真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜   作:夢迷月

12 / 27
読み上げ機能が使えるようになったから倍速で流してたら、百代がひゃくだいって読まれてて笑っちゃいました。


第十一話

 2009年 6月 14日

 うららかな日差しが差し込む日曜の朝、よく掃き清められた川神院前の爽やかな空気と裏腹に巴の顔色は優れなかった。この関東の武道総本山、川神院という場所自体と相性が良くないのかもしれない。

 というのは冗談としても、この裃姿の男がしかめっ面をしているのには理由があった。

「……なんで松永さんまでいるんだよ」

 気を探ると、中で松永燕と川神百代が組手を行っているようだった。これ自分は帰っていいんじゃないか、と思いながらも巴は観念して院の敷地へ入っていく。

 口々に挨拶してくる門弟たちに挨拶を返しつつ、以前達人たちに囲まれた塔の下へ。

 そこには、楽しそうに人の肉体へ拳を放つ武神と、それをひらりと受け流す一羽の燕がいた。

「ははっ! やっぱりお前とやるのは楽しいな! 燕!」

「お褒めに預かり光栄だよん、モモちゃんっ!」

 荒々しい攻めを行う百代と、一つ一つをよく観察しながらほとんど回避と防御に専念している燕。

 もちろん組手である以上お互い本気ではないが、転入生の方は相も変わらず底を見せない闘い方を徹底していた。

 巴はぐるりと塔の周りを移動して、二人の戦いを観察していた大和と一子に近寄る。先輩に向けて一子は元気よく挨拶した。

「押忍っ! おはようございますっ! 相馬先輩!」

「おはよう一子さん。直江くんも」

「先輩、歓迎会では色々とご尽力いただきありがとうございました」

「いーのいーの。うちの旭さんが好きでやったことでもあるしさ」

 頭を下げる後輩に、先輩は気にするなと伝える。そして三人で稽古に視線を戻した。

「二人とも強いねえ」

「先輩は、お姉様と松永先輩どっちが強いと思いますか?」

 一子の素朴な問いに、巴は含みを持たせつつ返答する。

「川神さんだよ。実力があるのはね。ただ……」

 後輩二人の視線を受けながら、男はこう言い放った。

「本気で戦ってどっちが勝つかは、正直分からん。勝負には紛れも偶然もあるし。強い方が絶対勝つって単純なものじゃないから」

 もちろん勝つ手段は用意した上での話だけどね、とかつて格上を何度も倒してきた男は自分の経験からの言葉を後輩たちに送った。

 しばらく激突が続いた後、燕の参ったというコールで組手が一区切りつく。一子は百代に駆け寄ってタオルとドリンクを渡し、燕は大和に擦り寄ろうとして、その隣にいる巴に気付き声をかけた。

「や。はじめまして、かな。F組に転校してきた松永燕だよ。よろしくね相馬クン」

 握手のために差し出された手を用心深く受け取り、巴は挨拶を返す。

「はじめまして。S組の相馬巴だ。よろしくお願いするよ、松永さん」

 たとえ名乗る前から名前を知られていてもあくまで笑みは崩さず、されど警戒心は解かずに応対する。

 しかし、それを見抜いた燕はからかうようにこう言った。

「あはは。やだなあ相馬クン。そんなに警戒しないでよ」

「顔に出てたか、しまったな。美少女の手を握る時、男は緊張するもんなんだよ」

「あらお上手。じゃあその緊張を解いてしんぜよう。はいプレゼント。栄養満点松永納豆だよん」

 空々しい会話を打ち切るように、燕はいつの間にか手に持っていたカップ入り納豆を差し出す。巴は受け取り拒否の意を示した。

「気持ちは嬉しいが、朝食でお腹がいっぱいなんだ。また今度貰うよ」

「心配しなくても、毒なんて入ってないよん」

「その納豆、わざわざあんな目立つ場所で宣伝するくらい大事な商品なんだろ? 毒盛るなんて程度の低い心配してないよ」

「ふふ……」

「ははは……」

 顔に笑みを貼り付けた巴は、松永燕との関わり方を決めた。

(絶対この女とは自分から関わらねえ……無視しよ無視)

 先輩二人のちょっとスパイスが効いた会話に挟まれた直江大和は、内心で二人への警戒度を上げていた。

 すると、会話が膠着したところに乱入者が一人来る。

「なーに三人で仲良く話してるんだよー。百代ちゃんも混ぜて欲しいにゃーん」

「聞いてよモモちゃん。相馬クンってば私の愛のプレゼント貰ってくれないの。シクシク」

 燕は乱入してきた武神に泣いて縋りついた。しかし巴は動じない。女の子の涙や弱々しい姿には弱い男だったが、玄人の嘘泣きや擬態に騙されてやるほど甘い男でもなかった。

「腹減ってないから納豆はいらないって言っただけだ。変な脚色をされても困るな、松永さん」

「鬼ー! 悪魔ー!」

「別に鬼でも悪魔でもいい」

「なんだよ相馬。燕にやたら厳しいじゃん」

 百代の追求を、巴は事もなげに受け流す。

「川神さんと同レベルの人だなと思ってるだけだよ」

「ほう、つまり私も燕に並ぶ美少女ってことか」

「私たち黒髪美少女コンビだもんねーモモちゃん。イエーイッ!」

 女二人は姦しくハイタッチを交わした。巴は眉間に指を当てた。

「俺帰っていい?」

 巴としては割と本気で聞いてみたのだが、百代は即却下する。

「ダメだ。なんだかんだでお前と組手やるの初めてだからな。こっちはワクワクしてたんだぞ」

「おりょ、そーなの? 相馬クン。モモちゃんなら会った瞬間戦ってそうだけど」

「学長直々に接近を控えろって言われてたんだよ。危ないんだってさ、俺」

 三年生3人が話しているところに、老人が一人やってくる。

「だって危ないと思ったんじゃもん」

 審判役をすべく門弟の稽古を切り上げて庭に出てきた川神鉄心に、巴は毒舌を向けた。

「学長、もんとかキモいです」

「口の減らん若造じゃわい」

「その年で枯れてない方がどうかと思いますがね」

「何を言うか! 儂がこの年まで永らえておるのは学園のブルマのおかげじゃぞ!」

 くわっと怖い形相を作り出し、変態的なことを言う年寄りに、巴はさらにげんなりした。中指を立てる元気もなかった。

「まあ、お前さんも落ち着いてきたみたいじゃしの。ここらで一つ、モモと稽古して帰るとよい」

「んじゃ相手頼むわ、川神さん」

「ああ。今日はいいな。燕とも相馬とも戦えて。こんなに充実した日は久しぶりだ」

 心底嬉しそうに、百代は一人ごちる。新しい服を買いに行く時の少女のような表情だった。

 川神学園で最強の名を聞けば票が全て集まるような二人は間を空けて向かい合う。巴はヘアゴムを取り出し、オールバックに髪を纏めた。

「相馬流、相馬巴。参る」

「川神流、川神百代。いざ」

 名乗りを上げた後、百代は訝しむような視線を徒手で構えを作った巴に向ける。

「素手でやるのか?」

「稽古だし、俺は俺のスキルアップが目的だからさ。ああ学長、少しでも殺気出したらいつでもぶっ飛ばしてくれていいんで」

「承知した。では開始するぞい」

 強さという点では全幅の信頼を置いている学長へ巴はこの前弁慶を殺しかけた経験から警戒を促した。応じた鉄心が、手をまっすぐ天に向ける。

 余った3人は固まって話していた。

「大和くん、一子ちゃん。あの二人どっちが強いと思う?」

 神妙な面持ちの大和は、美人な先輩の問に溜めを作ってから答える。

「……姉さんだと思います」

「あ、あたしもお姉様が強いと思います。でも相馬先輩は強い方が勝つとは限らないって言ってました!」

「なるほどね。一子ちゃん、私もそう思うよん。そっか、相馬クンもそのタイプかあ」

 うんうんと頷いてから、燕は真剣な目つきを二人に送る。大和や一子も燕に倣い視線を集中させると、空気が張り詰めていくのが分かった。

「……始めいっ!」

 静謐な空気を切り裂くように、川神院の長の腕が振り下ろされた。

 

 

 

「いきなり川神流無双正拳突きっ!」

 百代は一気に距離を詰め、必殺のストレートを繰り出す。それに対し、巴も間合いを潰す。

「雑。ほいさっ」

「うおっ!?」

 そして、前へ出ていた百代の左膝に内側から右膝側面を当てて押した。それだけで武神は外へ力が逃がされ、体勢を崩す。

 燕は後輩二人に向けたわけではなかったが、自分の思考を言語化する。

「おお、あれは巧いねえ。だから袴履いてるのねん、なるほろ」

「松永先輩、袴と今のってなにか関係あるんですか?」

 一子の問いに、先輩は優しく回答した。

「大アリだよん。袴ってね、対戦すると分かるけど足運びがほんとに見えなくなるんだよ」

「じいちゃんとの稽古でそれは知ってますけど……」

「もちろんモモちゃんも承知の上だと思うよ。でもあのレベルだと、少し見える時間が遅くなるだけで致命的なの。それにね、相馬クンの足がモモちゃんの内側に陣取ったでしょ。あれも小技だけど高等テク。あれだけでモモちゃんの力の流れぐちゃぐちゃにされてるから」

 解説から高評価を受けていた巴はそのまま大内刈りの要領で左足を刈ろうとするが、回避されて距離をお互い取って、また激突する。

「もう、一回!」

「だから雑だって」

 今度は顔面に繰り出された正拳突きを、巴は横に回り腕の外側から百代の襟を取って腕返し……前に出た腕を巻き込み体ごと回転させて投げる技に入る。

 百代のしなやかな筋肉はねじられても靭性を発揮し投げられなかったが、前のめりに倒れこんだ。巴は立ち上がろうとする相手の足を一度蹴って倒し直してから腕に裏十字固めをかける。

「あっぶ、な……ぐあっ!?」

「はい、これでいいか?」

 回転して裏十字から逃れようとする体に張り付くように動き、巴は完璧に表の十字固めを極めた。百代の美しい腕からみしみしと悲鳴が上がる。

「学長、一本でいいですか?」

「うむ」

 頷く師に、武神は噛みつく。

「おいじじい! 私はここからでもやれるぞ!」

「黙らんかモモ、本来なら腕を一本持っていかれておるんじゃぞ。お前はこういう繊細な技術に疎いのお」

「折られたら治せばいいだろ!」

「そういうの、悪いとこだよ川神さん。よいしょっと」

 極め技を解き、巴は袴についた玉砂利を叩き落とす。百代も不承不承といった感じで立ち上がった。

「瞬間回復、だっけ。あれがどの程度の怪我まで治せるか知らないけどさ。それありきの戦い方、どうかと思うよ」

「……ご親切に、どうもっ!」

「待たんかモモ! まったく……」

 忠告をしてくる巴に向けて、2本目のコールがかかる前に百代が襲い掛かる。飛び上がっての回し蹴り、川神流では空衾と呼ばれている技だった。巴はそれを冷静に避け、追撃に入る。

「川神流、蛇屠り!」

 着地した百代は間髪入れずに水面蹴りを繰り出すが、男はそれを足捌きだけであたかもすり抜けたかのように回避し、またもやグラウンドに持ち込む。

 巴が放つ頭を狙った回し蹴りから、水面蹴りを撃った体勢よりさらに頭を下げることで逃れた百代は半ば押し倒されるように体を重ねられる。

「わお、大胆だね相馬クン」

 燕の茶化す声は、二人には届かない。

 上を取った巴は地面に押し付けるように体重をかけながら、アームロックに入る。百代はそれを避けて体を入れ替えようとするが、重心の操り方を心得ている男の技術の前には無駄なもがきだった。詰め将棋のようにじわじわと退路を断ってくる種々の関節技から百代は必死に逃れ続ける。

「調子に乗るなよ相馬! 川神流、人間爆弾!」

 拘束から抜け出すため、百代は自爆技を放とうとする。瞬間回復があるからこその荒業だった。

「……ああ、そりゃダメだ」

「なにっ!?」

 だが、人間爆弾は不発に終わる。巴が気を使って無理やり爆発を抑え込んでいたからだった。呆気に取られた百代に跨って足を足で絡めとり、マウントポジションを取った巴はシンプルな正拳突きを顔面に寸止めした。

「ほい、一本ね」

「……分かった。これはお前の一本だ」

 武神は目を閉じ、諦めたように息を吐いた。

 

 

 

 観客になっていた3人は三者三様の驚愕に包まれていた。

(いや、調べたときも思ったけど相馬クンほんとにバケモノだね……殆ど正攻法でモモちゃん完封してるよ。人と戦うのに慣れすぎてるね)

 松永燕は、彼女自身の目的が達されない可能性を感じて。

(お姉様があんなに一方的に……相馬先輩はまだ刀を抜いてないのに)

 川神一子は、姉の不敗神話が揺らいでいるのを感じて。

(いや、これ相馬先輩、もしかして姉さんよりほんとに強いんじゃないか)

 直江大和は、力の権化である川神百代を真正面から技術で抑え込む巴にある種の尊敬を抱きつつ。

 相馬巴はただの強さ、武力だけで3人を圧倒していた。

「相馬、やっぱりお前めちゃくちゃ強いじゃないか。ワクワクしてきた」

「2本俺が連取してるけどね」

 巴は低レベルな煽りをする。武神は青筋を立てて引っかかった。

「ははは……絶対倒す」

「そういうとこが悪いって言ってるんだけどなあ」

「なんだよー。お前もじじいと同じく精神面がどうとか言うのか?」

 問われた男は首を縦に振った。

「そもそも戦力がメンタルに左右されるのがよくない。木曜とか、さっきの松永さんとの組手みたいに、相手をナメて戦闘を長引かせようとする癖もダメ。集中力も散漫。ルールのある組手だから投げと関節で奇襲かけただけだけど、素手が本職じゃない俺の組み技が通用するなんてはっきり言って有り得ない。まんまとやられた川神さんは明確に問題があるよ」

 舌鋒鋭い同級生の批判に、百代は拳をワナワナと震わせた。

「……でもさー。すぐ終わったらつまんないじゃーん」

「川神さんはさ、負けたいの?」

「そういうわけじゃない! でも」

 勢いよく否定したが、百代は一気に語勢を弱めてしまった。

「……でも、こんな風に私相手に戦えるやつ、今までいなかったんだ」

 それは、虚しさの吐露だった。あまりにも強いからこその孤独。

「今、義経ちゃんたちの挑戦者選別もやってるんだけどさ。なんかピリッとしないっていうか……最近あんまり楽しくないんだ」

 呟く武神の目尻には涙すら浮かんでいる。

「だから、燕が来るって言ってくれて、お前も稽古してくれるって。今日はほんとに楽しみだったんだよ」

 巴はいたたまれなかった。彼が強さを求める理由は旭を守るためだったし、鍛錬の相手としても旭がいた。幼少から師である父を追い越そうとし、追い越した後も常に実戦に身を置いていたこの男は、競う相手がいない孤独を味わったことがなかった。

 ゆっくり空気を吸い、そして吐く。一度天を仰いでから、男は意を決した。

「……わかった、悪かったよ。じゃ本気でやろうか」

 こう言葉にすると、巴は二刀を抜いた。百代の表情はぱっと華やいだが、鉄心から思わず注意が飛ぶ。

「相馬、ならんぞ」

「組手の範囲は弁えてます」

「じじい頼む。やらせてくれ」

「むう……」

 唸る老人に、助け船が出される。ぷにっとした頬に指を当てた燕であった。

「はいはーい! 燕ちゃんもちょっち反対かな」

「燕。こればっかりはお前の指図は受けないぞ」

「うーん、でもねえモモちゃん。正直危ないと思うんだよね」

 それにね、と燕は話し続ける。

「相馬クンはさ、全力出せる稽古相手……いるよね?」

「……いないが」

 巴は旭から、彼女が壁を越えた強さであることは隠すよう言われていたので反射的にそう答えた。それに旭が相手でも幾分か手加減しているので、全力を出せる相手がいないというのは真っ赤な嘘ではない。

 しかし、したたかな女子はその返答を笑い飛ばす。

「あはっ。嘘つくのが下手だねん。本職じゃないとか言ってたけど、あれだけの組み技の技術は対人でみっちり練習しないと身につくものじゃないよ。まあ袴着てグラウンドで組み合う神経は理解できないけど」

 転入生の物言いに、巴は眉間に皺を寄せて目を細めた。殺意こそ出していないものの、明確な威嚇であった。

「……ああそうかよ。じゃあ、いたらどうだって言うんだ?」

「っ、わお。そっちが本性かな?」

 あくまで飄々とした態度を崩さない燕に、今度は百代が詰め寄る。

「燕。いい加減にしろ」

「モモちゃんまでそんな顔しないでよー」

「私はな、こいつと戦うのを2年待ったんだ。邪魔するって言うなら、いくら燕でも容赦しないぞ」

「私はモモちゃんも相馬クンも心配だから言ってるのに。えぐえぐ」

 ウソ泣きを見せる美少女に、後輩からの横やりが飛んだ。

「燕先輩。引いた方がいいと思いますよ」

「松永先輩。あたしもお姉様を戦わせてあげて欲しいわ」

「……うう、味方がいないよう」

「まあ待て。燕ちゃんの言う事も尤もじゃ。そこで儂から提案なのじゃが」

 先ほど庇われる形になった鉄心が今度は二人の前に立ちふさがる。

「儂とルーで、10秒だけ結界を張る。それまでに決着がつかなければ引き分けということでどうじゃ」

「俺はそれでもいいですよ。あくまで稽古なんで」

「えー。もっとやりたーい」

「モモ。お主が全力で戦ったらこの一帯が更地になってしまうわい。この10秒勝負は元々提案する予定じゃったわ」

「ぐぬぬ……分かったよ。その代わり、全開でやらせてくれよな」

「安心せい、それは保証してやるわい。相馬もよいか」

「ま、短期決戦は苦手なんですけどね」

 勝負を了承した二人は、間合を開けて向かい合った。

 鉄心に呼び出されたルーが来る頃には、巴も百代も互いに不敵な笑みを浮かべて気を高めていた。

「たった10秒なら、油断のしようもないよな。川神さん」

「だから、お前はなんですぐそういう物言いするかな」

 真剣勝負の雰囲気を醸し出しながらも、軽口を叩き合う。仲良しな二人だった。

「うーん、こりゃちょいと困っちゃうねえ……」

「燕先輩、どうかしましたか?」

「うんにゃ、こっちのお話だよん」

 大和から怪しまれた燕は、対峙する二人へ無邪気に見える笑みを向ける。

 巴の背後に川神院総代川神鉄心が、百代の後ろにはルー・イー師範代が陣取る。達人二人は気で結界を創り出した。

「勝負は10秒のみ。双方よいか」

「私はいつでもいいぞ」

 即答した百代に対して、二刀を構えた男は殺気なしの純粋な闘気を放ちながらこう言った。

「ああ、じゃあやる前に一言。俺さ―――負ける勝負って、受けないんだよね」

「ハッ。言うじゃないか―――私が勝つぞ。絶対に」

「それでは双方構えて……」

 始めいっ! と号が発せられた。

 

 

 

 二人とも先手を取るため開始と同時に技を放つ。

「相馬流、睡蓮!」

「川神流、致死蛍!」

 巴が地面に足を突き刺したかと思うと、百代の足元から気で作られた無数の刃が飛び出す。対して武神が前に突き出した手からは、男に向けて気弾が飛ばされた。百代は身軽に躱し、巴は撃ち落としながら前進する。

「ハハッ! これがまゆまゆとの決闘でも見せなかった相馬の技か……っ!?」

「……青嵐!」

 懐に潜り込み、左右から同時に胴を薙ぐ剣閃が走る。これも回避した百代は拳を繰り出す。

「蠍撃ちっ!」

 当たればそこから全身に衝撃が伝播する必殺の一撃を、巴は手首の力を緩めて刀の腹を使い受け流した。

「行くぞ相馬! 川神流、星殺しーーー!!!」

 至近距離から、回避不能な極太のレーザーが放たれる。巴は落ち着いて、刀と全身に気を纏わせた。

「……奥義、行雲流水」

 光の束が向かうと、巴の体と僅か1ミリだけ開けてそれらが分かれていく。雲が行くように、水が流れるように。相馬流の受けの極意であった。

 剣と拳がぶつかり合う二人の激突は、苛烈さを加速度的に増して行く。

 

 

 

(最高だ、最高だ最高だ最高だ! 楽しい! 相馬、お前と戦えたらこんなにも楽しかったのか!)

 川神百代は歓喜の中にいた。もちろん、相手から注意を逸らしているわけではない。そんなことをしている時間がもったいない。

 相馬巴は、強い。全力を出した自分を受け入れてくれる同年代の人間がいるなんて思わなかった。

 いや、受け入れてくれるどころか、この男に自分は……

 そこまで考えて、百代は雑念を振り払った。

 今はただ、目の前の男を倒すのみ。純粋な願いに、強大な闘気を呼応させていく。

 勝負は、残り3秒。

 

 

 

 二人の体はいつのまにか宙に舞い上がっていた。互いに気で足場を作り、ぶつかり合って見果てぬ高みへと登って行く。

(残り3秒……)

(引き分けなんて……)

((有り得ない!))

 お互いの技と技は、言葉なんてものよりも雄弁に二人を通じ合わせていた。

 先に均衡を破ったのは、相馬巴。

「相馬流、月光撩乱!」

 気で作った刃が、百代を包むように展開される。退路を断つように配置されているが、一つ一つが武神の肉体を切り裂くのに十分な切れ味を持っていた。

「川神流、人間爆弾!」

 武神はそれらを、自爆技で巴ごと吹き飛ばそうとする。男はさっき見た技に前回とは違い、自分に気を纏わせることで対処してすぐ追撃に移る。

 瞬間回復を終えた百代は迎撃態勢に入っていて、彼女が使い慣れた必殺の一撃を繰り出す。

「奥義、重ね桔梗!」

「川神流、無双正拳突きっ!」

 一瞬、百代には巴の腕が四本になったように見えた。気で作り出した幻影の一撃を避けた後、その影に追いつくように振るわれる本命の斬撃が直撃するのが重ね桔梗……相馬家初代の妻、桔梗の名を冠する技だった。

「……う、ぐっ、ごはっ……!」

 激突の結果は―――相討ち。百代は気でガードしていて切断はされていないもののしたたかに腕を打たれ、瞬間回復を使う。

 そのタイムラグが、命取りになった。

「ぐ、うっ……あああああっ!」

 巴は胸に直撃した無双正拳突きのダメージも気にせずに最後の一撃を繰り出す。

「飛燕、落としっ!」

「……っう、わっ!?」

 空中から、百代の体が地面に叩きつけられて土煙が舞う。

 そして視界が晴れたときには、立っている男が一人、横たわって首筋に刀を突きつけられた女が一人。

 見上げるのが川神百代。見下ろすのが相馬巴。

 息を整えながら、百代は言葉を紡ぐ。

「私は、出会った時からこうしてお前と戦いたかった」

「そうかい。俺は出会った時から、こうして川神さんに勝ちたかったよ」

「……今のお前、いい男だな」

「だろ? 今旭さんに告白したら成功するかな」

「はは。どうせ無理だよバーカ」

 万感の思いを込めつつ、二人は会話する。誰も口は挟めない。

 文句なく、相馬巴の勝利だった。

 

 

 

 

 巴は刀を納め、百代に手を貸す。武神は素直にその手を取って立ち、胴着に付いた土を払った。それから地団駄を踏む。

「ん〜〜〜っ! 悔しいっ! でも良い勝負だったっ!」

「そりゃ、四つあるうちの奥義二つも使わされたからね。勝てないと困る」

「なんだ、あのレベルの技、まだ二つも残ってるのか?」

「残りは扱いが難しいもんで。行雲流水は便利だし得意なんだけどさ」

「星殺しを流した技か! あれどうやってるんだ?」

「ははは。それは流派の秘密」

「なんだよ教えろよー……ま、いいや」

 百代は腕を組んで巴に向かい会い、勝負の最後の最後に解せないことがあったので問い質す。

「飛燕落とし、だっけ。お前なんであれ峰打ちだったんだ?」

「……あれ、バレてた?」

 巴はヘアゴムを外して髪をほどきながら、へらへらと笑う。百代はそんな彼のポリシー、真剣勝負は命を賭けるものというのを知っていたのでさらに問い詰める。

「当たり前だ。何か? 私は殺す価値もないって言うのか?」

 厳しい問いに、くるくるとゴムを回転させながら男は首を横に振った。

「あくまで稽古だし。それに」

「それに?」

「俺も、初めて勝負が楽しいと思った。そんだけ」

「……そうか」

 全力を尽くしてくれた相手が口にする本心からの言葉に、百代はふと相好を崩した。

 朗らかに会話していた二人だったが、ひと段落したところで周囲に視線を向けると、そこにいた全員が信じられないといった表情をしていた。

「どうしたんです? 皆さん」

「あー、私が負けたのが信じられないんだろ」

 百代の言葉に、巴は怪訝そうな顔をする。

「まさか。負ける時は負けるもんでしょ、勝負なんて」

「いやいや相馬クン。モモちゃんが負けを認めるって相当な事だよん。まさかほんとに勝つと思わなかった」

「だって川神さん弱点まみれじゃん。俺が倒さなくてもいずれ……あだだだだ」

「んー? だーれが弱点まみれだって?」

 いつの間にか接近していた燕の茶々に応じた巴は、武神から肋骨を貫手でツンツンされていた。丁度無双正拳突きを撃たれた場所だった。傷跡を抉られた巴はキレる。

「弱点多いなのは事実だろうが! 京極くん呼んで怪談話でもさせてやろうか?」

「わー! お前が言うと真剣であいつやりそうだからやめろよー!」

「お、モモちゃんは怖い話が苦手、と……メモメモ」

 三年生3人が漫才を繰り広げていると、結界を張っていた鉄心、ルー、そして大和と一子も近づいてくる。

 代表して鉄心が一歩前に出る。そして軽く禿頭を下げた。

「相馬よ。百代を負かしたこと、感謝するぞい」

「おーいジジイ。孫が負けたのになんて言い草だ」

「感謝されるようなことしてないですよ。俺も良い稽古になりましたから」

「孫娘の成長に一役買ってもらった人間に礼を言うのは当然のことじゃ。本当に勝つとは思っておらなんだがな」

 フォフォフォ、と髭をいじりながらの言葉に、巴も百代も肩を竦めた。

「相馬。昼飯でも食っていかんか」

「松永納豆もサービスで付けるよんっ!」

「いりません。じゃ帰りますね。今日はありがとうございました」

 正直言うと疲労の限界だった巴は、踵を返して川神院の入り口に向かう。その背中に、敗北を知った武神の声がかけられた。

「相馬……もっと強くなるから、またやろうな」

「またやるかは知らん。取り敢えず今日は勝ち逃げしとくよ。じゃ、また明日」

 しおらしくなった百代を背に、男は逃げるように川神院を後にする。

「……ふふ、バーカ」

 百代はその大きな背中に、指を銃のようにして撃つ仕草をした。

 

 

 川神院一堂と松永燕が昼食を摂るべく移動するなか、大和は立ち尽くしていた一子に話しかける。

「ワン子、俺たちも行こう……ワン子?」

 日々の修行には食事が大事と常に説いている少女の不審な様子を、ファミリーの軍師は気にかける。

「そっか……お姉様にはもう、隣に立てる人がいるんだ……」

 一子の呟きは、騒がしくなりつつあった川神院の空気に吸われていった。

 

 

 

 

 夜の商店街。徐々に蒸し暑くなりかけている夜の空気の中を、松永燕は百代の見送りを断って一人で歩いていた。

 その手には通信端末が握られている。

「もしもし、松永久信の娘ですけれども」

『……なんだ、松永の赤子か』

 電話口の相手は、ヒューム・ヘルシングだった。松永燕が川神に来た理由を作った張本人、九鬼紋白の従者である。

「ご依頼の件なんですけどねえ。隠しても意味ないんでお伝えすると、モモちゃん今日負けちゃいました」

『……相馬か』

「はい」

 紋白から燕に出された依頼とは、川神百代を打倒することだった。そのために九鬼から莫大な資金が投じられた秘密兵器も彼女は持っている。

 大和の同行を条件に審査をすっ飛ばして行った川神院での稽古も、百代の弱点を探るためだったのだが、巴に先を越される格好になったというわけだった。

「いやはや、家名を上げるのもままならないですなあ」

『では松永燕。次の依頼だ。内容は大して変わらんがな』

「およ? まだ松永に投資していただけるので?」

『そういう物言いはやめろ。こちらから申し出ていなければどうせお前の方から交渉していただろう』

「いやあ、性分でして。それで、ご依頼ってのは」

 ヒュームは少しの間黙り込む。それから、ある計画の名前を燕に伝えた。

「……暁光、計画?」

 この瞬間、松永燕に一つ、重い重い足枷が付けられた。

 

 

 

 

 




……巴くん、丸くなったなあ。
まあ百代が男って言ったってことは、まじこいユーザーの皆様ならお分かりの通り、そういうことです。


投稿ちょっと空くと思います。申し訳ございません。感想等お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。