真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜   作:夢迷月

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お気に入りが千件超えました。非常に嬉しく思っております。ありがとうございます。
6/27って体育祭の日だったんですね。義経ルートだとカットされてるので忘れてました。
今後もこういう日付ガバというか展開上原作と変更するところがあるかとは思いますがご了承下さい。


第十五話 前編

 

 

 

 夏至を過ぎ、むせかえるような自然の匂いが鼻腔をくすぐる朝の庭で、男は鍛錬を行っていた。

 居合抜きをした後の形稽古を終え、一息ついた男に近づく影が一つ。

「ふぁ……おはよう、巴」

「おはよう、旭さん」

 ラフな寝巻姿で、つっかけを履いた最上旭である。制服に着替える前のリラックスした服装で、眠そうにしている女は恋人の横に座って伸びをする。

「んーっ。いい天気ね。はいこれタオル」

「ありがと」

 汗に塗れた顔を、受け取った手拭いで男は拭く。タオルを首にかけてから天を仰いだ男の顔を、旭は立ち上がって覗き込む。

「……ねえ、巴」

「なに? 旭さん」

「外でしたら、興奮すると思わない?」

 整った顔を見上げる格好になった巴は、なにをするのかとは問い返さなかった。代わりに別の質問を返す。

「……温泉から帰ってきたのは昨日の何時だっけ」

「昨日の13時……だったかしら?」

「それからもずっとしてたよね。寝たのは何時?」

「今日の午前2時ね。起きたら巴がそばに居なくて寂しかったわ」

 旭はこともなげに返答したが、今は月曜朝の6時。丸々二日間交わってから、4時間しか経過していない計算になる。二人とも性の獣だった。

 微妙な表情を作りつつも、男は問答を続ける。

「寂しくさせたのはごめん。でもあれだけやって、もうしたいの? とんでもない回復力だね」

「エッチな彼女は、嫌いかしら?」

 ひんやりした細い指で頬を撫でつつ耳元で囁かれた巴は、ふっと力が抜けるような感覚に襲われる。庭にズルズルと押し倒されながらも、男はしっかりと答えた。

「……好き」

「正直ね。大好きよ。じゃあ……」

 旭はパジャマのボタンをぷちぷちと躊躇いなく外していく。留め具が外れるたび、陶磁器のような艶かしい白さを持つ肌が太陽の元に晒されていった。

「しましょ、巴」

 拒む理由はもう、ない。

 男は何も言わず、コクリと一つ頷いた。

 1発やった。

 

 

 

 1時間後、シャワーを浴びて着替えた二人はリビングに。

 血色良くつやつやした娘と、普段より何故かやつれた印象の男を、既に朝食を食べ終えていた幽斎が出迎える。

「おはよう、二人とも。セッ○スは上手くいったかい?」

「ええお父様。相性バッチリだったわ」

「……まあ、はい」

 爽やかな朝にふさわしい清らかな会話だった。カップルの返答を聞いた父親はうんうんと頷いてから、真剣な表情でこう言った。

「では一つ人生の先輩からの忠告だ。男女関係というのは付き合ってからが本番とよく言われる」

「本番はもうしたけれどね」

「病気や怪我、価値観の相違、巴くんは心配ないだろうけど金銭問題、不倫や性生活の不満、そして別離。これからきっといろんな試練が君たちを襲うだろうけれど、それらを乗り越えてよい関係を築くことを、私は願っているよ」

 娘の茶々にも動じず、幽斎は一息に言ってから表情をにこやかなものに変えた。

「私はもう、巴くんも実の子供のように思っているからね。旭と同じくらい、君の成長を私は見たいんだよ」

 子供という言葉を聞いた巴は、居住まいを急に正す。

「あの、幽斎さん」

「なにかな、巴くん」

 固唾をゴクリと一度飲み下してから、青年は義理の父親候補へ九十度のお辞儀をした。

「報告が遅れましたが、改めてお嬢さんと正式にお付き合いさせていただくことになりました。これからもどうぞよろしくお願いします」

「うん。より一層、旭のことをよろしく頼むよ」

 話の当事者なのに少し蚊帳の外にされていた旭が、またしても口を挟む。

「あらお父様。そこはどこの馬の骨とも分からない輩に娘をやれるか、と言うのがお約束じゃないかしら」

「それもいいけれど、父親としては結婚の挨拶をされた時の楽しみにしておこうかな」

「……覚悟しておきます」

 からかいの幅を広げつつある親子に対して、婿候補は幅の広い肩を縮めて恐縮した。

 朝食を摂って、学生二人は保護者に見守られながら送迎車に乗りこむ。

「ああ、旭。今日は学園前に迎えを出すから、それに乗ってテレビ局に来てくれ。君のお披露目会だよ」

「了解したわ。お父様」

「これからは特に門限も設けないし、好きに生きていいからね。まあ、巴くんが横にいれば羽目を外しすぎることもないだろうし。信頼しているよ」

「信頼に応えられるよう、頑張ります」

 男は、交際初夜から二日間ぶっ通しで交わっていたことは心のうちに秘めつつ答えた。

 抑揚の薄い、いってらっしゃいという幽斎の声に見送られ、二人を乗せた車は滑り出すように発進した。

 

 

 2009年 6月 29日

 

 

「行きましょう、巴」

「うん、旭さん」

 校門の前に降り立った評議会議長、最上旭とその懐刀、相馬巴は肩で風を切るように歩き出す。

 デニール数の高めな黒タイツでしなやかな足を包んだ最上旭は川神学園の夏服の上に黒いカーディガンを着用し、彼女の髪色を含めて優雅で落ち着いた装いになっていた。その一歩後ろを歩く相馬巴は、月鏡と極楽蝶に加えてもう一振りを腰に佩いている。

 教室に入ると、京極彦一が二人の並んだ姿を観察して口元を綻ばせた。それから、やや控えめに質問をする。

「……つかぬことを聞くが、もしかして君たち交際を始めたか?」

「あら、どうしてそう思うの? 彦一」

 旭の反問に、和服姿の美男子は推察を返す。

「まず、最近距離を取っていたはずの君たちの間が一歩分近く、加えて相馬の顔が緩んでいる」

「え、真剣?」

 巴は自分の顔をペタペタと触る。確かに緩んでいるかもしれない、と男は気を引き締めた。彦一の観察は続く。

「次に、これは私が誰にも恋愛感情など1ミリも持ち合わせていないことを断ってから言うが、最上くんが女性としての魅力を増したように見える。また、高揚しているようにも」

「少し引っかかる口ぶりだけど、光栄ね」

「……あれ? 葉桜さんは?」

 裃姿の男は、頭の上に疑問符を浮かべた。京極彦一と葉桜清楚は、揃って読書している姿が図書室の聖域扱いされていて、暗黙のうちにカップル扱いされていたからである。

 クラスメイトの疑問に、聖域の片割れは瞼を閉じて薄笑いで返答する。

「彼女は観察していて面白いからな」

「これ聞いたら葉桜さん怒りそうだな……」

「清楚、可愛いのに」

「みな等しく観察対象なだけだよ。もちろん、葉桜くんは特に興味深いがね」

 軸がずれ始めた話を、咳払いで彦一は元に戻す。

「ともあれ、少々観察しただけでも君たちに何か関係の変化があったことは分かる。それで距離を取るのではなく近づいたということは、私としては初めの結論に至るわけだ。間違っていたなら謝るが」

 ここまでの推理を聞いた旭は、巴の太い腕に自分の細腕を絡み付かせた。せっかく引き締めた彼氏の顔は結局緩み切った。

「ご明察よ、彦一。出来立てほやほやカップルなの」

「……というわけなんで、今後ともよろしく」

「元々いつ付き合い始めるかでトトカルチョが行われていたほどの2人だ。クラスメイトとして、祝福させてもらうさ」

「あんがと、京極くん」

 賭けをしていた連中は後で調べよう、と巴が益体もない思考をしていると、後ろから楚々とした大きさの声がかかる。

「おはよう、アキちゃん、相馬くん。京極くんも」

 挨拶に振り返って三人が応じると、そこには驚いたような顔をした葉桜清楚がいた。抱き着く女と抱き着かれた男のふやけた顔を順番に見てから、清楚はきょとんとした表情で質問する。

「……もしかして?」

「ええ。もしかしてよ、清楚」

「まあ、そういうことです」

「やっぱりそうなんだ。おめでとう、二人とも」

 優し気な笑みと明るい声色で、クローンのお姉さん分は二人の交際を祝福した。

 朝のホームルームが終わる頃には、Sクラス全体と三年生の一部へ3年越しに誕生した大型カップルの話が回っていた。

「これで目立つのも、少し不本意な気がするわね」

 と旭は漏らしていたが。

 

 

 昼休み。評議会室では、一組の男女と一人の後輩女子が正座で向かい合う。後輩女子、黛由紀江の傍には大きめな弁当箱が置かれていた。

 事ここに至って誤魔化しも効かないだろう、と巴はすぐに話を切り出す。

「由紀江さん、俺たち付き合うことになった」

 ごめんも申し訳ないも言わずに、ただ事実だけを男は告げる。その言葉を受け止めた由紀江は一度目を伏せてから、絞り出すように言葉を発する。

「……はい。いつか、こういう日が来るとは思っていました」

 少しの間の沈黙を経てから、由紀江は表面上は爽やかに見える笑みを二人に見せた。

「私からも、祝福させていただきます。おめでとうございます、相馬先輩、旭先輩」

 僅かに震えた声色での言葉を受け止めた旭は、いつかの問いを繰り返す。

「それで、由紀江。私たちの友達関係、どうしましょうか。都合のいい話だとは思うけど、貴方さえよければこれからも仲良くしたいの」

「え、なにその話」

 初耳だった巴は頭の上に疑問符を浮かべる。問いを投げかけられた後輩はさっきまでの様子が嘘のように目に見えて慌てた。

「そっ、それに関しては私からも変わらぬ友誼をいただければと存じておりますというか」

「ぶっちゃけ失恋後に友達まで減っちまったら立ち直れなくなっちまうぜGIRL……」

「ふふ。じゃあ松風も由紀江も、私のマブダチということで」

「まっ、マブだなんてそんな」

「おうおう相馬パイセン、まゆっちを選ばなかったのも納得なえらくマブいスケ手に入れてんじゃんよー。幸せになってくれよなー」

「う、うん」

 不穏な空気にならずに済んだことに、ひとまず男は胸を撫で下ろした。すると、ほっとした様子の巴の前に弁当箱が差し出された。

「では相馬先輩、せっかく作ってきたので、こちらのお弁当よければ召し上がってください」

「……むむ」

 一難去ってまた一難、とばかり巴の顔色が曇る。彼がちらりと旭の表情を伺うと、

「貴方が決めなさい」

 と目で語っていた。

 迷いを見せた男に、由紀江は畳み掛ける。

「私、先輩が美味しそうに食事されているところを見るのが好きになってしまったんです。ですので、是非」

 正座から跪坐に移行して、ずずいと迫ってくる後輩女子の熱意と青みがかった瞳の強い視線に、巴は押し負けた。

「……じゃあ、いただこうかな」

 差し出された箱の中には、そば飯がぎっしり詰まっていた。別の容器にフルーツの寒天寄せも入っており、こちらは涼しげなルックスが目にも楽しい仕上がりになっている。

 静かに手を合わせてからひとくちそば飯を食べると、巴は破顔する。美味い美味いと言いながら食事する様子を満足そうに見遣ってから、由紀江は旭に松風ボイスで耳打ちした。

「……実は一番チョロいのって、相馬パイセンなんじゃね?」

「否定はしないわ。巴、女の子に弱いもの」

 ああそう、と旭は由紀江に耳打ちを返す。

「由紀江。私の質問への返答、嬉しかったわ。でも、また明日答えを聞かせてくれるかしら」

「なにか今日あるのですか?」

「ふふ。とっておきの事件が起こるから。楽しみにしておいて」

「???」

 後輩女子は、手に持った携帯ストラップと共にはてなマークを何個も出していた。

 由紀江への報告を行った昼休みは、3人で弁当を食べ終えたごちそうさまの声で和やかに終わった。

 

 

 

 

 ―――――そして、放課後に至る。

 クラス委員の号令で担任に礼を済ませた後、教室に残る者、塾に行ったりテスト直前の現実逃避のため遊びに行ったりするのに足早に退室する者とめいめいに動き出す中。

「じゃあ、旭さん。はい」

「ありがとう、巴」

 相馬巴は、腰に佩いていた三本目……木曾義仲の佩刀、銘を微塵丸と呼ばれる太刀を最上旭に手渡す。

「おや、その刀は最上くんのものだったの……」

 それを見ていた彦一が思わず口を挟もうとした、その瞬間。

 

 川神学園が、異常なまでの闘気に包まれた。

 

「……っ、これは、どういうことだ。相馬」

 いっそ暴力的な程の気の圧力にふらつきながらも、和服姿のイケメンは友人に訊ねる。

「ああ、京極くん。これはね……」

「簡単なことよ、彦一」

 赤と黒の紐で太刀を括り付けた旭将軍が、髪をかき上げながらこう宣言する。

「私ね、木曾義仲のクローンなの。まあ詳しいことはてれびでやるらしいから。また明日ね」

 舌足らずな呼び方でテレビと口にしつつそれだけ告げて、旭は教室を出て行った。

 その背中に付いていく巴の耳には教室のざわめきと共に、

「……もしかして、相馬くんも巴御前のクローンだったり?」

 との葉桜清楚の呟きが聞こえて男は思わず苦笑した。

 二人が意気揚々と廊下を歩いて行こうとすると、二人の女子が立ちはだかる。

 武神川神百代と、納豆小町松永燕である。片方は愉快げに、もう片方はニコニコしながらも警戒を解かずに旭将軍と巴御前に相対する。

「どうしたの、百代。燕」

「どうしたもこうしたも、なんだよアキちゃん。そのデカい気」

「うん。ちょっと驚きだねん」

「話すと長いのだけれど……かくかくしかじか」

 かくかくしかじか、と本当に言葉にされた百代は一つ頷いてから、自信満々にこう答えた。

「なるほど、わからん!」

「ふふ。冗談よ百代。実はね……」

 かくかくしかじか。

「なるほどね。源義仲のクローンだったのか。ご丁寧に気を隠す技まで使って」

「凄いよね。聞いた今でもびっくりしてるもん。それに、旭将軍ってとこから取ってるのかな。ファントム・サンがアキちゃんだったってのも、びっくり」

 燕の言葉に、旭は薄く笑ってとぼける。

「ふぁんとむ・さん? 何のことかしら」

 ふふふ、と笑いながら誤魔化す評議会議長に向けて、武神は不敵な笑みでワッペンを差し出して見せる。

「まあ力隠してたこととかは、この際どーでもいーや。こんだけ強いって分かったら、やることは一つだろ。決闘しようじゃないか。アキちゃん」

「決闘……学力で?」

 旭の返しに、百代はうげっと背中を丸めて顎を出した。

「無理無理。そこにいる相馬と合わせていつもワンツーフィニッシュじゃん」

「これこそ冗談よ百代。女の子らしく武力で、ということね」

「そうそう。美少女らしくな」

 物騒な女の子らしさだと巴は内心思ったが表情には出さないでおいた。

 でもごめんなさい、と前置きしてから旭は話を続ける。

「あなたと決闘するのは、もう少し後でもいいかしら。この闘気は、義経に向けて発しているのよ。義経と勝負した後なら、いつでも受けるわ」

「んー、こんな強い美少女逃すのは惜しい……けど、いいや。アキちゃん自信満々そうだし。終わったら、受けてくれるんだろ?」

「ええ。約束する。素手でかつ稽古なら、いつでもお相手するわ」

「おりょ、モモちゃん物わかりいいねえ。意外」

 燕のツッコミに、武神は余裕を持って応じる。

「ほら、私そこの男に負けてから、基礎からやり直してるんだ。あの時よりずっと強くなってるぞ。これからも強くなれる自信がある。だから、それからでもいいかなってことさ」

「うん、めちゃくちゃ強くなってるね」

 巴が同意を示すと、百代は腰に手を当ててふんぞり返った。

「だろー? いつかお前にも、正式にリベンジしに行くからな」

「逃げるよ」

「なんだよちゃんと受けろよー! ……っていうか」

 ようやく会話に入ってきた男に、武神は訝しげな視線を向ける。

「相馬とアキちゃん、ついに付き合い始めたんだっけ?」

「ええ。アツアツよ」

「ひゅー。相馬クンもやるぅー」

 きゅっと裃の袖ごと腕を抱き締める旭とそれによって顔をゆるゆるにさせた巴を、燕は指差して冷やかす。

 そんな様子を見ながら、百代はふと浮かんだ疑問を素直にぶつけた。

「つまり、アキちゃんが正体を明かすから付き合い始めたってことか?」

「まあ、そういうことになる……のかな? 旭さん」

「私の側で、巴を受け入れる準備が出来たということよ。あなたも正体を偽っている相手と付き合いたくはないでしょう? 百代」

「そりゃ私はそう思うけどさー。うーん、なんだか誤魔化されている気がするぞ」

 顎に手を当てて睨むようにして顔をじろじろと見てくる武神に対して、巴は雑に持ち札を切る。

「今度パフェかなんか奢るから、今日は見逃してくれ」

「よし、許す! 二、三個は食うぞ」

「あ、燕ちゃんも相伴に預かっていいかな、相馬クン」

「いいよ」

「ラッキー! アキちゃん、羽振りのいい彼氏捕まえたねん」

 あっさり懐柔された武神と、横から油揚をかっさらうように約束を取り付けた燕を見て、旭はこう呟いた。

「……いつかほんとに悪い女に騙されるわよ、巴」

「いてて」

 ついでに布越しに腕をつねっていた。

 

 

 

 そして、二人は2-Sの教室前にたどり着く。

 出入り口の上に位置する窓からは、幽斎がテレビに映っているのが確認できた。

「いいところに来たみたいね、巴。じゃあ入りましょうか」

 男は無言で頷き、ガラガラとドアを開けた背中についていった。

 入りしな、旭は教室中にちょうど響く透き通った声でこう言い放つ。

「あら、みんなでテレビを見ているわね。丁度良かった」

「………っ!?」

 電気が走ったように、ピリッとした空気が流れる。

 警戒心に包まれながら室内を睥睨し、旭は名乗りを上げた。

「今お父様からご紹介に預かった、噂の木曾義仲のクローン、最上旭よ。これからよろしくね」

 カツカツと足音を立て、旭は教壇に登る。2-S担任、うだつの上がらない風体の教師、宇佐美巨人は気圧されるように壇から降りた。

「義仲の名前を聞いた事はあるでしょうが、見るのはこれが初めてでしょう?」

 こう宣った議長に、評議会議員が驚愕の面持ちで話しかける。

「ぎ、議長……これはどういう事ですか……?」

「聞いての通りよ良樹。川神学園評議会議長、その正体は源氏だったということ。……そうね。事実を証明してみせるわ」

 そう言って、旭は煙るような笑みを浮かべながら髪をかき上げ―――

 

「こんな風に」

 

 ―――教室全体へ、気の刃を飛ばして見せた。

「みんな、避けろっ!」

「っ、なんだ、これは!?」

 ポニーテールが爽やかな義経は椅子を蹴飛ばす勢いで大きく後方に跳躍しながらクラスメイトに注意を促し、ウェーブのかかった赤髪に軍服姿の軍人、猟犬マルギッテ・エーベルバッハはトンファーを取り出しつつ辛くも回避した。

「にょわあっ!?」

 着物姿の不死川心は、喉を抑えてその場にへたり込む。反応した面子を見て、ハーフ特有の浅黒い肌を持つエレガンテ・クワットロの一人葵冬馬は心底不思議そうな声を漏らす。

「どうしたのですか、皆さん」

「いきなり意識の中で斬りつけてきたんだよ、そこにおわす源氏がね。不死川、今喉を突かれたろ」

「あんなもの、避けられるか! 首がくっついているのが我ながら不思議なくらいなのじゃ……」

 冬馬に説明した後、心を気遣った弁慶だったが、喉をさする和服美人からは余裕のない返事しか返ってこなかった。

「フン、義経や私は避けていたと知りなさい。トンファーが無ければ危なかったが」

「私も受け止めてみたけど……ハンパないよ。それこそ、このレベルの刀の達人って言ったら……」

 錫杖を構えた弁慶の視線は、旭の横に控えるようにして立つ相馬巴に向かっていた。男は戸惑い混じりの険しい視線を向けられても余裕の笑みを崩さない。

「相馬さん、まさかあなたもクローン?」

「いや。生まれはちょっと特別かなと思うけど、俺はクローンではないよ。旭さんの隣にいられてるのはただの偶然」

「巴……だからではないのですか」

「さあ、どうだろうね?」

 不安げな声で質問してきた義経に、巴はすげなく応じた。膠着した場で、那須与一がぼやく。

「なんでこんな実力の人間が今まで隠れていやがったんだ……?」

「もう隠している意味もないから技を解いたのよ、那須与一。己の存在感を包み、押さえ込む技……現存する日本最古の胴丸、義仲の鎧から名前を取って熏紫韋威胴丸と名付けているの。このおかげで、今日の発表まで目立たずに済んだわ」

「五人目なんて、俺は聞いていないぞ」

「言ってないから当然よ。だからこそ、今私はこうしている」

 自慢の髪を一房つまみ上げ、くすりと笑う旭に、義経は一歩近づいてぼんやりと名前を呟いた。

「義仲……源……」

「義経。呆然としているようだけれど、大丈夫かしら。私は貴方に挨拶するために、ここへ来たのよ」

「義仲と言えば、あの源義仲ですよね?」

「そうよ。平家を京から追い出して上洛一番乗りを果たした、源氏の侍大将。さっきの挨拶じゃ、分からなかったかしら?」

 挑発的な笑みを向けられた義経は、眉尻を下げて恐縮した。

「い、いえ! すみません、いきなりのことすぎて。まさか、そんな近しい存在のクローンが他にいるとは……!」

 浮ついた口調からは想像できないほどしっかりとした足取りで、源義経は源義仲に歩み寄っていく。弁慶と与一、そして巴、と従者たちが警戒を強める中、義経は満面の笑顔で旭の白い手を白い手で取った。

「義経は、いたく感激しました! 握手してください!」

「ええ。よろしくお願いするわ、義経」

 がっしりと握手する主人たちを見て、従者たちは一度警戒を解いた。教室内の空気もいくらか弛緩したが、旭の放っている好戦的な闘気にあてられているのか完全には緩み切っていない。特に、マルギッテと弁慶はより注意の度合いを高めていた。

 そんな周囲の状況をよそに、旭と義経は会話を続ける。

「義経。私の存在を喜んでくれるのは嬉しいのだけれど……私としては、あまり慣れあう気はないのよ」

「……ええっ」

 旭の言葉で、義経は先ほどと同様に柳眉を下げた。真剣な表情を見せつつ、旭将軍は言葉を向ける。

「そんな悲しい顔をしないで頂戴。よく聞いていてね。私の存在意義は二つ。その一つが貴方。私、木曾義仲は源義経のライバルとして作られたのよ」

 瞑目し、穏やかな口調で旭は語り続ける。

「弁慶や与一は、良き家臣ではあっても好敵手とは言えない。人の成長には、試練が……ライバルが必要なの。義仲であれば、義経の相手に相応しいでしょう?」

「貴方が、義経の、ライバル……」

「そうよ。お互い切磋琢磨していきましょう」

 こう言いながら、旭は義経の鼻先に細い人差し指を突きつける。

「でも私は、貴方の経験値だけで終わるつもりなんてさらさらないわ。私自身も成長して、私の方がより優秀だと証明するつもりよ」

 パチリと一つ、お茶目にウィンクを見せる義仲の放言を聞いた義経は、呆気に取られたように口を開けていた。

「戸惑っているわね義経。慣れあう気がない、というのがそんなにショックだったのかしら……英雄の名を冠したクローンが、そんな様で許されるの?」

「……!」

 あまりにも、見えすいた挑発。だが、それを義経は正しく激励だと受け取ったようだった。

「よ、義経だって負けません!」

「そう。その反応が欲しかったのよ。お互い頑張りましょう、義経」

「はい、義仲さん!」

 もう一度固く握手を交わす二人を見て、ややほっとした様子の弁慶が錫杖を下ろす。

「敵でないなら、ひとまず何より」

「では、これから私と巴はお父様のところに行くから。てれびに映ると思うから、皆ぜひ見てね。そうそう、葵冬馬。貴方のお茶のお誘いは受けないわよ。彼氏持ちだから」

 教室から出ていこうとする旭を見て声をかけようとしていた冬馬は、機先を制されたのでおどけてみせた。

「見透かされていますね。ですが議長、私は彼氏持ちでも全然かまいませんよ。ワンナイトからでも」

「普通に俺がキレるから止めといてくれ、葵くん」

「私は彼女持ちの貴方でも構わないんですよ、相馬先輩。ワンナイト、からでも」

「……生憎だが、俺は男色家じゃない」

「目覚めさせてあげますよ。今度お茶にでも行きましょうね、先輩。フフフ」

 口で勝てないタイプだと察した巴も旭に続いて教室を出ようとした、のだが。

「ちょっと待つの……」

「止まりなさい、相馬巴!」

「……なにかな、エーベルバッハさん」

 不死川心の声を遮る、マルギッテの怒気を孕んだ雷鳴のような声が巴を呼び止めた。

「まさか、イメージで人を斬りつけておいてそのまま帰れるとでも思っているのですか?」

「いや、思ってるから出ようとしてるんだが」

「ほう、先だってのクリスお嬢様に対する狼藉も、貴様の中ではなんの罪悪感もないと?」

 赤髪の軍人の口から出た名前に、巴はああそんなこともあったなと思い出した。へらへらと笑いながら、悪びれもせずに男は口を動かす。

「あれは教育だよ。君からも言っといてくれ。勝てない相手には勝負を挑むなって」

「そんな理屈が通るものか! お嬢様への無礼、今ここで償いなさい!」

「……参ったな」

 ポリポリと頭を掻いた巴御前に、扉のところで立ち止まっていた旭将軍は声をかける。

「巴」

「はい」

「どれくらいかかりそう?」

「すぐ行くよ」

「二分あげるわ。片付けて」

「了解」

 淡く甘い匂いを残して、そのまま最上旭は退室していった。主従の緩いやり取りを見て業を煮やしたマルギッテは食ってかかる。

「先ほどからその態度、私を舐めているのですか!」

 しかし、その気勢は巴のひと睨みで容易く削がれた。

「舐めているのか、はこっちの台詞だよ。マルギッテ・エーベルバッハさん」

「……っ!」

「お、おい相馬。そこら辺にしとけ」

 担任である巨人が、生徒に向けて震えた声で話しかける。だが、相馬巴は止まらない。

「そんじゃ、これで。宇佐美先生は何も見てない。全部俺の責任。いいですか?」

 教師の袖に、生徒は万札を三枚突っ込む。あからさまな賄賂であった。大人しく受け取った巨人は、巴に一言注意を向けた。

「……俺は止めたからな」

「ありがとうございます。宇佐美先生」

「おいおい教師がそれでいいのかよ……」

「井上、俺だって命は惜しいのさ。怖いもんは怖い」

「せつねぇー」

 禿頭が眩しいロリコンと噂の井上準は思わず突っ込んだが、教師はあまりにも情けない発言を返した。

 袖の下を渡し終えた巴は、教室に向き直る。

「では、決闘を受けてもらいましょう」

 すると、顔面に向けてマルギッテからワッペンが飛んでくる。それを巴ははたき落とし、こう言い放った。

「いや、これはあくまで私闘だよ。どこからでもどうぞ、エーベルバッハさん」

「どこまでも人を馬鹿にしてっ、行きま……」

 挑発に乗り、猪のように突進しようとした赤髪の軍人の肩を掴む影が一つ。

「弁慶、手を放しなさい!」

「いーや、これはさすがに止めるよ。いくらマルギッテでも、相馬さんには絶対勝てないから」

「根拠はあるのですか!」

 声を荒げるマルギッテに、弁慶は身内の恥を晒すのを承知で真実を告げる。

「……あの人は武神に勝ってるんだよ。それに、学園に来る前義経と私、与一の三人で戦って、手加減した相馬さん一人に歯が立たなかった。これだけ言えば十分だと思うけど?」

 教室がざわつく。嘘を言っていないことは、弁慶の目を見れば明白である。しかしマルギッテは、瞳に力を一層漲らせて気焔を吐いた。

「では、なおさら相手として不足はありません」

 もう何を言っても無駄かと諦めた弁慶は、軍人に一つアドバイスを言い渡す。

「……せめて、眼帯は外した方がいいと思う」

「それは聞いておこう。友の忠告、感謝します弁慶」

 目を覆っていたものを外し、闘気を解放したマルギッテの肩から手を離した弁慶は、こちらも無駄だと分かりつつ巴御前へ釘を刺す。

「相馬さん、殺さないでくださいね」

「保証はしかねる。というか、エーベルバッハさんはそれ付けたまま俺の相手しようとしてたの?」

「当たり前です。戦友たる弁慶が言うので、従ったまでの事。本来ならこの眼帯を外す必要などないと知りなさい」

 軍人の返答を聞いて、巴はにっこりと笑う。

「オーケー、オーケー。そんじゃま……全員、動くな」

 そして視線を厳しいものに変え、評議会議員の石動良樹とマルギッテを除くクラス全体へ向けて身の毛もよだつような殺気を贈った。

「行くよ」

 巴が一瞬でマルギッテに肉迫したかと思うと、無骨な握り拳が軍服の鳩尾へ軽く添えられる。

「……っ、この程度の速度でっ!」

 今にも打撃を放たんとする腕へ、赤い猟犬は自慢のトンファーを振り下ろす。しかし、それを巴はまったく歯牙にも掛けない。

 マルギッテ愛用の武器を難なく回避し、男は背後をあっさりと取る。それから細首に太い腕を巻き付かせ、いわゆる裸絞めの態勢に入る。

「相馬流、牡丹」

「が、はっ!?」

 180を越す長身の男が、性別にしては長身ながら10センチ以上差がある女の体を持ち上げる。

「うっ、あっ……」

 マルギッテの首が、一瞬で落ちた。単なる絞め技ではあり得ない速度で、軍人は意識を手放したのである。

 ぐったりとしたマルギッテの体を横たえ、その傍に相馬巴は膝をつく。弁慶は思わず男に詰め寄った。

「相馬さんっ!」

「大丈夫だよ武蔵坊さん、死んじゃいないさ。もっとも、この状態から処置しなかったら死ぬけど、ねっ!」

 巴は心臓マッサージをする時のように手に手を重ねて組み、心臓めがけて気を送り込む。

「ぐふっ!? げほっ、げほっげほっ!」

 意識を……否、真に息を吹き返したマルギッテは思わず咳き込み、すぐさま立ちあがろうとする。しかし、その額に巴の指が突き立てられ、それだけで彼女の体は硬直してしまった。

「さて、エーベルバッハさん。俺が今何をしたか分かるかな?」

 新米教師のような口ぶりで、巴は軍人に問う。なんとか硬直から逃れようとしながら、マルギッテは返答した。

「……私の体に流れる気を、あなたが止めたのでしょう」

「正解」

 牡丹とは、本来刀の届かない距離から気の刃を飛ばして相手の頚椎から脳までの気の流れを断つ技である。加減を効かせるため、今回は絞め技として使用したのだった。

 赤い髪をさながら血のように教室の床へ散らばらせた軍人を見下ろし、巴は話を続ける。

「じゃあ、やろうと思えば殺せたことも理解してるよね?」

「……」

 今度は返答せず、マルギッテはただ下から睨み付けるだけ。巴はため息を一つ吐いてから、冷たく言い放つ。

「勝てないなら、二度と歯向かうなよ。最初から全力で来なかったのも、不愉快だ」

「……くっ」

 相馬巴は、身の程知らずが大嫌いだった。

 何も言い返せない軍人の額から指を離し、巴は出入り口へ。

「や、どうもお騒がせしました。じゃあ俺は旭さんのとこに行くんで。皆さん今後ともよろしく」

 ひょうきんな挨拶と共に相馬巴が去った後には、呆然とした2-Sの面々が残された。

 

 

 

 




ドイツ組ェ……
違うんです、二人とも好きなんです、むしろマルさんはSの追加ヒロインの中では一番好きなんですけど、致命的に巴くんと相性悪いだけなんです……
ちなみに、マルギッテに対して巴くんが敬語じゃないのはマルギッテの方が年上ってことをまだ知らないからです。悪しからず。

後編はまた明日0時に出せたらいいなあ。
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