢に入る。
「ヒューム、次に参るぞ!」
「了解しました紋様」
しかし、それ以上に発展することはなく。老執事は主と共に評議会室を後にした。
「心臓に悪いよ、あの人……」
刀の柄から手を離した巴は、項垂れていた。
2009年 6月 10日
早朝、某所にて。
「川神流! 大蠍撃ちぃっ!」
「フン、先に撃たせてこれか。ジェノサイドチェーンソッ!」
「ぐわあああっ!」
「基礎を怠っていると見える。腐っているな釈迦堂、少しは相馬を見習え」
「あ、あの生意気坊主、川神にいるのかよ……がはっ」
うだつのあがらない風体の中年、釈迦堂刑部はヒューム・ヘルシングにボコボコにされて九鬼の支配下に入った。
本日も、評議会室。今日も今日とて義経の決闘を眺めていた巴の懐から、携帯の通知音が鳴る。室外で電話を取って没収されるのも嫌なので、巴は室内で通話を始めた。
「もしもし、何か用かな直江君」
電話口の相手は2年生の直江大和だった。後ろからは紋白の声らしきものが聞こえる。
『相馬先輩、頼みたいことがあるんですが……』
「ん、借りイチの件ってことでいいかな」
入学式での一件を巴は思い出していた。
『はい。それで構いません。それで肝心の要件なんですけど、学園でどこか借りられるホールってありますか? 義経たちの歓迎会やりたいんですよ。出来れば、生徒主導で』
ふむ、と巴は顎に手を当ててから、旭にお伺いを立てる。
「旭さん、空いてる大きなとこってあるかな」
「今の時期ならC棟の多目的ホールかしら。審査もあるし申請には時間かかるはずだけど、何に使うの?」
「生徒主導で源さんたちの歓迎会やりたいんだって」
「へえ。それは素敵ね」
両手を胸の前で合わせた旭の嬉しそうな声を聴きながら、巴は電話に口を向け直す。
「直江君、申請に時間かかるってよ」
『そうですか……』
電波の向こうから残念そうな声が返ってくる。すると、巴の手から携帯が奪い取られる。
「巴。ちょっと変わりなさい」
「あっ、旭さん」
「2‐Fの直江大和……でよかったかしら。評議会議長の最上旭よ」
『こ、これはどうも』
巴は気が気でなかった。旭の機械オンチの恐ろしさを知っていたからである。
「義経たちのために会場を抑えるのよね? だったら評議会の全権を持って準備するわ。いつやるのかしら」
『彼女たちの誕生日とも重なるみたいなので、金曜日、12日にやろうと考えてます』
「近いけれど、そういうことならいい日取りね。分かったわ、評議会からもお願いして色々と人員を回せるようにするから」
『あ、ありがとうございますっ!』
話がまとまったと感じた巴は、慌てて通話端末を取り返す。何もしないうちに手元に戻ったので、特に不調は出ていなかった。一度PCのデータが吹っ飛んだこともあったので巴はほっとした。
「じゃあそういうことでいいかな、直江くん」
『はい、よろしくお願いします、相馬先輩』
「オッケー。んじゃね」
巴は自分から通話を切る。以前後輩と電話したときに中々向こうから切られず、気まずい空気で先に切った経験からだった。この男は顔が見えていないときの自分の怖さに無頓着だった。
巴が電話を切ると同時、最上旭は立ち上がってこう宣言する。
「皆、今のは聞いていたかしら。こういう時が評議会の腕の見せ所よ。私たちはあくまで裏方だけれど、縁の下の力持ちとしてやれることをやりましょう」
評議会の面々が力強く頷く。巴は想い人の威風堂々とした姿に見惚れていた。
「まず、申請書類ね。学長と……歓迎会で食事しないはずないから、先に保健の狐門先生から印をもらってきてちょうだい。場所はC棟の多目的ホールで、ああそう、調理室を使うから料理部にも連絡をつけて。巴、彦一に連絡を。題字させるわ」
「了解」
次々に指示が飛び、その度に気持ちいい返事が空気を揺らす。
「さあ楽しくなってきたわ。体が火照ってしまいそう」
ウキウキした様子の旭が更なる仕事に手を付け始めるのを眩しそうに見てから、巴は京極彦一に会うべく図書室へ向かった。
その日の夜の地下室、下校時間が過ぎても遅くまで奔走していた直江大和から巴へ電話がかかってくる。隣には息を乱した旭がいた。鍛錬を終えた後の汗混じりな芳香が男の鼻腔をくすぐる。
『夜分遅くにすみません先輩、今お時間大丈夫ですか』
「大丈夫大丈夫。それで、何かな……うわっ」
巴の携帯が汗の滴る細い手にまたしても強奪された。旭は普段と変わらない声色で後輩に報告する。
「お電話変わったわ。最上よ。あらかた許可は取って、あとは実働ぐらいになるけれどなにかあるかしら?」
いきなり電話の相手が変わっても、大和は動じずに話を続けた。
『ありがとうございます。2年はなんとか自分が、1年は紋様が駆り出すので、先輩方には主に3年生の方々へ指示を出していただけると助かります。今回はそれを頼むためにお電話差し上げました』
「2年生はこっちに比べてS組が他クラスと少し壁があるみたいだけれど、来てくれるかしら」
『葵冬馬やドイツから来たマルギッテって人のおかげでその辺は大丈夫です。他のクラスも俺がなんとかします。義経たちがいる2年がメインだと思ってるので』
後輩の自信に満ちた応対に気をよくした評議会議長はころころと笑う。
「頼もしいわね。よろしく頼んだわ、幹事さん」
『はい。議長もよろしくお願いします』
話がまとまりかけたところで、旭はこう声をかけた。
「ねえ大和、あなた評議会に入るつもりはない?」
紋白の人材収集にあてられたか、議長は未来の学園運営に有望な後輩をスカウトしたのである。
しかし直江大和は、5秒ほど悩んでから拒否した。
『……考えておきます』
「別に今すぐでなくてもいいのよ。いい返事を待ってるわ。それじゃあね」
旭が通話を切ろうとしたのを、巴はひょいっと奪い返してからボタンを押す。学園では恰好の良かった議長はぷくっと可愛らしく頬を膨らませた。
「……なんで私にボタンを押させてくれないのかしら?」
「パソコン大破事件、俺のケータイのメモリ破壊事件」
「そんなことあったかしら」
「あったよ! あれで一回連絡先ほとんど消えたんだからな!」
なんで触ってるだけで的確にデータ破壊だけを起こせるんだ、と巴は旭の壊滅的な機械オンチを不思議に思っていた。
「どっちも私は良かれと思って」
「電子機器は俺が使うからいいよ……ずっと傍でさ」
「ふふ、斬新ね。でもまだお断り」
「んがっ……」
巴の告白はさらっと流されてしまう。がっくりと落とされた肩に、柔らかい手が触れた。
「行けると思ったのに」
「まだまだね、巴」
「精進します」
なんだかんだで、息の合った二人だった。