真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜   作:夢迷月

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第十三話

 2009年 6月 18日

 木曜の昼休み、巴は由紀江の作った弁当を屋上で食べていた。隣に旭はいない。二人はあの日から少しだけ距離を置いていた。

「きょ、今日も自信作ですっ」

「はは。由紀江さんはいつも自信なさそうしてるのに料理は自信満々だよね」

「はぁうっ」

「実際美味しいよ、このおかずも」

「こっ、このパイセン、女たらし度上げてやがるぜい……」

 北陸の幸たっぷりな昼食に巴が舌鼓を打っていると、屋上の扉が開く。校舎から出てきたのは、源義経、武蔵坊弁慶、そして直江大和の3人だった。まず義経が元気よく挨拶してきて、それに二人が従者のごとく続く。

「こっ、こんにちはっ! 相馬さん!」

「どうもでーす」

「こんにちは、相馬先輩」

「やっ。皆さんお揃いで」

「こんにちは、義経さん、弁慶さん、大和さん」

 並んで座る由紀江が柔らかい笑みで挨拶を返すのを見て、巴は癒された。

「最近よく会うね、直江くん」

「あはは。色々巻き込んでしまっていますが」

「俺も退屈してないからいいよ。それで、源氏の皆さんと一緒に屋上で弁当でも食べに来たの?」

 巴の問いには、義経が回答した。

「直江君には義経のウォーミングアップを手伝ってもらっているんです」

 朗らかに笑う源氏の頭領の言葉に、先輩は思わず首を傾げた。弱いだろ、と口には出さなかった。

「……ほんと?」

「一応、本当です。姉さんのちょっかいが激しくて、回避性能だけはやたらとあるので」

「ふーん」

「相馬先輩に負けてからは、落ち着いたものですけどね。ずっと基礎鍛錬やってるみたいですから」

 そんなことになってたのか、と巴は後輩からの情報を適当に聞き流した。

 義経が大和に剣を振るうのを見ながら、水筒から注いでもらった冷たい水を飲みつつ弁当を食べ終えた男は、手を合わせて食材と料理人に感謝を述べる。

「ご馳走様でした。由紀江さんもありがと」

「いっ、いえいえ、好きでやっていることですので……わわっ」

 謙遜する由紀江の頭を、巴は優しい手付きで撫でた。

「また作ってくれると助かる。あ、頻度はほどほどにね」

「〜〜〜〜〜っ!」

 由紀江の顔が真っ赤に染まる。それをベンチに寝っ転がって川神水を呑みながら見ていた弁慶は一言ぼやいた。

「……相馬さん、割と女殺し?」

「失敬な。女は殺したことない」

「わーお斜め上の回答」

「いやあったかな……結局やってないだけだったかな……標的にはいなかったけど……」

「そしてさらに不安になるやつ。ごくごく」

 地雷をつついてしまったか、と後悔した弁慶は川神水をぐいぐいいきながら話題を変える。

「相馬さんも、義経のアップ手伝って貰えません? 組手なら大丈夫なんでしょ?」

「その心は」

「私が大和の膝枕で寝られる! っふぅー!」

 酔っているようだった(※川神水はノンアルコールです。場の雰囲気で酔っているように見えるだけです)。

「……ま、いいか。おーい源さん! 直江くんよりはデキる自信あるけど俺とやる?」

 先輩の声かけに、義経は刀を納めてわざわざ巴の前まで来て頭を下げて断った。

「相馬さん。申し出はありがたいのだが、義経は直江君に一度頼んでしまったので、お断りさせていただきたく思う」

「じゃ眺めとくよ、止めて悪かったね」

 深追いはしなかった。この辺りはさっぱりしている男である。あっさり納得された義経は機嫌を損ねたのではと思い、慌てて取り繕おうとした。

「き、機会があればまた是非ご指南をお願いしたい、です」

「はは。機会があればね」

「はい! よろしくお願いします!」

 ぱあっと無邪気に笑う義経を見て、巴も笑った。由紀江然り、黛大成然り、この男は邪念の見えない人間が好きだった。

 再開された義経と大和の稽古を眺めて、弁慶は杯を傾けながらすこし拗ねたように呟く。

「うんうん、主ならこうくるよねー。ごくごく」

「……失敗すると分かってて、先輩を利用するのはどうかと思うよ、武蔵坊さん」

「いやあ、五分五分だと思ってたんですよ。そっかー、主かー。主なら仕方ないなー。ごくごくごく」

 巴の言葉に論理なしの反論をしながら、弁慶はやけに早いペースで川神水を飲み干す。

 結局、昼休みいっぱいまで義経鑑賞会が開催されていた。

 

 

 

 放課後、図書室内の自習室。

 備え付けられている椅子を全て埋めて、男3人女3人が席についていた。

「……最近、よく会うね? 直江くん」

「……あ、あはは。色々、巻き込んでしまっていますが」

 どこかで聞いたような会話を二人はしていた。男にしては長めの髪をかき回す巴に、清楚な美少女からの綺麗な声がかかる。

「ご、ごめんね、相馬くん。勝手に連れてきちゃって」

「いや、別にいいよ葉桜さん」

 なんでも、武士道プランに際して2年のSクラスに義経たちが入った影響で3人がクラスを落とされ、欠員補充のために希望者を募って臨時のテストを行うらしい。

「与一くんから、大和くんがテスト受けるって聞いたんだ。大和くんがSクラスに入ってくれたら、義経ちゃんたちも馴染みやすくなると思うし、勉強ならここに連れてきちゃえばいいかな、と思って。つい」

 義経は意欲的に、弁慶はやや消極的にコミュニケーションを図っているらしいが、那須与一はクラスの輪に入れていない……というか、本人があまりその気がないらしいということを清楚は説明した。

 その説明に続くように、大和が熱っぽい口調で話す。

「俺も、義経たちに感化されたんだと思います。Sクラス、狙ってみたい」

 直江大和の、素直な覚悟に満ちた瞳。それを見た巴は……

 ……内心の彼の評価を、かなり下げた。

 何故なら、直江大和という人間の持ち味は、どんなに姑息で卑怯で醜悪な手段であっても、勝利を優先するところだと巴は決めつけていたからだった。

 川神学園でたまに開かれる賭場での活躍や、各部活や職員、評議会内や学外にすら築かれたパイプの数々。去年の体育祭や文化祭での采配。どれも、相馬巴が持ち得ない力である。だからこそ巴は大和を高く評価し、かつ敵にしないようにしてきた。

 そんな人間が狙ってみたい、などと弱気な発言をするなんて。勝利を優先する姿勢に共感すら覚えていた巴は、正直に言えば失望していた。

 ニコニコとした笑みを顔に貼り付けながら、巴は自分のファイルを広げる。

「うん、分かった。じゃあ、俺は俺で勉強しと……ごはっ」

 しかし、手前勝手に勉強を始めようとした男の脇腹には旭の拳が、脳天には京極彦一の扇子が叩きつけられた。

「相馬、そうやって人を判断するのは悪い癖だぞ」

「そうよ巴。困っている後輩がいたら手を差し伸べないと」

「……俺には何もしてやれることねえよ。京極くんはあとでしっぺな」

「それくらいなら甘んじて受けよう。今回は葉桜くんのためにもなることなのでな」

 薄笑いを浮かべる美男子に、巴は恨みがましい視線だけを向けた。面倒なのでしっぺは勘弁してやることにした。

 場が落ち着いたところで、今度は旭が仕切り始める。

「じゃあ、まず選抜テストの科目を教えてもらっても良いかしら? 大和」

「は、はい! 数学と英語です」

「妥当ね、急なテストだもの。じゃあ数学は巴、英語は他全員で教えましょう」

 唯一の単独指名に、巴は顔を渋くさせた。

「なんで俺?」

「貴方教えるの上手じゃない」

「下手でしょ」

「そんなことないよ。相馬くんに教えてもらったらすぐ解けるようになったよ、私」

 男の言葉は、清楚がやんわりと否定した。彦一もそれに続く。

「私も賛成だ。実際、相馬は問題の解き方自体が参考になる。テストでは少し違ってくるがな」

「……けっ、わーったよ分かりましたよ」

 嫌味を言われつつの褒め言葉を、巴は文句を言いながら受け取った。それから、大和に向けて二、三質問を繰り出す。

「じゃ、今回のテスト範囲は」

「い、今までの全範囲だそうです!」

「直江くんの前回の順位」

「34位です」

「微妙……他の受験者とか、作問する先生の情報は持ってる?」

「いま仲間に調べてもらってます」

 やることはやっているのか、と巴は評価を上方修正した。

「数学の教科書貸して。今の進度は?」

 大和は教科書を2冊取り出し、それぞれ現時点で授業が行われている最後のページの角を折って渡す。その部分までをパラパラと見た後、巴は真新しい参考書を取り出した。

「それの33ページの問7、46ページの問3、あと……78ページの問3。やってみて。書き込んでいいから」

 開きやすいよう表紙に折り目が付けられている以外使った形跡が見えない分厚い参考書を渡された大和は、恐縮して返そうとする。

「これ、ほぼ新品ですよね」

「全部解いてるからいいよ」

「巴はね、学園生レベルの数学なら見ただけで大体解けるの。だから大丈夫よ、大和」

 正確には解答の道筋が見えるだけなのだが、数学はとにかく解答の1行目が思いつくことが大事だと考えているので、巴は旭の発言に深く突っ込まなかった。

 だが、この部屋の唯一の謎には突っ込んだ。

「……で、あれはなに?」

 巴の視線の先にいたのは、机に突っ伏した黒い塊……川神百代。最近の稽古の激しさによる疲労と、自習室という空間の退屈さに耐えきれず、爆睡していた武神だった。明らかに、身に纏う闘気が一回りパワーアップしている。

 なんでいるのか、という疑問には大和が答えた。

「姉さんには護衛をお願いしたんです。ちょっときな臭いやつもいるので」

「妨害ね。直江くんは考えてないの?」

「ここで真面目にやって勝てなかったら、Sに行っても長くないので」

 そういう考えもあるのか、と巴はまた少し評価を下げた。乱高下の激しい評価値だった。

 

 

 ともかく、数学を巴が、英語をメインで彦一が教える勉強会は翌火曜日まで続いた。その間椎名京が自習室に来訪してきたり、合流してきた由紀江はSクラスの学力も持っていることが判明したり、清楚が百代のちょっかいに反撃して部屋が吹き抜けになったりと色々あったが……

 

 

 2009年 6月 23日

 S組選抜テスト前日。

「だから、直江くんは場合分けとかは抜け目ないけど、解答のここは厳密さが重要。ここの処理は……」

 追い込みにかかる男二人は自習室ではなく学食で隣に座り、指導役はより点数の高い回答を作成する手順を説明していく。結局英語も指導してしまっていた巴は、なんだかんだで面倒見のいい男だった。直江大和の正直に弱い所を認める態度も評価し直していた。

「じゃ、こっちの問題解いて……ん?」

 一旦大和から離れた巴は、後輩のバッグについていたお守りに視線が向く。巴の目には作られたものに籠った思いの強さがありありと見えていた。

「このお守り、誰かからもらったの?」

「義経達からもらいました」

「ふうん。源氏のお守りか、ご利益ありそうだね」

「はい。これで落ちたら、かっこ悪いですよね。絶対受かります」

「うん、その意気だ」

 巴は大和から他に受験する面子の話を聞いており、正直簡単に受かると思っていたので心に余裕があった。

 並んでノートを広げる二人の元に、葉桜清楚が訪れる。

「相馬くん、大和くん。お疲れ様。あ、お守り付けてくれてるんだ」

「葉桜さんの手も入ってるの?」

「うん。ちょっとちくちくっとしたの」

 清楚は針で布を縫うような手つきを見せた。巴が椅子を引いて示すと、清楚美少女はお礼を言いながら座る。本を読みながらもどことなく手持ち無沙汰そうにしていた清楚に対し、裃姿の男は立ち上がって背を伸ばしながら話しかける。

「葉桜さん、何か甘いモノ食べる? 奢るよ」

「えっ、そんなの悪いよ」

 遠慮する清楚に、巴は学食の上食券を見せた。

「これの有効期限迫ってるからさ。なにかない?」

「……じゃあ、杏仁豆腐でお願いしようかな」

「了解」

 巴は学食で杏仁豆腐と三色団子を購入して、テーブルまで運ぶ。すると、清楚に抱き着く嫌な影が一つ。

「やーやー、相馬クン、お久しぶり」

「松永さん、なんでここにいるのかな」

 納豆小町との異名をとる、松永燕だった。

「ふふふ。私も大和クンに勉強教えてたんだよん。女の子の勉強」

「……嘘ですからね、相馬先輩」

「むー。大和クンつれなーい。あ、相馬クン。そのお団子貰ってもいい?」

「毒入りだぞ」

「うそうそ。もーらいっ」

 燕は瞬く間に一本串を取り、白紅緑と並んだうち緑だけを残して食べた。

「1個はあげる。あーん」

「一本くらい一人で食え。途中のものよこすな。非常識だ」

「冷たいなあ。もぐもぐ」

「……葉桜さん、どうぞ」

「あ、ありがとう、相馬くん」

 お礼を言いながら杏仁豆腐が乗ったトレイを受け取る清楚は、スプーンで一口食べて笑顔をこぼしていた。

 三年生たちの様子を見ていた後輩は、団子を齧りながら隣に座り直した先輩に話しかける。

「……先輩、結構モテてますよね」

「俺には旭さんがいるし。ていうか、モテてると言えば君も椎名さんからガンガンアプローチされてるだろ」

「うぐ」

 先輩の反撃に、大和は痛いところを突かれて言葉を詰まらせる。幼少の頃に恋心を抱いて以来告白し続けているという椎名京の話を聞いて、巴は彼女にシンパシーを感じていたのである。

 どことなく会話が気まずくなった男二人の間に、燕がひらりと舞い降りる。

「なになに? 男の子同士の恋バナ?」

「してない。邪魔」

「ちょっと当たり強くない? しくしく」

 でも、と燕は気を取り直す。

「相馬クンのそういうとこ、嫌いじゃないよ」

「俺は松永さんのそういうとこ嫌いだよ」

 黒髪美少女の気を持たせるような言葉にも、男の返事はにべもない。

「うーん、取りつく島がないねん。大和クーン、慰めてー」

「わあっ、燕先輩、胸押し付けないでっ」

 慌てる後輩を見て、清楚な先輩は杏仁豆腐をつつきながら上品に微笑む。

「あはは。燕ちゃん大胆だねえ」

 最終日の勉強は、グダグダだった。

 

 

 明後日。巴のケータイに電話が一本入る。直江大和本人からの合格報告だった。

 

 

 そしてそのまた翌日。

 手荷物を持った男女二人が、屋敷の前で見送られていた。約束していた温泉旅行に出発する、巴と旭である。

「じゃ、行きましょうか、巴」

「行ってらっしゃい。旭、巴くん」

「見送りありがとうございます。無事に帰ってきます、幽斎さん」

「うんうん。旭のこと、よろしく頼むよ。旭も、これからは色々と好きにしていいからね」

「ありがとうお父様」

 優雅な動作で振り返る最上旭に、相馬巴は付き従う。

 後ろを歩きながら、巴は高揚を抑えきれなかった。

(ようやく、ようやくだ。旭さんの秘密を、教えてもらえて、そして―――――)

 トランクにキャリーバッグを入れ、想い人に手を取られて男は車に乗り込む。

「巴、乗りましょう」

「うん、ありがとう、旭さん」

 

 

(―――――そして、俺の想いにも、決着がつく)

 

 

 静かな決意が、男の心を満たしていた。

 

 

 

 

 




今回と次回で置くのでアンケ答えていただけたら嬉しいです。はいの方が多かったらR18の方に番外編として出します。

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