真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜 作:夢迷月
旭の告白から少々時間は遡り……相馬巴が武神川神百代に稽古とはいえ勝利を収めた日の、九鬼での一幕。
どことなく闇の深い眼を細めて屈託なく笑う実業家、この場を作った張本人でもある最上幽斎はこうのたまった。
「やあ。お歴々が揃っておいでで。桐山くん、御母堂は見つかったかい? 私も見つけてあげられたらいいんだけれど」
「どうぞお構いなく。私は私なりに探しておりますので」
話を向けられた従者部隊序列42位、青い髪をやや長めに伸ばした桐山鯉は内心の警戒を悟らせないよう軽口を返す。
それもそのはず、この場にいるメンバーは以下の通り。
九鬼家従者部隊序列0位、最強を号するヒューム・ヘルシング。
同じく従者部隊序列2位、世界の歴史の全てを知っているとされ、星の図書館と呼ばれる老女にして才女、マープル。
序列3位、万能執事、ミスターパーフェクトの異名をとるクラウディオ・ネエロ。
九鬼家従者部隊のほぼトップ3と言っていい三名に、マープルへ主従のように付き従う桐山鯉。これだけの面子が集まるというのは、よほどの事態か……とある計画絡みでしか有り得ない。
このメンバーが集められた意味を当然ながら察しているヒュームは、実業家に向けて脅すような声色で語りかける。
「最上幽斎。要件なら手短に話せ。こちらも暇な身ではないぞ」
場の主導権をヒュームに任せたのか、マープルとクラウディオは警戒しつつも言葉は発さない。
ピンと張り詰めた空気の中、ニコニコした様子の幽斎は臆面もなく言い放つ。
「私は君たちの武士道プラン"S"について、少々の変更が起こると警告しに来たんだよ」
あっけらかんと放り出された男の言葉に、動揺を示したのが一人。
「ほう、貴方はそれをどこで……」
「口を挟むな! 赤子」
思わず質問をしようとした鯉を、ヒュームが諌める。この場で唯一の序列二桁従者は素直に頭を下げる。
「……失礼しました、ヒューム卿」
「フン。では俺から問おう。最上、貴様どこでその話を聞きつけた」
「簡単なことだよ。私の計画を進める上で集めた情報から発見しただけのこと」
「ほう? 貴様の計画とやらを拝聴させてもらいたいものだな」
「確かに、こちらも手札を見せないとフェアではないね。では」
金髪執事に促されると、幽斎は一つ咳払いをしてからこう口にする。
「暁光計画。私なりの武士道プラン……そうだね、そちらに倣うなら、武士道プラン"A"とでもしておこうか?」
「その口ぶりだと、Sが何を指すかまで知っているようだな」
「もちろん。葉桜清楚の正体も、君たちの失望も。私はちゃんと知っているよ」
この言葉に、いち早く白旗を上げたのはマープルだった。ため息を吐き、呆れた声で今度は老女が前に出る。
「……やれやれ。ここは大人しく降参しておいた方が良さそうだねぇ」
「よいのですか、マープル」
完璧執事の優しげな声での問いに、疲れ切った老婆の声で星の図書館は応じる。
「ここまで知られてちゃどうしようもないだろう。ヒューム、あたし、クラウディオ、桐山まで集められてるなら今こいつをどうこうしても計画が進むよう手筈が整えられているはずさ。もちろんあたしたちの方はリークなりなんなりされた上でね」
「話が早くて助かるよ。ミス・マープル」
空々しい褒め言葉に、老女はつまらなそうに鼻を鳴らしてから答える。
「とはいえしてやられてばかりってのも癪だ。一つ意趣返しをさせてもらうよ、最上幽斎」
「お聞かせ願おう」
「あんたは武士道プランAとか言ったね。Sが清楚を指すことを知ってて、それに倣ったネーミングってことはつまり……あんたの娘、最上旭が誰かしらのクローンで、計画の中心になってるってことだろう?」
マープルの考察に、幽斎は肯定を返す。
「素晴らしい、流石星の図書館だね。その通りだよ」
ニコニコと喜色を満面に表した実業家に、やや動揺した最強執事の声がかけられる。
「待て、最上幽斎」
「どうしたのかな、ヒューム卿」
「貴様の娘が……あの相馬を常に傍へ置いている赤子がクローンだと? 性質の悪い冗談だな」
「冗談ではないよ。マープルしか気付かないのも無理はない。私の娘は、極端に存在感を消す技を持っているからね。だからこそ、私の計画も露見しなかったのさ」
従業員の家族の名前まで全てを記憶しているマープルは、ただの文字列、情報として最上旭の名前を知っていたから気付くことが出来たのだろう、と幽斎は説明する。
黙り込んでしまったヒュームに代わり、老女が話を回す。
「あたしはそんな話が聞きたいんじゃないよ。クローン技術を盗まれてたってのは業腹だけどね」
「盗んだ……そうだね、盗んだのには変わりないか。いやあ、大変だったんだよ。九鬼の誰にも知られずにクローンを造り育てるのは」
「ふん。ここまで隠しおおせておいてなにを言っているのやら。で? 暁光計画ってのは何なんだい、最上」
顎に細い手を当て、真剣な表情を作ってから幽斎は語り始める。
「では、私と私の娘である木曾義仲のクローンとの悲願。暁光計画をここに御覧じよう」
……………
暁光計画、その内容を明かされた従者部隊の四名は言葉を失っていた。
「―――とまあ、これが計画の全容だ。嘘偽りはないよ。この計画、上手くいくと素敵だと思うし……何より、ミス・マープルの希望にも沿うと思うんだ」
冷や汗をかきながらも、星の図書館はなんとか声帯を動かす。
「しかし、これはあんた……娘をなんだと思ってるんだい」
「私は人類皆を愛しているんだ。これは試練だよ」
「試練ね。確かに、こんな計画が進んでたと知られてたら、内部への目が厳しくなって私たちの方の武士道プランは中止にせざるを得なかっただろうねえ」
「そうだろう? 本当は君たちには知らせずこちらはこちらで計画を進めようと思っていたんだけれど……そうもいかない事情が出来てね」
「まだ話してないことがあるってのかい?」
場の主導権を完全に握った実業家は頷きを返す。
「巴くん……娘といい仲の男の子がいるんだ」
「相馬か。あいつは絶対に止めるだろうな」
「そりゃ、惚れてる女にこんなことが実行されたら、男なら黙っちゃいないだろう」
「私は彼にも成長して欲しいんだ。これが上手くいったら、彼はもっとかぐわしい魂の持ち主になるよ」
自分の語り口に陶酔したように、幽斎は話し続ける。
「彼はまだ旭の正体も知らない。旭と彼はまだ交際していないらしいんだけれど……やはり娘の側が遠慮しているのだろうね。正体を明かしたら、好きに生きなさいと伝えるつもりなんだ。ああ、言うまでもないだろうけど、巴くんにはこの計画、秘密にしておいて欲しい」
「俺があいつにバラしてやろうか。別に俺は武士道プランS自体に執着はしていないからな」
「それは困るなあ。私にとっての試練だ。どうしたものか」
金髪を逆立てた最強執事に睨まれても全く困っているようには見えない男が顎を人差し指で撫でていると、マープルが意を決したように、鋭い声色で場の空気を切り裂く。
「待ちな、ヒューム。あたしゃこの話乗ったよ」
「おい、マープル」
「どうせあんた、さっきの口ぶりだとSの方も本気で成功させる気はなかったんだろう? だったらやることは同じだ。あたしと桐山はこの計画が成功したら、目的自体は達成されるんだからね」
「しかし、マープル。このやり方は余りにも……」
「お黙り、クラウディオ。あたしゃ今更善人ぶるつもりはないよ。どんな汚いことだってやるともさ」
ネッカチーフに指をかけたヒュームが、憔悴した声で呟く。
「相馬を、敵に回すか……」
「おや、最強が怖気付いたのかい? あんな若造相手に」
既に覚悟を決めた老女の揶揄いには、沈痛な声が返る。
「相馬とやるとなれば、お互いの死を覚悟する。それほど、あいつは強くなった」
「巴くんは旭とずっと稽古していたからね。彼は旭にとってもよい試練となったよ」
「……なるほど、あいつの強さの理由はそれか」
「なんだい。つまり相馬巴は表向きの武士道プラン、その最初の成功例というわけじゃないか。こりゃ傑作だ」
老女は、自分の持っている知恵と気品をかなぐり捨てるかのように哄笑した。ひとしきり笑い終えた後、幽斎に向き直る。
「聞いての通りだ、最上幽斎。ここにいる4名、あんたの計画に参加させてもらう」
「英断に感謝するよ、ミス・マープル」
幽斎が本人としては心の籠った礼を述べると、緊張感のない着信音が張り詰めた空気を揺らした。ヒュームは懐からバイブレーションする通信端末を取り出し、浮かない顔をしながら着信を取る。
『もしもし、松永久信の娘ですけれども』
川神院からの稽古帰りの、松永燕からの連絡であった。最強執事は重々しい声で応対する。
「……なんだ、松永の赤子か」
『ご依頼の件なんですけどねえ。隠しても意味ないんでお伝えすると、モモちゃん今日負けちゃいました』
「……相馬か」
『はい』
普段の調子を崩さない、明るい声で燕は報告する。
『いやはや、家名を上げるのもままならないですなあ』
年下というにも年が離れすぎている小娘の軽口に、ヒュームは部屋をぐるりと見回しながら答える。既に、彼の中でも答えが出ていた。
「では松永燕。次の依頼だ。内容は大して変わらんがな」
『およ? まだ松永に投資していただけるので?』
「そういう物言いはやめろ。こちらから申し出ていなければどうせお前の方から交渉していただろう」
『いやあ、性分でして。それで、ご依頼ってのは」
老執事は少しの間黙り込む。視線で従者部隊三人の顔つきを見てから、松永の娘へ計画の名前を伝えた。
「我らが新しいプラン、お前にも協力してもらう。計画の名前は暁光計画だ」
『……暁光、計画?』
「詳しいことは追って伝える。川神百代の討伐依頼は一旦取り消しだ」
『ちょ、ちょおっと待っ……』
ヒュームが赤いボタンを押し、通話を強制終了させると、興味津々といった様子の実業家が話しかける。
「ヒューム卿、今のお電話は……?」
「相馬巴が、川神百代を打倒したそうだ」
簡潔だったが、その場にいた全員に衝撃を与えるには十分な内容だった。
「なんと……あの暴力の化身のような川神百代を」
「はっ。それぐらいやってもらわなきゃ面白くないってもんだ」
「あの武神を倒すとは……一桁台は確実ですね」
口々に反応を返す中、最上幽斎だけは目を伏せて思案顔をしていた。
「ふむ……では、やはりこの計画は強行せざるを得ないね」
瞼を上げた幽斎の顔は晴れ晴れとしていて……それでいて、はっきりと狂気を感じさせるものだった。
「では皆さん。改めて貴方がたの手をお借りしたい。巴くんには、更なる試練が必要なようだ。暁光計画、仮称武士道プラン”AS”。プラン開始と行こう」
「……狂人め」
不死をも殺すと言われるヒューム・ヘルシングは、苦々しげに呟いた。