真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜 作:夢迷月
2009年 6月 26日
金曜の放課後、二人が最上家の使用人が運転する車に乗り、温泉旅館に到着したころには夜8時過ぎになっていた。品の良い仲居に荷物を預けて通された客室は、離れで内風呂つきな最高級のものである。
「夕食がまだなので、先に頂いてもよろしいかしら?」
「かしこまりました」
流石に人を使うのに慣れている旭である、部屋の説明をしていた従業員へ明瞭に要件だけ告げて退室させた。
「座りましょう、巴」
それから、そわそわして落ち着かない様子の男に着席を促す。生返事をした巴は座椅子に座った。
調度品や今使っている机、既に敷かれている布団などを見ても明らかにランクが違う。裏稼業のころもこんな高級宿に泊まることはなかった巴は、すこし居心地が悪かった。
「すごいね、この部屋。高かったでしょ」
「お父様が用意してくださったから値段は分からないけど、高いでしょうね」
こともなげに答える旭の返事に、男は質問を重ねる。
「この部屋、幽斎さんが取ってくれたの?」
「じゃあ、私が予約できたと思う?」
巴は旭の機械オンチを思い出して、首を横に振った。
「……思わない」
「素直でよろしい。なんと言っても、今回は私の門出だから。お父様も奮発してくださったんでしょう」
「お待たせ致しました」
話し込んでいると、仲居たちが食事を運んでくる。こちらの御膳の中身も豪華絢爛だった。
複数人が入ってきてテキパキと支度を整える。ものの数分で準備を終えると、全員が折り目正しく退室の挨拶をした。
「では、お済み次第部屋の外に置いていただければ、私どもが回収いたします。明日の朝食はいかがなさいますか?」
「そうね、遅めでいいわ。昼ごろで大丈夫よ」
「かしこまりました。ではゆっくりとお寛ぎください」
旭の返事を聞いてから、従業員たちは部屋を出ていった。
二人の目の前には、艶やかな刺身や揚げたての天ぷら、きめ細やかなサシの入った和牛、そして鍋料理が所狭しと並べられていた。
「まず食事にしましょう。お風呂に入って、お話はそれからということで」
「……うん、じゃあいただきます」
二人は手を合わせて、命をいただくことに感謝した。
この二人にとっては少々物足りない量の食事を終え、食器類を部屋の外に出し、内風呂に入る。
「〜〜♪」
綺麗な音で鼻歌を歌う旭が丹念に髪を洗っている姿を、巴は湯船から見ていた。
濡羽色の美しい黒髪を横に垂らし、わずかに体をねじる姿。香り立つようなうなじから、天使の羽根と形容するのにふさわしく良い形の肩甲骨。贅肉のかけらもない体つきから骨盤のしっかりした臀部へと緩やかに視線を下ろしていくと、上に戻したところで旭と目が合った。
「随分情熱的な視線ね。巴」
からかう成分が強い言葉に、巴は言い訳がましく答える。
「綺麗だし、俺もその、男だから」
「あんな熱視線を向けられたら、私も女だからどきどきしてしまうわ。お似合いね、私たち」
「そうだと、いいな」
整った顔で笑いかけられると、思わず男は顔を赤くする。
(やっぱり、俺は旭さんが好きだ。これからも、ずっと)
この湯船から上がれば、色んなことに決着が付く。二人の曖昧な関係にも、巴の思いにも。
だから、男は少しでもこの光景を目に焼き付けておきたかった。
湯で火照った体を冷ますように、二人は藤で編まれた椅子に腰掛けて夜風を浴びていた。
程よく冷えた後窓を閉めてから、月明かりの差し込む小部屋で色っぽく頬を上気させた旭とさらに心臓の鼓動を早くさせる巴が向かい合う。
普段黒タイツに包まれている純白の太ももを襦袢からわずかに曝け出した最上旭は躊躇うことなく、自分の正体を相馬巴に告げた。
「では、単刀直入に言うわ。私はね、木曾義仲、源義仲のクローンなの。武士道プラン、源義経のライバルとして作られたのよ」
木曾義仲。俱利伽羅峠の戦いにて、平家の大軍を打ち破り上洛一番乗りを果たした猛将。数多くの武勇を立て、そして粟津の戦いで頼朝を将とする範頼、義経連合軍に追われて……妾である巴御前を落ち延びさせ、討ち死にした英雄である。
最上幽斎が、クローンとして生まれる源義経には家臣は居ても競い合う好敵手が存在しないことを危惧して旭を作ったということが説明された。
沈黙が場を支配する。巴が、義仲と名前を口で転がすと、旭が髪をくるくると指に巻き付けながら話しかける。
「……意外と驚いていないのね」
期待外れと言いたげな女に、男は顔の前で手をブンブンと振った。
「いや、クローンまでは予想ついてたし、幽斎さんならやりそうだな、と思って」
「そうね、武士道プランの名前だけは聞かせていたもの」
「うん。それに、色々合点がいったよ」
巴は指折り数えて納得できる事項を列挙していく。
「木曽の山奥で育った、旭将軍。それから、評議会議長を務めるカリスマ性。源さんにご執心だったこと。最後に……俺を、巴御前を傍に置いていたこと」
「あら、自分で言う?」
「違うの?」
男は体を前に乗り出す。腰と艶のある黒髪を弄りながら、女はしれっと返答する。
「……実は、巴と出会えたのは偶然なのよ。お父様が九鬼の人材リストの名前を見て決めたみたいで」
「巴、だからか。幽斎さんだけじゃなくて、この前の話からしてヒュームさんも知ってるんだよね」
こう口にしながら、巴は体だけでなく手も伸ばして旭の白磁の指を手に取る。そして、真摯な瞳を想い人に向けた。
「でもよかった。俺が親から貰った名前が、巴でほんとによかったよ。こうして、旭さんと一緒にいられるんだから」
「そういう巴もクローンかもしれないわよ?」
「あはは。それは多分ないよ。旭さんには言ったことあるでしょ、うちの子供の作り方」
旭のクローンジョークに、巴は笑いながらとびっきりのブラックジョークで返す。
「……そうね、だから私は、貴方に官能小説を読ませ始めたんだもの」
「まあ、そのおかげで俺はこんなに強いし、旭さんとも出会えたからさ」
相馬巴という人間は、性行為自体は知っていた。ただ、快楽を目的とする性行為を知らなかっただけだった。
相馬流は、一子相伝の殺人剣である。であるならば、当然跡継ぎには一定の天稟が要求される。何度も何度も孕ませて複数人を育成するのは効率が悪いと考えた相馬家の源流にあたる一族は、才ある子孫を産むための方法を確立していった。
香を焚きしめ、密室と化した狭い部屋で三日三晩に渡り行為を行い、その後十月十日の間ひたすらに母体を管理する。体を動かすなどに限らず、経を読み、苦行にも耐え、食事はメニューが全て決められたものを食し、その他睡眠時間など多岐にわたる規則で縛り、産まれる子供へ力を宿させていく。
そうして強い血を絶やさず紡ぎ上げてきたのが相馬一族であり……果てに産み落とされたのが、相馬巴という一族歴代でも随一の天才。ある意味では、クローン並みにおぞましい生命体だった。
巴が想いの通じ合わないうちに行為に及ぶことを忌避していたのも、この辺りに原因がある。単純にお互いに愛し合った上で事に及びたかったという童貞じみた考えもあったが。
ともかくもこれを聞いた旭は、自分の趣味を満足させることも合わせて付き人にやや偏った性教育を施したのだった。
握った小さな手に熱を移すようにしながら、巴は話を続ける。
「たとえ俺がクローンだったとしても、旭さんがクローンなことも、俺にとってはどうでもいい。大事なのは生まれてからずっと剣を磨いてきて、強くなって、今こうしてこんな素敵な女の子の前に、隣にいられること。だから、俺は嬉しいんだ」
「言ってて恥ずかしくないの?」
「好きな人に告白するのに、恥ずかしがってなんかいられない」
「……そう」
返事はそっけなかったが、旭は淡い桜色に頬を染め、薄い笑みを浮かべた。
そして彼女から恋人繋ぎに両手を握り直し、見つめ返す。その目は、真剣で男に恋する瞳だった。
「巴、聞いて欲しいことがあるの。正体をようやく明かすことが出来て、もう今しかないと思うから」
「聞かせて」
手を繋いだまま立ち上がった二人の距離が、ゼロに近づいて行く。
「私貴方のことが好きよ。付き合って、くれるかしら?」
「……うん、喜んで。俺も好きだよ、旭さん」
背伸びをする女と、少し身を縮める男。
月光が二人を優しく包みながら、重なる影を部屋に落とす。
愛し合う二人が、結ばれた。
翌朝。
一晩中励んでいた二人は小休止に入り、巴の腕枕の中で旭が温もりを確かめるように体を擦り付けていた。
「ふふ。初めてにしては、お互い気持ちよかったみたいね」
「相性がいいんだよ。なんたって義仲と巴だから」
「私が告白する前はどうでもいいって言ってたくせに、調子いいわね。あら……?」
逞しい腕に包まれていた女が、ふと思い立ったように立ち上がる。裸で。
「わあ、服! 服着て旭さん!」
「ほら、見て。巴」
だが制止の声も聞かず、旭は勢いよく障子を開け放つ。
すると、窓から見える山の端から朝日が登り始めていた。山吹色の陽光を透かす旭の素肌と黒髪は、この世のものとは思えない美しさを湛えている。
「……綺麗だ、旭さん」
惚けたような言葉を漏らす男に、女神のような美少女は向き直る。巴には太陽光が後光のように見えて、ますます惚れ直した。男はふらふらと近寄り、思わず跪く。
「さあ、今日が私たちの夜明けよ。私の愛する巴御前」
「ああ。俺は一生君についていくよ。俺の愛する旭将軍」
門出を祝うような朝日に照らされながら、二人は新たな契りを結んだ。
前半戦終了、旭ルート確定です。 今回は多分本当にしばらく投稿空きます。
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