真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜   作:夢迷月

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もうちょっと入る予定だったけどキリがいいので投稿


第十二話

「おめでとう、巴」

「おめでとう、巴くん」

「は、はあ……どうも?」

 月曜日の夜、相馬巴は戸惑っていた。旭と共に帰宅するなり、左隣と正面からクラッカーの破裂音が響いたからである。突然のことだったが、安物のパーティグッズから飛び出た紙吹雪とリボンを巴は旭をかばいつつオートで全て回避していた。いがらっぽい火薬の匂いが鼻をつく。

 破裂音の主、幽斎はニコニコしながら巴にラッピングされた箱を手渡す。

「聞いたよ巴くん。あの武神に勝ったそうだね」

「稽古ですけどね。幽斎さんも出張お疲れ様でした」

「ありがとう。その出張から帰って九鬼に顔を出したら、巴くんの武勇伝を聞かされて、これはお祝いしないとと思って旭と相談していたんだ」

「大成功ね。お父様」

「ああ。しかも、突発的に始まった勝負だったんだろう? 素晴らしい。まさに試練だったというわけだね」

 うんうんと嬉しそうに何度も頷く幽斎に、巴はげんなりした。この話を聞いていそうで全然聞いていない感じがあまり得意ではなかった。

 まあこのサプライズで旭も嬉しそうにしていたから巴はそれだけで満足だったが。

「巴くんの匂いで分かるよ。きっと川神百代さんとの勝負という試練が君を成長させたんだねえ」

 なんでも、最上幽斎は人の精神の具合が匂いで分かるらしい。巴は目で見る上においてそういう感覚があることは理解出来るので、曖昧に頷いた。

「お父様、ケーキを用意していたんでしょう?」

「おおそうだ。ほら巴くん。戦勝記念のケーキだよ。自作したんだ」

 幽斎がテーブルから持ってきた箱を開けると、小さめの1ホールケーキが詰められていた。上に乗ったチョコプレートには巴の名前と共にcongratulations! とホワイトチョコで書かれていた。

 何度か食べたことがあって、幽斎の手作りケーキが美味しいのは知っていたので、巴はまた頭を下げる。

「あ、ありがとうございます……じゃ、夕飯食べた後皆で食べましょうか」

「ああ、成長した魂の芳香が漂ってくるよ。今度は君や旭にどんな試練が降りかかるだろうか」

「お父様、はしゃいでらっしゃるわね。巴、行きましょう」

「う、うん」

 旭に手を引っ張られて、巴はリビングに向かった。話が伝わるのが早すぎないか? と思いながら。

 ちなみにプレゼントの中身は黒色のシュシュだった。あまり使う気にはならなかったが、男は取り敢えず懐に入れておくことにした。

 

 

 2009年 6月 16日

 武神倒れるの報は学園中に轟いた……というか、敗北した百代本人から率先して広めていたので、巴は一躍時の人となった。3-Sの前には人だかりができ、決闘を申し込んでは殺気を飛ばされてぶっ倒れる下級生が続出した。特に、

『なんだよ、武神って言ってもあっさり負けるんだな』

 こう呟いた男子は失禁させられるほどの殺気を浴びせられていた。身の程知らずが巴は大嫌いだった。

 

 そんなバイオレンスな日の翌日、火曜。

「巴、貴方最近勉強してる?」

 放課後に旭の口から飛び出た言葉に対し、巴は顔を渋くする。

「……いや、実は全然」

 旭に次ぐ学年二位の座は、一度取ってしまった巴が半ば意地になって取り続けていたものだが、最近は武の鍛錬に熱を上げていたので勉学が疎かになっていた。

 全然していない、と言いながらも授業はしっかりと聞いていたし、復習用のノートもきちんと取っているが、それだけで二位を取れるほど甘くはない。旭も巴もその辺りは理解していた。

「じゃ好都合ね。清楚、彦一」

「アキちゃん、昨日言ってた件?」

「あまり職権を濫用しないで欲しいものだがな」

 名前を呼ばれた清楚は小首を傾げつつ、彦一は苦言を呈しながら応じた。

「じゃあ、自習室に行きましょう」

 旭の号令で一行が向かったのは、図書室内に設置された自習室だった。議長権限で、というよりはきちんと申請をした結果として貸切になっていた。

「というわけでテスト一ヶ月前、勉強会と行きましょう。えいえいおー」

「お、おー!」

 ニコニコした旭が握り拳を挙げるのに、清楚だけが声を合わせた。巴は何も言わずに手を挙げ、彦一はさっさとノートやファイルを手提げから広げていた。

「つれないわね彦一」

「ここも一応図書室なので、静かにしていただけだ。それで最上くん、今日やる科目はなんにする」

「みんなの共通科目の世界史からやりましょうか」

「うげ……」

 肩を下げて顎を出したのは巴だった。数少ない苦手科目が世界史だったからである。

 成績上位者がSクラスに集められているだけであって、3年生にもなると当然選択科目毎の移動教室が他学年に比べて多くなる。そこで進級時に巴は旭とバラバラに授業を受けるのを嫌って選択科目を合わせたのだが、世界史だけは不得意としていたのだった。

「数学とかやらない? 旭さん」

「巴の解き方がレベル高すぎるからダメ。大体入試範囲超えてるじゃない。証明なしで範囲外の定理使っちゃダメって美島先生に言われたばかりでしょう。まともに解いても満点取れたのに横着するから」

「横着じゃない。証明は短い方が美しいって言ってたのも美島先生じゃん」

 使えるものを使って何が悪いという主義の巴は平然と大学で習うような知識を証明なしで用いて、川神学園数学教師のドン、美島に2学年末のテストで減点をされていた。

「まあそれで大問一つ落とすような失点をされてなお、前回も相馬に勝てなかったというのは悔しいものだが」

「京極くんがいつも三位なんだっけ」

「ああ。最上くんに在学中で一度でも勝てればと思っていたのだが、今回相馬には勝てそうだ」

 清楚の問いに対し、扇子の内側で彦一は不敵な笑みを浮かべる。

 不満そうに頬杖をついていた巴は、観念したように自習室の本棚から世界地図を取り出した。地図自体は頭の中に入っているが、地理を見ながらの整理が世界史の点数向上の早道だということを口酸っぱく言われていたからである。

「ま、この面子なら現文古文は京極くんに習えばいいし、俺としては不満はないよ」

「決まりね。じゃあ勉強会始めましょうか」

 一人不満を吐いていた巴が納得したところで、全員がシャープペンシルと蛍光ペンを取り出し、資料集と問題集に向かい合った。

 ひと段落ついたところで、巴は彦一にふと思いついた疑問を投げかける。

「てか、なんで京極くんは世界史選択なの。倫理政経でよくない?」

「そちらも取っているが、志望校が世界史を必須科目にしていてな。已むにやまれずだ」

 そうか京極くんは文系だった、と思い出した巴は清楚に水を向ける。

「葉桜さんは?」

「私? 私はね、自分のルーツを知りたいから、かな。ほら、英雄って言っても日本のじゃないかもしれないじゃない?」

 ヒナゲシの髪飾りを微かに揺らし、照れてはにかみながらの返答には、勉強道具をひとまとめにした旭が応じた。

「あまり正体がどうこうに囚われると、ロクなことにならないわよ。清楚」

「分かってはいるんだけど……」

「他でもない貴女が、今私たちと一緒に勉強して高め合っている。これが一番重要なんじゃないかしら」

「あ……」

 清楚は旭の明瞭な答えにパチパチと目を瞬かせ、それから満面の笑みをこぼした。

「なんか……不思議。アキちゃんの言葉ってするっと入ってくるね」

「ふふ。清楚にそこまで言って貰えるとは光栄ね」

 蚊帳の外の男二人は、仲睦まじく微笑み合う女子二人を眺めて和やかな雰囲気に包まれていた。

 記述式解答の検討会も終えると、旭がおもむろに席を立つ。

「お花摘んでくるわ」

「行ってらっしゃい」

「巴、付いてこないの?」

「流石にトイレまで行かない」

「そう」

 3人が見送ると、評議会議長は図書室から出て行った。1分ほど経過したところで、巴は違和感を覚える。

「……ん?」

「どうした、相馬」

「いや……ちょっと」

 男が椅子から立ち上がってキョロキョロし始めたのを、和服姿の男と清楚な女は不審そうに見る。

「旭さんの気配が、学校出てる」

「そうなの? 私全然分からなかったけど」

「ちょっと行ってくる!」

 今度は巴が自習室を飛び出した。

「……行っちゃったね、京極くん」

「片付けておいてやろう」

 取り残された二人は、とりあえず二人が残した教材や筆記用具をまとめていた。

 相馬巴は校門を飛び出して多馬大橋に向かう。通称変態の橋と呼ばれているこの場所に旭の気配を感じたからである。

 すると、そこでは。

「ぬうっ! ふんっ!」

「あははっ。マクシムさん、もう少しいけるかしら?」

 がっちりと筋肉のついた肉体を持つ男が繰り出す技の数々を、入学式の日に買った炎の装飾付きなダサいパーカーを着た旭が翻弄していた。

「舐めおってからに!」

「……これが限界かしら。せいっ!」

 そして、懐に潜り込んで三日月蹴りを脇腹めがけてしたたかに叩き込む。男は悶絶して倒れ込んだ。

 ありがとうございました、と言うように深々とお辞儀をする旭。その姿を呆然と見ていた巴の下へ一人の男、異常隆起した肉体を窮屈そうに執事服へ包んだヒューム・ヘルシングが歩み寄る。

「相馬。見ていたのか」

「伯爵……」

「最上旭も詰めが甘いな」

「……っ!?」

 想い人の名前を出されて、青年は動悸が早くなる。

 何故なら、最上旭は”存在感を薄くする技を持っていて自分の力をひた隠しにし続けていた”からであり、事実巴と幽斎以外の誰にもその強さを悟らせていなかったからである。

 青年は老執事に重々しく訊ねる。

「伯爵、あれが旭さんって分かるんですか」

 しかし、ヒュームはこの問いに意表を突かれたような表情を作った。

「お前、まだ聞かされていないのか?」

「聞かされてない、って」

 なにを、と聞こうとして巴は口を噤む。しかし、その動揺は容易く看破されていた。老執事は喉を鳴らして笑う。

「ククク。やはりか」

「……知っていることがあるなら、教えてほしいものですね」

「まだその時ではないということだ。ほら、ご主人様のところに行ってやったらどうだ?」

 まだ、という言葉で常に旭への告白をはぐらかされていた男は語気を強くして詰め寄る。

「そんなんじゃ誤魔化されませんよ」

「ほう、ではどうする? 力づくででも聞き出すか?」

 一瞬で膨れ上がった闘気が辺りを包む。巴も応戦すべく気を高めようとしたが、やめた。

「旭さんに、直接聞きます。伯爵に勝てないとは言いませんが、その方が安全だし、確実だ」

「賢明だな」

 その余裕ありげな態度に、巴は憮然とした。だが気にしていても仕方ない、と旭の下に向かう。

 去りゆく背中を眺めていた最強の名を冠する男は、天を向いて呟く。

「俺も焼きが回ったか? 最上幽斎の持ちかけてきた話といい、相馬巴が強くなれた理由といい……」

 それから、下ろした視線を男女二人に向ける。

「―――相馬よ、近いうち俺とお前は戦うだろう。その時まで精進しておけよ」

 会話の内容には興味ないとばかりに、ヒュームはその場を立ち去った。

 

 逢魔が時の夕陽が赤黒く彩る河川敷で、男と女は相対する。

「旭さん!」

「あら、私は旭なんて名前じゃないわ。近頃噂のファントム・サンよ」

 フードを取らずに応対する相手に、巴は嘘を許さないと伝えるべく眼光を鋭くする。

「……やっぱり、無理あるかしら」

 決して怯んだわけではなかったが、ギャグが通じなかった中年のように旭はとぼけた。先ほどのヒュームとの対話で苛立ちを募らせていた巴は思わず厳しい口調で問い詰めた。

「一体、何やってるんだ」

「なにと問われたら、調整ね」

「何のための」

「私とお父様の夢のための、よ」

 形のよい顎に白魚のような指を当て、フードから見えている口を三日月型に歪めた旭に、巴は一歩近づいてその細腕を手に取る。

「……帰ろう。京極くんたちが待ってる」

「このまま行くの?」

 旭はパーカーを指でつまんで見せる。その下にあるへそ出しルックの衣装を見て、巴は思わず生唾を飲み込んだ。

「あ、いま発情した?」

「……してない」

「うそ」

「じゃあしたってことでいい」

「ふふ。素直でよろし……きゃっ」

 どことなく上機嫌な想い人の体を引っ張り、巴はお姫様抱っこした。裃の上衣越しに、巴は旭のスパッツに圧迫された太ももに触れて興奮した。

「どこで着替えたの」

「あら、今日は随分ワイルドね。襲う気?」

「どこ」

 有無を言わせない男の態度に、からかえる雰囲気ではないと察した黒髪美人は観念したように呟く。

「……学校の更衣室よ」

「行くよ。舌嚙まないでね」

 議長を抱えた懐刀は、全速力で学校へ帰って行った。

 着替えた旭と巴が戻ると既に下校時間が迫っていたので、結局その日の勉強会はお開きとなり翌日以降に持ち越されることになった。

 

 

 

 その夜、最上家。

「おや、おかえり旭、巴くん」

「ただいま、お父様……わわっ」

「ただいま戻りました、幽斎さん。ちょっと旭さん借りますね」

 帰るなり、家主に硬い口調で挨拶を返してから、険しい顔をした巴は旭の腕を引っ張って自室に連れ込む。

「とも……んっ、んんっ!?」

 そして後ろ手に鍵を閉めてから、細い体を部屋の壁に押しつけ、後頭部に手を当てて無理やり唇を奪った。

「ちゅ、ん、ふうっ、んむっ……」

 舌を入れるわけでもなく、傷つかないように加減しながらも唇を押し付けるだけの力任せなキス。頬に当たる鼻息が荒くなり始めてから、男はようやく距離を空けた。解放された旭は口に手を当て、心底驚愕したような表情をしている。

「……ほんとに今日の巴はケダモノね」

 驚きはしてもからかうような調子を崩さない女の瞳を、巴は真剣な視線で射抜く。

「旭さん。もう俺、我慢できないよ」

「ふふ。じゃあ私を犯してみる?」

 するすると制服のスカートを上げようとする旭に、巴は首を横に振って見せた。

「違う。旭さんが俺の告白を断ってる理由を、今日こそ教えて欲しい」

「だから、それはまだ」

 逃げようとはしていないが、尚もはぐらかそうとする旭の腕がしっかりと握られる。

「俺は、本気で旭さんが好きだ。旭さんのためなら、死んだっていいし……一度死んだ。だから、いつか教えるって言ってくれるのなら、今教えてくれ」

 巴の手が、史文恭との戦いを思い出して僅かに力を強める。すると握っていた旭の細腕が軋みを上げた。

「ちょ、っと、痛いわ。巴」

「っあ……ご、ごめん! 旭さん」

 鼻梁の整った顔が僅かに歪むのを見て、男は慌てて手を放す。狼狽える男に、今度は旭が正面から抱き付いた。巴は壁に押し付けられているわけでもないのに、固まって動けなくなる。

「ごめんなさい。そんなに追い詰めてしまっていたのね」

 謝意を見せる旭に、巴は自分が強硬手段に出た経緯を話そうとした。

「……今日、ヒューム伯爵に会ったんだ。そしたら、あの人旭さんの強さを知ってて。それから、まだ聞かされてないのか、って」

「そうね。これからヒューム卿にも一枚噛んでもらうみたいだから、お父様がお話ししたのでしょう」

 今度は優しく旭の体を抱き締め返しながら、巴は嗚咽を漏らす。

「なんで、俺じゃないんだ」

「巴にはまた別の役割があるもの」

「俺には、何でも話してほしい。旭さんのことなら、全部知りたいから」

「全てを知ったら、失望するかも」

「しない」

 力強く断言した男に応じるように、旭は抱きしめる力を強くする。それから寄り切るように少しづつ体を押していき、巴をベッドに押し倒した。

「ちょっ、旭さん、うわっ!」

 上に跨る旭は、巴の顔の横に腕を突き立てる。仰向けに寝かされた男の視界は、人形のように美しい顔とそこから垂らされた黒髪のカーテンに埋められる。そしてそのカーテンが閉じるように、二人の顔が近づいていく。

「ふふ。じゃあ、手付けよ……ん、れろっ……」

 旭からしたキスは、深く深く、蛇のように舌を絡めあうものだった。巴は至近距離に見える白皙の肌から目を離さずに負けじと舌を絡めるが、旭側から落ちてくる人肌の唾液を飲まされるがままになる。

 お互いに体の境界線も時間感覚も分からなくなり、口からもたらされる熱だけが全身を支配してしまった後。

 くてっとした旭が、寝転んだ男の胸板に頭を押し付けた。そしてか細い声で呟く。

「……巴。今度、旅行にでも行きましょうか。温泉とか」

「温泉? 別にいいけど」

「そこで、全部話すから」

「……っ、分かった。じゃあそこまでは聞かない」

 それから、と巴は目の前の美人の顔に軽く手を添えて持ち上げる。

「今日は、ごめん」

「ふふ。今日の貴方は、一段と素敵だったわよ。濡れたわ。ほら……」

 目を合わせながら、旭がごつごつした手を自分の大事なところへ導く。

「わー!」

 巴は驚いて手を振り払った。

「ここまでやっておいて、凌辱して無理やり聞き出す尋問プレイとかはしないのね。意気地なし」

「面目ない」

 色々あったけれど、いつも通りの二人だった。

 

 

 




温泉回は二話後になります。
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