真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜   作:夢迷月

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第十七話

 

 

 

「行っくぞー、アキちゃんっ!」

「こちらからも行くわよっ、百代!」

 早朝の川神院では胴着姿の武神川神百代と、木曾義仲のクローン、学園指定のブルマを穿いた最上旭の何度目かの激突が繰り広げられていた。

 現在四本目、先の三本は全て百代が取得している。

 百代が一歩を踏み出すと同時、交錯するように旭が前に飛び出す。迎え撃つ武神の豪快な蹴りを、旭将軍はさらに前進しながら受けて力の方向を捻じ曲げることで対処する。旭は地面から浮いているような足捌きで後ろを取り、腰部分から抱き上げて後ろに思い切り反り相手の体を地面に落とす、いわゆるジャーマンスープレックスを仕掛ける。

「ははっ、惜しいぞっ! せいっ!」

「まだ、まだっ!」

 だが、超人的な反応速度で体勢を立て直した百代が逆にバックドロップをかける。旭は体をひねることでクラッチを切って対応したが、それだけで切れるほどわざと緩く手を組んでいた武神は、着地の瞬間に出来た一瞬の隙を狙う。

「無双正拳突きっ!」

「……ふっ!」

 迫り来る攻撃を、旭は呼吸を整えて迎え入れる。さながら風を受けても折れないしなやかな柳のように、暴風そのものといった一撃を相手の前腕部に手を添えて受け流す。

 そのまま攻防が続くかと思ったところで、武神は拳を引いて後退した。まだまだ余裕綽々といった様子の百代、肩で息をする旭。実力差が如実に表れた様子の二人は、朗らかに会話を交わす。

「刀抜く気、ないか?」

「確かに、刀が無いと百代には勝てないわね。私も抜きたいところだけれど、もう義経との決闘以外人前で抜く気はないし……流石にこれ以上は、洒落にならなくなるわ」

「ま、そうだな。じゃあアキちゃん。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 お互いに残念そうな様子は微塵も見せず、相手を称えるべく一礼をし合うと、百代の方から相手に駆け寄る。

「めっちゃめちゃ稽古になった! ありがとうな、アキちゃん」

「私の方こそ、いい稽古になったわ。もう少し腕力を身につけた方がいいかしら。こう、パワーっ! って感じで」

 何かを発射するように伸ばした腕をプルプルと振った旭に、百代は半目を向ける。

「アキちゃん、実はけっこーお茶目?」

「ふふ。私、お茶目な女の子なの」

 子供っぽい仕草から打って変わって上品に口元へ手を当てて笑う旭を見て、百代は腕組みしながらニヤリと笑う。

「んー、カワユイ。相馬の彼女じゃなかったら口説いてるのに……いや口説こう。どうだアキちゃん。あいつのことなんか忘れて、今夜一ば……」

「おい、あまり調子に乗るなよ」

 武神の口説き文句を一声で中断させたのは、いつのまにか二人の間に立っていた裃姿の男、相馬巴だった。粉をかけ損なった百代は口を尖らせる。

「なんだよ良いところだったのにー! 美少女を独り占めするなー!」

「はい、旭さん。タオル」

「ありがとう、巴」

「……ちぇー。っていうかさー」

 華麗に無視された百代は、巴が川神院に来た時から感じていた疑問をぶつける。

「今日のお前、なんでそんなに殺気剥き出しなわけ? 誰かと組手したわけでもないのに」

「え、ほんと?」

 百代の指摘は事実で、ぺたぺたと顔を触る男は全く意識していなかったが、彼から発せられている殺気は川神院の僧たちを震え上がらせていた。

 むむむ、と唸りながら腕を組んで悩む仕草を見せた恋人に旭はフォローを入れる。

「ごめんなさいね、百代。彼、ちょっと気が立ってるのよ」

「なんだ? 私のリベンジのために気を高めてくれてるのか?」

 議長のフォローも聞かずに不敵な笑みを浮かべて挑発する武神だったが、それを止める小さな影が一つ。

「これ、モモ! 今の相馬を挑発するでない。ほんとに殺されてしまうぞい」

「なんだよじじ……師匠。相馬がこうなってる理由知ってるのか?」

 孫娘からの質問には答えず、学長は巴へ矢を射込むような鋭い視線を向ける。それから重々しく口を開いた。

「……正式に九鬼帝から打診があった。お主とヒュームの決闘、儂が立ち会うことになったぞい」

「はあ。それはどうも、お世話になります」

 老爺の言葉にぺこりと頭を下げる若武者。そんなあっけらかんとした様子に百代は驚く。

「お前、ヒュームさんと戦うのか!?」

「ま、成り行きでね」

 殺気を抑え切れてはいないものの、表情だけは緩ませている同級生へ武神は怪訝そうな視線を向けた。

「……もしかして、勝算アリ?」

「当然だろ。負ける勝負は受けないって前にも言ったはずだけど」

「真剣かよー! あー、ヒュームさんもお前も羨ましー!」

 強い相手と腕試ししたい、という欲求を素直に口にした武神を尻目に、最上旭は従者を呼び付ける。

「巴。髪お願いしてもいいかしら」

「オッケー。じゃ、この椅子座って」

 快諾した従者がおもむろに取り出した折り畳みの椅子に旭将軍はちょこんと腰掛けた。

「旭さん、どれぐらいやる?」

「そうね、軽く梳かすだけでいいわよ」

 了解、と応じた巴は懐から櫛の入った入れ物を取り出す。

「奥義、行雲流水」

 櫛を持ってこう呟いた男の手が、美しくも少しほつれた長髪を恭しく持ち上げ、ゆっくりと梳かしていく。櫛がひと撫でする度、いつもの艶とコシのある黒髪が姿を現していった。

「おー。便利な技だな、それ」

「行雲流水は便利だし得意だ、って言ったろ?」

「〜〜〜♪」

 ご機嫌な評議会議長の様子を見て、川神院総代は感心したような声をかける。

「ほう。べっ甲のいいもん使っとるのう。蒔絵も手が込んどる」

「旭さんの髪に中途半端なもの使えませんよ」

「ほほ。そりゃそうじゃな」

 男二人がセクハラ気味な話題で意気投合しているところに、武神の不思議そうな声が飛んできた。

「じじい。いいもんって、相馬が持ってる櫛どんくらいするんだ?」

「六桁はいくんじゃないかのう」

「ろくっ!?」

 巴にとっては大したものではない値段に大仰に驚いて見せた百代だったが、そんな孫娘の様子に鉄心は鋭い視線を向ける。

「お前も年頃の乙女なら、ちいとは相場くらい見分けがつかんといかんぞ。モモ」

「じゃーじじいが買ってくれ。つか買えるくらい小遣いよこせ」

「嫌じゃよ。こういうのは自分で稼いだ金使って買うもんじゃ。お前がどっか嫁入りするんなら考えんでもないがの」

「このくそじじいめ……!」

 拳を握りしめてワナワナと震わせる百代に、総代はさらに追撃する。

「ほれ、相馬の着物も高いぞ。こっちは七桁行っとるじゃろ」

「値段の話はあまりしたくないですけど……まあ大体十代前くらいから付き合いがある呉服屋の大店から仕入れてるので、その辺りですかね。今着てるのは紋付じゃないので単純な額面で言えばもう少し安いと思いますが」

 ちなみにこれは真っ赤な嘘である。彼が着ているものは事細かに注文をつけたオーダーメイド、しかも一度に三着ほど用立てするので高級車程度の代金が口座から飛んでいっていた。

「……いかん、クラクラしてきた。お前の金銭感覚おかしい理由がなんとなく分かった気がする」

「車とか家より安いよ。もっと高い買い物なんかザラにあるって」

 学生の身分からすれば分不相応としか言えない高級品を着こなす男を見て、武神は額を指で押さえた。

「一応、一つの流派の当主なんでね。不恰好は出来ないんだよ川神さん」

 会話しながら、巴は最後の仕上げとばかりに旭の側頭部に沿って櫛を動かす。それから前髪を流すように整えて、仕上がりの確認用に鏡を出した。

「どうでしょう」

「ありがとう、巴」

 礼を言ってからしゃなりと椅子から降りた旭将軍は、体操服姿ではあるもののいつも通りの威厳を取り戻していた。優雅に舞う濡羽色の髪に、ツンと張った形の良い美尻。ブルマへ僅かに乗った太ももの肉を舐め回すように見てから巴は満足そうに一つ頷く。

「綺麗だよ、旭さん」

「お上手ね」

 たった一秒でいちゃつきだしたカップルを見た百代は、巴の手にある豪奢な櫛を見つめてこう切り出す。

「なあ、相馬。試しに私にもそれ使わしてくれ」

「てめーの前髪のクロスをストレートにしていいならやってやるが?」

「わー! やめろよう! 人の弱点を狙うなー!」

「……ふふ。仲良しね」

 最上旭はふわりと髪をかき上げながら、戦士二人のじゃれ合う様子を微笑ましく見つめていた。

 三年生3人が朗らかに会話していた一方。

「うう……相馬先輩と議長に組手してもらいたかったけど、近づけなかったわ……」

 巴の殺気にポニーテールと髪飾りを震わせていた川神一子は、残念そうにしながら登校準備をしに部屋へ戻った。

 

 

 

 2009年 7月 1日

 

 相馬巴、最上旭、川神百代の三名は、変態の橋と名高い多馬大橋の上をテクテクと歩いていた。巴の殺気に気圧されて近づけてはいないが、その後ろにはリーダー抜きの風間ファミリーもいて、巴に近づくのとファミリーから離れがたい気持ちの揺れを表すように由紀江がその中間にいた。キャップの風間翔一は旅行に飛び出して行きました、とは直江大和の言である。

「じじいが言ってたけどさ、客呼ぶんだってよ。お前とヒュームさんの決闘」

「……金取るの? 人が生き死に賭けるのに?」

「いんや。チケットとか売るわけじゃないけど、各国重役には中継飛ばして、呼べる人を招待って感じだってさ。豪勢だよな」

「あんまり表には出たくねえんだけどなあ」

「私は羨ましいわ。義経との決闘も、それぐらい豪華に企画したいところね」

「ならいいテストケースになれるように頑張ろうかな!」

「よく躾けられてんなー」

 微笑む議長、調子を合わせた従者。そんな二人を見て、百代は何度目か分からない呆れた視線を向けた。

 そんな三人の元へ、甲高いベルの音と共に自転車が近づいてくる。

「リンリンリリーン、リンリリーン♪」

「ふぁいとー、おー!」

 百代は振り向いて、巴は振り向かずに気で距離を測りつつ、葉桜清楚と松永燕両名の接近を待つ。

「お、美少女二人乗りのチャリが来るぞ」

「いや、そもそも二人乗りすんなよ。危ねえだろ」

「前方に相馬クン発見! 清楚、突っ込んじゃえー!」

「ええっ!? ふ、普通に止まるよ」

 よいしょっと、と言いながら清楚は自転車を止め、速度がゼロになる直前で燕はひらりと飛び降りた。

「やーやー、爽やかな朝ですな議長」

「おはよう燕。清楚もごきげんよう」

「ご、ごきげんよう、アキちゃん」

 一通り挨拶が済んだところで、燕が上目遣いで巴を覗き込むように動く。

「なにかな、松永さん」

「どないしてそないに殺気だってはるのん?」

「なぜに似非京都弁を使うんだ」

「似非じゃないよん。おかん仕込み」

「……母親から習ったものを大事にするのは、良いことだと思う」

 仏頂面で至極鬱陶しげにあしらった巴だったが、燕は普段の身軽さからは意外なほど食い下がる。

「ねー、教えてよ」

「ヒュームさんと戦うことになりました。以上」

 瞬間、これを聞いた納豆小町の表情は石化したように強張り、それからクリクリした鳶色の瞳が巴を見つめる。

「……死ぬ気?」

「死ぬ気ではやるが、死ぬつもりはない」

「ふうん」

 つまらなさそうに鼻を鳴らしてから、燕は微笑みながら旭将軍に笑顔を向けた。

「似た者カップル、だねん」

 これを聞いた旭は感情を隠すように目を伏せ、同級生に向けて微笑みを返す。

「あら。私は少し違うわよ、燕」

「おおっと。そーでしたそーでした」

 可愛らしく頭にコツンと拳を当て、ウインクして舌を出した燕を巴は怪しむように見る。

「……で、何が言いたいわけ?」

「いやあ、素敵な彼女をちゃんと繋ぎ止めとかなきゃダメよん、ってお話。これ割と本気ね」

「言われなくてもそのつもりだから、余計な心配だ」

「ひゅーっ。愛されてるねえ、アキちゃん」

 最後にはいつもの煙に巻くような態度へと戻った納豆小町に、周囲の人間たちは必要以上の違和感を抱かなかった。

 今度は、巴の言葉を聞いた清楚が話の輪に加わる。

「それにしても、こう、相馬くんは直球だよね、色々と」

「いーや清楚ちゃん。こいつ勿体付けた言い回しばっかり。話してるとイライラするぞ」

「本当のことを言うと怒る奴と、怒らない人を見分けてるだけだが」

「ほうほう、つまりモモちゃんは痛い所を突かれると逆切れする、性格に難のある女の子だと」

「なに!? おい相馬!」

 理不尽に瞬間沸騰した武神に、巴は声を荒げる。

「今の俺は何も言ってねえだろうが!」

「まあ、巴は嘘吐けないタイプよね」

「旭さんには嘘言わないだけだよ」

「たまには私のことも騙してみて欲しいわ」

「……無理です、勘弁してください」

 横から飛んできた彼女の言葉に、男はペコペコと頭を下げることしか出来なくなる。そんな様子を見て、百代と燕のコンビは肩を組んで冷やかす。

「やーい尻に敷かれてやんのー!」

「やんのやんのー!」

「……てめーら、殺してやろうか」

 若武者が全身から殺気を立ち昇らせたのを見て、清楚美少女が慌てて間に入る。

「そっ、相馬くん! モモちゃんも燕ちゃんも、言い過ぎだよ!」

「ちっ、清楚ちゃんを味方につけやがった」

「女の子の影に隠れてなにも出来ない、情けない男の子ですなあ」

「……ありがと、葉桜さん」

 礼を口にした男に、清楚は妹分の弁慶を殺されかけたことを思い出しつつ人差し指を向ける。

「ううん、大丈夫だよ。でも、あんまり殺すとか言うのはやめて欲しいかな」

「善処しよう」

「もう!」

 視線を逸らしつつ曖昧に返事した巴に、清楚は憤慨して見せた。

 女四人に囲まれ、からかわれ通しの若武者の様子を見て、不満を募らせる男子が一人。

「ぬぁーんであの先輩はあんなに美人に囲まれてるんだー! 神様! あんたは不公平だぞー!」

 空に向かってこう吠えたのは、はち切れんばかりの筋肉を袖を捲った川神学園の夏服で強調する島津岳人だった。

「……ふむ」

 天を仰いだ浅黒い肉体を見て、巴は百代に耳打ちする。

「島津くんは、女性には縁遠いのかい?」

「年下にはモテるんだけどなー。私みたいな美少女の前に立つと目が血走り、動悸が早くなり、筋肉が隆起して性欲の権化になる。そして逃げられる。残念なヤツさ」

「それが原因で、モテないのか」

 巴は百代の岳人評を聞いて太い腕を組み、さらに表情を深刻なものに変える。旭の前で性欲の権化と化すのは彼も同じだからだった。

「どー見たってパワー系だし、俺様と同じタイプだろ!」

「まーまーガクト、落ち着いてよ」

 細い体で間に立ち、抑える仕草を見せた師岡卓也に一瞥をくれてから旭将軍がフォローに入る。

「確かにただ細身よりは逞しい方が好み、というのは置いておいて。巴は白面の貴公子って感じじゃないけれど、私は男前だと思うわ」

「……」

 唐突な褒め言葉に、巴は無骨な顔を赤くして閉口する。

「あら相馬クンったら真っ赤っか。お熱いですなあ」

「……うるさいな」

「ふふ。巴はからかい甲斐があるのよ。いちいち反応してくれるから」

「ていうか、相馬がゾッコンなのはもうどうでもいいけど、アキちゃんはこいつのどんなとこに惚れたわけ?」

 武神の素朴な質問に、評議会議長は顎に指を添えて悩む仕草を見せる。

「そうねえ……」

「あ、もしかして聴いちゃまずかったか?」

 普段の傍若無人さは鳴りを潜め、からかう気など全くない素直な申し訳なさを口にした百代に、旭は笑顔を向けた。

「大丈夫よ百代。じゃあ、私が巴のことを初めてこの人いいなーって感じた想い出を披露しましょう」

「……どれ?」

「あれは巴が長野にある最上の家に来たばかりで、私のことをまだお嬢さんと呼んでいた頃。私は生まれて初めて風邪を引いて寝込んでいたのだけれど……」

 不安そうな顔をした従者をちらりとみてから、旭将軍は話し始めた。

 

 

 回想開始。

『巴。その猪と熊、どうしたの?』

『……お嬢さんに、元気を出して欲しくて』

『それで、二頭とも獲ってきたの?』

『いや、熊はたまたまですけど……』

 回想終了。

 

 

 ややうっとりした視線を向けながら、旭は頬に手を当てて恋人を自慢する。

「熱湯でするする猪の毛を剥いて、熊も手際よく解体していく巴を窓際から見て……なんて素敵な男の子なんだろうって思ったのよ」

「牡丹鍋も熊鍋も、大変美味しゅうございました」

「相馬パイセン、エピソードが出てくるたびに化け物度が増してくよねー」

 由紀江の持った松風が話に入る好機とばかりにツッコむ。他の人間はドン引きして何も言えずにいた。

 ややあって、燕と百代がさらに話を進める。

「いやあ、ワイルドどころじゃ済まないお話だったねえ」

「猫が獲物とってきたみたいなノリで出てくるのが猪と熊だもんなー」

「熊ぐらいなら川神さんでも獲れるよ。猪引き摺ってたら熊とも鉢合わせただけだし」

「もののついでで熊さんを獲れる男。それぐらいじゃないとアキちゃんは捕まえられないってことなのねん」

「私は強い男の人、好きよ」

 旭がこう言うと、黒髪美少女達が口々に続く。

「うん。相馬は私を倒せるくらい強いしな。そこら辺、男として評価高いぞ」

「相馬クンは強いよねえ。お相手はぜひぜひ遠慮したいとこだケド」

「そっ、相馬先輩は強くて、素敵だと思いますっ!」

「相馬くんは、不安になるくらい強いよね……」

 何故か自慢するようにふんぞり返る百代、一歩引きながら呟く燕、白い頬を上気させた由紀江、疲れたような表情を見せる清楚。

 四者四様の反応を見渡し、それから旭の微笑みを見て巴はニコニコした表情を作った。

「なんだかんだで、強いって褒められるのが一番嬉しい気がする」

「あら。そこは『俺のいいとこは強さだけかよ!』って怒るのがお約束じゃない?」

「そんな勿体無いこと言わないよ。自分の一番自信あるとこ褒められたら嬉しい。そんだけ」

 こう言ってから、巴は旭の艶やかな黒髪に手を伸ばす。しかしそのゴツゴツとして節くれ立った手は、対称的にほっそりしたたおやかな手にぺちんと叩かれた。

 好意をすげなく返された巴は、やや不満そうに話しかける。

「今のは俺が旭さんの髪を触って、いつも綺麗だねって言う流れだと思うんだ」

「ふふ。ここじゃだぁめ」

「はい……」

 手の甲をさする情けない男と気品のある態度の淑女。いつも通りのオチを作った二人を目を丸くして眺めていた由紀江に、評議会議長から声がかけられる。

「ああ、そうだ。今日の昼休みと放課後。お暇かしら? 由紀江」

「は、はい。何もなかったはずですが」

「よかったわ。お話したいことがあるから、第一茶道室に来てくれるかしら」

「評議会室ですね。かしこまりました」

「じゃ、私たちの学園へ行きましょ。みんな」

 意気揚々と、上機嫌に。最上旭は先頭に立って歩き始めた。

 その凛々しくも可憐な背中と、傍に立つ大きい背中を眺めて、島津岳人はおもむろに呟く。

「なあ、モロ」

「……なんとなく言いたいこと分かるから、黙っとこうよガクト」

「もしかして俺様はカップルのいちゃつきに手を貸した挙句、もっとモテるようにしちまっただけなんじゃないか!?」

「あーあ、言っちゃった」

「うおーーー! 神様ーーー! あんたって人はーーー!!!」

「ロボットアニメのやられる悪役みたいなセリフやめてよね……はあ。最上議長、綺麗な髪の人だったなあ」

 島津岳人と師岡卓也も、仲良しな二人だった。

 

 

 昼休みを飛ばして、放課後の評議会室。

 議長の座る上座には最上旭が座り、背後の定位置に相馬巴が直立する。そして旭の横にはもう一人、恐縮しきった様子の黛由紀江が刀と松風と共に立っている。

 昼休憩に由紀江を呼び出したのは、旭がこの後輩女子を評議会へスカウトするためだった。

「では、1-C担任カラカル・ゲイル先生の推薦枠を使用したという体で由紀江を評議会に勧誘したけれど、異論のある人は?」

 カラカル・ゲイルとは世界でも名の知れた強者だったのだが、あの松永燕との決闘に負け、川神学園から来ていた教師としてのオファーを弟のゲイツと共に自分を見つめ直すためと受けた筋骨隆々の教師である。ぶっちゃけ巴はあまり強くないなと思っていたが。

 失礼な思考をしていた従者には目もくれず、旭は室内と評議会議員たちの表情をぐるりと見渡す。まず一本細く白い手が上がり、それを議長が指名した。

「副議長。発言を許可するわ」

「私が気になる点は、カラカル先生にお話を通されているのか、またスカウトされた黛さんが納得しているかどうか、この2点です」

「どちらも問題ないわ。来たばかりの先生を騙したような感は拭えないけれど、評議会員にはいちおう教師推薦がいるもの。由紀江は素行も成績も申し分ないし、『人は経験が作るものだと弟が言ってマシタ』と快諾してもらったわ。由紀江からも評議会入りの承諾は貰っている」

「回答ありがとうございます。私からの質問は以上です」

 腕章とスカートを整えながら座り直した副議長を見て、巴は有難い存在だと思った。旭の突拍子もない提案に対し、皆が思いつくような常識論でいつも反論を示してくれるのが彼女だったからである。評議会をスムーズに回転させる上で、ある意味では巴以上になくてはならない役回りだった。

 それから、もう一本挙手が続く。2-S所属、石動良樹からの提言だった。

「良樹。発言を許可するわ」

「ありがとうございます。では、率直に言わせていただければ自分はその後輩の加入には反対です」

「理由まで聞かせてもらえるかしら? 私からのスカウトだけれど、妥当性があれば一考する」

 議長からの黒曜石の視線、加えて巴から僅かに漏れた殺気にも怯まず、起立した状態のSクラスの人間はこう口にした。

「評議会は、学園を支える組織です。この際ですから言わせていただきますが、生徒会の尻拭いもやり過ぎです。なんのための権力分散か分からない案件も今年度に入ってからいくつも……」

「論点がずれているわよ、良樹」

「……申し訳ありません。自分が加入に反対な理由は、黛さんがSクラスの人間でないことです」

 この言葉には、一人の女子が水を差した。

「あれ? 私もSクラスじゃないよ」

「奈々、混ぜっ返さないの。会議中の発言は私が許可してからにしなさい」

「ご、ごめんなさーい……」

 すぐに嗜められて肩幅を小さくさせた女子に一瞬だけ視線を向けてから、議長は立ったままの男子生徒と言葉を交わす。

「では、Sクラスの人間でないことがなぜ反対の理由になるのか、もう少し突っ込んで話してくれるかしら」

「彼女は成績優秀、春先の相馬先輩との決闘で武力も自分では及びもつかないことは知っています。ですが、それで何故Sクラスに編入しないのか理解出来ません」

「理解できないものを排斥するのは、衰退の第一歩よ?」

「衰退が問題とおっしゃるのであれば、なおさらSに入って自己研鑽することを彼女には求めます。優秀な人間に囲まれれば、それだけ成長の機会が増える。彼女はそれを自ら放棄しているようにしか見えません。向上心のないものは馬鹿です」

 最後のセリフを言った人間は自殺していたはずだけどなあ、と巴は考えたが、この後輩の言葉にも一理はあると思った。

「では、その辺りは本人に聞きましょう。由紀江、貴女入学試験での成績は50番以内よね?」

「はい。選抜クラスに入るよう勧められましたが辞退しました」

「辞退の理由は?」

 由紀江は、旭からわざと向けられた厳しい視線に怯えることなく、逆にその青みがかった美しい瞳に力を漲らせて返答した。

「地元では友人が出来なかったので、選抜クラスに入るよりは通常クラスに入った方が友人が出来やすいのではないかと思い辞退しました」

 議員の半分はずっこけ、残り半分はやや呆れたような視線を向けた。そして、これを聞いた選民思想の男は語気を強める。

「そんな理由で君はSクラスに入らなかったのか!?」

「……お恥ずかしながら、はい」

「なんだよー! まゆっちが友達欲しがっちゃいけねえってのかよー!」

 松風が反論したが、二年生は馬鹿にしたような論調でさらに詰ろうとする。

「はっ。君の所属しているコミュニティはあれだろ? 風間ファミリー。あの妥協と馴れ合いの……」

 だが、その台詞は最後まで吐かれることはなかった。一瞬で背後を取った巴が後輩の肩を掴んだからである。

「あ、石動くんそれはストップ。言い過ぎだし、今の議論に必要ない誹謗中傷だろ。川神さんとかの前で同じこと言えるんだったらこの手は離すけど」

「……っ、相馬先輩」

「巴、戻りなさい」

 大人しく定位置に帰った従者を見てから、旭は由紀江に向かって頭を下げる。

「由紀江。部下の非礼を詫びるわ。貴方の友達を馬鹿にしてごめんなさい」

「……僕からも謝罪させてもらう。申し訳ない」

「これから発言には気をつけるんだぜBOY……」

「こら松風。先輩になんて口の聞き方ですか」

 一人でボケからツッコミまでを完結させる一年生を見て、ああこれは友達が少ないわけだなと評議会員達はなんとなく納得した。

 そんな察しのいい人間たちのリーダーは横髪をくるくると指に巻き付けながら一言声をかける。

「由紀江。貴女、結構したたかよね。そういうところが気に入っているのだけれど」

「恐縮です」

 何気なく答えて小さく頭を下げた友人から視線を切り、旭は男子生徒へと水を向けた。

「良樹。由紀江は評議会入りの話を快く受け入れてくれたわ。これはもちろん私の顔を立てるという意味もあったでしょうけど……それ以上に、彼女が別の集団に入り対人能力を高める選択をしたということよ。これでも、由紀江に向上心がないと言えるかしら」

「議長が、そうおっしゃるのでしたら」

「あえて話を脱線させるけど、貴方の近視眼的なところはもう少し改めた方がいいわよ。関わる人間が成長に影響する、というのは同意するけれど」

「……肝に銘じます」

 プライドの高い人間が頭を垂れるのを見て、巴はああなるほどと一人ごちる。

 最上旭はこの一連の流れをわざとやった、わざと聞かせたのだと巴は解釈した。

(石動くんを反対派の仮想代表として叩き台にするのと、石動くん自身の視野を広くさせるのを両方やりたかったんだな、旭さんは)

 この問答を経た後であれば、同情票も含めて由紀江の参画に異論を唱える者はいなくなる。まあ元々評議会議員の中で反対するのはこの2-Sのエリートしかいなかったが。

 そのエリートが着座するのを見届けてから、旭は相好を崩して手をパンと叩いた。

「では、会議はこれでお開き。早速由紀江の歓迎会をしましょう。主税」

「はい。飲み物ですね!」

「瑞希」

「待ってました! 冷蔵庫からカップケーキ出して来ますね!」

「奈々」

「はい! じゃ由紀江ちゃん、こっちこっち!」

「え、ええっ……!?」

 先程までの緊張など微塵も感じさせない歓待ムードへと一瞬で切り替わった評議会室に、由紀江は腕を引っ張られながら戸惑う。そんな後輩女子に、巴は軽く声をかけた。

「由紀江さん」

「な、なんでしょう。相馬先輩」

「この人たち、皆イベント好きだから。慣れてって」

「じゃー本日の主賓を席へごあんなーい!」

「わわっ、奈々先輩っ!?」

 由紀江は座り心地の良い座布団を敷かれた椅子に座り、本日の主役と題字されたたすきをかけられてからおもちゃのティアラを装着させられた。松風には他の評議会議員が即席で作った折り紙の兜が乗せられる。

「オラも歓迎してくれるなんて……ええ人たちやなあ……」

「良かったですね松風……」

 新入りがストラップと漫才を繰り広げている間に、全員にカップが行き渡る。旭が音頭を取るべく掲げると同時に、由紀江も含めた全員が杯を掲げた。

「では、私たちに新しい仲間が出来たことに。乾杯」

 乾杯! という朗らかな声が空間を満たす。わっと由紀江に群がる女子軍団、それを眺めて菓子に舌鼓を打つ男子と分かれていく中、由紀江が隣に陣取った先輩へと話しかける。

「……あの、奈々先輩。こういう歓迎会的なものは毎回やってらっしゃるのでしょうか」

 後輩からの質問に、先輩は笑顔で返答する。

「うん。相馬先輩は皆って言ってたけどうちはほら、何より議長がお祭り好きだから。誕生日に近い日の評議会では必ずお誕生会とかやるしね。えーっと、次に近い誕生日なのは……」

「7月9日、ちょうど木曜日に主税くんのがあったはずですね」

 可愛らしく小首を傾げて悩む仕草を見せる奈々には、副議長からのフォローが入った。追加で、この会話を耳にした議長からの横槍も入る。

「あら。次は7月7日じゃなかったかしら」

「……申し訳ありません議長。ええと」

 旭の言葉に、副議長は記憶の中を探る。だが、議員の中に該当する人間はいない。さらに悩む副議長を見かねて、どことなく頬を赤くした巴が口を挟む。

「……旭さん。それ、俺の誕生日」

「あ、あらら? ふふふ、ごめんなさい。そうね、そうだったわね」

 動揺を隠すように口元へ手を当てて笑う議長と、照れ臭そうに頬を掻く従者の二人を、評議会は微笑ましく見ていた。

 

 

 歓迎会の片付けと、由紀江の初日教育や通常業務を終えた、夕暮れ差し込む評議会室。巴を伴った旭が由紀江を呼び止めていた。

「由紀江。今日は評議会入りを承諾してくれてありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございます。石動先輩を含め、皆さん丁寧にお仕事を教えて下さいました。微力ながら最善を尽くしたいと思います」

「ふふ。これからも戦力として期待してるわ」

 ところで、と旭は話題を転換する。

「もう一日、貴女の予定を貰いたいのだけれどよろしいかしら?」

「金曜日は集会があるので難しいですが、それ以外の曜日であれば概ね大丈夫です」

 後輩のやや硬い返事を聞いて、旭は嬉しそうに胸の前で手を合わせる。

「よかった。では、今度の土曜日。今度はお泊まり会のご招待をさせてもらうわ。いかがかしら」

「お、お泊まり会ですかっ!?」

「ええ。女同士、パジャマパーティと洒落込みましょう」

「まったく、元ぼっちにはハードル高え話持ってくるお人だぜ……」

 松風がぼやくのを聞き届けてから、旭は由紀江の目を真っ直ぐに見据える。由紀江はちらりと巴の顔色を伺ったが、普段は鋭い眼光を宿すその目は鈍く、

(断る説得とか無理。諦めてくれ)

 と雄弁に語っていた。

「……はい。では、お受けします」

「ありがとう。お蕎麦も用意しとくわね」

「は、はいっ! 楽しみにしておりますっ!」

 旭からの提案を受けた後、そういえばと由紀江は思いなおす。心に浮かんだ疑問を、新入り議員は議長にぶつける。

「今週土曜と言いますと……相馬先輩の決闘の前日なのでは?」

「ええ。壮行会と行きましょう」

「……俺、何かした方がいい?」

 不安そうな声を出した従者を宥めるように、主人は優しく声をかける。

「貴方はヒュームさんとの決闘に集中して。由紀江は私がもてなすから」

 普段であれば一も二もなく恋人の負担を減らすべく行動する男は、後に控えたものがものだけに素直に従った。

「……分かった。じゃ由紀江さん。また土曜ね」

「はいっ!」

「じゃあね、由紀江」

 こうして、柔らかい香りを残して去っていく二つの背中を由紀江は見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

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