真剣で旭に恋しなさい!〜月鏡、朝日に照らされて〜 作:夢迷月
相馬巴が離席した葉桜清楚の私室。
ペンと紙のこすれ合う音が規則正しく響き続ける空間に、電子音のアラームが鳴る。
ほぼ同時に、そして静かに筆記用具を置いた二人は、これまた揃った動作で伸びを一つ。
心地よい疲労と共に息を吐き出した清楚は、立ち上がりながらこう提案する。
「アキちゃん。次の休憩、長めにとってもいいかな」
「私は構わないけれど、どうしたの?」
「ええとね……少し、聞きたいことがあって」
はにかみながら可愛らしい仕草でもたらされた発案を、旭は素直に承諾した。
「いいわよ。じゃあ、タイマーを一度リセットして……」
「わー! 私がやるよ! アキちゃん!」
清楚美少女は、旭将軍の扱いに慣れ始めていた。
ガラスのコップに入った氷入りの麦茶を一口飲んでから、清楚は旭に正対する。タイマーは電源を落とされていた。
「それで、ね。聞きたいことっていうのは、相馬くんとのことなんだけど」
「あら。やっぱり清楚も巴狙い? あげないわよ」
ふふふ、と口元へ上品に手をあてた旭のからかいに、クローンの姉貴分は姿勢を崩さず質問を続ける。
「この前モモちゃんが、相馬くんのどこが好きになったのって聞いたらアキちゃんは猪と熊のお話をしてくれたでしょ?」
「そうね。野生的で素敵な男の子だったわ」
仮面を被ったままの返答に、葉桜清楚はもう一歩踏み込んで問いかけた。
「あの時はエピソードだけって感じだったでしょ? だから、どういう所が好きなのかなって改めて思ったんだ」
「……ふむ」
「嫌だったら答えてくれなくても大丈夫だから」
友人であり、そしてクローン仲間でもある清楚の疑問へ、旭は素直に答えるかを逡巡するしぐさを見せた。
(計画が発動すれば清楚と巴がくっつくことは無いでしょうし、少なくとも今話すメリット自体は私にはないわね)
はぐらかすことは可能。しかし、からかってみるのも面白い。
旭将軍は内心を見せない薄笑いを浮かべながら、選択肢を二つに絞る。
情報を絞りつつ本当のことを話して清楚をからかうか、はぐらかしすらせず何も言わないか。
ここまでを三秒ほどで思考した旭は、笑みを深くしてこう告げる。選択したのは、前者だった。
「いいわよ。では、最上旭は相馬巴のどんなところに惹かれたか座談会〜ぱちぱち〜」
「ぱ、ぱちぱち〜?」
より面白がれる方を選ぶあたり、最上旭は確かに最上幽斎の娘であった。
当惑しながらも拍手を返してくれた友人へ、旭は意外な情報をポンと繰り出す。
「まず一つ。実は彼、お料理が上手よ」
「……そ、そうなの?」
「というか、熊や猪を解体したあと熟成の見極め、臭み抜きから美味しく鍋に出来る人間を料理下手とは呼ばないと思うわ」
「なるほど、それは確かにそうかも」
清楚ははじめ戸惑ったものの、旭の語り口で思わず納得してしまう。
「ご飯を炊くのが上手でね。春先に作ってもらった筍の炊き込みご飯は正直言うと私が作るより美味しかったの」
「わあ、美味しそう」
「飯炊きは俺の役目だったからね、って言いながら釜で炊いてくれたつやつやのお米を巴とよく食べていたのよ」
「そっか、増量したって言ってたもんね」
まだ二人が長野の山奥にいた頃の夕暮れ、ぎこちない笑顔の少年と茶碗を持ち寄って食事した風景を旭は思い出す。
(学校帰りで小腹が空いてた時、お夕飯の前に巴の炊いたご飯をよく横取りしてたのよね)
内心でちろりと舌を出しつつ、彼氏持ちの女は続ける。
「一品作って〜、とお願いしたら上手に作ってくれるし、ちらし寿司作りたいって言ったらちゃんと酢飯にして美味しくなるお米の炊き方してくれるし、お手伝いさんがする時以外は大体皿洗いもしてくれるし……」
「なんか、イメージと違うね。いつもアキちゃんのお弁当美味しいって言ってるだけかと思ってた」
「本人はまず一人で生活出来る人間であることが大事と言っていたわ。基本的に家事全般任せても大丈夫な人よ。お部屋もいつ行っても綺麗だし」
「……お部屋、行くんだ」
相槌を打ちつつあらぬ想像をしたのか、顔を僅かに赤らめた清楚へ、旭は笑みを深くしながら健全な範囲で追い打ちする。
「冬の寒い日とかにね、お布団入れて~ってお邪魔したら嫌な顔一つせずに抱きしめてくれるの」
正確には春夏秋冬入り浸っているのだが、清楚美少女は問題はそこじゃないとばかりに狼狽する。
「ええっ! い、一緒に寝てるの!?」
「ふふ。夜に男女が二人きり、温もりを寄せ合って……なんてね」
「や、やっぱりそういうことも?」
「あったり、なかったり」
「はわわわわ」
「まあ、それは冗談にしておくとして」
ホッとした清楚、余裕の表情の旭。お互い一度冷たい液体を喉に通してから、旭将軍は恋人のプレゼンを続ける。
「一緒に過ごしていて文句はない人よ。今日は近寄らないで、って言ったらちゃんと距離取ってくれるし」
「アキちゃんにもそういう時あるんだ」
「生理、とか」
「ああ……」
身近な体の事情を出されれば、世俗に疎い清楚も流石に頷かざるを得なかった。
「と言っても、近づかないでって言った日はそっと枕元に鎮痛剤と湯冷まし置いてくれたりして」
「なんというか、ほんとに文句なさそうな彼氏さんだね」
「そうね、お父様との関係も良好だし」
含むところはありそうだけどね、と思いつつ旭は話の流れを切り替えるために咳払いを一つ。
「とはいえ評価を上げるだけなのもちょっと癪だから、このあたりで真面目な愚痴を言っておくわ」
清楚はこの切り出し方に思わず唾を一度飲み込んだ。あれだけ褒めちぎっていた恋人へどんなけちを付けるのだろうかと思考する同級生へ、評議会議長はこう告げる。
「巴に襲われかけたときのお話はしたと思うけれど」
「良かった……んだよね? ロマンチックな初めてって、私も憧れるし」
「じゃあ私に殴られてから改めて起きた巴は何をしたでしょう」
「土下座、だったっけ」
「正解。じゃあその次は?」
「ええと、さっき出てきたアキちゃんのお父さんにも謝ったとか」
「半分正解ね」
軽快な返答をした旭に、清楚は首を傾げてハテナマークを浮かべて見せる。可愛らしい仕草で当惑を示した同級生に、木曾義仲はもう半分の答えを明かした。
「彼ね、お父様とお母様に謝った後、"お嬢さんを自分にください"って言ったのよ。それを見た時、私驚いてしまって何も言えなかったわ」
「ご両親は、オーケーしたの?」
清楚が返した問いに、今度は旭が三秒だけ戸惑う。すぐに気を取り直し、旭将軍は疑問を笑い飛ばした。
「ふふ。清楚、あなたも大概感性が古いわね。このお話は、巴が私の意思を無視して嫁取りしようとしたってことよ」
「あ、ああ! そっか、そうだよね」
古風な家柄に生まれた相馬巴は、両家に話さえ通っていれば結婚は問題ないと捉えていた。旭と既に心は通じ合っていると思い込んでいた節はあるのだが。
清楚も清楚で、小説に出てくるような燃え上がる恋愛をしたいという気持ちとは別の次元の話として結婚の自由があまりないことを自覚していたので、親、つまりマープル辺りから見合い話が来れば見ず知らずの男との結婚もやむなしと思っていた。
また、清楚にはそれより先に自分の正体が知りたいという思いもあったが。
一つ納得を見せた清楚は話題を戻す。
「それで、アキちゃんのご両親はどう言ったの?」
「旭はどう思うんだいって聞かれちゃったから、巴ならいいわって返答したわ。そしたら……」
「そしたら……?」
旭は話を続けながら、自分の体を抱くような仕草をする。
「"絶対に幸せにします。貴女を自分が守ります"って言いながら私をぎゅっと抱き締めてきたの」
「わあ……!」
「私としては、お父様お母様の前で少し恥ずかしかったけれど。それでも、あれだけストレートに好きって言われたらちょっとクラっと来ちゃったわ」
「素敵だね」
「ええ。素敵な人よ」
腕を解いた旭が微笑むのに対し、顔の前で細指を重ねた清楚は柔らかい笑みを返した。
そんな様子を見て、義仲クローンは話を締めにかかる。
「あとは、最近ちょっと強引さが足りないのが不満。こんなところかしらね」
「あっ、あれで足りてないんだ……」
「私としては、もうちょっとグイグイ来てた頃の巴の方が……あら?」
そして、タイミングを見計らったかのように呼び鈴が鳴る。
「ずいぶん来客が多いのね、清楚」
「あはは。普段はあんまり鳴らないんだけど……はーい!」
清楚がインターホンを操作すると、快活な声が二人の耳に届く。画面へ黒髪のポニーテールを揺らしていたのは、義仲のライバルたる源義経だった。
『清楚さん。義仲さんが九鬼ビルに来ていると聞いて、挨拶に伺いました!』
「あらら、今度は私がモテちゃったみたいね」
「じゃあ、義経ちゃんも入れて一緒に勉強しよっか」
痺れ始めていた足を崩して立ち上がり、インターホンに向かった清楚の背中に、旭はこう提案した。
「いいえ。折角だし、私が義経の部屋に行ってみたいわ。勉強は……まあ、また今度ということで」
「わかった。義経ちゃん、今開けるね」
『清楚さん、ありがとうございます!』
源義経の快活な返事を聞き、木曾義仲は口元を綻ばせながら自分の荷物を片付けていく。
そしていつもの妖艶な笑みを浮かべ、髪をかき上げながら義経に向かい合うと、
「ご機嫌よう、義経。早速だけど貴方の部屋にあるもので源氏勝負をお願いしたいわ」
挨拶と共に挑戦状を投げつけたのであった。
深夜。来客用個室のベッドに一人で身を横たえた旭は一日を振り返っていた。
(収穫の多い日だったわね、今日は)
最上旭が改めて確認したのは、京極彦一は義理堅い人間であること。相馬巴は本人の意識に反してモテるということ。また、色々と含むところへ目を瞑ってくれていること。源義経は駆け引きの類が得意ではないこと。
そして、葉桜清楚という人間について。
(清楚って、着眼点もいいし知識欲も旺盛。人を巻き込む決断力もあるわ)
これらは正しく、旭にとって再確認だった。父最上幽斎から清楚の正体を聞いている最上旭にとって、これらの資質というものは清楚が備えているべき才だったからである。
(やっぱり、英雄のクローンであることは隠しきれないのね)
魂の輝き、とでも言うべきものなのだろう。人を見る目に自負のある旭将軍は、初見での印象が後になって変わるということがそうなかった。
(観察力については巴に及ばないのだけれどね)
夕方に紋白との会合を終えた後、おそらく普段とは別の基準で人を見ていた恋人の瞳を思い出し、旭は口元を三日月型に歪めた。
「清楚に思わずこぼしてしまったけれど……強引に来て欲しいって、割と本心なのよね。見抜けない巴の眼も、伝わらない私も。まだまだってことかしら」
旭が言葉にした思考は、電気の消えた部屋の闇へ吸い込まれていく。
それから五秒だけ相馬巴のことを考えた旭は、一人で入る寝床へ少しだけ寂しさを覚え、
「おやすみなさい」
そして寂しさを感じた自分を忘れたくて、瞬く間に入眠したのだった。